二人分の足音をいつもより強めに立てて廊下を歩いている。
目的地まで迷いない足取りで進むのは燭台切。そんな燭台切の周りをうろうろと纏わりつきながら歩くのは鶴丸だ。
「な、なぁ光坊。そんな焦って報告しなくてもいいじゃないか」
「別に焦ってないよ。鶴さんこそ焦っている様に見えるけど」
「き、気のせいだ!気のせい!!」
昨夜、あの後も何度もお互いの気持ちを伝えあった。朝まで存分に甘い時間を過ごし、朝の厨の手伝いへ向かおうと身を起こす燭台切を、皆察してくれると良く分からないことを言って、鶴丸がまた引っ張り倒してこんな時間になってしまった。
昼餉の手伝いもそうだが、燭台切が急いでいるのは、早くしないと主が奥方の本丸に出発してしまうかもしれないからだ。自然と足早になる。
主の元へ向かっている理由、それは鶴丸とのことを報告する為。お互いがお互いのものになったのだと。
いくら主から恋愛自由の許可を得ているとはいえ、流石に何も言わないわけにはいかない。何事も早めの報告連絡相談、そして挨拶は大事だ。
燭台切はそう思っているのだが鶴丸はそうではないらしい。ようやく鶴丸の下から抜け出し、燭台切が主に報告へ行くと身支度を整え始めてから鶴丸はずっと挙動不審である。
「光坊。主には俺から報告と挨拶をしておくから、な?」
「どうして。僕自身の事だよ。僕自身で主に報告しなくちゃ。二人で行くならまだしも鶴さんだけ行くのは変だよ」
「だがな、」
「僕の口から言いたいんだ」
自分の口ぶりから何かを感じ取ったのだろう、燭台切の正面に来ていた鶴丸が口を噤んで足を止めた。
「ちゃんと言いたいんだ。主だけじゃない、皆にも。僕、ここ最近ずっと貴方の事しか考えられなかった。きっとみんなにすごく迷惑や心配をかけてしまったと思う。すごく、格好悪いよ。だけどね、僕が格好悪いと思う僕でも、皆優しく接してくれた。僕だけが皆を支えているわけじゃない。僕も皆に支えられているんだって、改めて気づいたんだよ」
燭台切はもうほとんど戦場に出ることはない。最近は家事や、皆の身の周りの細かな事や内仕事ばかりしている。けれど支えると言うことはそういうことだけではない。燭台切だって周りの皆に支えられてこの本丸で生活をしている。今回のことでそれを強く実感した。
「だから、ちゃんと言いたいんだ。皆に。心配かけてごめんね、もう大丈夫だよ。ありがとう。ってさ。自分の口からきちんとね」
「う・・・・・・」
鶴丸は迷っている。
燭台切の言葉に頷いてやりたいが、どうしても頷けないという風に見える。
燭台切が鶴丸の立場ならば、ずっと片恋をしていた相手と結ばれて、その相手が主や仲間に挨拶をしたがるなんて大歓迎の状況だ。それだけ本気でいてくれるということでもあるし、何より周りを固めればそう簡単に別れを切り出されることもないだろうという、ちょっと保険的な思いからも。
けれど鶴丸はそうではない様子。
燭台切に挨拶をされる方が困るみたいだがその理由とはいったい何だろう。
少し思い巡らせて、ひとつ答えが出る。
「わかった。鶴さん、反対されるのが怖いんだね」
「へ」
「主の許可が出てるって言ったって、主が心変わりする可能性もないことじゃないって思ってるんだろ。万が一反対されたら僕が主や皆に従って貴方を諦めるんじゃないかって怖いんだ」
「い、いや。俺は・・・・・・」
思いついた答えを言えば鶴丸は狼狽える。鶴丸は燭台切に嘘を吐かない。つまり否定せず言い淀むと言うことは図星ということではないだろうか。
「僕、例え主や皆に反対されても諦めないよ。だって貴方が好きなんだもの。快く認めて貰えるまで何度だって頭を下げる。だからね、」
うろうろさせている鶴丸の視線を掴まえる為に顔に手を伸ばす。白い頬を両手で包んで軽く上を向かせた。
そして燭台切の行動にほけ、と薄く開いた唇に燭台切の唇を落としてちぅ、と口付けた。
「心配しなくても大丈夫。僕を信じて」
唇を触れさせたまま囁いて微笑む。すると目の前の鶴丸の顔がみるみる赤くなっていった。二度目となれば驚かない。金の両目にハートマークが浮かんでいても。
「しゅ、しゅきぃ・・・・・・、もう何でもいい好きにして・・・」
「はは、貴方こそ昨日思う存分僕を好きにしただろうに。でも、僕も好きだよ。主と皆にちゃんと挨拶してさ、正々堂々と幸せになろうね」
ちゅ、ともう一度。そしてふらふらしている鶴丸の腰を支えて主の部屋へと足を進める。主の部屋まで後少しの所だったのだ。
鶴丸の歩みに合わせて歩くスピードを落としている。主の部屋まであと数歩の所までも二人で寄り添っていた。
だから主の部屋の障子は開け放たれていて、そこから溢れる賑やかすぎる会話が耳に届いたのも同じタイミングだった。
「主君!次帰ってくるのいつになるんですか?」
「一週間後の予定だよ。そん時は奥さんと子供も連れてくるからしばらくこっちにいるつもり」
「えー!一週間!?ねーもう二か月経つよー!早くお祝いしてあげたいよー!」
「乱、仕方ないだろ。大将だって忙しいんだって」
「でも厚~」
「一週間を無駄にする必要なかよ!そん時間を準備に当てたりすればよかよか!」
「ですね!大典太さんも折り紙で輪っかを作るの手伝ってくれるって言ってました!こうなったら大広間いっぱいの飾りつけをしちゃいましょう!」
「・・・・・・僕は、歌仙たち、厨組を手伝います。あの、太鼓鐘貞宗さん、・・・・・・一緒に手伝ってくれますか?」
「あったりまえだろ、小夜ちゃん!みっちゃんと鶴さんの為に一緒に頑張ろうぜ!」
何の行事の話だろうと二人で顔を見合わせていた所に突如聞こえてきた聞きなれた響きの自分たちの名前。二人そろって首を傾げた。
「では私は次郎と共に酒の準備をしましょう。大丈夫です弟が全て飲み干さないようにきちんと見張っていますから」
「ふふっ、と言いつつ君は弟に甘いからね」
「蜂須賀さん程ではないですよ」
「に、してもあん時の鶴のじっちゃん格好よかったよなー」
「自分、その日の朝餉寝過ごしていかれへんかったんやけど、どないな感じでしたのん?昼餉の時はもう一部が大興奮で詳しく聞けまへんでしたわ」
「み、光坊。ちょっと今はタイミングが悪いみたいだな、一回帰ろう」
「え?なんで、話の内容僕たちの事みたいだよ?」
いつの間にか真剣に部屋の中の話に耳を傾けていると突如鶴丸が焦った顔で燭台切の腕を引っ張る。何故急に。話題は自分達のことらしいのに。皆の会話の雰囲気によっては今こそ挨拶のチャンスだ。
と言うか部屋の中に何人いるのだろう、主の出発を見送る為に集まっているのだろうか。
「俺もそん時いられなかったんだよな~。村正が蜻蛉切の布団と間違えて夜中に入り込んでてさぁ。ぎゅうぎゅうに抱きついててこれが力が強いのなんのって~」
「その状況も結構なハプニングだな、まぁ、あとで詳しく聞くとして。その場に居合わせた刀の方が少なかったんだぜ。朝一番だったからな。俺達平安刀と厨組と、後はたまたま早起きしてたやつらぐらい」
「いいなぁ。僕も見たかったぁ!開口一番『昨夜、燭台切と夫婦の契りを交わした』って奴~」
「は?」
「あーあーあーあー」
きゃぴきゃぴ可愛らしい声が跳ねる。その跳ねた声がすこんと燭台切の頭にぶつかってきた。隣で鶴丸が少しでも言葉を遮ろうと無駄な努力をしている。
「主君!夫婦の契りって何ですか?主君と奥方がした指輪の交換の事ですか?」
「それも間違いではないんだけどね。この場合は、たったひとりの人と特別『仲良く』するってことだよ、秋田」
「そうなんですか!鶴丸さんと燭台切さんはいつも仲良しだけどもっと『仲良く』したんですね!」
「いやぁ、うちの短刀は皆純粋やなぁ。主はんの影響強すぎやで。さすが元魔法使いはんやわぁ」
「明石、明日畑当番の手伝いしとけよ」
「いやや!堪忍して!!!」
「自業自得だね。それで?あの朝の状況かい。俺も後から広間に着いたけど、大包平の荒れっぷりがすごかったらしいね」
「そうですね。後は、膝丸さんが髭切さん以外のことであんなに青ざめているのを初めて見ました」
「何と言っても鶯のじっちゃんが一番やばかったけどな。目に感情がなかったもん。ありゃあ鶴のじっちゃんの本気度を測ってたな」
「鶴丸さんのすごい所はそのメンバーに対して真摯に話して納得させたって所ですよね」
「なんて言って説得させたんだ?」
「・・・・・・それは、ナーイショ。あんまり言いふらすことじゃねーからな。まっ、良い事言ってたぜ、鶴のじっちゃん。俺もちょっと感動した。じっちゃんも隣でよきかなよきかなって嬉しそうだったなぁ」
「うん、俺にも連絡してきてくれたけど、鶴丸良い事言ってたよ。流石俺達夫婦の恋のキューピッド。自分の恋にもしっかりしてるよ」
「しっかりしすぎだぜ。鶴さんさぁ、俺と伽羅ちゃんのとこにも頭下げに来てくれてさ。あんなに丁寧な挨拶されたことないから、俺も何か変に焦っちまったよ」
「あーん!気になるー!!!良いもん、宴会の時鶴丸さんにお話してもらうもん!早く二人のお祝いの宴会したいよ主さぁん!!!」
「気持ちは分かるぜ乱くん!だからこそ、こうして各連絡係が集まって話合してるんだろ?ド派手で最高の宴会にしようぜ!」
「でも俺も早くしてやりたいなぁ。燭台切もあんま元気なさそうだし、ぶりっじぶるーだっけ?ぱーっと騒いだら元気になるんじゃないかねぇ」
「御手杵、それを言うなら『マリッジブルー』ね」
「んぁ?そうだったっけ」
のほほんとした御手杵の答えに、部屋中が笑いで満ちた。なんて温かな雰囲気だろう。廊下との雰囲気とは全く違う。
「・・・・・・」
「り、理由を聞いてくれ、これはな、」
鶴丸は狼狽え焦りながら、黙り込む自分の腕に両手を添えてくる。その手を奪うように力強く握った。
「み、光坊!?」
「しっ!鶴さん、来て」
戸惑う鶴丸にそれ以上は言わず、なるべく音をたてないよう足早にそこを後にした。
運よく誰ともすれ違わないまま、一番近い空き部屋へと滑り込んだ。障子を閉めて、鶴丸と二人っきりになる。
「・・・・・・鶴さん」
「ご、ごめんなさい!!君の言う通りこの本丸に自分の勝手で他人の意志を踏みにじる奴なんていないことは俺も知ってる!だが、ほら、やっぱり不安じゃないか!君ときたら本当に素敵なものだから俺はいつ君を誰かに奪われてしまうんじゃないかって、そう、心配だったんだ!確かに!確かにな!?外堀から埋めていく意味もあった。ああ、あったさ!いざ君に告白して、万が一逃げられそうになったら、新婚の休暇を理由に一か月くらい監禁出来る、その間にもう一度説得が出来るな、とかそういう考えもあった!だが誤解しないでほしい、俺はそれだけが目的で既成事実を作ろうとしたわけじゃないんだ!君の頑なな心の壁を、」
「そこまで派手な事は出来ないね。時間が一週間しかない」
「はい、その通りです!すみま、って、え?」
鶴丸が一生懸命何かを言っていたが内容のほとんどを聞き流してしまった。仕方がない、燭台切の頭の中は別の事でいっぱいなのだ。
「鶴さん。鶴さんは主に内緒で奥方に連絡取れるよね」
「あ、ああ。まあな、主と奥方を結婚させるために連絡手段も確保しておいたから。だが、それが?」
「連絡してもらっても良い?準備するには、僕達二人では限界がある」
「何がだ?」
突然の燭台切の言動に鶴丸は戸惑ったままだ。鶴丸こそこの状況に張り切りそうだと思ったのだがまだそこまで思い至ってないのだろう。珍しい。
こんな最高の驚きのチャンスに気付かないなんて。
「あのね、」
二人きりだからそうする必要もないのだが、そこは恋人になったばかりだからと自分に言い訳して、鶴丸の耳へ手と唇を近づけた。
そして今自分が考えていることを鶴丸の耳へと直接吹き込んだ。
「・・・・・・君って最高だな」
「貴方のたったひとつの特別ですから。って、威張っても良い?」
「勿論だぜ、マイハニー!いや、マイダーリン!!」
ぎゅむっと抱きついて来る鶴丸を抱きしめ返す。もっといちゃいちゃしたいのはやまやまだが、それは少しお預けだ。
時間は一週間しかない。
*
「皆クラッカー持ったー?」
「「「はーい!!」」」
乱の問いかけにその場にいる半分が手と声を上げる!この本丸に顕現している刀剣男士は61振り。その全員がクラッカーを持つと流石に音がうるさすぎるだろうと、30振りだけがクラッカーを持つことになった。クラッカーの音に一番衝撃を受ける審神者の娘は、奥方が部屋から連れ出している。「私は二人が入ってきた頃に娘と来るから、遠慮せずばーんと鳴らして大丈夫よ」とずっとひっついていた包丁の頭を撫でてから、娘と二人でこの大広間を出ていった。だから誰に遠慮することもなくクラッカーを鳴らすことが出来る。
「・・・・・・上手く出来て良かったな、前田」
「はい!大典太とソハヤさんが手伝ってくださったおかげです!」
「俺達の霊力を持ってすれば朝飯前よ!なぁ兄弟!」
「ん・・・・・・そう、だな?」
広間に壁に吊るされている色鮮やかな紙で出来た装飾。輪っか状のものを繋げたものが壁を賑やかにしている。輪っか状の装飾に等間隔で更にぶら下がるのは白い鶴の形。そしてその隣に黒い燕の形も寄り添っている。色も形も違うのに寄り添って宙に浮かぶ姿は比翼の鳥の様だ。
「ってかさ雀じゃないんだ?伊達の家紋に雀いなかったっけ?」
「鶴丸さんが特別好きな鳥が燕なんだって粟田口の皆が言ってたよ。雀も特別だけど、燕は燭台切を思い出すから一等好きなんだってさ」
「はっはーん。ベタ惚れじゃのぉ」
「ねー!ねー!あの二人はまだなのかいー!?早くー!早く乾杯したいよー!!祝杯―!!」
皆でぐるりと広間の壁を見上げていると、次郎太刀が切実な声を上げる。目の前に酒があるのにこんなにも長い時間、彼が我慢しているなんて本来はあり得ないことだ。けれどそれだけ次郎にとってこの宴会の主役の二人が、仲間が大切と言うことを示している。
それを知っているので皆は苦笑いで次郎を優しく宥めた。
「奥方様が姫君を連れ出すついでに二人へ声を掛けてくださるという話だったが・・・・・・。確かに遅いな、何かあったんだろうか」
「俺、ちょっとひとっ走りいってこよーか、主さん!」
「んー、そうだな。なら、」
「待てっ、・・・・・・来たみてーだぞ」
手を上げる愛染に審神者が許可を出そうとすると、広間の外の気配を探っていた同田貫が片手を上げた。その一言に広間内の皆の顔が一斉に輝きを増す。
「今日の料理は腕によりをかけ、僕の雅を最大限に表現したからね。喜んでもらえるはずだよ」
「はい!今日は頑張りましたって、ちょっと兄弟っ嬉しいけど頭撫でるのは後でね。ほらほら、クラッカーちゃんと用意して」
「・・・・・・わかった」
「カッカッカ!然り然り!」
「ほら、お前も、大包平」
「・・・・・・分っている!」
「暴れるなよ?」
「暴れるか!お前こそ、長船のを・・・・・・二人をちゃんと祝福するんだぞ!」
古備前の二人、国広三兄弟。歌仙と小夜がクラッカーを構える横で、大倶利伽羅と太鼓鐘もクラッカーの紐を持った。
「泣いちゃ駄目だぜ?伽羅ちゃん」
「それは俺の台詞だろう、貞」
二人が顔を見合わせて、ふっと。ニカッと。笑い合う。その時に廊下を歩く足音が広間中まで聞こえた。皆が一斉に口を噤む。足音を耳で追いかける。足音が広間の前で止まった。すぐに開くかと思ったが障子はなかなか開かない。二人で立ち話でもしているのだろうか、それにしては声が聞こえない。
皆が今か今かと待ちわびる中、ようやく障子がスパンっ!と開いた。
そこにいる30振りが持ち前の反射神経で一斉にクラッカーの紐を引っ張っり、同時に口を開く。
そして残りの31振りと審神者のものを足して一斉に声を上げた。
「「「「二人ともおめでとうー!!!」」」」
ぱん!ぱぱぱん!!!とけたたましく鳴る音や飛び出す紙テープに負けないくらいの歓声。想いを通じ合わせてめでたく結ばれた二人へと惜しみなく降り注ぐ。降り注がれた先には、突然の事に驚き、目を丸くする二人の姿が。
あると、そこにいる全員が予想していた。
しかし、目を丸くしたのは二人ではなく、そこにいる全員の方だった。
紙テープと紙吹雪を浴び、笑顔を浮かべる二人の格好が、まったく予想外のものだったからだ。
純白と漆黒のコントラストは何時もと変わらない。燭台切が洋装で、鶴丸が和装と言うことも。しかし今、燭台切が身を包んでいるのは純白のスーツ。そして鶴丸が身にまとっているのは本来であれば女性が身にまとうはずの黒無垢だ。黒い花嫁を白い花婿が姫抱っこをしている。
「つ、鶴丸?燭台切?ど、どうしたんだ、それ」
思わず立ち尽くす刀剣男士より早く復活した審神者が一番に声を掛けた。二人は顔を見合わせてニッと笑った後、全員にも言っているかのように、審神者の問いに答えた。
「「どうだ!驚いただろう!」」
「お、驚いたけど、答えにはなってないな!?」
「・・・・・・やられたね」
「鶴丸殿がお相手でしたからね。最新の注意を払っていたつもりでしたが、何処かで情報が漏れてしまいましたか」
「大人数で秘密を共有するのは難しいとはいえ悔しゅうございますなぁ」
鳴狐や一期が呟くと周りの皆もあーそういうことかと納得し始めた。
「えーっ鶴丸さんの心臓が止まっちゃうくらい驚かそうって俺達頑張ったのになぁー」
「いや、そりゃ駄目だろ信濃・・・・・・まぁ、気持ちは分かるけど」
何時も鶴丸と遊んでいた粟田口の短刀勢からは悔し気な声が零れた。周りは概ね鶴丸相手じゃなぁという感じである。しかしやはり、二人を喜ばせたくて秘密裏に行っていた準備。不発になったとなれば多少なりとも残念そうであった。
そんな皆を見ながら燭台切が腕の中の鶴丸をゆっくり下した。
「あのね、皆に言いたいことがあるんだ」
凛とした燭台切の声に大人しくなっていた皆が顔を向ける。ここ数日の燭台切はほとんど皆の前にも顔を出すこともなかったためその顔を見るのは久しぶりに感じる。
燭台切は元々他者を頼るタイプではない。人を支えることを喜びとし、本丸の仲間に尽くし、励まし、時には窘め、優しく包み込んでくれる。しかし決して、自分の中に誰かを踏み込ませることはなかった。
彼は誰に対しても両手を広げ、その胸に飛び込めばいつだって強く抱きしめてくれるのに、その中に受け入れることは許してくれなかったのだ。
本丸の皆はそんな燭台切を理解していた。彼自身に踏み込ませてはくれなくても、本丸の仲間を愛し、優しさを与えてくれる燭台切が大好きだったからだ。
彼らは燭台切の優しさも強さも何一つ損なわせたくなかった。
本当は本丸の誰もが、燭台切の優しさに自らも同じ分だけ優しさを返したかった。しかしそれをして彼の中の基盤を揺らすことは出来ない。だから皆敢えて、燭台切の優しさをただ甘受し、その代わり彼の領域を誰も何物も、侵すことがないように見守ることにしていたのだ。一部包丁などそれを無意識に出来る者もいたが大半が意識してそういう風に彼と接していた。それは例外として燭台切の内側にいた大倶利伽羅や太鼓鐘も同じだ。
彼が人を支えることや働くことを喜びとするならばそれを思う存分させてあげられる環境にし、彼が落ち込むことがあれば敢えて側を離れて彼の矜持や領域を尊重する。燭台切をそうやって、はっきり言えば甘やかしていたのだ。
しかし、鶴丸と結ばれてから燭台切は変わった。
弱い姿や戸惑う姿、彼が嫌う格好悪い姿を皆に見せてくれるようになった。以前であればどんな辛いことがあっても、燭台切は自分の中の何かを削りながら無理してでも表面を取り繕っていただろう。
本丸の仲間はとても嬉しかった。転んで立ち上がれない相手に手を差し伸べて、その手をとってもらえること。その相手がいつも自分達を大切に思ってくれている燭台切と言うことが。
だからここ数か月不安定な燭台切に対して、不謹慎だが今までにない程近くにいられているように感じていたのだ、皆。
しかしこの一週間、燭台切は厨にも顔を出さず、食事も自室で取っていた。鶴丸に聞くと「ちょっと元気がないみたいでな。しばらくはそっとしといてやってくれ」と言われてしまう。そう言われればいくら距離が近くなったと言えど自室に突入出来る筈もなかった。
ずっと心配していたがどうすることも出来ない。だから代わりにその分、今日の宴会を必ず良い物にしようと準備に気合を入れた。皆で騒げば燭台切もきっと元気になるだろう、そう思って。
その燭台切が今鶴丸と共謀して皆を驚かせた。皆内心『よかった元気だったんだ』とほっとしていたのだが、いきなり真面目な顔で口を開く。
なんだなんだと思うのは当然の事だった。
「まずは、ごめんなさい。偶然とはいえ、皆の計画を知ってしまったんだ。本当なら、皆の好意を無下にしない為に嘘でも驚いた振りをすべきだと思う。だけど、それでは今までの僕と変わらないし、かといって正直に話すのも水を差すようで出来なかった。だから、こうして、皆を驚かせ返すしかないって思って・・・・・・ごめんね」
ぺこりと頭を下げた。隣の黒い花嫁も頭を下げる。そして鶴丸は頭を上げるが、燭台切は下げたままだ。
「ごめんねは、まだ他にもあって。この数か月皆にはすごく迷惑とご心配をおかけしました。・・・・・・ううん、数か月だけじゃないね。ずっと、ずっとだ。皆の本当の優しさに気付けなくて、僕は僕自身さえ認められる僕がいるなら心の中には誰も必要ない。なんて、皆の優しさを無下にするようなことを考えていたんだ。本当にごめんなさい」
そしてようやく頭を上げた。申し訳なさそうな顔をしているものの、苦しそうな顔はしていない、皆そのことにとても安堵した。
「この人に体と心に入り込まれて、今までの自分が分からなくなって落ち込んで、悩んで、自分自身を認められなくなって。それでようやく皆が僕を大切にしてくれていたことに気付けたんだ。ありがとう、僕ですら見放したくなった僕に、手を差し伸べてくれて。すごく、嬉しかった。独りで立てない僕を皆が支えてくれたから、僕はこの人と向き合うことが出来たんだと思うんだ。でね、その・・・・・・」
今までまっすぐ、一人一人を見て話していた燭台切の視線が少しだけうろつく。それにすぐ気づいた黒い鶴丸が懐から閉じたままの扇子をすっと取り出し、白手袋を付けている燭台切の手に優しく触れたかと思えば、自身が持っていた閉じた扇子をその手に握らせる。
燭台切はそれをぎゅっと両手で握って、マイクの様に口元に持って行った。
キリッと眉を上げて、それなのに両頬が赤く色づいている。
「ぼ、僕、皆が・・・・・・、皆の事が、だ、大好きだから!大大大大大好きだから、こんなふつつかな僕ですが、この人共々、これからもどうかよろしくお願いします!!!!!!!」
ばっと頭を下げてまた勢いよく上げた。皆の前に再び現れた時は両頬と言わず顔全体が真っ赤っかだった。
何ということだろう。燭台切は、鶴丸と結ばれそれを祝う為の席で、鶴丸の色である純白で全身を染め上げながら、隣の伴侶への愛を誓うのではなく本丸の仲間への愛を力強く叫んだのだ。
「わーい!俺も大好きだぞー!燭台切―!」
皆の理解が追いつく前に燭台切にぶつかる影が一つ。お菓子と人妻が大好きな包丁だ。彼が愛してやまない人妻スタイルの鶴丸が隣に立っているのにも関わらず、彼は迷うことなく燭台切の胸に飛び込んだ。
「俺も!俺も大大大大大大大好きだぜみっちゃん!!!!!」
「・・・・・・当然だな」
「僕も、その・・・燭台切さんと同じ気持ちです」
太鼓鐘が次に飛びつき、大倶利伽羅が力強く抱きしめ、小夜がぴたりとくっついた。そこで皆ようやく我に帰り、燭台切と仲が良い刀とまず短刀勢が三人に続いて突撃した。勿論短刀勢で終わる筈もなく、脇差、打刀以下略と続いていく。彼の周りがすぐにぎゅうぎゅうと人で溢れ、今抱きつけないものは何故か一列となって並んでいた。抱きしめ、抱き締められの順番待ちである。
いつもはそんな行動に出ない刀達も並んでいて「まぁめでたい席だし、祝いもかねてやっとくか!」「そうですね、幸せも分けてもらえるかもしれませんし」「ってかなんか母の日みたいじゃねぇ?」そんなことを話している。
本日の主役の内の一人、燭台切の隣にいた黒い花嫁は人の波を避ける為に、その列を少し離れた所から見ていた。わざと面白くなさそうに唇を尖らせてはみたが長く持たず、唇には笑みが浮かんでいた。
「愛されてるわねぇ、燭台切光忠は」
「奥方」
そこに近づいたのは審神者の妻。別本丸の審神者だ。彼女の夫は燭台切の頭を一生懸命撫でている最中である。
「どう?ずっとこの光景が見たかったんじゃないの?」
「俺がそんな出来た男なわけないだろう。俺は自分の恋を成就させたかっただけさ。この光景は思わぬ副産物に過ぎない」
「彼から事の一部しか聞いていないけれどかなり奔走したって話じゃない。恋を成就させる為だけならもっとスマートな方法を考えそうだけどね、貴方は。まあ、不器用でちょっとずれてる所もあるし貴方の主張を嘘だと断定も出来ないけれど」
お互いの顔も見ずに話す二人はただ並んでいる。しかしそこにはお互いを理解している雰囲気があった。
「しかし今日は悪かったな、わざわざ奥方の本丸から燭台切光忠と鶴丸国永を連れてきてもらったって言うのに。直前になって光坊が、『やっぱり皆の祝福を直接受けるのは僕たち自身じゃなきゃいけないよね』と言い出すもんだから。彼らにも申し訳ない。二人は?今どうしてる?」
「娘を見てもらってる所。いいのいいの。あの子達が貴方たちの振りをしたって、貴方たちがその格好で突入する前に絶対ばれてたから。あの子達、貴方たちと違って落ち着きがないでしょう。うちの子達は揃いも揃って男子小学生みたいな子達ばかりで、あの二人はまぁ、落ち着いている方なんだけど、二人揃うとどうもポンコツになってしまうのよ。今日初めて会って驚いたでしょ?」
「あ、ああ。まあな」
本来の計画について話しながら、鶴丸は今日初めて会った他の本丸の自分達を思い出す。何故か手土産にサングラスタワーを持ってきた二人は、「こりゃあ夜戦の練習が出来る優れモノなんだぜ!」「こっちのは夕方みたいになるやつだよ!」とぽかんとしている燭台切と鶴丸へ勝手にサングラスをかけてきたのだった。余りのテンションの違いに本当に驚いた。
「まあ、個体差は主の影響が大きいって言うからな。彼らがああいう風に天真爛漫なのは奥方の影響なんだろう。奥方は姉御気質だからな。この衣装も急いで探してもらって悪かった」
一週間後宴会があって、どうしてもこういうことをしたいんだ!といきなり連絡をしてきた彼女の夫の刀である鶴丸に、理由を聞くより前に「任せて!」と胸を叩いた彼女はとても格好良かった。彼女の本丸の刀達が天真爛漫なのは彼女が刀達のことを
弟みたいにでも思っているからなのかもしれない。
「そうね、そこの刀を見れば主の人となりも何となく分かるものね。だから私、貴方を見てあの人に会おうと思ったのよ、鶴丸国永」
にこっと彼女が微笑む。
「そうなのかい」
「そうよ。貴方、最初にあった時好きな子がいるんだって相談してきたじゃない。その相談を理由に私をここに連れてこようとしてた。目的は別のことだと気づいてたわ。私をあの人の妻に宛がう為だったのよね。ああ、そんな顔しないで、その謝罪は十分に受け取ったじゃない。貴方がいてくれたから私達は幸せになれたんだから。私が言いたいのはそうじゃなくて、貴方が別の目的の為であっても、その時本心を吐露してくれた。私はその想いを、とても尊いものだと思ったのよ。だから、こんな想いを育める刀を持っている人は、とても素敵な人なんだろうなぁって思ったの」
彼女は数年前のことを思い出して楽しそうに話す。鶴丸も思い出していた。あの時の焦りや訳の分からないイライラ。無理矢理に近い形で恋に気付いて、その感情を持て余していた。
彼女に声を掛けたのは自分の主である審神者に一刻も早く妻を娶らせるためだった。その為に連絡先を教えてもらった。けれど、二人の恋を進展させる一方で、鶴丸は彼女に自分の感情の相談もしていたのだ。
彼女がいなければ、情緒不安定のままいつか恋を暴走させていた。そうすれば鶴丸はもしかしたら、もっと一方的で暴力的な方法で燭台切を手に入れようとしていたかもしれない。燭台切が恋を理解出来ていないことも関係なしに、心の壁を打ち砕き彼の矜持も尊厳も踏みにじる様な方法で。鶴丸の主である審神者も隣の彼女も鶴丸を恋のキューピッドというが、それを言うなら彼女も鶴丸と燭台切のキューピッドである。
「だから貴方の幸せな姿を見られてとても嬉しいわ。改めておめでとう、鶴丸国永」
「・・・・・・本当にありがとうな、奥方。色々と」
「ローション、とか?」
「男同士のHow to本とか」
「・・・・・・私が間違って送った私物のアブノーマルなの捨ててくれたわよね?」
「現在絶賛勉強中」
「・・・・・・あの燭台切光忠、苦労するわ。貴方相手じゃ」
「いやいや、見ろよこの光景。俺との結婚報告の席で伴侶じゃなくて、仲間に対しての愛を叫ぶんだぞあいつ。俺の計画の半分以上が通用しなかった相手だ。どう考えても苦労するの俺の方だって」
「声が喜んでるのよねぇ」
「ははっ、そりゃあ仕方がない。だって俺はあいつの為ならどんな苦労にだって喜んで飛び込めるからな!ってなわけで行ってくるぜ、奥方」
「あら、どこに?」
「列の最後尾に決まってるじゃないか!」
順番を守るのが貴方らしいわと笑い声を立てる彼女に背を向けて、黒無垢の花嫁は、行列の最後尾に立った。
一番後ろは石切丸だったので、これ幸いと彼の背中に隠れる。
石切丸の順番が来て「私も燭台切さんが大好きだよ。いつも祈祷の道具の手入れを手伝ってくれてありがとう。末永く幸せにね」と石切丸と燭台切が抱きしめ合い体を離した所で、燭台切の前にばっと姿を現しそのまま飛びかかった。
「つ、鶴さん!?」
「こんなに長い時間ほっとくなんてひどいじゃないか、マイダーリン!」
反射で抱きとめる燭台切の首に両手を回し、鶴丸はそのまま熱烈なキスをぶちかます。
そこでワッと歓声が湧き、クラッカーの音よりも大きな拍手の音が広間に鳴り響いた。
予定より20分遅れて、ようやく宴会の始まりだ。