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 廊下を歩く。いつもよりも近い場所からぺたぺたと音がするのが、新鮮で、心がふわふわする。なにより目線がいつもと違い、住み慣れた本丸が別の屋敷みたいだ。これは下手すれば迷うかも知れない。そんなことを考えながら、目的の人物を探す。もちろん光忠のことだ。どんな登場の仕方をするにせよ、ターゲットの居場所がわからなければ始まらない。


「あれ?子供?どっかから迷い混んだのか?」


 聞きなれた声が部屋の中から聞こえる。子供が迷い込んだりするだろうか、と一瞬疑問に思ったがその子供というのが自分だということに気づく。声の主を認めれば、いつもより大きく見える獅子王がきょとりとこちらを見ていた。


「こりゃまたえらい、可愛らしい子供だなぁ。ってか、どっかで見たことある気もするけど」
「獅子王や。どうかしたのか?」


 獅子王が鶴丸をじっと見つめながら、何かを思い出そうとしているところに部屋の奥から声がかかる。


「じっちゃーん!子供がいるー!」
「なになに、童だと?」


 興味を引かれたような声色が近づいてくる。部屋からひょっこりと、ゆるりとした動作で顔を出したのは相変わらず美しい刀だ。


「あなや!!鶴ではないか!」
「じっちゃん、鶴のじっちゃんはもっとおっきいだろ。朝も会ったじゃないか。もうボケちまったのか?」
「いや、この雛は確かに鶴だぞ!間違いない!」


 いつもおっとりとしてる三日月にしては珍しくテンションが上がっているようだ。そういえば三日月は鶴丸がこのくらいの頃は、今とは比べ物にならないくらい可愛がってくれていた。今よりも小さい三日月はまるで親鳥のように膝の上であやしてくれ、鶴丸を雛のようだとよく笑った。


「ほんとに?鶴のじっちゃん?」


 懐かしい気分を味わっていると、獅子王がまだ信じきれない様子で名前を呼んでくる。
 その場でくるりと回ってみせた。衣装もそのまま小さくなったのでふわりと袂が舞う。美しい鳥が舞うように回ったところでにっこりと獅子王に笑いかけた。この華麗さ、少女のように愛らしい微笑み、これが何よりの証拠だろ?という意味も込めて。しかし、獅子王はまだ訝しげな目を向けてくる。


「・・・・・・どうだ!驚いたか!?」
「鶴のじっちゃんだー!どうしたんだよ、その姿!」


 いつものお決まりの台詞を言えば、間違いないと確信したようで目をまあるくして驚いている。少し納得がいかないところもあるが鶴丸の大好きな表情が見れたのでよしとしよう。


「実はなぁ、悪い魔法使いに呪いをかけられて」
「はっはっは、その魔法使いには感謝しなければならないな」


 しくしくと泣き真似をしながら、あながち間違ってもいない理由を言えば、大体の察しはついているのだろう、機嫌のいい三日月に快活に笑い飛ばされる。よくわかっていないのは獅子王だけだ。


「敵襲か?」
「違う違う。主がな、ちょいと不調らしく、手入れに失敗してしまったのさ。しばらくすりゃ治るって話だ」


 本当は意図してこの姿にしてくれたのだが、理由も理由だしあまり大っぴらに言うことでもないだろう。体調不良ってことにしとけばみんなそれ以上突っ込んでこないでしょとは主の案だ。
 本当に心配そうな獅子王をいい奴だなぁと思いながらもさらりと嘘をつく。三日月にはバレているだろうが。


「なんだ、そっか。主も疲れてんのかな」
「よいよい、なんでも。鶴や、おいでおいで。爺の膝の上に乗せてやろう」


 今度は主を気遣う獅子王の横で、三日月が手を招いて鶴丸を呼んでいる。中身はいつものままな鶴丸にとってはあまり嬉しくない誘いだ。しかし、この上機嫌っぷり。逆を言えば、選択肢を間違えると盛大に拗ねる可能性があるということ。光忠に会う前にあまり騒ぎにしたくないのでここは従っておくべきだろう。


「んじゃあ、邪魔するぜ」
「うむ!」
「どうぞー。に、してもほんとちっちゃくなったなぁ。小夜よりも大分小さくねぇ?」


 部屋に入り、自分の膝をポンポンと叩く三日月に急かされその指定席に座る。記憶より大きい膝ではあるがしっくりくるのがなんだかむず痒い。獅子王が茶菓子を出しながらジーッと物珍しそうに見つめてくる。獅子王の言う通り今の鶴丸は小夜よりも大分小さい。恐らく小夜の肩に届かないくらいだろうか。


「自分で言うが、かわいいだろう?」
「うん。めっちゃかわいい」
「そうだろう、そうだろう。鶴はな、昔はみかづき、みかづき。だっこしてくれ。おんぶしてくれ。と大層俺に懐いていてな。今は大きくなり中身も爺だが、当時はその愛嬌のよさにこの可愛らしさだろう、目に入れても痛くない程愛らしゅうて仕方なかったぞ」
「君に爺と言われると反論したくなるな。後、俺は今でも十分愛らしいぞ」
「そうだな、雛の言う通りだ」
「わー、じっちゃんデレデレ」


 でも、じっちゃんが楽しそうだからよかったと嬉しそうに笑う獅子王は、まさに孫の鏡だ。友人の孫感覚で可愛がってる鶴丸ですらそう思うのだ、実際の孫のように可愛がってる三日月は尚更そう感じたようで、茶菓子を鶴丸の口に与え続ける手を止めて、獅子王の頭を撫でる。鶴丸からは見えないが、くすぐったそうに笑う獅子王を優しげに見つめているだろう。
 三日月の気も逸れたし、そろそろ光忠を探しに行こうと膝の上から降りようとすれば、両脇をがしりと捕まれる。


「何処に行く」
「俺には待ってる驚きがあるんだ、いつまでもここに居るわけにはいかない」
「ならん。お前が大きくなるまで俺が見守る」
「はぁ!?」


 三日月の一言に捕まれたままの体を精一杯振り向かせれば、極上の笑みが待っていた。月が浮かぶ瞳なのに星のように輝いている。他のものなら見惚れるほどの美しさだが、鶴丸には通用しないし今の一言も納得がいかない。こうなれば力ずくでと、じたばた体を動かすがびくともしない。


「離せ三日月!」
「はっはっは!効かん効かん!」
「もー、じっちゃん達喧嘩すんなよな」

「倶利伽羅、大丈夫だよ。自分で持てるよ」


 喧嘩じゃない、これは一方的な横暴だ、と口を開こうとした途端探していた人物の声が聞こえた。出された名前を聞けば、大倶利伽羅も一緒のようだ。


「俺の分は俺が持つ」
「倶利伽羅以外の分も持ってくれているだろう。他の人の分は僕が持つってば。昨日も出陣だったんだから今日はゆっくり休みなよ」
「うるさい」


 何やら言い合う声が近づいてくる。獅子王も二振りの声に気づいたようで、洗濯物持ってきてくれた、と呟いて腰を浮かせる。
 朝の洗濯が終わって、各部屋に綺麗になったものを配っているのだろう、話の内容からして大倶利伽羅はそれを手伝ってるらしい。これはいけない。このまま姿を見せたって、まぁ驚きはするだろうがインパクトが足りない。獅子王もあっさり受け入れていたし、元々光忠は順応性が高いらしいから、わぁかわいくなったね、鶴丸さん!ですまされてしまいそうだ。最高の驚きには最高の演出を。鶴丸はエンターテイナーなのだ、不発な出し物ほど落ち込むものはない。
 ここはばれないように、三日月の背中にでも隠れていよう。三日月から離れようとしなければ、三日月も自由にしてくれるはずだ。そう、考え付いてじたばたするのをやめ、三日月を見ようとする。


「おお、光忠と倶利伽羅か。よし、あの二人にもこの雛を見せてやろうな。きっと喜ぶぞ」


 鶴丸を離さないまま、どっこいしょと掛け声をあげて立ち上がる。


「わああやめろ!三日月のバカー!」
「照れることはないぞ」


 鶴丸の考えもむなしく、三日月はいそいそと部屋の外に近づく。
 こうなったら、知らない子供のふりをして油断させるのはどうだろう。臨機応変に対応していくしかない。


「こんにちわ。洗濯物持ってきたよ。何やらかわいい声がしたけど?」
「おう、サンキュー。ああ、今な・・・・・・」
「二人ともよく来たな!見てみろ、ほれ!」


 洗濯物を持って今日もにこにこ楽しそうに働いている光忠と、無愛想の中に可愛さを含んだ倶利伽羅が顔を出す。獅子王が洗濯物を受け取りきる前に、三日月の手によって二振りの前にずずいと姿を晒される。


「みかづきおじいちゃん。このおにいちゃんたち、だあれ?」


 目をちょっと開いて、小首をこてんと傾げる。口調だってたどたどしく舌ったらずだ。演技には自信がある。今の鶴丸は中身も小さい子供に見えるはずだ。このあざとさの暴力で骨抜きになり、鶴丸であることなど気づくはずないだろうと勝利を確信する。


「国永・・・・・・」
「ああ、一発で気づくお前が心底愛おしいぜ大倶利伽羅!!」


 主の霊力によって、衣服もそのままに鶴丸は小さくなっている。とはいっても、朝までは大きかったものが子供になるなど普通は考え付かないだろう。ましてや三日月と違って小さい鶴丸のことなど見たこともないだろうに、速攻で気づく大倶利伽羅に愛しさが募らないわけがない。
しらをきり通せないどころか、平生の鶴丸の言動を飛び出しながら、今にも抱きつかんとばかりに両手を広げる。三日月に捕まれていなければ実際そうしただろう。
 大倶利伽羅は驚くと言うより愕然とこちらを見ていて、妙な反応に首を傾げる。そして隣でドサッと言う音に、ハッと目線を向ける。


「わっ、洗濯物が!急にどうしたんだよ、燭台切、」


 持っていた洗濯物を急に手放した光忠を、洗濯物を拾いながら訝しげに顔を覗きこんだ獅子王の顔がピッと固まる。つい洗濯物に視線がいっていた鶴丸もつられるようにして光忠の顔を見つめる。

(滅茶苦茶真顔なんだが主ー!?)

 心のなかで盛大に叫ぶ鶴丸を誰も責められないだろう。もし口に出していれば獅子王からは全力で同意を得ていたはずだ。鶴丸を見つめる光忠の顔は感情という感情がすべて消えたような表情を浮かべている。人形然としたそれは作り物の様で美しいが、平生の光忠の豊かな表情を知っていれば、不気味を通り越して恐ろしさしかない。
だってあの子らの真顔超怖いもん。お前も大概怖いけど、あの子らはヤバイ。という数刻前の主の言葉を思い出す。ああ、主の言う通りだった。これは怖い、下手すればトラウマになる。主は加えて今剣の真顔も見たというのだからすごい。
 鶴丸は今泣きそうだった。体が子供だからか、感情が表に出やすいのだろう。いつもより大きく見える瞳が水分で潤っているのがわかる。あざとさもなにもない、子供としての純粋な表情が今は浮かんでいる。
 鶴丸のそんな顔を見て無表情を一層固めた光忠から離れ、三日月に隠れるようにくっついてる獅子王が羨ましくなった。三日月の手によって捕まれていなければ、鶴丸だってそうしたと確信できる。


「光忠」


 怯えた風ではないが、顔を青ざめさせた大倶利伽羅が何かを諦めたような声色で光忠の名前を呼ぶ。
 大倶利伽羅は戦場でだって本丸でだって孤高の美しさを放っている。実際孤高かどうかは置いといてもだ。どこに居たって凛とした気高さを纏わせて佇んでいる、夜の雲間を切り裂く月明かりのような刀だ。決して太陽のように激しくはないが、鋭い一筋の光を穿つ存在だ。その大倶利伽羅が、顔を青ざめているなんて平生では考えられない。いつもであれば、どうした?誰かにいじめられでもしたか?カレーかずんだでも食べるか?としつこいぐらいにまとわりつくのだが、今の鶴丸にそんな余裕はない。


「倶利伽羅、疲れてるとこ悪いんだけど、残りお願いしてもいいかな」
「光忠、」


 大倶利伽羅に名前を呼ばれたからか、ようやく口を開いた光忠は、無機質な声でそう告げた。そして大倶利伽羅の返事も待たずにくるりと体を翻して去ってしまう。普段と同じ歩き方なのに格段に早いのがまた恐ろしい。


「こ、こえぇ!燭台切ってあんな顔すんのかよ。ってかなんで急にあんななったんだ?俺たちなにかした?」
「そう怯えんでも大丈夫だ、獅子王。光忠はお前に危害を加えたりはせん」
「そうだけどさー。あー、怖かった。顔が綺麗な奴の無表情ってヤバイんだなー。じっちゃんとか、絶対しないでな?」
「お前を見ていると自然に笑ってしまうから心配するな」


 光忠がいなくなった途端、大きな息と共に緊張を吐き出した獅子王が三日月を見上げる。三日月は安心させるように笑いかけているようだが鶴丸にはその会話も頭には入らない。
 光忠の真顔がショックだったのだ。ただ、見るだけならこうはならないだろうが、自分を見て光忠は表情を殺した。それが、鶴丸にはショックだった。


「おおくりからぁ」


 立ち直れない精神が少しでも回復を求めるように、愛おしい孫を必要としている。鶴丸は未だ三日月に持たれたまま、大倶利伽羅の名前を呼ぶ。いつもなら、ため息をつきながらでも舌打ちをしながらでも、何だかんだ鶴丸の側に来てくれる大倶利伽羅はその場から動かず、光忠が去っていった方を見つめている。
そしてゆっくりと鶴丸の方を見る大倶利伽羅には、赤疲労のマークが主張していた。


「国永、あんた、なんてことを・・・・・・」


 そういって、諦めと疲れと、苦々しさを混ぜて凝縮させたような表情を浮かべながら静かに首をふる。本丸に備え付けられているテレビで見たことのある、ドラマのワンシーンのようだ。薬研が来ているような白衣を纏った医者はこう言う。残念ながら、我々にはどうすることもできません。


『あの子らは、ブチキレたら、怒らせた相手をたぶん消すぞ』


主の声が被さるように木霊する。


「・・・・・・心が死んでしまいそうだぜ」


もしかしたら心だけではなくなるかもしれないが、いっそそっちの方がいいのかもしれないと鶴丸は遠い目をした。


 

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