鶴丸さんが幼児になって初めての夕食の話
「はい、鶴ちゃん。お口あけて、あーん」
「へ」
「早く早く。汁が落ちちゃう」
「あ、ああ」
光忠が左手を添えて運んできた煮物を受けとる為に口を開く。それをはい、あーん。と効果音をわざわざ付けて放り込む光忠に、さすがの鶴丸も羞恥を覚える。ましてや周りの目もある。遠征部隊が帰ってきていない為、いつもより少ない人数しかいないと言ってもそれでも皆の前だ。同じ第一部隊の石切丸が言っていた通り、大倶利伽羅は明日の出陣の準備を先に済ませるとのことで、ここにはいない。それがせめてもの救いか。いや、大倶利伽羅にもしてもらえるならそれはそれでいいかもしれない。
「悪くないな!」
「おいしい?なら、よかった」
味のことではなく、大倶利伽羅のあーんを想像して思わず言ってしまったのだが、嬉しそうににっこりされると先程の羞恥もどこへやらで本当に悪くないと思ってしまう。いや、悪くないではなく、すごく楽しい。
「鶴ちゃんの小さいお手てに合うお箸もスプーンもないからね。明日には準備出来ると思うんだけど。今は食べたいものを言って?食べさせてあげるよ」
「じゃあ、その漬け物がいいな」
「オーケー!」
箸をもってにこにことする光忠にリクエストするとかっこよく運びたいよねと言わんばかりに、張り切った返事が返ってくる。すでに楽しくなってる鶴丸からすればその反応も面白い。
「今日はいやに賑やかだな」
別卓から長谷部の声が飛んでくる。近くに賑やかそうな粟田口の卓があるが、明らかにこちらを向いて言っている。
「ごめん、僕、声が大きかったね」
「いや、いつも静かに食べてるお前たちにしたら珍しいと思っただけだ」
何故賑やかなのかよくわかってない様子だ。
この長谷部、鶴丸が小さくなった姿を見せた時も驚くことなく、「そうか、よかったな」の一言ですませた男。以前、驚かせようと夜中に白い布を被ってわっ!と驚かしても「早く成仏した方がいいぞ。お前はあの世に行けるんだ、きっと待ってるやつがいる」と真剣な顔で返された。長谷部宛に荷物が届いたといって、ビックリ箱とやらを渡して見たが、これは何の用途で使うんだと言いたげに首をひねっただけだった。大倶利伽羅と似ている所もあると思えばかわいい気もするがどちらかと言えば驚かせがいのないやつという認識である。しかし戦場ではああも熾烈で感情豊かに舞う刀。ただ真面目が過ぎるところがあるだけで感情の波がないわけではない。だからいつか最高の驚きを、と意気込む相手でもある。
「燭台切がはしゃいでいるんですよ。そして鶴丸も甘えているんです」
今日は長谷部と同じ卓で食べている左文字三振りの中、宗三から声があがる。隣で美味しそうに飯を食べる小夜と違ってあまり料理が減っていないようだった。
小さい鶴丸を見て非常に驚いたようだった宗三の一言目は「なんてことでしょう!やはり、うちの小夜が一番かわいい!」だった。この本丸の宗三は、ドのつくブラコンで、鶴丸ははっきり言って予想できていた。むしろそれ以外の事を言われればこちらが驚く。
「うちの小夜は、こんなかわいい小さな手でもいっぱいご飯を食べているというのに、鶴丸ときたら。燭台切も適当な理由つけて構いたいだけなんですよ。なんならそこら辺の木でも削って、小さい箸でも作ってやった方が鶴丸も自分のペースで食べられると思うんですけどね」
やれやれと頭をゆるく振って宗三は続ける。
「そもそも、あーんってなんですか。テレビで見る新婚とやらですか。いつ結婚したんです?まったく。僕には理解できませんがね」
「宗三。その小夜の口元に持っていってる箸はなんですか。美味しそうな、煮物ですが」
「宗三兄様・・・・・・?どうしたの?」
江雪が呆れたように、小夜が戸惑うように聞くのが聞こえる。あの二振りも毎回大変だなぁと光忠に運んでもらった漬け物をぽりぽりと音をさせながら食べる。
「ああ、小夜!聞いてくれるかい!?お兄ちゃんはこの魔王の刻印によって、人のあーんを見たら、自分も誰かにあーんとしなくてはならない呪いにかけられているんだ!」
「宗三・・・・・・」
江雪が静かにたしなめるが宗三は気にしない。しかし、魔王の名前を出したなら長谷部が反応しないわけがない。
「お前、なんでもかんでもあの男のせいにしようとしているだろう」
「おや、いけませんか?」
何が悪いのかと首を傾げる宗三は傾国の刀と呼ばれるにふさわしい麗しさだ。兄弟さえ絡まなければまともなのにと思わずにはいられない。宗三に限らずこの本丸にはそういう刀が多い。
「お前のそういうところ嫌いじゃない。正直もっとすればいいと思う」
「やげーん!やりましたよー!長谷部からお許しが出ましたー!」
「おー!なんだかよくわからねぇがよかったなー!」
長谷部がフッと笑ってそう言えば、声を張って薬研を呼ぶ宗三。粟田口卓で楽しく食事していたところに突如名前を呼ばれた薬研は、いきなりのことでなにもわからないだろう。それでも楽しそうに報告してくる宗三に、にかっと笑って返してくる辺りが、彼が随所で兄貴と呼ばれる所以なのだろう。
少し遠くから返ってくる薬研の声を聞きながら、光忠があの三人ほんと仲いいよねと隻眼を細めている。俺たち三振りだって、あの三振りに負けないくらいの仲になれるんだと言う代わりに、ほんとになぁ。いつも漫才みたいだと、白米を指名しながら言う。
「・・・・・・あーんできないと宗三兄様ほどうなってしまうの?」
兄を心底心配したような声色で小夜が呟く。平生は復讐が云々と物騒なことを言っているが、心根は純粋でとても優しい刀なのだ。鶴丸も宗三程とまではいかなくても小夜は非常に愛らしいと思っている。
宗三は愛故によく小夜にこう言った嘘をつく。鶴丸としても気持ちは十分にわかるのだが、こうも純粋に心配されれば良心が痛みそうなものだ。しかし宗三は小夜の言葉に哀愁を纏わせる。
「誰にもあーんできない時は、海の藻屑になってしまうんだよ」
さすがに箸は置いたらしい右手で口許を覆う。その悲しげな表情は世界の終わりを思わせる。光忠が演技派だねと呟いたのと、長谷部がお前は人魚かと突っ込んだのは同時だった。人魚とはあの面妖な生き物か、と鶴丸は首を捻ったが小夜は意味が分かったような顔をした。そしてコクリと頷いた。
「僕、するよ」
まるで戦に向かう戦士のようだったが、その仰々しさがかえって可愛らしい。宗三が周りから怒られないのはきっと小夜の愛らしさ故だろう。
「小夜は本当に優しくて愛らしい!はい、じゃあお口を開けて。あーん」
「あーん」
宗三から煮物を与えられモグモグと口を動かす小夜は小動物のようで愛らしいと思っていれば、現在自分も同じようなものと思い出した。
「僕、兄様の呪いが解けるまであーんするよ」
身悶えして喜んでる宗三に追い討ちをかけるような小夜の使命感溢れる一言。その健気さに目の前の長谷部も眉根を下げる。さすがに宗三を注意すべきなのか、小夜のかわいさに笑えばいいのか迷っているそんな表情だった。そこで今までゆっくりと箸を進めていた江雪が小夜に話しかけた。
「小夜。宗三の呪いを解いてあげましょう」
「!出来るの、江雪兄様!」
「できますよ」
「どうやるの?早く宗三兄様の呪いを解いてあげてよ!」
「その方法はですね。誰かにあーんとした直後に、別の人にあーんとしてもらえばいいんですよ。というわけで宗三」
「え?」
「はい、あーん」
小夜を挟んだ反対側の宗三に向かって副菜の白和えを運ぶ。宗三は戸惑うように江雪と小夜を見ているが、小夜のこれで兄様が治るんだね、という期待を含んだ視線に黙って口を開けた。もぐもぐと咀嚼してこくりと飲み込む。どこか恥ずかしげな雰囲気を漂わせている。
「まったく。兄さんは、ずるい」
「あなたが小夜を可愛がり過ぎるのがいけません」
「だって、」
「ぶは、お前、急にしおらしく、なるなっ」
「兄さんのせいで長谷部に笑われた!」
長谷部が笑いながら小夜、江雪と、よかったな、呪いが解けたみたいだぞ。うん、よかった。江雪兄様はすごい。小夜の協力があってこそですよ。と会話をしている。一方宗三は、やげーん!兄さんと長谷部がいじめるんですー!と声を張り、報告をしている。頑張れー!あんたは強い子だから大丈夫だー!と何かを頬張りながら返す薬研に一期がなにか注意してる。完全なとばっちりだった。
光忠に飯を運んでもらいながら一連の流れを見ていた鶴丸は、今日は珍しいものが見れたなと食後の茶を啜る。この小さな体ではいつもの半分の量も食べられなかった。
長谷部も左文字も、基本的に静かに飯を食べる。それなのに今日は吹き出すほど笑う長谷部や三振りで賑やかにしている左文字が見れた。
光忠は自分の食事をし始めている。少し冷えた飯を、鶴丸に与えたのと同じ箸で食べる姿を見るとなんだかムズムズとする。先程の左文字兄弟もしていたことなのだから、普通のことだとはわかっているのだが。
食後にデザートがあるという本日の夕飯当番達の言葉を楽しみに、光忠が食べ終わるのを待とうとゆっくり茶を含んだ。
「ねぇ、兄弟」
「どうした・・・・・・兄弟」
「実は僕も宗三さんと同じ呪いにかかってるんだ」
「なんだと・・・・・・!」
鶴丸達と同じ卓の堀川が突然そんなことを言い出し茶を吹き出しそうになる。ぐっとこらえれば気管に入り、咳き込む。大丈夫かと問いながら背を擦ってくる光忠になんとか大丈夫だと告げる。光忠はよく吹き出さないものだと思った。そんな鶴丸達をよそに堀川三兄弟の会話は続いていく。
「まことであるか、兄弟!」
「うん、今まで黙っていてごめんね」
「いや、わかっている。兄弟は優しいからな。俺たちに心配かけまいと言わなかったんだろう」
「拙僧が気づいてやれないばかりに、辛い思いをさせてしまった!」
「だが、もう大丈夫だ。さぁ、こい兄弟。俺が兄弟のあーんを受け止める」
「ならば拙僧は直ぐ様、兄弟にあーんとなるものをしようぞ!」
「あ、ありがとう!ありがとう兄弟!」
三振りはお互いでお互いの両手をひしと握り、キラリと光る涙を目に浮かべている。いや、誰か突っ込んでくれ。堀川、君がそれをいうと本当に洒落にならないだろう。と言えない、まさに兄弟愛溢れる場面だ。結局、そのまま三振りであーんを始めてしまった。
鶴丸が遠い目で粟田口卓を見ると、粟田口卓でもあーん大会が始まっていて、別卓では獅子王が三日月にしていた。後者はどちらかと言えば介護だろうが、それでもあちらこちらで交わされるあーんに鶴丸は、なんだこれはと思わずにいられない。気分は、異文化の世界に飛ばされた物語の主人公のようだ。
一体何がきっかけでこんなことにとみんなを見ていると。
「ふふ、っははは!」
「どうした、光忠!?」
「だって鶴ちゃん、未来に飛ばされた大昔の人みたいな顔してるんだもん」
「?俺たちはまさにそうだろ?」
「そうだけど!面白いなぁ。それにかわいい」
「???」
「静かに味わって食べるご飯もおいしいけど、こうしてみんなでわいわい食べるご飯もおいしいんだね。」
にこにこと微笑む光忠の言葉にあたりを見渡す。食べさせあってるものはもちろんだが、それを見ているもの達も、呆れながら、優しく見守りながら笑っている。
刀剣男士は始め、食べると言うことにとても感動を覚えたものが多かった。そのせいか食事の時は、静かに噛み締めるように食べるものが多い。それが食事の楽しみ方だったからだ。けれど、今日のようにみんなで騒ぎあって、笑いあって食べる食事がおいしいと光忠は言う。
鶴丸には、その違いがよくわからなかった。量もそんなに食べられなかったし、茶も喉に詰まらせた。しかし、回りを見て光忠の言うこともわかる気がする。とても愉快だ。大倶利伽羅がここにいればよかったのに、と悔やまれる。この景色のきっかけはなんだっただろうと再び考える。ああそうだ、
「光忠のお陰だな」
「鶴ちゃんのお陰だね」
同時にお互いの名前が出て、顔を見合わせる。一瞬の沈黙の後にお互い大笑いしたが周りの騒ぎにかき消された。