次の日、土曜日だと言うのにいつもの時間に起きて、いつもの様に準備をして学校へ向かった。勿論徒歩で。
朝の軽やか鳥の鳴き声をBGMにして、歌仙は柔らかな陽射しの中を歩く。まだ寒く、マフラーもコートも必需品だが、陽の光が降り注ぐだけで心も体感温度も暖かく感じる。
朝の風流な一時を終わり、校舎へと着いてしまう。土曜日で授業もないからもう少し外を歩きたかったが他の三人はもう集まっている気がして断念した。何もこんな早い時間に待ち合わせをしなくてもいいのに。いくら卒業式まで時間がないと言っても。
そんなことを考えつつ靴箱で上履きへ履き替え、自分の教室とは別の棟にまっすぐ向かった。慣れた廊下を足早に。生徒会室の扉を開ける。
するとそこにはやはり、既に他の三人が集まっていた。
「よっ、歌仙!おはよ!」
「おはよう、歌仙くん」
「・・・・・・おはよう」
「おはよう、みんな」
この三人と朝の挨拶をすることは余りない。夏休み後の朝の挨拶運動兼風紀チェック等、何かしらの生徒会活動で朝集まった時かもしくは遊びに行った時くらいだ。
前世では当たり前だったことも、後数週間で完全になくなってしまう習慣となる。光忠を挟んで一塊になっている三人に近づきながら頭の隅でそんなことを思う。
三人の前の机には、脚本が置かれていた。色も絵もない。白いコピー用紙に活字だけの表紙。ホッチキスで左側が二ヶ所だけ止められている。
「よかった、完成したんだね」
「今朝廣ちゃんが印刷したんだ。取り敢えず僕達の分だけ」
「内容はどんな感じだい?」
「まだ読んでないぜ。君が来てないのに俺達が先に読むのはずるいだろ?」
「別にずるくはないけれど、まぁ、気を使ってくれてありがとうといっておこうか」
国永はこういう変に律儀な所がある。人が意図してない所に気を使うと言うか。もっと別な所に気を使って欲しいと思うのはきっと歌仙だけではない筈だ。
「・・・・・・もういいか?」
「まさか廣光も読んでないのかい?印刷したのに?」
「別に・・・・・・。読む時間がなかっただけだ」
歌仙の言葉にぶっきら棒に答え廣光は手を伸ばす。
廣光も国永同様変な所気遣いしいだ。光忠は言わずもがなだし。この三人は似てる所が多々ある。前世も今世も。遠慮がない様でお互いとても気を使っているというか。そこにあの盛り上げ役の太鼓鐘が入り、三人を行動的にさせるパターンを良く見た気がする。
勿論歌仙には太鼓鐘の様な事は出来ないので、三人の行動を見守るくらいだ。
貞宗という名前から察するに、太鼓鐘はどうやら双子二人の弟らしいが記憶があるかどうかは分からない。太鼓鐘に記憶があれば、歌仙の代わりに太鼓鐘がここにいれば光忠と国永の仲も簡単に解決しそうだ。そして劇ももっと和気あいあいと進んでいくに違いない。
「歌仙くん?どうしたんだい?」
「え、」
「脚本、読まない?」
「あ、ああ。ぼーっとしていた。読むよ、勿論」
考え事をしていたせいで上の空だった歌仙に、光忠が脚本を差し出していた。声を掛けられてようやくそのことに気付き、慌てて脚本を受け取る。
廣光はぱらぱらと脚本を捲り、内容を目で追っていた。国永と光忠はどうやら配役から見ているらしい。
「何々、『鶴丸国永』、『歌仙兼定』、『大倶利伽羅』、『審神者』?・・・・・・全員が刀役な訳じゃないんだな?」
「ホントだね。審神者は刀の主だから、人間だものね」
「審神者が、あるのかい?」
配役を見て顔を見合わせる国永と光忠の言葉に目を見開く。そして追いかける様にそのページを見た。確かに書いてある『審神者』と。
主の作品はいつも刀達がメインで、主自身である審神者はほとんど出てこない。それなのに今回の劇では、役としての姿がある。ざっと捲った内容を見ると台詞も結構ある。
どういう心境の変化だ。何故刀しかいないこのメンバーに審神者なんて役柄を入れてくる。
「俺が依頼した」
「きみが?」
わざわざ審神者を指定した理由が分からず凝視してしまう。もしや、作者の正体に気付いているのだろうか。
しかし廣光はそんな仕草一つ見せずまたページを一枚捲る。
「教師役が必要だからな」
「教師?教師とはどういう意味だい」
「内容を読めば分かる」
脚本から目を離さないまま廣光が応える。国永がその廣光を見て首を傾げた。
「内容、って脚本のか?」
「それ以外に何がある」
廣光の言葉に、三人して話の内容を読み始める。
内容はこうだった。
箱庭最期の日。
刀達は一人残らず箱庭を出ていくこととなった。
刀で在った彼らは全員が箱庭を出て輪廻の輪を越えて人間に生まれ変わることになったのだ。
全員が納得するまでに紆余曲折あったもののようやくこの日を迎えることが出来た。
群れることを嫌がり、必要以上に馴れ合うことをしなかった大倶利伽羅も、また同じ。箱庭を出て人間へと生まれ変わる。
彼は箱庭を出ていく前に花の咲いていない桜の木を見上げていた。春の兆しは見せているもののまだ桜が咲く時期ではない。審神者の力があれば一年中桜を咲かすことも可能ではあったが、後数刻で箱庭は閉じてしまう。最後の力を使い、箱庭の扉と輪廻への道を直接繋いでいる審神者には閉じる世界を彩る余裕はなかった。
大倶利伽羅が木を見上げている後ろから忍び寄る白い影が合った。
鶴丸国永。奔放で何にも縛られることのない彼も、輪廻へと旅立つ一振りだ。
鶴丸は後ろから大倶利伽羅を脅かそうとするが失敗。二人並んで木を見上げる。
鶴丸は昔なじみの大倶利伽羅の心がわかった。惜別の心が。
縁ある二振りと大倶利伽羅は共に箱庭を出ていくことが決まっていたが人一倍心根が優しい彼は、表に出さない寂しさを抱えている。鶴丸はその大倶利伽羅の肩を抱いて励ます。
そして審神者に最後の挨拶をしようとその場を離れる。
一方審神者の部屋には審神者と歌仙兼定が向かい合って座っていた。
今まで全ての刀が列を成して審神者へと挨拶に訪れていた。それがひと段落ついた所だった。
審神者と歌仙は穏やかな回顧を紡いでいる。歌仙の審神者を見つめる瞳はとても優しかった。
箱庭が出来た時から幼すぎた主君と未熟な箱庭を見守り続けてきた歌仙兼定。箱庭に対する思いは一際大きい。しかしやはり彼であっても他の刀達と変わらない。同じようにこの箱庭から、新しい世界へと出ていく。どれ程名残惜しいと思いながらも。
思い出話が尽きない二人がいる部屋に大倶利伽羅と鶴丸がやって来る。
まず鶴丸が主の前に座した。そうして丁寧に礼を述べた。それは何時もの奔放さからは考えられない程。
そしてずっと入り口に立ち尽くしていた大倶利伽羅を鶴丸が呼ぶ。大倶利伽羅はゆっくりと審神者の前に座した。
長い沈黙の後。彼は深々と頭を下げる。一向に頭を上げないまま一言「感謝している」と呟く。その声はどこか涙を感じさせる声だった。
そうして箱庭が閉じる時間になる。
もう出ていかねばならない。歌仙が最後に頭を下げた。もう言葉は必要なかった。
三人は揃って審神者の部屋を、箱庭を出ていく。
審神者も輪廻へと向かわなければならないが、それは箱庭が完全に閉じたことを見届けてからだ。
薄れていく光、ぼんやりと形を失っていく輪郭。その中で審神者は、自分の愛した箱庭が色褪せてしまったことに気付いた。
愛した風景を蘇らせることは出来ない。しかし
「彼らの輪廻への道が、そして人生と言う旅路の果てがどうか花びら景色で在りますように」
愛すべき者たちの幸を願い、審神者は最期に桜の花びらを降らせるのであった。
「「・・・・・・」」
読み終えた三人に静寂が訪れる。
「想像していた話しと違ったな」
国永が一番最初に口を開く。その顔には感慨はなかったが明らかに物足りなさそうな感情が浮かんでいた。
「何て言うかもっとこう、せっかく刀の付喪神って面白い設定なんだから敵を切ったり、歴史を守ったり、」
「生徒会娯楽の劇にどれぐらいのスケールを求めているんだい、君は」
「この話はこれでいい」
廣光が脚本を捲りながら呟く。
「・・・・・・箱庭はこの高校生活。外の世界は一般社会を表している」
「あ、そういうことか。これ、卒業の話なんだね。廣ちゃんが言った通り審神者が先生なんだ」
「ああ~!そうか!つまり、馴れ合わない不良も、ちゃらんぽらんな生徒も、学校が大好きな生徒も等しく卒業して一般社会に出ていくよって意味か」
「そういうことだ」
納得したように話しかける光忠と国永を見返して廣光が頷いた。自分の依頼した設定で卒業の話を書いてもらえたのに満足しているようにも見えるが、それだけでもないようにも思える。双子の光忠も気づいただろうか。
「卒業ねぇ。だがなぁ、俺はもっとこう刀を振るって敵をばっさばっさと斬り倒す、殺陣満載の劇がやりたかったんだよ~」
「何言っているんだい。残り一月で殺陣なんて無理だろう」
「いけるって、気合入れれば!」
適当なことばかり言う国永を呆れた目で見る。前世の記憶があるならまだしも。
といっても殺陣は呼吸を合わせなければならないものだ。敵を切り殺す為に刀を振るのとは形が全然違う。どちらもただの高校生がおいそれと習得出来るものではない。
「俺は『大倶利伽羅』をやる」
国永と歌仙の会話の流れもまったく気にした様子はない廣光が凛と宣言した。机に開いた彼の脚本は役が載っているページ。役名と簡単なキャラ説明が並んでいる中の『大倶利伽羅』の部分を廣光は指で指していた。
『大倶利伽羅』打刀。伊達政宗の刀。必要以上に馴れ合わない。左腕に龍。
と実に簡潔な説明。もうちょっと何か書けばいいのに。例えば同じく役としてある鶴丸国永とは伊達で長く共にいた為、孫の様に溺愛されているとか。歌仙兼定とは犬猿の仲だったとか。特筆すべきところは結構ある。そんなこと言ったら廣光はどんな反応をするだろうか。
「左腕に龍か、廣ちゃんの左腕にもアザっぽいのあるもんね、お揃いだ。クールな所も廣ちゃんに合ってるしいいんじゃないかな?」
「えー!俺も大倶利伽羅が良かったなー。俺、クール系いけると思うんだが」
「勿論、国さんもクール系いけると思うけど。そうなると廣ちゃんが他の役をしなくちゃいけなくなっちゃうから。それはちょっと酷じゃない?」
「光忠の言う通り。ということで廣光は大倶利伽羅、決定だね」
「民主主義めぇ。他人に倣って個を尊重しない世界なんて嫌いだー」
国永は悔し気に世の中を否定している。
記憶がない国永には悪いがこれは早々に役を決めていくべきだろう。下手をしたら自分が審神者や鶴丸国永を演じなければいけなくなる。それは少し、いや大分こっぱずかしい。
「共通点で決めていく感じかい。 なら『歌仙兼定』なんて僕の姓と名を入れ替えただけじゃないか。僕はこの刀に決まりだね?まぁ、雅な刀だし僕以外に相応しい者がいるとは思えないけどね」
「うんうん。歌仙兼定も、歌仙くんにぴったり。異論はないよ」
「あっ、ずるいぞ歌仙!俺、次はそいつ狙ってたのに」
「僕より雅になってから出直しておいで」
万が一そうなったとしても譲る気はないけれど。
「なんだよー、二役しか残ってない」
「まあまあ国さん。仕方ないよ、だって二人ともぴったりだもん。共通点がある方が役に入り込みやすいだろうし」
「そう言われればそうだが。ってか共通点と言えば『鶴丸国永』、か。俺と名前がお揃いだな。台詞回しも俺っぽいし」
「あ、そう言われればそうだね。じゃあ、国さんはこれにする?」
「うーん。そうだな、そうする。そっちの方が廣といっぱい絡める」
「お前は審神者にしろ」
「やーだね!もう決めた!嫌がられると益々燃えちゃうんだなぁ、俺」
「「ろくでもない」」
歌仙と廣光が声をハモらせて突っ込むが国永は得意満面だ。本当にろくでもない。
光忠は笑ってそれを見ていたが。
「あれ、ちょっと待って?三人決まったってことは、僕は・・・・・・」
「光忠、お前は『審神者』だ」
「へ?」
「そう、なるなぁ。余ってるのがそれだけだし」
「僕が『審神者』?」
周りの事ばかり気にかけて自分の事は後回しになる光忠らしいといえばらしいが、あまりにも抜けている。珍しく大人びていないほけ、とした表情で三人を見つめた。
「僕も、刀が良かったんだけどな・・・・・・」
「確かに刀を外の世界に出した側である審神者を、つまり教師役を卒業する側である光がやるというのも違和感があるな。歌仙と役を交代するか?」
「え」
国永の提案に、思わず光忠の顔を見つめてしまう。5秒ほど時間を使って。
「うーん、やってみたい気持ちがないわけでもないけど、でも雅な刀ならやっぱり歌仙君が適任だよ」
その時間に光忠が何か察してくれたらしい。笑いながら首を振る。少し安心した。光忠がどんな雅さを見せてくれるのかは非常に気になるが、自分が審神者役をするのは出来れば遠慮したい。
「・・・・・・無い役を言っても仕方がない」
そこで初めて気が付いた。廣光は最初から審神者役を光忠にやらせるつもりだったのではないかと。出なければ説明がつかない。燭台切光忠の名前がこの配役に並ばない理由の。
伊達政宗に名付けられた一振り。ここに名の載っている大倶利伽羅と、一つの魂を分かちあっていると言っても良いほど近しいその刀。
その違和感に今更気づいたものの、それは歌仙だけの話。記憶のない国永も光忠自身もこの不可解さを知ることは出来ない。
「うーん・・・・・・。でも、そうだね。確かに、役がこれしか残ってないんだから何を言ってもしょうがないね。わかった、僕が『審神者』だね」
皆の主君役なんて何か変な感じがするけど、と呟いて光忠は鞄から自分のペンケースを取り出す。中から色の違う蛍光ペン4本を出して3本をそれぞれ歌仙達に配る。そして、審神者の名前と台詞の部分を蛍光ペンで引き始めた。
歌仙達もそれに倣い始めた。違和感はまだあるがひとまず置いておくことにする。
「役が決まったわけだけど、衣装はどんな感じになりそう?」
「そうだねぇ。作中で描写されている衣装を再現するなら大倶利伽羅はわりと簡単だね。演劇部から学ランを借りてそれを手入れすれば良さそうだ。鶴丸国永は、白い羽織があれば、いいんじゃないかな。歌仙兼定は、ちょっと手芸部に手伝ってもらうよ。審神者は作中で描写がないから、顔を隠す面と体のラインを隠す羽織るものがあればいいと思う」
「うちの演劇部はわりと何でもあるからな、どうにかなるだろ」
何で新撰組とか源平合戦っぽい甲冑とかあんなにバラエティーに飛んでるんだろうな。の疑問の声に話題をひとつ思い出した。
「でもその多種多用さに助けられたこともあったんだ。うちの弟、11月に文化祭があってね。劇をしたんだ、僕たちみたいに」
「へぇ」
それぞれが下を向きながら脚本に線を引いている。顔を伏せてまま会話をしていると、定期試験前にこの部屋に集まって皆で試験勉強したことを思い出す。
「劇のテーマが新撰組と倒幕組だったんだけどうちの弟は新撰組の副長役でね、ここの演劇部から衣装を借りたんだ」
「中学二年生の劇にしたらテーマが渋いね」
「それがそうでもなかったのさ。それ、宇宙人の侵略に晒されていて幕府派と倒幕派が手を取り合って立ち向かうって話だったからね。ものすごくぶっ飛んだ話しだったよ」
「なんだそれ超見たい!!!」
思い出して笑い始める歌仙に、鶴丸が顔を上げて声を飛ばしたのがわかる。視線を上げると案の定鶴丸が歌仙を恨めしげに見ていた。
「どうして、そういう面白いことを俺に話してくれないんだ」
「言ったら、受験の身でありながら学校抜け出しただろう、君は」
んぐぐと納得出来ないような顔で押し黙る。
「・・・・・・歴史修正もいいところだな」
廣光が顔を伏せたままぼそりと呟く。どこか愉快そうにも聞こえた。
良かった。このおかしさを共有できる相手がいて。思わず吹き出してしまう。
「ふふっ。弟の友達が考えた話しなんだけど、彼に言ったらこう答えるだろうね『パラレルだからええんじゃ!パラレルだから!』」
「くっ、」
にゃははと、八重歯を覗かせて笑う弟の友達を真似て言うと、廣光は口許を拳で抑え更に顔を伏せた。物まねが通じたのもおかしい。完全に身内ネタではあるけれど。
「はははっ!それ土佐弁?歌仙くんが言うとなんだか可愛いねぇ!」
と思ったのだが記憶のないはずの光忠が顔と声を上げて笑っている。どうやら一般的にも通じる面白さらしい。ならば、国永も。と思ったが国永は先ほどからずっと悔しがっている。
「俺も大衆をアッと驚かせる劇がしたい!これじゃあインパクトが足りん!脚本変更だ変更!」
「何を言っているんだいきみは」
「1時間待ってくれ、俺がこの場で脚本を考えて見せよう!そうだな・・・・・・、ガン○ムの舞台なんてどうだい!?皆驚くだろう!?」
「却下だ」
「廣~!!」
泣きつこうしてる国永を無視して廣光は蛍光ペンを引き続けた。
光忠はまあまあと宥めながらも同じく右手を休めない。実にいつも通りの光景である。呆れた目で見ていた歌仙も、右手は休まず作業を続けていた。気づけば、自分の台詞へ全て印をつけ終わっている。
どうやら光忠と廣光も同時に終わった様だ。一人遅れた国永が焦って作業を再開させたことで子供の駄々は終わった。ただでさえ時間がないのだからこれ以上余計な事はしないでもらいたいものだ。
何とか素早く作業を急いで終わらせた国永が、ごほんと咳ばらいをする。
「んじゃあ、ちょいと読み合わせといくか」
そして読み合わせが始まった。
「歌仙くん、ぼーっとしているね」
「光忠・・・・・・」
読み合わせの後、演出や照明・音響について話し合い、細かい所は国永と光忠が各係りと決めていくことになった。衣装関連は歌仙、小道具関連は廣光が各係りへの依頼や連絡を担当する。
劇自体は20分程の短いものだが、中々の人数が関わってくる。そのうえ演者としても台詞等を覚えなければいけないので、これを残り約一月で形にしないといけないと考えるとわりと頭が痛い。
月曜日までに出来るだけ台詞を暗記するように、と国永の言葉を最後に本日は終了となった。
「でも、分かるよ。読み合わせって意外と疲れるんだね」
「これで台詞を暗記して、立ち位置を覚えて、って考えるだけで頭が痛くなるよ、僕は」
「ふふ、確かに」
正門前で歌仙と光忠が二人、国永と廣光を待っている。生徒会室に忘れ物をした国永が、廣光まで連れて校内へと戻ってしまったからである。
廣光とお揃いのマフラーを巻いた光忠が白い息を優しく吐き、歌仙と並んで門へと背中をつけた。歌仙はその姿を見ず、視線を門の外、冬枯れの街路樹の根っこを見つめたまま口を開いた。
「この思い出は確かに、卒業にはぴったりだけど。まさか書くとは思わなかった・・・・・・」
「うん?」
「ああ、こっちの話だよ。・・・・・・ただ、未練もなにもない門出に疑問を持ったのさ」
主は、どういう気持ちでこの思い出を脚本として描いたのだろう。
確かに実際あったことだ。確かに寂しさはあったものの未練のない別れが出来たことを覚えている。主もそうだったと思っているから、こんな脚本を書いたのかもしれない。
なら何故主はあの部屋から出てこない。いじめだけが原因ではない筈だ。
歌仙は今の世界を拒絶しているからだと思っていた。箱庭の世界に未練があり、あの日々に戻りたいから今を拒絶し、過去の記憶に浸る為に小説を書いているのだと思っていた。
しかし、この脚本から滲む、門出を祝福しその先の幸福を願う気持ちが、そうではないのかもしれないと歌仙に思わせる。
ぽつりと言ったきり黙る歌仙を、光忠が見つめてくるのがわかる。それでも何も言わない歌仙にマフラーに殆ど埋もれてしまっていたが、光忠が白い息と共に優しい声色を出した。
「歌仙くんは、この劇楽しくない?」
「別に、そう言うつもりはないけれど・・・・・・」
「僕は楽しいよ。小学校以来の劇をするって言うのもあるけど、この脚本が良いなって思うんだ」
視線を街路樹かの根っこから光忠に移すと光忠は楽し気に目を細めていた。
「設定聞いた時も面白そうだなって思ったけど、実際脚本も面白かったよ。刀の擬人化ってどうなんだろう、殺戮大好き!血とか戦大好き!っていう部分もあるのかなって予測してたけど全然そんなことなかったし。というか、配役がしっくり来すぎてあんまり刀な感じないよね」
戦場では間違いなく刀で在ったが、本丸では誰よりも人間をしてたといっても過言ではない光忠がそんなことを言う。前世の記憶がないとは言え、きみが言うのかいと少し口がむずむずするのを我慢した。
「審神者と歌仙兼定が思い出を語り合う場面があるだろ?あの部分を読み合わせしてた時さ、ああ、そう言えばこの三年間で僕も色んな事があったなぁって、感慨深くなっちゃったんだよね。相手が歌仙くんだからって言うのもあるかもしれない。色んな思い出が甦って、きっと脚本に書かれているの彼らもこんな気持ちだったんだろうなって入り込んじゃったっていうかさ」
そういえば先ほど台詞を読み合わせした時、光忠はしみじみを深い声色で台詞を読んでいた。内心こんなことを思っていたのか。
「そこまで感情移入させる脚本ってすごいよね。読み合わせが終わっても、この刀たちのこと考えてしまう。箱庭を出た彼らは幸せな人生を送れるのかなぁって。うん、きっと送ってる!って希望を持てた様な気持ちになるんだ。あはは、僕すっかり審神者気分みたいだ」
「ふふっ、そのようだね」
「卒業って多少なりセンチメンタルな気持ちになるけどさ、卒業式の後にこの劇をやって、正門を出たらきっとこの素敵な気持ちのまま次の世界にいける気がする。その時僕は審神者じゃなくて刀たちと同じ立場になるわけだけど、僕の人生の花びら景色を願ってる人がいてくれると思えば元気も出てくるものね」
にこにこ顔だった光忠はそこで一度言葉を切って、わずかに視線を斜め下に逸らす。照れた様な純粋な尊敬の様な、好意と感動に近いものをマフラーに少し埋もれた顔に描かせる。
「やっぱり、国さんはすごい」
成人前の声にしては深みのある色で想い人の名前を紡いだ。
「最初は突拍子ない言動に驚いてしまうけど、その先にはいつも素敵なものがある。国さんは魔法使いみたいだ。僕じゃ思いつかないことを沢山思いついて、ひるまず行動して、周りに、僕達にきらきらしたものを与えてくれる。こうして卒業の時まで。国さんはやっぱりすごいよ」
「・・・・・・だから好きになったのかい?」
ぱちくりと瞬きが返される。無表情の光忠はとても怖いが、無防備な光忠は幼く見える。
しかし幼さは長くは見せず、すぐに眉尻を下げた困った笑みに変わってしまった。
「どうだろう。もう前の事過ぎて、どうして国さんのことを好きになったのか忘れちゃった」
「意外だね。僕は恋の始まりとは強烈で忘れることのないものだと思っていたよ。案外そういうものなのかい」
「うーん。多分、些細で小さな想いから始まったのかもしれないね。気づいたら好きになってた感じでさ。だから好きって気持ちも前はもっとシンプルだったんだよね。でも、・・・・・・もう最近はよく分からないんだ。ずっと好きでいるせいで、気持ちが拗れてきてる気がしてる」
「想い患い、難病になってしまった様だね。医者でも、草の露でも治せない筈だよ」
「ははは、そうだね。・・・・・・そうかも。だけどさ、」
何種類もの笑顔を持っている光忠が朗らかに笑ったかと思いきや、すぐに静かな微笑みに変えた。
「もう、ずっとこのままって訳には、いかないよね」
「光忠?」
静けさの中に決意に似た何かが聞こえた。いつもの柔らかな光忠の空気とは違うものを肌に感じ、その意図の問いかけを名前に乗せた。
その時。
「おーい、光!歌仙!待たせたな!」
校門の中、ではなく何故か外側から国永の声が聞こえる。光忠と揃って顔を上げると国永と廣光がコンビニの袋を持って近づいてきた。
「ほい、寒い中待たせて悪かった!あったかい飲み物だ!あと肉まんとか買ってきた!」
「あ、ああ。ありがとう。って君たち、わざわざ裏門から出て買ってきたのかい」
「・・・・・・俺は余計に待たすことになると言った」
「でも、そっちの方が小さな驚きと青春があると思ったのさ!ほら、光!」
歌仙と廣光にはにこにこと答え、光忠には満面の笑みで飲み物と肉まんが入った袋を手渡す。
「肉まん、熱いからな、気を付けろよ。昨日みたいに火傷したら大変だ」
「うん、ありがとう国さん」
光忠はすっかり何時もの通り、大人びた友人の微笑みを乗せて、国永の忠告と肉まんを受け取る。
「ちなみに俺のはピザマンだが、半分こするかい?」
「はは、国さん半分この青春好きだよね」
「青春の半分は半分こで出来てるからな!」
「半分の、半分?・・・・・・それじゃあ四分の一だろう、国永」
不思議な会話をしている二人に歌仙が突っ込むと国永が驚いた顔をして振り向く。
「歌仙!半分の半分が四分の一だとよくわかったな!計算ごとはからっきしなのに!」
廣光が何気にこくこくと頷いているのが目の端に写る。確かに、定期試験の度、この三人の先輩には歌仙の苦手な数学の勉強を見てもらった。それでいつも赤点も取らず、むしろ平均点以上を取れたりしたものだが、いくらなんでも四分の一くらいわかる。
「んじゃあ、四分の一がわかった歌仙には俺のピザまんの四分の一をやろうじゃないか!」
「・・・・・・そら、カレーマンだ。受けとれよ」
「あ、じゃあ僕の肉まんも」
「な、なんだいなんだい。何を急に、ちょっと、口につっこむんじゃ、むぐっ」
四分の一のピザマンが歌仙に差し出されると同じく四分の一のカレーマンと肉まんが続いてやってくる。手に持ちきれない合計四分の三が次々と口の中に埋められていく。味が混じった口の中はぱんぱんで、けれど不思議と調和が取れていた。
一生懸命咀嚼する歌仙の目の前で三人がそれぞれ四分の一ずつをトレードしている。頬を膨らませている歌仙を除けば実にのほほんとした青春の一コマだ。
その光景を見て、貰いっぱなしも悪いと、歌仙も自分の肉まんを四分割にする。中身はあんまんだった。
「・・・・・・僕のだけ甘いじゃないか」
一人だけ明らかに系統が違う。混じった味を嚥下して言うと。
「君のは廣セレクトだ!なっ!」
「・・・・・・少しだけ甘いものが食べたい気分だった」
「最初から四分割を狙っていたとはね」
割ったあんまんをそれぞれ手渡す。改めて不思議な感じがした。この三人と自分が、ひとつのものを四分割すること。
三人の中に何故か自分が混じっていること。
ここの位置にいるのが自分だということは未だに歌仙へ違和感を覚えさせる時がある。別に違和感はあっても居心地の悪さはないが本当にただ不思議になる。何故、自分なのだろうと。
実際、以前双子に、何故国永は自分を書記に選んだのだろうと聞いたことがある。本当に字の綺麗さだけで選んだならもっと字が綺麗な人間はいるはずだと。
双子は揃って「書記っぽい顔をしてるから」と真面目にふざけた答えを返した。それから深く考えるのはやめているがそれでもこうして不思議な感覚になるのだ。
そんなことを考えつつ四分の一のあんまんを頬張る。やはり甘い。調和の取れていた三種類の味から口の中が、がらりと変わった。
四分の三と四分の一はまさに自分達みたいだと、寂しげな冬景色の帰り道に少しだけそんなことを考えた。