大倶利伽羅が辺りを見回している。誰かを避けている様にも見えたが同時に何かを探している様にも見えた。
そのどちらかを諦めたのか、軽く息をつき顔を上げた。そこにはまだ寂しい木々があるだけだ。今日がこの本丸最後の日だというのに、彩るものもないのは余りにも物悲しいとでも思っているのか。
言葉もなく身動きを止めたその刀に忍び寄る白い影。
明らかに背後から驚かせようとしている魔の手が徐々に近づいている。その姿がありありと見える。と言いたげな舌打ちがひとつ響いた。
「・・・・・・国永」
「ちぇ。最後くらい驚かせてくれよ。伽羅坊のいけずー」
「あんたまだ残っていたのか」
「そりゃあ俺だって出ていく前に主に挨拶くらいするさ。ようやく落ち着いたみたいだしな」
あれだけの刀がいたんだ、長蛇の列も仕方がないが。と鶴丸は頭の後ろで手を組む。
「ひとりでさっさと出ていったかと思った」
「いくらなんでもそこまで薄情じゃないぜ?」
「どうだかな」
ふん、と鳴らした鼻は非難の色が強かった。いつも一緒にいた4振りの中で鶴丸だけがひとりで出ていきたいと言ってきたのは昨日のことだ。理由は言わなかった。頑固な鶴丸に何を言っても無駄だと言うことは大倶利伽羅が一番よく知っている。だから詰問せず納得してない態度だけで済ませている。
それが分かっているのに、鶴丸は苦笑いで肩を竦めるだけだ。最後まで理由を言うつもりはないのだろう。
「お前さんこそどうした。こんな所で木なんて眺めて。貞坊達に置いていかれるぞ~」
「まだ主への挨拶を済ませてなかったからな」
「お前のそういうちゃんと礼儀正しい所大好きだぜ!」
「・・・・・・後、探していた」
「探す?何をだ?まさか早咲きの桜か?蕾だってつけてないんだ。さすがにまだないと思うぜ?」
大倶利伽羅の背後から隣へと鶴丸が移る。そして同じように木々を見上げた。
「・・・・・・あの時、ここで。見つからないからとそれらしい理由をつけて諦めずに、俺が見つけていれば何か変わっていただろうかと何度も後悔したことがある」
あまりに淡々した後悔。鶴丸は予想外の言葉に大倶利伽羅の顔を見つめるという反応しか返せていない。
「だが、俺が見つけられなくても必ず花は咲く。相応しい場所で、相応しい者のために」
「・・・・せんちめんたる、ってのはすごいな。この伽羅坊を詩人にしちまうなんて」
「これが最後ともなれば感傷的にもなる」
茶化す鶴丸を睨み付けることもなく、大倶利伽羅は事実を認める。
その態度に鶴丸はいつにない優しい表情へと変えて、その肩を抱いた。
「伊達を出るときにも言っただろう。大倶利伽羅、俺の愛し子。どんなに離れていてもお前のことを想っている」
「・・・・・・」
こつんと側頭部に当たった鶴丸の頭を避けることもなくその言葉と共に受け止める。勿論、「俺もだ」なんて言われることもなかったが、鶴丸は気にした様子はない。むしろ満足げに、つけた頭をぐりぐりとすり付けて離した。
「さて、いつまでもしんみりしてる訳にもいかんな。主の所へ挨拶に行こう」
「一緒にか」
「いいじゃないか!俺一人で十分だ、なんて言わないでくれよ。今日くらいは」
「・・・・・・わかった」
言わない代わりに肩を抱いている手はしっかりと払って頷いた。強制的に自由になった鶴丸は先に歩き出す。大倶利伽羅は立ち止まったまま。また木々を見上げ、見えない蕾を見つめるように。
「・・・・・・」
そして何も言わないまま鶴丸の後をついていく。
先程まで入れ替わり立ち替わり刀達が挨拶に来ていた部屋は歌仙達二人になり、随分と静かになっていた。
後二振り。挨拶に来ていない刀がいた。彼らはもうすぐにこの部屋を訪れるだろう。
「静かだね。今までの賑やかさが嘘みたいだ」
歌仙はいつもの定位置に座してそんなことを考えていると、同じことを思っていたらしい穏やかな声が掛けられる。
「まったくだ。最後の挨拶くらい粛々と出来ないものかね」
「ふふ、うちの本丸らしくていいじゃないか。それに皆笑顔で、良かった」
面の下でくぐもってしまった笑い声は朗らかで、確かにそうだなとこっちまで穏やかな気持ちにさせる。
「・・・・・・いろんなことがあったね」
「料理大会だのカルタ大会だの、あげく釣り大会、肝試し。よくもあんなに思い付けるものだよ。その度、打ち上げと言う名の宴会に駆り出される厨組のことも考えてほしかったね」
「後半は刀の数も増えたから特にね」
「まぁ、お陰で毎日充実してはいたよ。主に選ばれてから今日と言う日まで、本当にあっという間だった」
静かな会話は、優しい微笑みで彩られている。それだけ、この本丸で過ごした時間がお互いにとって大切なものだったと言うこと。
そんな穏やかな回顧が二人の間で続けられていく。本丸での時間は短いものではなかった。その為、愛惜の時間はなかなか終わらない。
「それで結局三人でアイドルユニットとやらの書類審査に応募することになって、主が一眼レフカメラを買ってきた時は、」
「随分と盛り上がってるじゃないか」
尽きない言葉に割り込む声があった。揃って二人が口を噤み、声のした方を見る。
そこには鶴丸と大倶利伽羅の姿が会った。
「思い出話に花を咲かせている所に悪いな。主、歌仙。何、俺たちは主に挨拶しにきただけさ。すぐ終わる。そしたら話を再開させてくれ」
「ああ、こちらこそ気づかなくて悪かったね」
歌仙はそう言いながら入ってきた鶴丸に場所を譲る。鶴丸は、審神者がいつも座している場所の前、歌仙の定位置でもあるそこに腰を下ろした。
一方大倶利伽羅は姿を表した場所から一歩も動かないままだ。
「?伽羅坊、どうした」
「・・・・・・」
不思議そうな顔をした鶴丸が大倶利伽羅を呼ぶが視線を向けるだけで何も言わない。
「主に挨拶しにきたんだろう?こっち来いって」
「・・・・・・あんたまでこんな茶番に付き合うつもりか」
「え?」
大倶利伽羅の言葉に鶴丸は虚を突かれた顔をする。そんな鶴丸から大倶利伽羅は視線を写す。歌仙と面をした男へ。
「何が目的だ」
「なんのことやら僕にはわからないね。挨拶をするならさっさとしたらどうだい」
「俺は主に挨拶をしにきた」
「知っているよ。だからそうしろと言っている」
知らぬ態度でそう答えれば大倶利伽羅はふん、と鼻を鳴らした。そしてつかつかと鶴丸達へと近づく。
「伽羅坊?」
かと思えば見上げる鶴丸を追い越していく。右手は帯刀している柄を握りながら。
抜刀は一瞬。空気を切り裂き、姿を表した鋼の色は光を受けてチカッ、と輝く。視線を斬られた錯覚をなんとか耐えれば、振り下ろされる刀の残像。
「廣!?」
鶴丸が誰かの名を呼ぶ。声で刃を止めることなど出来ない。それが無関係の名前であれば、無意味な叫び声でしかない。
大倶利伽羅の刃は、その対象を捉えた。先程、鶴丸が主と呼んだその男を。
「こぉら、」
しかしその男は血を噴き出す代わりに穏やかな声を出した。当然だ。彼の体のどこも傷ひとつついていない。
大倶利伽羅の刃は柔らかな肉ではなく、同じ人を斬る刃で防がれている。男が握っている刀に。
「駄目じゃないか、伽羅ちゃん。いきなり主に斬りかかったら」
「何が主だ。主が俺の刃を受け止められるものか」
大倶利伽羅はまた振り上げてまっすぐ下ろす。再度防がれてしまう。右から斬り込んでも、左から斬り込んでも。
「遊ばないの」
「遊んでいるのはあんただろう」
大倶利伽羅の切っ先は止まることなくちかちかと、光を散りばめていく。応じている男もいつのまにか立ち上がり、戦場とは違う舞い方をしている大倶利伽羅を受け止めていた。
下から来ればそれを受け、斜めから振り下ろされればそれを受け。大倶利伽羅が来る方向をまるで予見しているかの如きの彼は大倶利伽羅に合わせて舞う。
まるでそれは鏡の様に。一対の存在の様に。
大倶利伽羅の口許の微笑。きっとそれと同じものが男の面の下にもある。
呆然と二人を見る鶴丸を見る。なんとも珍しい。珍しいがこのままでは永遠と殺陣が続いてしまうので歌仙は声を張り上げた。
「二人とも、止め!」
刃が交わったままの状態で二人が動きをピタリと止める。
「大倶利伽羅、刀をおさめるんだ」
「何故だ」
「君が先に抜刀したからだよ」
「ほとんどの刀はもう出ていってしまった。閉じられる本丸と言っても何者かがこの隙に乗じないとも限らない。主の姿を騙る奴がいれば刀を抜いて確かめる、当たり前のことだ」
そう言って目の前にある面を見上げた。睨み付けてはいるが、どうしてもその瞳に剣呑な感情を乗せることは出来ていない。目は口ほどに物を言う。尤もそれが分かるのはこの位置にいる歌仙と目の前の人物だけだろうが。
「刀を交えて相手が誰か確信しただろう。だから刀をおさめろと言っているんだよ」
「刀を交えなくても俺がこいつを間違える筈などない。俺が確かめたいのはこの茶番の目的だ」
腕に力を込め、足を踏み込む。刃同士がせりあいながら大倶利伽羅は面の男に近づいた。
「いつまでそんな格好をしている。いい加減にしろ」
強く斬り込んだのは言葉だけではなく眼差し、そして刀。面の男は後ろに下がることでその力を受け流した。大倶利伽羅は追わずその場に立っている。
「はは、伽羅ちゃんに怒られちゃったら止めないわけにはいかないか」
楽しげな笑い声が面の下から聞こえてくる。
男は空いている手で自分の衣服を握る。そしてそのまま破るように力一杯引いた。
だが布が裂ける音は一切聞こえず、まるで手品の様に布が宙に舞う。男の体の線を隠すくらいの大きい羽織だった布は、宙に舞ってもやはり大きく、一瞬だけ舞台上から男の姿を消した。
布は重力に従い、落ちていく。隠していた男の姿を現していきながら。
艶やかな黒髪は、彼の手入れが行き届いている証拠だ。見目に拘る彼に、綻びなど生じない。気高い黒に包まれながら、それに負けない自信を放つ。現れると分っていても、少し見惚れてしまう。
一目見れば忘れることは出来ない刀。美しく、強く、そしてなにより格好良い刀。
「光、坊」
震える様な声で呼ばれた愛称に目の前に現れた男はニッと唇をあげる。
「そう、僕の名前は燭台切光忠。伊達政宗公に名付けられた刀だよ。勿論、僕は僕であって主じゃない。ご明察だね、さすが伽羅ちゃん!」
「やかましい。何処を探してもいないと思ったらこんなことをして。何がしたいんだ、あんたは」
「その説明を始める前に、伽羅ちゃんと鶴さんが一番心配していることから」
燭台切は誰もいない後ろを振り返る。それが合図だ。歌仙もまた同じ方向へと顔を向けた。
そして部屋の奥――舞台袖で審神者の格好をしているもう一人を呼ぶ。
「主」
正真正銘、歌仙の主。
今は面によって表情は見えないが舞台が開いていることで纏められている緞帳をぎゅっと握りしめているのが見えた。
「主、もういいよ。そこから出ておいで」
歌仙がその場を動かないまま手を差し伸べる。そこで初めて舞台の下から、僅かな動揺が伝わってくる。
その動揺は舞台袖にも伝わり、主がじり、と後ずさって見せる。けれど焦りはしない。
「主」
しっかり名前を呼ぶ。
歌仙がこういう風に名前を呼ぶと、主はどんなに逃げたくても歌仙の前に姿を表す。昔からの刷り込みだ。
おずおずと足を踏み出し、今は本丸である舞台に主が登壇する。
舞台下の動揺がはっきりとしたどよめきとなった。平然としているのは事前に知っていた鶴丸を除いた舞台上の三人と何も知らないその他の観客だけだった。
え?何、本物?
いや、主は女だっただろう。あれ男じゃないか?
でも歌仙さんのあの態度、本物だよ!
囁きより少し大きいさざめきが主に当たる度、前世よりがっしりとしているその肩がびくびくと跳ねる。ただでさえずっと引きこもり他人の前に出ることなどなかったのだ、こんな大人数の前に立つなんて緊張するに決まっている。
まして前世とは違う性を持っている姿を、それが原因でいじめられた自分を曝すことに怯えない筈などない。
「ご覧の通り主は無事だよ。本丸を掌握するつもりなんてさらさらないから安心して。主と歌仙くんにはちょっと協力してもらっただけなんだ」
舞台下の動揺も、主の怯えも気づいているだろうにわざと明るい雰囲気で話す。歌仙も台詞を続ける。
「僕が居て謀反を起こすものを許すわけがない。わかったなら刀をおさめるんだね」
大倶利伽羅は無言で刀を鞘へとおさめる。少し名残惜しそうにも見えた。
「ごめんね伽羅ちゃん。君に何も言わなかったから心配をかけてしまったね。でもそんなに大層なことをしようとした訳じゃないんだよ」
困った笑顔で宥める様に言う。こちらは刀を納めないまま。
「どうしても話がしたかったんだ」
「話?」
「そう。・・・・・・鶴さんと」
燭台切は大倶利伽羅の後ろに立っている鶴丸を見据える。鶴丸はいきなり自分へと矛先を向けられたことに目を見開いたが、燭台切が姿を現した時よりは落ち着いて見えた。
「普通に話そうとしてもはぐらかされるって思ったから。案の定、さっきも僕だって分かってただろうに、素知らぬ顔で僕のこと主って呼ぶんだもの。いくら気まずいって言ったってひどいよね」
「・・・・・・そういうことか」
燭台切の言葉に鶴丸が小さく独り言を呟く。ようやくこの舞台があの最後の日のやり直しだと気づいたらしい。
「わざとじゃあないさ。主に化けるなんて大胆な真似をする奴がいるとは夢にも思わなかったんだ」
「貴方が好きそうな驚きでしょ。あまり喜んでは貰えていないみたいだけど」
「驚きのあまり声が出なかっただけさ」
単に劇を中断したくないからか、それとも受けて立とうと思ったのか。今まで大人しかった鶴丸はようやく舞台の登場人物としての役を再開し始める。
「それで?主まで巻き込んででも俺としたい話しと言うのはなんだい?歌仙と二人で今までの驚きに対する感謝か?良いって礼なんか。俺も好きでやってたことだしな!」
自分で水を向けながら話を反らそうと言葉を流す。舞台の流れを掴もうとしているらしい。
口も達者で頭の回転も早い。突拍子のないことにも対応できる能力もあるので鶴丸にならば可能だろう。通常であれば。
ただ、補佐するものと言うのは、他人をよく見ているのだ。ずっと近くで支えている相手なら尚更その性質をよく理解している。言葉と言葉の繋ぎ目にどのようにメスをいれれば効果的に主導権を取れるか、なんてことも。
「俺としちゃあ可愛い弟分が自ら率先して驚きを生み出そうとしてくれたこと自体が喜ばしいことこの上ない!これが最後だからって、いやあ、君も粋な事をしてくれるじゃな、」
「卑怯な真似をしてしまったって後悔してる」
舞台の真ん中に立ち、両手を広げる。そして大げさな手ぶりを見せながら言葉を並べる鶴丸の言葉に、さっくりと。穏やかな声色の副会長に忘れがちだが、本来光忠の声は良く通るのだ。しかもとても言い響きで。
光忠が一言話せば、観客の目は光忠に集まる。
「言い訳が欲しかったんだ、気持ちを受け入れて貰えなかった時の。呟いた言葉は貴方に聞こえなかったんだって、自分を慰められるように」
観衆の目を受けていながら彼はかつての言い訳を口にする。そして恥ずべき物が頭上にのし掛かったかの様に少しだけ項垂れた。
「案の定、僕はその言い訳に縋ることになった。聞こえなかったのだから仕方がない、受け入れて貰えなかった訳じゃないんだ。って自分を慰めた。それが恥ずかしいことだって、惨めだって分かってた。だけど僕はそのことからも目を背けた」
左手で自身の顔を覆った。平生の彼であれば、他人の目があるのに無様な姿を見せる筈がなかった。少なくとも鶴丸は初めて見たようで、目を見開いて固まっている。もっともそれは光忠が語る言葉にかもしれないが。
「僕が望んだ物とは違った物でも貴方がくれた気持ちに応えようって考えたんだ。それが出来たらフラれたことも、格好悪い事実も全部、上書きされる気がしたから」
そろそろと左手が離れていく。俯いていた顔も少しずつ上がり、しかし上がりきる前に視線が鶴丸を捉えた。
「つまり、僕は、逃げたんだ」
そして顔を上げて、自らを嘲笑う。己はどうしようもないと。
「一番怖いことから逃げた。逃げた自分からも逃げた。そんなことをして辿りついた先に、花びら景色なんてある筈もないのに」
鶴丸から視線を外して、歌仙の隣にいる主へと体を向けた。
そして、ごめんなさい。と唇だけ動かした。自分の人生の先にある幸福を願ってくれた人に、その想いを踏みにじってしまったことを謝罪したのだ。
主はぶるぶると頭を振った。それを見て幾分か安堵した様だ。
嘲笑からはましになった表情で、また鶴丸へと向き合う。鶴丸は光忠から目を逸らせず立ち尽くすだけになっている。光忠は反応がない鶴丸にも気にした様子はない。今は光忠の独壇場。それでいいのだ。
「もう、決着をつけようと思ってさ」
しかし、光忠がその一言を放った時、鶴丸がびくっと体を揺らして反応を見せる。
「ここを、箱庭を出たら、外は今までとまったく違う世界だ。どんなに切れ味が良くても、どんなに戦いが上手くてもそんなもの役に立たない、現代社会」
「・・・・・・そうだ、俺たちはもう刀でも何でもない、人間になるんだ。もう傷つく必要もない。普通に生きてさえいればいい。たった一度きりの人生だ。楽しく生きたいじゃないか」
最初の声は掠れていた。それはどういう感情なのだろう。まだ、わからない。けれど続く言葉には切実な響きが含まれていた。広げられた両腕は大げさなものではなく、切に何かを訴える様に。
「奪われることなく。縛られることなく。蔑まれることなく。ひとつの命として正々堂々顔を上げられる人生を、生きてほしいんだよ。君には」
「優しいんだね。僕の人生まで考えてくれるなんて」
鶴丸が願うのはやはり光忠の人生だ。そうだろうとも、鶴丸は光忠を好きなのだ。だからこそ光忠のたった一度の人生を守ろうとしている。
光忠もそれを感じている。喜びに彩られている微笑みは嘘ではないだろう。けれど、
「嬉しいけど、僕とは相容れないかな」
きっぱりと鶴丸の言葉を断ち切った。
「だからこそ決着をつけに来たんだ」
僅かに首を傾げながらも鶴丸から視線を外さない。だからとても挑戦的な眼差しになっている。挑んでいるのだ、想い人に。
「僕の考えを否定したいなら僕をここで止めてくれ」
そして右手に握っていた刀をつきだす。呆然としている鶴丸相手でも容赦なく。
「上手く生きられなくてもいい。傷ついてもいい。たった一度の人生だと言うのなら、貴方を追いかけようと決めたんだ。がむしゃらに、どこまででも!」
一瞬震えているかと思った声は、徐々に決意を帯びていく。力強く。言葉通り、格好良さも気にしてられないくらいの必死ささえも感じる位に。
「だって、だって僕は、貴方が好きだから!!!」
けれど、今。この舞台上だけではなく、講堂に全体に響く告白は、恐れにも真っ向から挑む姿は。告白された本人ではない歌仙の胸をも叩く程で。
格好良いね、燭台切光忠。
静まり返る空間で、思わず拳を握りしめながら心の中で称賛を送ってしまう。
「さぁ、刀を構えて。僕達はまだ刀だよ。相容れないなら決着はこれでつけるしかない。貴方がこの気持ちを迷惑だと思うなら本気を出して。正面からバッサリと僕を斬り伏せてくれ。刀を交えて出た答えなら僕もすっぱり貴方を諦められる。勿論僕だって簡単に負ける気はないけどね」
そして彼は刀を構えた。勿論、本物の刀はここにはないので、本気の斬り合いは出来ない。けれど光忠は気にしないだろう。模擬刀が使えなくなっても舞台袖に隠してある木刀を持ちだすだけだろうし。
刀は偽物でも、言葉は本気だ。鶴丸にだってそれが分かるだろう。
構えたきり何も言わない光忠に、立ち尽くしていた鶴丸がゆるゆると動き出した。少し前に光忠もそうしていたように、片手で自らの顔を覆った。溜め息さえ吐き出せなくて食いしばる歯が、歌仙の位置から見えた。
「・・・・・・何故だ。何故自らそんな選択をする」
この世の痛みを全て肩代わりしているかのように、喉の奥からやった絞り出した声。聞こえている筈なのに答えない光忠に、鶴丸は顔を覆っていた手に力をこめる。顔の皮に食い込ませて剥がしそうな衝動を一瞬感じた。
そのせいか続く声は震えを伝えて、鶴丸の動揺が聞いている者の心を揺らす。
「人になるんだ。与えられた仮初めの肉の器じゃない。人の胎から生まれ、四季と共に年を重ねていく。血と共に時が体を流れ、毎分毎秒細胞が生まれ変わっていくんだ。自分の命を後世へと受け継いでいくことが出来る。ひとつの命となることは、俺たちが人になるということは思ってる以上にずっとずっと、尊い奇跡であるんだよ」
鶴丸はその来歴から人に呆れている部分があった。人に対して他人行儀な所も。しかしそれは、それ以上に鶴丸が人に対して愛情深い部分があったからだ。愛すべき愚かな人間を赦す為の一番簡単な方法だったからだ。
自分を生み出した人を愛し、共に墓に入った人を愛し。自分と同等ではない人間を、鶴丸は子の様に親の様に愛していた。
初めて聞く鶴丸の吐露は、それが間違いない事実だと知らしめる。
光忠はそれを知っていたのだろうか。ここまで聞いても揺らがない眼差しを鶴丸に向けている黒の名前を、なあ、光坊。と縋る声色で鶴丸が呼んだ。
「君は人に愛されている。焼けても尚、刀としての役割を果たせなくなっても尚、人間は君を愛している」
君だって人を愛しているじゃないか、心から。
目で、言葉で訴えて、一瞬唇を痛い程に噛み締めて。
「君は、君が好きな人間となるのに、俺を選んでしまえば人間の世界では異端となる。自らしがらみにとらわれることとなる。同じ人間であるのに、自分達とは違うのだと、人は、君を傷つける!だから俺は、そうならないように・・・・・・っ!」
悲痛な吐露は絶望を叫んでいる様に錯覚させる。実際、鶴丸にとってはそうなのかもしれない。けれど、鶴丸以外の誰もが分かっている。これは全て、光忠への想いで。それは、大きすぎる愛であり、恋であると。
「君が大切なんだ。傷ついてほしくない。だから・・・・・・思うだけ、させてくれよ。ここで、君を想うだけ、させてくれ」
「・・・・・・刀を構えるんだ、鶴丸」
胸を掻きむしる強さで抑える鶴丸に、歌仙以外誰も何も言えないことが分かって、歌仙は静かに示した。上半身を屈めている格好で、鶴丸はこちらを見上げてくる。
恨めしそうな目で。
「言葉で光忠は納得しないよ。光忠を説得したいなら、刀を構えるんだ。そして光忠を負かせばいい。そんなに絶望する必要はない。実に簡単に、答えが出る」
「そんなこと、出来る訳がない」
「何故?君の強さは光忠に引けを取らない。いや、今回に限っては君にこそ勝機がある。光忠を侮蔑の目で見て、一言いうのさ。『迷惑だ、君といるのは苦痛なんだ。俺は君が嫌いなんだ』って、そういって斬り付ければ光忠は、」
「好きなんだよ!!!!!!!!!!」
とうとう鶴丸が叫ぶ。光忠ではなく歌仙に向かって。
「俺はこの子が好きなんだよ!!だから、だから好きな奴が傷つく姿なんて見たくない。自分といるが為にというなら尚のことだ。そんな苦痛、俺が!耐えられないんだ!」
そしてその場で蹲る。気が長くなる程の年月を存在していた刀の付喪神が、まるで十数年しか生きていない子供の未熟さで。
だからこそ、その感情が純粋で。だからこそ、強い拒絶だと言うことが一目で分かってしまう。
これは本当にどうしようも出来ない心の問題なのだ。分っていたことなのに、今更歌仙もならば仕方がないと宥めてやりたくなってしまう位。
しん、とした講堂。見守る観客も声を発することは出来なかった。この苦悩に水を打つことさえ。
ただ大倶利伽羅はまっすぐ丸まった白を見ている。そして光忠は静かに刀を下ろした。
「二人で過ごした日々の先に残るのは傷跡だけなのかな」
そんな中。歌仙の隣から、小さな投げかけがあった。羽織の裾をギュッと握っている。面の下では、きっと鶴丸を真摯な目で見つめているのだろうことが分かった。前世の、刀たちを見るあの眼差しで。
「確かに、傷ついたらね、痛いよ。すごく痛い。全部投げ出しちゃいたくなる位。でもね、本当に大切な人がいるならね、耐えられるんだ。傷ついても、強がって傷跡隠しても。大切な人達に会いたかったから私、耐えられたの。恥ずかしいけど惨めだけど、でも私、そんな自分、少しだけ誇りに思う。好きな人たちを想う自分の気持ちを、強いねって。負けなかったねって、褒めてあげたくなる」
「主・・・・・・」
「傷ついてもその分強くなれるのが人間だって、信じたいよ。貴方達が人間になるというなら、貴方達もそうだって、・・・・・・信じてる」
貴方達の人生という旅路の果てがどうか花びら景色で在りますように。
本丸が閉じる前に、刀を全員集めてそう言ってくれた声とは似ても似つかない声。けれどそこに込められている想いは変わらない。心の底から、大切な人達の幸せを願う想いは。
主を見ていた歌仙の片目からぽろっと、涙が零れた。主には見えていないから拭いもせずそのままにした。そのままにしていたかった。
鶴丸は蹲ったままだ。主の言葉は聞こえていただろう。更に深く落ちた頭がその証拠だ。
苦痛に耐えられないと言った鶴丸は痛みを受けて強くなるなんて、自分には不可能だと思っているのかもしれない。どんなに深い傷を負っても、手入れをすれば元に戻っていた過去を思えば。かさぶただらけの人生を、それを好きな相手に求めることを、有り得ないと思っているから、立ち上がることも出来ないのかもしれない。
歌仙はそれを、不甲斐ないとも情けないとも思わない。痛みを知ったからこその苦悩だ。痛みを知らない人間など、いないのだ。
そして一人で立ち上がれないのも当たり前。人は独りでは生きられない。
だからこそ、愛する誰かがいて、大切な誰かがいる。
降ろした刀を鞘におさめていた光忠は、その鞘ごと刀を静かに床に置いた。そして蹲っている鶴丸にゆっくりと近づいた。見下ろし言葉を掛けることもせず、鶴丸の側に両膝をつく。
気配を感じてびくっと体を揺らす鶴丸にたじろぐこともなく、柔らかな表情を崩さないまま。
「・・・・・・人間になれば。もう、鋭い切れ味もない、両断する力もない。柔な体と、心しかない。だけどね、貴方がいれば僕は強くなれるよ」
黒い手袋が鶴丸の腕に触れる。
「僕が傷ついたら、好きだと笑って言ってくれないかい。僕が苦しい時は抱き締めてくれないかい」
腕から先の方へ降りていき、鶴丸自身の膝の上に重ねられていた手へと黒い手袋が辿りつくことが出来た。鶴丸の両手の上には鶴丸の落ちた頭が乗っていたが、今は僅かに顔が上がり隙間が出来ていた為だ。僅かに上がった顔は目の前の光忠だけを見つめていた。
光忠もまた、鶴丸だけを見つめている。自分の底にある想いを伝える為に。
「貴方が耐えきれないと思った時、僕の好きだよと言う言葉で、どうか、強くなってくれないかな」
「光忠・・・・・・」
ひたすらにその顔を見つめ、震えた声で名前を呼ぶものの自身の手に重ねられた光忠の両手を握り返す様子はない。愛しい相手にここまで言われて心が動かない者などいない。しかし、鶴丸は狂おしい程光忠が愛おしいからこそ、その葛藤も大きい。
愛おしいから側に居たい気持ちと、愛おしいから離れるべきだと思う矛盾した思いが均等ならば、天秤がどちらに傾くかは鶴丸だけにしか決められない。
けれど、歌仙が黙る必要もない。歌仙は言いたい事をいう。
「もし、光忠の気持ちだけでは足りないなら、僕の気持ちも差し出そう」
今まで見つめ合っていた二人が、歌仙の声に反応して同時に見上げてくる。光忠は頼もしそうに、鶴丸は驚いた顔で。
「君たちが傷ついて辛くて立ち上がれない時、僕が駆けつけよう。立ち上がれと手を差し伸べて、君たちに幸せになってほしい。と何度だって鼓舞してみせる」
見上げる二人に歌仙から歩み寄り、片膝をついて視線を合わせる。蹲っている鶴丸よりは高い位置ではある。こんなに長く鶴丸より高い位置にいるのは珍しい。
その下から窺う視線が、自分を怒らせてしまい機嫌を窺ってくる和泉を思い出して微笑ましい気持ちになるのは失礼にあたるだろうか。
そうだとしても自然と浮かぶ笑みを取り繕う気はなくてそのまま続けた。
「それでも、足りないと言うのなら、その時は他の皆も呼ぼうじゃないか。そう、先に出ていった全員のことだよ」
舞台の上に、刀はもういない。皆出ていってしまった。だから皆の意見を聞くことは出来ない。代わりに歌仙は、鶴丸の視線を誘導するように片腕を広げる。丁度、舞台下の方へと。
「きっと皆駆けつけるよ。前世があまり干渉するのは良くないと思うかい?確かに、一理あるね。だがね、僕達は断ち切られた絆でもなければ、前世の呪いでもない。縁は想いで繋がるのさ。縁が繋がっていれば、来ざるを得ないじゃないか」
舞台下に陣取っている集団が、一人も欠けずに集まっていることを鶴丸だって気づいている筈だ。歌仙は会えた数人に事情を説明して声を掛けただけだ。後は各々の判断に任せた。伝手があるなら他の仲間に伝えてもらえたら嬉しい。前世なんて関係ないと知らない振りをしてもいい。そう言っただけ。
その結果が舞台下の顔ぶれならば、歌仙が自信満々に断言したってなんの間違いではない。
「世界中の人間が君達を傷つけて、逃げ場を失っても。僕達は君達の味方でいるよ。もう、何の力もない、ただの人間でしかなくてもさ」
心からの言葉は皆の代弁でもある。この気持ちを信じてもらえたら嬉しい。光忠の気持ちと、皆の気持ちを信じてくれたら、その後に鶴丸がなんて答えを出しても納得が出来る。
「おっと。そろそろ時間だね。箱庭が閉まる時間だ。では、見届け人として問おう。鶴丸、・・・・・・国永、君は彼をどう思っている?」
言うべきことは言った。後は答えを聞くだけだ。揺れる瞳に答えを求める。
「君は、どうしたい?」
歌仙を見上げていた鶴丸は返答に詰まり、俯いた。
「・・・・・・」
光忠を見ることもしない。苦悩するかのように、歯を食いしばる。
緊張を感じる空気の中、鶴丸は俯いたまま自分の手に重ねられている光忠の手から逃れる様に手を引いた。
そうか、それが答えだったか。
落胆はしたものの、歌仙はそれに頷こうとした。光忠は、傷ついて噛み締めた唇を一瞬で解き、全てをぶつけた果ての答えならばと、納得の微笑みに変えようと努力していた。舞台下からも、なんと予想外にその後ろの一部からも落胆の雰囲気を感じたが鶴丸の選択を非難する声はなかった。
さて、ではこれを卒業の芝居として纏めるとしよう。
もし、鶴丸が拒否した場合、国永が迷惑を蒙らない様に別の筋書きを用意していた。自分は別に良いが、国永が何かしらの誹りを受けないようにしたいという光忠の考えからだ。
一方的に仕掛けられた告白劇だとしても世間は面白がる可能性が高いので、歌仙もそれには同意してある。
歌仙がさっと立ち上がり、余り考えたくなかった筋書きを思い出しながら場の空気を変えようと口を開こうとした時。
黒い手の下から逃げていた、白い手がそろそろと動き、今は床に落ちていた光忠の手をぎゅっと握る。
「この手を、離したくない」
ひとつの目が、何を言われているか分からず瞬きも忘れて凝視している。
歌仙ですら思わず固まってしまっているのだから仕方のない話だ。
鶴丸は、うろ、と視線を不審に流し、今の言葉を後悔するかの様に口を閉じた。
口を開きかけて、やっぱり強く結んで。目をぎゅっと瞑り、今この瞬間、箱庭が閉じてほしいと何かを待つ沈黙を保とうとする。しかし、漸く何かを決し、瞳を開いた。
「俺のために傷ついてもいいと言ってくれた。俺に強くなってくれと言ってくれた。彼の側で、彼を愛することを諦めたくない」
大人の手ではない細く白い手が、やっと掴んだこの世で最後の希望を離すわけにはいかないという位の強さで、黒に包まれた両手を握りしめている。力を込めすぎて震えているのが歌仙から見えて、これは握られている方も非常に痛いだろうと、状況をまだ飲み込めきれない頭の隅で思った。
その痛みのお陰で光忠の方が歌仙よりも先に脳みそが動き出したらしい。ただ彼の顔が歪んだ理由は、痛みの為ではなく別の理由であるのは明白だ。
泣き出しそうな光忠を見た瞬間、まだ残っていた多少の迷いや後悔や硬さを鶴丸が捨てたのが分かった。強張っていた眦を柔らかに緩め、もう諦めないと決めた愛を滲ませたからだ。
「光忠、」
あの日、俺が本当に伝えたかった言葉を言わせてほしい。と唇が動く。
「共に箱庭を出よう。新しい世界を、俺と生きてくれ」
ぐっと結んだ口は、そうしなければ声を上げて泣きだしてしまったのかもしれない。光忠は勢いよく下を向いた。そのせいでぽたりと一粒の雫が、舞台の上に落ちたのは鶴丸だけが知っていればいいことだ。歌仙は気づかなかったことにしよう。
黒い胸が、深く大きい深呼吸を一回。震える息を全て出し切った瞬間、上がった顔は
ああ。僕は、きっとこの顔が見たかったんだろうな。
と歌仙に思わせる程、きらきらと。文系ながら言葉に詰まるなんて口惜しいけれど、何かに例えるのも無粋なほど眩しく。この世の光が全てその瞳に集まっている様に見えた。まだ見ぬ未来の景色を明るく照らす光までも。
「喜んで!!!!」
「「「っっっっよっしゃああああ!!!!」」」
光忠が大きな快諾の返事をした瞬間、低い歓声が講堂に響いた。びくんっと思わず揺れた二人は漸く現在の状況を思い出した様だ。
今は舞台上の役であるにも関わらず、舞踏下で上がる歓声を眺めてしまっている。
しかしそこから見えた景色に、そして握りしめ合っている手の温もりに。二人は揃って表情を笑顔へと変えた。はにかみながらも純粋な喜びを噛み締める様な笑顔に。
「やはり茶番だな」
ただの劇に対して、一部異常な盛り上がりが渦巻く中。今まで、何も言わず見ているだけだった大倶利伽羅が無感動に言い切った。喜びの熱へ水をかける突然の言葉に、舞台下の観客だけではなく舞台上含めたすべての視線が大倶利伽羅に集まる。
「結局は身内贔屓のぬるま湯の中での決意でしかない。そんな中での誓いに何の意味がある」
「大倶利伽羅」
急に静まり返った周囲を気にも留めず大倶利伽羅は自分の意見を貫き通す。佇み、身を寄せ合っている二人を見て。
愛し子からの懐疑に鶴丸は光忠の手を握ったまま立ち上がり、向き合う。ばつの悪そうな、雰囲気を隠しもせずに。
「・・・・・・不甲斐ない姿を見せてしまった。光坊にもお前にも。俺は弱くて、手を差し伸べて貰い、仲間に鼓舞されなければ好いている者の手も握れない。お前が俺に失望してしまうのも当然だ」
「・・・・・・」
「だから挽回のチャンスをくれないか」
「・・・・・・挽回のチャンス?」
「俺はこの手を離さない。どんなに傷つくことになろうとも、たった一度の人生を共に歩くと決めたのさ、最後まで」
握りしめ合っている二人の手と己の意志を示す。
揺るぎない出で立ちは、歌仙に鶴丸国永という刀の本来をやっと思い出させてくれた。
「決めた以上不幸にする気はない。出来れば幸せにしたいと思う」
「分かってないよ、鶴さん。僕にとっては貴方と共に生きていく道中こそ花びら景色なんだよ」
「そっか・・・・・・、ああ、そうだな」
「口先ではなんとでも言える」
お互いが寄り添い生きる事を決めた二人の確認を大倶利伽羅は鼻で笑った。
「あんたの挽回のチャンスを見届ける為に一度きりの人生を消費出来る程、俺も暇じゃないものでね」
「伽羅坊・・・・・・」
鶴丸にとって大倶利伽羅は特別な存在だ。大倶利伽羅に認められないからと言って、光忠の手を離すなんてことはないだろうが、出来る限り二人の仲を認めて貰いたいに決まっている。ここに来ての立ちはだかる壁に、鶴丸がどうにか想いを伝えられないかと再び名前を呼んで大倶利伽羅に近づこうとした。
しかし大倶利伽羅はじろりと睨み付けることで拒絶する。顎を引き、上目に見るような強い視線のまま口を開いた。近づくな、とそう口にするかと思いきや。
「姫抱きだ」
「へ?」
実際飛び出した言葉は予想外過ぎるもので、鶴丸でなくとも間抜けな仕草を曝したことだろう。先ほどとは明らかに違う意味で静まりかえる空気にもやはり大倶利伽羅は気にした様子はない。その強メンタルを分けてほしいものだとしみじみ思った。
「あんたの決意とやらを俺に見せてみろ。挽回のチャンスは今、ここで一回きりだ」
腕を水平に上げ、指をさす。その方向は舞台の袖。
「ここを去るときは姫抱き以外認めない。出来ないのなら光忠の事は諦めろ」
「お、俺がか?」
「逆は容易い。あんたが言ったんだ、そいつの手を離さないと。そうなれば、この先容易いことばかりではない。あんたが恐れていたように外の世界は、しがらみばかりだ。優しい箱庭の中とは違ってな」
主を見て、歌仙を見て。他に誰もいなくなった舞台上から、今度は舞台下を見やる。分かる者しか分からない程度にその目元を和らげて。大倶利伽羅にとっても、前世も今いる仲間たちも優しいものだと彼は言ってくれている。
改めて知れた彼の心情の一部にそこにいる仲間たちが感動していることに気付いたのか気づいていないのか、大倶利伽羅は眼差しを平生のものとし、二人だけに視線を戻してしまった。
「人は、ただの人は、たった一人を守ることだって難しい。あんた達がこの先、二人で生きていくと言うなら尚更、他の人間達より苦難も多いだろう。刀だったあんたが、想像も出来ないこともある。二人一緒に倒れてしまうこともあるかもしれない」
その未来を想像した様に、大倶利伽羅は苦し気に眉を寄せた。拳も、見ているこちらの胸が痛くなる位強く握られているのに歌仙以外も気づいているだろう。
鶴丸が小さく、伽羅坊と痛々しさも隠さないで名前を呼ぶ。すると大倶利伽羅は、息を吐くことで自分の中の何かを律して見せた。
「・・・・・・けれど、それでもあんたがこいつを連れていくと言ってくれるなら、その決意を俺に見せろ。欠片でもいい、あんた達が二人で幸せになれるのだという確証を、俺に見せてくれ」
真摯な言葉の中には、深く付き合ったものにしかわからない切実さもあった。
「伽羅ちゃん・・・・・・」
それを一番に感じている光忠が大倶利伽羅に手を伸ばしかけると、
「というわけだ、国永。早くしろ。時間が押してる」
「急遽巻いて来るね!で、でもさすがに姫抱きは無理じゃないかな?ね、見て、この人の細さを。そりゃあ鶴さんは強いよ。鶴さんだったら出来たかもしれない。けど、いまは、」
突如顎で雑に示して来る相手に、つんのめり掛けながら光忠が突っ込む。国永の細さアピールをしながら。勿論大倶利伽羅が相手にする筈もなくつーんとそっぽを向いて鼻を鳴らす。
「弱さを理由にして何かを諦めるなら、結局何も守ることなど出来ない。あんたは国永がその程度の男だと、そう言いたいんだな?」
「ち、違う!でも、伽羅ちゃんっ」
「・・・・・・わかった、やる」
「くに、っ、鶴さん!」
「おいで光坊」
「む、無理だよ。体育祭の借り物競争で僕を連れていく為におんぶしようとして、つぶれたの忘れたのかい!」
「さぁ、なんのことやら。『俺』には記憶がないなぁ」
腕を動かして鶴丸は嘯く。実際、『鶴丸』は体育祭なんて出たことがないのでまるきり嘘でもないが。
何にせよ、やらないつもりはさらさらないらしく、光忠に体を向けた。
「男にゃ、やらなきゃなんない時があるのさ!大事なもの掻っ攫うならそれなりの姿勢ってもんがある!」
「僕、別に攫われる訳じゃないんだけど」
「茶化すな光忠」
「茶化してないよ!?むしろ僕が一番真面目に困ってるよ!」
大倶利伽羅に抗議している光忠の手を握ったまま鶴丸はその場で片膝をつく。
それを見て光忠はますます狼狽えた。
「本気かい!?や、やだよ。鶴さん腰やるよ、知らないからね!」
「大丈夫だって、任せろ」
「本当に勘弁してくれ!公衆面前で姫抱きされる上に落とされるとか最高に格好悪いじゃないか!」
「光坊」
その公衆面前で一世一代の大告白をしたくせに、尻込みする往生際の悪さを、名前を呼ぶことで断ち切る。
「おいで」
有無を言わさないとはこんな響きなのだろうと思わせる。迫力というか貫禄というか、そう言った年季の入ったものに光忠は逆らえないらしく、口を噤み僅かに俯いた。そして、今度は抵抗一つ見せず片膝を付いて待っている鶴丸に近づき、その太腿の上に大人しく腰を下ろす。
「・・・・・・落としたら、百年の恋も冷めちゃうからね」
「心配性だなぁ。さっきまでの威勢はどこにやったんだ」
「だって、」
「落とさないって。万が一落としたって、その時は百年かけて君の心を取り戻して見せるさ」
「百年待つ方の身にもなってよ」
観念した様に光忠が溜め息を吐いて、鶴丸の首に両手を回した。
「歌仙」
余興感覚で一連の行動を見守っていた所に突如名前を呼ばれた。
大倶利伽羅が二人ではなく歌仙を見ている。
「立会人を頼む。国永が光忠を落としたら、俺は光忠を連れていかせはしない」
「分かった、請け負おう」
「俺は本気だ」
「その様だね」
揺らがない視線をしているのに、その瞳の奥の奥では、いいのか、止めなくても。と歌仙に問いかける。矛盾している彼の心象に今度は笑って答えることが出来る。
「僕は心配してないよ」
鶴丸にとって大倶利伽羅は特別な存在だ。本当に。
鶴丸が大倶利伽羅の条件を飲んだのは、決意を見せる為だけでも大事な光忠を彼から連れ去るからだけでもない。大倶利伽羅自身が大切だから。
鶴丸は自分の大切なものに対して、非常に敏感だ。大倶利伽羅の苦悩や後悔に気付いていない筈がない。
姫抱きなんてふざけてつつも、光忠を賭けるなんて非常にリスキーなこの条件を鶴丸が了承したのは自分達の為だけじゃなく、大倶利伽羅が自身を疑って、自分を信じられないという悲しい現状を断ち切る為でもあるのだ。
そんな鶴丸を知っていて、何を心配することがあるだろうか。
二年間、一番近くで三人を見ていた歌仙はこうして今も一番近い所から三人を見守っている。前世のやり直しなんて非日常にいるが、今世の日常と変わらない。いつも通りだ。
そう、いつも通りならば、
「見せてくれるだろう。国永!」
我が生徒会長は、歌仙達の青春を暗い物になんて絶対しないことを。
「勿論だ!!!」
青い春に降り立つ鶴が若い輝きでニッと笑って、光忠を抱き上げた。
ふわりと、不思議な力が働いたような軽さで。
「え?」
そこにいる誰もが驚いた様に目を見開いた。抱き上げられている光忠さえも。鶴丸は余裕の笑みを浮かべている。
「っ、ど、どうだ!驚いただろう!!」
様に見えたのは一瞬で、鶴丸は笑みをひくつかせ、声をあげた。細さが羽織で隠れている腕はぷるぷるとした震えまでは隠せていない。当然だ、この世界には不思議な力などない。
ここは箱庭ではなく、少年期が終わり、青年期が始まる前の未だ青い春の舞台。
その舞台で国永は自分の立場を全うしてくれたのだ。
たった一度の人生。友達もおらず寂しい学生時期を通りすぎようとしていた歌仙を見つけてくれた。光忠に声を掛けたのだって、恋しさだけが理由なのではない。なまじ前世の記憶があり達観し過ぎて青春の過ごし方がよく分からなかった双子を見過ごせずにいたのだろう。
自分だって初めての人生で、うちに秘めてる想いと苦しみがあったろうに「一度きりの人生の、一度しかない高校生活、楽しくなくちゃ意味がない!」と先頭に立ち、必死できらきらの青春をプレゼントしてくれる、そんな我が生徒会長。
彼は卒業式を終えた後でもそれを全うしてくれた。本当はそんな義理も、まして義務もないのに。
「ああ、それでいい」
大倶利伽羅が呟いた。歌仙にしか届かない小ささで。
「さっっっすが鶴さん!!!ド派手、とは言いにくいけど決めるときは決めるぜ!」
黙っていることが耐えきれなくなった幼い声を皮切りに指笛やら歓声が飛ぶ。震えている最中の鶴丸とはらはらと抱き上げられている光忠はそれどころではなさそうだが。
「ほら、なにやってるんだい。さっさと掃けるんだよ」
「か、歌仙」
「歌仙くん」
今度こそ抑えられなさそうな歓声の中、舞台下には届かないくらいの声色で二人に話しかけた。
「このまま二人で崩れて劇を締めるつもりかい。廣光が折角楽しい記憶として箱庭を閉じてくれようとしたのに」
元の脚本では、審神者が刀たちを見送る場面で終わっている。荒れに荒れた舞台だったがこのまま国永と光忠が出ていけば、見送る者と見送られた者で、舞台を締めることが出来るのだ。
「予想外で素っ頓狂。雅じゃないが笑えてしまう。そんな僕達生徒会らしい終わり方だろ?それを台無しにしてもらっては困るな。まったく、最後まで手を焼かす。さ、歓声がなりまやないうちに」
そう言って呆けているのか泣きそうなのか分からない複雑な顔をしている二人にウインクを飛ばす。尤も、今までウインクなんてしたこともないから上手くできているか分からない。
別に構いはしなかった。そのウインクを受けて二人が笑いを吹き出してくれたから。
吹き出し終えた所で、腕がふるふるしたままの国永が声を張り上げる為に吹き出した分の息を吸い込む。
「よし、行くか光坊!新しい門出だ!」
「そうだね、鶴さん!」
芝居がかった台詞を吐いて、いや実際芝居でありでも作られた台詞ではないそれを、二人は満面の笑顔で言った。
ぷるぷる震えながら捌ける二人。少し長い燕尾がふわっと揺れるのがなんだかヴェールの様だ。衣装で言えば新郎と新婦の様ではないか。姫抱きの位置や和洋ごちゃまぜだが。
そんなことを考えて二人が舞台上から完全に捌けたのを視線で見送った。
「うわっ」
「わぁっ!?」
二人が何とか辿りついた舞台袖からそんな悲鳴とどんがらがしゃんっ!なんて色んな物が盛大に転がる音がした。舞台下からそれに対しての笑いが起きて、歌仙も笑いそうになったが舞台袖の事にまだ干渉出来ない。
それは大倶利伽羅も一緒だった様で咳ばらいを一つした。
「騒がせたな」
「いいや、最後まで楽しかったよ。ね、主」
「う、うん・・・・・・」
大倶利伽羅は、主の前にやってきて跪座した。
「あいつら共々世話になったな」
「くりちゃん、」
「ここを出ていった刀達を代表して言わせてもらう」
そして深々と頭を下げる。
「ありがとう。あんたと歌仙がこの箱庭の始まりで本当に良かった」
硬質な雰囲気から考えられない柔らかな動作で上がった頭。そして主を見上げる目は、今まで見たこともないくらい、優しい眼差しだった。
「あんたの新たな人生の果てにも、花びら景色があらんことを」
そこで舞台上からひらひらとしたものいくつもが舞い落ちてくる。それは、もともと最後に降る予定だった紙吹雪だ。
箱庭が閉じたあの日、桜は咲いていなかった。そして舞台の上で花は咲かない。けれど今は、その落ちてくるものは花びらであるように歌仙は感じていた。
やっと、前世の箱庭に花が咲いた気がした。
主と、歌仙。二人が初めて出会った時の様に、花びらに包まれて前の世界が終わった気がした。
主は勿論、歌仙も何も言えない。大倶利伽羅はそんな二人に笑みを浮かべて立ち上がる。その優し微笑みが光忠を思い出させるのは前世からの深い繋がりのせいか、血の繋がりのせいか。
二人に背を向けて、大倶利伽羅は国永達が去っていった方と反対に出ていった。
花びらが落ち続ける中、舞台の照明が消える。歌仙はそれでも立っていたかった。主もそうだろう。二人で箱庭の終わりに浸っていたかった。
けれどそこに大人しくも可愛らしい声が響く。
「こうして箱庭を出た主と刀達は、人間に生まれ変わり幸せな一生を送ったのでした、・・・・・・めでたしめでたし」
いつの間にか舞台下でマイクを持った小夜が舞台を占めてくれた。
「どんなに舞台がめちゃくちゃになっても最後にめでたしって言っときゃいーんだよ!」と言う和泉案で最後の締めを任されることになったのだ。我が弟ながら和泉は本当に察しが良い。どんなに名残惜しくても、小夜に言われれば歌仙も舞台袖に行くしかないのが分かってるのだ。
「僕たちも舞台袖に行こう、主」
「・・・・・・うん」
手を差し伸べて主の手を取り、暗い中でも転ばぬように引いてやった。
緞帳が降りていくその向こうで賑やかさは一向にやまない。
喧騒の中、歌仙は先に同じ側に捌けた筈の二人を暗闇に目を凝らしながら探す。するとある一部分が舞台セットや舞台道具が乱雑に重なったり転がっているのが分かった、どうやらここ二人は転んでしまったらしい。そして、その下から白と黒がちらりと見える。転んでしまった二人は、未だ舞台裏の床に転がったままの様子。
身動きが取れないのかと思い、一歩近づきながら声を掛けようとした。歌仙の位置から見える舞台裏は薄暗く、近づいたことによって浮かび上がって見えた国永の白い背中は、転がっている二人が怪我などしていないか等きちんと確認させてはくれない。
ただその背中には黒い腕がしがみついており、白い腕も下の体へと回されているだろうことは分かった。折り重なった二人が、もう離さないと言わんばかりにしっかりと抱き締め合っているということは。
それを自分も報われた気持ちのまま微笑んで見つめ、近づいていた足を後ろへと引いた。後ろをついて来ていた体を振り返り、しーっと歌仙自身の唇の前に人差し指を立てる。そしてそろそろと、舞台袖の出口へと移動した。
大人しくついて来てくれた人物とそこで漸く向かい合う。ここで話すなら二人の邪魔にはならない筈だ。引いていた手を離した。
「今日は協力してくれてありがとう。きみのお陰で僕の友たちが報われた」
「そんな、歌仙ちゃん。私、何もやってないよ」
協力してくれた感謝を改めて示し、頭を下げると恐縮そうに体縮こませる姿。
「僕の友は手のかかる者ばかりでね。この喧騒を作っている扉の向こうの彼らもそうなんだ。友が多すぎると言うのも大変だ」
歌仙は肩を竦めて、ふぅと息を抜いて見せる。が、すぐにその芝居かかった仕草をやめた。
「・・・・・・なんてね。今日は特別さ。いつもの僕は極度の人見知りでね。幼い頃から友を作るのが苦手なのさ。高校生になるまで弟と幼馴染み以外に交流を持てる相手なんていなかった」
少し、ばつの悪い恥ずかしさを覚えて髪を耳に掛ける振りをしながら頬を指で掻いた。突然の吐露に、もう面を上げている目の前の顔が瞳を丸くする。
「高校に入ってから、お節介な奴らに出会って、それが大事な友になった。でも、その彼らが今日卒業してしまったんだ」
卒業式に出なかったからか、今まで湧いていなかった実感が口にすることでじわりと胸の中に広がる感覚がした。喜ばしいのに、とても寂しい。昔箱庭が閉じた時の感情とはまた違う。
ああ卒業とはこんな感覚なのか。なんだか感慨深い。
「彼らのお陰で校内に顔見知りも増えたけれど、やはり大事な友が遠く離れるのは寂しくてね。僕が寂しいと彼らも心配するだろうから、僕も、・・・・・・自分から友達を作ろうと思って!」
つまりそうになる言葉を無理矢理だす。寂しさと緊張を振り切って、現代社会では華美すぎる衣装の胸のあたりに手を当てた。
「僕の名前は、兼定歌仙。風流を愛する文系さ。趣味は雅なものを愛でること。特技は料理。将来の夢は、まだ、決めていないけれど」
今世で自己紹介するのは、新しい学年に上がった時くらい。歌仙はあれが大嫌いだった。緊張するし、頑張ったってクラスに馴染めやしない。雅を感じるのに一人は好都合と言い聞かせ、実際別に一人だって寂しくなかった、前世の記憶があったから。
でも、歌仙だってこの世界の人間なのだ。いつまでもそのままで良い筈がない。人は独りでは生きられない。だから、
「だから、よければ代わりにきみの夢を聞かせて欲しいんだ。つまり、はは、初めて言うから緊張してしまうね」
引いていた手を差し伸べる。我が子や自分の主に対する様に手のひらを見せるのではなく、対等な人間に対して。右手を縦に差し出した。
「僕の友達になってくれないかな」
「・・・・・・っ、うん、うんっ!」
少年の目から止めどなく涙が溢れてきたが歌仙は右手で拭いはしなかった。少年自身も。少年の両手は歌仙の右手を固く握っていたから。
人生初の自ら率先した自己紹介は無事成功したらしい。握られた右手の僅かな痛さが安心と少しの照れくささを与えてくれる。
「よかった。・・・・・・おや、扉の向こうがますます騒がしくなってきたね。皆我慢出来なくなったらしい。じゃあ、僕達も出ようか。きみに、僕の友たちを紹介しよう。君も今日は大変だよ。何十回も自己紹介をしたり、聞いたりしなくてはならないから」
扉には少年の方が近い。固い握手を解いた彼が左腕で涙を拭いながら扉のノブに手を掛けたが、何かを思い出したように振り返る。遅れて歌仙も思い出した。
「ああ、あの二人はもう少しだけあのままに。何、問題ないよ。主役の舞台挨拶は最後と決まってるのさ」
そう笑って、今までの癖でエスコートするように手を差し出した。しかし、同年代の友達にする仕草ではないとすぐに気づいて、差し出した手をそのまま持ち上げる。
新たに出来た友人の肩を叩き、さぁ行こうと、閉じた舞台から降りた二人は共に扉の外に出た。
その先にはきっと、花びら景色がある。