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 口内の粘膜を擦り合わせれば息が上がる。胸を弄られ舐められると熱が煮えたぎり、最近ではそこだけで熱を放ちたいと体が反応するようになってきた。

 前はすぐ絶頂に導いてくれた白い手は、知らない振りで優しく添えるだけ。その上でそこに直接舌を這わせ、生暖かい口に含んでくるものだから頭がおかしくなりそうだ。

 燭台切が限界を迎えそうになると口を離し、少し落ち着いた所でまた再開する。そういう風に鶴丸が満足するまで口淫の練習は続き、終わればようやく精を放たさせてくれる。大体彼の顎が疲れるまでだから、時間としてはどれくらいのものだろう。熱を出せない快楽の波を感じている間は地獄で、永遠に続いている様にも感じてしまう。

 そんな感じだから一回の射精までに体力のほとんどは消耗されていて、鶴丸が燭台切の中に指を埋めていく間も抵抗感を感じる暇がなかった。毎日の練習の賜物と言って良いくらい手際がいい。気づいた時には、爆発するような快感が訪れる訳だ。

 

 今日もまた気づけば顔を布団に伏せていた。腰だけ高く持ち上げ、鶴丸に向かって突きだしている。絶対に嫌だと思っていた体勢を当たり前の様に取っていて、枕を喘ぎと涎で濡らす。

 

「相変わらず先走りがすごいな・・・・・・よほどここが気持ちいいんだなぁ」

 

 ゆるりとしている鶴丸の声もほとんど耳に入らない。くぐもった自分の喘ぎを遮るには、その指の水音よりも大きなものでなければ。

 鶴丸が一番強い刺激を与える所から少しずらして中を擦ってくる。燭台切が中で快楽を拾う様になってから、鶴丸は執拗に焦らしてくる様になった。

 今夜も我慢出来なくなった燭台切が、枕から顔をあげてお願いだからイかせて、と懇願してようやくその場所を押してくれる。

 そして燭台切の体は勝手にもっともっとと腰を揺らしてそのまま絶頂を迎える。ここ数日は大体がこんな感じだった。

 今日もおおよそ同じ流れで来ている。鶴丸の指を締め付け、全身をびくびくと震わせて絶頂の余韻を感じていた。前には触れていないが精を放っていて、また明日もシーツを風呂場で手洗いをしなければならないと抜かれる鶴丸の指を感じながら朦朧とした中そんなことを考える。

 

「光坊、大丈夫かー」

「あ・・・・、は、ぅ」

 

 力なく、上げていた腰も崩れ落ち全身を布団に委ねていた。鶴丸がいつもの様に労りで頭を撫でてくれながら、問いかけてくるが返事が出来ない。

 しばらく息を整えていると、段々と睡魔が襲ってくる。

 

「・・・・・・ん、」

「こらー、寝るなっ。疲れてるとこ悪いが、今日は頑張るって言っただろうっ」

「へぁ?」

 

 着流しが乱れて半分だけ出ている背中をぺちと叩かれる。閉じていた目を開いた。そういえば昼間頑張るとかなんとか話した気がする。

 

「そ、そうだった、そうだった。今日は頑張るんだったね。えっと、何を頑張るんだっけ?」

「今日は挿入れる」

「んぇ?」

「俺のを、挿入れる」

「俺、の?・・・・・・、ぇ、ええーっ!今からぁ!?何でこんな疲れてから言うんだい!っていうか心の準備って言うのがあるじゃないか」

 

 思わず布団に両手をついて伏せていた体を起こす。鶴丸に散々焦らされてから二回の射精をした体は力があまり残っていない。恨めしげに見てしまうのも仕方がない話だ。

 

「そういう余計な心の準備すると上手くいかないんだって。こういう時にやったほうが絶対良い」

「そりゃあね、鶴さんは僕を苛めて楽しんでるからいいよ?僕は苛められて体力残ってないの」

「はいはい、文句言わない。誰も上に乗れって言ってるわけじゃないんだから。君は、そこに寝てるだけでいい」

「最低だー!それ好きな子には絶対言っちゃダメだからね!」

 布団と燭台切の腹の間に両手を突っ込んで、ていっと器用に回転させられる。背中が布団にぼふ、と優しく包まれるのを感じた。

「ねぇ、明日じゃダメなの?なんかなし崩しじゃない?」

「・・・・・・なんだ、ムード作ってきた方がよかったか?」

「そ、ういう訳じゃないけど」

 

 自分は何に拘っているのだろう。確かになし崩しだろうがなんだろうが、自分は練習に付き合っているだけだ。疲れているのは確かだが、仕切り直さなければならない理由には弱い。

 

「今ならいける気がするんだ」

 

 迷う燭台切に鶴丸が真剣な顔で言う。

 今ならと言うのはどういう意味か。燭台切の体の準備が、ということだろうか。それとも、と考えて、そうか鶴丸の心と体の準備かと思いつく。

 いくら練習と言っても好いた相手ではない者を抱くのだ。視覚的興奮や妄想では限界がある筈。だがいつもと同じ流れであれば、いけるということだろう。勢いはとても大事だ。

 弟分の前で萎えて勃たない姿を晒させるのも酷な話。鶴丸に恥を掻かせるのは本意ではない。

 まだ情交の匂いが残る今であればそんな事態にならないと思いたいが。

 

「わかった。鶴さんの言うとおりにする。ちゃんと付き合うから、鶴さんも頑張って」

「お、おう」

 

 肘をついて上半身を少し起こす。そして両膝を立てた。鶴丸がその間に体を滑らせる。鶴丸がそこにいるのも慣れたものだ。

 

「大丈夫?勃つ?足でぐりぐりしてあげようか?」

「な、何プレイだよそれ。いらんっ」

「だって、鶴さんの鶴さんが・・・・・・・」

「ちょっと黙っててくれないか。つかまじまじ見るな。寝てろ」

「何で怒るんだよ。人が親切で言ってるのに・・・・・・、もういいよ準備出来たら言って」

 

 後頭部を枕につける。眼帯の金具が後頭部を擦るのが気になった。練習の後、燭台切が疲れ果てて眠る時、鶴丸はいつも灯りを消してから眼帯を外して帰ってくれる。

 だが今はそのままだ。聡い鶴丸が気づいていない訳がない。恐らく灯りがついているから、外してこないのだろう。燭台切に気を使って。

 別にいいのに。

 あるのは何も写さない金のガラス玉だけ。他の者にはあまり見せたいとは思えないが、鶴丸にならば灯りの下で見られても構わない。きっと散々みっともない姿を見られているから、今さらガラス玉ひとつと思うのだろう。

「・・・?う、わっ」

 

 そう思っていると突然両方の膝裏を捕まれ折り畳まれる。汗ばんでいる気がする手に驚いて視線を下げると、自分の太もも越しに鶴丸の姿。

 

「っ!?」

 

 途端、さっきまで鶴丸の指が埋まっていたその入り口に固い先端が擦り付けられる。自分のそこが、訪れた熱に待っていたと言わんばかりに吸い付くのがわかる。思わず顎が上がる。金具で頭が擦れた。

 

「じゅ、準備出来たら言ってって、言ったのに・・・・・・!」

 

 鶴丸が恐らく腰を離したのだろう。名残惜しそうな自分の音がした。

 

「・・・・・・ひくついてる」

「ばっ、そういうの、普通言わな、ぁっ」

 

 また固い熱が先端で、入り口を擦る。ぞくぞくぞくと走るものに、たまらなくなって思わず人指し指を口に突っ込み下歯に引っ掻けた。

 

「ぁ、や、」

 

 緩く先端を入れて抜かれる。もどかしい。早く中のあの部分を押してくれと体が燻り始める。

 もどかしい。もどかしいのだが、先端の大きさが予想以上に、

 

「そ、れ。はいっ、る?」

「・・・・・・挿入れ、るっ」

「うぁっ!?ぁ・・・はっ・・・、!」

 

 膝裏を持っていた手に強い力が込められると同時に先端がぐぷと埋まった。しかしその指とは明らかに違う熱と質量に息が詰まった。

 

「は、っ光坊、力抜け」

「う、む、無理だよっ、だって、おっき、っぃ・・・・・」

「少しずつだから。大丈夫、だろ」

「んぐ・・・ぅっ、待ってよ・・・!はいらない、って、ばぁっ!」

 

 鶴丸は腰を進めるが鶴丸の先端だけを締め付けてしまい、中は少しずつしか受け入れない。

 それなのに鶴丸が腰を進めてくるものだから内側から押し込まれる息苦しさに呻く。しかし先ほどまで指が入っていたからだろうか、痛みはなかった。

 だが、

 

「なんか、なんか・・・、いやだ、」

 

 そこの快楽を知っているのに。鶴丸が入り込んでくるまでは熱が燻り始めていたのに。鶴丸が中に少しずつ侵入してくる分だけ、燭台切の熱が消えていった。代わりにざわざわとしたものが、外から内側へと中を犯していく。

 

「はい、らない・・・!これ以上は、無理っ!」

「・・・・・・だよ、な。そんなにすんなり行くなんて、思ってない」

 

 鶴丸の言葉に、自分の中から出ていってくれるのではという期待があったが、期待虚しく鶴丸は少しずつ入り込んでくる。その度に燭台切は枕の上で首を振る。自分じゃないものが自分の輪郭を突き破り、自分の中に入ってくる、その感覚。

 指だけでは感じなかったもの。恐怖に近いものが這い上がってくるのを感じた。自分でも何故かわからない。だけど怖い、と感じる。

 

「無理、や、いやだっ、これ以上、はいってこないで・・・!!」

 

 膝裏を捕まえている鶴丸の指が肌に食い込む。蹴りたいが中に入り込まれている為それが出来ない。

 体を重ねるだけ。そこに至るまでの準備など大変なことはあったが、それでも体を重ねる、ただそれだけのことだと思っていた

 しかし、違う。これは違う。人間の性交と自分達物の交わりはまた違うものなのだ。

 物である自分。その中に別の物質が入って来る。物である自分が何かと混じりあう、自分が自分でなくなる。それは物である自分とって紛れもない恐怖だ。

 

「やめて、鶴さん、嫌なんだ!・・・怖いっ」

 

 恥も外聞もなく言った。入り込む鶴丸には分からないだろうか、この足元から這い上がる恐怖。指先から自分がなくなってしまいそうな感覚。

 それとも、与えられた体は人の体。人の体はどれだけ抱き合っても混じりあわないことを理解しているから燭台切の恐怖をそこまで重要視していないのだろうか。そんなこと燭台切も分っている。他者がこの体の中に入ってきても、肉の器に入っている自分の魂も自我も他者と混じりあったりしない。

 分っているのに怖いのは、自分がどこまでも物だから。

 違う、恐らくそれだけではない。

 

 自分は『燭台切光忠』というひとつの存在としても自分の中に他者を受け入れることが怖いのだ。

 自分の中に必要なのは自分だけ。燭台切はそれでいい。

 他者の存在なんて必要ない。自分が居れば、良い自分を認められる。自分が居れば、悪い自分を糾弾出来る。体が溶けてしまっても、みっともないものになっても。他者から、もう刀と呼べないのならお前は今何なのだと蔑まれても。自分の中に揺るがない自分が立っていれば、何も恐れることなどないのだから。

 それを寂しいなんて思わない。温かい人たちも、優しい人たちもいつだって自分の外側にはいてくれる。自分の意志を表現してくれる体の外側に。

 燭台切はただ、自分が認められた自分だけを、この与えられた体を通して他者へ見せればいい。そうすれば全て上手くいっていた。体は燭台切の内側と外側を上手く隔て、そして意志を表現する手段に過ぎなかった。

 しかし他者に自分の中を犯されて初めて気づいた。愚かにもこの状況で。

 この与えられた体は意志の物であり、同時に意志は体の物だった。誰かが言っていたではないか、体と心は密接に繋がっているのだと。

 体への侵入を許すと言うことは心への侵入を許すと言うことだ。それは燭台切が最も忌むべきこと。自分の心の中には自分が認められない自分だっているのだ、弱い自分、刀でなくなった自分、哀れな自分。それを他者に晒すのは耐えられない。

 物としての恐怖、燭台切自身の恐怖が入り混じり。頭が上手く働かないでいる。

 ただ他の脈動を自分の中で感じる。自分の中に別のものがある。自分が自分でなくなる。

 怖い。入ってくるな、何者も。自分の心の中に必要なのは自分だけ。

 そう思うのに、他者は入ってくる。

 

「いやだ・・・っ!嫌だ、嫌なんだよ!入って、来ないで・・・!」

 

 懇願むなしく。とうとう中を埋め尽くされてしまった。宙に浮いてる足先も、シーツを握っている指先も、体温が感じられず冷たい。逆に膝裏を食い込ませている指と、中の脈打つ肉が火傷をするほど熱かった。

 それがまた他者との境界を明確にさせて、なのにそれが自分の輪郭を突き破っているのが気持ちが悪い。

 

「お願いだから、独りでいさせて・・・・・・」

 

 答える声はない。

 どれほどそのままだったか。他者が入ってきたという混乱が少しずつ落ち着いてきた。

 気持ち悪さはなくならないが、ひとつ思い出す。燭台切の中に入っているのは鶴丸だと言うことを。

 

「・・・・・・?」

 

 そういえば鶴丸の全てが埋まってから、何も動かない。自分の中から自分が掻き消されるのではないかと言う衝撃も暴力的な刺激も。ただ満たされているだけで。

 

「つ、るさん?」

 

 首だけ起こして視線を下げる。いったいどういう状況だと確認した。端から見ると錯乱した燭台切に引いたのだろうか。それにしては中のものは萎えていない。

 太ももの向こう、鶴丸の顔を見る。

 鶴丸は、ぎゅっ目を瞑っていた。眉根を寄せて、額には脂汗が浮いている。挿入して動かない、というか勃ったままずっと人の肉壁に包まれているのが何れだけ辛いのかはよく知っていた。

 

「つっ、鶴さん」

「――――」

「な、何?」

 

 鶴丸は何かをずっと呟いている。耳を澄ます。

 

「3.141592653589793238462643383279502884・・・」

「何故!?」

 

 もしかして我慢してくれているのだろうか。無理矢理入ってきた癖に。締め付けがキツくて動けないなんてことも、たぶんないだろう。腰を揺らせば、刺激に反射を返す燭台切に体は錯乱しつつも無理矢理昂り、鶴丸も動ける筈だから。

 つまり、鶴丸はあえて強烈な快楽に抗うため脂汗を浮かせて何か数字を唱えている、と言うこと。

 

「っく・・・っふ、・・・・ふふふ、はっ、あっはっはっは!!は、・・・っぁやだ、あっあっ、んっく、くく・・・!」

「・・・っ、・・・みつぼう」

 

 腹からの笑いに体が揺れる。中の鶴丸が良い所に当たって喘ぎが出るが、笑いを止められなかった。

 

「はっ、あはは!ぁんっ・・・な、何鶴さんずっと数数えてたの!?しんっ、じられない・・・っ、あ」

「笑い事、じゃ、ないっ。こっちは暴発とか、暴走とか、しない様に必死なんだっ、ぞ・・・!」

「だからって、数字を唱えるってのは、ないっ!!」

 

 二人で息も絶え絶え。体が繋がったままの状態での応酬だ。それがまた笑いを誘う。

 ひーひーと笑いが止まらない。引き攣る腹が無意識に腰をも揺らしそうになる。

 

「・・・・・・ごめんね、僕なんかパニックになってた。ミルクが入って来たコーヒーの気分、みたいな。ちょっと怖くてさ」

「体を、委ねるって・・・、そう簡単なはな、し、じゃないからな。自分の、一番奥に招き入れるのは・・・」

「あ、ごめん。辛いよね、鶴さん動いていいよ」

「大丈、夫か?」

「うん・・・、だって鶴さんおかしいんだもん。鶴さん、こっち来て」

 

 繋がったままの鶴丸を招く。身を乗りだし、顔の両側に手を突かれると鶴丸が自分の中がより深く入り込んで喘ぎが漏れてしまう。だが変なパニックは起こらなかった。笑いのお陰で何だか心が解れている。

 近くなった鶴丸を見上げる。汗のせいかきらきら光って見えて、とても綺麗だ。

 燭台切の中に初めて入って来た人。いつか、燭台切でない別の人物がこうして同じ視線でこの美しい人を見上げるのだろう。

 そう思うと先ほど感じた恐怖とも違う、だけど奥の部分をぎゅっと握られた様な感覚を覚える。それは、別の誰かが先ほど燭台切が感じた物としての恐怖を覚えることに共感したからだろうか。でも、きっと好いた相手同士なら、こんなことにはならないかもしれない。

 鶴丸も以前言っていたではないか『相手の心を受け入れ、体に触れて、体と心の一番深い所で繋がり合う。それは、例え同質な性同士の、自然の理に逆らった歪な繋げ方でも、心の伴わない本能だけの正常な交わりより幸せな快楽に違いない』と。鶴丸の想いを先に受け入れたその誰かは、きっと体の一番深い所に鶴丸を受け入れるのも幸福でしかないのだろう。そこに至るまで物としての恐怖と対峙するとしても。

 そのことにいっそう奥の部分がぎゅっとなる。何故だろうと考えようとして、止めた。今は鶴丸との練習の時間。余計なことを考えるのはよそう。燭台切は練習相手として、目の前の鶴丸と向き合わなければならない。

 

「・・・・・・あのね鶴さん、僕実は甘く見てた部分があったんだけどさ、自分の一番奥に誰かを受け入れるってすごく大変なことだったみたい。だから、鶴さんの好きな子が鶴さんのこと受け入れたら、その子のことずっと大事にしてあげてね。他人を自分の一番奥に受け入れるって、きっと、愛がなければ出来ないことだから」

 

 目を見開く鶴丸に微笑みかける。

 本当であれば好いた相手を抱きたいだろうに。練習を承諾しておきながら、入ってくるな!と拒絶した燭台切に対しても鶴丸は気を使い、耐え抜いてくれた。

 それはおかしな方法であるがその優しさは嬉しかった。

 そうだ。いつかこの景色を見る誰かは、きっと伽で数字を唱える鶴丸のおかしさを見ることはないないのだ。これが練習だからこそ、燭台切だけが見れたもの。そう思うと、鶴丸と繋がっている部分からじんわりと身の内に広がるものがある。体と心は密接に繋がっているからだろうか、鶴丸で穿ってほしいなとそんなことを思った。

 

「我慢してくれてありがとう。もう大丈夫。・・・・・・ね、動いて?このままだと、僕、鶴さんの形覚えちゃいそうだよ」

「そ、ういうのどこで覚えてくるんだよ・・・今度は素数でも数えてほしいか・・・」

「ふふっ、笑ってもいいなら」

 

 気持ちをほぐそうとしてるのか、汗を浮かせながら冗談を言ってくれる。

 

「傷つけたい訳じゃない」

「うん。今は分かってる」

「・・・・・・頑張ってくれてありがとうな。君の一番奥に、少しだけ寄り添わせてくれ」

 

 そうして他者の熱が自分の中で動き始める。感じたことのない強烈な刺激、暴力的な快楽。燭台切の意志も体も支配する他者の熱。物としても、燭台切としても恐れるものだ。

 しかし鶴丸は寄り添うと言ってくれた。

 だからだろうか一番奥を突かれても、意識が飛んで理性が溶けても、自分の中を犯されている、自分が保てなくなってしまうとは感じなかった。最初は怖くて気持ちが悪かった他者の、鶴丸の熱を温かいとすら思った。

 何度か達して、その分の自分の精が腹の上へ吐き出される。追って、鶴丸の熱が抜かれて、同じようにの腹に吐き出されるのを遠くで感じた。自分の肌の上で混じり合うそれを、もし自分の奥に吐き出されればどうなるのだろう、火傷をしてしまうくらい熱いのだろうかと頭の隅で考える。もっとも意識は朦朧としていてほとんど失いかけていた。

 ただ、鶴丸が達する時に痣になりそうなほど強く握られた膝裏の痛みと「みつただ・・・っ」と呼ばれた名前だけは鮮明に脳に刻み込まれていた。

 恋を成就させた鶴丸がこの夜を忘れても、燭台切はこの夜を決して忘れはしないだろう。

 のそりと起き上がり、手探りと視線で眼帯を探す。

 いつもと同じ場所に置いてあったそれを手に取り、慣れた手つきでつけると、ぱち、と鳴った。

 衣服もいつもと同じように整えられている。肌もベタつかない。腹の上に出された精も綺麗に拭かれていた。

 いつもは練習後自室へ戻る鶴丸。しかし昨夜は鶴丸も流石に疲れたのか、一つの布団で狭いながら身を寄せて眠り、そのまま二人で朝を迎えた。その時一度覚醒し、言葉を交わしたが、その時点で既に整えられていたから恐らく、事の後すぐに後始末をしてくれたのだろう。

 腹辺りに手を置いた。昨夜この中の一番奥に鶴丸を受け入れた。中に何も残っていない筈なのに、手は勝手に上から腹辺りを撫でた。

「あれ・・・・・・?」

 

 部屋の中が薄暗いことに気づく。障子が紫に染まっていた。

 

「嘘・・・・・・、夕方?って言うより夜?ど、どれだけ寝てたんだ僕!」

 

 朝覚醒した時はまだ体がだるくて、鶴丸の「俺が上手くやっとくからもう少し寝てな」と言う言葉に甘えてしまった。その時はほんの一眠りするつもりだったのに、まさかの時間帯に焦る。

 急いで布団のシーツを取り替え、押し入れにしまった。シーツは明日洗うしかない。

 取り敢えず厨に顔を出さなければと人前に出られる様ジャージに着替えた。特に体の不調も見えない。声も掠れてはなかった。これだけ眠れば、むしろ快調。

 

 素早く身支度を整えて部屋を出る。この時間帯は大体が浴場に行っているか、夕餉の準備をしている者がほとんどだ。廊下を行き交う明るい声に会うこともないまま厨に着いた。

 そこには予想通り、忙しなく動く歌仙と堀川の姿がある。手伝いをしている他の刀は広間で箸等の準備をしているのだろう。

 

「歌仙くん、堀川くん」

 

 声を掛けると真剣な顔が二つ振り向いて、燭台切の姿を認めるとふわっと和らいだ。

 

「燭台切、体はもう大丈夫なのかい」

 

 歌仙が盆に小鉢を乗せながら聞いてくる。恐らく鶴丸が言ったのだろう、どうやら自分は体調不良という事になっているらしい。間違いではないがなんとなく居たたまれないし申し訳ない気分だ。もちろん鶴丸が困るので本当のことも言える訳もないが。

 

「うん、大丈夫だよ。ごめんね、朝餉だけじゃなく昼餉の準備まで休んでしまって。手伝うよ、後は何を出すんだい?この葱は味噌汁用?」

「あ、それは余った分です。今日はお吸い物にしてみました。燭台切さん、こっちは大丈夫ですよ、辛くないですか?広間で座っててください」

「堀川の言う通りだよ。君は毎日動いているし、こんな日くらい休んでも誰も文句は言わないさ」

 

 まな板の前に立つと、堀川に微笑まれ、重ねて歌仙にも優しい笑みで見られる。二人の心配と言うより、暖かさを存分に含んだ眼差しに内心で首を傾げる。確かに二人はいつも燭台切に優しいが、何となくいつもと違う気がすると言うか。燭台切が体調を崩すことはあまりないからだろうか。

 

「でも、何もしないって言うのも・・・・・・」

「燭台切さんの代わりは鶴丸さんがきっちりしてくれましたから、本当に大丈夫なんですよ」

「鶴さん・・・・・・?」

 

 堀川が出した名前に瞬きをする。鶴丸の言う「上手くやっとくから」は、燭台切が姿を表さない説明だけではなく、いつも燭台切がしていた仕事も請け負うことだと、遅れて気づいた。

 

「最近厨に立つことも多かったからね。もちろん君ほどではないが、なかなかに助かったよ」

「今も広間の方で配膳してくれてますしね」

「そう、なんだ」

「おい、お前たち。湯浴み組が上がったぞ。ほとんど広間に集まっている。何か持っていくものがあれば持っていってやらんこともない・・・・・・なんだ長船の。お前も居たのか」

 

 三人の会話の中に突然凛々しい声が割り込む。振り向くと、湯あみを終えた姿の大包平が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「大包平様」

「・・・・・体は大丈夫か」

「はい」

「そうか・・・・・・」

 

 体は大丈夫だと言っているのに大包平は何故か渋い顔をしている。一見分かりにくいが、いつも燭台切を身内として可愛がってくれている大包平の反応にしては違和感があった。

それきり大包平が黙り込む。どうしたものかと歌仙達を振り向くと、二人は困ったようなしかしどこか朗らかに笑っていた。

 

「配膳はこれが最後だから、僕達だけで持っていきますよ」

「え、あの、二人とも」

 

 堀川の言葉に歌仙が頷く。そして二人で盆を持って行ってしまった。黙っている大包平と残される。

 

「あの・・・・・・大包平、様?」

 

 燭台切まで無言でいるわけもいかず恐る恐る名前を呼ぶ。すると、大包平が腕を解き、一歩踏み出す。そしてそのままぎゅっと抱き締められた。

 

「ど、どうしたんですか?」

「・・・・・・」

「???」

 

 訳もわからず抱き締めてくる背中の生地を握った。スキンシップは多い人ではない、本当にどうしたのだろう。

 しばらくそのままにしていると、またも突然ばっと体を離される。その勢いのまま両肩を強く掴まれ、

 

「っ許す!!!」

「へ」

 

 それだけ言って大股で去っていってしまった。

 

「・・・・・・何を?」

 

 自分はいったい何を許されたのだろう。行き場のない手を下ろす。大包平の目は心なしか潤んでいた様にも見えたが。

 もしかしてそれほど心配を掛けてしまったのだろうか。許すとはとても心配を掛けたことについてかもしれない。そうだとしたらのんきに寝こけてしまっただけなのに、申し訳なさすぎる。

 

「・・・・・・くっくっく」

 

 一人で懺悔していると、突如怪しい笑い声が聞こえてきた。声のする方を見る。厨の入り口の影に見慣れた緑色の髪。

肩を震わせてひっそりと立っているのは鶯丸だった。

 

「鶯丸様」

 

 本人の希望の呼び方は「おじいちゃん」なのだがさすがに呼べずにいつも通りの呼称で今日も呼ぶ。鶯丸は肩を揺らしたまま片手を挙げて答える。笑いが止まらない様だ。

 一度ツボに入ると長い鶯丸だ。大人しく待つことにした。

 

「はー、・・・・・・笑った」

 

 そうして鶯丸の笑いがようやく収まり、そう呟いた。見ていて明らかのことにどう答えるべきか迷ったので、曖昧に微笑みつつ頷くだけにしておいた。

 

「大包平が突然悪かったな、驚いただろう」

「う、うん」

 

 やはり鶯丸は先程の大包平の謎の行動をひっそり見ていた様だ。鶯丸があんなにツボにはまるのはほぼ大包平関係だからそうではないかと思ってはいた。

 

「自分の感情を細かく表現することにまだ慣れていないんだ。許してやってくれ」

「許すも何も、」

 

 不器用な大包平を代弁する鶯丸はフッと微笑む。笑うと特別優しい顔をしてるなといつも思う。ただそれを自分に向けられるのはこそばゆい。

 

「僕の方こそここまで気にかけてもらって・・・・・・有り難すぎて申し訳ないよ」

「無条件でお前を気にかけられるのは身内である俺達の特権だからな。むしろもっと甘えてほしいくらいだ」

「そんな、って、わ、鶯丸様?」

 

 嬉しさを通り越して恥ずかしくなり視線を落とす。だから両腕を広げて近づいてくる鶯丸にも反応が遅れてしまい、そのまま抱き締められてしまった。

 

「何かあったらすぐ俺達の所に来るといい。俺達はいつでもお前の味方だ、一人で耐える必要はないからな」

 

 ぽんぽんと背中を叩いてくる。鶯丸も大包平同様、燭台切の体調不良にえらく心配してくれた様だ。何時だったか鶴丸がどこか苦い顔で「あいつら、本当に過保護な爺バカだよな」と二人のことを言っていたことがあった。確かにそうなのかもしれない。燭台切としては、そんなに気にしてもらえるのはやはり申し訳なかったが、今の鶯丸の言葉は背中を叩く手の優しさと共に染み入る。

 

「はい・・・・・・ありがとう、鶯丸様」

「ああ。・・・・・・そろそろ広間に行くとしよう。皆も揃った頃だろうしな」

「うん」

 

 鶯丸に手を引かれ厨を出る。今日はやけに甘やかしてくれる。もう心配かけないようにしようと思いつつ、素直に手を引かれたまま歩いた。

 と言っても短い距離だ。すぐ広間に着く。鶯丸の言う通り既にみんな集まっていた。

 鶯丸は引いていた手をほどき、燭台切の肩を叩いて先に足を踏み入れる。目をごしごしと擦りながら頷いている膝丸と何故か目頭を押さえながら会話をしている大包平の向かいの席が空いていた為、またもや肩を震わせながら髭切の隣の席でもあるそこに座った。

 膝丸までどうしたんだろうと内心思いながら広間をきょろりと見渡す。するとひとつの白が一番に目についた。その隣も空いている。深く考える前に足を進めた。

 

「鶴さん」

「よっ」

 

 空いている席の隣、鶴丸に声を掛けると鶴丸が快活に答えた。昨日の夜とは別人だ。

 鶴丸はいつも日頃の生活と夜の練習はきちんと分けている。夜の都合について話して来ること、燭台切の体調を慮ることはあるが、日が沈む前に性的に触れてきたことは一度もないし、言葉で揶揄してきたこともない。そういう時間と場所をきちんと分ける鶴丸とだからこそ燭台切は練習に付き合えているのだ。

 だから鶴丸が燭台切を見つけて、ただ明るい笑顔を見せたとしてもいつも通りだ。一番奥に寄り添わせてくれと、ぎこちなく笑った顔と比べる自分の方が謎なのに、昨日の夜とは別人だ、とそんなことが一瞬頭に過った。

 まるで意図して空けてあったかの様にぽかりと空いていたその席に腰を下ろす。すると鶴丸が手を添えて体を近づけてきた。

 

「さすがにそろそろ起こしにいくべきかと思ってたんだが、歌仙達に君が厨に居ることを聞いてな。・・・・・・もう体は大丈夫かい?怠くないか?」

 

 燭台切の耳に直接小声を吹き込む。怠くないかと聞いてくる辺り、やはり昨日の鶴丸と同一人物らしい。

 耳元に息が掛かるのがくすぐったい。周りに聞こえない様にだろうが却って目立つ様な気はする。今も向こう側に座っている三日月と目が合ってしまった。三日月には視線で微笑ましそうに見つめられただけで済んだが。

 だから燭台切は敢えて手を添えず、小声だけで返すことにした。

 

「うん、大丈夫だよ。鶴さん、ありがとうね。僕の代わりに全部してくれたみたいで」

「君の代わりって言ってもあんまり役に立ちはしなかったけどな。やらないよりは増しって程度さ」

「そんなことないよ。歌仙くんも堀川くんも助かったって言ってた」

「そうかい?それなら、良いんだが」

 

 こしょこしょと会話を交わす。周りが賑やかな中で内緒話、と言うほどでもないが体を近づけて小声で話すのは変な感じだ。

 

「あ、そうだ、後な光坊」

「なんだい鶴さん」

「今日の昼はな、粟田口の奴らとまた折り紙教室をしてたんだが。すごいの出来たぞ」

 

 突然の話題に首を傾げつつ、どんなの?と小声で聞き返した。と言うかもう小声で話す意味はないだろうにどうもつられてしまう。

 

「二本足で立つ鶴。折り紙の鶴って、足ないだろ?なのにな、がっつり足が生えてんだよ、すごいぞ」

「っふ、何それ」

「後で見せてやるよ」

「えー、気持ち悪いのは嫌だからね」

「・・・・っごほん」

 

 にょきと足の生えた折り鶴。それを粟田口の皆と一緒に真剣に折る鶴丸を想像してしまいくすくすと笑ってしまう。鶴丸がちょっと自慢気なのもまた面白い。

 鶴丸の口に耳を寄せた格好で笑っていると、反対側の耳に咳払いが聞こえた。はっと、視線を配ると、長谷部が拳で口元を覆っていた。何かを言いたげにちらりとこちらを見る。

 周りは賑やかなまま。朗らかに会話をしている刀も多かった。

 しかし少ない何振りかの刀は燭台切達を見ていた。そんなに目立っていただろうか。

 少ない視線の中の一振り、別卓の薬研と目があった。

 

「今日の鯛、俺っちが釣ってきたやつだからな」

 

 通る声でそんなことを言われぐっと親指を立てられる。その言葉にようやく目の前の膳を見た。確かに薬研の言う通り鯛の刺身がある。刀の数が多いので量はわずかだが特別な日でもないのに珍しい。というか、

 

「今日、ちらし寿司だ・・・!」

 

 食事はいつも自分が関わっている。だから、日々の献立に驚くことはない。しかし今日は違った。厨に行ったものの、手伝いをしないまま広間にやってきた。そして鶴丸ばかり見ていた為今の今まで気づかなかったのだが、今目の前に並ぶのは自分が全く関わっていない料理だ。

 新鮮な驚きと喜びに思わず声をあげてしまった。

 

「まったく、やってられませんねぇ。無邪気すぎて毒気が抜かれますよ」

 

 薬研の隣、宗三が苦く笑っている。

 

「そこまで喜んでもらえたなら僕たちも作った甲斐があったってものさ」

「はいっ。燭台切さんを料理で驚かせるなんて滅多に出来ませんから、喜んでもらえてよかったです」

 

 和泉守、山伏、山姥切と同じ卓の歌仙と堀川が嬉しそうに顔を見合わせていた。なぜ今日に限って皆燭台切の方を見ているのだろうか、今のは子供の様な感嘆だと自分でも分かっていたので顔が熱くなる。

 

「・・・・・っふ、そら」

 

 肩を震わせて静かに爆笑している鶴丸の反対隣。大倶利伽羅が鶴丸の背中側から何かを渡してくる。顔を扇ぎながら見ると鯛の刺身だった。

 

「な、何伽羅ちゃんどうしたの」

「受けとれよ」

「い、いいよ。伽羅ちゃん食べなよ、僕自分の分あるから。僕、そんな食い意地張ってないよっ」

「いいから、受けとれ」

「ぅぃっーく、俺のもやるよ。そーら」

「みっちゃん、みっちゃん!俺からもどーぞ!」

「ふ、不動くん!?貞ちゃんまで!」

 

 なら俺はこれ、僕からはこれ、と。何故か視線を寄越していた数振りが自分達の皿を一品ずつ寄越してくる。断るのにお構いなしだ。お陰で燭台切の目の前は三人前ほどの量になってしまった。状況のわかっていない他の刀達がなんだなんだとその場を立って燭台切の膳を見てくる。恥ずかしさで顔から火を吹きそうだ。

 

「な、何でこんなことに・・・・・僕、そんなにひもじそうな声出してた?」

「ひっ、・・・くくっ、っあーっはっはっはっはっ!!!」

「笑ってないで鶴さん助けてよ!」

 

 鶴丸がとうとう耐えきれないと腹を抱えて笑う。それでますます注目を集めるものだから思わずその背中をバシッと叩いてしまった。

 

「あー、いやはや、愛されているなぁ燭台切光忠」

 

 指で涙を拭きながら鶴丸が言う。まるで自分のことの様に嬉しそうな顔。だけど困った様に下がった眉。複雑な表情と呼ばれた自分の名前に胸の奥の方がとん、となる。何故。誤魔化すように然り気無く胸を拳で叩く。

 

「大丈夫、君なら食べられる。頑張れ」

「・・・・・・頑張るけど」

 

 鶴丸に頑張れと言われると、それ以上何も言えない。もし頑張れば、また頑張ってくれてありがとうと言ってくれるのだろうか。

 馬鹿なことを。食べ物を粗末にしないのは当たり前のことだし、これは皆の好意だ。最初から残すことなど考えていない。そもそも、誰かに褒められるから頑張ると言うのは格好良くないではないか。

 第一、努力も矜持も全て自分が、自分の為にしたり、持ったりするものであってそこに他者が介入してくる必要など、

 

「頑張ったら、そうだな、俺からは食後の茶を。今日、鶯丸に煎れ方を教えてもらったんだ。食べ終わるまで待っててやるから、それで許してくれ」

「・・・・・・うん」

 

 つらつら考えている所に鶴丸の言葉。伸ばされた手は頭に伸びてきたが通りすぎて背中をぽんと叩かれる。手の行方を追いかけている間に考えが勝手に飛んで、こくんと頷いた。

 

「おーい。今日のいただきます係誰だー。早くいただきますしてくれねぇと先にごちそうさましちまうぞぉ」

 

 悠然とした日本号の声に、大典太が「・・・・・・すまない、俺だ」とゆらり立ち上がり皆の前に立つ。本日、主は奥方の本丸に行っている様子。結婚してからはお互いの本丸を行き来しており、奥方が妊娠してからは主があちらに行くことが多い。

 奥方も主同様本丸の仲間を家族と考える審神者だ。だから結婚を期に審神者を引退するという考えは起こらなかったと言う。主はその意見を尊重した。好きな人の大事なものごと大事にしたいからと、奥方が動けない時はサポートに行っている。

 その間こちらの出陣はなく、内番など日常の仕事しかない。大きな宴会や会議もないが、こうして出来る限りの皆で集まって一緒に夕飯を食べるという習慣は主の不在関係なしに行われている。

 

「・・・・・・いただきます」

 

 大典太が両手ををきちんと合わせ、ぼそりと呟く。そしてそのままぺこりと頭を下げた。

 

「「いただきまーす!!」」

 

声と手を合わせて皆が食事をし始める。燭台切も箸を取り、手を進めた。

 一人、二人と食べ終わり、席を立っていく。食後のデザートを巡っての白熱するじゃんけんの声が落ち着いても燭台切はその場に座って箸を進めていた。気づけば一人、残りはデザートのプリンだけだ。鶴丸は茶を煎れてくると食べ終わった食器を持って厨に行ってくれた。

 

「お腹一杯だ・・・・・・、でも美味しい」

 

 プリンを口に含み、程よい甘味が舌の上で蕩けていくのに頬を緩めた。

 

「おー、デザートまで楽しめるか。さすがだな」

「そのさすがは含みを感じるよ」

「ははっ、そういうのは聡いな」

 

 鶴丸が盆を持ち戻ってくる。目の前も空いているがさっきまで鶴丸が座っていた、燭台切の隣に腰を掛けた。

 

「ほい、どーぞ」

「ありがとう」

「すごいな、全部入ってんのか、ここに」

 

 燭台切の前に茶を置く。そして食卓に頬杖を突きながら片手を燭台切の腹に添えた。

 

「っ、ちょっと」

「固っ。まぁあんだけの量が入ってればこうなるか」

 

 腹を触られて身じろぐ。何てことないただの接触なのに。

 二人きり、陽が沈んでいる。そんなことに気づく。だから何だと言うんだ。今は広間で、練習の時間ではない。鶴丸だって、ただの好奇心で触ったに過ぎない。

 どうも起きてから調子が良くない。目が覚めてまだ時間が経っていないから昨日の夜をまだ引きずっているのだろうか。

 

「なぁ、光坊。今夜は、」

「な、何」

 

 心を読まれたかと思った。ちょうど夜のことを考えていたから。

 

「俺がマッサージしてやろう」

「んぇ?」

「練習の礼だよ。昨日、無理を強いた」

 

 頭をぽんぽん撫でてくる。ああ、労りの合図だ

 

「だから練習はなしだ」

「・・・・・もう、終わり?」

 

 これから先もずっと。そういう意味を込めて聞き返した。鶴丸から説明を受けた伽の流れは昨日で一通り終えた。だから練習を終えるとしたら今がそのタイミングなのだ。

 鶴丸は苦笑いを浮かべて首を振る。

 

「昨日の俺を見てもらえばわかると思うが、もうちょっと付き合ってもらえると嬉しい」

「・・・・・・ん」

 

 どうやら練習はまだ続くらしい。確かに挿入れた瞬間暴発したり、我を忘れてがっつくのは男として非常に見苦しい。だからと言ってそれを我慢する為に褥で数字の羅列を唱える男は、確かに練習が必要だろう。

「やっぱり幻滅されるよなぁ、あんなんじゃ」

「どうだろう、僕は面白かったけど。それに、鶴さん僕の為に我慢してくれたんだよね?」

 鶴丸が中に入ってきて気づいた自分の本質。

 他を自分の中に受け入れるのは、『物』にとって恐怖だ。何かが混ざれば物質は変化してしまうから。

 しかしそれ以上に、燭台切はいかに自分が、自分の中に他者を必要としていないかが分かってしまった。自分を批評出来るのは自分だけ。自分が納得出来る自分があればいい。そうであれば他からなんと言われてもいい。他から、もう刀としての価値はないと言われても、自分が刀と思えば刀である。自分で自分を定義づけるなどまるで人間の様だが、そうでなければ燭台切は独りでは立てない。

 他に優しく出来るのも、自分の中の自分がそれを良しとしているからだ。皆が好きだ、仲間として、あるいは家族として。だけど本当は、自分は独りなのだと気づいてしまった。望んでそうなのだと。

 鶴丸は恐らく、そういう燭台切を知っている。鶴丸があそこで我慢していなければ、燭台切は物としての恐怖を抱きながら、あの行為を自分の大切な物を壊される行為だと認識しただろう。きっと本当の自分を、自分のもっと深い奥底に追いやって。

 そういう性質なのだ。どうしようもない。何事も受け付けない黒の如く。

 しかし鶴丸は一番奥に寄り添う、と言ってくれた。皆の為に何かしたいんだと笑っている燭台切の奥にいる、独りでいる燭台切に。

 

「僕、鶴さんに好かれる子は大変だろうなぁって思ってたけどさ。鶴さん優しいから、そうでもないかもね」

「いやぁ、俺そんなに優しくないぞぉ?」

「そうかな」

「俺が俺の好きな奴だったら絶対俺の事を好きにならないな」

 

 鶴丸は自分様にも持ってきたマグカップに口をつける。茶なのにマグカップ。あべこべの組み合わせだが、皆自分専用のカップが嬉しくて一部を除いてそういう使い方をしている。やはり特別な物は素直に嬉しいのだ。

 

「おっかないったらないな。こんな粘着質」

「僕は鶴さんを粘着質なんて思ったことないよ?」

「っふふ、そうかい?そりゃあ良かった」

 

 鶴丸は口元で笑い、眉で困っていた。そう言えば鶴丸は複雑な表情を良く見せる。

 本人の気質も強気だったり弱気だったり、優しかったり意地悪だったり。相反するものをちらちら交互に見せてくる。燭台切は時々そんな鶴丸に翻弄されている気持ちになる時がある。

 

「鶴さんは粘着質じゃなくて変な人だから」

 

 出会った時はそんなこと思わなかった。鶴丸にそんな印象を抱き始めたのは何時からだろう。そうだ、鶴丸が恋をしていると知ってからだ。

 

「おいこら、上げて落とすな」

「恋と変って漢字が似てるけど、あれって恋をすると皆変になるからかもしれないね」

「くっそう、知った顔で言いやがって。君も恋をしたら変になるさ、今に見てろ」

「大丈夫、大丈夫。多分、僕そういうの一生分からないから」

 つーんとそっぽを向いて、鶴丸は答えないまままた茶を一口。あらら、拗ねちゃったと苦笑いして燭台切も自分のマグカップを手に取る。伊達組は皆色ちがいのお揃いだ。当然鶴丸とも。そのマグカップで鶴丸が煎れてくれた茶に口をつける。

 

「あ、美味しい」

「だろ?何せ直伝だからな」

 

 予想以上に美味しく入っていたお茶に燭台切が小さく呟くと一秒前まではつんとしていた鶴丸が顔をぱっと明るくして笑いかけてくる。

 ほら、こういうところ。やっぱり感情の起伏が激しくて、憎めなくて変な人。と内心で指摘した。

 

「さて、それまで飲んだら寝る準備をしてきな。浴場も今なら空いてるだろう。俺は部屋で待ってる。足の生えた折り鶴連れてな」

「うん」

 

 今度は年長者と練習相手の顔を半分ずつ表した鶴丸に従って湯浴みに向かった。

 その後、自室に戻り、鶴丸が見せてくれた折り鶴に一頻り笑った後、鶴丸は宣言通り練習ではなくマッサージを始めてくれた。

 本来誰かに一方的に奉仕をされるなんて喜びよりも居心地の悪さや申し訳なさしか感じない燭台切である。しかし、何故か鶴丸に体を解されていると心地よさしかなかった。ずっと体の練習をしていたから鶴丸の手が燭台切の体に馴染んだのだろうか。

 練習とはまた違った手つきで優しく触れられるのが燭台切の心をふわふわとさせて、腕をマッサージしてくれていた鶴丸の片手を無意識に掴まえてそのまま眠りについてしまっていた。

 数時間後目が覚めて、目の前に鶴丸の顔。そして「違う、俺は眼帯を外そうとしただけなんだ。本当だって。悪かった」と燭台切に腕枕をしつつ、もう一方の手は手処か腕をがっしりと掴まれているのに何故か謝罪してくる鶴丸。

 状況を把握できないまま飛び起きたのが二人で迎えた二度目の朝となった。

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