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「取り合えずこれで最後だよ!」
「ありがとう、助かった!」
「よかった、終わったぁ。もう、どうなってるのさ?僕がちょっと兄弟の所に言ってる間に、書類は終わってないわ、鶴丸さんはちっちゃくなってるわ。出来た分だけでも午後に報告しなきゃいけないって朝も言ったよね?さすがに半分も仕上がってなかったら政府から怒られるよ!」
「ごめんごめん。怒んないで、乱ちゃん。ほら、喉乾いたでしょ。お茶どーぞ」
「別に怒ってないけどさ、理由は知りたいよ」


 鶴丸の相談事により、鶴丸刀剣幼児化計画を早速実現させた審神者は、結果的にしなければならない仕事をすべてほっぽり出したと判断された。審神者にとっては書類より大事なことではあったが理由をしらない乱にはそう思われなかったらしい。この近侍はかわいい顔をして結構真面目なのだ。


「ちょっと魔法をかけてたの。願いを叶える魔法」
「よくわかんないよ。それが鶴丸さんのあの姿ってこと?」
「そゆこと。乱ちゃんにも経験あるでしょ?」
「僕?」
「薬研とどうしたら仲良くできるかなぁって悩んでたじゃない」


ああ、そんなこともあったねーと懐かしそうに頷く姿に自然と目が細まる。

 この本丸を古くから支えてくれている乱は、他の刀からの信頼も厚い。本丸のことでわからないことがあればまず乱に聞け、というのがこの本丸の暗黙の了解。今では、この本丸の重鎮となってる光忠と長谷部も、当初は乱に色んなことを教わり、小さい乱の後ろをくっついて歩く大きな二人は審神者の心を大いに和ませた。そんな中、乱の兄弟刀の一人である薬研だけは乱に頼ろうとしなかった。乱はその理由を、自分が薬研に嫌われているからではないかと思い、非常に悩んだのだった。


「鶴丸はさ、あの時の乱ちゃんみたいに、仲良くなりたいなー!って思ってる子がいるの」


 そういうことなのだろうと思う。
 つまらん!と言いながら奇襲を仕掛けてたきた鶴丸のことを考える。暇で退屈、ではなく気に入らないことがあってつまらないと言った鶴丸は寂しそうであった。それをわざわざ審神者のところまで吐き出しにくるということも初めてだった。よほど、光忠と仲良くなれないことに焦れていたのかもしれない。
 鶴丸は本来とても思慮深く、冷静で何より愛情と優しさ溢れる刀である。あの驚きモンスター爺というのももちろん鶴丸の本質であるが、それだけではない。常に周りに空気を読み、いかに皆が楽しく過ごせるか、自分がどういう立ち振舞いをすべきかを考え行動に移す。鶴丸が何か要求するときは、他の者の意思を汲み取って発言している。まぁ、大倶利伽羅のことに関して例外はあるが、一緒にいられれば満足するのかそれもほとんどない。
 戦場に置いても優秀すぎるくらいだ。戦場ですら驚きを求めるのは如何なものかとも思うが、それでも物事は冷静に判断している。自分の感情をコントロールするのが上手いのだ。長く存在しているからだろうか、すべてを諦めている感情とだからこそすべてを許せる愛情とすべてを楽しもうとする意思の強さを持ち合わせている素晴らしい刀。それが審神者にとっての鶴丸と言う刀だ。
 しかし相談にきた鶴丸は拗ねた子供のようだった。鶴丸は審神者に対して、肉体を与えた親のようなものと考えてるところがあるようで、昔から懐いている三日月程、とまではいかずとも慕ってくれている。それでも、あんな鶴丸は初めて見た。いつもは何でも笑って流す鶴丸が、頬を膨らませて頼ってきてくれたのだ。自分に出来ることなら叶えてあげたいと思うのも仕方ない。

 しかもそれが光忠を喜ばせることができるなら尚更だ。光忠はこの本丸が今の半分も刀がいない時に顕現した。人数が少ないこともあり、遠征、出陣、家事の三拍子をまるで延々とワルツを踊るようにこなしてきた。刀が増えてきてもそれは変わらなかった。気づけば長谷部と共に立派な社畜。休みを強制的に取らせても結局は働く二人に、ならば欲しいもの、して欲しいことを言ってくれと伝えたことがある。長谷部は何もいらない、ずっと使ってくれればそれでいいと言った。光忠も何もいらないと言った。ただその後、貞宗の顕現は可能か、と聞いた。それは今難しいと伝えれば、そうかと笑ってそれ以降貞宗の顕現を聞いてくることはなかった。光忠は人の機微に聡く優しい刀である。人を困らせるようなことはしない。つまり、光忠が口に出さないと言うことは、叶えられない願いは審神者に気を使わせるとから言えないということで、それが本気の願いであるということだ。
 ずっと頑張ってくれていた光忠の願いを叶えてやりたがったがそれが出来ずに、ずっと申し訳ないと思っていた。光忠が何か喜ぶものをと色々調べたときに知ったのが子供好きということだ。しかし当本丸の短刀はしっかりしている子ばかりで、また保護者もすでにいる子も多く、光忠はどこか遠慮しているようだった。それでも短刀や蛍丸を見る隻眼は幾分も優しかったが。貞宗、もしくは小さい子の顕現を出来たら光忠も喜ぶし、その子に時間をあわせる為休むようになるのではないか。世話をされる子も光忠が相手であればきっと楽しく過ごせるだろうと思っていた。
 そこに鶴丸の相談である。二人の願いを叶えたい審神者には最高の申し出だった。光忠に構ってほしい鶴丸と子供好きな光忠、導きだされた結論は、鶴丸が子供になればいいんじゃね?と言うものだった。正直自分でもどうかなと一瞬思ったのだが、鶴丸の第一の案を聞いて自分の考えの方が数段まし、と確信が持てた。鶴丸も喜んで幼児になってくれたので、今でも正しい選択だったと思っている。
 審神者の霊力によって鶴丸は見事幼児と化した。小夜や秋田よりも小さい。満月を沈めた水面のような透き通った瞳、春に踊る桜の花びらのような色がついた柔らかい頬が平生の鶴丸とは違い全力で幼児だと主張している。そして変わらぬ雪のような白い肌と白銀の髪が、その幼児がこの世のものではないと思わせる。一言で言って天使だった。鶴丸が幼い付喪神であった頃の姿もこうだろう。これは子供好きでなくてもも可愛がりたくなるなぁ、と未だに鶴丸を可愛がる三日月を思い出しながら最後の仕上げと霊力を送った。ここからは鶴丸には秘密の仕事だ。鶴丸の感情が少し素直になるように、そして鶴丸が元に戻りたいと願えば元の鶴丸に戻れるようにと仕掛ける。鶴丸の中に治まった霊力は審神者の手を離れた。後は鶴丸が満足すれば元に戻れる。

 こうして審神者は書類処理よりも数段にもいい仕事を終えて鶴丸を送り出したのだ。その時戻ってきた乱に見つかって、急いで書類処理に戻り今に至るわけだが。


「魔法なんてなくても仲良くなれるのにね」


乱の言葉に、旅に出ていた思考が帰ってくる。


「うん?」
「ちゃんとお話すれば、仲良くなれるんだよー!」
「ははは、そうだったね!」


 どうにか薬研と仲良くなれないかなと悩みに悩みぬいた乱がとった行動は、薬研の部屋の前で仁王立ちで待ち伏せし、「薬研、なんで僕に頼ってくれないの!?僕のこと嫌いなの?寂しいじゃない、仲良くしてよ!僕、薬研のこと好きだよ!仲良くしたいよ!」と大声を薬研に浴びせるというものだった。その姿を物陰から見守っていた審神者はあまりのかっこよさにしびれたものだ。
 部屋に帰って来たところに、突如そんなことをされた薬研は、珍しく目を丸くして固まり、瞬間大きな笑い声をあげた。
 いつも大人びている薬研からはかけ離れた、両手いっぱいの嬉しさを抱えた子供のような笑い顔と声だった。薬研のあんな笑顔はあの時ただ一度しか見れていない。その笑顔に驚いている乱に薬研が、みんなに頼られている乱の負担にならないようにしていただけで、乱が嫌いなわけじゃない。むしろ大好きなんだぜ、とそれはそれは上機嫌に話をしていた姿を覚えている。それ以来乱と薬研は大の仲良しだ。審神者になってよかったと心から思えたエピソードのうちのひとつである。


「でもさ、やっぱりきっかけってあったでしょ。あの魔法は、鶴丸に勇気をあげる魔法なの。きっかけを作るね」
「えー、鶴丸さん、勇気ないの?」
「ははっ。そうそう、臆病になっちゃってるの」
「ふーん。僕に言ってくれたら、きっかけ作ってあげるのにね」


 親分肌を見せつける乱はどこまでもかっこいい。


「乱ちゃんに相談したら、鶴丸、その子より乱ちゃんと仲良くなりたいって思っちゃうかも」


 冗談めかしてそう言えば、乱の瞳が妖しく光る。


「ふふ、骨抜きにしちゃうよ!」
「あ、やめてあげて。冗談だから。鶴丸が一期に殺されちゃうから」


 乱とそんな会話をしていると部屋の前に気配を感じた。

「主、お忙しいところ申し訳ございません」
「あれ?長谷部さん?でも、この声って」
「光忠、か?」


 審神者の返事を待って部屋に入る者は限られてくる。挨拶しながら入ってくる者がほとんどだからだ。それは審神者がそうして良いと言っているからである。中には生真面目なものがいて、きちんと返事があるまで入らない者がいる、その筆頭が長谷部であり、また、業務の関係上、審神者の部屋を訪れる確率も高い。今の畏まった言い方も長谷部のようであった。しかし、声が明らかに光忠の声である。光忠はいつも、主、入るよ。と声を掛け一呼吸置いてから部屋に入る。さっきの口調といい、いつもの光忠らしくなく、不思議に思う。


「入っていいぞ、光忠」
「失礼いたします」


 そう言って部屋に入ってきた光忠があまりにも雰囲気が違っていて驚く。審神者の計画では、今ごろ光忠は小さな鶴丸を見て、喜んで遊んでるはずだ。しかし、部屋に入り両膝をついて頭を垂れる光忠には鶴丸と会った風ではない。こりゃ、鶴丸と会う前になにか事件でも起こったか?と覚悟を決める。


「主、ご報告とお願いがあって参りました」


 驚くほど平坦な声である。いつもは耳元で話されるだけで、もうやめて!と言いたくなるような、深みのある低音ボイスなのだが、今は低いには低いが淡々としている。表情も真顔だ。はっきりいって怖い。審神者は光忠と今剣の真顔が苦手だ。本丸になにか事件が起きたのではと思っていなければ何かに隠れたいところだ。


「ねぇ、僕はずしたほうがいいかな?」


 乱が澄みわたる大空のような瞳をむける。その瞳のお陰で気持ちが少し和らいだ。真顔光忠と二人なるのは怖いなぁと思うので居てもらえると非常に心強い。何より本丸に関連する事件であれば近侍の乱には聞いていてほしいが。


「光忠、乱ちゃんもここに居ていいか?」
「はい。構いません」
「うん、わかった」
「で?報告とお願いって?」


 内心ちょっとホッとしつつ、光忠に話すように促す。光忠はでは、と口を開いた。


「まずご報告から。主、現在鶴丸国永に異変が起こっております」
「は、鶴丸?」
「はい。見た目が幼い子供のようになっているのです」


 なんの事件かと思えば、まさかの鶴丸である。光忠は深刻そうに見えるが審神者は拍子抜けだ。鶴丸を小さくしたのは誰なのか鶴丸に聞けばすぐわかるはずだ。主の体調不良と言う風にみんなには言っとけばいいと、鶴丸に言ってある。光忠は鶴丸に話を聞くのを忘れるほど動転していたのだろうか。それにしては、真顔である。


「知ってる。っていうかそれ、俺がやった」
「っ・・・そうでしたか」


 光忠はまさかと思ったのか少し言葉につまったようだった。しかしそれだけで一層淡々と言葉を続ける。光忠は先程報告とお願いと言った。その二つは無関係では無さそうだ。ならば、鶴丸の幼児化に伴うお願いとはなんだろう。しかも真顔でとは。審神者が考えていた反応とはだいぶ違う。もしや光忠は子供が好きというのは間違いだったのだろうか。そうだとしたら鶴丸に申し訳なさすぎる。


「報告はわかった。んで、お願いってなんだ」


 光忠からのお願いなんてはじめてだ。ずっと何かしてやりたいと思っていた審神者としては何がなんでも叶えてやりたいが、鶴丸の意に反することであれば正直悩んでしまう。しかし、聞かずには始まらない。


「鶴丸国永の一切の世話を任せて頂きたいのです」
「は、」
「あの状況では戦場に出すのは難しいかと思います。日常生活についても慣れずに不便でしょう。ですから元に戻るまで自分に世話をさせて頂きたい。家事については堀川国広や歌仙兼をはじめとする者達にお願いをしてあります。内番については他のものに手伝ってもらえるとのことでした。書類整理などの雑務はへし切り長谷部に相談し方法を考えると・・・・・・」
「ちょい、待ちなさい光忠」


 何やらつらつらと語りだした光忠を片手で制する。ピタッと黙る光忠を見れば相変わらずの真顔ではあるものの、どこか違う気がする。あれ、なんか必死じゃね?と、審神者の勘が告げる。内容は鶴丸の世話をしたい、仕事も周りに協力要請してあるというものだ。それに異はない。いつも働き回ってる光忠に対して手伝いを申し出る子はいても、お願いを断る子などこの本丸にはいない。構ってもらいたい鶴丸とお世話したい光忠の願いも一致しているし、光忠の様子は気になるものの却下する理由も特にない。審神者はうーんと唸って、結局承諾することにした。


「取り合えずわかった。光忠のお願い承諾する。でも鶴丸はいつ戻るかわかんないからな?もう、今日戻る可能性もあるし。それでもいいか?」
「はい。ありがとうございます」


 そう言って頭を深々下げる光忠に重ねて言葉を告げる。


「じゃあもう、その態度やめていつもの光忠に戻って」
「しかし、」
「調子狂うんだよ。光忠にそんな畏まられたら。一度承諾したものを取り消したりしないからそんな必死になんなくてもいいよ」
「わかりました」


 光忠がひとつ頷いたので、審神者は一息ついた。が、次の瞬間ものすごい力に締め付けられる。息がつまる苦しさに何が起こったと目を回せば光忠に抱き締められていると気づいた。


「ぐええ、み、みつただ・・・・・・」
「主!君って人は、君って人は!なんてことをしてくれたんだ!!」
「燭台切さん、主さんそのままじゃ死んじゃうよ!」


 乱の言葉にパッと手を離す光忠にやっと息がつけた審神者は思わず咳き込む。さすが打撃73である。あのまま抱き潰されていれば確実に死んでいただろう。やはり乱に同席してもらってよかったと未だ咳き込みながら、心の底から安堵する。光忠はごめんと言って咄嗟に離してくれたものの、一つだけの金を纏う瞳をらんらんと輝かせている。頬も紅潮しており、いつもの格好良さにこだわる伊達男はどこに言ったのかと問い詰めたくなる。


「ありがとう、主!なんて最高なんだ!あの鶴丸さん、ただの天使だよ!?滅茶苦茶かわいいじゃないか!」
「お前、喜びを押さえるあまり真顔だったのかよ」
「真顔にもなるよ!驚きが一周回って冷静にさせてくれたね。でなければ、僕は本丸中に無様を晒すことになってたよ!」
「今現在進行形で晒してるんですが、それはいいんですか」
「主が良いって言ったんだろ!」


 いつもの光忠らしからぬテンションの高さに押されぎみになってしまう。子供好きとは知っていたがまさかここまでとは思わなかった。


「あーもうどうしよう。鶴丸さんほんとかわいかった。お世話できるのうれしいなぁ。小さい子お世話できるの久々だよ、張り切っちゃうよね!」
「主さん、僕この書類送ってくるからね」


 テンション高く嬉しそうにしている光忠を余所に、乱は早速近侍としての仕事に戻っていた。よかったね、燭台切さん。うん!乱くんにも迷惑かけてしまうけど。ううん気にしないで。と審神者を置いていく。その柔軟性の高さに声をかけずにはいられなかった。


「・・・・・・乱ちゃん何でそんな通常運転なの」
「ヒント、一兄」
「あー、それヒントじゃなくて答えだわ」


ここはブラコンの多い本丸ですね。前に演練相手の審神者に言われた言葉を思い出し、きっと短刀勢はこんな光忠でも戸惑わないんだろうなと複雑な気持ちになった。


 その後、一通りテンション高いまま語っていた光忠はじゃあ僕、鶴丸さんのとこ行くから!と部屋に来たときとは別人の様子で出ていった。まるで嵐が過ぎたように静まり返った部屋に、審神者が一人取り残される。しかしまぁ、あそこまで喜んでくれたのだから、審神者だって嬉しい。光忠のあの様子なら鶴丸に構いまくるだろうし、鶴丸も満足してすぐ元に戻るだろうと考え付いた。結果オーライだ、書類処理も終わったし、ちょっと一息つきたい気分だった。鶯丸を誘ってお茶でも飲もうか、それともとこれからの行動を考えているところに声がかかる。


「おい、入るぞ」


 そう言って姿を表したのは褐色の肌と竜の痣が特徴の刀だった。


「おお、倶利伽羅。珍しいな」


 審神者の部屋に自ら来ることがほとんどない大倶利伽羅。今日は朝から伊達の刀が部屋を訪れる日だな、とのんびりと考える。


「光忠は来たか」
「ああ、光忠探してんのか。光忠ならさっき出ていったよ。今は鶴丸と一緒じゃないかな」
「そうか。・・・・・・国永に聞いたが、国永のあれはあんたの不調のせいらしいな」
「んあ?ああ、そうそう。ってか倶利伽羅、もうちっこい鶴丸に会ってたのね」


 鶴丸や光忠とは違い、通常運転の大倶利伽羅に何の疑問を抱かなかったが、よくよく考えてみればいつも一緒にいる伊達のじじまごがあってない方が珍しいのだ。


「あんた、大丈夫なのか」
「倶利伽羅、心配して来てくれたのか?」
「別に、それだけじゃない」


 審神者の不調を問う言葉に、思わず目を見開いて、まじまじと見つめながら聞いてしまう。大倶利伽羅は舌打ちをしそうな顔でそっぽを向いたが否定はしなかった。大倶利伽羅は優しい刀だと鶴丸からよく聞く。実際そうだとも思う。光忠といる時は光忠の仕事を手伝いながら話しているのをよく見るし、短刀勢と動物を可愛がってるというエピソードを保護者勢からも何度か聞いたことがある。しかし、審神者に対してこうも優しさをみせてくれたのは初めて。なんだ、今日は。伊達組初めてつくし記念日か。鶴丸から始まった連鎖反応はいい所に落ち着いた。
 なんだか嬉しくてにこにこしてしまう審神者に大倶利伽羅は苦々しさをため息一つに詰め込んだ。そして、聞きたいことがあってきた、と澄んだ瞳をむける。伊達の三人はみんな金色の瞳なのに、それぞれ違っていて面白い、大倶利伽羅の瞳はトパーズの色だろうかと審神者がのほほんと考えながら、何が聞きたいんだ?と返す。


「国永はいつ戻る」
「鶴丸が大人に戻りたいって思えば戻れるよ」
「?あんたが戻すんじゃないのか」
「うん。俺じゃないよ。鶴丸の意志じゃないと戻らない。そういう風にしたから」
「そういう風にした?」
「あ、いやいや。何にせよ鶴丸の意志ひとつですぐ戻るってこと」


 余計な一言を言ってしまい、何でもないように誤魔化す。
 大倶利伽羅は黙ってこちらを見ていたが、なんだか威圧感が増したような気がする。勘が良さそうだから、さっきの一言で何となくわかってしまったのかもしれない。何より鶴丸と付き合いが長い大倶利伽羅はその思考回路を把握してるだろう。


「あんた、国永が戻れると思うのか」
「へ?そりゃそうよ。もう、今日にでも戻るんじゃない」
「光忠があんななのにか」
「あんななのにって、倶利伽羅、光忠探してんだよな。何で光忠が狂喜乱舞してんの知ってるの?」


 光忠がテンションMAXで出ていったのはさっきの話である。それまでの光忠は嬉しさを隠すためと鶴丸のお世話役を掴むために必死で、顔は真顔だった。つまり倶利伽羅は、締まりのないほわほわ笑顔の光忠とは会ってないはずだが。


「光忠があの国永を見た時、その場にいたからな。あれは、光忠が喜びを押さえすぎた時の顔だ」
「おう、さすが昔馴染み」


 真顔なのに感情見分けられるってすごいなぁと素直に関心する。分かりにくい大倶利伽羅の感情を読み取るのは鶴丸や光忠の特技だと思っていたが、意外と逆でもあるのかもしれない。


「光忠があんなだからね、早く戻るって言ってんの。まぁ、大体察しはついてると思うけど、鶴丸は光忠に構われたくて幼児化したわけ。発案、実行俺ね。で、鶴丸が満足して大人になりたいなって思ったら元に戻るっていう仕組み」
「理解に苦しむな」
「だって、鶴丸が頼って来てくれたんだよ!叶えてあげたいじゃない!倶利伽羅だって、鶴丸が光忠に構われたがってるの知ってたでしょ!」
「知ってた。そろそろ何かしでかしそうとは思っていたが、まさかあんたも一緒になってこんなことをするとは思わなかった」
「だって、光忠も喜ぶって思ったんだもん!貞ちゃん顕現できないし」
「その考えが甘かったと言うことだ」


 大倶利伽羅は怒る風でもなく呆れる風でもなく淡々と言葉を打ち返してくる。


「あいつ、元に戻らないかもしれない」
「倶利伽羅、なんでさっきから不吉なこと言うのよ」
「光忠は刀を駄目にする」
「打撃で折る的な意味で?」


 実際、審神者も先程折られかけたばかりだ。あの時の恐怖が甦る。


「そうじゃない、幼い付喪神の心を駄目にするんだ。光忠は懐が広い、広すぎる。自分が庇護しなければならないと思った相手はとことん甘やかす。何をしたって褒めるし、何をしでかしても許す。そうやって甘やかされた続けた幼い付喪神は、そのうち考えることをやめる。そうなれば付喪神として成長することもやめる」
「付喪神って成長するのか?」
「精神体みたいなものだ。霊力も関係してくるが、付喪神としての精神が幼ければ見目も幼く見える」


 生まれたての付喪神の見た目が幼いのはそのせいらしい。成程な、と呟く。


「伊達にいた頃の光忠は、見目の幼い付喪神をずぶずぶに甘やかした。結果、一振りの付喪神以外は、成長することはなかった。光忠が伊達を出るまで」
「って言ったって、光忠が伊達に居たのって、数年かそこらだったんでしょ?ちょっとオーバーなんじゃないか?」
「何振りが喃語を話すようになった、と言ってもそんなこと言えるか?」
「光忠ヤバイな」


 どれだけでろでろに甘やかしたというのだろう。そこまでくると子供好きではすまされないのではと身震いが起きた。


「あいつが特に可愛がっていたのが貞宗だった。貞宗がくるまでは、被害者は出ないと思っていたが・・・・・・。よりによって国永か」
「小さくなった鶴丸、子供好きじゃなくても道を踏み外すレベルでかわいかったからなぁ。良い仕事したもん、俺」
「チッ、余計なことを」


 とうとう忌々しそうに舌打ちをされてしまったが、何も言い返すことができない。光忠がここにいたら諌めてくれるだろうが、その光忠が原因のひとつである、審神者が一番悪いのだが。


「まさか光忠がさぁ、あんななるとは思わないんだもの。あれ、見てなかったら倶利伽羅の話も笑い飛ばしてたのになぁ。やっちゃったかなぁ」


 よかれと思ってやったことが裏目に出る事ほど落ち込むものはない。


「そういや一振りだけは大きくなれたって話だけど、よっぽど光忠と相性悪かったのかね」
「・・・・・・」
「でもなぁ、鶴丸と光忠相性良さそうだもんなぁ。喃語って・・・・・・鶴丸、元に戻れるかなぁ」


 はぁ、とついついため息をついてしまう。本当に喜ばせたかっただけなのだ、あの二人を。


「・・・・・・あんたがあいつらをただ喜ばせたくてしたことだとはわかってる」
「倶利伽羅」
「あんただけが悪いわけじゃないのに、きつい言い方をしてしまった。すまない」
「いや、悪いの俺だから。こっちこそお前の大事な仲間に大変なことしてごめん」


 倶利伽羅の優しい言葉に、驚く以上に焦ってしまう。しょんぼりしてしまって気を使わせたらしい。なんだか申し訳なくてばつが悪い。


「えっとまぁ、なんにせよ取り合えず鶴丸と光忠はしばらく非番ってことにしようか。どうなるかわかんないしな。鶴丸、今一軍の隊長だからそっちの調整と、光忠の仕事の方を割り振るかね」
「俺が隊長をする。光忠の仕事の方も何度か手伝ったのがあるから、それも割り振ってもらって構わない」
「へ。だってお前、馴れ合うの苦手だから、隊員と接触が多い隊長やだって。それに、出陣もして慣れない仕事って大変だぞ」
「かまわない。光忠と国永の後始末は俺がする、当然だ」
「やだ、好きになっちゃいそう」


 これがスパダリってやつかーと、トゥクンとなった胸に手を当てる。先程までは少し優しかった大倶利伽羅の顔が心底嫌そうに歪められた。
「用事は以上だ。俺は行くぞ」
「ああ、うん。ありがとな倶利伽羅。二人のこともよろしく頼む」
「・・・・・・国永が元に戻る可能性が低いわけじゃない。さっきはよりによってと言ったが、国永だからこそ戻れる可能性も高いんだ。あいつが、もし・・・・・・」
「倶利伽羅?」
「いや、なんでもない。邪魔をした」
 一瞬考え込む様子を見せた大倶利伽羅だったが、名前を呼ぶとふるりと首を軽く振って立ち去って行った。部屋に取り残された審神者は、少し落ち込みそうになる心を押し留めて、頭を切り替える。まだ鶴丸が戻らないと決まった訳ではない。大倶利伽羅が最後に言ったように戻る可能性の方が高いはずだ。ただ、大倶利伽羅の体験談と実際の光忠の反応が審神者の頭を悩ませる。
「さて、どうしたもんか」
 なるようにしかならないものを悩んでいても仕方ない。結局審神者は一息つくために鶯丸と共にお茶を飲もうと腰を浮かせた。

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