っち、と舌打ちを打った。美しい肢体を見ても苛々が治まらない。それどころか、黒々とした思いが募っていく。
(今なら憎しみで人が殺せてしまいそうだ)
鶴丸は、目の前に横たわる人物よりも先に殺意を抱いた。
鶴丸が言った一言は光忠を動揺させた。それはそうだろう、化け物に抱かれろと言われたのだ。恐怖と嫌悪感、おぞましさで発狂してしまうとしても無理はない。しかし鶴丸の考えとは違い、光忠はしばらくして落ち着きを取り戻した。そして、鶴丸を見つめ、本当に帰してくれるのならば、そうする。と答えたのだった。
鶴丸はそんなにあの人の元へ帰りたいのかと心の内で歯噛みをし、その場で光忠を押し倒した。着ている服はそのままに。現代の人間である光忠は、鎖骨まで見える細い毛糸を編んだのような一枚着と洋袴を着ていた。主が時々しているような格好だ。
下も脱がせず、上着もたくし上げるだけに留める。脱がしてしまえば鶴丸は完全に鶴丸の光忠として見てしまうような気がした。
(もう同一視しているくせに)
響く声には聞こえない振りをする。
目の前に横たわっている体は、鶴丸が知っている光忠の体と同じだ。決して細くはない、程のよい肉感。それでいてしなやかな、無駄のない引き締まった筋肉がついている。ただの人間である彼は、戦うこともないだろうに、前世と同じ肉体を持っているのは不思議ではある。しかし、彼もまた「格好いい」を信条にしているのであれば己の体を作り上げていることも納得ができた。
手のひら全体で脇腹に触れる。触れられた彼の喉がこくりと鳴ったがそちらに視線をやることはしなかった。鶴丸の手に吸い付くような肌の感触を確かめる方が大事だ。
白く、キメの細かいその肌。いつもはすべらかな肌が、情事の際は汗ばみしっとりとする、その感触が鶴丸は好きだ。服を脱がせただけで、興奮して肌を湿らせる、今まさに鶴丸の手のひらに与えられている感触が好きだ。
(ああ、本当に一緒だ。体も、そして反応も)
このまま、彼の脇腹に爪を立て肉を抉ってしまわないように、鶴丸は脇腹から手を離した。
そう、来世の恋人の反応は、明らかに初めてのそれではない。幾度となく他者を受け入れ、快楽を拾い上げられる体だ。それでなければ、今も鶴丸が鎖骨へ顔をずらしただけで、期待するようにぴくりと体を揺らすはずがない。触ったわけでも、唇を落としたわけでもない。だというのに、鶴丸が次にどう触れてくるかがわかっているような反応をする。
声を上げぬように唇を噛み締めているが、それこそ幾度となく自分の恋刀を抱いた鶴丸には、彼がこれからくる快楽に抗おうとしていることがわかった。
(いったい誰に仕込まれたのか)
その考えに至り、鶴丸はぎりっと音が立つほど歯を食い縛る。
光忠に快楽を教えたのは鶴丸だ。鶴丸と光忠二振りで光忠の体を、作り替えたのだ、時間をかけて、愛を込めて。だから、鶴丸に与えられる快楽に善がり、喘ぐ光忠を見るのは、鶴丸にとっては興奮と共に幸福を感じることだった。そのはずだった。
だが、目の前の彼は違う。鶴丸ではない誰かによって教え込まれた体を鶴丸に差し出している。これが、怒らずにはいられようか。
今すぐ鶴丸の光忠がやってきて、「鶴丸さんの浮気者!」とその高い打撃力で頬をぶってくれればいいのに。とありもしないことを考える。光忠が帰ってこられるならば、陰鬱な気持ちに身を苛まれながら、こんなことをしなくてすむ。「僕には鶴丸さんだけだよ」と抱き締めてくれれば、自分を選ばなかった来世の光忠がいるとしても、慰められる。鶴丸の光忠が鶴丸を愛してくれるならそれだけで、夢見た自分が悪かったのだと笑い飛ばせる。
『鶴丸さんが他の誰かと一緒にいることで幸せなら、僕はおとなしく身を引くよ』
そう言って大倶利伽羅に身を委ねる光忠が脳裏に浮かんだ。数ヵ月前の記憶。だが、その姿、知らない誰かにしなだれかかる姿は来世の光忠の記憶でもある。
(ああ、煮えたぎる)
あの時鶴丸は、なんと思っただろうか。何時もならば鮮明に思い出せるのに、今は自分が思ったことさえ何も思い出せない。
れろ、と舌を這わせた。
胸の飾りには触れず、その回りを舌全体で舐める。そうして片方の胸もその赤に触れないように手で揉む。最初は唇を噛み締めるだけの反応しか見せなかった光忠が、核心に触れないように触り続ける鶴丸に焦らされていく。軽く立てられた膝が、擦り合わさるようにもじもじと動き、間違っても声を上げないようにか、手の甲が唇へと寄せられた。
胸は中心を避けて、周りだけが鶴丸の唾液でてらてらとしている。艶めかしい光沢だ。
物欲しそうに色づいて見える目の前の赤に、ゆっくり舌を近づけていく。熱い息がかかり、光忠の体が期待するように、ぴくぴくと揺れた。
いい反応だなといつもならば楽しく笑うが、今笑っても嘲笑にしかならなそうだったので、鶴丸は無表情のままことを進める。光忠もその方がいいだろう。
鶴丸に早く食べられたがっている赤い粒を、さくらんぼを食べるときのように、舌で触れてからそのまま口に含む。
「―、」
光忠は噛み締めていた唇を開き、音にならない吐息のような快感を吐き出した。声こそ出さなかったものの、開いた唇は思わず、といった風で今度はもっと強く手の甲を押し当てる。含んだものを舌先で転がしたり、反対の胸も指で軽くこねたりしてみたが首を動かして快楽を逃そうとしているようだ。
だが、光忠の体を知り尽くしている鶴丸にはただの無駄な抵抗でしかない。
鶴丸は粒を弄っていた手を添えるだけにした。そして吸い付いていた唇も離す。ようやく鶴丸の唾液に濡れ、艶かしく色づく果実のようなそれに、今度は柔らかな舌全体を亀の歩みのようにゆっくりと這わし、軽く押し潰した状態で止めた。鶴丸の舌に返ってくる弾力はつんとしていて、このまますぐ舌先で弾きたくなる。まだ我慢と自分に言い聞かせながら、鶴丸は光忠の顔に視線をやる。
未だ声をあげない光忠は、眉間に皺を寄せて何かに耐えるような表情をしている。潤んでいるだろう一つ目は閉じられているが、頬は赤らんでいて、その何かは快感だろうことが鶴丸にはわかる。ぬめぬめとした熱い舌が赤い頂きに与えるもどかしい感覚、それが彼の体を小刻みに揺らしているから尚更だ。
快楽に耐えようと尽力する彼を少し堪能した鶴丸が舌を動かした。柔らかな舌全体の途中から固くした舌先で、押していただけの粒を弾くようにして一気に舐め上げる。
「っんぁ!」
同時に体がびくんと跳ねた。光忠が慌ててもう片方の手も口許に持っていき、両手で口を押さえる。その姿を見て、別に慌てる必要はないのにと口許に歪んだ笑みを浮かべてしまう。
弧を描く唇から舌を出した鶴丸はまた舌先を柔らかにし、ゆったりと粒に押し付けた。その行為の次にくる衝撃を知ってしまった光忠の体が先程よりも小刻み震える。片目をぎゅっとつぶって両手で口許を覆う光忠は幼い子供のようで可愛らしい。いつもの光忠では見られない反応だ。鶴丸の光忠であれば、「んっ、んぅ、いじ・・・・・・わ、るっ!」と昼には見せない顔で小さく喘ぎながら鶴丸の嗜虐心を煽ってくるところである。
(激しいのより、焦らされたり、緩やかな刺激の方が耐え性がないんだよな、光忠は)
そんなことを考えながら、粒を舌先で一気に弾いた。
「んんっ!」
またもや光忠の体がびくんと跳ね、くぐもった声が上がる。それに気をよくした鶴丸が少しだけ体を起こし、擦り合わさっている光忠の膝をゆっくりと撫でる。
そこでようやく光忠が目を開き、安堵したように肩の力が抜ける。早く次にいってほしいのだろう。ずっと弄って、吸ってもらえるわけではない。なんなら胸だけで達せられるだろう体を持ちながら、こんな風に焦らされ、一瞬ずつの快楽しか与えてもらえないなんて辛いに決まっている。それとも、さっさと突っ込まれて揺さぶられれば、終わりだと心を守っているのかも知れない。それまで我慢すれば『彼』の元へ帰れると。
(だが、そうはいかない)
鶴丸は膝を撫でていた手をゆったりと太ももへ移動し、光忠の中心はわざと避け、脇腹、そしてまた胸へと帰ってきた。
「片方だけでは、可哀想だよなぁ?」
そういって、固く立ち上がっているものの、濡れていない赤をぴんと爪で弾く。少し揺れた光忠がまた首を背けるように動かす。
「こちらは濡れて、すーすーするだろう?舐って欲しいとは思うが、その小さな快感で我慢しててくれ。化け物の俺も口はひとつしかないからな」
鶴丸は自分の指をくわえて唾液を絡ませる。そしてその指で先ほど弾いたのとは逆の、ぷっくりと色づく粒をぬるぬると摘まんでやる。光忠が息を飲む。またか、と思ったのか快楽によってなのかはわからない。もしかしたら両方か。握りしめたままの指を噛む光忠は待ち望んでいたようにも見える。鶴丸の幻想だ。
「はは、いやらしいなぁ。そんなにここが好きか。生暖かいぬめりに包まれるのが。なんならもう一人呼んできてやろう。いや
一人と言わず、何人でも。君の良いところ全てに蓋をしてやろうか?」
今現在、嫉妬に狂っている鶴丸がそんなことを許すわけがない。光忠が拒否するだろうことをわかっているからそんなことが言えるのだ。さっさと済ませたって次がいるかもしれないことをちらつかせながら。
光忠がぶるぶると首を振る。明確な拒否だ。
「そうか?君は遠慮深いな。まぁ、その気になったらいつでも言ってくれ。すぐ呼んできてやるからな」
鶴丸はにっこりと笑う。そして、反対の胸に顔を埋めた。目の前の赤を舐めながら、もし光忠がそんなことを言い出したら今度こそ自分は嫉妬の鬼と化すだろうなと思う。
決定的な刺激は与えないままそれでも、丹念に胸を可愛がり鶴丸が満足したころには、光忠の息はすっかり上がっていた。声はできるだけ押さえようとしているものの、唇に添えられていた手は彼の唾液で濡れていた。瞳もとろんとしていて、大分溶けてきたようにも見える。
鶴丸の手によってそうなったと思えば愛しさが募るが、他の男に仕込まれた体で、化け物でしかない鶴丸に対してもこの反応を見せると思えば、苦しみが身を焦がす。頭の中ではやはり、二つの矛盾した思いが絶えず声を上げている。響く声が鶴丸の理性を削ぎ落としていった。もっとも、光忠に薬を飲まさずこの行為に及んでいる時点で大分理性は焼ききれていたとは思うが。二人の光忠に対する境界線が更に曖昧になっていく。
可愛がりすぎて充血した頂きから舌を離す。唾液の糸が舌先と頂の間に引かれ、いやらしいと思いながらその銀の糸ごと最後に頂きをちゅっと吸った。ぴくんと光忠の体が揺れたのに、もっと弄ってやりたくなったがキリがないと後ろ髪引かれる思いで体を起こす。
そうしてくったりしている光忠の手を取り、唾液にまみれたそれを口に含んだ。
(口吸いがしたい)
舌同士を絡ませ、喉の奥に引っ掛かっている嬌声を引っ張り出してやりたい。しかし、それはダメだと鶴丸の残り少ない理性が告げる。それをしてしまえば鶴丸は本当にこの光忠を帰してやれなくなりそうだ。
光忠と交わる時、何度も繰り返される口吸いができない。それだけで、鶴丸の胸にぽっかり穴が開く。鶴丸は自分の口の中で光忠の嬌声が響くのが好きで、繋がっている間、ずっと口吸いしていることも多い。光忠も鶴丸との口吸いは体以上に頭が溶けると言ってよくねだった。それが、今の二人の間にはない。
彼を思えば口吸いが出来ず、だがそれが出来ればこの行為に愛という付加価値をつけられるかもしれない。そうすれば自分も少しは落ち着くだろうに、とままならない思いごと飲み込むように、手にまみれている光忠の唾液を啜った。
わずかに満たされたような、虚しいような気持ちで、鶴丸は手を離し、彼の膝で閉じられた足の前に移動する。鶴丸が移動したことで、先ほどまでとろんとしていた光忠のひとつ目がハッと開かれた。
より一層身を寄せ合うように力が入る、擦り合わされた膝を鶴丸が優しく触れる。そしてゆっくりと両膝を左右に割ろうとしたが、それによってとることになる体勢にいち早く気づいた光忠が、立てていた膝を下ろした。
「自分で見せられるか、いい子だ」
膝を下ろしたことではなく、光忠の中心がある場所を見せたことを褒めて羞恥心をわざと煽った。
光忠が違うとでも言いたげに鶴丸に強い視線を寄越す。それに含み笑いを漏らした鶴丸は、見るからに湿っている生地の上から光忠の中心をつつつと右手の人差し指で辿った。
「ひ、」
「窮屈そうだな、可哀想に」
少し首を仰け反らせ、一瞬背を浮かせる姿により笑みを深める。可哀想という言葉とは反対の口調だ。
洋袴の前留めを外し、ジジジと金具を下ろす。そして前を寛がせてやれば、黒い下着が現れた。その黒が一層濃い部分はじっとりと濡れていて、先走りでできた染みだとわかる。薄い布の上からその部分を、指で押すとぬちゃぬちゃと音がした。
「―っん、は・・・・・・ふっ、」
鶴丸が指を遊ばせるたびに、喉の奥で飲み込もうとした嬌声を鼻にかかった甘い吐息に替えて光忠が小さくこぼす。
(可愛い、愛おしい)
(イライラする)
布の下から、はっきりと浮かび上がっている輪郭を指でなぞる。光忠の胸を弄っている時から完全に勃ち上がっていたことには気づいていたが、敢えて触れなかったのだ。昂らせるだけ昂らせておいて決定的な刺激を与え続けなかったから、達することも出来ず辛かっただろうなと思う。しかし今度も可哀想だとは思わなかった。
輪郭を一周りすれば、今度は形に沿ってやわやわと揉む。ようやく刺激というに値する感覚に光忠の体が、ぶるぶると震え、無意識にだろうが開いた唇から声が漏れる。
「あっ、あ、っ」
「よしよし、しっかり勃ち上がってるな。化け物の愛撫など気持ち悪いだけかと思ったが、君、色物好きなんだな。それとも好き者か」
「!!ち、・・・・・・ち、がっ――んぅっ!」
少しだけ、蔑んだ色を纏えば傷ついたように否定をしてくる。
「違わない。こんな、こんな俺みたいな奴に好き勝手体を弄られ、甘い声をあげるなんて」
そうだろう?と言いながら染みが広がり続ける下着に指をかけ、洋袴と一緒に引き下げた。両足を一緒に脱ぐことは難しかったので、片足だけ膝を立たせそのまま洋袴と下着を引き抜く。たくしあげられた上着と、片足だけに引っ掛かっている洋袴。ずいぶん扇情的な姿になった。内番服や黒い一張羅の時の光忠は、黒だと白濁が目立つからと言って着衣したままだとさせてもらえない。着流しであれば、許容してくれるのだが。
(そのこだわりの違いはわからんな、洗えば一緒じゃないだろうか)
一瞬だけ意識が持っていかれた鶴丸を光忠が足でコツンと蹴る。なんの力も入っていないが、ひどいことをしている鶴丸へのせめてもの仕返しのつもりだろう。ふふふといつもの快活さの欠片もない意地悪な笑い声がはみ出る。ずいぶんと可愛らしく思う。獅子が兎を可愛がる時の気持ちとはこういう気持ちなのだろう。
「異形の者に立ち向かう、勇気ある君に褒美をやろう」
そうして自分の頬にかかる髪を耳にかけながら鶴丸が身を屈める。光忠が震える膝を迷うように閉じようとしたが鶴丸の片手によって遮られた。
「君がただ一人に操立てしているというなら耐えられるよなぁ?」
そう、そそり勃つ目の前の光忠に話しかけて鶴丸は舌を出す。
初めて舐めたときの驚きの味。不思議なしょっぱさと青臭さを味わってから、鶴丸は光忠のこれをよく舐めたがった。鶴丸を光忠に舐めてもらうこともあるが回数は鶴丸の方が多い。何故なら鶴丸は舌で光忠を可愛がるのが殊更に好きだから。夜は従順な光忠が尚も従順になる様も好きだ。射精を止めたまま舐め続けたらどうなるんだと、好奇心を発揮させた際は光忠に泣きながら、お願い、止めてと懇願させたこともある。そんな鶴丸に、既にびくびくしているこの兎が耐えられるわけがない。
舌先を唾液で滴らせながら反り返っている光忠の裏筋をぺろと舐める。
「うぁっ!」
いきなりくると思っていなかった光忠が高い声をあげた。そして一度強い刺激を与えたまま、そこを放置して竿の部分へと舌を移動させていく。
根本から先端に向かって、舌の平たい部分を使って舐めあげながら、片手でしごきあげる。そしてもう一方の片手で袋の表面をさわさわと撫でた。太ももをひきつらせる光忠は可愛い。
(可愛いのになぁ)
暗い心がちくりと刺すのを今は無視して視線をあげた。
竿の向こう側に、光忠の瞳がある。閉じられることが多かった金色が、今は光忠を舐め上げる鶴丸を見ている。潤んだ瞳、与えられる快感に翻弄され、でもその先も期待しているような、そんな瞳。
その瞳から、鶴丸も目を逸らさず、期待に応えるように、そして見せつけるように赤い舌で殊更ゆっくり舐め上げる。
すると、目の前の光忠自身がどくりと脈を打ち、先端からとろとろとこぼれだした雫が、鶴丸の舌を濡らした。竿につたってくる雫はいつもと同じで少ししょっぱい味がする。
「あっ、っな、で?く――、っん」
「まだ溢れてるじゃないか、勿体ない」
「そ、そこで、しゃべら、っひんっ!」
溢れている先走りを、先端ごとべろりと舐めとると、光忠の太ももがぶるりと震えた。先走りのぬめりを使い、舌先で鈴口を刺激すればますます雫が溢れ出す。
「まったく、きりがないな」
「!だめっ、っだ、吸っちゃ、あっあぁっ!」
鶴丸がパクリと光忠の先端をくわえて、ちゅうと雫を吸えば光忠の背が浮く。そしてそのまま片手で撫でていた玉がせり上がり、光忠がびくびくと体を震わせながらあっけなく精を放った。
口に溢れる慣れ親しんだ青臭さを、そのまま飲み下さずお椀のようにした片手にでろと吐き出す。
速さ、そして粘度と濃さから見て、彼にとっては久々の吐精なのではと鶴丸は思う。成る程、それならば相手が心に決めた相手でなくても与えらる刺激に抗えないなと納得がいく。人間の体は心と裏腹に、与えれる刺激に滅法弱いというのを鶴丸も身を持って知っているからだ。
片手で受け止めきれなかった、光忠の精と鶴丸の唾液が混じったものが畳に落ちていくのを見ながら、鶴丸は少しだけ溜飲を下げた。
鶴丸が僅かに気を取り直したなんて知らず、吐精をした光忠は、打ち上げられた人魚のように力なく横たわっている。
(そうだ、生まれ変わるのが人間ではなく、人魚であればよかったのに。上手く歩けず、声が出せなくても、構わない。いやいっそ人魚のままの方が誰にも会わさずに囲える)
そこまで考えて首を振る。頭の中の声達もおかしな妄想をしたものだ。
(行為を続けなければ)
光忠の両膝を立たせ、左右に開く。そして片方の膝裏に手を添えて、胸の方へと押しやれば鶴丸の目の前に彼の足先が現れた。
だが鶴丸の目的はそこではない。その先にある、光忠の秘所である。
未だ触れてもいないそこは、濡れてもなく解されてもなく、鶴丸を受け入れることを拒んでいる。慣らしていないから当然だ。だから鶴丸は光忠の吐き出したものでそこを慣らそうとした。光忠はそこに触れるのを嫌がるだろうが、この行為は結局、そこに帰結するのだから我慢してもらうしかない。
舐める為に身を屈めていた分の距離を縮め、光忠の両膝の間に腰を進める。光忠は当然嫌悪感を示すだろうと思った。吐精した後の脱力感というか虚無感が、より鶴丸に対して嫌悪感持たせるだろうと。しかし、光忠はなんの反応も示さない。まるで、もういい、好きにしてくれとでも言うように、両手で目元を覆っている。
(何だ、それは)
恐れるから見ないのではなく、どうでもいいから見ないというのは、とても腹立たしい。少しだけ収まった憤りが再び沸き上がりまたもや鶴丸を支配していく。
(俺を恐れろ、拒絶しろ)
そんな言葉が頭の中で繰り返される。本当に自分はどうしたいのだろうと思う気持ちさえ塗りつぶされる。
「どうだ?好きでもない男に体を暴かれていく気分は」
挑発的に笑っても、光忠は動かない。イライラしながら目の前の足先をそのまま口に含む。彼がこちらを見ていないとわかっていても、視線は彼を見てしまう。光忠は見せつけられるように足を舐められるのが好きだ。口に含もうとする瞬間の物欲しそうな顔が鶴丸をいつも煽り立てる。今の彼は目を隠している為、その表情は見られないが。
足の指を一本ずつ、丁寧にしゃぶる。指の股に尖らせた舌先を往復させれば、鶴丸が押さえつけていた片膝がぶるりと震えた。
「ああ、君にとって俺は男どころか人間ですらないんだったな。異形の、化け物だ」
足の裏を踵から先の方に向けて、舌を這わす。辿り着いた足先に今度は歯を立てた。甘噛みよりも強めに。
「俺は化け物だからな、何でもありだぜ。もしかしたら君を孕ませることもできるかもな?」
出来るはずがない。例え相手が女であっても無理だ。
しかし、それを知らない光忠は両手を外して覗かせた顔を一瞬にしてさあと青ざめさせた。
「化け物の子を宿して、帰った君を『彼』はどう思うだろう?よくぞ、帰ってきてくれたと喜ぶだろうか。はは、それとも、いっそ帰ってこなければと罵るかな?」
震える体は明らかに恐怖によるものだ。
(そうだ、恐れろ。拒絶しろ)
頭の中の言葉が踊る。
「ここにいろ、帰るな」
しかし飛び出た言葉は違うもの。何を言っているんだと鶴丸は自分の発言に驚く。いくら嫉妬にかられているとは言え、この光忠を元の時代に帰すためにこんなことをしているのだ。彼もその為に化け物、に見えているだろう鶴丸を大人しく受け入れようとしている。
「嫌だ・・・・・・帰、る!」
当然光忠は拒絶をする。
(そうだ、それでいい)
鶴丸はわかっている。だが腹を刺されたような感覚を覚える。昨日、槍に刺された時のようなあの感覚。
ぐぅと鶴丸は唸る。低い獣のような呻きに顔を青ざめさせたままの光忠が怯えた顔を見せた。今度こそ化け物を見るような目で。
「そうかい」
やっと絞り出せた人間の言葉は、短いもので。それでもやはり獣のような声色だった。
押し上げていた片足を自分の肩にかけて、腰を持ち上げる姿勢をとらせた。手の平で波打つ乳白色の液体に指を絡ませる。液にまみれたその指を、光忠の後孔にあてがった。最初は液を塗りたくり、濡らすことに専念する。何度か白濁をまとった指でそこを濡らし、丁寧に塗り込んでいく。無表情でそれを行う鶴丸を、光忠が不安げな表情で見ているが特に言葉をかけようとは思わない。
よくよく塗り込んだ所で、鶴丸が中指をつぷ、と埋め込んでいく。第一間接まで入ったが、縁はまだ固い。ぐにぐにと緊張をほぐすように、回りを押し込む。異物感からかわずかに顔を歪める光忠を尻目に片手に残った光忠の種を、中指を通して中に流し込んでいく。
変わらない指の動きが、先程までと違い、ぐちゅぐちゅと淫猥な音を産み出し始めた。
口寂しくて、ほとんど白濁が残っていない手のひらをべろりと舐める。
(口寂しい。喉が乾く)
まるで話に聞いた砂漠の中にいるようだ。冷たくひんやりとした湿った土の中は好きだが、からからに乾いた暑い砂は嫌いだ。
(こんなにも寂しい、乾く)
砂漠で熱に浮かされたものが見る蜃気楼という幻が、心から渇望しているオアシスであるならば、目の前の光忠も鶴丸が見ている幻かも知れない。
「う、」
思考を飛ばす鶴丸にもどかしそうな呟きが届いた。指が奏でる水音よりも小さかったので、聞こえない振りをする。
(どうせ夢幻だ)
中指が第二間接まで入った。一度指を引き抜いて薬指を添えてまたゆっくりと圧し入っていく。
「っ、く」
今度こそ明確に苦しそうな声を上げる。内蔵を異物が圧迫していくのだから苦しいだろう。その証拠に一度、精を吐き出したきりの光忠自身も力なく萎びれている。あるいは、気持ちが萎れているからか。
っちと舌を打って、指ごと手のひらをくるりと天井に向けた。ゆっくり圧し進めた先で、中指に存在を示す何かが当たる。
「っ!?」
びくんと組み敷く体全体が跳ねた。俎上の鯉のようだと、いつも思う。いくら跳ねても、食らわれる運命しか待っていないところも同じだ。
中に埋まっている中指をくの字に曲げて、そのしこりを軽く圧す。
圧して伸ばして、圧して伸ばして。その度に、食べられるだけの人魚が地上でびくびくと跳ねる。上半身を捩り、畳に爪を立てて、助けを求めている。王子を助けるはずが、なんて憐れな人魚だろう。
(海に帰してやらねば)
しかし海に帰せばいつか泡になる運命。
(帰してはいけない。彼を帰してはいけない)
身を捩っているため、肩に遮られて光忠の表情は見えない。しかし声は漏れていて、その響きは快楽に浸っている。
「あっ、あぁ――んっ、っぅぁ、あぁ!」
「声はまだ出るようだ」
薬を飲んでいないのだから声は出る。王子に恋する人魚に横恋慕して、わざと薬を飲ませなかった悪い魔法使いは鶴丸自身だ。
またもおかしな夢想をしていたが、気づけば三本の指が光忠の中に埋まっていた。ぐちゅぐちゅという水音と光忠の喘ぎ声、跳ねる体。僅かに残っている理性など完全に捨ててしまいたい。
「はっ、ふあっ、あ!っぁん、」
いつのまにか光忠の中心も角度を取り戻していて、とろりと白濁混じりの汁が溢れている。先端からとろとろと溢れる汁が、重力に引かれて下へと流れて、光忠の肌を汚していく。粘度のある糸が引かれて、目が奪われる。
心が伴わなくても、体は反応するのだから仕方がない。そう、いい聞かせる。自分だってそうなのだから、と鶴丸は中心にある自身を取りだし、鶴丸の唾液と光忠の精にまみれていた手のひらを添える。
「くっ、」
ぬめった手のひら全体で、数回しごけば、項垂れていたものが、首をもたげて猛りとなった。
ほら、心が伴わなくても、できると自嘲的な笑みを浮かべる。
鶴丸を奮い立たせた手とは反対の、ばらばらに動いて光忠を翻弄していた三本を一気に抜く。
「ひぁ!」
蓋をするものがなくなった後孔は、埋めるなにかを求めるように、ひくひくと痙攣している。
片手を自身の猛りに添えて、誘い動く穴を塞ぐように先端をくっつける。吸い付いてくる感じがたまらない。先を少しだけ出し入れして、ぐちょぐちょと響く水音と蠢く肉壁が鶴丸に絡み付く。これなら大丈夫だろう。
「ぁんっ、ちょ、・・・・・・ぃ!」
「力、抜けよ」
「や、待っ、て!まって、あっ、待っ――!!??」
制止など聞かず一言だけの忠告を残して、鶴丸は一気に腰を進めた。肉壁を割りいって進むのは気持ちいい。暖かい肉が先端を圧迫してきて、擦られて、もっと奥へ奥へと突き進みたくなる。
勢いよい進軍をした鶴丸は、自分の猛りを光忠の中にすべて埋めた。少しだけほっとする。
(暖かい。愛し合っているみたいだ)
虚構とわかっているが。鶴丸が快感と安堵でほぅと息を吐く。だが光忠のは突如自分の中に侵略してきた、指とは比べるものにはならない質量に、声無き悲鳴をあげ、首をのけ反らして痙攣している。
(可哀想に)
(ああ、その首に喉に噛みついてしまいたい)
「動くからな」
痙攣が終わらないままの光忠に、ぶっきらぼうに言葉を投げつける。一方的な言葉はキャッチボールにならず、増して相手を傷つけるならそれは投石と違いなかった。両手で光忠の膝裏を捕まえて、腰をぐりっと進める。進めて引いて、抉って揺さぶって、突いて突き上げて、鶴丸は熱に浮かされるままに律動した。その間は少しだけ頭の中で響く声達が止まった。何も考えていない。何も考えたくない。慈しみもなければ優しさもない。この体を傷つけずに汚してしまえばそれでいい。早くこれを終わらしたい。そうして、光忠を、帰して。
(帰す、何処に)
光忠の帰る場所は鶴丸の隣だ。鶴丸が腹に穴を空けても光忠の元に帰ってこようとしたように。お互いが、お互いの帰る場所なのだ。だから、光忠が帰る場所は鶴丸の、腕のなか、今ここだ。
(帰さない、何処にも)
「あっ!あぁあっ!ひぁっ!ぐっうっ――うっ、ん!んんっ!!」
口をだらしなく開け、喘ぎと涎をこぼしていた光忠が、上半身を身悶えさせながら自分のたくしあげた上着の裾で口を塞ぐ。目からは生理的なものだけではないだろう雫が流れていた。
(泣いている)
その雫は、光忠の体液を舐めても乾いていた、鶴丸の砂漠にじわりと染み込んだ。
無体なことをしている。眠らせることも出来るのにそれもせず、嫉妬に駆られておきながら、愛も欲もない快楽を与える。
(この子は光忠。)
鶴丸の愛している光忠。
(しかしこの子は俺を愛していない)
だから鶴丸も彼を愛してはいけない。
(違う)
この光忠は生まれ変わりの光忠だ。
(わかっている、そんなこと。はじめから)
光忠の腰を掴んでいた両手を離して、上半身を倒す。体重と上からのし掛かる力でより深く光忠の中に埋まる。自分の胸を光忠の胸に寄せれば、光忠の腹と鶴丸の服の間で光忠の体液まみれの中心が擦られ、鶴丸の服を汚していく。
奥と中心を刺激された目の前の顔が涙を流しながら、快感の衝撃に耐える。鼻先を擦り合わうほど、唇が触れ合うほど近くにある鶴丸の顔に気づく様子はない。
彼の体の熱が、鶴丸の頭に巣くう嫉妬を溶かしていく。目の前の閉じられた一つ目から流れる涙が、鶴丸の心に渦巻く怒りを洗い流していく。
残ったのは鶴丸の奥の奥に隠れていた感情達だ。それは苦しみと悲しみと喜び、愛しさ。
このただの人の子である光忠は鶴丸の夢だ。夢を見なかった鶴丸に夢を見ることを許してくれた。来世も共にと言う夢を。嬉しかった。彼の存在は鶴丸にとって祝福だ。
だが、その夢がこんなにも鶴丸を苦しめる。苦しい。鶴丸は苦しくて悲しかった。怒りや嫉妬なんてそれをごまかす為の隠れ蓑にすぎない。
(何故、俺以外を選んだ)
(この子は俺の光忠ではない)
(いっそこのまま囲ってしまえば)
(この子を帰さなければ光忠が帰ってこない)
(傷物にして、誰からも遠ざけて。俺だけのものに)
(優しくしてやりたい、皆から愛される君を大切にしたい)
(俺を忘れたなんて)
(魂は記憶を継承しない)
様々な思いが鶴丸の中を埋める。
矛盾した思い。だが、光忠を思うからこその本当の気持ちだ。 矛盾した思いはお互いを打ち消しあっていく。それは朝と夜が交互にくるように、永遠に続く問答にもなるかと思った。
しかし永遠は鶴丸の頭の中にもやはり存在はせず、一つの答えに辿り着く。
(思い出してくれ、俺を)
(思い出してほしい、君の魂ごと愛した存在がいたことを)
(ああ、そうだったのか)
辿り着いた鶴丸に言えたのは一呼吸分だけの言葉だ。それ以上口を開いてしまえば、大声で叫んでしまうだろうとわかっていたからだ。きっと大声をあげて泣いてしまう。
今でさえ、目の前の彼が霞んで見えるのだから。だから一呼吸分だけ、耳元に囁いた。
「愛してる、光忠」
「っぁ、!?」
閉じていた目が驚愕に見開かれ、鶴丸を飲み込んでいる光忠の中がきゅぅと締まる。
言葉に反応したわけではないだろう。光忠は鶴丸に耳元で囁かれるのに弱かったが、鶴丸の声でなくても単に耳が弱いだけなのかも知れない。
「――っは、ぁあ!だっ、めぇ!いやだあ、あっあっ!こんなっ、こんなの・・・・・・っ!!」
「あい、してる、・・・っは、・・・愛してる、君を、君だけ、をっ!」
「ひっ!!ぃやっ、やめ、て!!やぁ、ら、はっ、ああ、んぁっやだあ、やらや、だ!――っぁうそ・・・・・・ぁくっ、だあ!!」
その証拠に鶴丸の言葉に対してはっきりとして拒絶を示す。噛んでいた服の裾を外して、嫌だやめろと叫ぶ。
おぞましいだろう、気味が悪いだろう。しかし、それであれば強く記憶に刻み込まれる。
鶴丸は覚えていてほしかったのだ。ただそれだけの為に、嫉妬と怒りを纏い、光忠を傷つけている。
光忠が拒否をしてくれればよかった。抱かれろと迫る化け物に、最後まで、僕にはあの人だけだと言えば、鶴丸は薬を飲ますしかない。無理矢理体を繋げることはきっとできなかった。
もしくは甘い声でなく拒絶の声をあげたら鶴丸の目も覚めた。
(言い訳だ、そんなもの)
思い出してほしい、覚えていてほしい。全て鶴丸の自分勝手な思いだ。鶴丸の光忠にではなく、生まれ変わりである彼にそれを求めるのは尚更。それこそ化け物の所業だ。
(それでも、それでも)
「愛している」
ここにいない彼を。目の前の彼を。
心の底から愛している。