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 練習初日から数日。

 今夜も鶴丸の練習に付き合っている。

 鶴丸の言った通り初めての射精で未知な恐怖を感じた燭台切だったが、鶴丸の言う通りそれを思い返してみても日常で体が異変を見せることもなく、何日経っても体は燭台切が危惧したような変化を見せなかった。

 お陰で練習が済んだ後も毎回違和感なくぐっすり眠れ、日が登っている間の日常もつつがなく送れている。

 そして練習も順調に思える。

 例えば、鶴丸の技量が上がってきたのか、初日はほとんどくすぐったさしか感じなかった胸が、鶴丸の手に触れられると快楽を拾うようになってきたこと等。

 

「あ、んん、そこ、ぞくってする」

「男にも性感の乳腺があるって話だからな。ここら辺だった気がする」

「っいぁ、ぁ、んぅ・・・・・・ぅう、」

「すっごい鳥肌。ここも触ってないのにぷっくり赤くなって、まぁ」

 

 鶴丸が顔を寄せて、固く立っている赤い頂きに、ふぅっ、と息を掛けるものだから小さく、ひゃっと声を出してしまった。

 

「もうちょっと周りを可愛がってからの方が良さそうだ」

 

 なー?と上機嫌に、鶴丸は赤い飾りの周りをくるくると指でなぞり、そして脇腹から胸筋の縁を僅かに触れているかどうかの強さで触る。

 

「ぅぅー、」

 

 先ほどのみっともない声が出るを我慢するために唇を引き結んでいたので抗議することが出来ない。口が開いていたらさっさと触ってよと言っていたかもしれない。喘ぎの様な声色で言えばねだっている様に聞こえるだろう。むしろ、それをしない為に唇を結んでいる気もしている。

 

「おっ。触ってないのに、染みが」

「ぅえ?」

「覚えてきたんだなぁ」

 

 と、良くわからない呟きを楽しげに溢した。最初は何のことかもわからなかったが、鶴丸の視線の先を見て理解する。瞬間、頬にカッと熱が上った。

 

「なん、なんでっ」

「まぁまぁ、頭で考えたってわからんことさ。体の反応なんだから」

 そういって鶴丸が下穿きをずらしてくる。汚れない様にだと思って、足を抜こうとした時、

 

「んあっ・・・!」

「ん、」

 

 鶴丸の薄い唇によって、胸の赤く色づいた部分をくわえられた。燭台切の視線はすぐそこに落ちる。はまはむと食まれ、舌先で弄るのはさくらんぼか何かを遊ぶように食べている様にも見える。

 

「ぁ、・・・はっ・・・ちょ、ちょっと、」

 

 自分の胸に埋まる鶴丸の白銀の頭に触れる。

 

「んんー?」

 

 鶴丸は角度を変えて首を傾ける。咥えて舐められそして、吸われるその部分がよく見える様に。

 

「や、す、吸っちゃ、あっ、あっ」

「んむ」

「押しっ、つぶすのも、だ・・・めっ!」

「ははっ、わがままめ」

 

 鶴丸が口を離して笑う。その息にも身を竦める様体が動く前に、別の衝撃で燭台切の体がびくぅっと大きく揺れた。

 

「一緒にいじった方が感覚が連動して覚えるらしいぞ?」

 

 そうして快楽を覚えていくと胸だけで達せる様にもなるらしい。

 そう言いつつ再び胸にちゅっと唇を落として、手を下へと伸ばした。鶴丸の細い五本の指がばらばらに動き、燭台切の性の器に絡み付く。透明のとろとろとした粘液、燭台切自身から溢れたものを、塗りつけて、優しく握りしめた。

 

「っ・・・・!」

 

 咄嗟に両手で口を押さえる。初日で無様にも逃げを吐いた自分を繰り返さない為、二日目からずっと鶴丸がそこに触れる時は口を押さえる様にしている。

 

「はいはい怖くない。怖くない」

 

 鶴丸が下から苦笑いで見上げてくる。軽く宥めすかす態度に何か言い返したかったが、鶴丸が指を動かすので言葉は両手で押さえつけたままだ。

 

「んっ、んんっ!・・・・・・っ」

 

 鶴丸が胸をねぶりながら、同時に抜いてくる。そんなことをされればすぐに達してしまうのは当たり前だ。

 すぐに達してしまうのが嫌で、すぐ真っ白になるのが嫌で、口を押さえたまま胸に舌を這わせている鶴丸を見下ろし、いやいやと首を横に振る。

 

「嫌?ん、・・・・・・自分から腰揺らしてるのに?」

「!」

 

 指摘されて気づいた。鶴丸の舌や手の動きに合わせて無意識に腰が動いていることに。

 

「っ~!」

 

 十分に熱を持っていた顔に、更に熱が上る。まだ体を制御出来ていると思ったのに。いくら刺激に対する反射とは言え、意識と体の解離は未だ戸惑う。

 

「悪い、悪い。今のは意地悪な言い方だった。誰だってこんな風に触れられたらそうなる。な?」

「ん、んぅ・・・っ、ぅ」

 

 鶴丸は困ったように笑って言葉で宥める。その一方で手と舌を止めないものだから、結局昂らされていく。

 意識してるのに揺れる腰の止め方がわかられない。ねぶられ、吸い付かれる胸とぐちゅぐちゅと動かされる手に、体が達したい、達したいと熱を暴れさせてくる。

 嫌だと叫ぶ言葉を口の中に押さえ込みながら、強く頭を振る。今度は意思表示ではない。そうしたってすぐ頭は空っぽになるのに、せめてもの抵抗だった。

 

「ふ、っ、―んんっ!!・・・は・・・っ!」

「毎度のことながら悪いことをしている気分になるなぁ。はは、実際そうか。・・・・・・ほら、いいぞ。イきな」

「っん、ぁっ―、っ!!」

 

 鶴丸の片手がぎゅ、と搾り上げて、同時に胸を軽く噛まれる。口を強く押さえつけていたお陰で燭台切は絶頂の瞬間のみっともない声を、抑えることが出来た。しかし体から力が抜けて、正面にいる鶴丸の肩へと倒れ込み、額をつける。

 鶴丸が残りを出そうと根本から抜いている間も、細い肩口に顔を伏せて体をびくんびくんと揺れるのを耐えた。

 はぁはぁと肩で息をして、鶴丸の肩口から顔を離したのは、初日の射精後よりも大分早い間隔でだった。その時鶴丸の手も燭台切の頭から離れたのに気づく。どうやら呆けていた間、頭を撫でられていたらしい。

 

「光坊、大丈夫か?」

「大丈夫・・・・・・」

 

 唾液で濡れた両手を離す。やはりあの絶頂感は苦手だ。ずいぶん慣れたとは言え、強烈すぎる衝撃に、一人で空っぽへと突き落とされる感じがする。

 

「なら、ちょっと次の練習に入っていいかい?」

「え?」

 

 てっきり後は、ここ数日間の様に鶴丸と燭台切の性を直接擦り合わせるあの行為をして、鶴丸が達すれば今日の練習は終わりかと思っていたので、予想外の問いかけに目を見開いた。

「い、いいけど・・・・・・」

 

 鶴丸の練習だ。燭台切に異存はない。それに一回精を吐き出して、もう無理だ、体力が持たない。と言ってしまうのは鶴丸の期待を裏切ってしまうことになると思った。だから戸惑いながらも即座に頷く。

 

「次の練習は、こっちのな、」

 

 鶴丸が肩を押してくるものだから、両手で後ろ手を突くしかなかった。

 すると今度は燭台切の膝裏に手を入れて立たせ、大きく開かせた。片方の踝に自分の下穿きが引っ掛かっているのにそこで初めて気がついた。

 

「つ、鶴さん!」

「中の解し方をそろそろ覚え始めたいと思って」

「!・・・・・・とうとう来てしまったね」

 

 最初鶴丸から練習の流れを説明してもらった時、燭台切が一番驚いたこと。本来受け入れる器官がない男体で、同じ性を受け入れる為にはそこを使えるようにしなくてはならない。鶴丸はその準備の方法を練習したいと言っているのだ。これは絶対に必要な練習。そうであるなら燭台切に拒む理由などない。

 

「いきなり突っ込んだりしないから安心してくれ。今日は取りあえず指だけ」

「う、うん」

 

 鶴丸がスッと指を立てる。白くて細い指。大したことなく入る、様な気がした。

 

「んー、四つん這いになってもらった方がいいかな」

「ええっ!・・・・・・出来ればこっちの方がいいな。・・・・・・ダメ?」

 

 四つん這いでなければ絶対ダメと言うなら従うが、このままの体勢でいいならその方がよかった。いくらなんでも恥ずかしいという気持ちもあるのだ。

 今は鶴丸より視線の低い燭台切が首を傾げ見上げる目線で窺うと、鶴丸はぐっ、と喉を詰まらせる様な音を出して、わかった、なら今日はこのままだ。と承諾してくれた。

 そしてごほんっ、と一つ咳払いをして今夜はまだ出番がなかったローションを取り出した。

 

「なら始めるぜ」

 

 ボトルを傾け、精を吐き出して力をなくした燭台切のモノに透明の粘液を垂らしていく。

 

「う、」

 

 とろとろに伝う透明の液体は、自分の先走りの様で、いやらしい。と頭の奥で思った。

 液体は下へ下へ垂れていく。当然、鶴丸が今から解そうという所にも。

 

「まずは、十分濡らして」

 

 鶴丸が自分の手にもたっぷりのローションを垂らす。ぐちゅぐちゅになった手を誰にも触れられたことのない場所へ伸ばした。

 

「っ!!」

 

 戸惑い以上に羞恥しかなかった。

 気丈に振る舞おうとしていたが、あまりに強い羞恥で心が折れそうになる。しかし鶴丸の表情は真剣で、燭台切の体を傷つけない為にか手つきも慎重だ。丹念に入り口になるべきところを濡らし、軽く押したり指先で柔らかく揉んだり。

 逃げを吐き出すことはなくなったとは言え、ただでさえ今でも射精時に乱れ、鶴丸に宥めてもらうのだ。それなのにこんなの無理!とはさすがに言える筈がない。

 後ろに突いている手を畳の上でぎゅうぅと握った。ならば耐えるしかない。

 指先が縁に引っ掛かり上下に揺れ、時にはつんつんとつつかれる。羞恥や抵抗感は果てしないが痛み自体はそこまでなかった。

 

「小指から・・・・・・」

 

 その呟きの意味がわかり、握った拳に力を込めた。

 

「・・・・・・光坊、力抜けるか?」

「ぅ、」

「息を深く吸って、大きく吐いて」

 

 言葉に従って大きく深呼吸をした。僅かに体が弛緩したその瞬間、鶴丸の一番小さい指が動く。

 

「ぐ、」

「先、は入るな・・・・・・」

 

 くち、と僅かな音が聞こえた。続いてくち、ぐち、と。自分のそこから卑猥な粘着音がすることに目眩がしそうだ。

 ゆっくりと身の内に押し入られる感覚。中を進んで行くものが、あの細くて一番小さな小指だとは信じられない。息を深くするように心掛ける。違和感と抵抗感はまだ消えない。

 

「光坊、中指まで入ったぞ」

「・・・は・・・、」

 

 それでも長い間ほぐし続けていると一番長い中指まで入るようになったらしい。自分に埋められた指が、中からぐにぐにと押し込んでくる感触がする。違和感はあるものの、色々消耗したからか抵抗感は少し薄くなっていた。

 

「・・・・・・たぶんここら辺だと思うんだが、勃ってないとわかりにくいな。光坊、なんかジーン?ってなる場所あるか?」

「わか、んない・・・・・・」

 

 鶴丸がまたローションを足して軽く指を抜き差し、また似たような所に埋めた指をぐにぐに押してくる。ぐちゅ、ぬちゅと音がなるのに耳を防ぎたくなるのを我慢しながら、鶴丸の言う感覚を追ってみるが、よくわからなかった。

 

「んー、ここも時間がかかるって話だから、今日は指が入っただけでも良いか」

 

 鶴丸が中の指をぐりぐり回しながら言う。ある部分に触れた時、一瞬ぞわっと肌が立ちそうになった。しかしこのまま練習が終わりそうな雰囲気であったし、鶴丸の言う感覚ではなかったので黙っていた。

 

「・・・・・・せっかくだからこのまま前も刺激してみるかな。光坊そのまま布団引き寄せられるか?背中が当たる分だけでいいから」

「え?あ、う、うん・・・・・・」

 

 燭台切が寝るために既に敷かれていた布団を引き寄せた。横向きのままだったが背中が当たる分だけなら問題はない。何をするのかと思ったが、低下している思考能力はただ鶴丸の言う通りにする。ということに専念してしまっている。

 

「はい、じゃあそこに寝っ転がってー。おや、黒い髪と着流しに布団の白がよく映えること」

 

 鶴丸は指を埋めたまま、布団に上半分だけ横たえた燭台切を見下ろし、何故か眩しそうな顔をする。自分の状況を考える前に、鶴丸が指を埋めていない方の手で燭台切の足首を掴んだ。そして自分の足先が浮かんだ感覚がしたと思うと鶴丸の姿が視界から消えた。

 

「っ、あっ!?」

 

 瞬間、思わず顎が上がる。視界には逆さまに写った自室の箪笥。眼帯を止めている金具が擦れた後頭部が鈍く痛い。何が起きたのかわからなかった。

 

「や、あっ!な、何!?な・・・ひあ!・・・つ、鶴さん!?」

 

 慌てて下を向く。その光景を見て目を見開いた。燭台切の片足を担いで身を屈め、燭台切の足の付け根にある中心に舌を這わせている鶴丸の姿があったからだ。これは口淫というのだと以前鶴丸が説明してくれた。だからと言ってそのまま享受することは出来ない。

 

「い、いやだっ、僕さっき達して・・・っるから、きたな、ぁっん!」

 

 人が話しているにも関わらず鶴丸は、れろーとねっとり人のモノを舐め上げてくる。喉から悲鳴のような声が出てしまった。

 

「っ!ちょ、ちょっとストップ!・・・んんっ、つ、るさん!やめて!」

 

 必死に下に両手を伸ばして、鶴丸のゆったり動く頭に触れた。震える指をその髪に潜らせると、ちらりと上目使いで視線を寄越してきた。そして一度舌を止める。

 

「はっぁ、あ、うん。そうそう・・・いっかい、一旦止めよう、・・・ね?おねがいつるさん」

 

 止めてくれた鶴丸の髪をまだ震えたままの指で撫でてそう言うと鶴丸がにこっと笑ってくれた。これなら止めてくれるだろうと思ったのに、何故かそのままの姿勢で燭台切の中に埋まったままの指をぐにぐに押してくる。

 

「な、何っ。何で無言なの」

「・・・・・・」

「無言で口開けないでっ!やだって、言ってるだろ!指抜いて、そこからどいて!」

 

 鶴丸はもう十分に固くなり角度を上げている燭台切の前で口をかぱと、開いて見せた。今しがた生暖かい滑りを這わせていたものがそこにある。あれに屹立全体を包まれたらどうなってしまうだろう、そう考えただけで頭の回路が切れてしまいそうになる。だから必死に制止をかけるのに鶴丸は見せつける様に開いた口を近づけて来るのだ。

 

「や、やだやだ!おかしくなるから!それされたらおかしくなっちゃう!」

「・・・ふふっ、・・・ぁむ」

「~っんあぁっ!つ、るさんのばかぁあ!!」

 

 懇願を何故か恍惚の笑みで流され、無慈悲にも鶴丸の生暖かい口に包まれる。たったそれだけのことなのに瞬間的に、理性がその生暖かさによって溶かされた。

 

「んぅぅぅう~!!あっ・・・!うあ!そ、んなとこ、いやだぁ!」

 

 鶴丸の舌の動きがわかる。ねっとりと這われてちろちろと舐められて。その動きが見てもいないのに脳に描かれてますますおかしくなりそうだ。そんな事実を声を上げて否定していると、舌先で鈴口を舐めていた鶴丸が今度は全体を咥え直し口をすぼめて吸ってくる。

「ひ、ぃっ!吸っちゃ、吸っちゃだめっ、ぁっあ!やだ、だめっ、で、でちゃうから!」

 両手は鶴丸の頭を掴んだままだ。口を塞がなければ、そう頭の奥で思うのに、体が言うことをきかない。

 鶴丸が、前後に頭を動かし始める。その度にじゅぷ、じゅぷと音が響く。なんて卑猥な。一刻も早く止めなければならない。なんとか鶴丸の髪を引いて見てもそれは弱々しすぎてなんの妨げにもならなかった。それは達する前で力が入らないというのもある。しかしそれ以外に、鶴丸が舐めている下で動かしている、燭台切の中に入っている指。出し入れをしてある箇所を押される度に、背骨をくにゃくにゃにされたかの様な痺れが広がるのだ。

 もう何がどの刺激で快楽なのかがわからない。ただわかるのが、それは鶴丸が支配していることで、自分が支配されているということ。

 いつのまにか大きく開いていた足の間で、動く白銀の頭が滲むのをそう思いながら見ている。制止している筈の手が、鶴丸の動きに合わせて動いているのも。

 

「あぁっ、だめっ、本当にもう・・・っ!でちゃう、つるさん、口はなしてぇ!」

「ん、・・・っむぁ、出して、いいぞっ」

「やっとっ言うことが、それぇ!?だめだって・・・!つるさんの口がよごれ、あっ、指ぐりぐりしないでっ、おねがいつるさんっあっ、ああぁ―――!!!!」

「ぅ、っ・・・・・・んくむ、」

 

 何もわからなくなった頭の中で、鶴丸の頭の形と固さの感触がやけに残った。それは、最後に自分自身で鶴丸の頭を自身へと押し付けたからだと、放心から我に返ってから気づいた。

 

「・・・・・・さいっあく」

 

 手で目元を押さえて呟く。何故、快楽によって意志は役割を放棄する癖に、こうしてすぐ我が物顔で帰ってくるのか。帰ってこなければ困るのだが、ならばせめてその間に居座った、体に支配されていた時の記憶をちゃんと捨ててきてほしい。

 

「うぅ・・・・・・はしたない・・・」

 

 さっきまでの自分の言動が勝手に甦ってくる。口を押さえることも忘れあられのない声を上げ、口で否定の言葉を吐きながら最後は自分自身で鶴丸の頭を押し付けていた。あさましい、はしたない。本気で自分の矜持が粉々になった気分だ。

 

「どうした光坊?気持ちよかっただろ?」

 

 そんな自分を両手で顔を覆って嘆いていると、飄々とした声が聞こえてきた。

 燭台切がみっともなく乱れるのは燭台切のせいであって誰のせいでもない。例え鶴丸の行為によって痴態を晒されたとしても、それは練習を承諾した時点で納得しておかねばならないことだ。鶴丸は事前にすべて説明をし、それでも大丈夫かと聞いてくれた。そんな鶴丸のせいである筈もなかった。

 それでも、一人だけけろっとした態度を取られると腹が立つ。未熟で情けない話だが、腹が立つわけだ。

 

「つ、つるさん~!!!」

「いでぇっ、って、うわっ!?」

 

 だから鶴丸が上半身を起こし燭台切の顔を見ようとした時、肩に担がれていた自身の膝を大きく持ち上げて、膝下を降り下ろした。踵で鶴丸の背中を強打した。完全な八つ当たりだった。

 背中から押された鶴丸が倒れ込みそうになって慌てて燭台切の顔の横に両手をつく。片足が更に深く持ち上げられたが気にしない。それより鼻先が触れ合うほど近くにやってきた、見開く金の両目を恨めしげに睨んだ。

 

「っ、な、なんだ光坊」

「鶴さん、あれでしょ。ちょっと戦場にいる時みたいになってただろ。僕の制止全然聞いてくれなかった」

「あー、ほら、いやよいやよも好きの内的な感じなのかと思って。・・・・・・気持ちよくなかったか?」

「そ、そういうわけじゃない、けど。でも、ちょっと急だったから・・・・・・」

 

 自信なさげに言われると強く出られない。それに気持ちよかったか、それとも気持ち良くなかったかと聞かれれば前者だ。鶴丸の練習に関することは正直に答えなければ練習の意味がない。

 

「前に君が言っただろ。君に確認を取る必要ない。俺の練習なんだから。俺がしたいようにしていい。って。違ったか?それに君に合わせて練習が滞ったら、全然協力出来てない・・・・・・って落ち込むのは君だろ?」

「そ、れはそうだ、ね・・・・・・。うん、確かに」

 

 鶴丸の正論に頷く。だけどちょっぴり拗ねた思いが口を開く。いや、違う。たぶん鶴丸に対する甘えがそうさせた。

 

「でも、誰にでも守りたい一線とか、壊したくない矜持があるっていうかさ?それは鶴さんの好きな子も一緒だと思うんだ。あんまりやりすぎると、・・・・・・嫌われちゃうかもよ?」

 

 鶴丸は笑うと思った。燭台切の甘えなんて見透かしているだろうから、年長者の余裕を見せて「肝に銘じておこう」とかなんとか楽しそうに。案の定鶴丸はふっと笑う。

 

「そうか、嫌われちゃうかぁ」

「うん。自分に不利益なことをしてくる人を好きになる人はあんまりいないと思う」

「君も?俺を嫌いになっちゃうか?」

「僕は・・・・・・」

 

 目の前の顔をまじまじと見る。どうだろうか。鶴丸が自分にどんな不利益なことをしてくるかなんて想像も出来ない。鶴丸は他人を傷つける男ではない。

 しかしもし何かされたとしても。今は練習での出来事だったが例えば本当に無理矢理矜持や尊厳を粉々にされたとしても、きっと。

 

「僕は話が別だよ。鶴さんは僕にとって身内。僕たちは家族、だからね。家族は嫌いにはなれないよ」

「・・・・・・仲が良すぎるのも考え物だな」

 

 燭台切の言葉を受けて鶴丸は心底困ったように笑った。

 実際困った奴だと思ったのかもしれない。いくら身内とはいえ警戒心や緊張感を忘れるなんて。他者にいいようにされても嫌いになれないなんて、それぐらいの誇りしかもっていないのかと。

 けれど何度考え直しても燭台切に鶴丸を嫌うなんて無理だと思った。

 

「あの・・・・・・、鶴さん」

 

 なんと答えようかと迷っていると、そんな燭台切に気づいていないのか、もしくは話に区切りがついていたのか鶴丸が鼻先同士をくっつけてきた。

 

「なぁ、君が出したもの、全部飲んだんだぜ?」

「!?なっ、は、吐き出さなかったの!?」

「ああ。・・・・・・教えてやろうか君の味」

「え・・・?んむっ!?」

 何を言われたか理解しようとする前に、目の前の金が隠れるのが見えて、自身の唇が何かによって塞がれた。それはどう考えても鶴丸の唇だ。

 

「は、ん・・・ぁ」

 

 角度を何度か変えられて、思わず開いた唇にぬるりと、鶴丸の舌が入ってくる。それは先ほどまで燭台切自身をねぶっていたものだと気づき、思わず嫌悪感から噛んでしまいそうになる。それを我慢すると尚更大きく口が開き、結局鶴丸の侵入を受け入れる形になってしまった。

 

「ふぁ・・・ぁ、ん・・・」

「んぁ、・・・は、」

 

 入り込む舌が、燭台切の舌を捕まえた。しかし精の味はほとんど消えていたのか味は不快な味は何もしない。だからか感覚は味ではなく、鶴丸の舌の方ばかりを追っていた。絡められた舌同士、そこから伝う唾液、柔らかい弾力で口の中を満たされなぞられるとぞくぞくしたものが体の爪先から頭のてっぺんへと駆け上る。

 

「・・・ん、これも、練習しないとなって思ってたんだ」

「んぇ・・・?むぁ・・・」

「口吸い、」

 

 最後に舌をちゅうと吸われて鶴丸の唇が離れた。はぁはぁと息が上がっていた自分に気づく。突然のことに受け入れることだけしか考えられなかった。

 

「次から口吸いの練習もさせてくれな」

「うん・・・・・・」

 

 ぼんやりした頭で頷いた。口吸いも性技のひとつであると説明を受けた時、愛情表現ならともかくたかだか口吸いで快感を引き出せるのかと思った。しかし確かにこれも褥では必要なことだろう。実際感じた、舌先の痺れを擦り合わせた時の背中を走るぞくぞくや、いつの間にか夢中で舌を絡め、もっと口の中を満たしたいと思ってしまう中毒性に納得した。

 どうしてまた急に、と思わないこともなかったが自分に指を埋められることや、性に直接舌を這わされることに比べれば口吸いなど些細なこと。練習が必要だと鶴丸が言うのなら必要なことなのだろう。ぼんやり頭で深く考えることでもない。

 頷く乱れた頭を鶴丸がなでなでと触る。いつの間にか労りの表現になっていた。

 鶴丸の体が完全に離れ、はぁ、ふぅと緩やかに上下する胸を、白い手が着流しを整えることで隠した。

 

「あれ、今日終わり?」

「ん。終わり」

「でも・・・・・・鶴さん、まだだよね?いいの?」

 

 自分ばかり二回達したが、鶴丸はまだ一度も達していないことに気づく。口吸いをしている間に布越しに当たっていた感触は鶴丸の昂りだったのだと言うことも。

 絶頂に導かれる感じが未だに戸惑うし、自分で制御出来ないものがせり上がるのはやはり、嫌だと叫びたくなる。だが、たぶん達せないとなれば、どうか出させてほしいと懇願してしまう。それほど体の性的衝動や刺激からの快楽というものは強烈なのだ、いっそ暴力的なまでに。我慢できるだけ、痛みの方がまだましだ。

 だから鶴丸がその衝動を押さえているのなら辛いだろう、そういう意味を込めてこのまま終えていいのかと問いかけた。

 

「俺は大丈夫。気にしないでいい」

「でも、」

「そのうち治まる。君くったりしてるぞ、だから今日は終わり」

 

 衣服を整えてくれた鶴丸が、燭台切の背中と膝下に手を差し込む。よっ、と声を出して、布団に対して横向きになっていた燭台切の体を正しく布団へ横たえた。思いきり持ち上がられた訳ではないが、ちょっと驚いた。そういえば俵担ぎされたことがあるんだったと思い出したのは、掛け布団までかけられた後だ。

 

「そっか、視覚的刺激もなければ鶴さんもすぐ治まるんだもんね。どうするんだろうって心配しちゃった」

 

 燭台切と違って、刺激を与える方の鶴丸が触らずにそこを昂らせるのは視覚的刺激への反射や好いた相手を想定した行為という興奮からだろう。

 つまり、練習が終わればすぐに体も冷めるはず。口吸いで反応しかけていた燭台切の体がもうなんとも無いように。燭台切と鶴丸の間には恋も欲も本能もない。だから練習が終われば余韻もなく正常に戻れる。刺激がなければ反射もないわけだから当然だった。

 これが好きな者同士であればまた違うのだろうが。

 

「・・・・・・どっちにしろ我慢には慣れてる。片恋をすると否が応にも演技力や忍耐力が磨かれていくから、なっ」

「あだっ。何でいきなりでこぴんしてくるの」

「安眠のおまじない」

「絶対嘘」

「かもしれない」

「あー、それずるい」

「ずるくて結構。奸計巡らしてこその恋の駆け引き!ずるいは褒め言葉さ!・・・・・・とにかく、今日はもう休みな」

 

 鶴丸が柔らかな眼差しを携えて掛け布団をぽんぽんと優しく叩いてくる。

 今日の練習は怒濤で体力的にも精神的にも大分消耗していた。布団の柔らかさと鶴丸の優しさがとても心地よく染み入る。

 自分は女体ではないから妊娠もしないし好きな相手もいない。何より鶴丸に頼まれたからと、体の練習を付き合うと言ったが、人と人が体を結ぶと言うことは予想以上に大変なことなのだなと思う。

 自分の身が女であれば鶴丸も自分もこんなに苦労もせず練習が出来たのかもしれない。

 しかしもしそうであれば燭台切はいくらなんでも練習を断っていたし、鶴丸が好きな相手も男体なのだからそんなこと考えても仕方のないこと。そして鶴丸はそんな苦労があったとしても好きな相手と体を結びたい、繋げたい、ひとつになりたいと思っているのだ。

 優しい眼差しにそんなことを、疲れた頭で考えていた。

 

「・・・・・・うん。ありがとう、本音言うとちょっと眠たかったんだ」

「灯りは消しとくからな。おやすみ」

「おやすみ、鶴さん」

 

 目を瞑るとまもなく明かりが消えたのが瞼越しでもわかった。眠気は急速に燭台切を夢の世界へと連れていく。

 薄れていく意識の中、ふわっと頭が軽く持ち上がる感覚。ぱち、と後頭部で鳴ったのは聞きなれた金具の音だった。

 以前鶴丸に言った、眼帯を取り忘れて眠ると次の日後頭部が痛いのだと言った燭台切の話を鶴丸は覚えていたのかもしれない。そして、人前では眼帯を外さない燭台切を知っているから、わざわざ見えにくい暗闇の中で眼帯を外してくれた。

 ふわふわする感覚にその心遣いは直接伝わる。

 

「やさしい、ね」

 

 ありがとう、とまでは言葉に出来なかった。鶴丸の指だろうものが前髪を掻き分ける感覚を最後にとうとう眠りに落ちてしまったから。

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