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 鶴丸が幼児になって三日目になった。結局初日はあのまま光忠と庭に桜の樹を見に行って、そこにいた短刀を大いに驚かす事に成功した。一緒にいた一期一振は頭の痛みを堪えるように唸り、平野には今度は幼児化ですか、何でもされるんですねと苦笑いされたが、最初の反応がとてもよかったので対したダメージではない。
 光忠と長くいるのは初めてだったが、まるで昔からの友達のように話ができてやはり相性はいいんだと確信が持てた。小さい体に慣れずまごつく鶴丸に対しても光忠は嬉々として世話を焼いた。本人の言葉通り、お風呂も一緒に入り髪を洗ってもらったり、小さな手で箸がうまく持てない鶴丸に対して俗にいう「あーん」というのをしてくれたり。遠征や出陣でいない刀も多いとはいえ本丸のみんなの前でもお構いなしに光忠は甲斐甲斐しさを見せた。それを見たブラコン勢が真似をしたがるというちょっとした出来事も起きたがそれは置いておこう。


 食事が終わった頃に、大倶利伽羅が現れ、共にくっついてる光忠と鶴丸を見ても驚くことなく、まるでこうなることがわかっていたかのような反応をみせた。光忠が、鶴丸はしばらく光忠の部屋で寝ると言っても動じることもなかった。
 しかし、そこは大倶利伽羅を理解している鶴丸と光忠である。大倶利伽羅がどうでもよさそうに見えても内心はそうでないことを、もっと言えば大倶利伽羅が人一倍寂しがりやという可愛い一面を持ってることを理解してる。なので二振りは大倶利伽羅にある提案をした。それは三振りで一緒に寝ないかと言うことである。
 最初に発案したのは鶴丸だ。鶴丸と大倶利伽羅は顕現した時から相部屋で、部隊も一緒だった為離れて寝たことがない。光忠と一緒に眠れるのは嬉しいが、だからといって大倶利伽羅と離れたい訳ではない。鶴丸にとっては三振りで一緒にいられるのが一番なのである。光忠もその提案に賛同してくれた。鶴丸は子供の表情で、と三振りで川の字で寝られたら嬉しいと、大倶利伽羅に言いよった。しかし大倶利伽羅は活動時間のズレを理由に巌として反対をしたのだった。いつもであれば鶴丸の提案には何だかんだと乗ってくれるのに、と不思議に思ったが光忠から無理強いはいけないと言われればそれ以上言うことは出来ず。結局鶴丸と大倶利伽羅は顕現してから初めてお互い別々の部屋で寝ると言うことになった。


 光忠はこの本丸の数少ない一人部屋の持ち主だ。鶴丸を部屋に連れてきても誰にも迷惑をかけることはない。光忠は布団を一式だけひいて、初めて踏み入れた光忠の部屋にはしゃぐ鶴丸に手招きをしながら笑いかけた。どうやら同じ布団で眠ると言うことだった。今の自分の大きさなら問題ないかと頷けば光忠は嬉しそうに笑みを深めた。そうして布団に潜る鶴丸に並び、小さな体をぎゅっとその腕に抱き締めたのだった。
 「鶴ちゃんは暖かいね、子供体温ってやつかな」と笑う光忠に驚いた気持ちが落ち着いていく。大倶利伽羅は布団を並べて寝るのは気にしないようだが、同じ布団で眠るのは嫌がった。こうして誰かの体温を感じて眠るのは初めてだと鶴丸がじんわりした暖かさに包まれながら言えば、僕もだよ。と頭を撫でられる。それにうとうとしてしまい、眠る時様なのか、いつもと少し違う眼帯をつけたままの光忠に見守られながら、その日はそのまま眠ってしまった。人の体温というのはすごいもので、小さくなった影響もあるのだろうがいつもよりぐっすり眠れた。鶴丸が目を覚ました時、光忠は隣で眠っていた鶴丸の頭を撫でてくれていて、鶴丸の心を温かくした。


 二日目はそんな幸せな朝から始まり、庭を散歩したり、やたら可愛がってくれる短刀勢と遊んだり、出陣する大倶利伽羅を見送ってたりとずっと光忠と一緒に過ごした。夜は一緒に風呂に入り、また一式の布団で共に抱き合って眠った。そうして迎えたのが本日、三日目である。

 幸せな二日を過ごした鶴丸は、そろそろ潮時だと感じていた。言ってしまえばこの二日は主の優しさから与えられた休みだったのである。光忠を休ませたいとも言っていたのでどちらかというと光忠の為の休みだったのかもしれない。
その証拠に、光忠はこの二日間、鶴丸についてくれたので内番も仕事もしていなかった。珍しい話どころではない。社畜の光忠がよくぞ我慢できたものだ。この体の鶴丸が傍にいたからこそだろう。
 案の定、鶴丸がちょっと話したい奴がいるから午前中はそいつと過ごすと言うと光忠は、じゃあその間、僕はお仕事しようかなと楽しそうに笑った。食材の在庫も切れているものがないか見に行かないと。後、長谷部くんに確認したいこともあったし、何より今日は洗濯日和だしね!とどこかうきうきとしている様は鶴丸に苦笑いを浮かべさせた。鶴丸に合わせて自分の時間なんて一分たりともとれなかったのだから少しくらい休めばいいものの、難儀な性格である。これは主も気を揉むと言うものだ。


「まぁ、そこも美徳ではあるんだがなぁ」


 考え事の感想が口から溢れる。そういうところが嫌いなわけではなく、心配なだけだ。
 光忠は本当によく働く。他の刀から何か頼まれても厭な顔ひとつしない。鶴丸の世話だってそうだ。むしろとても嬉しくて、楽しくて仕方がないという風に鶴丸の身の回りを世話してくれる。
 自分に向けられる優しい笑みを思い浮かべて鶴丸は「あーあ」と零した。こんなの戻りたくなくなるに決まっている。まるで悪い魔法にかかったようだ。しかしそうも言ってられない。
 鶴丸だって光忠ほどではないが仕事があるのだ。戦う為に顕現したのだから戦うことにまず意味がある。敵の肉を裂き、骨を断ち、返り血を浴びて存在する価値がある。刀なのだから当然だ。しかしこの状態では自分の本体を振るうことは到底無理な話で、戦場に赴いても鉄屑として消えるだけだろう。
 それだけではない。昨日の一軍出陣の際、隊長は大倶利伽羅だったらしい。隊長は合わないと以前言っていたが、恐らく鶴丸の為に買って出たのだ。大倶利伽羅は何も言わなかったが鶴丸にはわかる。光忠とはまだ一緒にいたい。しかし、だからと言って、戦うことも出来ず、大事な子に負担をかけるというのは許せることではない。非常に名残惜しいが、体を元に戻してもらおうと鶴丸は主の部屋を訪ねた。

「大将?いないぜ?」


 厚がぱちくりと瞬きをしながら教えてくれる。


「今日は乱と一緒に審神者会に出席してる。俺は伝言係。緊急で伝えたい用があったら連絡するけど?」


 戻してもらうと意気込んできたが、拍子抜けである。まさか今日が審神者会だったとは。そういえば、昨日、長谷部が光忠にそんな話をしていた気もするが、鶴丸は長谷部と話ながらも抱っこして頭を撫で続けてくる光忠が気になってあまり内容は聞いていなかった。
 厚の申し出はありがたかったが、特別急を要するものではないし、と断る。審神者会に出席している主に連絡して言う程のことではないんだと、どこか言い訳がましく思いながら。
 主がいないのであれば、と厚に別れを告げて来た道を戻る。やっぱり、以前とは全然違う建物に見えるなと、周りをきょろきょろ見回して歩いていたところに声をかけられた。


「鶴丸、茶でも一緒に飲まないか」


 名指しで呼ばれ、声のする方を見てみれば部屋の入り口から顔を出している鶯丸と眼があった。
 にこりと微笑まれてこいこいと手招きをされる。


「驚いた。待ち伏せか?」
「先程、しょんぼりと歩いている姿を見かけてたんだ。主の部屋に向かっていたようだが、主は今日不在だろう。またすぐここを通ると思って、待っていた」


 小さい足でとてとてと近づく鶴丸を嬉しそうに見守り、さあどうぞと部屋へと招き入れてくれた。
 動の鶴丸、静の鶯丸とそれぞれ性質が反対と言ってもいい二振りであるが、何故か気が合う。顕現時期も近いからだろうか、何かと話す機会もあり気がつけばいつもこの部屋で茶を楽しんでいることが多い。三日月がこの本丸に来てからは『爺組』と一纏めにされることも多くなり(鶴丸としては他二振りよりよっぽど若いつもりなので不満ではあるが)、三振りで話の花を咲かすこともしょっちゅうだ。
 いつもの指定席に腰をおろせば鶴丸専用の湯のみが差し出される。


「あの子はどうした?」
「光忠か?光忠はあれだ、仕事してる」
「そうか。働き者だな。俺は、鼻が高い」
「君はもっと光忠を見習え。いや、見習わなくてもいい。その代わり、君から光忠に働きすぎだから、もっと休めと言ってくれ」


 出された茶菓子を食べながら訴えれば、鶯丸はまたにこりと笑った。こういう柔らかい雰囲気がなんとなく光忠と鶯丸は似てると鶴丸は思う。


「あの子はな、不器用な子なんだ。許してやってくれ」
「いや、許すとか許さないじゃなくてな」
「そう言えば、主には何の用だったんだ?やけにしょんぼり歩いていたみたいだった」
「君なぁ、話を聞いてくれ」


 鶯丸といえばこれである。超マイペース。三日月もかなりの天然ではあるが、鶯丸も引けを取らない。いつもであれば面白い奴だなで済むのだが、この話題にはきちんと反応してもらいたかった。

 そう言えば、鶯丸と光忠の話をする時はいつも鶴丸がもやっとして終わる気がする。
 例えば、鶯丸は鶴丸が茶会を終えて暇しようとすると必ず、「あの子と仲良くしてやってくれ」という言葉で送り出す。その日、光忠の話題が出ようが出まいが関係なく、だ。何故そんなことを言うのだろうと鶴丸は思う。けれどそれ以上に強く思うのは、「それはこっちにいう言葉じゃないだろう!」というものだ。鶯丸には言っていないが、光忠と仲良くしたいのは鶴丸の方なのだ。「もし鶴がなにかの事故で兎になったら寂しくて死んでしまうかもしれないから、あの寂しがり爺と仲良くしてやってくれと、お前が大層可愛がっているその子に言ってくれよ!!」といつも思うのだが、そんなことが言える訳もなく。「ああ、わかった」と言うに留めている。
 他にも、冗談めかして「君ばかり光忠に頼ってもらってずるいぞ」と言えば「俺は鶴丸ばかり、と思ってしまう」と真顔で返されたり、「君が煎れる茶はやはり美味いな」と褒めれば「あの子も茶を入れるのが美味いんだ」と孫自慢が返ってきたり。いつも返答に困る反応をされてもやっとしてしまう。そこで「ずるいぞ鶯丸。俺だって光忠に頼ってもらったり、一緒に茶を楽しんだりしたいんだ!俺も混ぜてくれ!」と言えればいいのだろうが、鶴丸の中にある格好つけたい心がそれを許してくれない。いつも自然体でいられて、且つ光忠にも慕われている鶯丸が羨ましい。
 そんな考えを、鶯丸に眼で語るが本人は、ん?と優しく首を傾げるだけだ。しょんぼりと歩いていたように見えた鶴丸を、待ち伏せしてまで茶に誘ってくれたのだ、本当に心配しているのだろう。それがわかってしまうから、マイペースなところも憎めない。


「ああ、いやなんでもない。主のところに行ったのはこの体を治してもらうためだ」
「何故治してもらう?三日月が悲しむじゃないか」
「三日月を気にしていたら一生元に戻れんぞ」
「・・・・・・あの子が何か粗相でもしたか?」


 困ったように鶴丸を見てくる鶯丸に、思わず首と両手をぶんぶんと振る


「な、何でそうなるんだ!?違うぞ、そろそろ戦場が恋しくなってきたんだ。大倶利伽羅にも迷惑かけてるしな!光忠は関係ない!」


 焦る鶴丸をしばらくじっと見つめて、そうかと呟いた。


「そうだったならいい。どちらにせよ、主には元に戻せないだろうしな」
「は?何故だ」
「鶴丸を育てられるのはあの子だけだと、三日月が言っていたからな。主は正反対のことを言っていたが、俺は三日月に賛成だ」


 そういえばそんなことを言っていた。「光忠であればこの雛を立派な鶴に育ててくれるだろうからな」とかなんとか。
 あの時は冗談で言っていたのかと思っていたが、まさか本気で鶴丸が元の大きさまで成長しなおすとでも思っていたのだろうか、人間のように。鶴丸は審神者の霊力によってこの姿になっているだけで、術を解いてもらえばすぐに治る。三日月ほどのものが鶴丸にかかっている術の性質を見抜けないとは思えない。それに関しては鶯丸も同じだ。主が鶯丸にどんなふうに事の経緯を話してあるかはわからないが、主の言うように光忠がいるから鶴丸はこんな姿をしている。光忠だけが鶴丸を育てられるのではなく、光忠だけが鶴丸をこんな姿にしてしまえるというのが正解なのだが。


「実はな鶯丸。さっきはああ言ったが、あれは半分本音で半分は建前、みたいなもんだ。俺は光忠に世話してもらっていると、どうも刀の本分を忘れてしまう。いやはや、光忠の子供好きはすごいな、この俺を刀からただの子供にしてしまえるんだから。俺は、このままだと本気で元に戻りたくなくなってしまう。それが怖くて主の元に行こうとしたんだ。主が君に語ったことは正しいぜ」


 観念したように両手を顔の横に挙げながら話す。光忠に構ってほしくてこんな姿になったことは伏せたが、それでも鶴丸が光忠と離れ難いと思っていることはばれてしまっただろう。それを、光忠と親しくしてる鶯丸に言うのはとても恥ずかしかった。いつも羨んでいたことも伝わってしまっただろうか、と顔を俯かせて正直に話したことを後悔する。


「ふふ。大丈夫だ、鶴丸。元に戻るのに時間はさしてかからない。主に四苦八苦してもらう必要もないだろう。あの子は確かに幼児が好きなようだが、鶴丸はそれに当てはまらない。なにせ鶴丸だからな。すぐに元に戻りたいと思うようになる」


 鶯丸はようやくにこにこと微笑んだ。うんうん、そうか。鶴丸はあの子を気に入ってくれているか。うんうん。と嬉しそうに独り言をつぶやいて茶を啜る。一段と茶が美味いな!鶴丸!と上機嫌に話しかけてくるが、鶴丸は置いてけぼりだ。


「おう、鶯丸。ちゃんと説明してくれ。この際、元に戻る云々は置いておこう。鶴丸だから、当てはまらないってのはどういう意味だ。俺はこの姿をもってしても、子供好きの光忠に好かれることはないということかい。それ程俺は光忠から嫌われているのか?なあ!」
「ははは!鶴丸はおもしろいな。大包平みたいだ」
「今、大包平関係ないだろ!教えてくれよ!」
「まぁ、細かいことは気にするな、茶が冷めてしまったな。煎れ直すとしよう」
「鶯丸!!!」

 この後、鶯丸の膝を揺らしながら質問責めをしたが、鶯丸は「曾孫ができたらこんな感じかな。大包平にも味あわせてやれるだろうか」と言っただけで何も答えてはくれなかった。
 そこに騒ぐ鶴丸の声を聞きつけた三日月がひょっこりと現れ、雛!雛!と大喜びをしながら鶴丸を膝に乗せて完全に遊ぶ体制に入ってしまった。それからは、爺二振りにひたすらおもちゃにされるだけである。散々「帰る!」と言った鶴丸を二振りは「まだいいだろう、茶菓子もあるぞ」とはぐらかしてと帰そうとしなかった。しかし、さすがに遊ばれるのにも限界にきて「もう嫌だ!俺は光忠のところに帰るんだ!光忠、みつただー!」と涙目でぴーっと鳴いた途端、二振りに「わかった。光忠のところに帰れ」と送り出された。やはり子供の涙は正義ということだろうか。それにしてはやけににこにこと送り出された気もする。
 そういえば、鶯丸の別れの挨拶も「今度は二人で来るといい」という、いつもと違う言葉だった。ぐすんぐすんと鼻を赤くする鶴丸はそこまで気に留めることはなかったが。

 

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