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 自分の目の前で色鮮やかな羽飾りがふよふよ動く。その度膝の上に座っている小さな体の重心も移動するが、ちっとやそっとの重さなど何ともない自分の体躯はバランスを崩して倒れることもない。

「俺的にはさ、伽羅にはこのジャケットが似合うと思うんだけど、みっちゃんはどー思う?」

 

 小さな体格が可愛くて必要以上に顔の筋肉を緩ませながら頭越しに覗く雑誌。少年の指が、ポーズを決めている写真の中の青年の上着を指差している。

 

「ライダース?格好良いねぇ」

「なっ!これ着てさ、バイクに跨がったままメット取って、足バッて上げて降りてきてほしーんだよな!」

「ははっ、そのイメージ分かるよ。絶対似合うね」

「ほらー!みっちゃんも似合うって!やろうぜ伽羅ー!」

「やらない」

 

 燭台切の腕の中にすっぽり収まっている太鼓鐘が大きな体越しに後ろを振り返る。そこには少し離れた所に座り、動物雑誌を捲っている大倶利伽羅がいる。

 燭台切も太鼓鐘と同じ様に振り返ってみたが、大倶利伽羅は太鼓鐘の言葉にも燭台切の視線にも一瞥もくれず、愛らしい小動物が写る頁をまたゆっくり捲った。

 

「絶対格好良いって!」

「・・・・・・」

「なー、からぁー!」

「・・・・・・光忠、貞を静かにさせろ」

 溜め息混じりに頼まれる。大倶利伽羅は太鼓鐘に滅法弱い。これ以上ねだられれば、最悪バイクは免れてもヘルメットとジャケットの着用は押しきられてしまうことが分かっているのだろう。

 太鼓鐘も大倶利伽羅が本当に嫌がることはしないが、無意識な甘えの無邪気さで大倶利伽羅を振り回してしまう。それは二振りだけの特別な絆故。とはいえ、いつもそうなってしまうのは大倶利伽羅が少し可哀想だ。

 あまりない大倶利伽羅の頼みに微笑むことで応えて、目の前の青みがかった跳ねっ毛を撫でた。

 

「ねぇ貞ちゃん、良かったら僕に似合う服も見つけてくれないかな」

「みっちゃんに?」

 

 見上げてくる大きな瞳に笑いかけると光を集めている金が、一層きらきらと輝いた。

 

「いいぜ!任せときな!」

「格好良い服がいいな、貞ちゃん好みの」

「おーけーおーけー!俺好みに仕立ててやるぜ」

 

 みっちゃんなら、こっちじゃなくてこっちのテイストだな!と膝の上から降りないまま別の雑誌を引き寄せ、勢い良く開いた。

 このまっすぐさと少しの単純さと頼りがいのある男らしさが最高に可愛らしい。一緒に雑誌を覗き込む振りをして良い香りのする髪に頬をつけた。

 穏やかな時間だ。何でもないことをしているのに、心が満たされていく。戦場を望む気持ちと同じ大きさでこの時間が続けば良いと思う。

 

「子猫~、猫ん子はおらんか~」

 

 その穏やかな時間の中にのんびりとした声が漂ってきた。

 この声は、と部屋にいた三振りがすぐに気づいたのだろう。大倶利伽羅は表情を変えなかったが、太鼓鐘と燭台切は同じタイミングで顔を上げた。そして声の聞こえた方向に顔を向ける。

 すると、廊下側からひょこっと麗しい顔が。この世のものとは思えない、恐ろしささえ覚える美しいかんばせが、自身に注目する顔ぶれを見つけた途端人懐こい明るさへと変わった。

 

「いたいた、猫ん子」

 

 軽やかな足取りで三振りの空間に入り込む。それはまさに飼い猫の元に帰ってきた飼い主の様だ。その印象を後押しするかの如く、白い飼い主の右手には『タイヤキ』と書いてある紙袋があった。

 

「ほーら、餌の時間だぞ子猫達~」

「やったー!」

 

 甘い香りに誘われて太鼓鐘が立ち上がる。燭台切の腕からすり抜けて。そしてくるくる回り鶴丸の前でポーズを決めた。

 

「にゃー!どうだい?ド派手な猫だろう?」

 

 子猫達、という鶴丸の言葉に全力で乗っていく太鼓鐘は盛り上げ役を自称しているだけはある。そういう天真爛漫な彼だからこそ、太鼓鐘は自分達に心から愛されているのだ。

 そう思っているのは鶴丸も同じで、にゃー!と鳴きながら鶴丸の袂にじゃれつく太鼓鐘の頭をくしゃくしゃに撫でつくす。

 

「あっはっはっ!さっすが貞坊!可愛い可愛い!」

「だろー!」

「ほーらご褒美だー!」

「やったー!鯛だー!」

 

 鯛は鯛でもタイヤキなのに太鼓鐘は喜んで受け取った。鶴丸は美味しそうに食べ始める子猫を満足げに頷いてまたその頭を撫でた。

 かと思えばくるりと振り返り、今までの一連の流れも涼しい顔で見ない振りをしていた大倶利伽羅の元へと近づく。

 

「よしよし、からぼー。お前さんも」

「・・・・・・」

「無言で手を出しても駄目だぜー。可愛くおねだり出来たら餌をやろう」

「・・・・・・はぁ」

 

 絡まれた以上逃げられないと察した大倶利伽羅は、溜め息と共に見ていた動物雑誌を静かに閉じる。そして、わくわくとした顔を隠しもしない鶴丸を下からじっと見つめて。

 

「・・・・・・くににゃが」

「可愛い!!!!合格!!!」

 

 頭を撫でてくる鶴丸の手をサッと避け、余計な物は要らないと抗議する様に大倶利伽羅は手で畳をぺしんと一回叩いた。

 それがまた猫が尻尾で床をはたく仕草を思わせる。鶴丸はその可愛さに身を震わせながらタイヤキを紙袋から取り出し、大倶利伽羅に与えた。

 そして幾分か機嫌良く食べ始める大倶利伽羅を名残惜しげに見ていたが、突然今まで部屋の状況を見守っていた燭台切を振り向いた。どうしたんだい?と聞く前に燭台切の前にしゃがみこむ。

 

「さて、次はきみだな!」

 

 そう言って、白い紙袋を燭台切の目の前で左右に揺らす。目の前を紙袋が通り過ぎる度甘い香りが鼻先に漂った。

 

「子猫って、僕も入ってたのかい?」

 

 猫じゃらし代わりと言わんばかりにゆらゆら揺れる紙袋にも苦笑いが浮かんだ。子猫と言うには、自分の体は余りにも成長し過ぎていた。飼い主本人よりも一回り大きい。

 

「そもそも僕は可愛らしい猫っていうより、豹とかジャガーとかそういう大柄的な感じじゃないかな」

「いや?俺としてはきみを一番猫扱いしてるかもな?」

「どういう、」

 

 鶴丸の言葉を理解する前に、鶴丸の片手が燭台切の喉へと伸びてきた。目の端で捉えた白く細い指は鉤の形をしていたので、燭台切の喉に肌の感触が当たった時それがどういう意味なのかがわかってしまった。

 鶴丸は猫の喉を撫でるように、指先で燭台切の喉を撫でている。

 突然の行動に、ちょ、ちょっと。と抗議をすべく口を開いた。が、視線の先。鶴丸は、目を細めていた。まるで機嫌の良さそうな猫の表情で。いつも自分の鶴らしさを主張している鶴丸なのに。

 鶴なのに、鶴さんの方が余程猫じゃないか。

 鶴丸の表情を見て、そんな考えが頭に浮かんだ。それが何だか非常に面白くて抗議の為に開いた唇は勝手に弧を描く。表情が笑えば、ま、いいか。と思考が楽しい方に流れていった。

「にゃあ」

 

 楽しい気持ちのまま、鶴丸が望む猫になる。餌を欲しがり、飼い主に甘えるちょっと成長しすぎた子猫。

 喉を上げて、もっと撫でて、と意思表示することも忘れずに。

 これなら鶴丸も満足してくれるだろう。そう思った。けれど、何故か鶴丸の表情がびしっと固まり、喉を撫でている手もピタリと止まってしまった。何故だろうか。

 

「にゃん?」

 

 首を傾げて鶴丸を見つめる。猫とはこんな感じではなかっただろうか。猫の呪いにかかっている南泉一文字の行動を思い返す。彼と比べるとしなやかさが足りなかったかもしれない。とは言えしなやかさとはどう表現すべきなのか、そう思ったと同時に鶴丸が「きみは・・・・・・」と口を開いた。

「うん?」

「きみは、最高だな・・・・・・」

「あ、良かった。猫っぽかった?僕、しらけさせちゃったかと思って」

 鶴丸がしみじみと言う言葉に安堵して肩の力が抜ける。何故だろうか、鶴丸といると時々自分は間違いを起こしているのではと不安になる時がある。鶴丸に対して頓珍漢な言動を曝したり期待を裏切っていないだろうか。そうであればとても嫌だなと、心から思う時が。

 しかし今回は鶴丸の期待にそえられた行動だったらしい。鶴丸がまたにこりと目を細めてくれるのが嬉しかった。

 すると喉を撫でていた指の形がそのまま、安堵している燭台切の顎を持ち上げる。

 

「え、」

「花丸満点以上だ」

 

 美しくも、何故か男だと強く思わせる鶴丸の顔が近づいて来たと認識した瞬間、そのかんばせが消えて、

 

「かわいい」

 

 ちゅ、と耳元に近い所からの音と頬への柔らかな感触。

 

「へ?」

「ほい、餌だ。たらふく食いな。俺の子猫ちゃん」

 その場所を押さえる前にタイヤキを差し出されてしまっては受けとるしかなかった。両手でタイヤキを受けとると、鶴丸はさーてと、と立ち上がる。

 

「可愛い猫ん子達にも餌をやったし、俺も内番頑張るかねぇ」

「えー!鶴さん、まだやってなかったのかよ!」

「良いんだって、今日中に終われば」

「いいからさっさと行け」

「へーい」

 

 タイヤキを先に食べ終えていた太鼓鐘と大倶利伽羅にそれぞれ呆れた視線で見上げられても、鶴丸は悪びれるどころかいつも以上の上機嫌さで呆れた視線を片手で流す。

 

「じゃあなー、にゃんこ達ー。~♪」

 

 そして鼻唄を歌いながら、ゆったりとした動作で部屋を出ていく。

 鶴丸が部屋を出ていき気配も消えた所で、もそもそ、と食べていたタイヤキから口を話した。

 

「つ、鶴さんって、あんなに猫好きなんだね。知らなかった」

 

 唇の感触が消えない頬に、何故かどもってしまった。冗談の延長にある行動でしかないのに。何も動揺することもなどないのに。

 困惑に小さく唸る燭台切の前で、どうしたものかと言いたげに二匹の子猫が顔を見合わせた。

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