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「燭台切さん、こっちは貼り終わりました」

「ありがとう、小夜ちゃん。こっちももう少しで終わるよ」

 燭台切の自室。文机の上にずらりと並んだカップ達。その数61。似たような形のものが並び一見全て同じものにも見えるが、よく見れば柄が違う。

 

「主も買ったなら買ったって言ってくれればいいのに。いきなり大量のカップが届いたら驚くよねぇ」

「娘さんのカップを買う時に僕たちの分も一緒に買ったらしいです。『家族全員お揃いだー』って言ってました」

「嬉しいけど、気が早いよね。娘さんがカップ使うのまだまだ先だと思うけど」

 

 本日玄関に届いた『割れ物注意』の数箱の段ボール。たまたま玄関近くで箒を掃いていた小夜がそれを受け取った。そのままでは邪魔になるとちょうど通りかかった燭台切が自室へと運んだのだ。その間に小夜が主へと状況の確認へと行ってくれ、この段ボールの正体と理由がわかって今に至る。

「燭台切さんがきてくれて良かったです。僕一人だと、持てなかったから・・・・・・ありがとうございました」

「お礼なんていいよ。力仕事は得意だしね。小夜ちゃんが呼んだらすぐ駆けつけるよ。困った時はいつでも呼んでね」

 結った髪が頭を下げることで揺れる。机を挟んでいなければ撫でていたぴょこんとしている頭を可愛いと思いながら笑いかける。それによって小夜がはにかむのがまた可愛い。

「でも・・・・・・大丈夫かな。皆のカップ、僕たちが勝手に決めても」

 小夜が今自分で貼った宛名シールを指でなぞる。そこには『江雪』と書いてある。

 本丸の人数は60を越えている。燭台切と小夜がここでしていた作業は、各自が間違わない様に全てのカップに宛名シールを貼る、というものだ。

 皿なども共用であるし、カップも共用で良さそうなものだが主は『それじゃあ専用カップの意味ないだろ!』と納得しなかった。

 物に名前を書いて、自分のものにする。ただのひとつから特別の物へと昇華する。それを物である自分達がするのは不思議な感じだが、悪い気分ではなかった。特別にしてもらえるのはやはり嬉しいものだ、きっとこのカップ達もそうだろう。

 

「気に入らない人は各自で交換してもらおうか。皆にもそう言っていこうね」

「はい」

「それにしても、ふふ、小夜ちゃん達の柄、お揃いなんだね」

「そういうつもりじゃなかったんだけど・・・・・・気づいたらそうなってました」

 

 自分達兄弟のカップを見つめながら照れて頬を赤くする。ここに彼の兄たちがいれば左右からぎゅうぎゅうと抱き締めていただろう。

 

「燭台切さん達、伊達の刀剣もお揃い・・・・・・ですね」

「あはは、僕もそういうつもりなかったんだけど、気づいたらね」

「仲良し、ですね」

「そうだねぇ、兄弟刀でもなんでもないけどもうすっかり身内だからね。・・・・・・よしっ、こっちも貼り終わった。ごめんね小夜ちゃん、悪いんだけどこれ一度箱に戻すまで手伝ってくれるかな。そうしたら僕が厨に運ぶから」

「あ・・・・・・燭台切さんはいいです。僕が持っていきます。ここまで全部運んでもらったし・・・・・・」

 

 小夜が控えめにしかしはっきりと遠慮をする。

「そんなこと小夜ちゃんにさせられないよ。言ったでしょう、力仕事は得意なんだ」

「でも、」

「みっちゃーん!鶴さん来てるかーい?」

「貞ちゃん!」

 

 開けた自室の向こうの廊下に少年の姿。片手に携帯ゲーム機を持った太鼓鐘が立っていた。そしてそのまま部屋へと入り中をきょろりと見渡す。

 

「なんだ、鶴さんいないのか。っていうか何してんのみっちゃん、小夜ちゃんも。何だいこの大量のカップ」

「主が僕たちに買ってくれたんだよ、今宛名シール貼り終わって厨に持っていこうとしてた所」

「ふーん、主も面白いことすんなぁ。これ一回箱の中に戻せばいいのかい?」

「はい・・・・・・あ、ありがとう」

「いーってことよ!というか俺たちのだし、こっちもサンキューな!」

 

 太鼓鐘は携帯ゲーム機を畳に置いて箱の中にカップを戻していく。太鼓鐘も顕現して随分立つ。最初の頃より、大分自然に優しさを表に出せるようになった。「この柄ド派手だなー!格好良い!」「そうですね・・・・・・」と話をしながら二人が作業をする姿を嬉しい気持ちで見ながら燭台切も同じ作業をする。

 

「燭台切入るぞ、鶴丸はここにいるか?・・・・・・いない様だな」

「長谷部くん」

 

 紫色のカソックとストラがヒラリと目の端に写ると同時に声を掛けられた。顔を上げると部屋を見渡して、一人納得している長谷部がいた。

 

「ここにもいないか。当番表が完成しないじゃないか。何処に行ったんだあいつは・・・・・・。って、お前達何をしている。なんだこの大量のカップは」

「主が買ってくれたんです・・・・・・僕たち全員にって」

「長谷部くんのもあるぜ!ほら、これ!」

「な、何ぃ!?主から賜り物だと!なんと、何と慈悲深いのですか主!姫君が生まれたばかりだというのに俺たちにまでお心を傾けてくださるとは!」

 

 長谷部はいきなり両膝をつき、祈るように手を組む。まるでそこに主がいるかの様に天を仰いだ。

 

「みっちゃーん。これ全部詰め終わったからちょっと持っていってくるー」

「貞ちゃん!重いでしょ!いいよ、僕が持っていくから!」

「いいよいいよー。これくらい持てるって。おーい、長谷部くん。そこ邪魔だぜー。どいたどいたー!」

 

 長谷部が急にトリップすることはいつものことなので気にはしないが通行の邪魔には苦言を呈する。長谷部も慣れたもので声を掛けられた瞬間に我に帰り、すっくと立ち上がる。そしてそれだけではなく太鼓鐘が持っていたカップが入った段ボールを、何も言わず取った。

 

「わ、長谷部くんっどうしたんだよ。俺持てるって」

「持てないとは思ってない。俺はこの部屋を立ち去るからついでに持っていこうと思っただけだ。これ、何処に持っていけばいい」

「く、厨だけど・・・・・・」

 

 戸惑いつつ太鼓鐘が場所を告げるとわかった。と長谷部が頷く。そして太鼓鐘から視線を燭台切へ移す。

 

「燭台切、鶴丸が来たら後でもいいから俺の所に来てくれと言っておいてくれ」

「うん、わかった。でも、忙しい所にごめんね長谷部くん」

「謝るな。いい加減他の者にも頼ることを覚えろ。逆に世話が焼ける」

「えっと・・・・・・?ごめんね、じゃなくてありがとう、ってことかな?ありがとう長谷部くん」

「ありがとうな長谷部くん!」

「ありがとう、ございます」

「ん」

 

 三人分の言葉をしかと受けっとったとでもいう様にこくりと頷き、長谷部はそのまますたすたと去っていく。三人でそれを見守った。

 

「長谷部さん・・・・・・優しいですよね」

「そうだね、本人は認めないだろうけど」

「やっぱちょっと伽羅ちゃんに似てるよな」

 

 話ながら作業を進める。するとすぐ残りの箱も埋まった。長谷部が持っていった段ボールよりちょっと大きいものが二つ。

 

「よっしおーわり!小夜ちゃん、こっち一緒に持って行こうぜ」

「わかりました」

「うーん。それ、二人で持てるかなぁ」

 

 二人と言えど小柄な二人。段ボールを持てたとしても途中で落としてしまわないか少し心配だ。運ぶ気満々の二人には悪いが、自分が二往復するかと考えていると、またもや部屋の入り口に気配を感じる。しかも、二人。

「お邪魔しマス。鶴丸はここに居マスか?」

「村正さん、蜻蛉切さん」

「オヤ、居ないようデスね。ここなら居ると思ったのデスが外れた様デス」

「村正、やはり探し回るより燭台切殿に伝言を頼んだ方が確実だぞ」

「むぅ・・・・・・仕方ありまセンね。早くこの気持ちを表現したかったのデスが・・・・・・脱いで」

「脱がんでいい」

 

 どうやら二人も鶴丸に用がある様だ。鶴丸は本丸中を流れ歩いているので中々所在が掴めない。その中で比較的出現率が高いのが何故か厨か燭台切の部屋。だから鶴丸に用があるものは大抵燭台切の元を訪れるのだが、この二人が鶴丸に用があるのは珍しかった。

 

「どうしていつも止めるのデス。裸の付き合いと言う言葉を知らないのデスか。お肌の触れ合い回線は心をもこじ開けるんデスよ。感謝を伝えるならそれが一番伝わりマス」

「だからと言ってどこそこで脱がれれば皆戸惑うだろう。それに畑当番で汚れたと言って場所も考えずお前が脱いだから、服を風に飛ばされることになるんだ。鶴丸殿が見つけてくれたから良いものの」

 成程。脱ぎ癖がある千子の服を、本丸中を歩き回っている鶴丸が見つけたらしい。確かに鶴丸は色んなものを拾ってきては燭台切や大倶利伽羅や太鼓鐘に見せてくる。今回も他の者では見つけられない様な所から千子の服を見つけてきたに違いない。

 ポカンと見つめる三人を気にせず二人は軽い言い合いをしている。その割りに千子の顔は楽しそうで、仲が良いなぁと微笑ましくなる。

 ただ、衣装の話題が出れば太鼓鐘が黙っている筈もなく。それはいけねぇなぁ!とからっとした少年の声を上げた。

 

「村正さん、衣装は大事にしないとダメだぜー!せっかく個性的でいいセンスの服なのに!」

「むむぅ。太鼓鐘が居ましたか・・・・・・ここは分が悪いデスね。燭台切、鶴丸が来たら後でもいいのでワタシに教えてください。直接アリガトウと言いマス。蜻蛉切が煩いので言葉で」

「ふふ、それがいいかもね。オーケー、二度手間になるのもなんだし、鶴さんが来たら村正さんが探してたって言っておくよ!」

「すまないな、・・・・・・所で皆して何をしているんだ?その箱は?」

「ん、cupの様ですねぇ」

 

 蜻蛉切が口に出すと、千子も興味を引かれたらしく封をしていない段ボールの蓋を開く。

 

「主が皆に買ってくれた!もちろん二人の分もあるぜ!みっちゃんと小夜ちゃんが宛名シールを貼ってくれたから今から厨に持っていく所なんだ」

「ちなみに・・・・・・お二人のはお揃いです・・・・・・これと、これ」

 

 ちょうど開けた箱の一番上にあったらしく小夜が取り出して二人に見せる。

 

「oh、これはラブリーなウサギデスね!蜻蛉切、ホラ、お揃いですよ!」

「自分には可愛すぎる気がするが・・・・・・」

「そんなことないです・・・・・・似合って、ます」

「そうデス!何を言いマスか!似合いマス!」

 

 可愛い兎柄のカップを見せられ戸惑う蜻蛉切に小夜が静かに、千子が大きく否定をする。蜻蛉切が、そ、そうか?と気圧されている。思わずくすくすと笑ってしまえば、蜻蛉切が恥ずかしげに、ごほんっと咳払いをしてみせた。そして小夜と太鼓鐘の間にある段ボールをひょいと持った。

 

「厨に持っていけばいいのだな、村正。お前もひとつ持て」

「えー・・・・・・と言いたい所デスが、仕方ありまセンねぇ」

「い、いいよいいよ、二人とも!僕が持っていくから!」

「騒がせたせめてもの詫びだ。それにこれは自分たちの物でもあるからな、特定の誰が持っていかなければならぬと言う物でもあるまい」

「そーゆー事デス。ああ、気にすることはありませんよ、燭台切。蜻蛉切はこの無駄に鍛えた筋肉を活用したいだけデスから。ホラ行きマスよ、蜻蛉切」

「わかったわかった」

 

 fufufu~♪と鼻唄を歌いながら千子が先に部屋を出る。蜻蛉切は苦笑いでそれについていく。「早速今日から使いまショウ。柄が同じの色違いだから間違えたら間接kissデスね~」「また変な事を言い出すな、お前は」と言う会話が遠くなっていった。

 

「なんだか、長谷部君にも二人にも悪いことしちゃったな」

「いいんじゃねーの?たまたまのタイミングで来てくれただけだし。それに皆が元気に重い荷物持てんのも、毎日みっちゃんの美味い飯食ってるからだからだしさ」

「そう、思います」

「でも・・・・・・」

「気にすんなってみっちゃん!そんなこと気にするより俺に構ってくれよ!」

 

 机の反対側にいた太鼓鐘がててて、と近寄ってきて後ろからぎゅむっと抱きついてきた。

 

「俺、今悩み過ぎてて元気すくねーんだ!みっちゃんのエネルギー充電させてくれ~」

「悩み?貞ちゃん何かあったの?」

「ゲームで詰まった!」

「あはは、なぁんだ良かった」

「全然良くないぜ、みっちゃん~!」

 ぷくぅと膨らんだ柔らかな頬を自分の頬に押し付けられる。掠る髪のくすぐったさとその感触に笑っていると小夜も近づいてきた。触れてはこないがすぐ触れられる距離に立つ。

 

「あの、さっき太鼓鐘貞宗さんの言ってた通りです。・・・・・・僕も、兄様達も、うちの歌仙も燭台切さんにはお世話になってます。ご飯いつも美味しいです、あの、だから、困ったことがあったら、言ってください」

「小夜ちゃん・・・・・・」

「・・・・・・復讐だったら得意です」

「ふ、復讐はたぶん頼まないけど、ありがとう小夜ちゃん!嬉しいよ!小夜ちゃんは良い子だね!」

 

 両手を広げて小さな体を抱き締めた。咄嗟に受け身がとれない体は抵抗なく燭台切の腕の中にすっぽり収まる。

 

「わっ、危ないなみっちゃん!俺と小夜ちゃんの頭ぶつかる所だったぜ!」

「ごめんごめん、嬉しくって!小夜ちゃん、大丈夫?」

「はい・・・・・・でも、苦しいです」

 

 腕の中でもぞもぞと動く小夜。兄達に抱き締められ慣れているだろうが、燭台切の力では少々強すぎるらしい。ごめんね、と力を緩めて離そうとすると

 

「なんだなんだ、三人でさんどいっちごっこでもしてるのかい?」

「「「わぁっ!?」」」

「はっはっは!仲良く素直だなー君たち!」

 

 団子状態の三人の横に、まるでにょきっと生えるように白い物体が現れる。突然のことに揃って声を上げた。その声を受けて嬉しそうに笑うのは当然、鶴丸だ。

 

「鶴さーん!やっと来たー!待ってたぜー!!」

「おわっ、どうした貞坊大歓迎じゃないか!」

 

 いち早くショックから抜け出した太鼓鐘が燭台切から体を離し、現れた鶴丸に飛び付く。一瞬驚いた鶴丸だったが、飛び付いてくる体の背中に手を回した。そのまま嬉しそうに笑いながら、くるりと回ることで飛び付いてきた勢いを殺した。

 

「後藤くんとか愛染くん達に借りたゲーム!謎解きアクションRPGで詰まっちまったの!でも、答え聞くのは嫌だし、謎解き楽しみたいじゃん!だから、鶴さん、知恵貸してー!一緒に解こうぜー!」

「ははっ、そういうことか!いいぜー、どら、どっこいしょ」

 

 太鼓鐘が畳からゲーム機を拾い、再び鶴丸にくっつく。鶴丸が座り太鼓鐘の脇下に両手を差し込んで持ち上げ、自分の膝の上に座らせた。

 すっかりゲームを始める体勢だが、鶴丸に用事があってここを訪れたのは太鼓鐘だけではない。それを鶴丸に伝えなければ。

 

「鶴さん、長谷部くんと村正さんも鶴さん探してたよ」

「ん?そうか、急ぎか?」

「二人とも急ぎではないみたいだったけど、後でもいいって言ってたし。でも貞ちゃんの用事が終わったら行ってあげてね」

「了ー解。さて、貞坊?どういう所が詰まってるんだ?」

「幻の妖獣って言うのを捕まえて仲間にしないといけないんだけどさー」

 

 二人はひとつの画面を一緒に覗き込んで、ゲームを始めてしまった。兄弟と言うより親子の様で、微笑ましい気持ちになる。

 

「・・・・・・本当に仲がいいですよね」

「そうだね、って小夜ちゃんいいよ、片付けしなくても」

 

 燭台切が離さなかった為、燭台切の膝の上に収まるしかなかった小夜がそこから手を伸ばし文机の上の宛名シールの塵くずを集めていた。

 慌てて自分も倣う横で二人が和気藹々とゲームを楽しんでいる。

 

「こいつ!こいつが捕まえられねーの!捕まえようとすると村人が邪魔してくるし、こいつピンチになると結界張ってきて触れなくなんの!どうすりゃいいと思う?」

「んー。まずはやっぱ場所じゃないか?邪魔が入らない様に周りに人がいない所に誘導すべきだな。ただし自分で追いたてるなよ、警戒されるから」

「餌を持っていってる村人を誘導すればいいのかなー。いたいた、こいつだ」

 

 二人で話しながらだとさくさく進むらしい。この分であれば長谷部達をそこまで待たさずに済みそうだ。そんなことを考えていると机の上はすっかり綺麗になっていた。

 

「小夜ちゃんありがとう。助かったよ、お礼と言っちゃなんだけど一緒にお茶していかない?お菓子もあるよ」

 

 既に燭台切の膝の上から退いてしまった小夜の頭を撫でていると、小夜ではなく違う所から待ったがかかる。

 

「待て待て光坊、茶菓子はちょっと待っててくれ」

「何で?」

「いーから。おっ、出来たじゃないか貞坊、その場所は良さそうだぞ」

 

 待っただけかけてゲームの世界にそのまま戻ってしまった。小夜と目を合わせて肩を竦めた。

 

「ごめんね、小夜ちゃん。鶴さんが待ってほしいみたいだからちょっと待っていてくれるかい」

「僕は・・・構いませんけど。伊達の所に居すわっちゃっていいんですか。大倶利伽羅さん呼んできましょうか」

「ああ、伽羅ちゃんはね珍しい雄の三毛猫がいるって、嬉々として出ていったから帰ってくるのはもうちょっと後なんだ。それに小夜ちゃんは誰の変わりって訳じゃないよ、僕の話し相手になってくれたら嬉しいな」

「じゃあ・・・・・・もう少しいます」

 

 小夜がいてくれると言ってくれたので四人分のお茶を煎れる。小夜に渡し、二人の近くにも置いた。

 

「貞ちゃん、鶴さん。お茶ここに置いておくからねー」

「サンキューみっちゃん。・・・・・・ああっ、ほら!これーこうやって見えない壁みたいな結界張んの!こうなると捕まえられないんだって」

「うーん、こりゃ厄介だなぁ」

「・・・・・・熱中してますね」

「だねぇ・・・っははは!同じ顔してる」

 

 二人とも画面に釘付けだ。むむむと同じ顔をしているのは見ているだけでおかしい。

 

「・・・・・・話しかけるのはダメなのかな」

「ん?」

「えっと、げぇむの話・・・・・・。触れないなら話しかけて、仲間になってほしいって言うのはダメなのかなって・・・・・」

 

 小夜は両手で茶碗を持ちながら視線を下げる。普段ゲームをしない小夜はゲームのシステム等しらないだろうから、自分の意見に自信がないようだ。今のも独り言の様だったし。

 

「成程、正攻法だね。悪くないかも。ねぇ、二人とも聞いていたかい?」

「聞いてたぜー。確かにこいつと遭遇する度、声をかけるかかけないかの選択肢が出るんだ。だから俺も何度も声をかけてみるんだけど、言葉が通じてないっぽいんだよなぁ」

「それじゃあ意味ないだろうな。相手に伝わらない言葉なんてただの音の羅列でしかない」

「んー、そういう道具があんのかなぁ。それっぽいイベントなかったけど」

 

 小夜の提起に二人はまたもや悩み始める。

 

「いいとこ突いてたみたいだね、小夜ちゃん」

「でも、違いました・・・」

「いやすごいよ。僕なんて二人の話聞いてたけど何も考えてなかった」

 お茶を飲む二人は、のんびりと会話を始める。温かいお茶が胃に落ちてホッと一息ついた。そうして自分も二人の手助けになることを考えて見ようと思考を巡らす。しかし燭台切もゲームなんてしないので何をどう考えればいいかわからない。そうすると思考は別の方へ。

 

「あ、」

 

 今さら、本当に今さらすぎるがそういえば昨日の夜鶴丸とここで初めての練習をしたことを思い出した。

 

「何か、思い付きましたか?」

「ううん、ごめん、何でもないよ」

 

 思い出したからといって特に何もない。小夜に言うわけもいかないし。

 鶴丸の顔をちらりと盗み見た。鶴丸も昨日のことなんてなかった様な顔をしている。

 

「鶴さん、これ周りに爆弾仕掛けちゃダメかな。何個かいっぺんに爆発させたら結界も壊れるんじゃねーの」

「貞坊。守りが固い奴っていうのは、怖がりなんだよ。乱暴なことはしない方がいい、警戒されたら元も子もない。無理矢理こじ開けるにしても気づかれないように時間をかけて少しずつすべきだな。水滴も長年同じ所に落ち続ければ石に穴を開けるんだぜ。雨垂れ石を穿つってな。一ヶ所でも穴を開けられそうなものないか」

「・・・・・・そういや、前の村で物々交換のイベントあったな。それの報酬が、魔法の錐だったはず!」

「それかもしれんぞ。それで少しづつ穴開けて・・・・・・、さっき回収した餌があったよな。あれを与えて手懐ける、とか?」

「それだぁ!!ありがとう鶴さん!道が開けたぜー!」

 

 会話をしていたかと思いきや、突然太鼓鐘が鶴丸の膝から立ち上がり、今度は正面から抱きつく。

 

「どういたしまして。貞坊、頭を使ったら脳が疲れただろう、厨に行ってみな。いいもんがあるぜ?」

「いいもん?それってカップ?」

「カップ?なんだそりゃ。ともかく何があるかは行ってからのお楽しみ。小夜坊も待たせたな、一緒にいっておいで」

「よくわからないけど・・・・・・わかりました」

「よし、小夜ちゃん行こうぜー。何があるんだろうなー」

 

 突然声を掛けられた小夜は戸惑いながらも立つ。既に廊下に出ている太鼓鐘の側に立ち「燭台切さん、色々ありがとうございました」と深々頭を下げる。そして太鼓鐘と並んで厨へと向かった。

 部屋には鶴丸と燭台切だけ残る。鶴丸も長谷部達の所へ向かうのかと思いきや茶碗を燭台切に差し出してくる。どうやらもう一服したいらしい。受け取ってお茶を煎れた。

 

「鶴さん、厨にいたの?」

「いたぞー、なんでだ?」

「長谷部くん達と会わなかったのかなって思って。さっき向かったばかりだったから」

「んあー、たぶん入れ違いになったな。俺、厨出てからさっきまで伽羅坊の所いたし。これ持っていってた。伽羅坊は八つ時だからって自分から厨に行ったりしないからな」

 

 袂からごそごそと何やら取り出す。そしてじゃーん!と両手に持ったものを燭台切に突き出す。

 

「何これ、ラップに包まれてる・・・・・・鯛焼き?鶴さん作ったの?鯛焼き器の場所よくわかったね」

「歌仙に聞いた!そしてこれはただの鯛焼きじゃないぜ!ろしあん鯛焼きだ!」

「ロシア鯛焼き?ピロシキみたいなものかい?」

「違う違う!当たり外れがあるのさ!さぁ光坊、選びな!どっちがいい?」

 

 鶴丸はさらにずいっと迫ってくる。当たり外れがあると聞いてしまったため少し迷ってしまう。鶴丸の言う外れ、は洒落にならない。

「・・・・・・じゃあ、こっち?」

「よし、食べてみろ」

「え、いきなり?」

「早く早く」

「わ、わかったから急かさないでよ。いただきますっ」

 

 鶴丸がきらきらとした目で見つめてくる。そんな期待に満ちた目で見てくるとは、一体何を仕込んだのか。しかし期待されているのに食べない訳にはいかない。えーいっ!と弾みをつけてぱくっと一口。

 

「・・・・・・おいひぃ。つぶあんだ」

「あー当たりだな、残念」

「残念って言わないでよ。あ、でも本当に美味しいよこれ。鶴さん一人で作ったのかい?」

「ちょこちょこ歌仙に手伝ってもらった!焼くのは全部俺がしたけどな」

「よかった、じゃあ外れもそんなにえぐいの入ってないね」

 

 話しながらもう一口ぱくり。ほどよい餡の甘さがとても美味しい。

 

「それはどうかな~。そもそも外れは君用にしか作ってない。これだけ特別」

「えー、これは嬉しくない特別だなぁ。何で僕にだけそういう嫌がらせするんだい。ひどくない?まぁ当たり引いたからいいけどさ。それにしても鶴さんが厨に立つって珍しいね、どうしたの」

 

 食べ終わってしまった。ちょっぴりまだ食べたい気持ちがあるが、それを言えば「相変わらずの食い気だな!」と言われそうなので我慢した。

 

「ぐるぐる脳を使ったら甘いものだろ」

「ん?」

「昨日の夜、ショック受けてたし、混乱してたみたいだったから」

 

 その一言に驚いて鶴丸を見る。いつの間にか鶴丸は燭台切の隣にいて頬杖をついてこちらを見ていた。

 

「これ、僕の為?その為にわざわざ皆の分も焼いたの?」

「一人分だけ焼くわけにはいかんだろう。せっかくだから皆にも食べて貰いたかったし」

「そうなんだ、ありがとう・・・・・・って言いたいんだけど、じゃあ外れとか作らないでよ。外れ引いてたらありがとうって言えない所だったじゃないか」

「普通じゃつまらんだろ!」

「そう言うと思ったけど!」

 

 もー、なんだかなぁ。いや、嬉しいんだけどねと呟くと、鶴丸が少し身を近づけてきた。

 

「んで、実際はどうだ?あまりのショックで熱出してないか?昨日髪も乾ききっていなかったしな」

「なんともないよ。昨日も平気って言ったじゃないか」

「君は無理するのが上手いから何度か確認する必要があるんだよ、どら、」

 

 そして燭台切の整っている前髪を潜って片手をぴたり、額につける。

 

「熱は・・・・・・ない、様な。ある様な・・・・・・」

「ないよ」

「わからん。もちっとちゃんと測らんと」

 

 鶴丸が腰を浮かせる。

 すると、こつんと額に固い感触。気づいた時には、燭台切の片側の視界に白銀の縁取りが広がる。どうやら鶴丸は額で熱を測ったらしい。

「・・・・・・ないな」

 

 白銀に隠れていた瞳がゆっくりと開くのが言葉通り目前で見た。ああ、美しいなと、素直に思う。しかし口は称賛を紡がず、不本意そうに尖る。

 

「だからないって言ってるのに」

「心配してるのに唇を尖らすなよ。もっと尖らしてやる、ぞっ」

 

 片手で頬を挟まれそのまま潰される。自然と唇が突き出てしまう。

 

「ひぁめてよ、ひぁっほはるひ」

「はははっなんて言ってるかわからん」

 

 鶴丸の笑った息が突き出た唇に掛かる。こんな時誰かが来たらどうするのだ。また『伊達組は距離感が馬鹿』と言われてしまうではないか。端から見れば口付けている様にも見えてしまう。

 いや、別に口がくっついてもなんとも思わないのだが、誰か知らないままの鶴丸の想い人が今やってくれば、誤解を受けるのではないだろうか。鶴丸と額をくっつけたままようやくそこに思い至った。

 しかし燭台切の懸念は懸念にすぎないまま鶴丸はすぐ体を離す。

 

「光坊も、本当に大丈夫そうだから俺も長谷部達の所へ行ってくるか」

「うん、いってらっしゃい」

「おー。と、そうだ。せっかく作ったから気が向いたらこれ、食べてくれ」

 

 鶴丸が燭台切の選ばなかった外れ鯛焼きを文机に置いた。

 

「・・・・・・これ、外れなんでしょう。それ分かってて食べさせようとしないで。鶴さん自分で責任持って食べなよ」

「遠慮するぜ!」

「遠慮しないで!」

「やーだ。俺は食べない。君が食べないなら誰かにやるか、捨ててくれ。んじゃ、光坊また夜になー!」

「あ、ちょっと鶴さん!・・・・・・行っちゃったよ」

 

 誰もいなくなった部屋で、鯛焼きをじっと見つめる。

 

「食べ物を捨てるなんて出来る訳ないじゃないか・・・・・・」

 

 かと言って外れと分かっていて他の者にあげる訳にもいかない。

「もー。せっかく嬉しかったのに、結局こうなんだよあの人。こんなことなら初めから外れ引いておけばよかった。これがどんなに美味しくなくても最後にあの当たり鯛焼きがあれば『ありがとう』って笑って言えるのに」

 

 と言ってしまっても、美味しい鯛焼きは胃袋の中だ。ここにあるのは外れ鯛焼き。

 あーあ。と言いつつ新しいお茶を煎れた。いざとなったら流し込むしかない。

「どうして鶴さん、僕の為にわざわざ外れとか作っちゃうかなぁ。そういう特別は嬉しくないよ・・・・・・、と言いつつ僕が食べるからいけないんだろうなぁ。・・・・・・いただきます」

 

 どうかハバネロとかわさびとかそういう再起不能系じゃありません様に!と願いながら小さくかぶりついた。

 

「・・・・・・?」

 

 もぐもぐと口を動かす。舌を殺す様な爆発は起きない。時間差攻撃か?と思い、自分がかぶり付いた所を見ると、その断面は鮮やかな緑一色。

 

「わさっ、・・・・・・び、じゃないな。これ、・・・・・・ずんだ?」

 

 もう一口ぱくり。認識したことで不明瞭だった味が輪郭を持つ。それは間違いなく慣れ親しんだ味。

 

「美味しい・・・・・・へぇ意外だ。鯛焼きにも合うんだ」

 

 顔が綻ぶのが自分でもわかる。単純かも知れないが美味いものを食べると心まで柔らかくなるのだ。

 外れ鯛焼きだった筈の物を美味しく完食。お茶をゆっくり飲んで満足げに一息ついた。

 

「ごちそう様でした・・・・・・それにしても鶴さん、なんで外れだって言ったんだろう。むしろ当たりじゃないか、これ。・・・・・・ああ、そっか。そう言えばずんだが一瞬わさびに見えるから僕が驚くと思った訳か。鶴さん、そういうのも好きだもんね」

 

 鶴丸が好きな驚きと言うのは大がかり仕掛けがあったり、派手な結果があったりするものばかりではない。巧みな話術を使って人を誘導し、思い込ませ、錯覚との落差に驚かせる、と言ったものも多いのだ。鶴丸の「俺、嘘は言ってないぜ?」という満面の笑顔を見たことがあるのは一人や二人ではないだろう。

 

「でも僕が捨てたり、他の人に上げてたら気づかなかったのに。確率に掛けた?違うな、あの人僕の行動パターンを把握してる。だからこその練習相手だし」

 

 本音を言うと自分の行動を操られる様に誘導されるのは好きではない。燭台切は自分の体や行動を自分の意志で制御したいのだ。感情のまま走るのがダメだと言う訳じゃない。むしろそれは好ましいとすら思う。しかしそれを自分がするとなると、後から必ず羞恥や後悔に悩まされるとわかっているので、自分はしないという話。

 己を律し、独りで立つ。そして他を支える。そういう自分でいたい。なのに鶴丸はこうして鯛焼きと言葉ひとつで燭台切を操る訳だ。

 

「本当、敵わないよ。あの人には」

 

 唯一の救いは鶴丸が燭台切の敵ではないということ。燭台切の兄貴分で、燭台切と燭台切の大事な仲間や大事にしていることを大切にしてくれていると言うこと。

 

「可愛がってもらってるからなぁ。こうして心配して大量の鯛焼き作ってさ、わざわざ当たりと外れまで準備して」

 

 今ごろ厨で鯛焼きを見つけた皆はきっと笑顔で美味しく鯛焼きを食べているだろう。珍しく鶴丸が作ったもので笑顔になっている皆の顔が浮かんで、ちょっと見に行きたくなってしまった。よいしょ、と口に出してしまいながら文机に両手を突いて腰をあげる。

 

「あ、鶴さんにカップのこと言うの忘れてた。伊達組お揃いだよって。いいや、あとで言えば。・・・・・・って、さっきから鶴さんのことばかり考えてるな、僕」

 

 昨日の夜からさっきまでほとんど鶴丸のことを考えていなかったのに、さっきからは頭のほとんどを鶴丸が占めている。

 身内についてあれこれ考える機会は少ない。何も考えなくても隣にいるのが当たり前で、感情より先に反射で応酬することがほとんどだからだ。それは信頼であり、甘えでもある。

 しかし鶴丸が体の練習を頼んできたあの夜から、何度となく鶴丸のことを反射ではなく、頭で考えている様な気がする。当たり前か。さすがに反射で付き合えることではないのだから。

 

 今夜は二回目の練習日だ。さて今日はどうなるか。昨日のようなみっともない状態にはなりたくないな、と思いながら燭台切は厨へと向かった。

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