「しんっじられない!!!」
目の前のこんもりとした白シーツがそう言った。
乱れに乱れたベッドの上、並んでいるのは取り合えずズボンまでは穿いた自分とその白大福。
並んでいると言っても、白からはみ出てしまった素足の方向からして、中の人はこちらに背を向けていて、上半身裸の自分はその背中らしきところに向かって謝罪を投げ込んでいる状況。つまり縦並びだ。
「悪かった。本当に悪かったって。出てきてくれみつぼー」
「やだ!!」
柔らかい筈の白シーツは今や鉄壁のガードと化していた。取り付く島もない。
「5ヶ月ぶりだよ!?5ヶ月!更に数年ぶりに一緒に過ごすバレンタインで、もっと言えば付き合って初めてのバレンタインだよ!?」
「わ、分かってる分かってる」
「分かってたら久しぶりに会った恋人の顔をまともに見る前に玄関で抱き始めたりしないよ!」
鶴さんのすかぽんたん!最低!
白いこんもりは器用にも丸い形を保ったままベッドにがばりと伏せた。それによって白い素足が更にはみ出したが今はちょっかいを出さないことにした。
「ちゃんと分かってるって光坊。俺だって君と会える日を指折り数えてたんだから」
目の前の雪見大福が明らかに納得していない唸りを出す。その正体は少し年の離れた年下の幼馴染み兼、数年前から恋人の光忠だ。
進学やら就職やらでそれぞれ地元を立ち遠い土地で生活していた訳だが、何年離れて過ごしてもお互いを忘れられなくて紆余曲折の上、数年前に晴れて恋人同士となった。バリバリの遠距離恋愛である。
お互い社会人なので頻繁に会うことは難しい。イベントの日に会えないなんて当たり前だ。しかし、それにしたって今回のその期間は長かった。最後に会ったのが9月の連休。こまめな連絡は欠かさなかったとは言えこんなに会えなかったのは初めてだった。
それは新しいプロジェクトを任された己が原因だから、誰にも文句が言えない。自分のせいで二人の間に長い時間が流れてしまったのだ。けれど、クリスマスは勿論として正月にさえ帰省出来ない自分に対して光忠は文句ひとつ言わなかった。
お仕事大変だね。
無理しないでね。
風邪に気を付けて。
お仕事に一生懸命な鶴さんも大好きだよ。
と、電話越しに何度も自分を励ましてくれたのだ。
それを糧に仕事をこなし、今回そのプロジェクトの最終打ち合わせまで至ることが出来た。光忠のお陰である。だからこそ神様が、その打ち合わせの為の出張先を光忠が住む県の隣にしてくれたのだろう。
昨日、2月14日。無事打ち合わせを終えたそのままの格好で、電車へと飛び乗り光忠の元へ。翌日の休暇は既にもぎ取っていた。この日の休みを誰にも文句を言わせない為に、打ち合わせ前は死力を尽くしたと言っても良い。
光忠の元へ向かう電車の中。心地よい揺れに体を委ねながら考えたのは勿論愛すべき恋人の事だ。
5ヶ月。5ヶ月だ。無為に過ごしていれば短いんだか長いんだか分からないその期間が、自分に取っては恐ろしいほど長かった。
あまりに会えなさすぎて光忠禁断症状が出てしまったのも今となっても全然良くない思い出である。
それぐらい待ち遠しかった恋人に会える。そうなれば電車の窓を眺めるフリをしたって暗くなり始めた外の景色など目に入る筈もない。過去の光忠の一挙一動を思い出しては、久方ぶりの再会にドキドキと胸を鳴らしてしまうと言うものだ。
鶴丸の頭の中には隣の県に着くまでの1時間では到底捲りきれない光忠とのアルバムがある。その中から特にお気に入りの光忠を思い出してはどきどきを大きくしていった。
例えば最後に会った9月の連休の時、共に服を買いに行って嬉しそうに鶴丸の服を選んでいたこと。例えば、二人でやっと見れた映画の途中、映画館の暗闇の中こっそり手を重ねたこと。
思い出していけばいく程、痛いくらいの胸のどきどきは、何か別のものに変わっていった。
閉じた瞼を縁取る睫毛が僅かに震えている瞬間を、遠慮がちに頭を乗せられた時の肩の重さを。
電車に揺られ出して30分を過ぎた頃、きらきらふわふわと思い出していた筈の思い出がもんもんと効果音をつけ始めていた。
その後更に、先日、自分が光忠禁断症状を発症し、光忠がそれを治めてくれた時のこと。ちょっと詳しく言えばその時のテレビ電話の向こうのあれそれを思い出してしまい電車を降りる時にはもんもんは完全にムラムラに変わってしまっていた。
駅の防犯カメラを見れば、恐ろしく真顔でタクシーを止めている鶴丸が映っていることだろう。
それでも、タクシーの後部座席で目を瞑っていた時点では、理性はまだ残っていたのだ。自分の劣情をコントロールも出来ないでは大人は出来ない。だから何時もより長く深い息を、何時もより多く繰り返して自分を落ち着かせる努力を怠らなかった。
それが実を結びタクシーの運転手に微笑んで金を払うまでには回復出来た。光忠の住むマンションに入りエレベーターに乗った時も変わらなかった。光忠の部屋の前に立ち、インターホンを押して「はーい!すぐ開けるね!」と光忠のうきうきしている声を聞いた時も冷静さは鶴丸の中にいた。ガチャ、とドアの開く直前までも。
ただ、ドアの向こうから現れた光忠に、
「おかえりなさい、鶴さん」
喜びと甘さと愛しさを全部詰めたとびきりの笑顔を見せられてしまえばその瞬間に理性にさよならバイバイしてしまうのも仕方がないことだと、声を大にして主張させていただきたい。
「あっ、おかえりなさいって、おかしいよね。あはは、やだなぁ、僕かなり浮かれて、え、わっ!?」
ドアを後ろ手で、理性も一緒に閉め出した鶴丸の鞄を受け取ろうとしながら照れ笑いを浮かべる光忠をその場で押し倒した。そして突然のことに目を白黒させているのも気にせず唇を塞いで、エプロンを身に纏っている身体の無防備な隙間から冷たいままの手を入れる。
唇で光忠のくぐもった声を飲み込む度に加速していって、感じる光忠の匂いにもう止まらないのが分かってしまった。冷たい手が光忠の肌で温まり、光忠の肌が熱くなってた時にはもはや光忠以外の感覚は投げ捨てていた。
そんな鶴丸に対して光忠はずっと、「ご飯が、」とか「まって」とか、「せめて渡してから」とかなんとか言っていたが、途中からはその言葉も意味のない喘ぎへと変わっていった。
散々玄関で味わって、更にくったりしている光忠をベッドに連れ込んでそこでも貪る。ベッドに連れ込む途中でやたら飾り立てられたダイニングテーブルが目に入ったが本当に目に入っただけで深くは考えなかった。そこで止まっていれば、次の日に困り果てなくて済むことも知らずに。
結局気が飛ぶまで光忠には付き合ってもらい、意識がない光忠に気が済むまで唇を落としてそこでやっと落ち着いて光忠を抱き締めて鶴丸も眠った。
そして朝、いや既に昼。先に目を覚まし、まだ眠っている光忠を撫でたり、昔から変わらないあどけない寝顔に口付けたりしていたのがほんの数十分前。
そして、うう、ん。と声を漏らして光忠が覚醒してからがこの状況の始まりだ。
つるさん?と辿々しく名前を呼んだ所まではいい。けれど光忠は、その後ハッと気づき、急にがばりと身を起こした。
甘い雰囲気を作ろうとしていた所の急な行動に、どうしたんだと驚く鶴丸を無視して光忠は数秒、ドアの開いたままのベッドルームからぎりぎり見えるダイニングテーブルの角をじっと見つめていた。そして突然の、
「鶴さんのあんぽんたん!!!!!」
罵倒であった。
光忠は乱れたシーツで身を丸めていきながら、昨日腕によりをかけて夕食を準備していたこと、久しぶりに鶴丸と一緒に食事と会話をすることをどれだけ楽しみにしていたかを訴えた。それによって鶴丸はようやく己の間違いを悟ったが、時既に遅し。冬に見合いの立派な巨大雪だるま(足が二本生えている)が完成を果たしていた。
それから謝っても宥めても未だ雪解けは来ない。やはり雪だるまではなくて雪見大福なのかもしれない。.
「光坊~、頼む、せめて顔を見て謝らせてくれよ~」
「やだってば!鶴さんだって昨日、僕のお願い何も聞いてくれなかったじゃないか!ひどい、余りにもひどいよ。僕、本当に楽しみにしてたんだよ?バレンタインディナーってどんなのが良いんだろうってレシピ考えて、鶴さんが美味しいって言ってくれる所想像してさ!」
「だよな~、張り切ってくれたんだよな?分かってる。テーブルも綺麗に飾ってあったもんな?」
「そうだよ!良い感じの蝋燭とかも探しに行ったんだから!ムードとか、そういうのもすっごく考えたんだよ!鶴さんの目には一切止まらなかったみたいだけどね!」
「ほ、ほらー。まだ火も点いてなかったし。な?蝋燭に火が点いて、料理も来てたら俺は君の演出にうっとり心奪われたぞ、絶対」
「それをさせてくれなかったのは貴方だけどね!?」
せっかちさん!ケダモノ!
次々罵倒が重ねられていく。光忠なりに大真面目なんだろうが、少し可愛らしい罵倒が昔から変わらなくて思わずこのまま抱き締めたくなるがさすがに我慢した。
光忠がここまで怒るなんて何年ぶりだろう。完全に拗ねきっている。こうなると元の機嫌に戻るまで時間が掛かるのだ、光忠は。
以前はどうやって機嫌を治してくれただろうか。最終的にただ側にいるだけだった気がする。何時間も待って、光忠が自ら籠城を崩してくれるのを待ったのだ、確か。
今回もそうなるだろうか。側にいて機嫌を治してくれるならいくらでも側にいようと思う。しかし、休暇は今日一日だけ。明日は普通に仕事だ。後三時間したら鶴丸はこの部屋を出なくてはならない。
それまで光忠の機嫌が治らなければどうしよう。喧嘩別れは絶対に嫌だ。今更ながら自分の愚行に頭を抱えたくなる。
喧嘩別れは免れても、次いつ会えるか分からないのだ、少しでも楽しい時間を過ごしたい。こうなったら土下座をしても早く許してもらうしかない。
そう心に決めた時、巨大雪見大福から、にょきと白い腕が生えてきた。その指先はベッドルームの外を指している。
「鶴さん」
「な、なんだい!」
「リビングのソファーの所から、茶色い箱持ってきて。赤いリボンの」
「分かった!」
ベッドを飛び降りて指定先へ走る。言われた通りの箱があったのでそれを手に急いで戻る。
その時目に入ったテーブル、飾られた蝋燭やら花瓶やらおしゃれなテーブルクロスが目に入って良心がとても痛んだ。
「光坊、持ってきたぞ」
「頂戴」
「え?」
「早く」
「は、はいっ」
明らかにバレンタインの手作りチョコレートの風貌のそれ。光忠は自分に渡せと生やした手を上下に動かしている。てっきり自分にくれるものだと思っていた鶴丸は、光忠の催促に戸惑いながらもその茶色い箱を光忠の手に乗っけた。
箱を手にした途端、にゅっと白い手は大福の中へと戻っていった。しゅるりとリボンがほどける音がして、続いて箱が開く音が聞こえた。
鶴丸が戸惑いを強くした瞬間、目の前の大福が携帯のバイブレーションよりも激しくぶるぶるぶると震え始めた。
「ど、どうした!?」
「や、やっぱり溶けてる・・・・・・」
「え?と、溶けてるって、」
「チョコレート!溶けてるの!誰かさんがエアコンを切る暇も冷蔵庫に入れる暇もくれなかったから!!」
ずぼっと布を突き抜けて茶色い箱が口を開けた状態で鶴丸の目の前に現れた。両手で受け取りながらその中を見ると六つの区切りもむなしく、茶色い物体がほとんど形を崩した姿となって箱の中を満たしていた。
一瞬何て言うべきか迷って、「か、形は味に関係ないからな!」となるべく明るい声で返した。
「喜ぶ顔を思い浮かべながら丸めたの」
「これも嬉しいって!ほら、鶴さんすごく喜んでるぞ!光坊!見てみろって!」
「鶴さん、冷蔵庫の中に入ってるタッパー全部持ってきて」
光忠は鶴丸の言葉には答えず次の指令を出してきた。「光坊~」と困ったように声を出してみたが、「素早いのは抱くときだけなの?」と棘を出されれば走らない訳には行かない。
またダイニングテーブルと、キッチンに準備されている鶴丸の好物たちに、光忠の故意の棘よりも深いナイフを良心に突き刺されつつ、冷蔵庫を開けた。そこには4つ程同じタッパーが入っていた。透明なタッパーなのでその中に均等な大きさのトリュフが幾つも鎮座していたのがよく見えた。
それを急いで持って帰る。
「光坊、持ってきたぞ」
「頂戴」
「えっ、俺のは?」
「それ全部試作品だよ。僕が試作品を貴方に渡すわけないでしょう。そこの溶けちゃったのが一番綺麗に美味しく出来たんだよ!溶けちゃったけどね!良いから早く全部渡して」
今度は数秒渋ってから、結局しょんぼりと光忠の指示に従った。布団の中にすべてのタッパーを入れ込む。すぐにかぱ、かぱ、かぱ、かぱ、と4つ分のタッパーが開く音がした。そしてもぐもぐと何かを食べる音も。
「俺のチョコが!!!」
「違います。これは僕のチョコです」
「わー!!!光坊本当に悪かったって!土下座して謝る!この通り!すまなかった!許してくれ!!」
「これを食べ終わったら許してあげる」
「やだー!!!雪見チョコ大福になっちゃやだー!光坊ー!!」
白い塊のどこかを掴んでがくがくと揺さぶるももぐもぐという音は止まらない。全面的に鶴丸が悪いとは言え、いくらなんでもあんまりだ。
「これで中和したら許せるから、もう少し待ってて」
半泣きの鶴丸に揺さぶられながら白い塊はほっぺを膨らませてるんだろうと分かる声を独り言の様に呟いた。その後ももぐもぐの間にぶつぶつと。
「あれだけ求められたらそりゃあ嬉しいよ?僕だって嫌だった訳じゃない。でもさ、流れってあるじゃない。本当に料理もチョコも試行錯誤したんだよ、もぐ、」
苦々しい呟き終わる度にチョコが頬張られていく。
「分かってる。僕が勝手に頑張って、喜んでくれるって期待して、一方的に怒ってるんだって。久しぶりの時間をこんなことで消費してるってことも、むぐ、だけどさぁ、じっくり顔ぐらい見せてほしかったよ。せめてぎゅうって抱き締めさせてくれたっていいじゃないか。僕だってすっごく会いたかったんだから」
もぐむぐ。苦い言葉を甘いチョコレートで必死に中和しているその葛藤。それを側で聞かされて、どないしろっちゅーんじゃ!状態である。この坊っちゃんはこういう所が、鶴丸の心臓に矢を突き刺していることに何年経っても気がつけない鈍感さんなのだ。今すぐシーツ剥ぎ取ってもう一度チョコレートごと頂いてやろうか!!と今や雪見チョコ大福となっているその塊を睨み付けた。
本気でそれを考えた時、鶴丸の手に先ほどの茶色い箱が触れた。そういえば折角の初めてのバレンタインである。光忠に会うことばかり考えて自分は光忠に対して何も準備していなかったことに気がついた。
その上、光忠が入念に準備をして、丁寧に鶴丸に与えてくれようとした物を無理矢理奪ってしまった。そりゃあ光忠が激怒するのも無理はない。
それなのに怒って当然の光忠は、チョコレートの甘さで自分の苦い気持ちを無理矢理中和させようとしている。それも鶴丸の為に。そう思ってしまえばもう一度光忠を食らってやろうかなんて考えは小さくならざるを得ない。
鶴丸は手にした茶色い箱を見ながら、どうすればいいのだろうと考えた。このまま光忠だけに気持ちを消化させるわけにはいかない。
鶴丸は光忠の中和を聞きながら箱に唇をつけて、まずは光忠の気持ちを自分の中に納めることにした。光忠が気づかないままそれを飲み干す。そして底に残った分を小指で綺麗に掬った。
「・・・・・・」
少し考えて、そのチョコレートを口許へ。
小指が綺麗になったところで、鶴丸は白いシーツへと近づいた。大福の境目。シーツの端を探して両手で握り、そして優しく開いて身を中へと滑らした。
いきなり大福の中に入ってきた鶴丸を裸でチョコを食べている光忠が驚いた顔で見ている。その格好にこっちが驚きで、吹き出してしまいそうになるが我慢して微笑むだけにしておいた。
「光坊、」
「も、もうちょっと待ってっ。後これまで食べたら、ちゃんとするから。せっかく久しぶりに会えたのに怒ってごめんねって、ちゃんと言うから」
「そんなことしなくていい。俺の方が悪かったんだから」
「でも、」
「俺はな、光坊、君に渡したいものがあって大福の中にやってきたの」
「渡したいもの?」
「ん、」
戸惑っている光忠に向かってとんとん、と唇を叩いて見せる。茶色に塗られている唇を。
「もしかしてそれ、僕の、チョコ?」
「全部飲んだ。美味かったよ、ありがとな」
「え、あ、うん」
「でも、俺、君に会えることしか頭になくてさ。チョコ準備するの忘れてたんだ。だから、今このチョコしかないんだ、受け取ってくれ」
「えええ・・・・・・」
ん、とまた唇を叩く鶴丸に光忠が一層戸惑う声を出す。確かにどうしたものかと思うのも仕方がないだろう。
「キスしろってこと?」
「んーん。俺の気持ち渡したいって思っただけ。ごめんなって気持ちも大好きって気持ちも。それを表現するチョコ忘れてしまったし、結局俺の中に全部あるから、こんな形になったの」
「つまり?」
「お好きにどうぞ」
食べるのも捨てるのも君次第。ただ君の気持ちを消化する前に選んでくれ。
そう言って目を瞑った。
「・・・・・・うぅ~」
唸る声が聞こえて、
「んむ!っぐぇ、」
すぐ唇と全身に何かがぶつかる衝撃があった。光忠が口づけながら抱きついて来たのだ。
勢いに従ったため後ろに倒れ込み、上から白シーツ、光忠、鶴丸の順でベッドの上に重なる。
「もおおおっ!貴方って本当ことごとく僕の計画を潰していくんだから!これ全部食べたら立ち直ってすぐお昼御飯作って、夜ご飯のお弁当作ろうと思ってたのにー!」
「ははっ、悪い悪い」
「・・・・・・後どれくらいいられるの?」
「後二時間半くらいかなぁ」
「じゃあ後一時間はこのままだからね。溶けちゃダメだよ?」
「・・・・・・努力します」
光忠は裸だし、自分も上半身裸だし、情交の匂いが残るベッドの上だけけれど、なるべく優しく愛しい体を抱き締め返した。
光忠はその感触に長い長い息を吐き出した。光忠の一番上手に出来たチョコが唇についていたせいか、その息には苦々しいものは一切なく、好きな気持ちだけが溢れ出したような息だった。
抱き締めてるせいでその息を直接鶴丸の耳に吹き込むから、思わず震えそうになる体をグッと堪える。しかしもう怒っていない筈の光忠は、更に鶴丸を追い詰める言葉を耳へと囁いた。
「会いたかった・・・・・・」
噛み締めるような、甘えるようなその声色にチョコである鶴丸は簡単に溶けそうになってしまったけれど、胃に納められている光忠の気持ちのお陰で自分の形を保ったままでいられた。何とか最後まで。
この日のバレンタインはとびきり甘くて少しだけ苦い攻防として鶴丸の頭の中のアルバムに残されたのだった。