「鶴丸、なにしてんの」
「んー?ああ、折り紙で鶴を折ってるんだ。前に短刀達に教えてもらってな。いやはや、奥が深いな、これは」
「俺が聞きたいのはなんで俺の部屋でやるのかってことなんですけど?しかも尋常な数じゃないし。何?千羽鶴でも折るの?」
「ああ、それもいいな!きっと驚く!」
せっせと折り続ける手を止めないで、それは名案だと審神者を褒める。
「こう見えても、細かい作業も嫌いではないしな。さっきも大量の洗濯物を畳んで来たんだ。折ったり畳んだりお手のものってな」
鶴丸が洗濯物畳みとは珍しい気がする。鶯丸はまぁ、置いといて、三日月、鶴丸は畑仕事や馬当番はたまにしても家事はしない。というかしなくてもいいと周りが判断して免除になっていたはずだ。
「鶴丸さぁ、やっぱなんか変わったよね。幼児化から戻った頃からかなぁ」
鼻唄を歌いながら楽しく鶴を折る鶴丸と同じ机に頬杖をついて、審神者が呟く。
「俺は元からこうだぜ。驚かすのが大好きなびっくり爺さ」
絶対違うと思う。確かに、相変わらず戦場が好きで、大倶利伽羅と共に戦場にいって大層楽しそうに帰ってくる。刀としての優秀さは変わっていない。そして人を驚かせたいという性質も。でもどこか違うのだ。
「取り合えず、俺、乱ちゃんがくるまでにある程度仕事終わらせないといけないからこれしまうからね」
そろそろ乱のお仕事チェックの時間が来てしまうと鶴丸が折り続けた鶴を丁寧な手つきで近くの箱の中にしまった。仕事ならば邪魔するわけにもいかないと鶴丸も手を止める。
「主、開けるよ!鶴丸さん来てるでしょ!」
「おお、光忠!」
すぱんと主の部屋の障子を開けたのはジャージ姿の光忠だ。目を少し吊り上げて鶴丸を見つめる。最近度々見られる表情だ。鶴丸は怯むことなくこいこいと手招きをしている。
「もう、また悪戯して!僕の部屋の服、全部白色の服に変えたの鶴丸さんでしょ!」
「よくわかったな!愛の成せる技ってやつか!」
「鶴丸さんくらいしかこんなことしないからね!」
光忠が真顔でなく普通に怒っているところをあまり見たことがない。最近はよく見るにしても戸惑ってしまう。
「鶴丸、お前なんでそんなことしたんだ」
「自分の色に染め上げるのは基本だろう」
俺は怒らないから言ってみなさいと、こっそり聞いてやれば、至極当然のように返されて、えー?っと困惑するしかない。
「まぁ、怒るな光忠。服はちゃんと返すさ。ちょっと驚かせたかっただけだ」
「捨ててるとは思ってないけどさ。急に無くなればびっくりするよ。干し終わった洗濯物も、ちょっと目を離した隙になくなってたし」
「あれ?洗濯物って、さっきつるま、もが、」
「ああ、洗濯物はさっき誰かが畳んで各部屋に配ってたみたいだぜ」
そういえば鶴丸が大量の洗濯物を畳んだと言っていたのでそれを伝えようとした途端、鶴丸の手によって口を塞がれた。
「光忠、今急ぎの仕事があるかい?」
「え?いや、洗濯物畳むつもりだったし、急ぎの仕事はないよ。だから、自分の服が変わってたことにも気づけたんだけどね」
「ちょっと俺とデートしてくれないかい?」
「デート?」
交わされる二人の会話を黙って聞く。今だ鶴丸に口を塞がれているので強制的にだが。
「偶には万屋で鶯丸に茶菓子でも買っていこうと思うんだが、あいつが何を好むのかいまいちわからん。君ならわかるだろう?」
「鶯丸様の好きな茶菓子?うん、わかるよ」
「一緒に買いに行ってもらえると嬉しいんだが、ダメかい?」
こてんと小首を傾げて光忠を見つめる。なんともまぁあざとい。もう小さい体でもないのに違和感がないのも問題だ。
「ダメじゃないよ。あ、じゃあさ倶利伽羅にずんだ餅も買っていこうよ。倶利伽羅、あそこのずんだ餅好きなんだよ」
「お?光忠も知ってたか。あそこのずんだ餅食べてる時嬉しそうだよな」
審神者の口から手を離しぱぁっと嬉しそうな顔をする鶴丸は、倶利伽羅が本当に好きなんだと伝わってくる。この二人は倶利伽羅を好きすぎる。倶利伽羅を通じて知り合ったのだから当然だろうけど。鶴丸が小さくなる前の二人は友達を通した知人といった感じだったが、最近は違うようだ。
主に鶴丸が変わってみえる。光忠に対してとても積極的だ。話しかけたり、スキンシップだけでなく先程のように悪戯もするようになった。それがまたとても楽しそうなのだ。それによって光忠も変わった。鶴丸に対して遠慮がちというか気を遣い過ぎていた節があったらしいが、鶴丸が悪戯を仕掛けてくるものだからそれがなくなったらしい。それどころか、最近では鶴丸の注意係が一期から光忠に変わりつつある。穏やかだった我が本丸の重鎮は、毎日のように声を張っている。
あまりにも光忠が目を吊り上げることが多くなったので、一度、声をかけたことがある。あまり目に余るようなら鶴丸の悪戯を辞めさせようか、と。すると、ぷんすかと鶴丸を探していた光忠は、何故かへにゃりと眉根を下げて、
「でもね、前より鶴丸さんと近く感じるんだ。鶴ちゃんの傍に居たときよりも。だから、ちょっと嬉しいんだよ」
鶴丸さんには内緒だけどね。と人差し指を唇に寄せながら笑ったのだった。
結局二人で遊んでいるのと変わらない。だから光忠は今のようにすぐ鶴丸を許してしまうのだ。鶴丸がそれに気づいているかはわからないけど。
そんな二人を倶利伽羅はよく見ている。倶利伽羅の感情をあまり読めない審神者でもわかる、なんだか嬉しそうだった。二人が倶利伽羅を好きすぎるように倶利伽羅だって二人を好きすぎるのだ。顕現した順序で光忠とじじまごで分けていたが、三人まとめておいた方がいいかもしれない。今だ繰り広げられている倶利伽羅トークを聞き流しながらそんなことを思った。
「おーい、君たちぃ。主はそろそろお仕事するよー。乱ちゃんに怒られちゃうだろぉ」
「あ、ごめんね。鶴丸さん、行こう」
「お?おお、そうだな」
どっこいせと声にだして腰をあげる鶴丸に、あらぁやっぱり爺くさいと声をかける。
「声が出てしまうんだから仕方ないだろ」
「あ、でも僕も言っちゃうよ。どっこいしょ、とかよっこらせ、とか」
「ははは、そうだな。言ってる言ってる」
お揃いだな、と何がそんなに嬉しいのか鶴丸は上機嫌で笑う。そうだ、最近鶴丸はよく笑うようになった。特に光忠の前では。仲良くなったのねー、寂しん坊の鶴丸は何処にもいないのねーと母の様な気持ちで見守ってしまう。
「じゃあ、主頑張ってね。頑張ったらお土産買ってきてあげるから」
廊下に先に出た鶴丸の後についていた光忠が振り返って笑う。光忠も最近、仕事以外の時間も増えて来たようだ。光忠の仕事が誰かの手によって既に終わってたり、仕事があっても鶴丸を探してあっちこっち行ったり。今みたいに買い物に出掛けたり、お茶をしたり。良いことだと思う。よかった、光忠も時間の使い方を覚えたかと父の様な気持で頷く。
「さぁ、光忠。行こうか」
鶴丸の元へ体を向けた光忠に、鶴丸が手を差し出す。先程まで折り紙をしていたからか、手袋をしていなかった。
手を繋いでお買いものなんてさ、小学生のカップルや老夫婦でもないんだから。何より格好を気にする光忠が取るわけないんだよなぁ。と思っていれば、案の定光忠はその手を見て固まった。ほらね、と苦笑いを浮かべる。
鶴丸も出した手に引っ込みがつかないだろう、助けてやるかと口を開こうとする。しかしそれより先に、光忠は鶴丸の顔を見て、もう一度手を見て、そしてそっと自分の右手を重ねた。鶴丸とは違って手袋はしている。それでも、ぎゅっと力強く握って顔を俯かせた。
鶴丸が顔を輝かせる。それは、それは眩しい程の笑みだった。
ぽかんとしている審神者に「行ってくるぜ!」と鶴丸はぺかーっと音のしそうな太陽の光を浴びせ、二人は歩き去った。眼帯でほぼ表情は見えなかったが、光忠の頬は赤かったような気がする。
「あー!主さん!さぼってるね!だめだよ!お仕事!」
可愛らしい声に呼ばれてハッと我に帰る。乱が仁王立ちで眼の前に立っていた。
「乱ちゃん。俺、よくわかんない。手を繋ぐ理由って何。どうしてただ歩くのに手を繋ぐの。どうして手を繋ぐだけで嬉しそうなの?」
恋愛経験が小学生で止まっている審神者は、眼の前の見た目だけは美少女に、神に祈るような姿勢で教えを請うた。
「?そんなの、相手が好きだからに決まってるでしょ!」
「で、ですよねー!」
ああ成程よくわかった。三日月や鶯丸が、小さくなった鶴丸を微笑ましく見守っていた理由が。鶴丸をどうにか戻せないかと悩む審神者に、光忠が育ててくれるから大丈夫だと笑っていたわけが。
二人は、鶴丸の幼い姿を言っていたのではない。その中にある。見た目と同じくらい幼い心の芽吹きを言っていたのだ。それであれば確かに、鶴丸は光忠に子供扱いされ続けたいとは思わないだろう。最初は構われて嬉しいだろうが、しばらく経てば不満に思うに違いない。元に戻りたいと思うのは時間の問題だったということだ。
それにしても鶴丸が、光忠を。通りで光忠に対してだけ、構ってくれないと寂しそうだったわけだ。そして、光忠も満更ではない様子だと、審神者の勘が告げる。
「ほーん。そうか、そうかぁ」
今は老夫婦のような年齢で小学生のような気持ちを育てている二人だが、いつか白い肌を赤く染めた二人が、並んで審神者に報告しに来る日がくるのだろうか。その日が来たら赤飯を炊いてやろうと一人でにやにやとする。
「主さん、お仕事!」
乱が可愛い顔で眼を吊り上げる。しかし審神者の思考は旅立ったままだ。
あの二人にきっかけを与えたのは審神者だ。もしかしたら、仲人を頼まれるかもしれない、そんなことを考える。
「こうしちゃいれない!今からでも文章を考えなければ!えっと、あの本はどこにやったっけ?乱ちゃんあのさ、」
「僕、やらなきゃいけないお仕事ほっぽり出して、遊び始めちゃう人、大嫌いなんだよね!」
「わ、わーぼくおしごとだいすきおしごといっぱいあってうれしいなー!」
凄味を利かせた乱の声に体と声を震わせながら机の上に仕事を広げる。そこで漸く乱がそうそう、それでいいんだよと雰囲気を和らげた。乱に怒られるのは本当に堪える。真顔の光忠や今剣よりも、余程このかわいい短刀が怖い。
乱の雰囲気が良くなったことに、最後の戯言を吐き出す。
「乱ちゃん、俺、魔法使い卒業して農家になりたい」
「今度は、何言い出すの。後、主さんが魔法使い卒業するのは無理だよ」
乱が呆れたように審神者を見る。いい人見つけてからそういうこと言いなよと辛辣な言葉を放ってくるが、それでも審神者の楽しい気持ちはなくならなかった。
自分にとって可愛い子供のような二人が淡い気持ちを育てている。こんなに嬉しいことはない。
いつか二人が大きな恋の実を結ぶまで、良い土と良い水と暖かい光を準備して見守っていくとしよう。
「ま、愛情は自前でお願いしますよ」
今度こそ乱に怒鳴られる前に一つ呟いて、机の上の仕事と戦い始めた。
おまけ