『拝啓 十年後の鶴丸様
桜も満開の季節になり、花吹雪が舞うこの頃(恐らくですが)、いかがお過ごしでしょうか。
この手紙を読んでいる貴方の側でそわそわとしている男がいると思いますが、彼は自分が書いた手紙の内容を恐らく忘れていて、何か恥ずかしいことを書いていないかと言うことが気になっているだけだと思いますので放っておいてください。とは言え、読んでいる貴方も今の僕を忘れているかもしれませんね。(読んでいる貴方が、僕ではないことを祈っています。僕が一人でこれを読んでいるなんて悲しすぎるので)
僕と貴方が出会った日のことは覚えているでしょうか。正確には初めて会話をした日です。この公園の近く、次郎ママのお店の前で貴方は僕に声をかけてくれました。全身黒い服の、眼帯をして声も出せない、なのにやたらと喧嘩には強くて今まさに喧嘩をし終えた僕に、貴方はただ感情のままに声をかけてくれました。
貴方もご存じの通り僕は幼い頃両親と右目を失い、その時のショックで声も出ません。そんな僕に周りがくれたものは、優しさであり、哀れみであり、蔑みでした。それは僕のこの目であるとか声であるとか、状況に対するものであり、僕自身に対してではありませんでした。
だけどそれは悪いことばかりではなくて、誰も僕自身に対して興味がないことが僕を開き直らせてくれたのです。僕は、僕自身が僕を格好いいものに、僕自身が納得出来ればそれでよくなりました。
貴方には格好良いから着ていると伝えた黒は、本当はそれだけでなく、僕を世界から浮き出させてくれる色なのです。僕が世界に溶け込めない理由をくれる色。格好良いからと理由をつけなければあまりにも惨めな理由でしょう。僕は貴方の言う通り可哀想な人間だったのかもしれません。自分では認めたくありませんが。
でも貴方は、可哀想な僕に対してではなく喧嘩をしていた僕に、興味津々と声をかけてきましたね。あの時の驚きは、声が出せていれば貴方にも伝わったでしょうか。その相手が広いキャンパス内、片方しか見えない世界の中でも目を惹く貴方であったのだからその驚きはひとしおです。
はしゃぐ貴方は子供のようで、キャンパス内で見る死人のような表情とはまるで違うと心の内で驚いていると貴方にも似たようなことを言われました。僕は貴方の過去を知りませんが、もしかしたら僕達は似た者同士なのかなと少し嬉しくなったのを覚えています。開き直っていたとはいえ、僕はどこかで可哀想を共感できる、依存相手を求めていたのかもしれません。
いつからでしょうか、貴方を依存相手ではなく、好きだと思ったのは。
貴方が僕自身を見てくれたからでしょうか、それとも僕自身の文字で話してほしいといったから?きっかけはなんにせよ、こんなにも貴方を好きになるとは思ってもみませんでした。そして貴方が僕を好きだといってくれるとも。こうして貴方と想い合えているということが今でも信じられません。今まで生きてきた中での一番の幸福です。
だけど、最近の貴方は何か不安そうに見えます。話を聞いてあげたい、そう思うのですが声の出せない僕ではきっと全てを聞いてあげることはできないでしょう。
今回僕がタイムカプセルを埋めようと思ったのは、それによって貴方の不安を取り除ければと思ったからです。不安というものはいつも見えない所からやってきて、身を苛んでいくもの。だから明確な未来の約束があれば少しでも見えない部分を照らせるのではないかと思いました。短絡的でしょうか?
今回埋める場所はいちごさんに教えてもらいました。この公園は人が寄り付かず、春であれば間違えようのない目印(この赤い桜の木です)があるため、恋人達の逢瀬にはうってつけなんだとか。僕と貴方は恋人、でいいんですよね?書きながらちょっと不安になってます。
詳しいことは隠す僕にいちごさんは何も言わずに優しく笑ってくれました。きっと貴方の不安に彼も気づいていたんだと思います。いちごさんは本当に貴方が好きだから。貴方もいちごさんを好きなように。ちょっと妬けちゃうな。でも貴方たちの友情はずっと続いてほしいです、きっと十年後の今も続いていることでしょう。
それから、(思いついたまま書いているので乱文になっててごめんなさい)貴方に言いたいことがあります。この手紙を書いた一番の理由です。スケッチブックだとどうしても書ききれないから。
鶴丸さん、僕は貴方が好きです。好き。一番大好きです。いつも隣にいてくれてありがとう。僕を見て、僕の言葉を欲しがってくれてありがとう。貴方が好きと言ってくれた時本当に嬉しかった。今も時々言ってくれる好きという言葉は僕の心を幸せで満たしてくれます。でもね、本当は少し悔しい。貴方に好きと言われる度、ペンを握らなければいけない自分が。頷くことでしか、僕もだよと伝えることが出来ないことが。本当は、「僕も貴方が大好きだよ!」って大声で伝えたい。たった二つの音でさえ、貴方に聞かせられないことがこんなにも歯痒い。
今までは、声なんて出せなくてもいいんだって開き直ってた。声なんてなくても人は僕自身の言葉を欲しがるわけではないし、その為にみっともない声を吐き出す方が嫌だった。
黒い服も、出せない声も、きっと僕自身が原因だったと今ではわかります。僕はやっぱり可哀想な粗末な人間で、僕はそれに目を背けていたんだということも。
でも今はそうじゃない。声が出せるようになりたい。貴方の好きに、僕も好きを返したい。今の自分から変わりたい、そう思います。貴方の好きが、僕を強くしてくれたんだと思います。だから僕も何度も言います。鶴丸さん、好きです。大好きです。貴方が本当に好きです。
今はこうして文字にしか書けないけど、“十年後の今”はきっと声が出ていると思うので、十年前の僕のこの声を彼に代わりに出してもらってください。
好きです。鶴丸さん、大好き。
ちゃんと聞こえたかな?彼が恥ずかしがっていたらちゃんとおなかから声を出させてください。なんたって出会ってからの二年分です。小さな声は認めません。ああ、なんならこの手紙を音読させてください。それが一番良い。
鶴丸さん、二年間の楽しい学生生活をありがとう。いろんな所に行きましたね。学内の図書館は二人で行くことはもう出来なくなるけど、他の所にはまた行きましょうね。
これから少しだけ離れることが多くなるけど、僕はいつでも貴方を思ってます。って書くのは大げさかな、同じ県内だもんね。でも思っているのは本当。
卒業おめでとう。これからもよろしくお願いします。
敬具
貴方のことが大好きな十年前の光忠より
追伸、ここだけの話。僕はこの一年間少々ヤキモキしています。
十年後の今、二人の仲は少しくらい進展していると信じてもいいでしょうか』
「あー、本当何書いたっけ・・・・・・、どうしよう何も思い出せない」
「み、みつただ! 光忠!!」
「何、つるさん」
「これ、これ読んでくれ。声に出して音読してくれ!!」
「鬼かい!? 貴方は何処までっ! 人を動揺させることを言ったり、初めてのキスの再現しようとしたり!? その上、十年前の手紙を音読!? 鬼! 悪魔! いじわるなのは夜だけにしてくれ!」
「ち、違うぞ! 十年前の光忠がそうしろ言ってるんだ! それに今も夜だからセーフだし!」
「嘘! そんな羞恥プレイ自分に仕向けるわけないじゃない! つるさんの馬鹿ぁ! いちごさんに言いつけるからね!」
「おいバカやめろ! あいつマジできみの父親っぽくなってきてるから! 戸籍上でもマジで父親になっちゃうから!」