卒業式までちょうど二週間という日に起きた出来事は、それまで予定していた歌仙の二週間をがらりと変えてしまった。国永の前では光忠と二人、何事もない顔で予定通りの劇の練習や打ち合わせを行い、その裏では着々と計画を進めていった。
光忠が話をしたのだろう廣光も歌仙達をサポートしてくれ、突如舞台に上がることになった主も歌仙が渡した簡単な筋書きを家で何度もイメージしてくれているらしい。本当は一度くらい光忠や廣光と顔を合わせてほしいのだが、歌仙以外とは本番まで顔を会わせたくないという気持ちは変わらないらしく、家から出てくることはなかった。構わない。主は舞台に上げるだけでいいのだ。衣装合わせや立ち位置等を歌仙と打ち合わせるだけで問題はない。
ただ本人もはじめは暗い顔をしていたが、歌仙が光忠と国永のことをきちんと説明した後は、誠実な眼差しで、わかったと頷いてくれた。他人の為には心を砕くところは昔から変わらない。
やっぱり優しい子だと嬉しい気持ちにもなり、こんな子がどうしていじめられなければならなかったのかとやはり腹立たしく悲しい気持ちになった。
そして光忠と主にも内緒にしている人集めも着実に進んでいた。宗三の人脈、弟の和泉。小夜や廣光にも協力を要請した結果だ。実際当日にどれくらい集まるかはわからないが、結構な数が集まるのではないか、という予感がしていた。
表では予定通り、裏ではバタバタと過ごし、二週間を終えた。
そしてとうとう本日が卒業式、もとい国永生徒会最後の大舞台の日である。
講堂の扉が閉まり、中から吹奏楽の音が止んだ。静粛な卒業式が始まったらしい。
受付の席に座っていた歌仙は机の上を片付けながら思う。今ごろ、いつも姿を現さない理事長の代行である副理事長の話が始まり、その後卒業生を代表した国永の卒業証書授与と式辞があり。と、頭の中で卒業式の流れを反芻する。
劇は昼から。卒業式を見られないのは残念だが歌仙も準備をしなければならない。早くここを片付けて校舎にいかねばと考えていると。
「やっほ、歌仙」
声が掛けられた。
顔をあげると四つの顔。知っているけれど、今世では初めての顔だ。けれど合わせられた顔は初対面とは思えない親しさを浮かばせていた。
「久しぶりじゃのお、歌仙」
「やぁ、久しぶり。話は弟からよく聞いているよ、清光、吉行」
「ははっ、俺も俺も。理数系がからっきしなにーちゃんの話よく聞いてる」
「おんしゃの作ったまっことうまい弁当をいつもご相伴頂いちょるぜよ、にーちゃん!」
にゃははと弟の友人である吉行が笑い、同じく友人の清光が確かにちょー美味いよね、やっぱりと頷いている。
「久しぶりだね、歌仙。うちも馬鹿兄から話を聞いてたよ。和泉には自慢のお兄さんがいるらしいって何か言いたげにさ」
「ふふ、君は今世でもお兄さんに対してだけは素直じゃないんだね、蜂須賀」
「・・・・・・今世では間違いなく血の通った兄であることは否定出来ないが、自慢するかどうかは俺の素直さだけが問題じゃないからね」
「ははは、確かにそうか!それは失礼したね!」
長くさらさらと美しい髪を抑えて蜂須賀が口を尖らせる。幼い顔によく似合う仕草だ。
その後ろから影がもうひとつ。
「俺も、兄弟から話を聞いていた・・・・・・」
「山姥切!君も来てくれたのかい」
「あんたの号令だからな」
白のパーカーを着ているもののフードは被っていなかった。陽の下に前世と変わらない美しい顔があるのがなんだか感慨深い。
「で?なんか面白いものが見られるんだって?」
赤と黒を基調にした服に似合うストール。歌仙が座っている受け付けの机に肘をつくので、そのストールが机全体に広がる。
「それ、誰が言ってたんだい?」
「さっき保護者を装った集団の一塊が言っていたぞ。ふん、やたら綺麗な、な」
「綺麗かどうかじゃのうて、ありゃいくら何でも騒ぎすぎちゅうもんぜよ」
吉行がそういった後、がるると牙を剥いて、清光と対峙する。
「『やはり同じ時代に生まれていたな、くそじじい!ここであったが千年目!』」
「『あなや。懐かしいなぁ。お前も息災であったか』」
清光がゆるりとした動作でよきかかな、よきかなと芝居がかった笑いを見せる。それにますます吉行が喜んでるんだか威嚇してるんだかな雰囲気で、うーっと唸る。そして二人の間にさっと、紫の絹の様な長髪と金色のジャケットがきらりと入る。
「『いけませんよ、静かにしなければ他の方々にも迷惑が掛かります』」
「『!?数珠丸殿!お久しぶりです!数珠丸殿も同じ時代に生まれていたとは』
「『私は存じていましたよ。高校時代あなたの噂を良く耳にしていました、包平先輩』」
「『そんな、先輩などと。年齢など関係ない。貴方こそ俺の尊敬すべき相手です、数珠丸殿』」
「『そういって頂けてとても嬉しいです。ふふ、大包平殿』」
突如ほのぼのムードの二人の後ろで、こっそり清光に近づく白パーカー。
「『相変わらず、馬鹿やってるぞ、あいつは。何年経っても変わらない。この世界でも馬鹿みたいにまっすぐ一直線だ』」
「『はっはっは!それがあやつの良いところなのだろう。やれ、嬉しいことだ。ふふ、今日は面白い物が沢山見れる良い日だな、昼からも楽しみだ!』・・・・・・とまぁこんな感じ」
「ははは、四人で迫真の再現ありがとう」
歌仙より小さい中学生の男子生徒が四人ちょこちょこ動き、歌仙にその時の再現をするものだから、可愛くて笑ってしまう。
「きらびやかな保護者扮装勢はいいとして、他のメンバーは?どんな感じだい?」
「何人かは校外で集まっている様だね。和泉や俺の兄弟も一緒だよ」
「でもほとんどの奴等が一緒に飯食いにいくって団体でどっかいったみたい。俺達は自慢のお兄ちゃんこと歌仙に会いたくて抜けてきたけど」
「あんな目立つ集団、どこで飯を食うっていうんだ・・・・・・」
「まっことちぐはぐな集団じゃからな!さすがに全員集合とな、」
「全員!?」
吉行の言葉に目を剥く。
「まさか、本当に全員来たのかい!?」
「そりゃあ来るでしょ」
「なんせ、初期殿の号令だからね。まして、仲間の幸せの為といわれたらさぁ?」
清光と吉行がうんうんと頷く。
「いや、だが、皆が同じ時代に生まれてるなんて、」
「ねー。俺もびっくり!まぁ、年齢差は各々あるみたいだけどねー」
「やっぱり縁って言うのは切れない物なんだね」
「刀であってもにゃあ!」
「うまい、なんて言わないからな、俺は」
「何でじゃ山姥切~!!」
吉行が山姥切に抱きつく。ああ、懐かしいなぁと目を細めてしまう。蜂須賀も同じ気持ちらしく、中学生の幼さに似合わない表情で二人を見ている。
「・・・・・・でも、主は見つけられなかったよ」
清光がポツリと溢す。
瞬間辺りにしんみりとした空気が流れる。
「どこにおるんじゃろうなぁ」
「これだけ目撃情報がないんじゃ、海外にでもいるんじゃないのか?」
「あった瞬間Hello!と言われたらどうしようね」
「・・・・・・」
四人が、一人だけの人間について話している。共通して少し寂しそうな顔をしていた。
「会ったら、どうする?」
歌仙が問うと、八つの目が同時に向けられる。
ここまで準備してきたことではあるが、この答えによっては主の登壇は辞めた方がいいのかもしれない。そうでなければ主が傷つくだけになってしまう。
真剣に問う歌仙に、四人が同じようにうーんと唸った。
「えー、どうするって言ったって」
「まずは自己紹介じゃ!」
「え」
吉行がしゅばっと手を上げた。
「坂本吉行、十四才!好きな歴史上の人物は坂本龍馬!お陰で地元民でもないのに土佐弁じゃ!特技は射撃ゲーム!高校は射撃部があるところをねらっちょる!」
ぽかんと見る歌仙を余所に残りの三人が先を同意するかの様に笑っている。
「だよねー、まずは自己紹介。で、次は相手の自己紹介聞いて、で、そのまま美味しいもん食べに行く!」
「俺達も男だし主もやはり女性のままかな」
「どちらでもいい。別に性別でどうこうなるわけでもない」
「女性ならあまり量の多いところは行けないだろう?俺、最近お腹がすいて仕方がないんだ。だからそうなったらビュッフェがいいかなって」
「わかるー。超腹減るよね!成長期だもん俺たち。んじゃあビュッフェ行こうビュッフェ!」
「ほいで食べながら近況報告と思い出話じゃな」
「恋バナとか聞きたいなー」
「将来の夢を聞くのも楽しそうだね」
「・・・・・・趣味の話、とか、もいいと思う。キャンプとか筋トレとか」
もしも話にも関わらず楽しげに盛り上がる四人。前世のことを当然の様に口にして、けれど確実に今を生きている。きっと他の刀もそうなのだろう。
そう思うとじわじわと込み上げてくるものがあった。
「ふっ、」
「「歌仙?」」
咳払いで誤魔化そうとして、結局拳に笑いを吹き出してしまった。こうなるともう我慢する理由がない。
「ふふっ、いやぁ、ははは!きみ達は実に良いなぁと思ってね!ふふふ」
四人はきょとりとこちらを見ている。それも好ましくて笑いが溢れてくる。笑いすぎて涙が出てきた。
「それに比べて僕は本当に大馬鹿ものだ。前世に対しても今に対しても全部中途半端で。もっと早くこうしてあげるべきだった」
指先で目元を拭って反省する歌仙に清光が手首を振る。
「いやいや、一番すごいの歌仙だって」
「じゃなぁ」
「まさか!僕は自分のすべきことをしているだけだよ。大分遠回りをしてね」
「・・・・・・あんたはもう本丸の一番刀じゃない」
山姥切が静かに歌仙を否定する。
「あんたは、本当はもう誰にもお節介を焼く必要ない」
「山姥切。でもそれじゃあ、」
「お節介焼く必要ないのに、ここまで親身になるのがすごいって言いたいのさ、山姥切は」
蜂須賀が山姥切の肩を抱いて片目を瞑る。
「実際難しい問題だよ。前世なんて、夢幻と一緒さ。知らない振りをしても許される。それだけじゃない、今の世界でも他人のことなんて見てみぬ振りするのが普通だよ」
「けどさ、歌仙は前世にも今にも向き合うとしてくれてるじゃん」
「おん!わしら、おんしゃがわしらのこと今も大事にしてくれちょるって知れて、こん世界でも仲間の為にお節介焼く人間でいてくれてまっこと嬉しいがえ!」
うんうんと三人が吉行に続く。もう笑いも止まってるのにまた涙が出てきそうになってしまう。もちろん、我慢するけれど。中学生四人に泣かされるなんて悔しいから。
「まったく、きみ達ときたら、」
代わりにちょいちょいと手招きをする。年下の男子が不思議そうに歌仙へとより近づいてくる。
「最高に雅だよ!」
そのままぎゅっと抱き締めた。四人まとめて。
「出たー!歌仙の雅判定」
「ふふ、久しぶりに聞くとやっぱり面白いね」
「にゃはは!じゃのぉ!」
「・・・・・・俺達は舞台下で見守っている。仲間を頼んだぞ、歌仙」
その言葉に大きく頷いた。
舞台袖、隣には光忠が立っている。卒業式を終え、とうとう劇本番の時だ。
「まさか、皆が来るなんて・・・・・・歌仙くんの仕業だね?」
体のラインが隠れる羽織りを身に纏い、自身の顔を隠している白い布の面を上げ客席を見て光忠が呟く。
「僕も全員がくるとは思わなかったが・・・・・・まぁ、見事に揃ったもんだ」
舞台のすぐ下、双子の弟の貞宗を筆頭として。そこには見事に男ばかりが座っていた。
生徒会三人のファンらしき女子学生は後ろに固まっている。噂を聞き付けてやって来るくらい熱狂的な他校の生徒であってもそれは同じで、小学生からスーツ姿まで年齢層が広い異様な男達の集団の中に混ざる勇気はなかったようだ。
「すごい光景・・・・・・。よく入校出来たよね」
「それは我らが父、もとい姿を一度も見せない噂の理事長のお陰さ」
「まさか、小烏丸さんが理事長だったなんて。意外に近くに居たんだねぇ」
知ったとしても会いに行かなかっただろう光忠が、前列にいる年齢不詳の理事長を眺めてしみじみと微笑んでいる。
そしてちらりと後ろを振り向き、舞台袖の隅に小さく丸まって隠れている主を隠れ見た。
「やっぱり、話しかけたらダメ?お礼だけでも」
「舞台が終わるまで待ってあげてほしい。そうすれば、もう、大丈夫なはずだから」
「そっか・・・・・・。それにしてもすごいよ歌仙くん、よく主を見つけられたね。僕、すれ違ってもわからなかったと思う」
「そこは素直に誇れる所かな。と言ってもあの子が僕を選んでくれたからなんだけどね。そこも、ま、誉れではあるか」
二人分の視線を感じたのか踞ってる塊がもぞと動いたので二人してさっと視線を外し、お互いを見ることにした。
「僕達が全員同じ時代に生まれたのは縁が結ばれているからだよ。偶然ではない」
「ふふ、そうかもね」
「国永ときみが出会ったのも偶然じゃない。きみの人生を想い、自分を探さないようにと願ったのも国永の本心だろう。でも、きっと、国永自身は君にずっと会いたかったんだ。だから、国永は記憶がないフリをしたんだと思うよ。せめてこの三年間は、箱庭の中では側に居たいと思ったんだ」
「・・・・・・やだなぁ」
そう言ってみれば光忠は歌仙から視線を外して、また舞台下を見る振りをした。
「ずっと見ていてくれてた歌仙くんにそんなこと言われるともしかしたら、って期待してしまう」
だめだめ。とぎゅっと目を瞑って自分の頬をぺちぺちと叩く。
ふーと息を吐いてゆったり目を開ける。
「よし。・・・・・・それにしても皆の前で、一世一代の大舞台かぁ」
「国永が逃げないように見届け人のつもりで呼んだのだけれど、・・・・・・怖じ気づいたかい?今なら、やめることも出来るよ」
「まさか!と、言いたい所だけど、ちょっとだけね」
複雑な表情で客席に視線をあわせたまま光忠がぽつりと弱音を吐いた。
「今度こそ僕の言葉は、ちゃんとあの人の心に伝わるだろうか。伝わったとして、国さんは受け入れてくれるだろうか。とか、皆の前で僕の気持ちは拒絶されてしまうって考えると・・・・・・怖いかな」
一対一でも伝えられなかったのに、大勢の前で、しかも殆どの人間にとって異質な気持ちを相手に届けなければならない。それは恐ろしく勇気を必要とすることだと、人見知りの歌仙には痛いほど理解出来る。
痛いほど出来るけれど、それはどうしても必要なこと。光忠の気持ちを知っている上で、気づかない振りをしている国永には、普通に気持ちを伝えたって駄目なのだ。
国永に光忠の気持ちを届ける為には、光忠がリスクを背負うくらいしなければ。その覚悟を見せなければ。
歌仙の考えが分かっているのだろう、怖いと溢した光忠は、きゅっと唇を軽く噛み締めて、またすぐ口を開く。視線は楽しそうな顔ぶれに結びつけたまま。
「だけど・・・・・・、それを恐れて、もし僕がここで最初の予定通り舞台を終えたら。国さんは僕の前から消えて、僕はまた気持ちが届かなかったことを理由にずっと未練がましくあの人を思い続けるんだ・・・・・・」
すっ、と視線が流される。歌仙を捉えて、同時に体ごと歌仙と向き合う。
「君とも過ごした、楽しかった筈の思い出達も全部苦しみに変えて」
「光忠」
「そんな格好悪いこと、君の前で、皆の前で選ぶことは出来ない」
表情に恐怖なんてなかった。あるのは決意。ちっとやそっとでは折れないくらいの。
「こんなの全然スマートじゃない。すごく、恥ずかしいよ。でも、頑張る。ずっと応援してくれてて、本気で僕を思ってくれている歌仙くんがいるから、僕も僕らしく全部ぶつける」
意思の強さを携えた瞳はいつも穏やかな光を宿していた高校生の光忠とは違って見えた。
「光忠。今の君、青銅の燭台だって切って見せそうな目をしているよ」
「なんだい、それ。誉め言葉?」
「もちろん、誉め言葉さ」
「えー。全然格好つかないよ。・・・・・ああ、でも、そうだね。だからこそ格好良く決めたいよね」
もう自分に恥ずかしい自分ではいたくないしね。
にっ、と唇を引き上げる。血の臭いのしない、けれど戦う意欲を見せた勝気な表情に歌仙の心にも火が移った気持ちになる。
「負けられないね」
「うん。負けられない」
お互い拳を作りこつんとぶつけた。こんなこと、前世ではしなかったけれど。まだ劇は始まっていないからいいだろう。
そうしていると体育館の電気が薄くなり、消えていく。遮光カーテンで外の光が入らない空間はほの暗くなった
舞台に上がれば、歌仙は刀の歌仙兼定になる。そして光忠も、高校生の彼ではなくなるのだ。
面を下ろした光忠を肩を叩いて号令を掛ける。
「さて始めようか」