幼いものを育てたい
「つまらん!」
机に向かって何やら一生懸命書いている主が顔をあげて鶴丸を見る。
「あれ?今日は驚きの探索しないの?珍しいじゃん、鶴丸がただつまらない!って駄々こねるのって」
突如現れた鶴丸にもはや驚くことはなく、ただ不思議そうに小首を傾げる。主の言う通り鶴丸は何もせずにただつまらないという性分ではない。退屈をなにより嫌い、驚きを日々求めさ迷う驚きモンスターなのだ。その鶴丸がつまらないと主にわざわざ訴えにくるというの方が、主にとってはよほど驚きなことだろう。
他人にも驚きを与えることが好きな鶴丸だが、今はその反応でもこのもやもやとした気持ちがすくことはなかった。
「つまらないんだ、主!」
「それはわかったってば。なんでつまらないんだよ。いつもみたいに驚きを求めて出掛けなさいよ」
「うー!」
主の言葉に可愛らしく唸る。かわいいけど、お年を考えちゃうとねぇ。と苦笑いされるが気にしない。
「構ってくれないんだ」
「誰が。俺?」
「いや、君に構われなくても俺は大丈夫だ」
「えー・・・・・・」
現在進行形で構ってくれている相手にいう言葉じゃないだろうに、いやにすっぱり言われると怒る気も起きないのか、困ったように呟く。こういう気が優しい主だからこそ、今我が儘を吐き出しに来ているのだが、あえて言うことでもないだろう。
「じゃあ、誰なんだよ。愛しのお孫さんですか?」
「あの子は構ってくれなくても、俺が構い倒してるから問題ない」
「いや、お前構いすぎなんだって。たまにはそっとしといてやりなさいよ」
でもあの子も何だかんだお前が好きだからなぁ。と今度は苦笑いする。主のその言葉を聞いて気持ちが浮上するが、全快にはほど遠い。大倶利伽羅は鶴丸が構うと、うっとおしそうにするが絶対に拒否しない。むしろ構わない時は、どうした、今日は構わないのか?と自ら猫じゃらしを咥えて近寄ってくる猫のような眼で見てくることもある。非常にかわいい。しかし大倶利伽羅がかわいいことなんて鶴丸にとっては太陽が昇り朝が来て、太陽が沈み夜がくることくらい当たり前であり、この世の真理だ。日常の中で改めて確認することでもない。
「というか、倶利伽羅も今本丸にいるはずだろ?構ってこいよ」
「構ってきた!俺は存分にあの子に構ってきたさ!楽しかった!今日も最高にかわいかった!」
もうとっくにしてきたことをこりゃ名案だ、という顔をして言ってくる主に若干の苦々しさを込めて反論をする。大倶利伽羅は今日もかわいかった。朝一から構い倒したからか、本人は低血圧で青筋を立てていたが最高にチャーミングだった。さすが孫だ。
「おお、そりゃよかったじゃん」
鶴丸の理不尽な反論も意にかいさず、本当によかったと言いたげな顔には主の優しい心が滲んでいる。鶴丸達に肉体を与えた、言わば親のようなものだからか、包容力を感じる。だから、年齢が何百年単位で年上の鶴丸でさえも無意識に頬を膨らませて我が儘を吐き出してしまう。
「でも構ってくれなかった!」
「だから、誰が!?」
ぷくぅと膨らませた頬を両手で潰すように挟み込まれ、鶴丸の口からはぶすぅーと空気が漏れる。その音と一緒になんだか気持ちまで一緒にしぼんでいった気がして、しょんぼりと肩が落ちる。
「おーい?どしたー?鶴丸ー?」
明らかに元気を失った鶴丸を心配するように、顔をのぞきこむ主をちらりと見つめて、鶴丸は息を吸い込み声をあげた。
「光忠が俺に構ってくれないんだ!」
ごめんね、鶴丸さん。と心から申し訳なさそうに謝りながら忙しそうに去っていく姿を思い出して、もやもやと心がさざめく。そうして心底不満だ、と全身で表現する鶴丸を主は不思議そうに見る。
「なんで光忠?」
「光忠は最近練度が上がりきっただろう。今までは遠征と出陣どっちもこなしてたからほとんど本丸にいなかったが、今はずっといるじゃないか」
「そうだなぁ。他の子も育てたいし、練度高い子は本丸事情に詳しいから遠征行かすより内の仕事してもらった方が助かるから、まぁ必然的にそうなる」
「俺と大倶利伽羅は遠征でほとんど本丸にいなかったのが最近は部隊変更で、出陣以外は本丸にいることが多くなったな?」
「そーね。練度高い子が抜けたからね」
「つまり今まで、俺はほとんど光忠と一緒に居れたことない!」
「はい、それ嘘ー!」
「ホントだぜ、主!?」
主の疑問につらつらと答えたのに、にべもなく否定されて思わず悲鳴のような声が出てしまう。腰を浮かしながら握り拳を作って主に近づくが、主は怯む様子も見せない。
「いーや。嘘だね。だって俺、倶利伽羅と光忠が一緒に居るとこ何回も見かけたことあるもん。お前と倶利伽羅は常に同じ部隊だろ、非番の日も一緒。ってことはお前と光忠だって一緒に居れたってことじゃん」
主の一言がぐさりと胸にささる。
そう、あの二振りは短い時間ながらもよく一緒にいる。それはそうだろう。
「それはなぁ、主。光忠が時間を割いて大倶利伽羅を構いに来てるからだぜ」
「え、倶利伽羅だけなの?あっ・・・・・・」
あきらかにやっちまったと言う顔で右手で口を防ぐ主に溜め息がでる。光忠は鶴丸と同様に大倶利伽羅をとても可愛がっており、わざわざ時間を割いては、何か変わりはないか様子を見に来るようだ。光忠がそこまでする相手などこの本丸では大倶利伽羅だけだろう。だから鶴丸だけが嫌われてるというわけではないのだが、主は鶴丸をかわいそうな目で見ながら腕を組み、うーんと唸る。
「そうかぁ。でもあるよなぁ、共通の知人挟んで、『私たち三人、友達です!』見たいな雰囲気出してるけど、二人になると気まずくなるってやつ。あなたと私は友達じゃないけど、あなたの友達と私は友達~ってね」
「友達の友達は友達だろう!?俺と光忠は友達だと思うんだが!」
「何その人類皆兄弟的な考え方。俺、鶴丸のそういうとこ好きよ」
ほっこりと微笑まれるが別に喜ばせたくて言ったわけではない。そういう考え方でもしなければ寂しすぎるではないか。
ここの本丸では鶴丸の相方は大倶利伽羅と言われている。それはこの本丸に顕現されたのが同時期であり、何より鶴丸が大倶利伽羅を大層可愛がってるからだ。『伊達のじじまごコンビ』と呼ばれ鶴丸は大変満足している。同じく獅子王と『じじまごコンビ』の三日月と光忠と『備前のじじまご』の鶯丸と共に『爺組』とも呼ばれていること以外は。
一方光忠は顕現が大分早かった為、後からやってきた伊達二振りと組み合わせられることはなく、本丸のあれこれを担う代表の一振りと認識されている。先程主が言ったように大倶利伽羅と光忠は友人で、大倶利伽羅と鶴丸はコンビであるが、鶴丸と光忠に直接的な結びつきはない。同じ本丸に居ても自由時間などを一緒に過ごしたりするような関係ではないのだ。
しかし鶴丸は知っている。演練で他の本丸の刀剣男士に会うとき、結構な確率で大倶利伽羅と鶴丸と光忠が一緒にいるのだ。それだけではなく、審神者からは伊達組と呼ばれ和気藹々としている彼らを何度か目にしてる。鶴丸はそんな彼らがとても羨ましかった。そして、自分達もああなれるのではないかとも思った。
鶴丸は大倶利伽羅が大好きだ、その大倶利伽羅が何百年も大切に思っている相手が光忠である。かわいい大倶利伽羅の貴重な友人となれば、鶴丸だって仲良くしたい。何より、同じ大倶利伽羅大好き同士だ。仲良くなれないはずがない。今回光忠が内仕事中心になり、鶴丸もエンドレス遠征から卒業出来て仲良くなる機会が増えると喜んでいたのだ。
出陣がほぼなくなっても光忠が忙しいことは理解している。だから鶴丸はさり気なく、邪魔にならない程度に、一緒に話でもしようと誘っているのだが、ことごとくフラれている。光忠の仕事の量は減らせないのか、と大倶利伽羅に愚痴ればあんたも仕事を手伝えばいいと言われる始末。それもそうだと実践してみようとしたが、当の本人からは出陣で疲れてるだろうから、そんなことしなくていいとやんわり、しかしはっきりと言われてしまえばそれもできない。光忠なりの気遣いだとわかっているのだが、拗ねた心はそれすら一緒にさせてくれないと言葉をこぼす。大倶利伽羅の所には時間を割いて来るのに、俺には構ってくれない!と主に泣きついてしまうのも仕方のないことだ。
「大体、光忠は働きすぎなんだ」
「ああ、光忠を休ませようってのは無理よ。あの子、働いてないとダメな子だから。主命使っても無理。あの子が自分から休みたいって言ってくれたらこっちは喜んで休みをあげるんだけどね」
「だよなぁ」
社畜代表とよく言われているのは長谷部だが光忠も大概だ。以前、あの二振りに休みを与えたところ、書類整理だの、家事だの、結局一日中働いてたらしい。話が合わないが気は合うと光忠が長谷部のことを言っていたらしいが、確かに似ているところがあるようだ。
あの二振りが働き詰めで助かってるところばかりだが、鶴丸としては多少不便があっても構ってくれたほうが嬉しいし、刀の数だって大分増えたのだからみんなで分担すれば仕事は消化できると思うのだが、主が言った通り光忠自身が望んでるのだからどうしようもない。
だから鶴丸はここに来たのだ。優しい主に愚痴を聞いてもらうのともうひとつ、目的があった。むしろこっちが本命だ。鶴丸は考えた、光忠が望んで仕事をしているのなら、光忠が望んで構ってくれるようにすればいいと。つまり、そう驚きだ。
「だからな、主!光忠が構ってくれるような、驚きを一緒に考えてくれ!」
「結局そこに行き着くわけね!まぁ、鶴丸だからね。予想はしてたよ。ってか共犯が俺でもいいわけ?」
「こんな恰好悪い理由を話せるのは君しかいない!」
「別にかっこ悪かぁないけど」
三日月とか、お前のこと可愛がってるから、愚痴ったら喜ぶと思うぞ?と言われて、思わず顔が歪む。
「絶対嫌だ。あいつに言ったら獅子王とかにポロっと話して、本丸中に広がる。鶴がな、光忠に構ってもらえなくて拗ねておったぞ」
「あいつもまだまだかわいいところがある、はっはっは!とか言ってな。想像出来るわぁ」
三日月は確かに鶴丸のことを昔から可愛がってくれる兄のような存在で、鶴丸も尊敬しているが相談事には不向きだ。絶対漏れる。下手すると光忠本人に言う可能性がある。想像するだけでも疲れるので、頭をふるりと振って考えを逃がす。
「なぁ、ダメかい主」
「ダメじゃないよ。俺でよければ考えましょう」
「感謝するぜ!」
伺うように主を見れば、やれやれと言いたげな表情半分と優しい表情半分で了承してくれる。思わず満面の笑みにもなるというものだ。
「で?まず、鶴丸的にはどういうのがしたいとかあるの?」
「光忠のシャンプーを全部ボディーソープに変え、」
「それ、マジで絶対やめたほうがいいぞ」
まずは軽いのを一発、と第一の案を掲げれば、青ざめながら被せぎみに却下される。
「鶴丸、お前はみんなを傷つけることはしないからその心配はしてない。少し怒らせてしまうのは、まぁ仕方ない時もあるだろう。だけど光忠と今剣相手の時は内容は慎重に選べ」
「何故だ?」
「あの子らは、ブチキレたら、怒らせた相手をたぶん消すぞ」
「なにそれ怖い」
「息の根をか、自分の中から存在を抹消するのかはわからんけど。絶対やるよ。だってあの子らの真顔超怖いもん。お前も大概怖いけど、あの子らはヤバイ」
「あ、ああ。わかった、肝に銘じる」
叱られるという体験は顕現されてから幾度となくしてきた。主に一期一振から。普段はやんわり叱ってくるが、弟達が絡むと一期は平気で抜刀してくる。はっきりいって恐ろしい。しかし、主の話し振りからすると、光忠と今剣はそれ以上らしい。なにより無視は堪える。鶴丸はそういう陰湿なものが苦手であったし、ましてやあんなかわいい今剣と穏やかな光忠にわざといないように振る舞われるのは、絶対に耐えられない自信がある。
「そうしてくれ。光忠の格好、特に髪関係は絶対ダメ。あの子、ちょっと髪整えてくるっつって八時間とか平気で籠るから。もしキューティクルを失うことがあれば一週間くらい閉じ籠りそうで洒落にならん。他のにしてね」
「と言ってもなぁ」
「光忠が喜ぶような驚きにしてよ」
「喜ぶ、といっても光忠が何を好きなのかあんまり知らないぜ?」
あまりにも必死な主の忠告を素直に受け取ろうと思うのだが、如何せん光忠に関する情報がそこまでないので頭を捻る。政宗公を尊敬していて、大倶利伽羅を可愛がっていて、動いてることが好きで。それくらいだろうか。大倶利伽羅ならまだまだ沢山出てくるんだろうがなぁ、と何だか黄昏そうなところにそういえば、と主が声をあげる。
「光忠はめっちゃ子供好きって聞いたことある」
「本当か?ああ、確かに短刀達をよく構っているって話だな」
「ちっちゃい子好きなんだって。ここにいる子達よりも幼いくらいの。鶴丸、貞ちゃんって知ってるか?」
「ん?貞坊か?知ってるぜ。伊達で一緒だったからな。それこそちっちゃくてかわいい子だった」
「光忠がさぁ、ここに顕現された時からずっとその子を待ってるみたいなんだよなぁ」
指で頬をかりかりと掻く主の顔は何だか申し訳無さそうで、それで光忠がどれだけ貞宗を待ち望んでいるか鶴丸も垣間見た気がした。
「つまり、貞坊を連れてくれば光忠に最高の驚きをもたらせられると?」
「でも貞ちゃんはまだどの本丸でも顕現出来ていないんだよ。それはかなり難しいってことなんだ」
「そうなのか」
「そこでだ、鶴丸。お前、幼児になってみる気ないか?」
「んん?」
「僕と契約して、刀剣幼児になってよ!」
「はぁ・・・・・・。あのなぁ、主。俺は今とても真剣に相談してるんだぜ?そんな、ふざけたこと言わないで真面目な助言をくれよ。詳しく話を聞こうか」
「前後の文繋がってないぞ」
面白そうに笑う主に輝く目をむける。幼児ってなんだ、それは最高に面白そうじゃないか。これから自分に起こることと、それによる光忠の反応を考えて、鶴丸は子供のような顔で笑った。