「助けてくれ兄弟!兄弟がいじめるんだ!」
「あ、ずるいよ兄弟!助けを求めるなんて!違うからね兄弟、いじめてるんじゃないよ!」
小さな国永が来て数ヵ月。相変わらず光忠と大きい国永はやってこない。それでも以前とは違う心持ちで日々を過ごすことができている。
縁側に座ってひなたぼっこなど、数ヵ月前は考えられない。以前であれば、何故か側にいた山姥切や小夜と暗くてひんやりした場所で共に膝を抱えていたところだ。
小さな国永を膝に乗せて、洗濯物攻防、白い布を巡ってじゃれている二人と巻き込まれた一人を見ている。
「かかかか!兄弟達は今日も賑やかであるな!」
誰かが親愛を込めて名前を呼ぶ、呼ばれた誰かが笑って答える。その場面をずっと見てきた。ずっと、一人で。でも、今は、
「賑やかだな、国永」
「ぴぃー」
「ひなたぼっこは暖かいな、国永」
「ぴぇぴぇぴ~」
フッと口許に笑みが浮かぶ。
俺が名前を呼べば答える声がある。それだけで嬉しくなった。ぽかぽか陽気でうとうとし始めているその頭を人差し指で優しく撫で付ける。心がとても暖かい。
身も心も温かくなり、ふわぁとあくびが出た。昨日も早めに床につき、よく眠ったのに、太陽の光には不思議な魔力がある。
「倶利伽羅ぁ!!」
「・・・・・・なんだ長谷部。騒々しい」
せっかくいい気分だった所に長谷部の声が飛んできた。一体なんなのだというのだろう。うとうとしていた国永がビクッと飛び上がったじゃないか、可哀想に。
「あの小動物はどこに行った!?出せ!」
「もしかして国永のことか」
見るからに怒りを纏わせている長谷部から、腰布で国永を咄嗟に隠す。
「俺の部屋に積んであった処理済の書類と未処理の書類が倒れてバラバラになっているんだ!」
「それで何故国永を探している」
「その事件現場に小さな足跡とどんぐりがおいてあれば犯人は明白だろう。よりによって朱肉が乾いてない印を踏めばな、そうなるんだよ」
事件現場で目を光らせる熟年の警部さながらの眼光で言い切る。その例えはテレビの見過ぎだろうか。
「鶴丸国永は大層悪戯好きだと聞いていたが、まさか人形であってもそうだとはな」
「違う、国永は」
「倶利伽羅、可愛がるのと甘やかすのは違うからな。躾はきちんとしておけ」
人の言葉を遮ってまでの言葉はあんまりなもので、思わずムッとしてしまう。確かに結果として国永は長谷部に迷惑をかけてしまったが、その理由も聞かず、躾がなってないの一言で切り捨てるのは、如何なものだろうか。
「今回ばかりのことじゃない、この間だってな」
「悪かった、もうしないように言っておく。・・・・・・これでいいか」
「お前なぁ、」
ふてくされたように言い捨てる俺に長谷部が呆れたように息をつく。本当はきちんと謝って欲しいのだろう。そうすべきだと自分自身でもわかっているが、国永の気持ちを考えるとできなかった。
「国永が増やしてしまった仕事は俺が責任を持つ。まずは書類の整理をすればいいか?」
とは言え、気持ちと責任を取るということは別だ。布の下でおとなしくしている国永を布越しに撫でる。まだ出てくるなよと思いながら。
「倶利伽羅、俺は別に仕事が増えたから怒っているわけでは・・・・・・いや、もういい」
そう言って長谷部はストラとカソックをひらりと翻し背を向ける。
「とにかく、あの人形はちゃんと目の届くところに置いておけ。何があっても知らんぞ」
その言葉を残しすたすたと歩き去る背中。相変わらずの素早さだった。言葉を返す間もない。
「ぴ?」
急に静寂が訪れた縁側に国永の声が小さく聞こえた。今までおとなしかったのにもぞもぞと布が動いてそこから顔を覗かせてくる。
「ぴぴっ」
俺以外誰も国永の言葉を理解できないように、俺の言葉以外を理解出来ない国永は長谷部が何て言っていたのかわからない。そのうえ布で遮られていたから俺の言葉もよく聞こえなかったのだろう。今も俺に、どうしたんだ?と聞いてきたところだ。
「長谷部が、あんたにお礼を言いに来たんだ。どんぐりをありがとう、仕事頑張るだと」
「ぷぷぇ!」
国永が腰布から出てきてくるりと一回転する。小さい体で一生懸命運んだどんぐりを長谷部が喜んで受け取ってくれた、と喜んでいるようだ。
実際はそうではなかったとはとても言えない。
「だけどな国永、長谷部の部屋は大切なものが沢山ある。もう入らない方がいい。約束出来るか?」
「ぴ!」
「よし」
片手をぴしりとあげていい返事をするその頭を撫でる。とてもいい子だ。大きい国永よりも大分いい子だ。
だけど、仲間を思いやる気持ちの大きさは同じくらい。大きい国永であっても働き詰めの長谷部に対してなにかしてやりたいと思っただろう。長谷部を元気付けるため頑張ったこの小さい国永のように。
それが長谷部に伝わらなかったのがとても歯痒い。
「光忠だったら、上手く出来るだろうにな」
光忠であれば、長谷部が何て言おうが、国永の行動のフォローが出来たに違いない。すぐにムッとしてしまった俺と違って、光忠は穏やかで口もよく回る。
「ぴぴゃぴや!!」
「ん?ああそうだ、光忠だ。だけどあんたの好きな子じゃなくて、大きい方の光忠だぞ」
呟いた名前に国永が反応する。この小さい国永には好きな相手がいる。同じ工場で作られた小さい光忠だ。しかし工場にいる時は付喪神としての目覚めはなかったため、ただ見ているだけだったと国永は前に教えてくれた。
体を動かすことの出来ないもどかしさはよくわかる。目の前にいても手を動かして引き留めることも出来ないのだ。
光忠の名前を聞いたことで、上機嫌になった国永は、俺の腰布の上に乗ってくるくると舞う。そして、喜びを体で表現した後、光忠が来たらここの本丸を案内するのだと、一緒に遊んで一緒にみんなのお手伝いをするのだとにこにこ笑いながら俺に話す。
なんだかいじらしく思えて、自分こそ待ち人がいるのにも関わらず、会えるといいな、と小さな頬を人差し指でつついた。
「大倶利伽羅さーん!!」
少年にしては高めの、しかし少女にしてはハスキーな声が俺を呼ぶ。声の主を探せば、廊下を急いで駆けてくる乱の姿があった。
兄である一期から、日常の所作について厳しく言われているはずなのに珍しいことだ。
「乱」
「あのねっ、今、主さんに大倶利伽羅さん、」
「落ち着け。息が整ってからでいい」
頬を染めて息もつかぬまま話し始める乱を落ち着かせる。いつのまにか俺の膝上に移動していた国永もどうしたどうしたと、何やら急いでいる乱をまじまじと見ている。
乱が胸に手を当ててすぅ、はぁと大きく深呼吸をした。少しだけ落ち着いたようだ。
「僕、主さんに荷物が届いたから、主さんの部屋にそれを届けに行ったんだ。そしたらそこにいた主さんが、大倶利伽羅さんを呼んでって言ってきて、」
「そうか」
主に呼び出されることなどなにかしただろうか。
「燭台切さん、連れてきたって!」
「!!」
「僕、一刻も早く大倶利伽羅さん呼ばなきゃって思ったから、廊下も走っちゃったけど、」
驚く俺よりも乱は興奮しているようだった。両手をばたばたとさせてだからね、早く早く!と急かす姿にかえって冷静になる。
「よかったね、大倶利伽羅さん!僕も兄弟揃うのずっと待ってたし、いち兄来るの遅かったから、大倶利伽羅さんの気持ち、わかるよ」
「ありがとう、乱」
少し涙目になっている乱。いつもはただただ明るい乱はまるで自分のことのように喜んでくれているようだ。思わずその頭を撫でてしまう。乱はようやくいつもの笑顔を見せてくれた。
「いってくる」
「うん!」
膝上の国永を手で掬って、立ち上がる。そしてそのまま廊下を駆け抜ける。手の中の国永がぴゃ~と目を回しているが、今だけは我慢してもらうしかなかった。
光忠に会える。そう思えば逸る気持ちを押さえることなど出来ない。会えなかった時間で言えば、国永よりも長い。離れていた間焼失したとも聞いていた。もう二度と、会えないのだと、そう思っていた。
だけど、そうじゃない。また会える。それはどれ程の奇跡の上に成り立っていることなのだろう。
歩き慣れているはずの本丸内なのに、やけに視界が悪い。まるで世界の線が滲んで境界がぼやけているみたいだ。
「ぷー?」
目を回しているはずの国永がどうしたんだと怪訝そうに声をあげる。
「何でもない」
走りながら反対の腕でさっと目を拭った。
泣くものか。悲しくなんてないんだ。久しぶりに見せる顔が泣き顔なんて、最後まで笑って別れて見せた光忠に失礼だ。
近侍である長谷部の部屋の前も駆け抜けて主の部屋へとたどり着く。長谷部の「さっきからどたばたとうるさいぞ!」という言葉も聞こえたが今だけは気にしていられなかった。
スパンッ!!主の部屋の障子を開ける。長い距離でもなかったのに、鼓動が早くて、肩で息をしている。無様だ。しかしやっぱりそれすらも気に留めることはできなかった。
部屋の中をざっと見渡す。そこには、何事かと目を向ける主と――。
ぴょこんと生えた二つの旋毛から、流れる黒い髪。政宗公を彷彿とさせる眼帯、伊達の刀だという印のような金色の瞳。白い肌と黒い衣装のコントラストが印象的な、その刀は間違いなく、俺の知る燭台切光忠。光忠が、そこにいた。
「みつ、ただっ!」
光忠だ。夢でも幻でも、明石でもない。光忠が俺の前にいるのだ。しかし、
「・・・・・・小さい」
本来であれば見上げるはずなのに、首を下に傾けてやっと見つける大きさ。キリッとしている表情、格好いい立ち姿は、小さいせいで可愛らしく見えた。
「あ、倶利ちゃーん。燭台切さん連れてきたよー。今回燭台切さんのねんどろいども発売してね。本物こないからせめてもの償い」
「こっちの光忠だったのか」
「え?」
「何でもない、心遣い感謝する」
主に頭を下げる。たかだか刀の為にここまで気を廻してくれるのだ、自然に頭も下がるというもの。
そして少し、ほんの少しだけ落胆してしまった顔を見せまいとする意味もあった。
小さな国永がきたお陰で自分の精神も大分安定しているのがわかる。だから少しだけ欲が出てしまったのだ。刀の光忠がよかったのだと。
高い位置から向けられる笑みや、大きな手で撫でられる感触が欲しいと、落胆してしまった。我ながら、欲深い。
そして、乱になんと言おうとも思った。自分のことのように喜んでくれた乱に、「今回来たのはこの国永と同じ方の光忠だった」と言ってしまえば、乱は「僕が早とちりしたせいで、糠喜びさせちゃった」と落ち込むかもしれない。そう思えば益々、ここにいるのが刀の光忠であればと思ってしまう。
しかし、ここまで気をつかってくれる主にそれを悟られるわけにはいかない。
「よかったな、国永。あんた、会いたかったんだろう」
主と小さい光忠の前で腰を下ろし、手の中の国永を畳の上へと降ろす。すると国永はぴゃ!っと俺の背後へと走って移動する。
「お、おい国永?」
何事かと体を捻ればまるで隠れるように、俺の背後で腰布を掴み、もじもじとしている小さい姿が見えた。どうやら突如現れた好きな相手を前に照れているらしい。
その姿に落胆も飛んでいき、フッと笑ってしまう。
「なんだ、あんたらしくもない。そら、行けよ」
ひょいと摘まみあげて、小さな体を、同じく小さな体の前へと降ろす。
「何~?ねん鶴さん、燭台切さん好きなの?可愛いねぇ。じゃあ、あとは若いものに任せようかな」
近くなった距離にあわあわとしている国永を見て主がころころと笑い、立ち上がる。じゃあ倶利ちゃん、ねん燭さんのこともよろしくと残して部屋を出ていった。
再度頭を下げてそれを見送り、国永達に視線を戻す。意を決した国永が、光忠へと自己紹介をしているところだった。
「ぴぃぴっ!ぴーぴ!ぷぇぷぇ!」
そんな国永の自己紹介。緊張しているわりにはちゃんと言えたようだ。
「俺は大倶利伽羅だ。わかるか?よろしく頼む」
続けて俺も自己紹介をする。穏やかにこちらを見る表情は光忠そのものだ。
光忠が俺と国永を交互に見て、口を開く。
「◎△×□●?」
「ぴ」
「は?」
小さな口から、何とも形容しがたい音が流れる。言葉、と言っていいのか迷うほどの。
「*□@★!」
「わ、わからん」
光忠が重ねて何かを伝えようとするがまったく理解出来なかった。国永の言葉も人のものではないにしろ、俺だけは理解出来る。だから光忠の言葉も当然理解出来ると何の疑いもなく思っていた。
だが、わからない。何一つ。思わず途方に暮れそうになる。
と、そこで、国永に訳してもらえばいいのだと気づく。国永と光忠は同じねんどろいど、と言うものだ。当然意思疏通が出来るだろう。
「なぁ国永。光忠は、」
そう言いながら国永を見る。すると国永も同じように俺を見つめていた。
その表情は困りきっていて、
「ぴぃ・・・・・・?」
「あ、これ通じてないな」
むしろ俺に助けを求める表情に、そう確信する。
「*□@★!」
答えられない俺達に、光忠が再度声をあげる。何度聞いても理解できない音は、俺を戸惑わせるばかり。
だけど国永は何とか答えようと必死だ。
「ぴゃ!ぴぴ、ぴぇぴぇ!」
あいたかった、ずっとまってた!そう繰り返す。
「???」
光忠がこてんと首を傾げる。どうやら俺達だけではなく光忠も俺達の言葉が理解出来ないようだ。
主にはよろしくと言われたものの、これは、どうするべきだろう。
「『ぼくはしょくだいきりみつただだよ』と言ってるぞ」
背後から声がかけられる。振り返れば、開いた障子に手をかけて立っている長谷部がそこにいた。
「あんた、光忠の言葉がわかるのか?」
「何故その人形の言葉がわかるのに、こいつの言葉はわからん?」
心底不思議そうに聞き返されてしまった。
「◎×%△*!」
「ん?そうか、お前も俺の言葉ならわかるんだな。俺はへし切長谷部という」
「***♪」
どうすればいいかわからない俺達を通り越して、長谷部は光忠の側へ膝をつく。自然な動作で手を差し伸べれば光忠がその上にぴょんと乗った。そのまま手振りを加えながら、俺達にはわからない言葉で長谷部に自分の意思を伝えていく。
「どうやら俺にここを案内してもらいたがってるようだ。こいつ、一日預かるぞ」
「待て、本丸の案内は国永と俺が、」
「お互い言葉も通じないのに、何をどう案内するというんだ。現に今途方に暮れていただろう」
正論に返す言葉がない。思わず押し黙る。
「ならば他に問題はないな。よし、じゃあ行くぞ」
「★◇□♪」
にこにことしている光忠を連れて長谷部はそのまま去っていく。止める間もなく、長谷部は何しに来たんだと聞く間もなく。
残されたのは結局俺達だけだ。
「ぴぃ・・・・・・」
しょんぼりと国永が鳴く。こんなに寂しそうな姿ははじめて見た。やっと会えた好きな相手。その相手と言葉が通じないとなれば、落ち込むのも無理はない。
刀の光忠ではなかったと、僅かに落胆してしまった俺でさえ、何故長谷部なんだと落ち込んでいるくらいだ。国永のショックは相当な物に違いない。
「大丈夫だ、国永。あんたの気持ちは通じるはずだ。取り合えず今日は長谷部に任せよう」
「・・・・・・ぴ」
こくんと力なく頷いた頭を撫でる。言葉が通じないのであれば、身ぶり手振りなり、絵を描くなりして交流を図るしかない。俺が落ち込んでいては、何も始まらないのだ。
この小さな国永は、俺を気の狂いそうになる程の孤独から救ってくれた。穏やかな日常をくれた。ならばその恩は必ず返さなければならない。
「明日もう一度光忠に会おう。なんなら長谷部に通訳を頼んでみる」
長谷部も忙しいから、良い顔はしないだろうが、頭を下げて頼むしかない。元気のない国永を胸ポケットに入れて、俺は主の部屋を後にした。
「◎×@△!」
「今日は一日案内ありがとうだと?別にお前の為にしたわけではない。お前が困ると主が悲しむからな」
「□&◇★~♪」
「優しくない。・・・・・・俺はいつも冷たいものいいしか出来ないし、寂しがっている奴一人どうすることも出来なかった。俺が、お前みたいだったら、それも容易かっただろうがな」
「×××!」
「俺には、俺の良いところがあると?」
「◇□●*?」
「そうだな。心配、している。あの人形に何かあれば今度こそ倶利伽羅は壊れてしまう」
「%△◎×」
「不器用とは、はじめて言われたな」
「☆☆☆☆♪」
「僕が長谷部くんを支えてあげる?フッ、小さい体の癖におかしなことを言う。良いだろう、今日一日見ていたがお前は悪戯するタイプでもなさそうだしな、お前が居たければここに居ろ」
「*♪」
「・・・・・・ああ。よろしくな、光忠」
と、そんな会話があったのかは知らないが、次の日長谷部は俺達に会うなり開口一番こう言った。
「光忠は俺が預かる」
「何?」
今日から光忠と一緒に過ごせると思いきやまさかの言葉だ。
「待て、どうしてそうなる。というか光忠はどこだ」
「光忠は俺の部屋だ。硯で墨を磨ってくれている。小さい体で大変だとは思ったが、光忠が手伝いたいと言ってきたからな」
若干のどや顔を見せてくる。昨日一日で一体何があったというのか。
仮に何かあったのだとしても長谷部の最初の言葉に頷くわけにはいかなかった。
「光忠はうちの子だ。俺が預かる」
「言葉も通じないのに、どうするつもりだ。光忠に不便させるつもりか?」
「言葉が通じずとも、」
「お前のこだわりに光忠を巻き込むんじゃない」
長谷部は頑として譲らない。いつも頑固ではあるが、ここまではない気がする。
胸ポケットに収まっている国永が、俺と長谷部を交互に仰ぎ見る。不安そうな表情だ。俺の言葉から光忠の話題で言い争っているとわかっているようだ。
国永の為にも俺だって譲るわけにはいかない。
「国永はずっと光忠を待っていたんだ。光忠が来たら一緒に遊んで、一緒にみんなの手伝いをするんだと張り切っていた」
「尚更ダメだな」
「何故だ」
「そいつがここに来てどれだけの破天荒さを見せたと思っている。屋根の上から落ちてきたり、池に浮かんでいたり。忘れたとは言わせん」
それは実際にあったことだ。だが、国永は意味もなくそんな行動をとったわけではない。それを知らない長谷部はその意味について考えることもしないだろうが。
「そんな奴と一緒に遊ぶだと?光忠は昨日目覚めたばかりだぞ。慣れない体でそいつと行動を共にして、何かあったらどうする。別に一生会わせないと言う訳じゃない。だがな、その人形が大人しくなるまではダメだ」
「・・・・・・やけに光忠に入れ込んでるじゃないか」
長谷部にここまで言わせるとはいくら何でも、おかしすぎる。たった一日しか過ごしていないはずだ。
「光忠は、俺をわかってくれるからな」
今まで険しい顔をしていた長谷部がその一言を呟いた時、表情を緩めた。堅物な頑固親父が、娘の誕生と共に庭に埋めた桃の木に、初めて花が咲いたのを見た時の顔。何故か分からないがそんな想像が頭をよぎった。やはりテレビの見過ぎだろうか。
「・・・・・・小さくても刀たらしめ」
思わず呟く。堅物の長谷部すら一日でここまでにするとは、やはり小さくても光忠は光忠らしい。どちらかと言えば俺もたらしこまれている方ではあるが、いくらなんでも一日やそこらでこんな風にはならなかった。ならなかった、・・・・・・はずだ。
それだけ長谷部も癒しや支えを求めていたということなのだろうか。俺は長谷部を怒らせることしか出来ない。だからその長谷部の優しい笑みを見てしまえば、光忠を無理矢理でも奪い去ることは、どうにも気が引けた。
「わかっ、た。光忠を・・・・・・よろしく頼む」
「ぴ!?」
声を上げる国永を見れなくて、長谷部の顔を見るしかない。長谷部は満足げに頷いた。
「ああ、あいつのことは心配しなくていい」
では、そういうことでな。と長谷部は人の頭にぽんと手のひらをのせて歩き去った。上機嫌すぎる。俺の気持ちとは正反対だ。
「すまない、国永」
お気に入りの白い衣装を汚してしまった時でさえ見せなかった、この世は地獄ですとも言いたげな悲しみに溢れた表情で俺を仰ぎ見る国永。俺に言えることといえば、謝罪の言葉だけだ。
俺も、小さい光忠と一緒に毎日を過ごしたかった。だがその気持ちは国永の比ではないだろう。小さい国永は、自分が工場で生まれたときから、付喪神として目覚める前から同じく小さい光忠が好きだったのだから。それを知っている俺は何が何でも長谷部に食らいつくべきだったのだ。
しかし、いつも難しい顔をしている長谷部が、あんな表情を見せてくれば、言っている言葉も正しいだけに反論しきれなかった。
国永は確かに危なっかしい。歌仙の胸の牡丹が鳥に取られたとなれば、その鳥を追いかけて屋根に登って、落ちてしまったり。五虎退が帽子を池に落としたと泣いていれば、池に飛び込む。
言葉が通じないはずなのに、誰かが困っていると感じれば、小さな体でも関係なく動いてしまうのだ、この国永は。それは、この個体の性質かもしれないし、刀の国永の少々お節介なところを受け継いでいるのかもしれない。それは俺にもわからない。
しかし、もし刀の性質も受け継いでいるのならば、あの小さな光忠も刀の光忠同様世話焼きに違いないのだ。
その光忠とこの国永が一緒に行動すればどうなるか。間違いなく危険は増えるだろう。
「国永、長谷部は光忠を心配している。国永は行動力があるから、目覚めたばかりの光忠ではついていけないんじゃないかと。国永がしばらく大人しくしていれば会わせてくれるらしい。だから、少しだけ辛抱だ」
「・・・・・・」
「光忠はまだ外の世界を知らないだろう?未知な世界は確かにまだ怖いかもしれない」
「ぷゃ」
国永は返事をしたものの、悲しい表情はそのままだった。光忠がきて嬉しいはずなのに、こんなことになるとは。
その日の夜から国永は不思議な行動を起こす。行動の意味を知ったのは小さな光忠が来てから一週間程たった日の明け方だ。
その前から、朝起きると一緒に床に入ったはずの国永が部屋の入り口で力尽きたように眠っていたり、白い体が何故か汚れていたりしていたので不思議には思っていた。
国永にどうしたのかと聞いても黙ってぶんぶんと首を振る。言いたくないこともあるだろう。だから「あまり無茶すると光忠に会えるのが長引くぞ」としか言えなかった。
そしてふと目が覚めた、ある明け方のこと。何処からか聞こえる夜行性の鳥の声が、眠たさを含め始めた時間。
太陽はまだその片鱗を感じさせたばかりで、まだ薄暗い。朝餉の当番であってももう少し眠れると布団から出ないはずだ。よって俺も、目が覚めたものの、寝返りを打って、もう一度寝入ろうとした。
ころんと寝返りを打った先、なんとはなしに薄く目を開く。
「?」
すると共に床に入った筈の国永の姿がなかった。ぼやける視界でゆるりと部屋を見渡す。しかしやはり、この部屋のどこにも国永の姿はなかった。
「くになが?」
名前を呼んでも返事もない。どうやら隠れているわけでもなく本当にこの部屋にはいないようだ。
「何処に行ったんだあいつは」
眠たい目を擦り、体を起こす。そこでふと、そう言えばと、国永の朝の変化を思い出した。最近の寝相や、体の汚れ。少しばかり心に引っかかっていた変化。それに加えて今いない国永となると。
そこから想像力を広げる必要もなく国永はきっと、俺が寝ているこの時間に何かしている、そう考え付いた。
ふらりと立ち上がる。障子をそっと開いた。夜がしがみついている明け方は、肌をひんやりと刺激する。それに構わず 廊下へと踏み出した。国永を探しに行かなければならない。
国永が何も言わないということは言いたくないということだ。ならば国永の行動に手も口も出すつもりはない、しかし何をしているか知る必要はある。異変に気付いていて何も知らないままでは、後から後悔することになるからだ。
打刀になってから夜目は良く利く。小さい体の国永であっても見逃すことはないだろう。
国永が行きそうなところは、と考えながら足を進める。何にでも興味を持つ子だ、一つに絞るのはなかなかに難しい。木の実がついている優しい一本樹の所だろうか、それとも国永を我が子と勘違いしている子沢山の親猫の元へ?わざわざ明け方に向かう必要はない。
つらつらと頭の中で箇条書きをしてその度に消していく。そんなことをしているうちに本丸の奥、主と近侍の長谷部の部屋の近くに着く。
「あ」
何という間抜け。国永が朝であろうと夜であろうと行きたい場所はひとつしかない。
廊下の曲がり角の壁に身を潜めて、顔だけ覗かせる。少しばかり距離はあったが、薄暗い色の中白く蠢くものを、長谷部の部屋の前で見つけることが出来た。国永だ。
「何をやっているんだ・・・・・・?」
国永は長谷部の部屋の前に何かを運んでいるようだ。小さい体に何かを抱え、廊下と庭を行ったり来たりしている。
東の空に白い火が付き始めた。夜を朝に生まれ変わらせる準備が始まり、白く薄い霞が広がる。その為その運んでいる何かがはっきり見えなくて、よく目を凝らしてみた。
「・・・・・・木の実、鳥の羽根、あれは石?いや、角の丸いガラス、か。リボン、カボチャの種まであるな」
国永は何故そんなものを長谷部の部屋の前に運ぶのだと言うのは愚問だろう。光忠だ。小さい光忠がいるから、国永はそこに贈り物を運んでいる。せっせ、せっせと一生懸命に。
本当は直接渡したいだろうに、俺と長谷部の部屋に入っては行けないと以前約束したから。長谷部が大人しくなるまで光忠とは会わせないと言ったから。
約束をきちんと守る国永は、光忠に会えない。しかし、君が好きだと伝えたい。きっとそういう気持ちで。
何て健気なんだ。思わず目頭が熱くなる。
似たような状況の話がなかっただろうか。告白の為ではなかったが、人知れず木の実やらキノコやら家の入り口に置いていく話が。
ごんぎつねだ。
そこまで思い出して、口許を手のひらで押さえる。危うく、「国永、お前だったのか」と呟きそうになってしまった。あの話はダメだ。思い出しただけで泣いてしまう。
余計なことを考えてしまった。鼻をすんとすすりながらまた国永を見つめる。
国永はごんじゃない。別に誰に見つかっても問題は、
「・・・・・・ある」
長谷部だ。国永のこの行動を見たら長谷部はその意味を考えるよりも前に、破天荒なその行動自体を咎めるはずだ。光忠に会える機会は遠退くだろう。
しかし、こんな早朝。いくら長谷部でも、朝餉当番ではないのだ。起きてはいまい。光忠と部屋を共にしてから徹夜をしなくなったと主が言っていた。恐らく自分が徹夜をすると光忠も付き合おうとするから、配慮した可能性が高い。あの長谷部が、だ。光忠に対する溺愛ぶりはそんなところにも現れるものなのか。光忠は恐ろしい刀だ。
「・・・・・・帰るか」
国永のしていることを見て、そこまで危険もなさそうだとわかった。ここに長居する必要はない。ここにいることが国永に知れれば恥ずかしい思いをさせてしまう。
そう思って、踵を返した。気づけば空の白は大分燃え広がっている、もうすぐ太陽が朝を連れてくる。寝直す時間はないだろう。ゆったりと朝の支度をするとしよう。
「おい、」
小さくあくびをした、その時、低い声が耳に届いた。声だけでも威圧感を放っているその声は、ごんに向けられた銃声だ。
帰り始めていた体をまた壁に張り付かせた。最悪の状況を想像しながら顔を覗かせれば想像と違えない景色がある。
部屋の障子を開けたままの状態の長谷部。上から見下ろされて固まっている国永。国永は紫の、花菖蒲を抱えていた。
以前、歌仙の花を鳥から奪い返した国永は、歌仙から花守り刀の称号をもらっている。花守り刀に与えられた栄誉は歌仙が大事に育てている花達を摘んでも良いというもの。その許可を得ていたのにも関わらず大事に育てている花だからと、国永は一度も摘んだりしなかった。だが今回国永は、そのとっておきを光忠に捧げようとしていたらしい。
水辺に咲いている花菖蒲は国永にとっては余りにも巨大だったはず。自分の二倍以上ある背丈の先にある、あの紫の花の部分を取ってくるのはどれ程大変だっただろうか。俺達が気まぐれで花を摘むのとは訳が違う。
その証拠に、明るくなり始めたせいでよく見えるようになった国永の体は泥だらけで、水に濡れそぼっている。白い服は汚れが目立つ。花菖蒲が美しいだけに、国永の姿は余計に汚く見えてしまう。
だが俺には、その姿がとても格好良く、何よりも清らかで純白の姿に見えた。
残念なことに、その姿は誰にでも見えるわけではない。小さな体にとっては大きな花に埋もれながら固まる国永を長谷部はずっと見下ろしている。視線を下げている為か、ここからその目の温度までは見えない。だけどきっと、よくない目をしているに違いなかった。
二人はしばらく見つめあっていた。間に入るべきか迷っていると、国永が先に動いた。
「ぴ、」
花を抱えたまま、口を開く。
「ぴぃぴ、ぴぴゃぴや」
大きな声ではないのに、国永の声は凛としていて俺の耳へよく届いた。いつもはふわふわしているはずのその可愛らしい声は、大きい国永を思い出させる。
ずっと、まってる。そとのせかいがこわくなくなるまで。
長谷部には届かないその言葉は、そう言っていた。
その言葉を聞いて俺はあ、と声を出す。あの国永の贈り物は、単なる求愛行動では無かったのだ。光忠を長谷部に預ける時、俺が咄嗟に考えた「光忠はまだ外の世界が怖いのかもしれない」という理由を、国永は真剣に受け止めた。
だからこうして、庭の、国永にとっては広大である世界の素敵なものを毎日毎日光忠に見せようとしていた。小さな両手では抱えきれない程の。
そしてただ、待っていたのだ。光忠が外の世界を好きになってくれるのを、今もずっと信じて待っている。
国永はそういう奴だった。自分の心より相手の心を大切にする、そういう奴だ。俺はそれを知っているのに、国永の心に我慢を強いてしまった。他を優先させる国永だからこそ、それを知っている俺が国永の心を大切にしなければならないのに。
今からでも遅くない。花を贈られたのは光忠だが、国永の今の言葉を受け取ったのは俺だ。俺が長谷部にちゃんと伝えなければ。
「・・・・・・やはり、お前だったか」
こんなところで何をしている、帰れ。光忠には会わせない。とでも言ってくるのではないか。そんな俺の予想に反して、長谷部はそう一言呟き、くるりと背を向けて部屋の中に入ってしまう。お陰で出るタイミングを逃してしまった。
そして程なく部屋の中から長谷部の声が聞こえてくる。
「おはよう、光忠。よく眠れたか?・・・・・・そうか、それはよかった」
本当に長谷部かと疑いたくなるほどに、優しい声だった。相手に優しくしてやりたいという気持ちが滲み出ている声。長谷部のそんな声一度も聞いたことがない。いや、違う。俺は長谷部のこの声を聞いている。
俺が顕現したての頃だ。
「お前を持たせてあの馬鹿二人は何をしているんだろうな」と光忠と国永をそわそわ待っている俺の頭を撫でてくれたりしたこ
ともあったのだ。そうだ長谷部はずっと優しかった。それがいつからだろう、長谷部が俺に対して厳しくなったのは。
確か、俺が待つのに疲れて自暴自棄になりはじめた頃からの気がする、記憶違いだろうか。
「光忠、お外に出てごらん。今日もお前の宝物が増えているよ。毎日のお届け物が、お前の楽しみだものな」
自分の記憶の旅に出ている途中で聞こえてきたその言葉にハッと顔をあげる。長谷部の言葉がわからない国永はどうするべきかと花を抱えて戸惑っているままだった。
「★◎×□♪」
そこに小さく黒い影が部屋から飛び出してきて、花を抱えて咄嗟に動けない国永に勢いよくぶつかった。光忠だ。
ころんと二人して廊下に転がる。
「???」
「???」
倒れたまま、花を挟んで見つめ合う二人は自分の身に何が起こったのかわからないようだった。先に状況を理解したのは国永だったようで、
「ぴ、ぴぇ!?」
余りの近さに驚愕の声をあげた。会えないと思っていた想い人が目の前にいたらそういう反応になるのも無理はない。
国永が声を上げたことによって、ぽかんとしていた光忠が正気に戻ったようだ。わたわたしている国永を余所に、よいしょと体を起こす
そしてまだ慌てすぎて起き上がれない国永に手を貸しながら、辺りをキョロキョロと見渡す。そこかしこに落ちている宝物を見つけてひとつだけの大きな目を殊更に輝かせて、口をわあ!と大きく開いた。小さな光忠とはほとんど交流を持てていないが、その表所は間違いなく俺の知っている光忠と同じものだ。最大級の喜びの表情。
「ぴぃ・・・・・・」
立ち上がった国永が両手から溢れている花菖蒲を、未だきょろきょろとしている光忠に恐々と差し出した。両手にある花を、自分の心を、光忠が受け取ってくれるだろうかと不安なのだろう。足元に散らばる自分の心が、光忠にとっての宝物だと知らないから。
「@!」
緊張も一緒に抱いた腕で差し出された花菖蒲を、光忠は何の迷いもなく受け取った。自分の腕が軽くなったことに呆けている国永の顔を、花に埋もれている光忠が嬉しそうに見ている。国永の視点では、光忠こそが大輪の花に見えることだろう。
「ぷゃっ」
喜びよりも先に、その視線に自分の汚れている体が晒されている事に気付いた国永が大慌てで視線を彷徨わせる。隠せるものを探しているようだ。しかし、そこには何もなくて、国永は所在なげに顔を俯かせる。汚れた自分を恥じ入るように。
光忠が国永に近づく。花菖蒲を抱えたまま。そして、にっこりと、俺の好きな笑顔で表情を埋める。
「○*☆◎◇」
光忠が言った。いつもなら不明瞭な音にしか聞こえないその言葉。だけど今確かに俺にもその言葉が、いや思いが届いた。
やさしいこころをありがとう。
その光忠の想いが。
そしてそれがわかったのは俺だけではないようだ。
「ぴぃ!」
一瞬信じられないように驚きを表情に乗せていた国永が、嬉しそうに表情を緩めた。これまた俺の好きな笑顔だ。
顔を出した太陽が二人を照らす。素敵な世界の素敵な一日が始まったよ!とでも言いたげに。
見つめあってにこにこしている二人の後ろに静かに長谷部が現れた。いつも厳しそうな顔つきを、とても優しいものに変えて。ふと、長谷部がこちらに視線を寄越してくる。咄嗟に隠れることが出来ずばっちり視線があってしまった。
長谷部は驚いたようだったたが、すぐに表情を変えた。困った奴だと言いたげな、でも怒っているわけでもない。先程二人を見ていた時と同じ温かい表情だった。その表情に、もう驚いたりはしない。俺が知らなかっただけで長谷部はずっとそうして俺を見ていたのだろう。
長谷部が手招くのと俺が足を踏み出したのは同時だった。手を繋いで国永の贈り物を見ていた二人が振り返る。まったく幸せそうに桜なんて舞わせて。そう思ったのだが、体は正直で、親指をぐっと立てて祝福を表した。きゃっきゃと喜びの声を上げて二人はまたお宝鑑賞を再開する。国永が「ぴゃっぷや」と指を指しながら説明するのを光忠が「*%&☆~」と頷いている。心が繋がったからか言葉も通じる様になったらしい。
「遠くから見守るとは過保護だな」
「あんたに言われたくない」
目の前の長谷部にそう返せば、素直じゃないやつだと肩をすくめられた。それも言われたくなかった。
「・・・・・・ずっと俺を見守ってきてくれたあんたには」
「倶利伽羅」
俺の言葉に長谷部がぱちぱちと瞬きを繰り返す。何を言われたか分からない時の国永と同じような反応にちょっと笑いそうになってしまう。
口元を拳で押さえ顔を反らす俺に、長谷部が恥ずかしそうに咳払いをした。咄嗟に名前しか呟けなかった、らしくない自分の反応に照れたのだろう。本来はこんなにもわかりやすい奴だ。
「あー、なんだ。倶利伽羅、お前と鶴丸に謝っておかねばならない」
「何のことだ」
「俺は、鶴丸を誤解していたようだ。俺はあいつをずっと破天荒で手の付けられない悪戯人形だと思っていた。だけど、それが違うとわかったんだ」
今度は俺が瞬きを繰り返すことになった。長谷部は笑わず真剣に言葉を続ける。
「細川、歌仙に花の件を聞いた。いや、歌仙だけじゃないな、五虎退や平野や、鳴狐、日本号、宗三、陸奥守、蜂須賀。キリがないな。まぁ各方面から鶴丸の話を聞いてな。皆が、鶴丸は良い子だから、鶴丸と光忠を合わせてやってくれと言うんだ」
「そうだったのか」
今聞いた名前は国永が何かしらの形で手助けをしたり、元気づけたりした面々だ。本当はもっといる。たぶん本当にキリがない。きっと本丸全員の名前を上げなければいけなくなる。
「俺は鶴丸に対して、色々、警戒していたからな。光忠が慣れない世界に飛び出すというのも心配だったし。断固として拒否していたんだが・・・・・・この贈り物だろう」
長谷部が視線を下げて、手を繋いだままちょろちょろしている二人に目を細める。
「最初は贈り物で光忠を陥落させようとしてるのか、とも思った。だけどな、光忠が言うんだ。このおくりものすごくあたたかいきもちがするね、やさしいこころだね、と。そしてその贈り物中にどんぐりが入っていた。そこで気が付いたんだ、俺も前もらったことがあるってな」
今度は視線を自分の部屋の中、文机の上に当てて長谷部が言う。そこには二つのどんぐりが仲良く並んでいた。
「よくよく考えてみれば、贈り物も名乗って贈ってくるわけじゃない。ありがとうとも言われないのに毎日毎日届けてくるんだ。そのうち、何だか、この贈り物が鶴丸の心の様だと感じてきてな。ようやく皆の言っている意味がわかった」
例え報われなくても誰かをずっと大事に思い続ける、それを知っている奴がただの悪戯人形なわけがない。長谷部が呟く。
「長谷部」
「すまなかったな倶利伽羅。鶴丸にも謝りたいが、今は、邪魔をしたくない。先にお前に謝っておく」
「それには、及ばない」
長谷部が謝るよりも先に俺こそが謝らなければならない。
「俺の方こそすまなかった。あんたのこと誤解していた。優しくされた恩も忘れて、それから・・・・・・」
言いたいことが沢山ある。沢山謝らなければならない。だが、言葉が続かなかった。口の回らない自分が恨めしい。不意に頭に温かさが与えられた。長谷部の大きな手だ。
「謝らなくていい。わかっている。あとな、こういう時はさっき光忠が言ったような言葉の方が俺は嬉しいな」
さっき俺にも分かった光忠の言葉。謝罪ではなく心を贈ってくれた相手に感謝を表す言葉だ。
「・・・・・・ずっとずっと、優しい心をありがとう」
「ああ!」
感嘆のような、力強い返事のような声を返して、俺の頭に乗せている髪をわしゃわしゃと撫でつける。そんな子供みたいな顔をするとは驚きだ。
それを見て何だかくすぐったいような気持ちになる。優しくて穏やかな朝を感じていた。
長谷場が再び口を開くまでのほんの短い時間だけ。
「というわけだ倶利伽羅。いつでも鶴丸を婿にしてやってもいい」
「はあ?」
優しくて穏やかな朝を悪い意味で払拭するように、ふふんと鼻を鳴らしながら長谷部が腕を組む。
「光忠も鶴丸を好きな様だからな。鶴丸なら婿に迎え入れんこともない」
「それで?」
自分の声が低くなるのがわかる。目の前の顔を睨み返した。感謝の心?そんなもの、今は置いておく。
「光忠はうちの子だと前にも言ったはずだ。光忠をうちに嫁入りさせろ。いや、嫁入りじゃない嫁帰りさせろ。俺は光忠を家の外に出したままにしておくつもりはない。もちろん国永を婿入りさせるつもりも、だ」
「だからぁ?」
ふつふつと煮えたぎるものを必死に抑えながら淡々と言葉を返せば、鼻で笑い飛ばされた。俺の冷静さも一緒に飛ばされた。もう無理だ、抑えきれない。
「光忠は貰い受ける!!」
「鶴丸をこちらに貰う!!」
「俺と二人を引き離すつもりか!」
「お前には本物二振りをくれてやる!それで我慢しろ!」
「四人とも俺のものに決まっているだろう!!!!????」
「なんだそのジャイアニズムは!!!!????」
相変わらず言葉が通じん奴だな!と吐き捨てられた。だから言葉が通じないのはあんたのほうだ!これはあれか。最終手段か。この俺の左腕の龍の力を解放すべきなのか。
実際あるかどうかわからない力に頼るべきか悩んでいる所に近くの部屋から主が出てきた。この距離だ。今のやり取りは安眠妨害間違いなしだっただろう。
「ふわ~おはよ。朝から賑やかだねぇ。胸倉掴み合って、おじ甥の朝のスキンシップかな?」
「「そうですが!?・そうだが!?」」
「うんうん。仲いいことは美しきことだねって、ありゃおちびさんたちもいたの。おはよ~」
「「○&△*!・ぷやぷや!」」
「お手て繋いでこっちも仲良しだね、良いことだ」
騒がしさに怒ることもなく主はのほほんと挨拶をしてくる。刀に甘いというよりこういう気性なんだろう。主が来ては流石に続けられない、この話は朝餉の後だと睨み付ければ望むところだと不敵な笑みが返ってくる。どうにも口では勝てる気がしない。だけど心では負けていないのだ、臆したりするものか。
「あら素敵なお花だね」
主が二人の前でしゃがみ込む。花菖蒲が気になったようだ。その姿に小さな二人が顔を見合わせる。こくんと頷き合って、二人でそれを主へと差し出した。
「くれるの?」
「「*☆♪・ぴい♪」」
「ありがとう~。大事にするよ!」
他を喜ばすことが好きな二人は、そうするだろうと分っていた。お互いの心は通じているのだから、その心が目に見えなくても大丈夫だということだろう。それならば喜ぶ人にあげようという考えに違いない。
「今日はすごく良い日になりそうだ」
「もちろんです、主。この長谷部、主の一日を最良の物にしてみせます」
猫かぶりめ。ふんと鼻を鳴らす。
「よし、じゃあへしちゃん。着替えたら早速朝の一発目行こうか!先行って準備してるからね」
「主命とあらば!」
「おい、朝餉は」
「主命は朝飯前だ!」
朝餉は一日の源なんだぞ。朝餉より大事な主命とはなんなんだ、まったく。
「・・・・・・勝手にしろ」
主命が長引くようであれば、握り飯でも作って行ってやるかと頭の中で算段をつける。光忠も長谷部の部屋で待機なはずだから国永を置いていった方がいいだろう。
つらつらとそんなことを考えていれば長谷部が部屋の中に足を踏み入れながら言う。
「その間、光忠のことを頼む。朝飯の席にも連れて行ってやってくれ。鶴丸と一緒に」
「!」
「じゃあな、頼んだぞ」
ぱたんと障子が閉じられた。
足元の光忠が、おそと?はせべくん、がいしょくしておいでっていった?と俺の裾をちょみちょみと引っ張る。国永も、ほんと?いっしょ?と引っ張ってくる。二人での破壊力すごいな。
「ん。長谷部はお仕事だからな。俺たち三人で朝餉を食べに行くぞ。と、その前に着替えだな。国永も」
両手で二人を掬う。二人は身を寄せ合い喜びの歌を歌っている。可愛すぎるだろう。
俺もなんだか上機嫌になってしまうじゃないか。くすくすと笑いが漏れる。まったく柄じゃない。
「さぁ。行こう。一日の始まりだ」
こうして俺の日常が始まる。この二人が揃ってしまったのだ、今日から大変な日々が始まることだろう。俺の描いていた日常はこうじゃなかったんだがな。
まぁ、だが――。
「ぷ?」
「☆?」
「ん?ああ、何でもない。・・・・・・ただ、」
早く来い、光忠、国永。あんた達がいない日常は、俺を苦しめていたけど、今は違う。
「ここの日常も案外、悪くない、と思っただけだ」
今はただ、早くあんた達に俺の日常を紹介してやりたいと、そう思うよ。
毎朝の日課。主命による鍛刀で、燭台切光忠と鶴丸国永が顕現されたと、花菖蒲を握りしめたままの主と顔を赤くした長谷部が朝餉の席に飛び込んできたのはその数十分後の事だった。
花菖蒲の花言葉:
「あなたを信じる」「優しい心」
「嬉しい知らせ」