top of page


 結ばれたい人がいると言った刀は誰だったか。


 やることもなく、ただ待つしかない身である鶴丸は、誰に咎められることもなく、思考に耽る。元の、もしくは今の主を一心に慕うものだった気もするがどうにも思い出せない。言ったものが問題なのではないし、ずいぶん前の話だから無理はない。ただ、その者が夢見るように溢れさせた言葉はよく覚えている。

 

生まれ変わりたい。貴方もそう思わない?

 聞かれた鶴丸は、嘲笑うことも憐れむこともなく、ただ、生まれ変わるのは無理だろうなぁと笑った。もし今言われたとしても、鶴丸は同じ反応をするだろう。
 人間である主ならまだしも、自分達が輪廻の輪の流れに乗れるとは思えなかった。
 人も、動物も、虫も、花も、還ればまた生まれる。魂に優劣はなく、等しく輪廻の輪の流れに組み込まれている。だが、刀である鶴丸たちは違う。その輪の中には組み込まれていない。
 何故なら物に宿った魂のようなそれはやはり、物でしかなく、生きている存在と同じものを抱いてはいない。付喪神だから、神格があるからと言う者もいたが、それは物であることの否定にはならなかった。魂があるという証明にはならなかった。
 大抵の物は、土か、海か、空に還る。鋼である自分達も、きっと例外ではない。気が遠くなる程永い時を得て還る日がくる。それで、おしまいだ。また生まれることはない。
 ならば、輪に乗れない俺達の場合は還るではなく、融けるかもしれないな。そう言った、夢も希望もない鶴丸を、ロマンチックだと評したのが、当時はまだ仲間でしかなかった光忠だ。

 

「鶴丸さんってすごく、素敵な考え方をするんだね」
「素敵かぁ?見も蓋もない!と言われたばかりなんだが」
「だって、土にでも、海にでも、空にでも、もし融けることができたなら、それはこの星に融けるということじゃないか」

 

 成る程、一理ある。と頷いて、そして君の方こそよほどロマンチックとやらで、素敵な考え方をするじゃないかと感心したことを思い出す。その時の会話がきっかけで、交流を深め、今では鶴丸にとって光忠は、この世でただ一振りの恋刀だ。
 あの時、夢見た刀のお陰で光忠と心を通わせることができたが、それでも鶴丸は夢を見ることはなかった。刀は生まれ変わらない。それは鶴丸の愛する光忠も例外ではない。
 今世だけでなく、来世も共に、と願いたくなる時もある。この世に長く留まれる僥幸を得て尚、この一振りと共に、できれば永久に、と願いたくなる時もある。それでも鶴丸は、やはり夢を見ない。
 ぽきりと折れればそれきり。気の遠くなる年月を得て、星に融けていくのだ。光忠も共にならば悪くないかもしれないが、戦場に立つ限り、共にというのは難しいだろう。一振りで融けていくというのは辛い。心が退屈で死んでしまう。例え、折れた後だとしてもごめんだ。
 だから、鶴丸は、こうしてじっと待っている。完全に傷が癒えるまで、退屈でどうにかなりそうでも、今折れてしまえば、もっとどうにかなりそうなことになる。

 

「いざとなったら、墓でも掘って共に入ろうか」
 

 本気とも冗談ともつかない言葉が口からはみ出た。比翼、ここに眠る。墓を暴いた奴は一生呪う。とでも看板も建てようと半分冗談のように考える。
 

――墓。命を持つものが眠る場所。終わりを示す記号。全てのものに終わりはやってくる。この日々が終わったら、自分達はど

うなるだろうと思考が、流れる。そもそも、どう終わるのか。思考の袋小路に入りかけて、すぐ思考を散らした。
 

「そんなことより、今、この時の方が大切だな」
 

 口に出すことで、少しでも会話気分を味わう。口があるのだから、使わなくては。
 

「光忠は、現代に遠征中かぁ。いや、もう帰ってきている頃か?俺の方が待たせることになるとはな。油断したぜ」
 

 貫通していた腹はもう塞がっている。だが槍に貫かれた時の感覚はまだ鶴丸の中にあった。油断、本当に油断だ。自分に蓄積していた傷を無視して、撤退の機を捨てた自分の失敗。いつもは穏やかな大倶利伽羅も怒るというものだ。
 

「後で顔見せに行かんとな。心配させてしまった」
 

 この部屋へ押し込んだ時の、表情を思い出す。失態を犯した鶴丸に対する怒りの下に、鶴丸を失うかもしれない不安と恐れを押し込んで、こちらを見つめる大倶利伽羅を。
 あの子を傷つけるのは本意ではない。自分を心配する大倶利伽羅に愛しさが込み上げるが、今はそれ以上に申し訳なさの方が上回っている。

 

「光忠には黙ってて・・・・・くれないだろうな。あー、怒られる。絶対怒られる。しばらく一人部屋にさせられるー」
 

 にっこり笑って正座を促す光忠を思い出して、ううと唸る。ここに運ばれた時でさえ笑みを浮かべていた鶴丸だったが、今は難しかった。
 光忠に会いたい。今回の遠征は主たっての依頼であり、長かった。だから、会いたい。だけど、重傷を負ってしまった今は少しだけ会いたくなかった。

 そんな鶴丸を裏切るように、手入れが終わり、手入れ部屋から吐き出された。
 

「やっと終わったか・・・・・・、そしてここからが始まりだな」
 

 廊下に立ち、天井を仰ぐ。気分は、戦場に生き残った物語の主人公さながらだ。これから、最愛の人でありながら、実は敵の密偵だった者に会いに行く、そんな空想を描く。
 

「負けるけどな。勝てるわけがない。惚れた方の負けと言葉もあるし。完敗だ、完敗」
 

 光忠が目の前に居るわけでもないのに、鶴丸は両手をあげて首を振る。その言葉は本心でもあったし、予行練習でもあった。光忠が怒ったときは素直な態度が一番効くということを鶴丸はすでに熟知している。それ程までに説教されていると言われれば情けない話であるが、これからもその回数が減ることはないだろう。
 

「あ、鶴丸さん!もう大丈夫なんですか!?」
 

 一振り芝居をする鶴丸に声が掛けられた。青年に成りきっていない、若い少年の声だ。爽やかさに溢れ、明るい声色。鶴丸は本丸内の刀の中から、同じ声を瞬時に思い浮かべる。同時に、その持ち主に顔を向ければ予想通り、物吉が廊下の向こうから小走りで近寄ってきていた。
 

「おお、物吉!もう大丈夫だぜ。ほれ、この通り。いつもの純白の鶴丸さんだ」
「よかったぁ。安心しました。鶴丸さんが重傷で運ばれてきたって聞いてみんな心配してたんですよ」
「そりゃ、悪かったなぁ」

 

 片手で頭をがしがしと掻いた。自分の失敗で、皆に心配をかけたとなればさすがにばつが悪い。
 

「本当ですよ!僕の幸運がなかったらどうなっていたことか」
 

 冗談めいて片目だけを器用に瞑る。この本丸では、比較的新入りの物吉だが、こうした冗談を言えるくらいには馴染んできたようだ。ちょっかいをかけ続けた甲斐があったと鶴丸は一振りで満足をする。
 

「せっかく会えた父上ですからね。折れたら僕、泣いちゃいますよ?」
「かわいい息子よ、頼むから光忠の前ではその父上ってのはやめてくれな?」

 

 父上という一言によって、物吉が本丸に顕現した時のことが甦る。

 光忠の愛する貞ちゃんこと太鼓鐘貞宗の兄弟である物吉が顕現したと言うことで、伊達組三振りは揃って物吉を見に行った。当時近侍であった日本号と、脇差しの仲間が増えたことが嬉しくてたまらないといった風な御手杵。そんな長身二振りに連れられて物珍しそうに本丸の中を歩く物吉を眺めて、三振りは言葉を交わした。
 

「貞坊と兄弟だと聞いていたが」
「なんか、貞ちゃんって言うより」
「国永に似ている」

 

 大倶利伽羅の一言に隣の二振りもうんうんと頷く。衣服の白さもそうだが、顔立ちもどことなく似ている気がする。
 鶴丸が年に一度、新月か満月の夜にしか咲かないと言われている、美しさと儚さを備えている花だとすれば、物吉は今開き始めた楚々とした白百合だ。物吉の見た目が幼い分、それくらいの違いはある。しかし、もし物吉が人の身であって成長することがあったのなら、その大人になった姿は鶴丸によく似ているだろうと想像するのは難しくなかった。初対面の人物に二振りが血縁者だと言えば十人が十人、そうなんですかと何の疑問もなく信じただろう。
 なんてこった。貞坊の兄弟と聞いていたが、まさか俺の生き別れの兄弟だったとは。そう、冗談を言おうとした鶴丸より先に、物吉を鶴丸と似ていると言った大倶利伽羅が続けて発言した。

 

「まさか、国永に隠し子がいたとはな」
「へ、」
「鶴丸さん、浮気したの?一夜の過ち犯しちゃったのかな?それとも、実は僕の方が浮気の相手だったりして」
「は、はぁ!?」
「可哀想だな、光忠。今夜は俺が慰めてやる。俺の部屋にこい」

 

 真顔で光忠を見つめる大倶利伽羅に、倶利ちゃん・・・・・・、嬉しい!と体をぴたりと寄せる光忠。二人が完全に鶴丸をからかっているというのはわかっているのだが、余りに予想外のことを言われて、驚きを通り越して焦ってしまう。
 もちろん、物吉は鶴丸の隠し子ではない。今は肉体を得ているが、元が刀なので子を作る能力はない。あったとしても、鶴丸の相手は同じ刀であり男の肉体を得ている光忠なので子を授かることはない。そもそも、鶴丸は浮気などしたことはない。
 頭ではそうわかっているのだが、光忠に浮気を疑われると焦るのは何故だろう。完全に冤罪なのに弁明を図らずにはいられない、そんな気分に鶴丸はさせられた。

 

「待ってくれ、光忠!俺は浮気なんかしてないぞ!」
「今さら言い訳か、見苦しいぞ国永」
「もう、いいんだよ、鶴丸さん。僕は日陰者でも平気さ。鶴丸さんが他の誰かと一緒にいることで幸せなら、僕はおとなしく身を引くよ」

 

 そう目を伏せて、よりいっそう大倶利伽羅に身を委ねる光忠に、鶴丸はもはや泣きたくなる。
 俺だって、俺だって光忠が幸せになれるなら相手が俺じゃなくても、身を引くさ。それほど君を想っている。だけど、勘違いで君を手放すのは耐えられん。俺は浮気なんかしてないぞ、光忠!浮気なんかするくらいなら俺は驚きを捨てる!
 そう心の中で声を大きくするが、鶴丸の口からは出てこない。なんとか光忠に自分の思いを伝えたくて、ようやく絞り出した言葉を鶴丸は叫んだ。

 

「物吉は、俺の隠し子なんかじゃない!あいつは、君と俺の子なんだ!!」
 

 その瞬間辺りが静まり返った。自分の発言に鶴丸がはっと我に返った時には、大倶利伽羅は顔を真っ赤にして肩を震わせていた。離れた所からは日本号と御手杵が目玉を飛び出させんばかりに鶴丸を見ていて、急に巻き込まれた物吉はきょとんと首を傾げている。僕が、子供?ちちうえ?と放つ言葉に耳を塞ぎたくなった。そして肝心の光忠はと言うと、大倶利伽羅と同じように大爆笑しており、目に涙まで浮かべていた。
 

「はははははっ!それは無理あるよ鶴丸さん!物吉くん、僕の要素まったくないじゃないか!そんな、必死になって言うから、なにかと思えば!!」
 

 お腹痛い!鶴丸さんかわいい!と交互に繰り返して、無駄に長い体を二つに折り畳んで踞る。頭を抱えて踞りたいのはこっちの方だと鶴丸も羞恥の涙を浮かべた。

 物吉が顕現した時のことだから、もう数ヵ月前のことだ。だというのにこんなにも鮮明に思い出してしまう。今思い返しただけでも、顔が暑くなるのを鶴丸は感じた。
 あの日のことは、本丸中に知れ渡ってる。それも鶴丸にとっては情けないことこの上ない。鶴丸と物吉が二人でいると高確率で親子と呼ばれるし、そういった時、愛想がよくノリもいい物吉は鶴丸を父上と呼んでくる。別にそれ自体は構わないが、その場面を光忠に見られると必ず笑われる。楽しそうな光忠をみるのは嬉しいことだが自分の発言が発言だったので、この件に関しては素直に嬉しいと思えない。あの時、君だけが俺の片翼だとでも言えばよかった。今さら後悔しても遅いと鶴丸は肩を落とす。
 急に元気がなくなった鶴丸の理由を、正しく理解できた物吉がふふ、と笑いを漏らした。しかし、これ以上いじめてはかわいそうと思ったのか、鶴丸さん、と改めて名前を呼ぶ。

 

「僕、主様に鶴丸さんの様子を見てくるように頼まれてきたんです。そろそろ終わるはずだから、手入れ部屋を出た鶴丸さんを連れてくるようにって」
「ふーん。手入れが終えるのを出待ちしてまでってことは重要な用件か?まさか、今回の怪我の説教とか」
「ごめんなさい、詳しい内容は聞いてないんです。ただ、離れ座敷に来てくれってことでした」
「離れぇ?何でまた」

 

 本丸がある敷地内に、離れがある。主が一人になりたいときや、当事者以外の誰にも聞かれたくない話をする時などは、使われているようだが基本的には誰も使っていない建物だ。
 そんな所に来いとは、鶴丸でなくとも、何かあるのかと疑いたくなるというものだろう。

 

「まぁ、ここで何を言っても始まらないな。仕方ない。光忠に怒られる前に用事をすませてくるか」
 

 会いたいのと会いたくないの、矛盾した気持ちを持っていた鶴丸はことの成り行きに任せることにした。もっとも、光忠に会いたい気持ちだけだったとしても主の呼び出しを優先したのだが、会いたくない気持ちに理由を与えてやる。
 

「たぶんみっちゃんさんも一緒ですよ。後藤くんとみっちゃんさんが離れに行く姿見ましたから。よかったですね、鶴丸さん!」
 

 物吉は無邪気に笑いかける。鶴丸の複雑な胸の内など知らないのだから仕方がない。お、おう。と呟いたきり何も言えない鶴丸を気にした様子もなく、でも、と物吉は独り言のように付け加える。
 

「みっちゃんさん、なんか様子が違ったような。洋服が違ったからかな?」
 

 それはあれじゃないか、俺の重傷を大倶利伽羅から聞いたからじゃないか。と心の中で説教の確定を確信した鶴丸は、行くしかない、遅かれ早かれ通る道だ!と腹をくくった。
 

「と、言いつつ嬉しそうですよ?」
「そういうのは指摘しちゃいかん。恥ずかしいだろう」

 

 嬉しいのは当たり前だ、長いこと会えていなかったのだから。心配をかけたばつの悪さと格好悪さから、会いたくないと思ってしまっても、光忠の顔を見てみれば重傷を負ってでも帰って来られてよかったなぁと鶴丸は思うのだ。
にやける顔と気後れする気持ちを抱いて、この矛盾さも光忠を思うからこそだと思えば悪くないと鶴丸は、離れに向かった。

 

bottom of page