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夢見た日常、未だ遠く

 ずっと畳に転がっていれば、

「いつまでもだらけているのは、かっこよくないよ」
 という注意が飛んでくる。
 ぼうっと一人で座っていると、
「わっ!どうだ、驚いたか!?」
 と驚かされる。そんな日常。

 

 うるさくて、鬱陶しくて、構うなと噛みついて、だが少しだけ嬉しくて幸せなそんな日常。
 

「そんな日常が欲しい・・・・・・」
 

 ぼうっと畳に転がっていても、注意も驚愕もやってこない。静かな部屋で一人呟く。戦場に立てば忘れられるこの虚無感も、非番の日には身を蝕み立ち上がる気力すら奪う。
 

「はあぁぁ」
 

 畳の目を数えながら、ため息が這い出た。こんなところを見られたらまた辛気くさいと言われるだろうか。
 

「で、出たあああー!!」
 

 主の物であろう叫び声が聞こえてがばりと身を起こした。たったそれだけの動作なのに心臓が痛いくらい音を鳴らしている。今の声は、鍛治場の方からだった!!そう思い立った瞬間、先程までは身を寄せあっていた畳を足蹴にし、部屋を飛び出す。
 長谷部も真っ青な機動力で鍛治場に辿り着けばそこには、暗い色の髪、黒い衣装に白い肌。長身で、太刀の――

「すいまっせん、自分明石国行言います」
 

 明石国行がいた。
 

「くにゆきー!!来るの遅いよー!」
「おお、蛍丸!久しぶりやなぁ、おおきゅう、なって!」
「大きくなるわけないじゃん、国行ホント適当なんだから」

 

 いつもより頬を赤く染めた蛍丸が、明石の足元へ抱きつく。それをひょいと抱き上げた明石に背後からもうひとつの影が近づいた。
 

「おっせえよおおお!!!」
「あだっ!なんやぁ?・・・・・・って国俊!!お前もおるんか!」
「おっせえよ、国行!馬鹿野郎!バカ!」
「おーおー、そんな熱烈に歓迎されたら、自分かて、困ってまうわ。はいはい、堪忍なぁ」

 

 そういいながら、空いた片手でこれまたひょいと抱える。しっかり抱き上げている蛍丸と違って、小脇に抱えるその扱いは少々雑だ。しかし、明石の顔は先程にもましてにこにこと笑っている。一番最初に見た、気だるげな明石の印象を払拭する程に。
 

「そうかぁ、えらいに寂しかったんやなぁ」
 

 そんなことない
 

「別にー、国俊居たし、みんなもいたし」
 

 俺は一人で構わないが、それでも本丸は賑やかに違いない
 

「お前が、あんまり遅いからいけないんだよ!別に寂しいわけじゃねぇよ!」
 

 そうだ、あまりにも遅いから、腹が立っているだけだ、だから俺だって、俺だって
 

「ざびじぐな゙ん゙がな゙い゙ん゙だ゙がら゙な゙!」
 

 畳とは決別したくせに、今度は鍛治場前の地面と懇ろになる。そうでもしなきゃ折れてしまいそうだ。ぽっきりと、心が。腕をついて体を支えることさえ出来ずに、無様にも突っ伏している。自分のあまりにもの格好悪さに驚くしかない。
 蛍丸と愛染の気まずそうな「あ」という声と、明石の「なんや、なんやぁ?」という不審そうな声が耳に入るが、取り繕う気にもなれない。折角の再会に水を差すなんてことはしたくないが、体の力と共に全ての気力が抜け落ちてしまったようだ。

 

 光忠と国永がいない。
 三日月も小狐丸も江雪も一期も鶯丸も蛍丸も日本号も、そしてたった今顕現された明石も居る。だがこの本丸には光忠と国永がいないのだ。

 

「いやー、鍛刀キャンペーン様々だねぇ」
「おめでとうございます、主!これで三条大橋から次へと行けますね!」
「そうだね!」

 

 鍛治場の入り口がからりと開いて、中から主と長谷部が出てくる。何故、何故光忠と国永じゃないんだと揺さぶりたいが、もはやそれすらも出来る状況ではない。
 

「なぁ、主はん。あそこで地面に突破してるん、誰ですのん?めっちゃ怖いんやけど」
 

 朗らかに話す二人に、俺のことを知らないからこそ触れられる明石が、俺の存在を知らせる。
 

「んぎゃ、く、倶利ちゃん・・・・・・」
「はぁ・・・・・・。倶利伽羅、主の前だぞ。みっともない」
「俺゙に゙がま゙ゔな゙」
「そんな、涙声で言われてもな」

 

 その場で固まったであろう主から離れ、長谷部の声が近づいてくる。本当に放っておいて欲しい。大きく息を吸い込めば、土の匂いが胸に広がる。それだけで墓の中に埋められた白い姿の刀を思い出して、ますます脱力する。呆れているだけだ、吐き出したため息が湿っぽく震えているのも、決して涙声によるものではない。
 

「ほら、立て。主と皆を困らせるな」
 

 腕をぐいと取られて、引っ張り上げられる。放っておいてくれという意味を込めて首を横に振った。
 

「いやいやじゃない」
「一人で、戦い、ひとりで、っしぬ、おれは、っく、それでいい、それでいいんだぁ」

 

 光忠も国永もいないのだ。そうなることが必然に思える。
 

「お前は、またそんなこと言って!いい加減にしろ!」
 

 いつもとは違い、自暴自棄な気持ちから出た俺の発言に痺れを切らした長谷部が声を荒げた。俺がこうなると長谷部は毎回怒るのだ。俺の姿にイライラするのだろう。ならば放っとけばいいのにといつも思う。
 

「へ、へしちゃん、倶利ちゃん泣いてるからっ。優しくしてあげて!」
「・・・・・・主命とあらば」

 

 俺は別に泣いてなどないが、見かねた主が長谷部を咎める。光忠と国永を顕現出来ない負い目がある主は、俺に対して殊更甘い。別に主のせいではないのだが。
 主の言葉を絶対としている長谷部が、少しだけ不服そうな声で頷いた。

 

「俺たち、倶利伽羅の気持ちも考えないではしゃいじゃったから」
「ごめんな、大倶利伽羅」
「かんけい、ない」

 

 二人のすまなそうな声に、そうじゃないと口を開いたが湿った声は地面に吸い込まれていった。胸が痛い、目も頬も熱い。
 本当に羨ましいとか、妬ましいとか、そういうわけじゃなかったのだ。ただ、ただ、何故だという気持ちばかりで。光忠、国永と別れて何百年たった。もう二度と会えないものだと思っていたから諦めもついていたのだ。だが、ここに顕現して、刀が人の身を得て、数々の再会を目撃してきた。その中には焼失したものも、海に沈んだものもいた。それでも再会できたのだ。その奇跡を目撃してきた。
 ならば、光忠にも国永にも会えると希望を持ってしまうのは自然なことで。俺にも奇跡が訪れると期待してしまったのは、間違いだったのだろうか。最初の頃のそわそわ感なんて、もうない。この一年間、待ち続けて疲れてしまった。

 

「もう、いい」
 

そんな日常なら、もう、いらない。
 

「何?」
 

 俺の小さな呟きに長谷部が、すぐさま聞き返す。
 

「光忠も、国永もいない。もう、いい。・・・・・・もう、いやだ。もう、いやなんだあああ!」
 

 長谷部に奪われていた手を奪い返して再び地に伏せる。これは別に泣いているわけじゃない。左腕の倶利伽羅龍が俺の体を支配して咆哮しているだけだ。俺の目を通して雨を降らせているだけに過ぎない。
 

「・・・・・・愛染、悪いがいつもの二人を呼んできてくれないか」
「おぅ!まかせとけ!」

 

 そんな会話が聞こえてからしばらくして、複数の気配が近づいてきた。
 

「どうしたの、倶利ちゃん。どこか痛いのかい」
 

 優しい光忠の声がする。
 

「倶利坊、泣いてちゃわからんだろう」
 

 柔らかな国永の声がする。
 

「光忠、国永・・・・・・」
 

 二人に無様な所は見せたくない。だけど立てない、起き上がれない。
 

「だって、あんた達が何処にもいないんだ」
 

 背中と頭を撫でてくる手に、龍が益々雨を降らせる。鍛治場前の土に恵みを降らせたって意味はないのに、馬鹿な龍だ。
 

「会いたい、もう一度。あんた達に会いたい」
「会えるよ」
「もちろん。すぐに会えるさ」

 

 滲む視界には土以外見えない。声がする二人の姿も見えない。だけどその言葉に少しだけ安心する。二人がそう言うなら大丈夫。会える、きっと会える。
 それがわかれば龍の雨が弱くなる。もう流れないよう目を閉じると、撫でられる温もりに意識が薄くなっていく。早く立たなければと思うが、体は立ち上がるどころかそのまま地面に横たわる。眠い。ここ最近、ちゃんと眠っていなかったのが仇になった。
 閉じた目をなんとか開ける。紫のカソックとストラの裾が柔らかな風に泳いでいる。ゆらゆら、ふわふわの動きがますます夢の世界へと誘い込む。もう目を開けることも出来なかった。

 

「すまないな、二振りとも」
「いえ・・・・・・大切な者を、待ち望む気持ちは、私にも・・・・・・わかりますから」
「俺も!こんなことくらい、いくらでもやりますよ!」

 

 遠くなる意識のなか、長谷部と誰かが話す声が聞こえた気がしたが、俺はそのまま眠りの穴へと落ちていく。明日こそは二人に出会えるという僅かな望みにすがり付きながら。

 

 


「主、倶利伽羅は限界です。毎日ほとんど眠れていない、なのにその状況で戦場に立とうとする。戦場に立ってる時だけは二振りがいないことを忘れられるからです。しかし、このままではいつか折れてしまいます。あいつも日に日に自暴自棄になってきている。主、どうにかなりませんか」
「どうにかかしてあげたいん、だけどねぇ」
「あの二振りのどちらかだけでもいい。鍛刀でも、ドロップでも。遠征でも出陣でも、この長谷部何でもこなします。ですから、どうか、」
「へしちゃん、そういってずっと頑張ってくれてるじゃん!でも、来なかったんだよぉ・・・・・・。何であの二人来てくれないんだろ!?いっそのこと他の本丸の二人に短期間だけでも来てもらおうか!」
「今度別離すれば倶利伽羅は間違いなく折れます」
「だよ、ねー。また引き離さないといけないのに会わせるってそっちの方が酷だよね。くそ、金をはたいて買えるなら、買うのに!!・・・・・・ん?買う?」
「如何されましたか?」
「そうだ、買えばいいんだ!」
「え」
「よし、早速買うよへしちゃん!ネット開いて!」
「しゅ、主命とあらば!」

 

 と、そんな会話があったかどうかはわからないが、明石顕現の数日後、俺は長谷部と主に呼び出された。

 

 


「・・・・・・用とは、なんだ」
 

 話すのさえ億劫だが、主の前だ。だんまりを決め込むわけにもいかず、気力を振り絞って問いかける。
 長谷部が何か言いたげに目を吊り上げた。大方、主の前だ、覇気を出さんか!と言いかけたのだろう。しかしこれが俺の精一杯と気づいたのか、その言葉を吐き出すことはなかった。
 主が、そんな俺達を見比べた後、俺へと話しかける。

 

「呼び出したのは、倶利ちゃんの待ち人についてなんだ」
「っ、」

 

 俺の待ち人。そんなのあの二人しかいない。主があの二人について、今さら俺に何を言うっていうんだ。まさか、あの二人の顕現を諦める、ということだろうか。
 この一年間。主が俺の為に尽力していることを俺は知っている。黄金レシピの研究に明け暮れて、手入れに使うギリギリの資材のみを残して鍛刀に全てをつぎ込んでくれた。その結果が各レア太刀の顕現だということもわかっている。
 今回鍛刀という形でやって来た明石だって、蛍丸と愛染がずっと待っていた人物で、主は俺の待ち人を鍛刀する傍ら、延々と三条大橋を回っていたのだ。本当に頭が下がる。たかだか刀の我が儘に真剣に向き合ってくれた。それだけで、充分だ。

 

「今まで、迷惑を、かけた。すまなかった」
 

 主が諦めるというならそれを受け入れるしかない。受け入れるしか、ない。大丈夫だ、俺は一人で生きていく。構われるのなんて嫌いだ。鬱陶しい二人がこなくて清々する。俺はちゃんと、一人で死ねる。
 

「というわけで気晴らしに単騎で検非違使狩りに行ってくる」
「待て。その今まで見せたことない、曇りなき眼でとんでもないことを言うな」
「止めるな長谷部!俺は一人で戦い、一人で死ぬんだ!」
「馬鹿者!主の話を最後まで聞かんか!」
「はーなーせ!光忠と国永が検非違使に捕まっているかも知れないだろ!?ああそうだきっとそうだ!光忠は余りの美しさに嫁入りの途中でさらわれて、国永は自分の仕掛けた罠に引っ掛かっている所を捕まえられたのかも知れない!あいつはアホか!でもたぶんそうだ!そういうお茶目な奴なんだあいつは!」
「検非違使はショタコン且つ髭コンなんだから、あの二人が捕まっているはずないだろうが!」
「そういう違う性癖のやつらまで、歪ませてしまうのがあの二人なんだ!」

 

 後ろから羽交い締めにされながら怒号を飛ばし合う。長谷部はあの二人の恐ろしさを知らないのだ。刀なのに嫁に欲しがられたり、墓の下で眠りについていたところを暴かれたりする程の魅力があるのだ、あの二人は。
 

「あいつらは来ないんじゃない、来れないんだ!どっかの変態に連れ去られてしたくもないことをさせられているんだ!」
「したくもないことだと!?例えばなんだ!」
「マジックテープ式の財布持たされたり、反省文書かされたり!」
「純粋か!もっとこうあるだろ、無理矢理てごめ、いや違うそうじゃない、主ー!ダメです!倶利伽羅錯乱してます、言葉通じません!」

 

 失礼なことを言う長谷部が、声を困り果てたものに変えて主を呼ぶ。言葉が通じないのはあんたのほうだ!
 こっちは、光忠が今も泣きながら財布をバリバリ言わせているのではないかと気が気ではないというのに!国永が正座で反省文書かされて、足が痺れたー!!と悶え苦しんでいるのではないかと、心配しているのに!

 

「あれ!?ごめん、それおじ甥のスキンシップじゃないの!?」 
「違いますよ!もう説明はいいですから、例のものを早く!」
「え、でも今の間にどっかいっちゃった」
「あるじぃー!!」

 

 耳元で長谷部が叫ぶ。主に対して珍しい。しかしそんなことは気にしていられない。長谷部の力が一瞬抜けたことにより、羽交い締めから逃れることが出来た。
 

「まてっ、倶利伽羅!」
「待たない!俺はあいつらを探すんだ!もう一度会うんだ!光忠と国永、」
「ぴぃー!!!」

 

 光忠と国永は俺が助ける、と言おうとしたところで頭上から鳥の鳴き声のようなものが聞こえた。思わず声のした方を見上げると、ごつっと鼻骨に鈍い衝撃が与えられる。
 

「~っ!?」
「ぴぇぴぇ!」

 

 地味な痛さに鼻を押さえようとしたが音が鳴る固い物体に邪魔をされて、かなわない。痛い。地味に痛い。視界が滲んだが別に涙ではない。
 

「なん、なんだ・・・・・・」
「あ、そいつは」
「倶利ちゃん、その子、」

 

 長谷部と主が同時に声をあげる。二人とも知っているらしいが俺にはさっぱり心当たりはない。こんのすけの代わりの動物だろうか、それにしては何やら固い感じがするが。未だ人の鼻に張り付いている物体をべりと剥がした。そしてその正体を見てやろうと、目線に、持ちあげ、
 

「・・・・・・・・・・・・くになが?」
「ぴぃ!!!」

 

 真っ白い衣装、白銀の髪、金色の目。肌の白さ。悪戯そうな表情を多く浮かべるためなかなか気づきにくいが、実は穏やかそうなその顔立ち。見間違えるはずがない、数百年も一緒だったのだ。
 目の前で、ぴぃぴぃと鳴きながら、手を広げて俺の顔に張り付こうとするこれは、こいつは。

 

「あー、倶利伽羅。これはな、ねんどろいどと言って、今回主が特別に付喪神としての目覚めを促してくださ、」
「くになが、」
「おい、聞け。ちゃんと主にお礼を、」
「う、」
「う?」
「うわあああああん!くにながあああああ!!」
「「倶利 伽羅・ちゃん!?」」
「馬鹿あああああいままでどこにいってたんだおれをおいて!またあえるっていったくせにおそいんだよばかあああ」
「ぴぃぴぃ?ぴぃ~」
「ずっとまってた、ずっとまってたんだからなあ!?」

 

 目の前の小さな国永の姿が見えないほど、龍の雨が、ああもう認めてしまおう、涙が、止めどなく溢れる。自分が何を口走っているかなんてふやけた頭じゃわからない。
 目の前に国永がいる。国永がいるんだ。
 小さな国永にとってはそれこそ雨のような水量の涙に、その体はびしょ濡れだ。国永はそれを気にすることも無さそうに、優しく俺を見ている。そこには天井から落ちてきた破天荒さはない。顔つきのまま穏やかな、見守る者の風貌だ。
 国永が、俺の両手からぴょいんと飛んで、学ランへと張り付く。素早く登りきって、右肩へと乗った。そして微かな感触が右

耳の後ろ辺りに与えられる。小さな体で一生懸命撫でているのだとわかった。
 

「ぴぃ」
 

 人語ではないはずなのに、たった一声なのにその声にどんな思いが込められているのか伝わる。
 ごめんな、と。おれもあいたかったぜ、と。
 ぶわっと涙が更に溢れて、両手で顔を覆う。撫でる小さな手は止まらなかった。

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