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 次の日からこえ燭ちゃんは何時もに増して元気ぴんぴん!春も、こえ燭ちゃんの為に残りの日にちを全部いいお天気にしてくれるようでした。こえ燭ちゃんは鶴さんを毎日、お外へ急かすようになりました。だって残り少ない春ですもの、少しでも長く一緒に春の中で遊びたいに決まっています。
 鶴さんは苦笑いをしながらも、こえ燭ちゃんの言う通りにしてくれました。そのお陰で、二人は一日のほとんどを春の陽の下で過ごせました。
 こえ燭ちゃんはお外に出ている間、沢山鶴さんにお花をあげました。春が終わった後、鶴さんが植物図鑑を開いた時にあの白いお花を見て悲しい顔をするのではなく、春のお花のページを開いてにっこり笑って欲しいからです。
 今度はこえ燭ちゃん自身で見つけたがカランコエさんをあげました。次の日、カスミソウさんをあげました。次の日、スズランさんをあげました。次の日、ニリンソウさんをあげました。 

 

「なんだなんだ。最近やけに花をくれるじゃないか。いったいどうしたんだ」
「ちあっちあっ!ちあ~?」
「いや、くれるのは嬉しいけどな?」

 

 そういって鶴さんはお家に帰るとこえ燭ちゃんがあげたお花をダイニングテーブルの瓶に飾ってくれました。最初にあったハナニラさんやヒメキンセンカさん達はいなくなっています。
 

「こりゃまた賑やかな花瓶になったな。最初はただの思いつきだったんだが」
「ちちち~♪」
「そういや去年も君は窓側に色んな花を置いてくれたよな」
「ちあ?」
「本当に覚えてないんだなぁ。結構色んな話をしたのに。まぁ、忘却が君の愛らしさを損なわない方法だと、春の神様が考えてのことだろうさ。仕方がない」

 

 鶴さんはまた難しいことを言います。
 

「ちあーちああー」
「それより明日は何して遊ぶかって?君、元気だなー」
「ちあ!!」

 

 くるくるこえ燭ちゃんは元気に回ります。はしゃぐこえ燭ちゃんにも鶴さんは楽しそうにつきあってくれました。そうして明日は何して遊ぶか、いつもよりちょっと早い眠りにつくまで二人はお話をしました。早く寝るのは明日寝坊助さんをしたら後悔してしまうからです。だって明日は最後の日ですから。こえ燭ちゃんも一番楽しい日にしたいですもの。
 もっとも、鶴さんは最後の日なんて知らないでしょうけどね。

 

 


 最後の日は朝御飯を食べてすぐお外に出ました。そうしていつもの場所でいつもの様に楽しく遊びました。
 時間はあっという間ですぐ夕方になりました。こえ燭ちゃんは春のお友だちにお別れの挨拶をしました。もう会うことは出来ません。それをみんなに言えば皆悲しむので、いつもと同じようにバイバイをしました。そして鶴さんに今日あげる為の花を持ってその場を後にしました。これ以上大好きなお友だちの顔を見ていたらまた涙が出てきて動けなくなってしまいそうだったからです。

 

「ちあー」
「お、今日はもうおしまいか?」
「ちあぁ・・・・・・ちあ!」
「そうか。ん?今日も花があるのか。・・・・・・ナズナ、だな。ありがとさん」
「ちあ!」

 

 鶴さんに最後の日もお花をあげられてこえ燭ちゃんはホッとしました。鶴さんはやっぱり最後だと気づかないで帰ったらまた飾ろうと笑っています。
 そのままいつもの様にお家に帰り、ご飯もお風呂も済ませて眠る時間になりました。

 

「明日は何して遊ぶんだ?」
 

 軽くベッドメイキングをしながら鶴さんが聞いてきます。
 

「ちあ~ち~」
「明日はおやすみ?こうも連日はしゃげば、君もさすがに疲れたかい?」

 

 こくこく頷くと鶴さんはそうかぁと納得してくれました。
 

「うん、それなら俺も明日からはしばらく静かに過ごすか」
「ちあ・・・・・・」
「ん?お、なんだベッドを降りてきて。腹でも減ったか?」

 

 鶴さんが作ってくれたシーツを片手にバスケットベッドを降りるこえ燭ちゃんを鶴さんは不思議そうに見ています。
 

「ちあ~」
「えっえっ?寝ろって?」

 

 こえ燭ちゃんに従って鶴さんはベッドに横になります。こえ燭ちゃんはその体をよいしょよいしょと登って鶴さんのお腹の上にころんと寝そべりました。
 

「ち!」
「なるほど、一緒に寝たかったんだな?いいぜ、今日は一緒に寝よう」
「ちあ♪」

 

 鶴さんはこえ燭ちゃんがお腹から落ちないようにおててで囲ってくれてます。そんなことしなくてもこえ燭ちゃんは鶴さんの寝相がとてもいいことを知っています。でもその優しさがとっても嬉しいのでした。
 

「ちあーあ。ちあちあーちーち。ちあち~」
「あはは、おまじないまでしてくれるって?今日は特別大サービスじゃないか」

 

 鶴さんのお腹が緩く波打ちます。涙が出そうになるくらい優しい揺れでした。だけどこえ燭ちゃんは笑っておまじないを続けます。鶴さんが春の日最後に見る夢が幸せなものであるように。明日の朝、こえ燭ちゃんが消えてしまっても、それが楽しかった夢であったと思えるように。
 

「ありがとう、妖精さん。いい夢が見れそうだ」
 

 鶴さんは優しい声でそう言って眠りにつきました。こえ燭ちゃんも、幸せな気持ちで眠りにつきました。もう春は終わってし

まいました。

 

 

 体がゆらゆら揺れて、空を飛んでいるような感じがしました。体をなくしたこえ燭ちゃんはどこにいくのでしょう。もしかしたら、ここは天国なのかもしれません。
 どこだか知りたいのにこえ燭ちゃんは眠たくて眠たくておめめを開くことが出来ません。

 

「ちぁ・・・・・・」
「大丈夫、安心して眠ってな」

 

 優しい声がします。大好きな声がします。
 

「まったく、春が終わったら消えてしまう癖に。去年君から話を聞いてなけりゃ、取り返しのつかないことになる所だぞ?」
 

 それは鶴さんの声でした。ちょっと怒っていて、でもどこまでも優しい声です。
 それでこえ燭ちゃんは気づきました。鶴さんはこえ燭ちゃんの考えに気づいていたこと。その上で好きにさせておいて最後の最後に止めに入ったことに。

 

「ちあ・・・・・・ちぃ」
「だーめ。君がそこまでする必要はない。俺は君の気持ちだけでもう十分。君はチューリップさんの中で次の春を待ちなさい」
「ちぁ~・・・・・ちぁぁ」
「泣くな、泣くな。そんなことだと悲しい夢を見てしまう。せっかく忘れてしまえるなら、楽しい夢として忘れてくれ。そら、着いた」

 

 こえ燭ちゃんはチューリップさんの中に戻りたくなんてありません。例え次の春に目が覚めることが出来たって、真っ白なハートを持って目が覚めるのです。そんなのちっとも嬉しくありません。鶴さんのことを忘れてしまうなんて絶対に嫌だと、眠くて重い体を必死に動かして抵抗を試みました。
 ですがひょいと優しくつままれて、体は鶴さんの手のひらを離れていくのがわかりました。

 

「ちぁあ~ちあぁー」
 

 どうしてこんなに眠たいのでしょう。こえ燭ちゃんは本当に戻りたくないのです。鶴さんが苦しい時自分だけチューリップさんに守られて眠っているなんてあんまりです。最期まで鶴さんの側に居たいのです。一足先に天国で鶴さんを待ちたいと思うことはそんなにいけないことでしょうか。
 そう思ってぽろぽろ泣き声をあげるのに鶴さんはいいよと言ってくれません。とうとう、チューリップさんの香りに体が包まれ、体が慣れた優しさに横たわったのがわかりました。

 

「ちあぁあー!」
「最後までそんな悲しい声を・・・・・・。なら、そうだ、ひとつ約束をしよう。もし俺が今年の冬も越すことが出来たなら、また君を迎えに来るよ」
「ちあぁーちぁ・・・・・・」
「嘘じゃない。今年も会いに来たじゃないか。まぁ、君が泣いてくれたお陰で見つけることが出来たんだがな。だけど、来年もまた泣き声を探すなんて嫌だから、ほら、目印だ」

 

 こえ燭ちゃんを包んでいるチューリップさんごとゆらゆら揺れます。鶴さんが言う目印がついたのでしょうか。それさえ確かめることは出来ません。もう、鶴さんの声も遠く遠くなっているぐらいですから。


「ち、ぁ」
「楽しい春をありがとうな。君のお陰で、俺もまだ少しくらい独りでも頑張れそうだ。だから、安心しておやすみ。幸せな夢を見るんだぞ」
「ち・・・・・・」

 


 遠くなっていく声はとうとう聞こえなくなっていきます。
 そして今度こそ、こえ燭ちゃんは今年の春を終えたのでした。

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