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「さて、あの夜はこういう風に向かい合って座っていたな」


 鶴丸が燭台切の正面に座る。膝が当たる距離は確かにあの夜と同じ近さだ。
 

「それで、えっと、酒はここだったか。よし、これが酒の代わりだ」
 

 水差しとコップが入ってた盆を置いた。
 

「それで?光坊、どうすればいい?」
「え、」
「俺は覚えちゃいないからなぁ、君の言葉に従うぜ」

 

 さぁ、どうすればいい?と鶴丸は耳にその唇を寄せてくる。
 鶴丸は先程の言葉通り燭台切にあの夜を再現させようとした。布団をずらして場所を作り、同じ薄暗さの中、同じ近さで囁く。
 なぜこんなことを、戸惑う燭台切を鶴丸は、こうすればより確実に思い出すかもしれないと、よくわからない理論で言いくるめた。鶴丸は人間の体で経験した初めての行為を思い出したいらしい。好奇心が旺盛な男だし、さっきも忘れているなら損をした気分だと言っていたから。とにかく理由は何であれ鶴丸が燭台切に責任を求めるのであればそれがどんなことでも従うしかない。

 

「う、さ、最初はこういう風に座ってたけどしばらくしてからは、鶴さん僕の肩抱いてて」
「こうか?」
「ひ、み、耳元で囁かないでっ」

 

 眠っている者たちへの配慮で声を落として囁いているのだろうが、囁かれている方は堪ったものではない。肌がざわざわと立ちそうになる。
 

「そ、それで鶴さんなんか言ってて」
「なんかって何だ。それもちゃんと再現したい。よく思い出して教えてくれ」

 

 肩を抱いたまま鶴丸が言う。言われて記憶を辿るが、思い出せなかった。あの時既に酒に酔っていた鶴丸は舌を縺れさせ、言葉を詰まらせながら何かを言っていた。聞き取りにくかったし何より燭台切はそれどころではなかった。
 鶴丸の近さに限界が近づいており、実際行動に移してしまった行為で頭がいっぱいだったからだ。

 

「ごめん、あの時僕いっぱいいっぱいで・・・・・・。ちょっと思い出せない」
「・・・・・・そうか。なら、そこはいい。それで?」
「それで、えっとね」

 

 思い出すことを忌避していた記憶を思い返す。忘れたがっていた記憶は曖昧な部分が多い。だけど鶴丸があの夜の再現、などまったく突拍子もないことを言うものだから思い出しても吐き気は起こらなかった。むしろ責任を取るために曖昧な部分を思い出そうと必死だ。
 あの夜、自分に愚かな考えを起こさせたきっかけを、とそこまで思い返して、あ、と呟く。

 

「鶴さんがどんってぶつかって来たんだよ。左手で背中から僕の肩を抱いたまま、右手を正面に回して」
「右手にグラスは?」
「持ってなかった、んじゃない、かな?鶴さんの状況あんまり覚えてないんだ。って、あだっ」
「ふむ、つまりこういうことか」

 

 正面から右手が肩に回ったことで、鶴丸の右肩が燭台切の体にぶつかった。鶴丸が燭台切に抱きついているような格好だ。衝撃で体が揺れる。
 

「そう、こんな感じ、それで僕、手に持ってたお酒こぼしちゃって」
 

 燭台切がちみちみと飲んでいたせいで半分も飲み進めていなかった蜂蜜酒は、鶴丸からもたらされた衝撃によって零れた。胸の前に持っていたので、胸元を結構な量の蜂蜜酒が濡らしたのを覚えている。
 

「どこら辺に?」
「え、この辺だけど、」

 

 ちょうど着流しの襟が合わさってる部分を手袋をつけてない手で押さえた。
 

「なるほど」
 

 一言呟いて鶴丸が密着を解く。同時に水差しからコップに半分程水を注ぎ、
 

「っ!?」
 

 燭台切の胸元にばしゃりと溢した。
 

「で?次は?」
 

 鶴丸は涼しい顔で聞いてくる。思わず固まって鶴丸を見つめる燭台切も気に留めていないようだ。
 着流しが肌に張り付く感覚に顔を歪めつつ、けれど抗議など出来ないので燭台切も再現を続けていく。

 

「つ、るさんが近くにあった手拭いで拭いてくれて、」
「こうか」
「う、うん」

 

 水差しの横にあった手拭いを手に取り、鶴丸が水の染み込んだ胸元をとんとんと優しく、叩く。あの時と同じだ。
 それを見てあの時、鶴丸は耳まで赤くなっていて、手元が震え、全体的に覚束なかったことを思い出した。これ程までに酔っているのならばきっと、明日は何も覚えていないだろうと小賢しい確信を持ったことも。

 

「鶴さん、中も、」
「え?」
「中も濡れて気持ち悪いから、拭いてほしいな」
「君がそう言ったのか?」
「うん・・・・・・」

 

 思わずあの夜飛び出させた言葉を再度呟いてしまった。
 あの時もそう言った燭台切に鶴丸は従って、素肌に手拭いを滑らせてくれたのだ。

 

「鶴さんは僕の言葉に頷いてくれて、素肌を軽く拭いてくれたよ、それでその後に僕が、」
「どんな風に?」
「え?」
「俺はどんな風に拭いた?」
「・・・・・・えっと、」
「どんな小さなことでも、行為が始まる前のこととでも再現してもらうぜ?ほら、教えてくれ」

 

 戸惑う燭台切をひたりと見つめる金は真剣だった。肌がぞわっと立つ。
 

「そんな、ことも?大体の流れを説明するだけじゃ、」
「それじゃあ思い出せないだろ。全部だ全部。ほら、教えてくれ」

 

 手拭いを襟から素肌に滑らせる手前で鶴丸が動きを止めた。燭台切が黙っていればきっとずっとこのままだ。
 鶴丸はそういう男だ。基本的に優しくて他を優先させる。その一方で頑固な所もあり、執着を持ったらそのことについては決して譲らない。そんな所も好きだから、鶴丸が今その頑固な部分を発揮していることが燭台切にはわかってしまった。
 どっちにしろ鶴丸には逆らえない。言うことを聞くしかないだろう。

 

「こ、ここから手拭いを差し入れてね、あまり強くない力、さっき優しく拭いてくれたぐらいの強さで、ここからこの辺までを」
「ここから、この辺?強さはこれくらいか?」
「っ、そ、そう」
「一回だけ?何往復かしたのか?左だけじゃないよな?右もだろ?」
「あ、っゆっくり二回くらい、だよ。そ、だね、右も、んっ」

 

 鶴丸が燭台切の素肌を手拭いで拭いていく。薄い手拭いはしっとり濡れている肌から水分を吸い取っていき、自身の体を力なく湿らせる。手拭いが萎れていくほど鶴丸の細くて繊細な、だけどしっかり男な指の形を感じて、小さな感覚なのに声が出そうになる。左右の乳頭を掠める時は特に。
 手の甲を軽く噛んで鶴丸の再現を耐えた。でもあの時はそうではなかった。あの時は拭いてくれる手首を握って、燭台切の手で優しいだけだった鶴丸の手を、自分の望むように促したはずだ。
 鶴丸の手が止まった。視線で続きをどうするか問いかけてくる。

 

「・・・・・・僕、鶴さんから手拭いを取った。それでベタベタしてないかなって、鶴丸さんの手首を持って、こうやって」
 

 鶴丸の手首を握って、手のひらを胸元に差し入れさせ指先で鎖骨をなぞらせた。鶴丸の手が直接触れた喜びに、あの時と同じく体を震わせる。まったく浅ましい。
 浮き上がる鎖骨を指がなぞるのを感じながら、そのまま鶴丸の手を操って、横へと滑らせていく。襟の合わせた部分が肌蹴て肩が出た。鶴丸の指が肩の曲線を確かめるように動いて、その感触にあの時もそうだったように感じる。
 二人の間には沈黙が流れている。
 何も言わず大人しく従う鶴丸を見れなくて目線は下げたまま、その手の平を左胸へと押し付けた。ばくばくと脈打つ鼓動が手のひらを通じて鶴丸に伝わっているだろうか。自分で押し付けていながら恥ずかしくなる。
 しばらくそうしていたが意を決して、手を別の場所へと誘った。
 鶴丸の手がぴくっと動く。

 

「ここ、」
「君は、俺の手をここに、触れさせたのか?」
「う、ん」

 

 俯く燭台切の耳に鶴丸の唇が近づく。
 

「どんな風に?君は俺にどんな風に触ってもらいたかった?実際俺はどんな風に触れた?なぁ、」
「あっ、」

 

 囁きが燭台切を促した。あの夜の陶酔を思い出しながら燭台切は鶴丸の指を自分の手と言葉で導かなければならない。
 

「あのね、」
 

 燭台切が説明すれば同じ手つきが再現される。
 あの時、最初恐々だった手が次第にやんわりと優しく胸を揉んでいった。

 

「そう、そうやって、う、優しく触れ、てくれたんだ。それで、左手も、濡れた布の上から、っなぞって」
「なぞる・・・・・・なぞるだけか?つまんだり押し潰したりはしなかった?・・・・・・こんな風に」
「ひ、」

 

 燭台切の再現に従い、優しく胸元を揉む右手と違い、左手が張り付いた布越しでも形がわかってしまう粒をこりこりと押し潰した。
 

「右手と左手の両方を指示していくのは難しいだろうが教えてもらわなきゃわからないんでな。時間差で言われても再現とは言いにくい。光坊、左手はこれであってるのか、ほら」
「あ、う、つまん、でっ、右手も、ん、同じように、っ直接」
「はいよ」
「はっ、ぁ、!」

 

 布越しと素肌それぞれ同じように左右の粒をつまみ上げられた。背中が反って体が引っ張られてるみたいだ。重くなる腰が、明確な熱が体に訪れたことを教えた。
 

「ん、んぅ、」
 

 頭の中が言葉を溢れさせ始める。それを口に出すわけにはいかない。手の甲をまた噛んだ。
 

「口は塞ぐな。ちゃんと教えな」
 

 鶴丸の強い声が飛んでくる。従うしかない。
 

「あ、指、はなしてぇ、右は、は、押し潰して、左は指で、ぴんってはじいて」
「了解」
「右の、指、舌で、ぅ濡らして、」
「おお、細かいところも覚えてるんだな、えらいえらい」

 

 声を甘く変えて鶴丸が右手を粒から離して、親指と人差し指を燭台切の口許に持ってくる。
 

「な、に?」
 

 そして燭台切の口を開けさせて舌を引っ張る。
 

「舌で指を塗らせばいいんだよな?」
 

 そう笑いながら親指で燭台切の舌をざらざら撫でた。人差し指も口の中に突っ込み唾液を絡めていく。あの時は鶴丸が自分の指をべろと舐めた気がするのだが、鶴丸はそれを覚えていない。主語を言わなかった燭台切の落ち度だ。
 

「は、ふぁ、・・・ぁ」
 

 仕方がないので鶴丸の指に舌を絡めた。口の端から唾液が零れたが拭いはしなかった。
 

「ほい、お疲れさん」
「んぁっ、!」
「君濡らしすぎじゃないのか、一回すごい滑ったぞ。ああ、それともこれもその時の再現なのか」

 

 くつくつと鶴丸が笑って肩を揺する。左手はぴんと指で弾き、右は滑った指で押し潰していく。口から声がでてしまう。
 

「だ、め」
「だめ?どこか再現と違うところがあったか?」
「ちが、」

 

 咄嗟に鶴丸の右手をぐい、と下に引っ張った。ただでさえはだけていた部分がずるりと落ちて、右側の胸がむき出しになる。
 

「なるほど?舐めればいいのか?」
「んぅ!」

 

 目を細めて顔を埋める。実際あの時もあったことだ。だけどあの時は燭台切が鶴丸の頭に手を回し、自分の胸に押し付けた。それも再現しなければならないと言うなら、鶴丸自ら口を寄せる現状は間違いだ。
 

「甘くないな」
「は、っは、う」 

 

 けれどそんな考えは生暖かい舌が這った瞬間に霧散する。柔らかい弾力が頂の表面を擦りながら全体を押し潰していく、その感覚に頭の中が痺れていく。
 

「あ、んっん、つる、さ」
「こら、ちゃんと言え、俺はどうすればいい。舐めるだけか、吸うのか噛むのか、強くか弱くか」
「はぁっ、やらかいとこで、こすって・・・・・・っ、かたくなった、ひ、したのさき、ぁっ、で、つぶしなが、ら、れろれろなめて、ふぁ、は、ん、さきっぽ吸ってぇ、」
「・・・・・・それ、今の君がしてほしいことじゃないだろうなぁ」

 

 左はつまんどけばいいのか、でしばらくしたら左右逆でいいのか?と、大分低い声で呟いた。恐らくちゃんと責任を果たせていない燭台切にイラついているのだろう、そう思うのだが鶴丸に触れられているこの状況で理性を保ってなどいられない。鶴丸の押し殺した問いかけに、こくこくと頭を振ることで答えた。
 まったくと呟いた鶴丸が再現を再開する。
 自分のは、は、という短くて早い呼吸と無意味な声、そして聞こえるか聞こえないかぐらいの水音が、静まり返っているはずの部屋の中の響く。胸からちゅっという音とそれに伴う粒を吸われる感覚が訪れると無意識に腰が小さく動く。このままではただ快楽に浸っているだけだ。

 

「っだめ、ぇ」
「だめって言うな、再現が間違ってるのかと混乱する」

 

 固くした舌の先で舐めながら鶴丸が言う。
 

「いやとか、だめ以外ならなんでもいいから」
 

 快楽に抗いたくてなんとか否定の言葉を吐いたが、鶴丸に窘められてしまった。ならばと、もう快楽に浸り始めた頭の中は深く考えず言葉を吐き出した。
 

「きもち、いい」
「っ、」
「ぁっ!?」

 

 今まで吸っていただけの唇が、口に含んでいた粒を強めに噛んだ。嬌声が喉に引っかかって掠れた。同時に腰がびくんと揺れる。危うく達してしまうところだった。
 

「悪い、つい」
「は、――、・・・・・・だいじょぶ」

 

 鶴丸が唇を離して謝罪してくる。胸への刺激がなくなり、惚けたままだが答えることが出来た。快楽で蕩けた頭と瞳で自分の胸を見下ろす。鶴丸の唾液でてらてらと光っているそこは薄暗い部屋の中でもはっきりわかるくらい赤く色づいている。
 この目に映るそれに見覚えがある。あの夜と、

 

「・・・・・・いっしょだ」
 

 まるで愛されたみたいで自分でも分かるくらいうっとりと呟いてしまった。対面している鶴丸の息を飲む音が聞こえる。その音で大きく揺らいでいた理性が少しだけ甦る。
 さっきの言葉といい、今の呟きと言い、飲み込まなければならない言葉を吐き出してしまっている。鶴丸をこれ以上不快にさせたくない、気を付けなければ。

 

「え、えっと、次は・・・・・・」
 

 すいと、鶴丸の右手を取った。けれども次の行程に躊躇ってしまう。窺うように相手を見れば、ふぅと息を吐いていた鶴丸がこちらを見返して頷いた。
 

「・・・・・・大丈夫?」
「それはどっちの意味だ」
「え、どっちって、気持ち悪くないかな、トラウマが甦ってないかなって」
「そっちならまったくもって大丈夫だ。さ、次だ」

 

 燭台切に捕まれていない方の手が燭台切の口許に触れる。唾液を拭ってくれたかと思ったが、下唇をただ二、三度往復して離れていった。優しくて綺麗な指だ。細くて繊細な強い手、戦う男の手。そんな手にこれから触れさせなければならないものを考えて、臆しそうになる。けれど鶴丸はそれを促す。ならば、一度は触れさせてしまったのだ、と覚悟を決めてその美しい手を、割れた裾の中、自分の下穿きに導いた。
 

「ごめん、なさい」
「なんで謝る」
「だって、」
「・・・・・・すごい、ぐちゃぐちゃだな。染みがこんなに」
「ぁあっ・・・」

 

 まだなんの説明もしていないのに下穿きを窮屈そうに押し上げているその形を確かめるようにやわやわと揉んでいく。自分の先走りで張り付く布、その布越しに与えられるもどかしい感覚。けれど快楽に違いはなくてまたも声が出る。頭が溶けていく。
 

「ちょく、せつ、」
 

 上半身を傾けて、きれいな形をした耳に唇を寄せる。鶴丸の息が剥けた肌に当たった。ぞくぞくする。
 

「んっ。直接、さわ、って、は、っぁの時・・・みたいに」
 

 鶴丸の右手をそのまま下穿きの中に入れさせた。鶴丸の手に、それより大きな自分の両手を重ねる。そして中にあるもう大分硬くなった燭台切の中心をその熱い手に握らせた。
 

「はあ、!あ・・・・・・ぁ、んっ、んんぅ」
 

 それだけで達しそうになるのを下唇を強く噛んで耐えた。あの夜もここでは耐えたのだ、よかったと心の内で安堵した。
 水分の膜でぼやけはじめた視界で、鶴丸が嫌悪に顔を歪めていないか窺い見た。鶴丸も燭台切をじっと見ていた。食い入るように感じるのは気のせいだろうか。続きを求めているのかもしれない。鶴丸の求めることには答えなければ。自分も求めていることだとは気づかない振りをする。
 自分の手をゆっくりと上下に動かした。燭台切の中心を握っている鶴丸の手も一緒に動く。先ははみ出しているといっても、窮屈な布の中だ。動きはぎこちないものになる。ゆっくり、ゆっくりと。自分の汁が塗りつけられていくようにぬるぬると刺激されていく。頭の後ろが霞んでいく。自身がまた滴を垂らしたのがわかった。

 

「は、ぁつ、つる、ぁ」
「・・・・・・そんなに、気持ちいいか?ゆっくり動かしてるだけだぞ」
「ふ、ぅんっ、あなた、の手にふれられて、るっだけでイ、きそう、はぁ、あっ、あなたのてが、こす、んんぅ、ってるだけで、おかしくなるっ・・・・・・!」
「・・・・・・」

 

 喘ぐように答える燭台切に鶴丸が口を閉じて、体を僅かに近づけてきた。膝は既に触れあっていたのでそれほど距離は縮まらなかった。そして燭台切が握る強さよりも強い力で竿を握る。
 

「ひ、つぅ、つるさぁ、あ!」
 

 鶴丸は戸惑う声も聞こえないかのように視線を下げている。右手はぬちゃぬちゃと音をたててこすりあげる。
 

「あぁっあ!、ん、なっん」
 

 全体を刺激しながらもその親指は先端の汁が溢れる部分をすりすりと撫で付けている。気持ちよくてたまらない。けれどこれはあの夜にはなかったことだ。
 

「ぃあ、っちがう、あっ・・・ぁあ、これ、ちが、っう!」
 

 あの夜の鶴丸の手はぎこちないままだった。そのぎこちなさと鶴丸の熱い息を感じていたらいつの間にか達していた気がする。だけど、今の鶴丸の手にぎこちなさはない。確実に燭台切を昇りつめさせている。
 触れられている手とあの時の手を比較しつつ唇を震わせながら言うが、鶴丸は返事をしない。手だけが動いていく。鶴丸に握らせる役目を持っていた燭台切の手は、ただその手に添えられるだけになってしまった。形だけの制止だとしても、あまりに甘く触れてしまっている。

 

「だめ、だめっ、つるさぁ、あ!っほんとに、だめ!」
 

 頭を振って、甘ったるい制止の声を上げる。先走りがまた溢れた。親指がぬるぬる、ぬちゃぬちゃと先端を擦って、その度声が出る。目の奥がゆっくり点滅する。
 与えられる刺激、何より鶴丸が自発的に自分に触れているという事実が、燭台切に強い快楽を与えてくる。もう、耐えることはできない。

 

「は・・・っ、くっ、・・・あっあ、ああっ!~ッ!!」
 

 無意識に背が反り、足の爪先にぎゅっと力が入った。頭の中が一瞬白くなる。たった数秒の絶頂感はそれでも強烈な衝撃だ。
 脳からの快楽によって鶴丸の手の中のものがあっけなく果てた。

 

「はぁ、・・・は、っはぁ・・・、はぁ、」
 

 体の力が抜けて、目の前の体にくたりともたれ掛かる。頬が鶴丸の肩に当たり、白銀の襟足が流れる首筋に自分の熱い吐息が何度も触れてしまう。鶴丸の体がふるりと小さく震えた。
 嫌悪感だろうか、それはわからない。体を起こさないと思うのだが、力が入らない。
 白い液にまみれただろう鶴丸の白い手がさらに液を搾り取ろうとしているのかゆっくり何度か抜いた。達したばかりで敏感な体はその度にびくんびくんと揺れてしまう。

 

「ひ、・・・ぃっ、や、」
「・・・・・・俺、今ぶっ飛んでた」
「っふ、ぁ・・・?」

 

 自分の荒い息の合間に鶴丸が何かを呟いたのが聞こえた。意味がよくわからない。
 鶴丸の一切乱れていない着流しに弱々しく両手をついて体を起こそうとする。まだ力が入らない。手が震えて、とさっと鶴丸の体に逆戻りしてしまう。その時ふわりと男の、鶴丸の香りが鼻腔を掠めた。胸とそれ以外の所がどくんと脈打つ。

 

「あ・・・、」
「なんだ、また、」
「、っ!」

 

 どんと強めに体を押した。また中心が首をもたげ始めたとなれば今度も手の中で弄ばれるかもしれない。燭台切にとっては正直喜びでしかないが、こうも浅ましくはしたない体だとは知られたくなかった。もう幾分か手遅れだとしても。
 鶴丸が、燭台切の下穿きから手を抜いた。案の定白い粘液でその手は汚れている。下穿きの中もぬちゃぬちゃと汚れており、思わず顔を歪めてしまう。

 

「なんだ急に」
「こっちの、台詞だよ、僕ちがうって言ったよね?あの夜はこうじゃなかった、」
「すまん、手元とか色々、とち狂ったんだ。まぁ、君が達したんだ、たぶん結果的には変わらないんだろう?」

 

 肩を竦め悪びれず言ってくるものだからそれ以上何も言えない。第一、喜びの声をあげていた口でいくら抗議をしても説得力なんてあるわけがなかった。
 それに燭台切は次の段階で頭がいっぱいだ。美しい白である鶴丸の手を汚している鶴丸に似合って欲しくない白をちらちらと見つめてしまう。
 鶴丸の言う通り燭台切が果てた今結果としては変わらない。自身が出した種を、塗り込んでいければいいのだから。潤滑油代わりとして、自分の中に。
 あの夜その行為をしたのも鶴丸だ。酔った鶴丸は焦れる燭台切にも構わず、興味深そうに、そして熱心に燭台切の中を解してくれた。だけど、それを素面の鶴丸にやらせるのは、再現すると約束してもさすがに抵抗があった。
 そもそも再現と言うが鶴丸は本当にすべてを再現するつもりなのだろうか。好奇心を満たしたいだけで、行為自体にあまり興味がないようなことを言っていたから、そうなのかもしれない。今度は完全に素面の鶴丸と、ただ再現する為に体を繋げなくてはならないのか。自分が招いたこととは言え途方に暮れそうになる。
 触れられることは嬉しいが、きっとこの夜も思い出したくない夜になるんだろうということがわかるから。

 

「えっと・・・・・・」
 

 体に籠る熱は未だ燻っているが、快楽に溶けていた頭が、達したことで少し覚めている。
 だからここまできたのに、むしろここまできてしまったからどうしようかと悩む。さすがに一度は止めるべきだろう。

 

「つるさん、」
「なんだ」
「さすがにここからは、出来ないよ・・・・・・ここまでさせておいて言えることじゃないけど」
「何故?」
「何故って、」

 

 どれならそれらしい理由になるか考えてしまい、言葉に詰まる。
 

「自分が達して満足したか?」
「そうじゃないよ!そうじゃなくて、・・・・・・これ以上は鶴さんに申し訳ない」
「ほぉ、申し訳ない。今の今まで俺の手でずいぶんと気持ち良さそうにしていたのに?」

 

 鶴丸はただ目を細める。笑っているような、怒っているような。燭台切には判断がつかない。鶴丸の感情が読めないまま、頬にかぁと熱が宿るのがわかった。
 それはそうだ。あんなに思い出したくない夜だったのに、鶴丸の好奇心を満たす為の再現なのに、やはり好いた相手の手は、頭がおかしくなるほど気持ちが良い。脳が溶けている間はただその喜びと快楽に身を委ねてしまう。それを浅ましいと思いながらも。
 そんな自分を見せるのは嫌だ。
 鶴丸の美しい手に自分のはしたない体を触れさせるのも嫌だ。頭の中で鶴丸に抱かれ、知らずそうなる体の準備をしているように自分を慰めていた、そういう自分を知られるのも嫌だ。
 また全部自分が嫌なだけ。


「・・・・・・嫌か?もう、やめたいか?」


 鶴丸が心を読んだかのように、聞いて来る。
 嫌なのに、でも嫌じゃないから困るんだと言いかけて、ぐっと飲み込んだ。燭台切には分っている。これ以上鶴丸の手に触れられていけば、自分は再現どころではなくなる。酒が入ってなくても快楽に酔い続けていれば結局自身を見失い、鶴丸を襲うかもしれない。鶴丸より燭台切は力が強い。理性が切れれば鶴丸を抑え込んでも、熱を欲してしまうかもしれないのだ。鶴丸は何も思わないかもしれない、けれどまた後悔するのが分っていて進みたくなどない、本当は。

 

「嫌なら、嫌と言え。出来ないなんて、曖昧に拒否するな」
 

 鶴丸が畳みかける様に言ってくる。
 

「俺は君の謝罪以外、君の気持ちを聞いていない。正直に言ってくれ」
「・・・・・・ごめん。今更うだうだと。格好悪いね」
「違う、そうじゃなくて、」

 

 鶴丸が望むなら自分の考えは全部飲み下さなければならない。嫌だ嫌だを飲み込こんで鶴丸の望むようにしなければ。それが責任を取るということになるなら。
 何よりこれ以上ぐずぐずして鶴丸に嫌われたくない。責任すらまともに取れない男だと興味すら失われるのは耐えられない。

 

「僕、続けるよ、鶴さん。あ、でも鶴さんが嫌になったら絶対に止めてね。僕が止まらなかったら切ってくれてもいいから、ね?鶴さんが望まないのに触れようとした時は切って捨ててくれ」
「・・・・・・、覚えておく。じゃあ続きだ、さあ、続けてくれ」

 

 鶴丸が、表情を消して白く汚れた手をひらりと見せつけた。それ以上の言葉はない。
 

「わかった」
 

 こくんと一つ頷いた。自分の下穿きに両手をかける。ぐちゃぐちゃになってる中身に、この下穿きも捨てないとなと考えて、腰を浮かせてするすると、足の方へと滑らせていく。爪先が下穿きから抜けた。足はほとんどむき出し状態で、辛うじて合わさっている裾を燭台切の中心が押し上げている。姿は見えないが形ははっきりとわかり、着流しに直接新しい染みを作ろうとしている。
 鶴丸が呟く。

 

「若いなぁ」
「鶴さんがずっと見てるから」

 

 無意識に唇を尖らしてしまった。勝手にこうなった訳じゃない。下穿きを脱ぐ時も鶴丸がずっと見ていたからこうなったのだ。視線だけでこうなることを変態だと罵られれば言い返すことも出来ないが。
 恥ずかしさを押し殺してそろそろと片膝を立てた。
 燭台切の昂ぶりが露になる。視線を感じてまた、とろ、と白が混じった滴が重力に引かれ竿を伝い落ちていく。吸収する布がないことで、その滴は今から解すべき箇所へたどり着き、そこを僅かに濡らす。
 もう片膝も立てた。鶴丸に、今濡れた箇所がよく見えるように足を広げ膝裏を左側だけ、震える手で抱えた。後ろに倒れ込みそうになるが、腹筋でそれを耐える。

 

「ここに、」
 

 鶴丸の、乾き始めているが、まだねばついている右手を取った。
 

「僕の、えっと、体液を塗り込みながら、解していくの。再現とは違うけど、僕、自分でしようか?」
「いい。俺の手で。早く」

 

 鶴丸がイラついたように早口で答えた。今宵の鶴丸はやけに気が立ちやすい気がする。自分のしたことを考えれば当然だが、瞳を一瞬ぎらつかせる姿にそんなことを思う。
 鶴丸が、鶴丸自身の口の端をぺろりと舐めた。唇に現れたその色がやけに鮮明に映る。燭台切の胸を舐っていた舌の感触が甦るようだ。しかし、その生暖かさをしっているのはそこだけでは無いような気がした。どこだろうか。
 鶴丸の舌を知っているそれが、無意識に自分の下唇を舐めようとした時、右手が鶴丸の手を伴って、燭台切の秘部へと辿り着いた。
 鶴丸のぬるついた指がそっとその箇所へと触れられる。自分の先走りと鶴丸の指に絡んでいた精がくちゅと合わさって、燭台切の中へ戻ろうとしていく。鶴丸の指が円の縁に沿う。

 

「ふ、ぅ・・・、」
 

 頭の後ろで心臓の音が響く。そこの快楽は、体に染み付いていた。自分を慰める時に使う場所、頭の中で鶴丸に何度も突かれた場所だ。けれど、あの夜はどうだったのか、実は余り覚えていない。鶴丸の指で与えられる強い快楽は燭台切の頭から理性を取り外してしまった。酔っていたことも原因かもしれない。
 覚えているのは早く鶴丸を欲しがった燭台切に対して、鶴丸が本当に熱心にそこを解していたということくらいだ。

 

「なぁ」
「な、に?」

 

 心臓が煩くて舌が縺れる。鶴丸の何故か掠れ始めている声に言葉を詰まらせながら聞き返した。右手は鶴丸の手を操って、指の先をつぷ、と入れさせている所だ。
 

「ここがそこまで苦労しなくても俺を受け入れるのは、君がずっと一人でここを使っていたからか?」
「な、」
「俺のことを考えて、頭の中で俺に抱かれながら?」
「・・・・・・気持ち悪い、よね」

 

 ぐにぐにと押している鶴丸の指に肌をぞわぞわとたたせながら、心が冷えていくのを感じた。ここを使っている自分なんて想像しないでほしい。気持ち悪いし惨めで、哀れだ。
 

「いや?合点がいった」
「あ、あ、」

 

 ぐ、ぐと鶴丸が指を進める。自分の指より細い指が中を割り入っていく感覚に考えていたことが少しずつ散っていく。
 

「そんなことはないと思いながらも、余りの手際の良さに既に誰かの手がついていたんじゃないか、と不安に思っていたからな」
「あ、くっ、な、んの・・・、はな、っし?」

 

 内壁を優しく押し込みながら、指を進め、引いていく。指先が出てきたところで、もう一度一本の指がゆっくり中に埋まっていく。
 勃ち上がった中心がまた滴をはしたなく垂らす。鶴丸の指まで滴って、ぐちゅと抜き差しに合わせて音を立てた。

 

「は、はっ、・・・はぁ、くぅ、」
 

 音が、指が、燭台切の中へ入って、理性を段々と削っていく。指が2本に増えた。内壁を進む質量は苦しさを与えるはずなのに、声は喜びに色づき始める。
 

「あ、あっあっ・・・はぁ、っ!」
 

 鶴丸の指が自分の中で動いている、その存在を感覚で追っていくほど思考がふわふわとそしてぐらぐらと揺れていく。奥に進んだ指がばらばらに動けば腰が揺れるのも気にせず、むしろ、触れてほしい箇所へのもどかしさから、自ら腰を揺らし始めた。
 

「・・・っね、指、はっ、おなかの、んぅっ・・・違う、もっとっ」
「・・・・・・初めての行為でどうすればいいかわからなかったというのもあるが、よくもまぁ、」

 

 いつのまにか燭台切の手は鶴丸の肩を掴んでいた。燭台切の内側を支配しているのは鶴丸自身の意思だ。けれど今はそんなことはどうでもよくて。
 燭台切の中を鶴丸の美しい指で掻き回してほしい。音を立てて動かして、触れられたくて仕方がないしこりを押して、刺激してほしい。鶴丸に乱されたい、それだけだ。

 

「あぁ・・・!だめ、そこ、あっ、ん、だめ・・・ぇっ、やだぁっ!」
 

 動いていた指が、触ってほしい箇所をそぅと擦る。そこはだめだ。頭がおかしくなる。だから、鶴丸に触れてほしい。おかしくしてほしい。否定の言葉を吐き出しながら、けれど鶴丸を見つめる瞳は乞う様に甘くねだる様に蕩けてしまっているのが自分でもわかる。
 

「こんなものを見せられて、喰い殺さずにすんだものだ」
「あぁああっ――ッ!!?」

 

 ぐりぐりっと強く押されて、目の前が真っ白になった。びくんと大きく体が跳ね、限界まで高められていた昂りから白い精が飛び出し、目の前の美しい男を汚す。
 儚い見た目は汚れを知らず、しかし汚い欲望の対象になるのも頷ける可憐さもある。男の精に汚れる不釣り合いさがきっと更に欲を駆り立てるだろう。けれど燭台切の欲を膨れ上がらせるのはそれではない。
 もはや捕食することを隠そうともしない、ぎらぎらと光らせるその強い金こそが砕ける理性を、さらに土足で踏みつける。

 

「つ、る、・・・さん、ひぁ!?」
 

 燭台切が達したのにも関わらず鶴丸は中を擦る。しこりに僅かに触れ、でも今度は決定的に刺激を与えず。指をもう一本増やして、焦らしながら達した体をまた昂らせていく。
 

「ん、ぁっん・・・!」
「ほぉら、こうやって、イった後に焦らされるのがいいんだろ?敏感な所にまた無理を強いられるのが好きなんだよな?俺は一度覚えたら忘れないんだ、君のことなら尚更な」
「つっ、るさぁ、ん、」
「ふっ、かぁわいい」

 

 口の端から垂れて顎を伝う唾液を鶴丸が笑いながら舐めとった。その行動も、獲物の味見をしているようで震える。笑っているはずなのに、恐ろしさが混じる。でもそれすら快感だ。
 

「君がなぁ、これだけ乱れてるんだ。酒も入っていたし、変に記憶が歪むのも仕方ない。頭ではわかってるんだ、わかっている。君が忘れてくれて好都合だったこともある。酒の勢いに任せて告白ってのは、自分でも格好悪いと思ってたさ。まぁ結局酔えなかったわけだが」
 

 君は狼狽えている俺を酔っていると勘違いしたが、無理だったんだよ、あまりの緊張でな。と肩を揺らす。よく笑う。自分の喘ぎ声とは不釣り合いだ。
 

「しかし、必死に伝えようとした言葉さえ君に届いてはいなかったとは。君があんなことをするものだから、俺はてっきり思いが通じていたのかと。いやはや、驚きだなぁ」
「あぁっ、くっ、また・・・っそこ、ぁん!」

 

 高く甘い自分の声に反比例して鶴丸の声が低く、怒りを纏っていく。けれど、燭台切の中を掻き回す手はとても優しい。万が一でも傷つけないように、とそんな気持ちが伝わる。嬉しい、気持ちいい、物足りない。
 

「は・・・っ、ぁ、ね、つるさん、ゆび、もっ、いいっ!」
「浮かれてたさ、この一週間。ああ、仕方ないだろう。好いた相手と体を重ねたんだ、千年存在してる物質だって、欲を切り捨てられる神だって浮かれるに決まってる」
「ちゃん、と、こすってぇ・・・っ」
「初めて迎えるはずだった朝に君がいないのも、俺が触れる度に固まる体も、気恥ずかしいんだと、心が通じたからこその甘い拒絶なんだと、ああ、俺は馬鹿だよ。お花畑で一人、喜んでいた俺は、君の誤解なんて、辛さなんて、まったく気づかなかった」
「んぅっ」

 

 ちっと舌打ちをうつ。鶴丸の言葉はまったく頭に入ってこないのに、苛立たしげな顔に甘ったるく息を溢してしまう。怒れる鶴丸は美しい。時々敵が羨ましくなるくらいだった。そうとうイカれている。
 

「なあ、人の器ってのは上手くいかないもんだよなぁ。全部仕方がないことだと頭では分ってるんだが、どうも、心と言うのかな、腹の底が滾って仕方がないんだ。たぶん怒ってるんだよな、忘れた君にも、気づかなかった俺にも。腹が立って仕方なくて、それをどうにか紛らせたくて。せめて、君が思い出せば溜飲が下がるかと、こんなことをしている」
「うぁ、・・・っん!は、ぁ!」
「でもここまでしても君は思い出す様子がない。だからここらが潮時だ」

 

 鶴丸が指を抜いた。
 

「!?ゃっ、あ・・・っあ、つるさん、やだ、な、で?」
 

 燭台切の中にあったものがなくなり、空いたままの穴が塞がれたくて切なくなる。
 手を追いかけようとして躱された。

 

「再現はここでおしまい。後は自分で処理しなさい」
「やだ、ここまで、しておいて!」
「やだじゃない。俺の望むようにって言っただろう。君の為でもあるんだぜ」

 

 何のため俺がここまで我慢してると思っている、と歯を喰い縛りながら唸った。唸りたいのはこっちだ、切なくて、胸が苦しくて仕方がない。この空いた胸をせめて、体だけでも鶴丸に埋めてもらわなければ。
 辛いのだ、どうしようもなく。鶴丸が好きだから。こうしているのは辛い。早く、埋めてほしい。
 鶴丸に手を伸ばす。てらてらしている手ではなくて、鶴丸がうまく隠しているその中心へ。

 

「光忠っ」
 

 鶴丸が燭台切の手を押さえる。しかし触れているからわかる。鶴丸の猛りがしっかりと、勃ち上がっているのが。
 ふふと笑いが漏れた。
 押さえられている手を引かず、むしろ鶴丸にぐいと近づいた。空いた手で肩を押し、強い力を込めて鶴丸を畳へと押し倒す。

 

「だぁいじょうぶ、つるさんは寝てるだけでいいんだよ。僕が全部一人でするから」
 

 力で抵抗しきれなかった鶴丸が畳から見上げてくる。上半身を屈め、顔を近づけて囁いた。あの夜も同じような体制で大丈夫、僕に任せてと囁いた気がする。
 

「かわいそうな、つるさん。こんな僕に好かれてしまって。汚い欲をぶつけられて、かわいそう」
 

 話しかけながら右手が鶴丸の昂ぶりを探る。早く熱いあれを自分の中に埋めて安心したい。いっぱい満たされて、打ち尽くされて白い熱を溢れさせて。早く声をあげて、泣き出したい。もう気持ちを飲み込むのは嫌だ、苦しい。涙だけでも流させてほしい。
 探し当てた手が布の上からそれを撫でる。鶴丸がぴくと揺れる。それだけではぁと、快楽の声が漏れてしまった。

 

「俺は止めたぞ、光忠。俺は言った、人の器は上手くいかないって。俺は頭ではわかってる。今は体も従ってる。暴れてるのはまだ心だけだ」
 

 鶴丸が熱い息と共に言葉を吐いた。どこか諦めたようにも聞こえる。
 

「後悔するぞ」
「・・・・・・」

 

 理性を甦らそうとする言葉を吐きながら目はぎらつきを失っていない。そんなことでは燭台切の行動を止められない。罪悪感が自分を打ちのめすなんて、後悔するなんてわかっている。嫌だ、気持ち悪いと罵るくらいしてくれなければ、文字通り切り捨てるくらいしてくれなければ、理性を焼ききって、ここまできてしまった燭台切を止めることなんて出来ない。身内に対しては優しい鶴丸には、例えこんな弟分でも傷つけるのは難しいだろうか。
 体を起こして、窮屈そうな鶴丸を下穿きから取り出す。痛そうな程張り詰めたそれに、一瞬口に含めたい欲が沸き上がったが押し止めた。今は空虚を埋める方が先だ。
 鶴丸へとまたがり、天井を向いている怒張に手を添える。そしてゆっくりと自分の中へ埋めていった。

 

「は、は、・・・あぁ、っく、ぁあっあ――ッ!!!」
「く、」

 

 自分の中を埋める鶴丸に、胸の中がじんわりと何かで浸されていく。気持ちいい。頭と体は快楽に刺激され、また精が飛ぶ。
 鶴丸が喰い縛る。上半身を起こしかけていた。手をついて体を支えている。その顔に、燭台切の白い液がつく。ああ、また汚してしまった。胸がつき、と痛むのを快楽へとすり替えた。

 

「は、ああ、あっん、ぅ、・・・っく」
 

 泣き出したくなりながら、自分の腰を動かす。鶴丸は下から突いてはくれない。だから燭台切は自分で自分の望む所を擦っていく。
 鶴丸は本物だ。だけど頭の中で抱かれているのと変わりない。鶴丸の体を使って、自分を慰めているだけだ。

 

「ん、つる、さぁ、あ、ん・・・っ、つる、」
 

 名前を呼ぶが呼び返してはくれない。鶴丸の腰をつかんでいる燭台切の手を、その白い手が握って指を絡めてくれることもない。
 

「ふ、・・・うぅっ、んあ、あっ、ひ、っく」
 

 滲む視界、こぼれる涙を拭ってくれることも、舐めとってくれることも。喘ぐ声を唇で塞いでくれることも。
 

「、すき、ああぁ!つ、るさ・・・っ!んっ・・・す、き!」
「・・・・・・」

 

 もう飲み込みきれなくて、蕩けきった頭が吐き出してしまった好きという言葉に、同じように返してくれることもない。わかってる、これこそがあの夜の再現。鶴丸の体を使った自慰行為。
 

「あっだめ、あっあっ、やだ、だめぇ!!」
 

 白い霞がちかちかと頭の中で点滅する。視界は滲んでいる、鶴丸の顔が見えないのは変わらない。だけど体がまた限界を迎えはじめる。気持ちよすぎて、手は震え、動かす腰もぎこちないがそれでも自分が望んだ箇所だけを擦り付けて押し付けて、ちゃんと体は高ぶる。頭は溶けきれている。ああ、このまま、このまま
 

「ら、ぇ・・・もぅ、も、ぃっ!・・・っイ、っちゃ、――ッひあ!?」
「だめだと言っただろう、きかん坊め」
「いぁ、や、なんでぇ!」

 

 最後に腰をすり付けて、そのままびくびくと体を震わせるそんな想像をしていたのに、いきなり強い力で腰を掴まれる。腰を深く引き落とされるならまだしも、腰を持ち上げられ、ずるりと中を引き出されてしまった。
 

「やだ、やだやだ!つるさんの、いじわる」
「意地悪じゃない」
「いじわるだ、くるしいのになんで抜いちゃうんだ、くるしいのになんでまたあなたに触れることを許すんだ、なんで、いじわる」

 

 鶴丸が上半身を起こしきる。ピタリと身を寄せるが、腰を強く掴まれて太ももへと下ろされた。
 

「いじわる、しないで、おねがい」
 

 ねだる、より懇願だ。肌を鶴丸の着流しにくっつけたまま右手を襟に差し込む、綺麗に浮いてる鎖骨を撫でた。今体の熱を冷ませないでほしい。どうせ明日の朝になれば後悔は襲ってくる。今じゃなくていい。
 

「・・・・・・なぁにがいじわるだぁ?俺がどれだけ君を猫可愛がりしてると思う。これだって同じ快楽の中、あの夜の再現をすれば思い出すかと考えてのことだ。俺じゃない、君が。本当は思い出そうが、思い出すまいが、分からせるのが一番なんだぞ。それをしないようにって、俺はここまで我慢したのに。・・・・・・それなのに君は、思い出さない上に人の忠告を聞かない。ちゃんと言ってくれと言っても言葉を飲み込む。いくらなんでもマイペースがすぎるぞ!」
「ひぁ、・・・ぃっ!?」

 

 腰を掴んでいた片手が燭台切の根本を握る。達さないように。そのまま、首筋をがぶりと噛んだ。
 

「あの夜、俺の上で美しく乱れる君に、ただ歯を喰い縛って自分の理性を繋ぎ合わせるっていう、涙ぐましい努力をした俺もなぁ、限度というものがある。君にとって俺はなんだ、聖人か?理性は鋼で出来てると?その通りさ!鋼は熱で溶けるんだ、知ってるか光忠」
「う、っい、・・・!」

 

 肩にも痛みが走る。快楽と共に与えられる刺激、けれど達することも出来ず苦しい。
 

「俺なぁ、君が俺の上で果てた後、必死に優しく抱いたつもりだぜ?その肌に歯を立てて俺の跡を残したいのも我慢して、耳元で何回好きだって囁いたことか。君も頷いたじゃないか、僕もって言っただろう。あれも意識なかったっていうのか?なぁ」
「つ、つるさん、やだ、手、はずしてよ、」
「後悔するぞって、言っただろうが」

 

 今までで一番低い声だった。地を這うような。思わず固まる。
 

「なぁ光忠?俺が好きか?」
 

 ぱっと声を甘くして鶴丸が問いかける。ぎらつく瞳が怖い。こくこくと頷いた。
 

「そぉかぁ。俺もなぁ、君が好きだぜ、大好きだ。こういうなぁ、」
「ひ、っん!」
「俺のことを思うだけで、俺に触れられるだけで、乱れてしまう、はしたなくて、あさましい、淫らな君もだぁいすきだぜ?」
「っやだ、も、かまないで、した、くるし、」
「これでも信じないのか、光忠。また独りよがりの夜だと、俺の気持ちを無視したと自分を責めて折れたいと思うのか、ふざけるな」

 

 それこそ俺の気持ちを無視して、と。指が食い込む。息がつまる。
 

「、ごめ、なさ」
「何に対して謝る」
「ぼくが、は、鶴さんとの間にあったことを忘れた事、っ、折れたいって思った、こと?」
「ここを間違えなくてよかったなぁ」

 

 はっと鶴丸が笑って、指が緩まった。息を吐き出す。すると鶴丸がさっきまで噛んでいた所をちろちろと舐める。
 

「や、」
「さて、光忠、俺は君をどうしたいと思っているでしょうか、当ててみな」
「わ、わかんない」
「考えることを放棄するから忘れるんだよ、ちったぁ考えろ」

 

 舐めていた箇所を再度強く噛まれた。
 

「いぁっ、う、怒ってる、ひどいことしたいと思ってる」
「正解だ」

 

 肌がちぅと吸われる音とぴりとした刺激が与えられる。達せない体には噛まれたり舐められたりするのに等しい辛い快楽だ。
 

「今回に限っては優しいだけじゃだめなんだということがよくわかった。こうして、君を愛した跡を沢山残して、その跡を見るたびに君が、鮮明にこの夜を思い出すようにしてやろう」
「つ、つるさん?」
「怖いか光忠。大丈夫、今夜だけさ。君が俺の気持ちを信じてくれれば、今度からは優しく、優しく愛してやれる。今夜だけ。次は俺に優しくさせてくれるよなぁ、光忠。初めての夜みたいに。だから、」
「っわ、え、」

 

 一瞬で視界が変わった。ほとんど露になっていた背中に畳の感触を感じ、燭台切を見下ろす鶴丸の背景に天井が見える。
 

「今夜は俺の好きなように抱かせてもらうぞ、君の頭の中の俺も青ざめるくらい。ははっ、同じ後悔なら、俺を好き勝手してしまった、折れたい、という後悔より、俺に好かれてしまった、逃げたいという後悔をするんだな。まぁ、逃さないが」
「っ」
「気持ちを飲み込む暇はないぞ?全部、全部吐き出させてやる。全部吐き出させて、今度こそ君の中を俺で溢れさせてやる。そしたら君も思い出すだろ、俺を」
「ん、んぅんん―!!」

 

 指の戒めが解かれないまま鶴丸が燭台切の中へ一気に入ってきた。声はあげられない。鶴丸の唇が燭台切の悲鳴に近い嬌声を飲み込んでしまった。鶴丸が入ってきた喜びと、達せない苦しみ、今までの鶴丸の言動に頭と心が混乱していく。鶴丸は容赦しない。もう当に快楽でおかしくなりそうな燭台切を獰猛な瞳に写しながら、熱を打ち付ける。
 鶴丸の唇の中でただ鶴丸の名前を呼び、甘さと苦しみの声を上げながら、燭台切は思い出したことがある。
 鶴丸の上で果てた後、横たわった自分。鶴丸がそれを見下ろしていたこと。
 自分の舌で感じる、鶴丸の舌のその熱さ。好きだ、愛していると耐えて唸るような声で囁かれた後に絡めた舌から与えられた蜂蜜酒の甘い味を。

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