気づけば昼前のこんな時間である。光忠は何処に居るのだろう。
途中、厨房も覗いたが光忠は居なかったので、そのまま光忠の部屋に戻ろうとする。すると、戻るまでに通りかかる共同の大部屋から、光忠と大倶利伽羅の声が聞こえた。
この二日、大倶利伽羅とはほとんど会っていない。昨日も出陣を見送った時に会っただけだ。始めての部隊長で疲れていないだろうか。昨日は主に報告をすました後、風呂と飯をすましてすぐ寝たようだった。ここは、頑張ってくれている大倶利伽羅にご褒美をあげたい。ぶっちゃけ、鶴丸が寂しすぎて構いたいだけなのだが、それを指摘するものは誰もいないのでよしとしよう。何かないかと袂をさぐると、昨日短刀達にもらった木の実やら、綺麗な石などが出てきた。その中にとびきりふさふさとしたねこじゃらしがあったので、これは喜ぶぞ、と目を輝かせる。廊下にばらまいた小さな宝物達を丁寧にひとつひとつ袂に戻していると、意図せず二振りの会話が耳に入ってきた。
「光忠。ん」
「えー、もういいってば。君も疲れてるんだし、ゆっくり休んでいいから」
「自分達のことは自分達でする。この間もそう言ったはずだ」
「君って、ほんと優しいよね。じゃあ、お願いします」
「ん」
大倶利伽羅がこくりと頷いてる様子が簡単に想像できて、可愛さのあまり踞る。光忠といる時の大倶利伽羅はいつもより空気が優しい気がして、可愛くて仕方がない。以前光忠が仕事で構ってくれないと嘆いた鶴丸に向かって、ならあんたが仕事を手伝えばいいと言った大倶利伽羅はそれを実行しているようだ。光忠は時間を割いて大倶利伽羅の様子を見に来るが、それが出来ないほど忙しい時は大倶利伽羅から光忠を手伝いに行っている。
鶴丸は光忠に断られると、それ以上踏み込めない。無理に踏み込んではいけないと思ってしまう。その点に関しては大倶利伽羅が羨ましい。
「聞いたよ。君、鶴ちゃんの代わりに部隊長勤めてるだけじゃなくて、僕の仕事も何個か肩代わりしてるらしいじゃないか」
「長谷部だろ・・・・・・。言うなと言ったのに」
「長谷部くん、褒めてたんだよ。よくやるって。でも、僕は心配してる。慣れない部隊長したり、書類仕事したり、あげくこうして家事手伝ったりして」
「あんたもやってたことだろう」
「そうだけどさぁ」
「あんたの方が働きすぎだ。長谷部ですら最近、ましになったぞ」
「長谷部くんが?うそぉ」
「あいつ、最近漫画が好きなんだそうだ。薬研経由で、宗三と三人で読んでた」
長谷部が現代絵巻を好むなど到底考えられない。長谷部は無趣味と聞いていたが、新しく趣味ができたのだろうか。大倶利伽羅の言葉に嘘はないはずだ。
「うそうそ!だって長谷部くん僕に何も言わなかったよ!えー、何で君には言って僕には黙ってるわけ?」
「話しが合わないからじゃないか?」
「傷つくなぁ」
「とにかく、俺は出来ることをしているだけだ。あんたが心配することでもないし、別にあんたや国永の為にしているわけでもない」
「朝食の仕込みも?」
「・・・・・・そうだ」
驚いたことに、大倶利伽羅は朝食の仕込みもしていたらしい。昨日すぐ寝たのもその為だったのか、と納得できた。本人は光忠達の為にしているわけじゃないと言ったが、光忠に知られていたというばつの悪さが滲んだ返事をしていた。
大倶利伽羅はこういう子なのだ、そして立派な伊達男だ。水面下でしたことを隠しきれていないというとこも愛嬌があって非常によろしい。尊すぎると鶴丸は震える。
「もー、そういう格好良いことされると、困るんだよ」
「別に格好良くない」
「かっこいいよ!なんだかさぁ、寂しくなっちゃうじゃないか。あの倶利ちゃんがこんなに格好良く成長したなんて」
「光忠」
くりちゃん?と鶴丸が小さく繰り返したのに被せるようなタイミングで、大倶利伽羅咎めるような声を出す。そういえばくりちゃんとは、演練で会った他の本丸の光忠が大倶利伽羅を呼ぶときに使っていた愛称ではなかったか。大倶利伽羅のことを倶利ちゃんと呼ぶ光忠は多く見たことがある。
「その名前で呼ぶなと言ったはずだ」
「今の君に言ったんじゃないよ。伊達にいた頃の、かわいいかわいい倶利ちゃんのことを言ったんだよ。みつただ、って抱っこをせがんできた倶利ちゃんのこと」
「やめろ」
「それがねぇ、こんなに大きくなって。君が突然大きくなった日のことは忘れられないよ。もう、倶利ちゃんとは呼ぶな。ってそれっきり黙ってさ。結局、僕が伊達を出る直前まで一言も話してくれなかったよね。今思えば反抗期ってやつだったんだろうけど」
なんだそれ、初耳だ!と気づけば二振りの話を熱心に聞いていた。盗み聞きとはいけないと思いつつ、やめようとは思えない。小さい大倶利伽羅なんて見たことがない。そんな話しも聞いたこともない。様子からして大倶利伽羅には禁句のようだが、詳しく聞きたい。とねこじゃらしを握りしめて耳をすます。
「今だって、抱き締めさせてもくれないし、一緒にお風呂も同じ部屋で寝るのも嫌って、言うし」
「それは、・・・・・・あんたを、」
「親のように思ってるから気恥ずかしいんだよね、わかってる。散々言ったけど、こうして話してくれるだけでも嬉しいよ」
「・・・・・・。あんたは、俺が大きくなって嫌だったか」
「嫌じゃないよ!かっこよくなって、誇らしい気持ちさ。君が昔のように甘えてくれないから拗ねてるだけだよ」
大倶利伽羅のため息が聞こえた。鶴丸にはそのため息に込められた正しい気持ちを理解することはできない。ただ、いつもの流すためのため息ではなかった。安堵の様な、まるでわかっていないと怒っているような、複数の感情が籠っているような熱を含んでいた。
「あー、つるまるがいますよ!」
「おお、まことだなぁ」
中の二振りの話題が自然に別のものに変わったとき、廊下の後ろから声をかけられた。急いで振り返ると、身長差で凸凹とした今剣と岩融がゆったりと歩いていた。
「こんなところでなにをしているんですか?」
「いやな、光忠を探してるんだが何処にもいなくてな」
「我らは厨からきたがそこにはいなかったぞ」
「鶴ちゃん?」
少し大きめに出した鶴丸の声に誘われるように光忠が廊下に顔をだした。
「あ、しょくだいきりいましたよ。よかったですね、つるまる」
「お前を探していたようだぞ」
「そっか、ごめんね鶴ちゃん」
「いやいや。俺の方こそすまんな」
光忠に謝られ、とっさに盗み聞きしていたことを謝る。何故謝られてるかわからない光忠はただただ不思議そうにしている。なんとなくその顔をから視線を外す。すると、今まで鶴丸の頭をにこにこと撫でていた今剣が突如鶴丸を抱き締めた。目を白黒させる鶴丸を無視して光忠にびっと人差し指を突きだす。
「つるまるはあずかりました!かえしてほしくばぼくたちとおひるねをしてもらいましょうか!」
「え?」
「いますぐというわけではありませんよ?もちろんおひるごはんをたべてからです。ぼくたちいまからおやさいのしゅうかくをしてこないといけませんからね!」
「今日の昼当番は我らと御手杵と蜻蛉切なのだ」
「え、でも君たち昨日も一日中遠征で疲れてるでしょう。いいよ、僕がやるよ!」
「む。しょくだいきりはぼくたちのごはんたべたくないんですか!ほっぺたがおちてしまうほどおいしいですよ!それに、つるまるもてつだうんですから、あいじょうはさいこうのすぱいすになります」
「俺が手伝うのは決定事項なんだな」
「人質だからな、仕方あるまい」
今剣のあいじょうという一言が胸をツンとつついたのを不思議に思いながら声をあげたものの、どうやら拒否権はないらしい。今剣がこうするといえば、それをはね除けるのは難しい。中身は千年以上の爺と言われていても、ついつい甘やかしたくなる。可愛さとは正義だなとつくづくそう思う。
「でも、鶴ちゃんにやらせるなら、僕が」
「何を騒いでいる」
「おーくりから!いま、しょくだいきりからつるまるをゆうかいしますからね!きょうのおひるはきたいしててください!」
「国永・・・・・・?・・・・・・勝手にしろ。」
「じゃあきょかもでましたので、れっつごーですよ」
「あ、待ってくれ!大倶利伽羅、これをやろう。頑張っている御褒美だ」
「ねこじゃらし・・・・・・」
「じゃあな、光忠、大倶利伽羅。いっちょ行ってくるぜ!」
「あ、鶴ちゃん!」
「つるまるはぼくとてをつなぎましょうね。いわとおし、いきますよ!」
「おう!」
引きとめるように、名前を呼ぶ光忠に片方の手のひらひとつひらりとして、今剣と共について外に行く。
あんなに三振りで一緒の時間を過ごしたいと思っていたのに、今はあの二振りと共に居るのが、辛いと感じている。今剣と岩融が誘ってくれて本当に助かった。
「大倶利伽羅もいるとわかっていれば昼寝に誘ったのだがな」
「しょくだいきりのほうをひとじちにとればよかったですね。このかぼちゃみたいに、ひとつのかぶでふたつのみがとれたのに」
「がははは!違いない!」
「つるまる?どうしたんですか?」
黙りこんで収穫をする鶴丸に声をかけ、帽子を被り直してくれる。つかれちゃいましたか?とお兄さん顔で覗きこんでくる今剣は新鮮だ。
「よく、わからないんだ。何で今こんな気持ちでいるのか」
大倶利伽羅が、好きなのだ。そして光忠とも仲良くなりたい。三振りで楽しく過ごしたい。でも、二振りには二振りの絆があって、そんな二振りが仲良くしているのも非常に嬉しい。かわいくて、守ってやりたいと思う。それなのに、先程の会話を聞いて、なんだかもやもやとしてしまう。水に戻してない乾燥ワカメを多目に食べたときの感覚に似ている。
光忠が倶利伽羅と強い絆を結んだからこそ、同じく倶利伽羅と結び付きを持てた鶴丸も光忠と小さな縁を結ぶことができた。言ってしまえば、光忠と大倶利伽羅が全ての始まりなのだから、その結び付きが強ければ強いだけ嬉しいはずだ。だというのに、このもやもやとした、気持ちはなんだろう。
自分が知らない大倶利伽羅を光忠が知っていることが悔しいのだろうか。そうではない、どちらかと言うとそれは詳しく聞きたい話だ。大倶利伽羅の話はどんなことでも聞きたい。自分が知らない一面を知ることが出来るのは喜びだ。では、何故こんなもやもやとした気持ちになるんだ。
ちくりと胸が痛んだ。
ああそうか、自分は勘違いをしていたのだと鶴丸は気づく。
光忠に今、一番近しいのは自分だと、錯覚していたのだ。それが違うと見せつけられて、自分は寂しいと思っている。光忠は別に、自分でなくても、小さい子であれば嬉しいのだから、自分が特別な訳ではない。でも大倶利伽羅は違う。昔は小さかったかもしれないが、成長した今でも光忠にとって大倶利伽羅は特別な存在だ。その心の距離が離れることはないだろう。こんな仮初めの姿で距離を縮めている鶴丸と違って。
元に戻れば、またあの距離感に戻ってしまうとわかっていたのに、何を今さらとひとりごちる。
「つるまるは、かたなとしてはゆうしゅうで、りっぱです。だからこそ、わからないこともありますよ、しかたないです」
「人の器はやっかいなものだ。育っていくものを自覚するのは難しい」
「肉体の話か?俺のこの姿は仮初めのものだ。人間のように成長するわけではないぞ」
「見目のことだけではないということよ」
肉体でなければなにが育つというのだろう。長い時を存在している刀が、これ以上育つものを持っているとは思えない。和泉守などの若い刀ならその言葉もまだ頷けただろうが。
「がははは!今は余計な頭を使わずに心の赴くままに行動すればよいのだ!童はそれが当然のことなのだからな!」
そうはいうが鶴丸は自分を律しているつもりはない。人を驚かせるのが好きなのでそれなりに悪戯もするし、大倶利伽羅のことに関しては少しだが我も通す。今回のこの姿だって、鶴丸が主に我が儘を言った結果だ。そして戦場に向かえば刀としての本能のまま、斬って、斬って、斬りふせる。敵の返り血は心地よいし、敵の消え去った戦場に立つ時の凪いだ気持ちは何物にも変えがたい。それが欲しくてまた敵を斬る。これ以上ないほど自分に正直な刀だと思うのだが。
ただ、光忠が関わると時々うまく動かないことがある。自分がとるだろう行動がとれないのだ。行動だけでなく、感情だってそうだ。拗ねるのだって、戸惑うのだって、泣くのだって、本来鶴丸の中から出てこない。拗ねるなら忘れるし、戸惑うならやめるし、泣くのだったら諦める、そうしたほうが楽しいからだ。
けれど、何故だろう。光忠に対してはそういう感情が出てくる。楽しくないことでもそのまま受け止めてしまう。そうだ、距離が開いて苦しいのなら、いっそ近づかなければいいのに。どうしてその考えが出てこないのだろう。
一人思案顔を浮かべていると、今剣が優しい顔で鶴丸を見ていることに気づいた。普段の今剣は、本当に子供そのもので、他の短刀や岩融ときゃっきゃっと遊んでいる。とても人の心の機微に聡いようには思えないのだが、時々驚くほど熟成した表情を浮かべる。
「みてくださいつるまる。ここらへんのおやさいはしょくだいきりがおせわしたんだそうですよ」
「立派なものだ」
「光忠は、世話が上手いんだ」
光忠にとっては俺の世話も野菜の世話も同じようなものなんだろうな、となんとなく感傷的になる。
「上手すぎるところもあるがな。すでに一つの赤い実は弾けているようだ。じきに二つ目もそうなる」
「トマトは今は生ってなかったはずだが、どの野菜の話だ?どれ、俺が収穫してこよう」
「ちがいますよぉ!つるまるはほんとうにおもしろいですね!」
きゃらきゃらと楽しそうに笑う今剣に先程の貫禄はない。岩融も楽しそうに笑いながら今剣の頭を帽子越しに撫で付ける。二振りだけで楽しそうで、こっちはなんの話しかてんでわからない。まぁ、この二振りの中に入り込めと言う方が無理なので気にしないが。
「つるまるにもんだいですよぉ。おやさいをじょうずにそだてるにはなにがだいじでしょうか?」
「俺は、畑仕事には詳しくないんだが・・・・・・。やっぱり良い土と良い水と陽の光じゃないか」
「それだけではこんな立派なものは実につくまい」
「あー、こまめな世話か?」
「はずれです!しょくだいきりのことをおもいだしてください、それがこたえです」
「光忠・・・・・・?」
畑で汗を拭う光忠を思い浮かべる。どんな世話をしていただろうか、野菜に話しかけていたこと以外はあまり思いだせない。鶴丸が思いだせるのは、陽の下で一生懸命働く光忠が、汗を光で反射させてきらきらと輝いて見えたことくらいだ。あの時、遠くから見ているだけでなく、声をかけて一緒に手伝っていればこの答えはわかったのだろうか。
うーんと腕を組む鶴丸の頭を帽子の上から岩融が優しく撫でる。
「そのうち答えはわかる。言ったであろう頭で考えるな」
「ふふふ。つるまる、ぼくたちはそだつものをみまもるのがだいすきです。それがすきなものならなおさら。だから、こたえがわかったときはきっとおしえてくださいね。みんなでいっしょによろこびましょう。いまのもやもやもわらいばなしになりますよ」
「???わかった」
とりあえず答えがわかったら報告すると言えば、いいこいいこと今度は今剣にも頭を撫でられる。
「さぁそろそろくりやにもどりましょう。おてぎねがはんべそかいてますよ」
「蜻蛉切がいるから大丈夫であろうが、まぁ行くか」
「さあつるまる!くりやは、つるまるがだいすきなせんじょうですよ!もやもやしてるひまはありませんからね!さぁ、おおぶたいのはじまりだー!」
「あっ!それ俺の台詞だぞ!」
厨では代理当番の蜻蛉切と御手杵の他に鯰尾と骨喰もいて、慣れない手つきだが楽しそうに昼食の準備をしていた。いつも刺すことしかできない、と言っている御手杵だが、意外に手つきがよく、周りに誉められいた。今剣はサラダ作る係りとのことだったので、鶴丸はそちらを手伝う。と言っても、塩コショウをかけたりとそれくらいのものだ。取れ立てのかぼちゃをつかったサラダが出来上がる頃にはすべての準備が終わっていて、昼食の時間となった。昼は遠征、出陣組が一番出払っている時間帯だ。人数もそんなに多くない。すぐ人数が集まった。
鶴丸は大倶利伽羅と光忠の間に座り、光忠に料理を説明したがった今剣と岩融が同じ卓を囲んだ。今剣があまりにも楽しそうに自分の作ったサラダの説明をするので、鶴丸はすっかりもやもや感を忘れて説明の補足役につく。楽しい食事をすることが出来てほっとする。
大倶利伽羅はいつも通り静かに飯を食べ、長谷部と共に部屋を後にした。恐らく光忠の仕事の代理だろう。それに気づいた光忠が二振りの後を追おうとしたが、今剣が約束を理由に引き留めた。結局光忠は今剣の要求に従い、四振りで昼寝をすることになった。大部屋で四振りが寝転がる、昼間から眠るということが不思議だった。働きづめの光忠もそうだろうと思えば、そうでもなさそうで、優しい顔で鶴丸の腹辺りをぽんぽんと一定のリズムで叩いていた。今剣と岩融はすぐ寝入ってしまう。あまりの寝付きの良さに驚く。しかしその二振りの寝息と光忠から与えられるリズムが、鶴丸に穏やかな眠りを与えた。
起きたのは夕方で、今剣と岩融の姿はなかった。光忠は鶴丸が眠る前と同じ様子で、ずっと起きて鶴丸にリズムを与え続けていたらしい。光忠も眠ればよかったのにと、寝ぼけ眼をさする鶴丸に、だって天使の寝顔だったから眠るのもったいなくてと光忠は笑った。そして寝汗をかいただろうから早めに風呂に入ろうということになり、風呂からあがってしばらくして夕食を食べた。
そして、夜。
昨日、一昨日と同じように光忠の腕に抱かれて横たわっている。光忠がぽんぽんと背を叩いてくるが、眠くはならない。昼寝をしたのが仇になったか。光忠が小さく欠伸をする。そういえば光忠は昼寝をしていなかったのだった。鶴丸が眠れないとなると、光忠は鶴丸に付き合って一緒に起きていようとするだろう。ここは早々に寝たふりをしなくては、と鶴丸は寝息を微かにたてて、眠ったふりをする。
「・・・・・・鶴ちゃん?」
小さな声で名前を呼ばれたが、返事をせず眠ったふりを続ける。背中の手が離れ、頬に指が優しく触れる。寝ちゃったね、と吐息混じりの小さな声がふりかかる。これで光忠も眠れるだろうと思ったが、鶴丸の考えとは別に、光忠は小さな声で話始めた。それは先ほどよりも小さな小さな声で、鶴丸に話しかけるというよりも独り言のようだった。鶴丸もこうしてくっついていなければ聞こえなかっただろう。
「ふふ。本当にかわいい寝顔。鶴丸さんとこうしていられるなんて、まだ不思議な感じがするなぁ」
久しぶりに鶴丸さんと呼ばれたことに内心驚く。そういえばそう呼ばれていた。
「あの恥ずかしがり屋の倶利ちゃんに僕と貞ちゃん以外で懐く相手がいるなんてって、最初は驚いた。でも鶴丸さんを見て納得したよ。お互いとっても仲よさそうで二人の絆が羨ましかった。僕もあのまま伊達に残っていられたらなぁ、なんて今更どうしようもないこと考えたりね」
光忠の心情に体が反応しそうだったが耐える。
「鶴丸さんは倶利伽羅だけじゃなくて僕のことも気にかけてくれて。でも僕はいつも断ってしまっていたね。仕事があるのはほんとうだけど、それでも時間を作れなかったわけじゃなかったのに。でも、二人で話すと何故か緊張してしまってつい、逃げ出してしまったんだ。だからいつか嫌われてしまうんじゃないかって怖かったなぁ。鶴丸さんと仲のいい鶯丸様に相談したり、倶利伽羅に鶴丸さんの話聞いたり、それでも全然上手くいかなくてさ」
一言一句漏らさないように聞いている鶴丸の耳に眠そうな欠伸の音が増えてきた。
「主はたぶん、僕の為にこんなことをしてくれたんだと思う。貞ちゃんのことを話してまったから。それに鶴丸さんを巻き込んでしまって申し訳なかった。でもね、」
光忠の声が幼さを含む。眠たさが勝ってきたのだろう。鶴丸は、意識しなければ忘れてしまいそうな嘘の寝息をたてる。もっとも、鶴丸が寝息を止めたとしても光忠はもう気づかないと思うが。
「でもね、僕。鶴丸さんと友達に、仲良くなりたかったんだぁ。だから、すごく、すごく嬉しかったんだよ」
頬に触れていた指がするりと鶴丸と光忠の間に落ちる。
「鶴丸さん、僕、と仲良くなる、チャンスくれて、あり、がと、」
言い切らないまますーっと微かな寝息をたてて、光忠は眠りの世界に旅だった。現に残されたのは鶴丸ただひとりだ。
(なんだ、これは)
頭の中がその言葉で埋め尽くされる。自分の顔が熱いのがわかる。きっと端から見れば、真っ赤になっているのがわかるだろう。耳の奥が、左胸がどくどくとうるさい程に音をたてている。光忠は穏やかな表情で眠っている。眼帯はつけたままだが、あどけない印象を塗り替えたりはしていない。ふんわりと柔らかい香りがする、これは光忠の香りだろうか。光忠の体温と香りと、表情と、先ほどの言葉が鶴丸の頭を占めていく。
光忠に仲良くなりたいと思われていた。鶴丸も光忠と仲良くなりたいと思っていた。
その為に鶴丸は相手にって魅力的な、だけど仮初めのものを見せびらかして、光忠をおびき寄せようとした。その魅力的なものを手放してしまえば自分には、相手が求めるものを与えることは出来ないと言うのに。だけど、光忠はその何も持っていない自分と仲良くなりたかったんだ、と言ってくれた。それが今、どれほど鶴丸の胸を叩いたか、穏やかに眠る光忠は知らないだろう。
この感情は喜びだろうか。しかし、大倶利伽羅と共にいれる時の感情とは明らかに違う。収まらない頬の熱と鼓動の音を抱えたまま鶴丸は途方にくれた。