三人寄れば鐘が鳴る
本丸は本日も平和だ。少し前までは連日のように出陣していたが、それも落ち着き、最近は皆が思い思いの生活を送っている。
遊ぶ者、家事に勤しむ者、鍛練に励む者、書類仕事に追われる者、酒や茶を楽しむ者、趣味に走る者、そして驚きという名の悪戯をする者。
「あいつはどうにか出来んのか」
長谷部は頭を悩ませる。目の前に広がる書類仕事はまだ半分も終わっていない。だと言うのに気力がでない。全てはあの悪戯爺のせいだ。と心の中で長谷部は呟いた。
後ろで漫画を楽しんでいた薬研が顔をあげる。光を受けてきらりと反射しているレンズの向こうから長谷部を見つめた。
「鶴丸さんのことかい」
「それ以外に誰がいる」
うう、終わらん。主、長谷部は悪い子です。と言いながら伸ばした片腕に頭をつけて、ぱたりと机に顔を伏せた。灰茶の髪がさらりと流れる。
「大袈裟ですね。別に急ぎの仕事ではないんでしょう?」
薬研と同じように漫画を読みふけっていた宗三が、呆れた視線を長谷部に向けるが、顔を伏せている長谷部は気づかない。
「だが予定では、これはすでに終わっていて、次の仕事に取りかかってるはずなんだ。じゃないと、明日休めない」
「やめてくださいよ、そんな休日出勤が決定したサラリーマンみたいな声出すの。ほら、まだ時間があるでしょう。頑張りなさい。諦めたら、そこで試合終了ですよ」
宗三の言葉に何故か薬研が目を輝かせて「宗三先生!」と言っている、いつもであれば長谷部も同じ反応をしただろうが今はそんな気力もないようだ。
「明日は一杯やりたいことがあったんだ。薬研に借りてる漫画を全巻読破したかったし、ダンス研究の為にDVD見たかったし、小夜や博多や厚とゲーム対戦するって話もしてたのに、何故こんなことに。おのれ、鶴丸国永許すまじ」
机から顔を挙げて拳を握る。宗三と薬研はその姿からメラメラと炎が上がっているような錯覚を覚えた。
「あのなぁ、長谷部。あんたはそんなこと言うが、今日の件に関しては、どちらかと言うとあんたの自業自得だと思うぞ?」
「うっ」
「ええ、あれは長谷部が自分から飛び込んで行きましたから。鶴丸は悪くありませんね」
宗三と薬研、二人に長谷部が悪いと言われれば、自覚もある分、長谷部も反論できなかった。
鶴丸国永は悪戯爺である。と言っても人の嫌がることは決してしないし、過激なことも一切しない。誰かが落ち込んでいたり、元気がない時、誰かを笑わせたい時にのみ、その悪戯スキルを発揮させる。
最近の話で言えば、本丸中のDVDの中身を全部お笑いのものに変えたり、大浴場の浴槽に大量の薔薇の花びらを浮かべたり。一人の短刀の涙を止める為だけに、本丸中にドミノを仕掛ける酔狂は恐らく鶴丸以外の刀は持ち合わせていないだろう。
そんな地味だけど手間のかかる、そして誰かを笑顔にする悪戯を彼は振り撒く。だからなのか、鶴丸が静かにしている日は一日だってないのに、他の刀から苦情がくることはない。むしろ、鶴丸に対してとても好意的だ。悪戯爺とはおちゃめな鶴丸につけられた愛称である。
それは長谷部も知っている。長谷部も鶴丸の悪戯に何度も笑わせてもらったり、励ましてもらった。だから本当に怒っているわけではない。しかし、今日はタイミングが悪かった。
午前中の話である。長谷部が自室で、漫画を読みふける宗三と薬研をそのままに好きにさせながら、大量の仕事にうーんうーんと唸っていた時、外から軽快な音楽が聞こえてきた。まだ先はあるものの予定より早く次の仕事に移っていた長谷部は、ちょっと気分転換にと音楽の聞こえる外へと顔を出した。
するとそこには、軽やかに、華やかに、踊る鶴丸がいた。
「どうだ、乱!一晩で完コピしてきたぜ!」
「わー!すごい!さすが鶴丸さんだよー!」
踊りながらだと言うのに息も乱さず笑っている鶴丸と両手をぱちぱちと叩いて喜んでいる乱の姿を見て、長谷部はカッとなる。そして、衝動のまま二人の前に飛び出した。
「おい、鶴丸!貴様なんだそのかっこいい踊りは!それが一夜漬けのクオリティだと?ふざけるな!俺にも教えてくれ!」
と仕事のことも忘れて鶴丸に頼み込んだのだった。
この本丸の長谷部は、ダンスに情熱を傾けていた。以前からそうだったわけではない。むしろ昔は無趣味で仕事が楽しみな男だった。周りから、仕事のしすぎ。とか、刃生つまらなそうだ。とかなんとか言われても、何とも思わなかった絵に描いた様な社畜。
しかし、ある日主から「へしちゃん。ちょっとダンスしてみようか。主命だよ」と唐突に主命が下される。さすがに戸惑った長谷部だったが、続けて「他の本丸のへしちゃん達、ダンスが上手な子が多いみたいだよー。動画もいっぱい、上がってるし。うちのへしちゃんの格好良いところも見たいなー!」と言われてしまえば、例え未知なる世界でも飛び込まないわけにはいかない。疑問も何もかもすっ飛ばして「主命とあらば!」と答える以外の選択肢は長谷部の中になかった。
主に半端なものは見せられないと、猛特訓の末に本番で見事踊りきった長谷部。汗だくの長谷部の両手をぎぅと握った主が「感動したよ、へしちゃん!」と両目を潤ませてるのを見たとき、長谷部は初めての感覚を覚えた。
身についていないリズム感、戦闘の時とはまた違う体の動かし方、悪戦苦闘した自分の魅せ方。主命でなければこんなことするものかと思いながらも血と汗が滲むような特訓を一日に何時間もぶっ続けでこなした。その苦労が、主の心からの感動によって報われ、そしてそれ以上の感情の揺さぶりが長谷部へと訪れた。戦場で味わうものとはまた違う達成感。長谷部の胸に芽生えた感情。
ダンス、楽しい!!
その場で一緒に見学していた薬研と宗三に両手をバタバタと動かしながら、自分に訪れた初めての感情を熱弁する長谷部は、初めてカブトムシをとった小さい男の子のようだったと、後に二人は語った。
そこから、長谷部の趣味の世界は広がっていく。ダンスの研究をすると言って男女問わずのアイドルDVDを見るようになり、EDにダンスがあるからと薬研と宗三に勧められるままアニメを見るようになり、そこから漫画まで読むようになり、あげくゲームまで手を出した。本丸一無趣味な男が本丸一多趣味な男へと変わっていった。
それに喜んだのが、薬研と宗三である。
宗三も長谷部と似たような感じで、最初は無趣味だった。兄弟が揃うのも遅く、拗ねた宗三は鳥籠症候群を拗らせて部屋に引きこもった。くる日も、くる日も、眺めるのは部屋から見える景色だけ。さすがに飽きてくる。かと言って出陣以外で外に出たり、部屋で体を動かしたりと言うのは籠の鳥っぽくない。
そこで宗三が選んだ暇潰しがテレビだった。せっかくなので、ドラマ映画・お笑い・ホラー・アニメあらゆるジャンルを取り揃えてもらう。これが、まぁ面白い。アニメもドラマも映画も宗三は面白くて仕方がなかった。特に気に入ったのが、平日の昼に放送するドラマである。宗三はあれが大好きだった。
男女の痴情の縺れ、家族の確執、潜む陰謀に飛び交う罵声。戦乱の世は過去になったと言うけれど、人は相変わらず自分の為に他者を傷つけている。だけどそれこそが生きるということ。ドロドロに濁ったテレビの中の感情は、何をするにも楽しくないと思っていた宗三の心を、砂利に塗れさせ、ざらざらと刺激して奮い立たせていった。
人間関係って面白い!!
鳥籠の中には自分しかいない。だから他人に興味なんてないと思っていた宗三が、鳥籠の外の関係に興味を持ち始めたのだった。
その宗三の思いを聞いたのが、鳥籠の外から宗三を見守っていた薬研だ。当時既に漫画が好きだった薬研は、宗三はこういうのが好きそうだと婦人用コミックを持って来て交流を図った。外に興味を持ち始めていた宗三はそれを拒むこともなく、手に取る。そして、その中に溢れている宗三の知らない世界を知った。宗三にとってあんなに退屈だった鳥籠の中が、素敵な物語で溢れていく。そして傍らには感想を言い合える薬研がいた。気づけば宗三は鳥籠から出ていて、粟田口の部屋で短刀に紛れてゲームに興じる程になっていた。
今は兄弟も揃い、鳥籠症候群は影も形もない。宗三は兄弟とアニメやドラマ、漫画が大好きな自由な鳥である。
二人の発端と言ってもいい当の薬研はと言うと、主に「ニキは医学とか興味あるんだっけ?こういうの読む?」と一冊の漫画を差し出された。漫画の神様が描いた、無免許の医者を主人公にした漫画だった。元々、好奇心が旺盛の薬研は、お、読んでみるかと軽い気持ちでその漫画を受け取った。そこに広がるドラマ、主人公の過去に広がる黒い影、不器用な人情、失われる命と救われる命。それを薬研は黙々と読んだ。
そして読み終わった薬研が一言、
胸が熱くなってきた、大将こりゃなんだ?
続きをくれと手を差し出しながら審神者を見つめた。目をキラキラと輝かせる姿は、見目に相応しい少年さを溢れさせていて、審神者は滅多に見れないその姿に、好きなだけ見なさい!と自分の秘蔵書をすべて与えた。そこから薬研の漫画漁りが始まり、今のお気に入りは男の子ならみんな大好き、友情、努力、勝利の漫画である。
つまり、この本丸の織田三人は現代日本のサブカルチャーにヤックデカルチャー!となった刀なのだ。共通の趣味を持つからか、えらく仲がいい。他の本丸の審神者から「惚れた腫れたもない織田組がそんな仲いいのは珍しい」「うちの長谷部と宗三なんて倦怠期の夫婦みたいな会話するの。こんなん薬研の腐った蜜柑化待ったなしだわ」なんて言われていることは本人達は知らない。
「鶴丸が、鶴丸があんなかっこいいダンスするからいけないんだ!何だランニングマンって、最高か!」
「それで習得するまでと、練習しまくってへとへとになって、仕事ができなくなるなら元も子もないでしょう」
「しかも、それを鶴丸さんのせいにするってのは、ちと男らしくねぇなぁ」
「ぐぅ」
八つ当たりを止めない長谷部に二人から追加攻撃が繰り出される。
「しかし、まぁ鶴丸さんも元気だよなぁ。昨日は歌仙に怒られた和泉守の為に綺麗な色の花や葉っぱを見つけて、二人で歌仙の部屋の上の屋根からそれを降らせてたよな」
「その直前まで今剣達と缶蹴りしてた気がするんですけどね」
「今日は今日で、乱の為に一夜漬けでダンス披露か。まったく!あいつは休むということを知らんのか」
元社畜な自分が散々言われてきたことだが、今は適度に休んでいるので胸を張って言えると長谷部は少し声高に発言した。
「ま、動きすぎだな。本人は構わないどころか楽しんでやってるんだろうが、周りからすれば、ちったぁ休んでほしい気もする。なぁ、宗三?」
「ええ、本当に。一日でいいから大人しくして欲しいものです。僕、ずっと動き回ってる人って苦手なんですよね、見ていて疲れますから」
「ええい。俺を見ながら言うのをやめんか。心配かけ続けたのはちゃんと悪いと思ってるから」
長谷部が少しぷりぷりと怒れば、宗三と薬研が分かってるならいいんだと言いたげにフッと笑う。二人は、こうして何かと長谷部をいじってくる。二人がタッグを組んでしまえば長谷部には太刀打ちが出来ない。
「そういえばその後、鶴丸さんはどうしたんだ?」
「ん?ああ、今度はそろそろ落ち葉でも拾って、中に芋でも仕掛けてくるか、とかなんとか言って山の方に消えていったぞ」
「ダンスした後に山とか正気じゃないですよ」
「だから、あいつはどうにかならんのかと言ったんだ。あれじゃあ、ある日突然、なんの前触れもなくぽっきり、という可能性もあり得なくはないぞ」
薬研が難しい顔をしてそうだなぁと返す。以前同じ顔をした薬研に「あんた過労死したいのか」と言われた時のことを長谷部は思い出す。鶴丸に対しても同じことを思っているのだろう。確かにあり得ない話ではない。
「かと言っても、僕達が休めと言って休む人ではないでしょう。伊達のよしみで倶利伽羅か燭台切から言ってもらえばいいんじゃないですか?」
「あの二人が鶴丸さんを気にかけているとは、考えにきぃなぁ」
「基本、鶴丸のことに関しては、『我、関せず』だからな、あの二人」
いつも一つの部屋に固まっている織田組と違い、伊達組三人はほとんど一緒にいることはない。燭台切と大倶利伽羅は仲良くしているようだが、そこに鶴丸が加わってる様子はなかった。
顕現当時からずっとそんな感じだったため、他の刀が「大倶利伽羅と鶴丸は仲が良いんだよね?」と聞いたことがあった。すると大倶利伽羅は「国永?俺には関係ないな」と切り捨て、周りを驚かせた。いくら馴れ合いが嫌いと言っても百年程一緒に居たのだから、もう少し興味くらい示しそうなものだが、と。
それでも大倶利伽羅に関しては鶴丸が挨拶等で声を掛けている姿を何度か目撃されていた。もちろん大倶利伽羅は無言を貫いた様だったが、大倶利伽羅が反抗期であっても鶴丸にとっては顔馴染の刀だ。鶴丸の性格からして、どんなに無視をされても挨拶を、と声を掛けるのは自然なことだろう。
一方燭台切はというと、鶴丸とは伊達で一緒になったわけでもなく直接的な関係はない。
だからなのか鶴丸との交流が大倶利伽羅以上にない、というか皆無。鶴丸から声を掛ける姿すら見たことがあるものは誰一人としていないのだ。人数が多い本丸内だ、そういう関係もあるだろうとは思わないこともないが、コミュ力MAXの二人がまったく交流がないのも不自然極まりない。
それを不思議に思った織田三人が以前、燭台切に鶴丸をどう思っているのか聞いてみたところ「鶴丸さん、かぁ。うーん、落ち着かないからね。僕は苦手かな」と返されたことがある。それを聞いた時、織田三人は思わず顔を見合わせた。あの誰に対してもフレンドリーな燭台切が、苦手意識を持つなど!と驚くのも無理はない話だ。
その相手が、自己中心的な者だったり他者を傷つけることを何とも思わない者だったりすればまだ納得もいっただろう。しかしその相手は鶴丸というのがまた驚きだったのだ。
鶴丸は他者の為に動き、仲間を思いやる性質だ。確かに落ち着きはないが、そんなこと些細な問題でしかない。けれど燭台切はその些細な部分を、交流を持ちたくないと思う程苦手だと思っているのだという。
織田三人は鶴丸をとてもいい仲間であると感じている。三人だけではない、仲間の為に動き回っている鶴丸はこの本丸皆から愛されているのだ。だと言うのに、共に伊達組と呼ばれている二人は、鶴丸に対してあまりにドライではないか。
審神者もこの件に関しては、「伊達組ってもっと家族みたいに暖かいもんだと思ってた」と始終嘆いている。
「何が気に食わないんだろうな。主も心を痛めていらっしゃる。無理矢理にでも三人部屋にするか」
「まぁ、相性と言うものがありますから。外野から干渉するのは良くないですよ」
「そうだな。それに今は三人の関係より、どうやって鶴丸さんを休ませるかって話だ」
三人はうーんと頭を悩ませる。そこで、ぽん、と薬研が手を打った。
「こういう時はあれだな、助言をもらおう」
「誰にだ」
「居るだろう、鶴丸さんを可愛がってる別嬪さんが」
「僕ですか?」
「宗三は確かに別嬪さんだけど、違う。三日月さんだ」
薬研から飛び出した名前にあーと二人は声をハモらせる。
「確かに、三日月なら鶴丸を知り尽くしてるだろうな。どうすれば鶴丸が休むかもわかるかもしれん」
「敵の攻略方がわからない時は、師匠の助言に従って行動あるのみ、だ!!勝利を掴むための黄金パターンだろ!」
「最近は一回死にかけて、特別な力が覚醒して勝利、の方が多い気がしますけどね」
それもロマンだけどな、ロマンですよねと顔を見合わせて頷く二人の横で長谷部が立ち上がる。
「お、長谷部、どこ行くんだ?」
「ん?何処って三日月のところだろう?行かないのか?」
「いや、俺達は行くが」
「貴方、仕事はどうするんですか。明日、休みたいんでしょう?」
机の上に広がる書類を見つめながら宗三が問う。先程、気力がない、終わらないと嘆いていた長谷部だが、長谷部がやる気を出せば決して終わらない量ではない。何だかんだとぐだぐだしていたが、明日休みたい気持ちは本物だろうから、そのうちバリバリと動き出すはずなのだ。それがわかっていたから、長谷部がうーんうーんと唸っていても薬研も宗三も手伝うこともせず、漫画を読みふけっていたのだから。
だと言うのに長谷部はそれを放り出して三日月の所にいくと言い出した。明日の休みはどうすると二人が思うのは当たり前だ。
宗三の言葉に長谷部がぱちりと瞬きを返す。藤色の瞳が綺麗に澄んでいる。まるで長谷部の心のようだ。
「休みは俺の問題だ。どうとでもなる。だが、鶴丸は仲間の問題だ。そちらを優先させるのは当たり前だろう?」
何を可笑しなこと聞くんだと顔に書いて長谷部は首を傾げた。宗三と薬研はそれをしばらく眺めてにっこにこと立ち上がる。
「そうだな。んじゃあ、一緒に行くか」
「だから、そのつもりだ」
「仕事が終わらなかったら、明日長谷部の横で読みたがっていた漫画、全巻朗読してあげますよ」
「そこは、仕事を手伝うと言って欲しかったんだが・・・・・・」
ストラと白衣と桃色の髪をそれぞれ靡かせて、三人は三日月の部屋へと向かった。
「鶴を休ませたい、だと?」
「ああ、いくら元気だって言っても今は肉の器だからな。いつ限界がくるかわからないのさ」
「なるべく適度に、この際一日でもいいから、部屋で大人しくして欲しいと思っている」
「あなたからだったら鶴丸も素直に言うこと聞くんじゃないかと思いまして」
お茶を両手で抱え込み可愛らしく小首を傾げる三日月を前に、机を挟んだ三人は正座をしている。まるで、家庭訪問の絵面だがそれを指摘するものはいない。
「むぅ。毎日楽しそうな鶴を見るのは爺の楽しみなんだが、そういうことであるならば仕方ないな」
しょんぼりと呟いた後、顔をあげてあいわかったと頷く。
「鶴はな、ああいう質だから、俺やお前達が心配して休め、と言っても俺はそんなに年寄りじゃないぜ!と尚更気丈に振る舞うはずだ。すこうしだけ天邪鬼な所があるからな」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「そうだなぁ。色々と方法はあるが、うむ、宴だな。」
「「「宴??」」」
声を揃え、首の角度もまったく同じで傾げる三人。仕草からも滲み出る仲の良さに、はっはっはと笑って、三日月はそうだ、宴だと答えた。
「何故、宴なんだ。・・・・・・ッハ!わかったぞ、宴の出し物で、俺のムーンウォークを披露すればいいんだな!そして次の日何も手につかなくなるほど鶴丸を魅了しろと、そういうことか!」
「いや、待て長谷部。宴と言うのはたぶん例えだ。それは、そう。強いもののふ達が一堂に会する舞台、ある者は勝利の美酒に酔い、またある者は泥をすする。それが俺達の宴!!つまり、決闘者達の武闘会だ!!鶴丸さんを力づくでも休ませろと三日月さんは言ってるってことだな」
「違いますよ、薬研。宴は宴ですよ。酔って正体を無くした鶴丸を介抱するために一夜を共に過ごすのです。しかしこれは次への布石。数年後、鶴丸の元に赤子を連れていき、『この子、あの夜の子供なのよ。責任とってくれるわよね?』と、鶴丸に言い寄れば、さすがの鶴丸もに大人しくなるんじゃないか、と言うことですよね?」
「うむ、全員違うな!」
にっこりと否を突きつけられて三人は黙るしかなかった。
「ただ、酒で酔わすと言うのは悪くない発想だな。しかし、その相手は鶴ではない」
「では、誰を酔わせるというんです?」
「伊達の双龍だ」
三日月が両手で影絵の形をつくる。長谷部が、それは龍じゃなくて狐だと突っ込むが、三日月は気にしない。何を、これは双龍だぞ、こんこん!と返して、やっぱり狐じゃないかと再ツッコミを受ける。
「伊達の双龍って、大倶利伽羅と燭台切のことだろ?あの二人はこの本丸で一番鶴丸さんに遠い存在って言ったって過言じゃない。なんだってあの二人を酔わすと鶴丸さんが大人しくなるってんだ?」
「さぁて、それはやってみなければなんとも言えん。俺の予想通りに行けばきっと上手くいくはずだが。まぁ、上手くいかずとも、宴を楽しめば問題ないしな。最近宴がなくて、寂しいと思っていたからちょうど良かった」
三人が同時に、それは、単に宴を開きたかっただけなのでは?と思ったが、嬉しそうに笑う三日月に、それを言えるものはいなかった。
「確かに、最近出陣や遠征ばかりで宴もなかったからな。久しぶりに開くとなれば皆も喜ぶだろう」
「そうですね。悪くないと思いますよ」
「んじゃあ、大将に打診するか。許可が出たら厨組にも頼まなくちゃいけないしな」
宴を開くと決めてからの三人は、会場設営やスケジュールの話を始めた。もはや、鶴丸を休ませるという目的は忘れ去られている。しかし、三日月がそれでいいと言うように三人を見守る。
「うむ、楽しみだ。長谷部、お前のむーみんふぉーくも楽しみにしているからな」
「任せておけ!ムーンウォークだけどな!」
「小夜が使っていたら死ぬ程可愛いでしょうね、そのフォーク。今度主に買ってもらいましょう」
「宗三、おねだりにいく時は声かけてくれ。俺っちも欲しい漫画あるんだ」
「こら!主を財布扱いするのをやめろ!」
ぽこぽこと怒る長谷部だが、自分も主からDVDプレーヤーやらゲーム機やらを買ってもらっていることを本人は知らない。新品と言えば長谷部が遠慮するとわかっている主にお古だからと騙されて、新品を使っていることを知っている二人はぶーぶーと非難する。わいわいと仲睦まじい様子の織田三人を見ながら三日月は呟く。
「よきかな、よきかな」
そして数日後、宴は開かれた。