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 どんちゃりどんちゃりと食器の音と、一部高いものもあるが全体的に低い声が部屋を埋めている。それは総じて楽しげで、笑い声も多く含めていた。
 達成感に包まれた長谷部もその声の中の一部だ。いつもの藤色の神父服を脱ぎ、ダンス用の衣装に身を包んでいる。黒いYシャツに深紅のネクタイ、そしてベストとスラックスも同じく深紅だがこちらはスパンコールがあしらわれている。部屋の照明を受けて小さい光がきらきらと反射している。色は派手であるものの、どちらかと言えばシックで落ち着いた印象だ。ジャケットもセットだったが舞台の上では脱いでいたため、今改めて腕を通す。
 先日、衣装合わせをと、この衣装に着替えた長谷部を見た燭台切は涙を浮かべてブラボー!と拍手を送った。「最高に格好良いよ、長谷部君!!これはしくじったトニーですら名誉挽回するレベルだね!」「あれはダークなスーツだけどな」という会話が長谷部の記憶に残っている。
 
 宴は最初からクライマックスだった。「先陣切って、空気を掴むぜ!」と言う言葉と共に、壮大な手品を成功させた鶴丸の初手から始まり、「俺、刺すことしかできないから!」と大きく宣言した御手杵と投げるのが得意になった同田貫の髭ダンス&見事な槍への蜜柑刺し、鯰尾と骨喰の息のあったパントマイム、そして先程、長谷部と厚&博多&小夜のダンスが出し物として披露された。
 主が見ているのもあり、長谷部のやる気は最高潮で、華麗なムーンウォークに、切れのあるターン、魅せる角度、メリハリを付けた静と動、最高に決まった最後の決めポーズ。手前味噌ではあるが、長谷部自身も素晴らしいダンスだったと思えるものを踊りきった。
 その後は、長谷部が出し物するなら俺達も出たい!と言って長谷部にダンスを教えてもらった短刀三人の番だった。三人組のアイドルのダンスを完コピした三人は非常に可愛らしく、コーチをした長谷部もとても誇らしかった。
 ダンスが終わった後に一期と江雪に片方ずつの手をぎゅっと握られ、涙目で感謝の言葉を言われたのもまた嬉しい。その後日本号も声をかけてきて「お前の踊りも中々よかったけど、あの三人への指導は最高の仕事だと思った。初めてお前を尊敬したぜ」と言ってきたのは、少し複雑な心境になったが。
 今、舞台では陸奥守が弾き語りをしている。その歌は大河ドラマで、陸奥守の前の主を演じたことのある歌手のもので、ドラマを見たときから陸奥守は大ファンである。なかなかに特徴をとらえていて、歌自体は上手いのに長谷部は何故かふふっと笑ってしまう。
 歌が終わり、舞台に近い席に目をやると三日月が石切丸と共に何かしている。後ろ向きにだばだばと歩いているが、表情は困惑している。石切丸と顔を合わせて首を傾げる。それでも後ろ向きは止めず、とうとういなり寿司を美味しそうに頬張る小狐丸に激突してしまった。あれは、もしかしてムーンウォークの真似をしていたのだろうか、と長谷部は思い付く。三日月と石切丸の行動をずっと見ていたらしい鶯丸と青江が踞って震えている。恐らく、笑っているのだろうがまったく同じポーズで震えているので、見ているこっちがよっぽど面白い。

 

「ははっ!カオスだな・・・・・・ッハ!いかん!目的を忘れるところだった!」
 

 その目的とは、大倶利伽羅と燭台切に酒を振る舞い酔わす、というものである。自分の番が終わるまで頭がダンスでいっぱいだった長谷部は、ようやく思い出す。目的の人物の内一人は、五虎退と共にほのぼのと動物トークをしている。もう一人はただいま厨で格闘中だ。そろそろ帰ってくるとは思うのだがと長谷部は辺りを見回す。
 

「何で行っちゃうんだよ、之定ー!」
「そろそろ交代の時間なんだよ。君はそこで飲んでいればいい」
「いやだー!之定がいないと嫌だー!」
「歌仙、ここは俺が宥めておくから行っておいでよ」

 

 厨組の一人である歌仙が席を立とうとするのを、和泉守が嫌だ嫌だと駄々を捏ねている。歌仙と仲のいい蜂須賀が、隣の浦島と共に和泉守の側へと移動した。すまないね、少し行ってくるよと困ったように笑って歌仙が厨へ向かった。と、いうことは燭台切が厨からこちらに帰ってくるということだ。
 

「なんで、長曽祢さん来ねぇんだよー!お前らの兄貴だろうー!何でだよー!」
「ああ、悪いね。あの贋作がこの本丸に来たらちゃんと言っとくから。早く来いって」
「絶対だぞー!早くって言っとけよー!」

 

 完全に絡み酒の和泉守を蜂須賀は笑って受け流す。兄以外には素直に優しい奴だと感心しながら、長谷部は薬研と宗三に視線を飛ばす。
 宗三はダンス衣装ままの小夜を膝に乗せて、満面の笑みだ。小夜のダンスがよっぽど良かったらしい。ずっとあの調子だ。薬研は、太郎と次郎の間に挟まれ酒をかっくらっている。「やっぱ別嬪さんに酌してもらう酒は最高だな!」と見た目は美少年な薬研は、おっさんの様な台詞を吐いている。楽しんでいるところを申し訳ないがと思いながら、長谷部が二人に合図を送る。宴が始める前に立てた作戦通りに。

 

 


「いいか、まずあの二人を引き離す。あいつらは二人揃うと、速攻魔法、『政宗組相互セコム』が発動する。このカードが出ちまうと俺達に勝ち目はない」
「確かに。あいつらはお互いのことになると、子連れの熊のような警戒心発揮するからな。自分のことは、生まれたてのひよこの様な無垢さなのに」
「そう、そこを狙う。長谷部は大倶利伽羅を。俺っちと宗三は燭台切を。それぞれ各個撃破としゃれこむのさ」

 

 三人が囲む机の上に、図入りの作戦概要の紙が置かれている。それに赤ペンで書き込みながら、話を進めていく。
 

「燭台切はいつも最初に厨入りで後から歌仙が交代します。今回も同じでしょうね」
「ってなわけで燭台切がいない隙に長谷部は大倶利伽羅の横に座ってくれ。俺っちと宗三は燭台切が大倶利伽羅の元に辿り着くまでに捕まえて攫ってみせる」

 

 大倶利伽羅と書かれた、目付きの悪いキャラクターの側に長谷部のコードネームである「シュメイ」とこれまた目付きの悪いキャラクターが書き込まれる。そして、燭台切と書かれた眼帯のキャラクターを挟むように、「ハクイ」「ケイコク」と言う名前のキャラクターが紙の上に現れた。
 

「何故この二人を酔わせれば、鶴丸さんが休むのか、その謎は解明されていない。だが、やると決めた以上俺達はやり遂げる、そうだろ?」
 

 机の上に、赤ペンを置いた薬研の右手が乗せられた。
 

「当たり前です。僕を、僕たちを誰だと思ってやがるんですか?」
 

 左手で肩に掛かっていた桃色の髪を払いながら、宗三が薬研の上に自らの右手も重ねる。
 

「必ず作戦を成功させてみせる、主の名に懸けて!」
 

 長谷部が白い手袋を右手だけはずして、宗三の上に手を重ねる。そして三人で、視線を合わせ、こくりと同時に頷いた。
 

「さぁ、鶴丸さんの存亡を賭けた、対話の始まりだ!!」

 

 


 そんな決戦前夜の誓いがあったのにも関わらず、今まで忘れていたのだから救えない。それだけダンスに集中していたということだが、それで作戦が失敗してしまえば目も当てられないというもの。いったい何のためにこの宴を開いたというのだろう。長谷部は、そう心の中で自分を叱咤した。
 

「にぃんげーん、ごじゅうねぇん、化天のうちをぉ比らぁぶればぁ」
 

 早速宗三と薬研が気づくように声を張り、ジャケットの内ポケットから扇子を取り出して舞い始める。作戦開始の合図である敦盛だ。他の者にも見られているが、長谷部がハイになってるなんて珍しい、程度にしか思われないだろうから気にしない。
 そんな長谷部の合図をしかと受け取った二人が、それぞれ側にいた者達に一言告げて、ゆったりと立ち上がる。そして見つめあった三人は、静かに視線を外しそれぞれ目的の人物の元へと歩き出す。それぞれの目的の為に、別々の道を歩みだす仲間。と言う図は薬研が好みそうなものである。そういえば父親と再会できたあの主人公と、妹をつれて旅立った銀髪の親友が再会するシーンが見られる日はくるのだろうか。と、最近薬研に見せてもらった漫画を思い出しながら、長谷部は大倶利伽羅の元へと向かった。

 


「隣、座るぞ」
「長谷部か・・・・・・好きにしろ」

 

 許可が出たので、大倶利伽羅の隣、本来燭台切が座るために空けていただろう席に腰を下ろす。五虎退は、鳴狐の出し物が始まるからと舞台の近くへ行ってしまったらしい。
 鳴狐の出し物は落語で、演目は『子は鎹』だ。鳴狐とお供の披露する寄せはとても評判がよい。一時期、落語のドラマにハマっていた宗三も毎回楽しみしているが、今回は諦めてもらう必要があるな、と大倶利伽羅と軽い会話をしながらも長谷部は思う。
 ただ、今回もこんのすけがDVD編集の為に宴の様子を録画しているはずだ。頼めば、鳴狐の部分のデータだけもらうことも可能だろう、とも考えていた所に、遠くから声が聞こえた。

 

「よぉ、そこの格好良い兄さん。寄ってかないか?」
「今なら、お安くしておきますよ」
「薬研くん、宗三くん」
「なぁ。また、大倶利伽羅の所かよー。たまには俺達にもかまってくれよ!こんな美少年と、」
「傾国の美形が酒のつまみでは、不満ですか?」
「まさか!歌仙くんじゃないけれど、恐悦至極、だよ。そうだね、偶には一緒に飲もうか。僕でよければお相手お願いします」

 

 んじゃあ、あっち行こうぜ、社長さん!と遠ざかる声に思わず、なんて誘い方してるんだ、あいつらはと長谷部は口に出した。
 

「何か言ったか?」
「ああいや、すまん。こっちの話だ」

 

 大倶利伽羅の質問を苦笑いで流して、近くにあった徳利と杯を掴む。
 

「ほら、持て」
「俺には必要ない」

 

 長谷部が差し出した杯を一瞥して、大倶利伽羅はにべもなく断った。しかし、長谷部がそれくらいでは諦める筈もない。
 

「そう言うな。お前と飲んでみたいんだ。お前と酒を飲み交わしたことはまだないだろう」
「あんたの飲み方は異常だ。共に飲める訳がない」

 

 長谷部はいつも浴びるように酒を飲む。俗にいうワクという奴だ。本丸内の飲み比べでは、たぶん引き分けはあっても負けはないだろうと長谷部自身思っている。大倶利伽羅に異常と言われても仕方がない。
 

「今日はそんなに飲まん。お前と酒を楽しみたいからな。一度で良いから甥っ子と酒を飲みたいんだ。それでもダメか?」
 

 もう一度杯を差し出す。黙ってそれを見つめていた大倶利伽羅がッチ、と舌を鳴らした。
 

「一杯だけだからな」
「ああ!」

 

 その手に杯を手渡した。
 大倶利伽羅はわかっていない。一度杯を持たせてしまえば、後は長谷部の思うがままと言うことに。酒の場の長谷部は魔王だ。その雰囲気と流れを掌握するものとなる。小さな杯に満たされた酒を傾ける大倶利伽羅に、長谷部は刀を振るっている時と同じ笑みを浮かべた。

 

 それから、ゆっくりと、しかし確実に大倶利伽羅は杯を進めていった。今舞台では沖田組の二人羽織が終わり、ビンゴ大会が始まっているようだ。長谷部と大倶利伽羅は皆に配られたビンゴカードを断っているので関係ないが。
 大倶利伽羅がまた、杯を煽った。くぴりと喉仏が上下するのを見守る。大倶利伽羅の口数が減ってきている。元々少ない方ではあるが、何というか雰囲気が変わってきていると長谷部は感じた。傾けた杯の数はそんなに多くはなかったが、大倶利伽羅は酒に弱いのかもしれない。長谷部が後二杯くらい飲ませればいいか、と考えた時、それは起こった。
 大倶利伽羅が静かに杯を置く。そして肩を震わせた。

 

「?おい、倶利伽羅、どうした」
 

 持っていた徳利を置いて、大倶利伽羅の肩に手をかける。気分でも悪くなったのだろうかと心配になったからだ。大倶利伽羅は返事を返さない。長谷部は肩を軽く揺すってもう一度おい、と声をかけた。
 今度はぴくりと反応を見せた甥っ子に少し安心しながら、長谷部は俯き気味の大倶利伽羅の顔を覗きこむ。

 

「大丈夫か、気分が悪いのなら厠へ、って、」
 

 声をかけ、前髪を払ってやりながら思わず固まる。
 大倶利伽羅のきらきらと光る金色の瞳から、ぼどりぼどりと、もはや雫とも言えない水の玉が溢れている。その泣き方は、かの有名なアニメ映画の泣き方を彷彿させる。けれど焦る長谷部は感心する余裕もない。助けを求めるようにおろおろと周りを見回す。長谷部が動くたび反射するスパンコールが、救難信号のようにチカチカ光るが、自分のビンゴカードと発表される番号に一生懸命な皆には届かない。
 大倶利伽羅は、胡座を掻いて両手で踝を強く握っている。肩に力が入っているその姿は、一人で何かに耐えているようにも見えた。
 とうとう、大倶利伽羅がえっぐえっぐと嗚咽を我慢出来なくなり、長谷部の混乱が最高潮になった時、優しい声に話しかけら

れた。
 

「大丈夫だ、落ち着け」
 

 声の主を見れば、いつもの白い衣装の鶴丸がゆったりと長谷部の隣に腰をおろした。他の刀達と違って舞台用衣装を準備しなかった鶴丸は、準備するのが面倒くさかったからと言っていたが、この衣装にこそ手品のタネと仕掛けが隠されているのでは、と長谷部は推測している。しかし、今はそんなことは微塵も興味がなかった。
 刀である長谷部に舞い降りる筈もないのに、白い衣装で優しく笑う姿が天からの使者にも見える。それが大倶利伽羅と仲の良くない鶴丸でも、一人よりは大分心強い。安堵の笑みを浮かべて、長谷部は鶴丸の名前を呼ぼうとした。だが、それよりも先に別の声が重なる。

 

「くにながぁ」
 

 舌足らずの涙声が、甘えるように響く。誰の声だと、思ったのと同時に鶴丸の胸に飛び込む固まりがあった。今まで一人泣いていた大倶利伽羅だ。大倶利伽羅は、両腕を白い衣装の体に巻き付け、自分の額を鶴丸の左肩にぐりぐりと擦り付ける。くぐもった涙声に耳を澄ませば、くにながのばか。どこにいってたんだ、さみしかったと繰り返していた。
 予想外すぎる出来事にぽかんとするしかない長谷部を余所に、鶴丸は優しい顔と声で大倶利伽羅をよしよしと宥める。

 

「悪かった、悪かった。もう何処にも行かないからな。ずっとお前の側にいるぞ」
「うそだ。くにながはにんきものだからまたおれのまえからいなくなるんだぁ」

 

 いやだいやだとますます泣き出す大倶利伽羅に、鶴丸があーと声を出して苦笑いする。
 

「長谷部、君、結構飲ませただろう。完全に酔っぱらってるぞ」
 

 そのまま右手で倶利伽羅の背中をぽんぽんと叩きながら、長谷部へと視線を向けてきた。
 

「そんな、飲ませたつもりはないんだ。大倶利伽羅もゆっくり飲んでいたし」
「この子は酒に強くないんだ。そして、見ての通り泣き上戸でな」

 

 一回こうなると、俺から離れなくなると困った様に言ってるつもりだろうが、嬉しさを隠せていない。その姿に、長谷部は疑問を感じる。
 

「何故、大倶利伽羅の酒癖をお前が知っているんだ?お前と大倶利伽羅は仲が良くないだろう」
 

 大倶利伽羅が鶴丸のことを、関係ないと言い切ったのは本丸では有名な話だ。二人で酒を飲むなんて考えられない。
 

「恥ずかしがり屋だからな、大倶利伽羅は。みんなの前では、絶対近寄ってこようとしない。だが、一日一回は俺の顔をみないと落ち着かないらしくてな。夜にふらっと部屋を訪れて、人の膝を枕にして満足そうに帰ったり、酒を飲んで朝まで甘えたり。仲いいんだぜ、俺達」
 

 抱きついている大倶利伽羅の髪に頬をくっつけて、なぁ?倶利坊、と愛しそうに笑う鶴丸に嘘をついている様子はない。どうやら本当のことらしいと長谷部はようやく納得した。
 

「そうだったのか。俺はてっきり、お前達は仲が悪いものだと・・・・・・。ああ、じゃあ燭台切とも交流があるんだな?」
「いや、燭台切とは・・・・・・」

 

 鶴丸が視線を外し、空いてる手の人差し指で頬をかく。何やら煮え切らない様子だが、燭台切とは交流がないと言うことらしい。
 そっちは根深いんだなと、未だ抱き合う二人を見つめながら長谷部は思う。倶利伽羅は鶴丸の左膝に腰を下ろしている。完全に金持ちのおじさまと、若い愛人の図なのだが口には出せなかった。

 

「長谷部ぇー」
 

 力ない声が、長谷部を呼んだ。薬研の声に間違いないが、あまりの元気のなさに何事かと振り返る。一瞬目に入った舞台の近くでは、今剣と岩融が後ひとつでビンゴだとそわそわしていた。それを通りすぎて、薬研の姿を捉える。心底困りましたという顔をした薬研が、同じような表情を浮かべた宗三と共に長谷部達の方へゆったりと歩いてきていた。薬研の左手と宗三の右手が、二人の後ろを歩いている燭台切の両手に繋がれている。燭台切の歩みはふらふらしていて、二人がゆっくり歩く理由を察した。
 三人が辿り着くのを待って、長谷部が話しかける。

 

「どうした、何故そんな、仲間が命をかけて放った一撃が敵にまったく通用しなかった時の主人公みたいな顔をしている」
「なんだその絶望的な状況、逆にわくわくしてくるじゃねぇか!・・・・・・ってそうじゃねぇよ。いやな、燭台切に酒を飲ませてたんだが、途中から様子がおかしくてな。なんか、ずっと黙りこんでるんだ」
「さっきまで、とおしろうさま、さもんじさま、ってふわふわ笑ってたんですけどね。なんだか可愛らしくてどんどん飲ませてたら、こんな感じに」

 

 燭台切を座るように促しながら、薬研と宗三が説明する。燭台切は素直に座ったが、その片目は虚ろで焦点も合っていない。
 

「お、おい。燭台切は大丈夫なのか?」
 

 燭台切の名前が耳に入ったのか、みつたらもいなきゃいやだぁと泣き始めた大倶利伽羅を左膝に乗せたまま、長谷部と同じように三人に体を向けた鶴丸が発言する。その瞳は本気の心配が滲んでいる。
 そこでようやく、二人の状況に気づいた宗三と薬研がどういう状況なんだと説明を求めるように長谷部を見る。
 ああ、これはと口を開いたところで、いやだ。という涙声が聞こえた。畳にぼどりと水の玉が落ちる。出所を探れば、長谷部の前にある、虚ろな金のガラス玉ひとつから製造されていた。二度目となれば、冷静さを欠くこともなく、酒癖も泣き方も大倶利伽羅とまったく一緒だと感心する長谷部だった。
 しかし、周りは違うようで、薬研が、ヤバイ燭台切が千尋みたいな涙の流し方してる。とおろおろと呟く。宗三はどうしましょう、取り合えず歌えばいいですか?と混乱してるのか、本気なのかわからない発言だ。
 その中で一番取り乱したのは何故か鶴丸だった。大倶利伽羅を張り付かせたまま光忠の側に腰を下ろして、どうした、何処か痛いのか、何処だ?と焦ったように繰り返している。大倶利伽羅の時に見せた包容力が嘘のようだ。
 鶴丸が近寄ったことによってますます涙の量を増やした燭台切は、今度はいやだとはっきり唱える。

 

「つるまるさんの、そばはいやだ。やだ」
「そ、そうか。俺が嫌だから泣いてるんだな?どこも痛いわけじゃないんだな?」

 

 一瞬傷ついた表情を浮かべた鶴丸は苦笑いに素早く差し替えて、そのまま燭台切から距離を取ろうとする。自分が側にいるかぎり燭台切が泣き止まないと思ったのだろう。鶴丸の首に腕を回して離れようとしない大倶利伽羅の背中に手を添えて、立ち上がろうとする。しかし、鶴丸の袂を引き留める手があった。いやだと、言った本人の燭台切の手である。
 

「つるまるさん、いっちゃうの、やだっ」
「お、俺にどうしろって言うんだ」

 

 焦点の合わなかった瞳が、今ははっきりと鶴丸を見つめている。少し顔を赤くした鶴丸が中腰のまま、おろおろとして、結局その場に座り直した。
 すっかり、見守る体制の長谷部の両端に、落ち着いた薬研と宗三が腰を下ろす。

 

「結局、どういう状況なんですか?三角関係の縺れですか?僕の得意分野ですよ。たぶん誰かが結婚式で刺されます」
「違うな、たぶんあの大倶利伽羅は鶴丸さんの枷なんだ。大倶利伽羅というリミッターを外すと、鶴丸国永がパワーアップして、スーパー鷹丸国永に進化するっていう流れさ」
「俺にはペットの散歩中に野生の動物に出会ってしまった飼い主に見える」

 

 ビンゴもそろそろ終わりそうだ。残こり三つの景品の中身はなんだろうと少しだけ長谷部の意識が持っていかれそうになる。けれど、目の前の光景も面白い。こんなに焦る鶴丸なんて、なかなか見れるものではない。宗三が酌をしてくれた杯に口をつけながら、長谷部は出し物気分で三人を見守る。鶴丸を休ませるために、という目的はすっかり頭の中から消え去っている織田組三人である。
 

「燭台切、泣かないでくれ。ただでさえ俺は、君にどう接すればいいかわからないんだ。その上泣かれてしまうと、もうわけがわからん」
「みつ、たら、なくのっ、ひっぐ、いやだっ」
「ほら、倶利坊もこう言ってるし。なぁ、あんまり年寄りを困らせないでくれんか」

 

 えっえっと鶴丸から離れないまま泣き続ける大倶利伽羅を片手に、心底困った人という題名の絵があれば間違いなくモデルにされるだろう鶴丸が燭台切に泣き止めと伝える。その姿は、娘夫婦から孫を初めて預かったものの、おじいちゃんやだ!ママが良いー!と孫に拒否をされて困っている祖父の図そのものだ。薬研が長谷部の酌した杯を傾けながら、難儀だなぁと笑う。
 

「そ、そうだ、燭台切!泣き止んでくれたら、何でも欲しいものをひとつやろう。それとも、お願いを聞く方がいいか?俺にできることなら何でもしてやるぜ。何がいいんだ?うん?」
 

 とうとう、うっうっと嗚咽を漏らして泣き始めた燭台切に、鶴丸が空いてる右手をばたばたさせてあやしにかかる。「言ってることが完全に、孫を泣き止ませるじいちゃんなんだよなぁ」と言う薬研の発言に笑うのをグッとこらえた長谷部だが、宗三の「鶴丸、そんなに片翼だけはためかせても空は飛べないと思いますよ」の一言で口に含んでいた酒を吹き出してしまった。同じく酒を吹き出した薬研と、今のは反則だよなぁ、と言い合いながら二人で畳を拭く。
 

「なんっ、でも、ひとつ?」
 

 鶴丸の袂を離さないまま泣いていた燭台切が興味を惹かれたように、首を傾げる。目元がすっかり赤くなっている。これは、大倶利伽羅も腫れているだろうなと畳をとんとんと叩いて長谷部は思う。
 燭台切が興味を示したことに安堵の笑みを浮かべて、鶴丸がうんうんと力強く何度も頷く。その姿に燭台切が涙で濡れた唇を開いた。

 

「ぼく、っく、つるまるさっが、ほし、っい。あなたの、ものにっなりた、いっ、」

 

 宗三がぶぅっと酒を吹き出した。ほら、そこも濡れてますよと長谷部と薬研に指示を飛ばして、酒を含んだ直後だったのだ。口からぽとりと、見るものが見れば色っぽく、雫が滴る。だが、それを拭おうともせず、薬研と長谷部も畳を拭こうともしない。
 とんでもないことを言い出した自覚のないらしい燭台切は口を噤むこともせず、むしろ先程よりも言葉を増やす。

 

「つるっ、つるまるさっ、のそばは、ひっく、どきどきするからやだ。はなれるのは、いたいから、やだっ。でも、でもっ、つるまるさんが、っく、だれかの、ものになるのも、つるまるさんのものになれないのも、やだ、もっとやだ!」
 

 いやなんだもんー!と握った袂をぶらぶらと揺らして、燭台切はびえんと泣き声を強めた。いつもの格好良さは欠片もない。
 反応しない鶴丸に焦れたのか、燭台切が鶴丸へと両手を伸ばし、そのまま抱きつく。大倶利伽羅が座っているのと反対側の右膝に腰を下ろし、既に大倶利伽羅が腕を絡めている細い首に、燭台切も上から手を添える。
 そして鶴丸の耳元に唇を寄せて、ねぇ、おねがい。あなたのものにしてほしい、だめ?と濡れた声で囁きを繰り返す。

 

「い、いかん!誰かあいつの口を塞げ!」
 

 長谷部が声を飛ばす。もはや、鶴丸の顔はトマトのように赤かった。このままでは血管破裂で死ぬと言われてもおかしくないくらいに。
 宗三が手の甲で、ぐいと唇を拭って素早く立ち上がった。憤死寸前の鶴丸を救うべく燭台切の元に近寄り、首元に手刀を下ろす。

 

「うっ!」
 

 一つ呻き声をあげて、燭台切は鶴丸の肩にくったりともたれ掛かった。気絶しているようだ。
 

「黙らせましたよ」
「むちゃくちゃだな、お前」
「いいじゃねぇか、鶴丸さんの命を救うためだ。格好良かったぜ、宗三。って、おい、鶴丸さん、大丈夫か?」

 

 どや顔を寄越す宗三に、長谷部が突っ込みを入れれば、薬研は親指を立てて宗三を称賛する。顔の赤みがまだ引かない鶴丸はぎこちなく頷いた。
 

「お、驚いた。まさか、燭台切が」
 

 戸惑う鶴丸の声に織田三人がうんうんと頷く。鶴丸を苦手だと言っていた燭台切が、まさか鶴丸に対して懸想していたとは。刀が刀を好きになるなど、見たことも聞いたこともなかったので俄には信じられないが、こうも熱烈な告白を見せられてはそう思うしかなかった。
 

「まさか、燭台切がこんなに酒癖が悪いとは・・・・・・」
「は?」 
「はい?」
「はぁ?」
「あんまり、酒を飲まさない方がいいんじゃないか。誰彼に絡んでいたら勘違いするやつも出てくるぞ」

 

 心配だよな。なぁ、倶利坊?と燭台切と反対側の大倶利伽羅に話しかけている。大倶利伽羅は泣きつかれたのか、上と下の瞼が出会いと別れを繰り返している。長谷部が心配した通り目元が真っ赤だった。
 ビンゴだぜ!という獅子王の声が聞こえる。あれだけあった景品も残り二つになったらしい。未だビンゴをとれていない者達が声をあげる。

 

「嘘だろ・・・・・・」
 

 信じられないと薬研が呟いた。燭台切は確かに駄々を捏ねるタイプの泣き上戸の様ではあったようだが、あんなにはっきりと、いやだとほしいを繰り返したのは鶴丸に対してのみだ。それなのに、鶴丸のこの発言。薬研が愕然と呟くのも無理はない。
 

「いやぁ、人妻の色気ってのは、すごいな。俺には刺激が強すぎる」
 

 まだ顔の赤みが完全に引いていない鶴丸はそのまま照れた表情を浮かべた。
 

「しっかし、織田ではふわふわ笑ってたあの子が人妻か。刃生ってのは、本当何があるか分からないもんだ」
 

 鶴丸の言葉に、先程とは違う意味で三人は目を丸くする。
 

「織田?いたか?」
「わかんねぇな。なんかきらびやかな集団がいた気がするが、そこに燭台切がいたかと聞かれると・・・・・・」
「いたとしても号をもらう前でしょう。今みたいにしっかりとした意識はなかったはずです。存在すら曖昧な付喪神をあの中から認識しろ、というのも中々難しいんじゃないですかね?よほど見つめ続けていなければ」
「そう、だよな」

 

 長谷部は自分だけ覚えてないのかと思ったが、どうやら二人も同じだったようだ。
 そういえば、さっき宗三と薬研が酒を飲ませていた時、燭台切は二人を様付けで呼んだ。それがとても自然だったのを思い出した二人が燭台切は確かに織田にいたのかもしれないと結論つけた。
 そんな曖昧な三人に、あの中で一等美しくて、一等愛らしかった子を見逃していたなんて、君たち可哀想だなと鶴丸から本気で哀れみに目が送られる。そんな目で見られても怒りよりもその当時の燭台切を見たかったという好奇心の方が勝る。織田三人にとって燭台切は少女漫画に登場するようなスーパーダーリンにしか見えない。織田三人の中での壁ドンが似合う刀剣男士ランキングで常時一位なのだ。ちなみに二位は意見が分かれているが今は関係のない話である。

 

「可愛がっていた子が再会した時にはもう人妻だった時の、俺の気持ちがわかるかい?どう接すればいいかわからないのも仕方ないだろ。出来ることなら俺が君を娶りたかったと言うこともできないし」
 

 薬研が「あー。新しい章で、好きだったキャラが恋人持ちになってたあの時の気持ちかぁ」と遠い目をする。ちゃんと鶴丸に聞こえないように声を抑えていたので長谷部はあえて注意をしなかった。
 しかし今、鶴丸は娶ると言わなかっただろうか。それはつまり、人間同士の結婚というやつを刀同士で考えていたということだ。燭台切を人妻と言うのは逸話からの冗談かと思いきや、本気で言っているようだ。これはむしろ、燭台切より鶴丸の方がずっと燭台切を好きなのでは、と三人が気づく。

 

「まぁ、どうせ燭台切は俺を覚えてないみたいだし。それどころか嫌われてるみたいだけどな!」
 

 にぱー!と鶴丸が笑う。その明るい笑顔はいつもの鶴丸らしい笑顔だったが、話の内容を聞いてしまえば若干ヤケクソ気味に

見えないこともなかった。
 咄嗟の言葉に詰まる三人を気にした様子もなく、鶴丸は笑顔を弱めて独り言のように言葉を続けた。

 

「だが嫁いだ後のことを考えれば、今こうしていることも過ぎた幸せだとわかってはいるんだ」
 

 その言葉が長谷部の胸を叩いた。燭台切を思う鶴丸の気持ちが長谷部にはよくわかった。

 

 顕現当時の長谷部の心の内といえば、今とは比べ物にならない。
 現在は趣味で結ばれていることもあって仲のいい織田組だが、最初はそうではなかった。先に顕現していた宗三と薬研に対して長谷部が距離を取っていたからである。理由は、戸惑いそして妬みだ。前の主の最期を見ることが出来た二人に対しての妬み。それを二人に言ってしまうのはお門違いだと分かっている。だから長谷部は二人と距離をとるしかなかった。薬研に話しかけられても、宗三に見つめられても長谷部は何も返さなかった。それが自分達の最良の距離感だと思っていたからだ。
 二人の視線を振りきる様に仕事に没頭する長谷部を二人は見守り続けた。それこそずっとだ。長谷部が徹夜をすれば、必ずどちらかが様子を見に来たし、長谷部が手入れ部屋に入ればその代役を果たした。それでも何も言わない長谷部を気にすることもなく二人は長谷部を見守り続けたのである。
 ある日出陣で三人が同じ部隊に配属された。出陣先はあの日の本能寺だった。
 そこで長谷部は見た。燃え上がる本能寺を。自分に名をつけたただ一人の主、そして長谷部の横で身を寄せて燃え上がる炎を見つめる二振りの、本体である刀が燃えていくのを。
 手を伸ばしそうになった。今の主である審神者を敬愛しているのは長谷部にとって間違いなく事実ではあったが、目の前で果てそうになる、大切な者を助けたいと意志とは別のモノが叫んだのだ。
 伸ばそうとしたその時、長谷部の両手に触れる手があった。長谷部の両手を優しく握ったのは、まさに本体が燃えている最中の、薬研と宗三だった。

 

「なあ、俺っち、辛くないぜ。これがあったから、こうして今あんた達の手を握れる」
「ええ、この過去が僕達に強い意志を与え、こうして体を与えているのなら、燃えてしまうのも悪くありません」

 

 長谷部の左手を握る薬研の手は、人の体に与えられている温かさを失ってしまったのかという程冷たかった。長谷部の右手を握る宗三の手は、痛みや苦しみに耐える様に震えていた。
 二人に手を握られ燃え盛る本能寺を見上げながら、長谷部は涙が止まらなかった。羨ましかったからじゃない、妬ましかったからじゃない。二人の痛みと優しさに、こうして三人が再び会うことが出来ている奇跡に涙したのだった。

 

 肉体を得て、生きていられるのは戦いの間だけで、全て終わればどうなるのか分からない。本体が存在しない刀達がどうなるのかそれすらも。覚めれば消える夢と大差ないと言ってしまえばそれまでだ。
 だけど。泡沫の夢の様な今だけれども、奇跡なのは間違いない。それを知ってしまえば、宗三と薬研を妬んだり嫌ったりすることなどは長谷部にはできなかった。そして結局今のような関係に落ち着いたのだった。
 そう、奇跡。腕に燭台切と大倶利伽羅を抱いて、今を「過ぎた幸せ」と言い切った鶴丸もそれを知っている。だから、鶴丸は本丸の仲間のことに対して一生懸命なのだ。奇跡を、夢を大切に胸にしまうように日常を噛み締めている。
 だから鶴丸は嫌われていると思っていても燭台切を愛おしく思うことをやめられない。焼刀となった燭台切。その彼と再び巡り合い、共にいられるだけで幸せなのだから。
 長谷部には鶴丸の気持ちが痛い程わかった。薬研と宗三を見れば二人も鶴丸の言葉を胸に刻んでいるようだった。少しだけ視界が滲むのを長谷部は畳を拭いていた布で隠すように拭き取った。ばっちいぞと笑う薬研は一期と同じような顔をしていて、まったく。と言ってちり紙を寄越す宗三は江雪と同じ穏やかさを見せた。兄弟なんだなあ、とどうでもいいことを考えることで、涙腺を落ち着かせた。

 しんみりとしてしまった雰囲気の中、舞台の方ではビンゴの全ての景品がなくなったらしい。最後の景品を手にした前田が、ビンゴ担当の蜻蛉切にコメントを求められている。景品の中身は『主との現代お出かけ券』で、どこでも好きな所に連れていってもらえるというものだった。前田が「主君!嬉しいです!ありがとうございます!」と照れたような笑みを浮かべている。
 

「おおっと、みんな席に帰ってきてしまうな。宗三、すまないが羽織を脱ぐのを手伝ってくれないかい?長谷部は上着を貸してくれ」
 

 雰囲気を払拭するようにわざとらしくおどけた鶴丸が声を上げる。
 

「いいが、何をする?」
 

 うとうとしている大倶利伽羅の背中から一瞬手を離し、その間に宗三が鶴丸の羽織の腕を抜く。そして反対側も同じようにして羽織を脱いだ。長谷部が、ジャケットを脱ぎながら聞けば、羽織を脱いで身軽になった鶴丸が答えた。
 

「この子らの、こんな姿。皆には見せられんだろう。この二人は矜持が高いからなぁ。自分の弱いところを他人に見せるのは、耐えられないんじゃないかと思ってな。ちょっと顔を隠すだけだ」
 

 鶴丸のこういう気遣いが、本丸の皆を優しくしているということを知っている三人は素直に従うことにした。
 

「う、うう・・・・・・?」
「お、燭台切が気づいたみたいだな」

 

 宗三の手刀は手加減されていたものなので燭台切は気がついたようだ。もっとも酔いは覚めていないらしく、とろんとした瞳

で鶴丸の側から見える景色を不思議そうに見ている。
 

「あつい、・・・・・・ここ、どこ?ぼく、どこにいるの?ここは、あつくていやだ、・・・・・・かえらなきゃ、どこかにかえらなきゃ。ぼくは、・・・・・・どこにかえればいいの、」
 

 かえらなきゃと、どこに、を繰り返し始める燭台切は迷子の幼子だ。先程いやだと泣いていた時よりもずっと、幼くて不確かな存在に見える。
 

「ほら、大丈夫だ。大倶利伽羅と俺の居る場所が、君の帰る場所だぞ。君の帰る場所は、ここだ。・・・・・・もう、何処にもいかなくていい」
 

俺達は、君とここにいる、光忠。
 

 そう囁いた鶴丸は、燭台切の肩を抱いていた手にぐっと力を入れて、自身にその幼子を密着させた。泣いていた時や囁かれていた時はあんなに取り乱していた鶴丸は、この曖昧な燭台切に対しては何も動じなかった。
 

「・・・・・・くりちゃん?」
 

 大倶利伽羅の名前を呟いて、燭台切は辺りを見回すのをやめた。安心したように、鶴丸の肩へぽすりと左耳をつけてもたれ掛かる。鶴丸を挟んだ向こう側で向かい合っている大倶利伽羅を見つめて微笑んだ。
 

「くりちゃんだぁ、」
「宗三、俺の羽織を光忠にかけてくれ」
「わかりました」

 

 嬉しそうな笑みを浮かべた燭台切を、優しく見てから鶴丸が言った。そして、長谷部にも赤いジャケットを大倶利伽羅にかけてくれと頼む。
 織田にいたと聞いたせいか、はたまた幼子のような姿を見たせいか、小夜に布団をかける時のような感覚を覚えながら、宗三はにこにこと微笑む燭台切の肩に羽織かけ、フードを頭から被せようとする。

 

「ぼくのかえるばしょは、くりちゃん」
 

 嬉しそうに燭台切が笑っている。その笑顔によかったですねと口に出すと、燭台切の唇が声を出さず名前を形どった。
 

ありがとう、くにながさま。
「だぁいすき」

 

 宗三だけが気づいたその名前。宗三だけに届いたその言葉。そして、全てを物語る様なふわりと花開くような微笑み。それは燭台切の中に眠っている記憶と気持ちだった。
 それを目撃した宗三は目を見開いたが、一瞬の後フッと笑って頭からフードをかけた。今ここで鶴丸に言うことではないだろうと判断したのだ。

 

「どうした?宗三」
「何でもありませんよ」

 

 鶴丸は長谷部と共に大倶利伽羅に声をかけている最中だ。
 

「大丈夫か、倶利伽羅」
「んぅ・・・・・・ずんだ・・・・・・いくな・・・・・・」
「はは、かわいい。おーい倶利坊、立てるか。部屋に行こうなー」
「鶴丸、やはり俺も手伝おう」
「ああ、大丈夫だ。若いもの二人くらい軽い軽い。あんまり大がかりになるとみんなにばれちゃうしな」

 

 どっこいせと二人を抱えて鶴丸が立ち上がる。座っている時は重そうだったが、立ち上がれば立ち上がったで大変そうだ。
 頭から羽織のフードとジャケットを被っている二人はなんとか、立っている。視界がほぼゼロだが、視界が開けていたとしても酔っぱらっているので意味はないだろう。

 

「宴の途中にすまんが俺達は部屋に戻る。この調子だと明日は二人とも、一日中ダウンしてそうだ。俺が介抱するぜ。二人は嫌がるだろうが、かといって他の奴にも頼めないだろうしな」
「大変じゃないか鶴丸」
「俺っち達も協力するぜ?」
「まあ、俺が世話したいってのが本音さ。介抱って言ったって水飲ましたりするぐらいだ、俺もたまには部屋で大人しく過ごしたいしな」

 

 鶴丸の言葉に織田三人がハッと顔を見合わせる。一日でもいいから鶴丸を部屋で大人しくさせる。その当初の目的を思い出したのだ。
 そんな三人を気にすることもなく、左右それぞれに紅白の翼をもった鳥は、大広間をゆっくり静かに出て行こうとする。蜻蛉切がビンゴの締めをしている最中だったが、鶴丸に気づいた秋田と平野が鶴丸に近寄る。

 

「鶴丸さん?どうしたんですか?」
「そのお二方は・・・・・・?ご気分でも悪いのでしょうか?」
「ちょいと飲み過ぎたみたいでな。部屋に連れていくだけさ。君達は宴を楽しんでくれ。最後の催しも始まりそうだしな」

 

 鶴丸の軽い言い草に本当に大丈夫そうだと判断した二人がお言葉に甘えて、と頭をぺこりと下げて兄弟たちの元へ帰っていく。
 

「ほい、じゃあ行くぞ君達。ゆっくりでいいからなー」
 

 鶴丸にもたれかかったままの、双竜に鶴丸は声をかけて、今度こそ大広間から出ていった。取り残された三人は、周りにはまだ誰も帰ってきていないというのにひそひそと顔を寄せ合う。
 

「つまり、なんだ。結局あの二人は両想いというやつなのか」
「そう見て間違いねぇんじゃないかな」
「いいですね。僕、わくわくしてきましたよ!どういうアクション起こせばいいですか?取り合えず、燭台切の前で鶴丸に告白でもしましょうか?」
「「それはやめとけ」」

 

 宗三が冗談で言っているのはわかるが、うっかりその冗談に乗ってしまえば行動に移してしまうだろうこともわかる二人は揃えてストップをかける。
 燭台切の気持ちを知っている宗三からすれば、そのショックから燭台切が素面の状態でも昔の事を思い出すのではないかという目論見だった。しかし、泥沼になったらそれはそれで楽しそうだなーと思っていたのも事実なので二人の異に素直に従う。

 

「でも、確かに。二人の気持ちを知っちまったんだからどうにかしてやりたいとは思うよな。せめて、燭台切が鶴丸さんを嫌っているっていう誤解だけでも解いてやりてぇ」
「そうですね。酔っぱらっている時は別として、素面の燭台切自身も鶴丸への気持ちがどういうものなのかわかってないみたいですから、そこも教えてあげたいですね」

 

 すっかり二人のキューピットになる気満々の薬研と宗三に、長谷部が難しい顔を浮かべて手で制す。
 

「ちょっと待て二人とも、俺は反対だ」
 

 おや?と薬研と宗三が首を傾げて、一瞬の間の後、ああと納得したように頷いた。
 

「悪かったな、長谷部。まさかあんたも鶴丸さんに懸想していたとは。俺っち気づいてやれなかった」
「違いますよ、薬研。長谷部が好きなのは燭台切の方です。長谷部も人妻好きなんですよ。きっと」
「違う!どっちも違うからな!」

 

 くわっと目を見開いて必死に否定する長谷部の顔には本気の焦りが見えている。ごほんと咳払いを挟んで長谷部は口を開いた。
 

「こういうのは、きっと周りが言ったってダメなんだ。本人が自分で気づかなければ」
 

 自分の気持ちも、自分が思う他人の気持ちも、誰かが教えてくれるものではないと、かつての自分を思い出しながら長谷部は語る。
 お前はあいつが好きなんだ、あいつはお前が好きなんだと織田三人があの二人に伝えたとして、それに一体何の意味があると言うのだろう。

 

「俺はあの二人には何もすべきじゃないと思う。いつか、お互いの口からきちんと想いを伝え合う日まで」
 

お前達が、俺が気づくまで見守っていてくれていた様に。
 

 長谷部が静かに、優しく笑う。二人を見守ろう、そしてその日がきたら祝福しよう。薬研と宗三の二人を交互に見据えた。
 

「っ!薬研!聞きましたか!?見ましたか!?あの長谷部が、人の心配も、配慮も何もわからなかったあの長谷部が、二人の為に、二人を見守ろうって!ああ、僕今酔っぱらってるんですかね?」
「ああ、聞いたぜ、見たぜ!やっぱり漫画やアニメがよかったんだ!俺達の情操教育は間違ってなかったんだぜ、宗三!」
「日本のサブカルチャー最高すぎますね!」
「それな!」
「おい!肝心のダンス忘れてるぞ!あと、俺を仲間外れにするな!お前らは二人で遊ぶために、いつも俺をからかうんだからな!」

 

 ぷんすこぷんすこと怒る長谷部を両端から二人がぴとりとくっつく。
 

「怒るなよ、長谷部。あんたの好きなアニメ一緒に見るか?」
「漫画朗読してほしいんでしょう?仕方ありませんね。千の仮面を持つ僕が、全力で読んであげます」
「・・・・・・ゲームがいい。レースのやつ」

 

 ぶぅたれたまま呟く長谷部がおかしくて両端二人はくすくすと声を立てる。そのうち長谷部も釣られて笑ってしまった。
 

「さて、すっかり忘れていたが、鶴丸は明日二人の介抱の為部屋で一日を過ごすらしい」
「それが休んでいることになるかは置いといて、いつもよりは静かに過ごすだろうな」
「三日月の言う通りになったってことですね」
「つまり、俺達はミッションをクリアしたということだ!」

 

 ちょろいな!ちょろいぜ!ちょろ甘ですね!と三人が喜んでいるところに、五虎退が席に戻ってきた。いるはずの大倶利伽羅ではなく、テンション高い織田三人が居座っていることに驚いている。
 

「あ、あれ?大倶利伽羅さんはどうしたんですか?」
「ん?ああ、あいつは部屋に戻ったぞ。ちょっと酔いが回ったらしくてな」
「そ、そうですか。」
「お、五虎退。お前も景品もらったのか、よかったな!」
「うん!」

 

 景品を両手で持って笑う五虎退は大変可愛らしい。上機嫌の織田組も釣られてへらりと笑う。
 

「ごこー!こっちこいよ!そこ舞台遠いから見にくいだろー?」
 

 舞台の前の方から愛染が声を飛ばして来た。本丸初期からずっと一緒の二人はとても仲がよい。
 

「うん!今いきまーす!兄さん達も前に行きませんか?ここは、誰も戻ってこなそうで寂しいし。それに、もうすぐ最後の催しが始まりますよ!」
「ああ、もうそんな時間ですか」

 

 それならば、と織田組が腰を上げる。皆が集まっている前の方に落ち着けば、見計らったように舞台に狐が現れた。鳴狐のお供ではない、こんのすけだ。

 

「皆様、お待たせいたしました。それでは、恒例の最後の催し。今回の宴の上演会を始めます」
 

 待ってましたー!と間延びした声で蛍丸が叫んだ。それに続いて周りもやんややんやと声をあげる。
 宴の最後の催し。それは宴の様子をこんのすけが録画をして、リアルタイムで編集をした映像を流すといったものだ。流した映像はその後DVDに焼かれ、一人一人に配られる。皆の大事な思い出だ。この催しを皆でわいわいと騒ぎながら、今回の宴も楽しかったと言い合うのはとても好評で、審神者も「結婚式の時もこういうのあるよね、すごく楽しくて好き」とお気に入りである。

 

 早速映像が始まった、『本丸大宴会』の文字と共に音楽が流れる。まず映ったのは最近顕現した、物吉と後藤だ。今回初めての大きな宴と言うことで開会の挨拶を任された。緊張した顔の二人が、不安を分け合うように手をぎゅっと握って挨拶している様は何度見ても可愛らしいと刀達が口を開く。当の二人は何故自分達が大画面で映っているのか、そして何故ぎゅっと手を握っていたのかがわからず、審神者の両隣で混乱の表情を浮かべている。その様がまた、和やかな笑いを誘った。
 出し物のダイジェストと大広間の様子が交互に流れていく。長谷部のダンスが映った時隣の二人から、格好良かったと褒め言葉をもらって長谷部は照れ臭かった。三日月と石切丸のムーンウォークもどきもばっちり映っていて鶯丸と青江をまたもや笑いの海へと轟沈させていく。鳴狐の寄席の映像が流れた時、案の定宗三が「あとで映像データもらうことにしましょう」と呟いて、長谷部は笑ってしまった。
 今度は厨の映像が流れる、今回中心となって動いていたのは堀川兄弟だ。料理や準備の為に世話しなく動いている。味見と称して、堀川と山伏から食べ物を「あーん」と与えられている山姥切が出ると、顔を赤くした山姥切が「やめろ!写しの俺を映すな!」と叫んだ。しかし既に流れているものを止めることは出来ない。山姥切が照れているだけと言うことはわかっているので皆は楽しそうに笑っている。
 その後、歌仙が動いている姿も流れる。こんのすけは裏方のメンバーもこうして必ず撮ってくれる。どういう方法で録画しているかわからないが、宴の隅から隅までを映しているらしい。どんなメンバーも映らない事がない。こういったところも好評だ。『厨のみなさま本日はお疲れさまでした』という文字が現れれば、あちこちから「ありがとー!」「美味しかったよー!」と声があがる。堀川兄弟も歌仙も嬉しそうだった。
 そういえば燭台切も厨組のはずだったがと、長谷部が不思議に思っていると、また別の映像が流れる。ビンゴ大会の様子だ。当たった人物が次々と流れていく。嬉しそうな前田と、締めの蜻蛉切の挨拶が流れた。大体の出し物は粗方流れたようだ、今回の宴もそろそろ閉幕か、と長谷部だけではなく、そこにいた誰もがそう思った。
 すると、別の映像が流れる。何かおろおろしている長谷部とふるふると震えている大倶利伽羅だ。

 

「んっ!?」
 

 長谷部が声を上げる。
 遠くの舞台でビンゴが始まっているようだ。つまり、これは。

 

『どこにいってたんだ、さみしかった』
 

 涙声の大倶利伽羅の声が大広間に響く。映像は、大倶利伽羅が鶴丸の肩に額を擦り付けているところだ。
 

「お、おい。こりゃ、やばくねぇか?」
「長谷部!呆けてないで、行きますよ!」

 

 宗三が長谷部の腕を持って立ち上がらせようとする。あまりに突然のことでぼうっと見ていた長谷部が、そうだな、と正気を取り戻した。こんのすけに言ってこの映像を止めなければ、そう思った時。
 

『ぼく、っく、つるまるさっが、ほし、っい。あなたの、ものにっなりた、いっ、』
 

 涙に濡れた顔で鶴丸に向かって告白をしている燭台切が流れた。映像の中の宗三と同じく、大広間の何ヵ所からぶぅっと何かを吹き出す音がする。
 しかし映像は、考える時間を与えず畳み込んでいく

 

『出来ることなら俺が君を娶りたかった』
 

 鶴丸の声が響く。
 頭から白い羽織を被った燭台切が鶴丸にもたれ掛かっている姿とそれを支える鶴丸の姿が映った。隣には大倶利伽羅がいたはずだが、絶妙なアングルのせいで画面には写っていない。まるで二人が仲睦まじく寄り添っているようなそんな映像。その場面に突如曲が流れる。エンダァァァ!と二人を祝福する曲だ。宴の会場に何処からともなく紙吹雪と花弁とライスシャワーが降ってくる。それでも刀の誰一人騒ぐことなく、皆食い入るように画面を見つめている。
 宴会会場を去っていく鶴丸の後ろ姿を障子が隠しきった時、映像に字幕が現れた。

 

**HAPPY WEDDING**~ご結婚おめでとうございます!~
 

 カラフルな文字が現れ、そして余韻を残すように映像と共に消えていった。
 

「皆様、如何でしたでしょうか?いや~まさか、我が本丸に永い時を得て想いを成就された方がいらっしゃるとは!こんのすけも感動いたしました!今回の映像はお二方の結婚お祝い仕様とさせていただきました。DVDは明日お配りしますね!」
 

 それでは、主様、最後のお言葉をどうぞ!という言葉を残してこんのすけは去っていった。こんのすけは好意でやったことだ。自分が爆弾を落としていったことなど気づいていない。
 沈黙が包んだ。みんなは何も写っていないスクリーンを未だ見つめていた。

 

「え、」


「「「ええええええええ!!!???」」」

 その場にいた44振り+お供と1人の声が響いた。

 

 


「はっはっはっ!まさかこんなことになるとは!はっはっはっ!!」
「まぁ、待て、大包平。これは何かの間違いだ。早まるな。待てと言っているだろう。落ち着け大包平、大包平ー!!」
「これは、どういうことですかな!?いつものサプライズとやらで!?ああ、ほら、皆落ち着きなさい!」
「へぇー結婚かい!なら祝い酒が沢山飲めるねー!嬉しい酒はいつも以上に進むってもんさ!」
「結婚・・・・・・ですか・・・・・・。なんという・・・・・・和睦・・・・・・。素晴らしい・・・・・・」
「結婚か、記憶がないだけで、俺もしていたのだろうか・・・・・・」
「してないんじゃないかなぁ、だって俺達刀だもん。普通してないって!」
「なぁ、どういうことかわかる?」
「うーん。よくわからないけど、幸運が運ばれてきたってことですかね?」
「つーかさぁ。肝心の伊達3人組いなくない?」

「みんな静粛に!!!」

 

 がやがやと喜色ばむ大広間に審神者の凛とした声が響いた。いつにない真剣そうな声色に、刀達が一斉に口を噤む。
 静かになった空間で舞台にただ一人審神者が立っている。視線を注いでくる刀達一人一人を見返すように大広間全体を見渡して口を開いた。

 

「サプライズウェディングパーティの決行をここに宣言します!皆の衆、よろしいか!異論の有るものは引っ立てい!」
「「「ありませーん!!!」」」
「よろしい、ならば結婚だ!パーティを!一心不乱のサプライズパーティを!刀達よ、立て!喜びを驚きに変えて立てよ刀達!審神者は諸君らの力を欲しているのだ!」
「主、後半少佐と総帥がごっちゃになってます!」
「こまけぇこたぁ良いんだよへしちゃん!!」

 

 審神者が大分興奮した様子で両手をばたばたとさせている。結婚だよ!?結婚!!月の光に導かれて結婚!何度も巡り合う結婚!と鼻息を荒くしている姿に、これは止めても無駄だろうなと長谷部は悟った。
 

「なぁ、見守るんじゃなかったのか」
「外堀、完全に埋まっちゃいましたけどどうするんですか、これ」
「落ち着け、こんな時は魔法の呪文を唱えるんだ。俺たちだけに、許される魔法の呪文」
「『絶対、大丈夫だよ』ですか?」
「違う!それは無敵の呪文だ」
「宗三、たぶんあれだ」
「ああ、あれですか」

 

「「「是非もなし!!!」」」

 是非もなし。本能寺でそれを言った織田組の前の主の、その時の心境は本人にしか分からないだろう。けれどその言葉を言った織田三人のその心境は、お互い口に出さずとも共通していると三人にはわかっていた。
 是非もなし。ぶっちゃけ、こうなっちゃったものは仕方ないよね!!そういう心境である。
 どんなに混乱していても、この言葉を呟けばあら不思議、三人の心はとても穏やかになるのだ。仕方ないことは仕方ない。今の状況を嘆くより順応していかなければと心を切り替えらせてくれる、織田組だけに許される魔法の言葉だ。
 魔法の言葉を唱えた三人は顔を見合わせてこくりと頷いた。

 

「こうなれば全力で幸せにしてやろうじゃないか!今以上の幸せがあることをあいつに教えてやる!!」
「ああ!見せてもらうぜ、二人の石破ラブラブ天驚拳を!」
「ふふ、たまには血みどろじゃない幸せな結婚式もいいでしょう」

 

 そして舞台上の審神者へと顔を向ける。
 

「主ー!てんとう虫のサンバとやらは長谷部にお任せください!本場のサンバよりもすごいサンバをご覧に入れます!」
「大将!ウェディングボードは俺っちと宗三に任せてくれな!」
「昼ドラで嫌と言う程人間の結婚を見てきましたからね、言ってしまえば僕、その道のプロですから。安心して任せてもいいんですよ?」

 

 今回の結婚式のプロデュースは織田組に任せてくれと三人の主張を皮切りに他の刀達もやんややんやと騒ぎ始める。

 

「オッケー!とりあえずやりたいこと全部入れちゃおー!明日から早速準備に取り掛かるからねー!教会の鐘鳴らせー!Let’s Party ya-ha-!!!!」
「「「yeah-!!」」」

「なんだあ?今日は随分と騒がしいな」


 水差しを傾けながら、あまりの騒がしさに鶴丸は顔を上げる。
 宴の次の日、本丸はいつもよりひっそりとしているのが常だ。何故なら、二日酔いで苦しむ者が多く、二日酔いでない者も極力音を出さないように気を付けるからだ。
 それだというのに今日は廊下をばたばたと走り回る音、声を張り上げる者ばかりだ。昨日は酔った者がそんなに多くなかったということだろうか、と鶴丸は首を傾げる。

 

「う゛う・・・・・・」
「あ、たま、いたい」

 

 しかし音がする度に苦しむ者が少なくとも二人、ここにはいるのだ。少しは考えてもらいたいもんだと溜め息を吐き出した。コップの中身が水で満たされたのを確認して、横たわる体に手を添える。
 

「ほら、水だ、飲めるか?」
「・・・・・・」
「燭台切、頭痛いんだろ?俺から飲まされるのは我慢ならないだろうが、飲まないと駄目だ」

 

 大倶利伽羅はちゃんと飲んだぞと付け加えれば、仰向けに寝ていた燭台切がもぞ、と動いた。
 

「体、起こすぞ」
 

 宣言して背中に手を差し入れる。力を入れれば燭台切が苦しそうにしながらも体を起こした。
 

「ほい。飲みな」
 

 口元に持って行ったコップを燭台切は首を背けることで遠ざけて、黙って手で受け取る。渡したのが鶴丸以外だったら燭台切は「ありがとう」って笑って受け取るのだろうが、鶴丸相手ではそれもなかった。
 嫌われてるなあ、俺。鶴丸は心でそう零す。燭台切に避けられているのは顕現当時から分っていた。視線を感じて振り返っても目も合わず、廊下ですれ違いそうになっても、必ず燭台切が途中の部屋に滑り込むか、庭へと降りる。裸足であっても雨の日であってもお構いなくだ。
 昔は「くにながさま」と言ってあれだけ懐いていたのに、「くにながさまだぁいすき」と鶴丸の頬に唇を寄せてくれていたのに、燭台切はその時の事を覚えていないどころか、顕現したての鶴丸をこれでもかと言う程に嫌っていた。そのことに落ち込まないはずもない。

 しかし――
 コップに口をつけてくぴりくぴりと喉仏を上下させる姿を鶴丸は盗み見る。
 ただコップで水を飲んでいるだけなのに何故か色香を感じて、さっと視線を逸らした。頬が熱い。昨日の酔った燭台切を思い出したのだ。
 凄まじい色香だった。潤んだ瞳、染まった頬、密着した体、濡れた声。もしも左手に大倶利伽羅を抱いてなければ両腕で抱きしめていたかもしれない。あれこそが、人妻の色香。
 燭台切に嫌われるのは悲しい。けれど避けられてホッとしているのは事実だった。
 鶴丸自身も燭台切にどう接すればいいか分からなかった。燭台切が全てを覚えていて、鶴丸を避けることがなくても、鶴丸は他の刀と同じようには燭台切に接せなかっただろう。

「やあ光忠!久方ぶりだな!俺の知らぬ間に嫁いだって話じゃないか!君が居なくなった伊達で、嫁いだ君に想いを馳せていた間俺は気が狂いそうだったんだぜ!大倶利伽羅がいなけりゃそうなってたかもしれん。俺だって君を貰えるなら貰いたかったのにな!」と笑って言えるわけもない。何百年も想い続けた気持ちだ、そんな風に相手に押し付けられる程軽くはなかった。
 だから、燭台切が鶴丸を嫌って、避けてくれるこの状況は鶴丸にとっても好都合なのだ。視線も合わず、すれ違いもせず。言葉も体も触れないこの距離こそが二人の最良の距離。
 遠くから見守るだけでいい。全てを忘れても、帰る場所が自分の腕の中でなくても。本当は蒸し焼き状態のまま箱の中で眠っている筈の燭台切が、元気に笑ってる姿を見るだけで、いいのだ。
 こうして、燭台切がここにいる。鶴丸はそれだけで幸せだ。それこそが幸せだ。

「・・・・・・ふぅ」
 

コップの水を飲み切った燭台切が小さく息をつく。それに気づいた鶴丸はコップを受け取ろうと手を差し出した。
 

「ん」
 

 一向に渡さない燭台切に催促の声を出す。燭台切はそれでもコップを渡そうとしない。
 

「しょーくだーいきーり」
 

 大倶利伽羅の頭に響かないように小さく囁く。数秒の沈黙の後、燭台切がもごもごと口を動かした。何か言っているようだが小さすぎて鶴丸は聞き取れない。
 

「なんだって?」
 

 耳を近づければようやく言葉らしい言葉が聞こえてきた。
 

「つつ、つる、まるさん。っそ、その、あ、あ、・・・・・・ありがと、ぅ」
「へ」

 

 固まる鶴丸の手にそのままコップを押し付けて燭台切は再び布団に横になった。そしてそのままがばっと勢いよく頭から布団をかぶる。身長が高いため、頭から被ることによって足りなくなった布団から長い素足がはみ出ている。その足をぽかんと見つめた。
 じわじわと脳の中に燭台切の言葉が浸りきった後、鶴丸は不覚にも泣きそうになった。名前を呼ばれた、ありがとうと言われた。ただそれだけだ。生真面目な燭台切だから、嫌いな相手に渋々お礼を言ったのだとしても、鶴丸にとってはとても嬉しかった。
 燭台切だけがここに居るわけではない。燭台切と鶴丸が共にここに居るのだと、そう燭台切自身に認めてもらえた気がしたのだ。

 

「あー」
 

 掠れた囁きは燭台切の耳に届いてしまっただろうか。鼻をぐずぐず鳴らした音が聞こえるよりはよっぽどましだと開き直るしかない。
 

「どう、いたしまして」
 

 結局すんと、鼻を鳴らしてしまった。ごほんと咳をして誤魔化す。
 

ああ、本当に、過ぎた幸せだ。
 

 今度は「くになが、みず・・・・・・」と催促してきた大倶利伽羅に、笑いながら水差しを手にしながら鶴丸は、心の中でそう噛み締めた。
 

「そういや、今日はDVD配られないんだな。いつも次の日には配られるはずなのに」
 

 ふとそんな疑問が浮かぶ。宴そのものの映像ももちろん楽しみだが、DVDは燭台切を眺めるのに最適で鶴丸は毎回楽しみにしているのだ。
 

「まあいいか。どうせ近い内には配られるだろう。ほい倶利坊、水だ。なんなら口移しで飲ましてやろうか」
「やめろ」

 

織田三人の計画通り鶴丸はこの日を部屋の中で大人しく過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、鶴丸の手にDVDが届いたのはその日の一週間後だった。けれど現在からは大分遡ることになる
 織田三人手描きの白と黒の人物が載っている、重厚感溢れる豪華なパッケージにDVD二枚組。まるで売り物の様にビニールに包まれていた、それ。一枚は宴会の様子を撮影した例のDVD。
 そしてもう一枚は、何が起こっているのか分からない様子の白いタキシードの鶴丸と、混乱極めていて半泣き状態の白無垢姿の燭台切が映っている所から始まる二人の挙式のDVD。

 この時期になるといつもこれが見たくなるのだと、映像の中の人物と同一だとは思えない二人は仲睦まじそうに笑って言うのだ。二人それぞれに渡したはずなのに片方しか開封されていない、その豪華なDVDを手に、織田組三人を訪ねて「あの時はありがとう」という感謝の言葉と共に。

 織田組はそれに毎年律儀な事だと苦笑いする。三人が二人の挙式の準備に奔走したのは数年前の話だ。式を挙げた後に一悶着どころか何悶着もあったわけだから、結局二人の関係が今日まで続いているのは二人の努力の結果なのだ。けれど二人はこうして毎年DVDと大倶利伽羅を片手に織田組の部屋を訪れ、感謝を述べる。
 そして決まって、「俺はもういい、あんた達は勝手に見ればいいだろ!もう何回見たと思ってるんだ!」と引き摺られていく大倶利伽羅の声を聞きながら、三人は苦笑いを深めることとなる。それもまた毎年の恒例行事だ。助けるつもりは毛頭ない。大体本人も言う程嫌がってはないのだから。

 

「薬研、この巻の続きくれ」
「悪いな長谷部、未完だ」
「嘘だろ!?またか!」
「最近多いんだよなぁ。大抵未完か打ち切りだ」
「ぐぐぐ」
「長谷部、なら硝子の仮面読みます?」
「それも未完だろう!!忘れんからな、あの時の絶望感!!」

 

 相変わらず一つの部屋に収まりながら織田組は今日も各々の趣味に興じる。
 リンゴーンと鐘の音が聞こえる。隣の部屋で伊達組が結婚式のDVDを再生し始めたようだ。もう見なくても脳内で再生出来る織田組は漫画に集中できないと障子を閉める。

 本丸は今日も平和だ。
 というより遡行軍との戦いが終わって、ずっと平和な毎日が続いている。

 どうやらこの奇跡、祝福の大きな鐘を何度響かせても覚めることのない夢だったらしい。

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