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 美しい顔をげっそりさせて鶴丸は障子にもたれ掛かっている。

 久しぶりの出陣だと喜び勇んで飛び出した朝の面影はそこにはなかった。いきなり自室の障子に生気の薄い恋人がのっそり現れるものだから、いつもの勢いとの差に逆に驚いてしまう。

「お、おかえり」

「・・・・・・ああ」

 取り敢えず無事に帰って来たことを受け入れる言葉を掛けると、障子に突いていた手に額をつけて朦朧とした目付きの鶴丸が数秒の間隔を空けて返事をした。呻きに限りなく近い。

 やっとのことで、という風体で障子から体を離した纏う気すら色褪せてそうな白は、部屋の中でカタログを見ていた燭台切の方へとふらふら近づいてきた。

 その滅多に見ない恋人の姿に、これは息子達の身に付けるエプロンやら髪結い紐やらを選んでいる場合ではないと、燭台切はカタログを閉じる。別に息子より恋人を優先させたわけではない。

 大丈夫かと腰を浮かせ、その体を抱き止めようとしたがそれより早く鶴丸が畳に両膝をつくのが早かった。そのまま前のめって倒れ、顔がちょうど燭台切の太股に埋まった。距離把握能力には驚かないが、あまりの元気のなさに驚く。

「だ、大丈夫?怪我してるのかい」

「死ぬ・・・・・・」

「!?て、手入れ部屋っ、」

「精神的に死ぬ・・・・・・」

 信じられない言葉に細い体を抱き上げようとした瞬間、体に触れた手を思いの外強い力で掴まれた。

 それにまた驚いたが、力強さと素早い反射から見て体は何とも無さそうでそこは一安心。と、言うかこの人は元気がないだけでいくつ人を驚かせるのだろう。

 まさか新しい驚きを与える為の演技だろうかと一瞬疑いが頭を過ぎったが、流石に恋人の疲れが嘘か本当かくらいは見抜ける。

 

「何があったんだい?失敗でもした?」

 

 太股に顔を埋めているせいで後頭部を曝している白銀の頭に手を乗せ、そっと撫でる。許可を取らないでもこの年上を撫でられるのは恋人である燭台切だけの特権なのでこの行為が気に入っている。

 

「騙されたんだよ・・・・・・」

「え?」

「今日の出陣。資材回収周回地獄だった・・・・・・」

「ひぇ」

 

 二字熟語の四つの並びに、無様にも悲鳴が溢れた。

 刀達は出陣を喜ぶ。が、ひとつだけ例外がある。それが資材回収の為の出陣だ。主が考えた資材回収の効率の良い戦場だけを延々と周回させられる、まさに地獄の出陣。時間の牢獄に囚われるも等しい拷問だ。

 

「でも、今回の出陣は対検非違使強化実習も兼ねたものだって、」

「だから騙されたんだよ。検非違使が出るまで待つ、っていう体で同じ戦場を繰り返したのさ。おかしいと思ったんだよ。部隊の練度の差は結構あったし、何よりまだ一度も検非違使が確認されてない戦場に行くってんだから」

 

 この俺を騙すとは。許さん、今回の件だけは絶対に許さん。とスラックス越しの太腿に向かって呪詛を繰り返す。しばらく驚きの標的になるだろう面々の顔が浮かんでは消えていく。

 最初から覚悟していくのと騙されて行くのとは、全く違う。きっと理由があって騙したのだろう彼らを擁護したいけど、鶴丸の気持ちも分かってしまうので、ちょっと悩んで燭台切はその呪詛を止めなかった。

 

「・・・・・・マジで気が狂うかと思った」

「時間の牢獄だもんね、あれ」

「景色も一緒、拾う資材も一緒。賽の目と敵の種類が少し変化すること以外何もかも同じことの繰り返し。今思い出しても吐きそうになる」

「長時間同じ事の繰り返しなんて鶴さんにとっては一番苦痛なことだもの。そうなるのも仕方ないよ」

「もう後半なんかは意識が朦朧として、俺はこのまま二度と君に会えないんじゃないかと、」

「うんうん。辛かったね。鶴さんはよく頑張ったよ、よしよし」

 

 触り心地の良い髪を繰り返し撫でる。同じ繰り返すのでも、この手触りはいつまで経っても飽きそうにないから不思議だ。

 

「うわーん、光坊~!」

 

 ちょっと浮上したのか、鶴丸が太股に顔をぐりぐり擦り付けて泣き言みたいな声を出す。感情の吐き出しに安心と可愛らしさを感じて、微笑みが自然と唇に乗る。

 こうすることで鶴丸が元気になってくれるならずっと繰り返してあげよう。そして自分も嬉しくて鶴丸も元気になれるなら、二人いれば無限に気力の供給が出来てしまうなんて浮かれたことも考えてしまう。

 しばらく、鶴丸の頭を撫で続けた。途中で一度中断して、自室を閉め切りはしたけれど。一見あっけらかんとして見える鶴丸は、これでいて弱った姿は他者に見せたがらない性格なので外の干渉を遮る為だ。各部屋に完備されているプライバシー保護の為の簡易結界も張ったお陰で、外の目も音も何も気にすることはなくなった。

 そして鶴丸の頭を撫でることを再開してしばらく。

 

「光坊~」

「何だい鶴さん」

 

 まだ弱っている声に答える自分の声はやけに甘い。多分庇護欲が掻き立てられて、変な脳内物質が分泌されているのだろう。只でさえ、二人きり特有の姿と言うのは鶴丸だけが持っている訳ではないのだし。

 

「鶴さん疲れたぁ。甘い物が欲しい」

「あ、そうだった。そうだよね、疲れた時には甘い物だよね。あのね、鶴さん厨に、」

「厨には行かんでいい。甘い物はここにいるだろ~」

「え?うん?もしかして僕?」

「もしかしなくても君だ。だからな、光坊、もっと」

「もっと?もっと、撫でればいいのかい」

「それも好きなんだが、それだけじゃ足りない。もっといっぱい甘やかしてくれ」

 

 漸く太股から上がった顔。下からの上目使いに、少し下がった眉。僅かに突き出る唇が子供っぽくて、あざとすぎる程にあざとい表情なのに全く憎めない。はっきり言って何でも言うことを聞いてあげたくなるくらいメロメロになってしまいう。

 

「もちろんいいよ。どうすればいい?鶴さんはどうやって甘やかされたい?」

 

 燭台切の太股に軽い拳を揃わせて、見上げているその頭をまた撫でて、頬に掛かった髪を耳に掛けてやる。嬉しげに目を細めるのがまた可愛い。

 鶴丸はのそりと体を起こして、燭台切の前に座り直した。

 

「ん」

 

 そして軽く足を組んでいる自らの太股を指差す。

 

「ここ、おいで」

「あ、僕が?鶴さん、僕の膝座っていいよ」

「いーいーかーら」

「はいはい。分かった分かった」

 

 少しは浮上したとはいえ、これは結構精神的にキている様子。もっと甘えさせてほしいと言ったこともそうだし、戦場帰りそのままの体で燭台切に一言も断らないまま引っ付きたがる所もそうだ。

 鶴丸はそんなことまで気を回さなくてもいいのに、と言う部分にも気がつく細やかさも持っている。それを敢えて気にしないこともあるが、燭台切に対しては割りと細やかだ。

 駄々を捏ねる口ぶりに鶴丸の精神的疲労を再確認しつつ、言われた通り鶴丸へと近づく。

 

「よいしょ、わ、」

 

 指定席に腰を下ろそうと、鶴丸の太股を膝立ちで跨いだ途端、燭台切が座るのも待たずに伸びてきた両腕が燭台切の体に巻き付いた。

 驚いて引きそうになっていた腰をぐっと引き寄せられる。それにより鶴丸の顔が燭台切の体にまた埋まる。丁度、胸の位置に。

 

「はぁ~」

 

 ぐりぐりと顔を擦り付けながら溜め息なのか感嘆なのか何とも言い難い物が吐き出される。

 

「俺、死ぬのはこの胸でって決めてるから」

「うーん、嬉しい様な、嬉しくない様な」

 

 と、言いつつ行き場に迷った手で鶴丸の頭を抱えるようにして髪を撫でてやる。それなりに空間のある部屋の中、距離感ゼロでピタリとくっついている姿は、端から見れば窮屈そうに見えるかもしれない。まぁ、誰にも見られることはないので気にしないが。

 

「・・・・・・良い香りだ」

「あ、ちょっと。そんな所、嗅がないでよ」

「生きてる実感がする」

「どんな実感だよ、もう」

 

 胸に顔を埋めたまますんすんと鼻を鳴らしてそんなことを言う。良い香りと言われるのは悪い気分ではないが、嗅がれている場所が場所なだけに大分恥ずかしい。

 燭台切は撫でる手を一度止め、頭を両手で持つように触れてくしゃくしゃと白銀の髪の毛を混ぜていく。そして良い感じに乱れた頭に鼻先を埋め仕返しとばかりにすんすんと嗅いでやった。

 やはり土埃と汗の臭いがした。血の臭いの方が負けている。戦場に出ていったはずなのに。随分と酷な資材回収地獄に落とされたらしい。

 

「・・・・・・本当にお疲れさまだったね」

 

 自然と溢れた労りの言葉を追って、ぼさぼさの頭に唇が落ちる。

 

「こら、汚れてるって」

「いいの。ただ今絶賛甘やかし中だから」

 

 咎める声があったが止めない。

 頑張るのは誰の為でもない、自分の為だ。誰かに褒められたいから頑張ると言うのも間違いではないだろうが、燭台切の中には余りない考えだ。

 鶴丸だって燭台切に甘やかされたいから今日の地獄を頑張った訳ではないだろう。自分自身でやらねばならぬこととして気力を振り絞ったのだ。

 燭台切としてはそういう鶴丸だからこそ目一杯労わってやりたくなる。鶴丸も燭台切に対して似たようなことを言っていたから、結構似た者同士の様だ。もしくは一緒に居すぎて段々と似てきたのか。

 何にせよ、頑張った鶴丸の臭いが愛しさを湧き立たせて唇を繰り返し落とせさせる。

 

「・・・・・・光坊」

 

 くいくい、と背中が下に引かれる感覚がして、埋めていた頭から顔を離す。

 燕尾が引かれたらしい。リードじゃないんだけどな、と思いつつ下からじっと見上げている視線を見返した。

 

「そっちじゃない」

「ははっ、ごめんごめん」

 

 拗ねたふりをする甘えん坊の頬を両手で包む。

 自分達の間には9㎝の差がある。横たわっていない状態で口づけする時は燭台切が高い所にいることが殆どだ。そんな時鶴丸は燭台切を引き寄せて、自ら首を伸ばして、積極的に行動をする。

 しかし今日は、後ろ側から回した手を燭台切の内太股に差し込み燭台切を見上げて待っているだけだ。

 

「弱ってると可愛いくなるね」

「俺はいつも可愛い」

「そうだけどさ」

 

 燭台切は身を屈め、待ち望んでくれている薄い唇に自らの唇を落とした。ふに、とした感触が一回。ゆっくり離す。

 閉じなかった金の瞳は、まだ満足出来ずに、もっと、と声を出さないで囁いた言葉を代弁している。

 それに従いまた唇を落とす。燭台切は唇の感触を楽しみたいので今度は目を瞑った。目標を違えず捉えられたお陰で、ふに、と柔らかな感触が再び。さっきよりは少し長めに押し付けて、目を開きながら唇を離す。

 見つめてくる瞳の感情は変わらないだろうと分かっていたので確かめないまま、また口づけた。ふにふに、何度も上から降りて落としていく唇。音のしない柔らかな音は、ちゅっちゅっと音が立つ感触へといつしか変わっていく。

 

「鶴さん、口、開けて」

 

 まだ濡れていない唇をぺろっと湿らせてから誘導すると素直にそこが開かれる。割れた部分に舌を差し入れた。

 そこでも待つだけの鶴丸をつん、と突いて、絡ませないまま歯列をなぞっていく。小さな唇全体を燭台切が覆い被さって塞いでいるから、奥まで侵入することが出来る。

 

「んぁ、」

「ふ、・・・ん」

 

 いつもしてもらっている様に口の中をねっとり満たし、上顎の壁をちろちろ舐めると、受け入れるだけだった鶴丸の体が僅かに反応した。自分に入っている燭台切の舌を自らの舌で絡み取り始める。

 内太股に添えられていた両手もそろそろ、と上下に動き出す。

 性急さも切羽詰まった焦りもまだない、この雰囲気を壊さない為にか、少しずつ、少しずつ。

 溢れてくるお互いの唾液をお互いで混ぜて分けて飲み下して。火種にもならない熱が身の中に巡ってくる。いつの間にか上がっていた鶴丸の手に背骨をなぞられてぞく、と舌が動いた。それを熱い鶴丸の舌に強めに吸われ、鼻が甘く鳴ってしまう。

 鼻で息すると鳴き声を上げてるみたいになってしまって、息継ぎをする振りをして唇を離した。

 

「は、ぁ・・・・・、むぁ」

 

 けれどすぐに寂しくなり、鶴丸の頬を掴んだままだった両手を顔に引き寄せる様にまた唇を塞ぐ。

 

「ん、ん・・・・・」

 

 燭台切の上半身を十分撫で終わった鶴丸の手は再び下に降りており、今は燭台切の尻にあった。痛くはないが感覚を常に意識させる強さでやわやわを揉んでくる。舌も積極的に絡めてくるからもう立ち込める空気に気づかない振りも出来ない。

 

「・・・・・・つる、鶴さん、」

「ん、・・・・・・何だい光坊」

 

 透明の糸を引きながら、触れさせたままの唇で応酬する。柔らかな感触の後ろ髪を撫でて、まだ口づけが足りなそうな金を宥めつつ。

 だが、それでも足りない部分は埋まらないらしく、代わりに下の手が強くなる。

 

「ぁっ、・・・・・・ね、それ、どきどきしてしまう」

「そんなことしたい気分じゃないって?」

「そういうことしたい気分になってるから、そんなことされちゃうとすぐ下着が汚れちゃうってこと。言わせないで」

「悪い、言わせたかった」

「だと思いました」

 

 と、形の良い鼻をむぎゅうと摘まむ。鶴丸は久しぶりに目元を和らげた。それに吊られて燭台切も目を細める。鶴丸が楽しそうだったり嬉しそうにしていると燭台切も楽しくなるし、嬉しくなってしまう。すっかりそうなってしまったことに不満はない。

 摘まんでいた手を離した代わりに今度はそこに口づける。カチャカチャと早速人のベルトに手を掛けている鶴丸の鼻に。

 常であれば鶴丸は、まずジャケットを脱がし、ネクタイを解き。シャツのボタンをゆっくり焦らして外していく。そして前戯へと入るのだが、今日はいきなりスラックスに手が伸びている。焦った様子もないが、やはり精神的に疲れている為、早急になっているのだろうか。

 付き合ってやりたいが、慣らす位の時間は欲しいと、下着ごとスラックスを太股下まで下ろされながら思う。

 

「っ、」

 

 シャツの裾に僅かに隠れているとは言え、ほとんど勃ち上がっているものが二人きりの空気に曝される。細いが男らしい指は迷わずそれを握った。

「あっ、」

 分かっていたのに、思わず触れていた鶴丸の頭を抱き締めてしまい、その顔を自分の胸へと押し付けてしまう。

 

「むが、」

「ご、ごめん。つい、」

「・・・・・・いや、むしろありがとうございます」

 

 胸に向かってお礼を言われてしまった。

 謝罪の為に体を離し顔を下に向けると、目の前のネクタイを餌か何かと思ったのか、ネクタイの端を咥えている上目使いにどくん、と胸が鳴る。

 

「煽ってくるんだから」

「好きだろう、こういう俺の煽り」

「好きだよ。格好良くて、どきどきするもの」

「シャツの裾も汚れちゃうか」

「・・・・・・えっちなこと言う」

「疲れてるからしゃーない」

「あ、も、急にぃ」

 

 シャツの裾に染みを作る前に助けてやろうとばかりに握る手が先端に被さり弄り始める。

 ゆるい力加減は強すぎる刺激ではないから却って触れられていることを意識させられた。

 鶴丸も好きだが鶴丸の手も好きだ。だから触られていると思うと、それだけで力が抜けていく。良い意味でも、少し恥ずかしい意味でも。

 それに快感を付随されてしまえば抗うことも出来なくなってしまう。元々抗うつもりも毛頭ないけれど。

「どうだい。さっきまで、刀を握ってた手の感触は」

 その言葉に、燭台切の体が分かりやすく揺れる。鶴丸の口の端がにやんと上がった。

「良い反応。光坊は戦う俺の手が好きだからな。それが君の快楽で汚れていくのは背徳的だろ?」

「ふ、ぁ」

 ほら、ぬるついてきた。と下から愉悦の喉を鳴らされる。

 手つきは優しいのに見下ろす感情を見せるその物言い。溶け始めていく自分の声を噛み隠しながら、おっとこれは変に意地悪スイッチが入り始めているぞ。と分析した。

 戦場への高揚感が同じ作業を繰り返すことで擦り切れていき燻った燃えカスだけ懐に持ち帰って来てしまった様だ。

 戦帰りの高揚で抱かれるのでも、愛情だけで抱き合うのでもない。中々に珍しいシチュエーション。

 これは満足させるのも骨が折れそうだ。

 

「どうした、上の空かい」

「くぅ、っん」

 

 意識を戻すためか手の動きを早めてくる。少しのよそ見もダメらしい。なんて面倒くさい。それ以上に可愛いけど。

 

「ごめんね、さみしかった?きもち、よ」

「本当かい?」

「うん、ほんと。上手、鶴さんはいいこだね」

 

 いつも愛し合っている時、鶴丸から与えられる快楽を拾って燭台切が反応を返すと、鶴丸は燭台切を良い子だと褒めてくれる。今日は燭台切が甘やかす立場なのでいつもと逆のことをしてみた。

 頭を撫でながら鶴丸の頭を抱き寄せる。

 そうすることで鶴丸が少し満足げに鼻を鳴らすのが聞こえた。本当に可愛い。

 そんなことを考えていると鶴丸の手から与えられる緩やかな快感が波の様に大きく繰り返してくるようになった。

 

「ふ、ぅ・・・、ん、あっ・・・、んんっ!」

「イきそうか」

「・・・うん。だから、イかせて?」

 

 後頭部から項まで手を滑らせてお願いすれば、好きな触り方を熟知している鶴丸が上り詰めてる燭台切の熱を吐き出させようと追い立てていく。手袋をつけたままなので生地と素手の指先の感触の違いが、信じられないくらい気持ち良い。

 

「あ、あ、あ」

 

 感触も、触り方も、手も、鶴丸自身も好きでそんなに長い時間耐えられる筈もない。鶴丸の頭を抱えたまま体が小刻みに震える

 

「あ、っも、いく――っ!」

 ぐっと自分の奥側がじんわりと何かが広がる様な、それでいて爆ぜていく様な。鶴丸の手の中で達したそれは白い熱を迸らせる。

 受け止めきれなかった物が鶴丸の手から滴って、パタパタと畳の上に落ちていった。

 水の膜が薄く張った片目を開き、抱えた鶴丸の頭越しの部屋をぼんやり眺める。は、はと息を整えようと胸は勝手に動いている。そのせいで今日はまだ殆ど乱れもしないスーツの下の胸の尖りが触れられてもいないのに随分と主張していて、生地に擦れているのが分かった。ジャケットが皺になるのも嫌だし、いっそ全て脱いで触ってもらおうか。そう考えて抱き締めていた鶴丸の頭を解放した所で

 

「っ、そっち、」

 

 いつの間にか鶴丸の手が燭台切の後ろに回っており、精に濡れた指が後孔へと触れる。

 

「光坊、燕尾の裾、ちょっと自分で持っててくれるか」

「・・・・・・はい」

 

 脱ごうと思っていたことは言わず、指示通り燕尾の裾を握って開く。そして持ったまま鶴丸の両肩にそれぞれの手を置いた。

 そうすることで尻を後ろに少し突き出す形になる。言われてもいないのに無意識に取った格好にはたと気づいて一人で顔を赤らめた。

 鶴丸は当然だと思っているのか何も言わない。こういう少し驕っているというか、無意識に支配する側に立っているというか。そういう明るくて優しい鶴丸の奥底に隠れた一部分も実は好きだったりする。言うつもりはないが、鶴丸は意識せずとも何処かで感じ取っていそうである。

 

「んぅ・・・」

 

 濡れた生地に包まれている中指が一本。ゆっくり押し入ってくる。それを苦しいと思う時期はとっくに過ぎている。あまり間も開けず、定期的に愛し合っているため、きっと燭台切のそこは鶴丸の拒み方をすっかり忘れているのだろう。

 それを証明するかの様に、今もいとも簡単に鶴丸の指を飲み込んでいく。

 当然ながら一本から二本へとすぐに指が増えた。それも容易く飲み込んだが、鶴丸を受け入れること自体を快楽に結びつけている脳が、燭台切の体を震わせる。

 ゆっくり入り、ゆっくり出ていくだけの感覚は強い刺激ではない。だからイマイチ理性が飛ばないから、もどかしさを感じる。

 良い所に触れもしてくれないから尚の事。

 

「はっ、あっ・・・。ん、んんぅ。もっと、だいじょぶ、だからぁ・・・」

「んー」

 

 しがみついている肩から首を伸ばして、耳に吹き込んでも鶴丸の反応は薄い。指の本数も早さも変わらないままだ。

 

「つるさぁん・・・」

「もうちょいもうちょい」

 

 名前を呼んで促してもどこ吹く風。

 指を埋めていない方の手は尻肉をもにもにと揉んでいて時おり外側に広げてくる。入り口が広がると空気を中に感じて、尚更いっぱい埋めてほしい気持ちになる。

 鶴丸が今与えてくれている愛撫はどれも強いものではないので、未だ意識を保ったまま小さく体をびくびくさせることしか出来ない。

 もどかしくてもどかしくて。なのに精を吐き出していた燭台切の芯はまた、勃ち上がっていく。しかし今はシャツの裾が染みで汚れてしまおうが気にしていられない。

 

「ふぅ、・・・っふ、は、ぁ・・・んぅ」

 

 シャツの染みが広がり、生地が吸収しきれなくなった精混じりの滴りが燭台切の太ももを伝い初めても鶴丸の指は一定の動きを繰り返していた。

 最初は両膝を畳に立てたまま足を広げたり、更に腰を突き出したりして良い所に触ってもらおうとしたがそれでも鶴丸は望むようにはしてくれなかった。

 繰り返される緩やかな愛撫、もはや責め苦と言っても良いそれはやはり燭台切の理性を削りきってくれない。だから形振り捨てての懇願もまだ出来ない。

 

「も、だめ、ぇ・・・」

「おっと、」

 

 ずっとがくがくと震えていた膝が限界を迎えて腰が落ちる。下は鶴丸の胡座だったので、対面座位の形となった。なのに鶴丸はまた両手で燭台切の尻を支えて。指での出し入れを再開するだけだ。

 ずっと俯いて、震える体をやり過ごそうとしていたがさすがにこれ以上黙ってはいられなくて、顔をあげた。膝立ちの時とは違い今は同じくらいの高さに顔がある。目の前に好きな顔があって嬉しい筈なのに、涙目で責めるように見てしまう。

 

「どっ、していれてくれないのぉ」

「今いれてるだろ、指を」

「ちが、ちがうって分かってる癖にっ、あ、なんで、んぅ」

 

 胸を軽く叩こうと震える拳を握った所で、鶴丸の唇で言葉を塞がれた。食みながら舌をいれられると応えてしまうのはもはや条件反射だ。

 胸を叩く筈だった拳はすぐに開いて、自由な腕は鶴丸の首へと回る。深く舌が交わると、足りない鶴丸が少し埋まって落ち着いた。指と違って鶴丸の舌は情熱的で、欲と熱と愛を感じるのが余計に作用しているのだろう。

 

「んんぅ、っん」

 

 息苦しさが頭を朦朧とさせて、じゅくじゅくとした鈍い熱で熟れ始めていた体を舌と指だけで静かな絶頂へと導いていく。

 前を触られずに達することはあってもこんなにゆっくりと上り詰めていくことはなかったから、理性がもどかしさにのたうって瞑っていた目から涙がひとつ流れる。

 低温の熱で金を鈍く光らせていた瞳はずっと燭台切を観察していた。もちろん透明な一滴も見逃す筈もなく、名残惜しげに解いた舌を目元へ這わす。

 

「つるさ、」

 

 涙で滲む視界の先。美しい男が、愛しそうに微笑んだ。そして燭台切の耳元へと唇を近づける。

 

「緩やかに、イってごらん」

「ぃっ――」

 

 甘く甘く。低くて掠れた甘露が耳から流し込まれた瞬間。

 息を詰まらせたまま、自分の体が大きく波を打った。いつもの激しさはないのに体が痙攣している。

 

「良い子」

 

 ぐじゅぐじゅの甘い声がまたも耳を犯していく。そして声も発せない燭台切の唇を、そのとろける甘さの唇がまた塞ぐ。その熱さと滑りの心地よいこと。

 今も中を出し入れしている指も気持ち良くてたまらない。背中に力が入らなくて、鶴丸の首に腕を回してしがみついていなければすぐに崩れ落ちてしまいそうだ。

 ぎゅっと更に抱きついたことで、鶴丸と自分の間にある燭台切の屹立が鶴丸にぴたりとくっつく。ドライで達した為に萎えていないが先走りでびしょびしょになっているシャツの裾は勿論、鶴丸の戦装束が汚れてしまうことももうどうでも良い。

 擦れるのが気持ちいいから、二人の間で擦れる様に腰を揺らした。

 

「・・・・あはっ、かぁわいい~」

「んあ、くにながさま・・・。くにながさまぁ」

 

 削りきれていなかった筈の理性は、あの緩くて大きな絶頂と鶴丸の甘露のせいで、燭台切も気づかぬうちにいつも以上に大きく崩壊していた。遠い昔の呼び方が口をついてしまう程度には。

 

「きもちーかい、光坊」

「きもちっ、気持ちいい、です」

「ふふっ、そうかぁ。これだけでもちゃんと気持ちいいかぁ。偉いぞ光坊。可愛くて良い子には褒美をあげたくなってしまうなぁ」

 

 普段の快活さなんて見る影もない。ねっとりとまとわりつく甘い掠れ声にも感じてしまう。

 その声を飲み込みたくて今度は燭台切から舌を伸ばしてその滑りを絡ませてもらった。もう唾液が飲み下せなくて、首元へと滴る。

 すると今までずっと燭台切の中に出し入れしていた鶴丸の指が抜かれた。

 鈍った頭ではよく分からなかった。先を考える必要もない。今は鶴丸が与えてくれるものを甘受すればいいのだから。

 夢中で舌を絡めていると、鶴丸の片手が戻ってくる。しかし中には埋められず、もう片方と同じように反対側の尻肉を掴んだ。

 今度はちょっと強めに鷲掴みにされ、もにゅもにゅとそのままの強さで揉まれる。縦に揺らされ両側に割り開かれ。二人の間で擦れる前と相俟って達してしまいそうになる。

 一層唇を開いて、舌をもっと絡ませようかと思った時、割り開かれた尻の間にぴとっ、と熱くて固い感触が。思わず唇を離してしまう。

 これだ、燭台切が今一番欲しいものは。やっと鶴丸が与えてくれる。嬉しい。早く鶴丸でいっぱいになりたい。

 与えられる悦びに感謝しようとすると、

「まだダメ。今は形だけな」

 と、意地悪と愛しさを細めた瞳に先手を打たれてしまう。鷲掴んだ手が、前の屹立を擦る為に浮いていた燭台切の尻をしっかり落とさせる。それによって鶴丸の固さがはっきりと感じるようになった。

 

「ひぁ・・・!は、は、」

「わかるか?」

「んっ、ん!」

 

 強い手に掴まれた腰は鶴丸の意志のままに誘導させられる。時間を掛けてゆっくり前後させられることによって、根本から先の方。長さと太さ。熱さと固さを、今からいれてもらう場所でなぞり、覚え込まされていく。

 その形が頭に浮かんで、いれてもらえた時の感覚が浮かんで。腰が痺れて動けない。鶴丸に誘導してもらわないと腰を前後に動かすことも出来なかっただろう。

 鶴丸がほしくてほしくて、もうおかしくなりそうだ。

 

「くにながさまぁ。へんにっ、変になっちゃう・・・!」

「なっちまえ。大丈夫、可愛いぞ」

「!!っだめ、ぇっ・・・!それ、がまんできな、」

 

 ガッ、と今までで一番大きく尻を割り開かれ嬌声をあげてしまう。早くいつもみたいに鶴丸を咥え込みたくてたまらない入り口がひくひくとひきつっているのが自分でもわかった。

 

「出来るさ。君は良い子だからなぁ」

 

 鶴丸はそのひくついている入り口にわざと先端を押し付けて囁く。

 

「それに今日は俺を甘やかしてくれるんだよな?俺、もっと君がおかしくなるとこが見たい。だから、」

 

 ぐり、と先端を更に押し付けたかと思いきやすぐ引いた。そして燭台切の腰を動かしてまた形だけをなぞらせる。

 

「我慢、な」

「やだぁ、も、出来な、がまんできない」

「ふふ、いいぜぇ。その調子」

「ほしい、おねがい、くにながさまぁ。ほしい、っく、」

「ありゃあ。おいおい泣くな泣くな。・・・・・・ますます止められなくなる」

 すすり泣き始める恋人を見て楽しそうに鼻を鳴らし、腰をぐっぐっと押し付ける。鬼畜だ、と頭の奥底でまだ残っていた自分の声がした。その声が鶴丸にも聞こえたのだろうか少しだけ苦笑いへと変わる。

「・・・・・・あんま虐めすぎると嫌われるかな」

「ならない!好きっ、国永さま、すき、つるさんだいすき、」

 虐められている真っ最中だと言うのに、考える前に感情が頭を振って否定した。

 きっと理性が残っていたらわざと鶴丸の言葉を肯定していただろうに、感情が剥きだしの自分は呆れる程に鶴丸が好きすぎる。だから体裁を自分で整える努力をしなくてはいけないし、こうして時々鶴丸に体裁をひん剥かれることになるのだ。

 格好良いを信条にしている燭台切にとっては致命的な弱点ではあるが、こればかりはどうにもならない問題としてとっくに悩むことはなくなっている。

 

「君はそうやって、素で俺を甘やかしてくれる。・・・・・・本当に、君なしで生きていける気がしない」

 すすり泣く頬にちゅ、と口づけながら言ってくれる。その声色と瞳は優しい。

「いかんなぁ。君の剥き出しの愛情が聞きたいが為に虐めすぎるのは俺の悪い癖だ」

「くにながさま・・・・・・」

 

 優しさが戻った鶴丸はきっともう虐めない。ほしいものを全部与えてくれる。そう安堵する思いで名前を呼んだ。

 鶴丸はその思いも汲んだ様に微笑み、ごめんな。と謝った。

 

「ちゃんと、君がほしいものを与えてやる」

 

 割り開かれたそこに熱い先端が宛がわれた。今度は引かれることはなく、ぐぷ、と入り込む。

 

「ひ、ぃん!あぁっ・・・!!」

「・・・っ、すっごいな、とろっとろだ」

 

 たまらないと言いたげに、鶴丸が熱い息を吐く。耳の中に吹き込まれて、体を大きく身悶えさせた。

 

「うぁ、あっ、んあっ!」

「あー、ヤバイっ、ヤバイなぁ。全部咥え込んで欲しくなる」

 と言いつつそれ以上奥には入ってこない。それどころか燭台切の尻をゆっくり持ち上げ、ぐぽっ、と先端を抜いた。

「!?やだぁっ・・・!やだ、いやだあ、もう、」

「出し入れするだけだ、そんな泣くな」

 またゆっくり腰を下ろさせて先端だけ入れる。繰り返していくうちにゆっくりから少し早めになったが、先端部分しか出し入れをしてくれない。奥までほしいのに。尻を持たれてぐっぽぐっぽ、と浅い上下運動で卑猥な音を響かせているだけだ。

 ただ、入り口を何度も広げられて鶴丸のくびれが縁に引っ掛かる感じはたまらない。ぞくぞくと何度も感覚が走り、頭が痺れる。

 

「んんぁ、う、んぅ・・・」

「ふふ、光坊も悪くないみたいだな。長く楽しめそうだ」

「んっんっ!きもちいっ・・・!でも、おくもほし、あ、あ、や、ぁんっ」

「勿論あげるさ。でも君がトんでしまったらつまらない。君がな、緩やかに何度も何度もイけたら、最後に奥まで突いてやる」

「ほん、と?」

「本当。息も絶え絶えな君をこのまま、ずんっと引き落として、奥の奥まで咥えさせて沢山突いてやる。善がって、痙攣して、潮吹いたって止めないで君を存分に愛してやるよ」

「ひぅっ――ぁっ!!」

 鶴丸の言葉に体がびくびく、びくびくと震えて、鶴丸の先端を咥えたままの後ろがきゅうと締まってしまった。

 

「っぶね、・・・想像しただけでイったのかぁ。素直だな、君は」

「ぁ、や、なにこれ、きもちい、の、とまらな」

 

 体の刺激より脳の快楽で迎えた絶頂は波の引き場所が分からない。潮が満ちていく様に燭台切は快楽に浸されていく。

 鶴丸にしがみついてもう引くことのない絶頂に体を小さく痙攣させるしかない。そんな燭台切に鶴丸は非常に満足そうに目を細める。

 

「その状態で、奥まで一気に突かれたらさぞかし気持ちいいだろう。ブッ飛んじゃうな」

「ひぁあ!ああ、っんぅう、~~っ」

「さて、頑張ろうなぁ光坊。俺をいーっぱい甘やかしてくれ」

 

 強請る様に口をぺろ、と舐められて。甘える子猫を思わせる仕草。もしくは獲物をなぶり食らう獣か。

 どちらでも良い、相手が鶴丸ならば。

 

「はい、くにながさま・・・・・・」

 燭台切は益々とろけた声も隠さず悦びの返事を返した。

 

 

 

 

 

「~♪」

「おとうさん?」

 

 探していた黒いジャージを目の端で捉えた。廊下を曲がったその背中を追いかけて、厨でもよく聞く鼻唄を、名前を呼ぶことで呼び止める。

 やけに身長が低く、そして髪の色が本来呼びたかった相手とは正反対の白銀だと気づいたのはその人物が振り返った後のことだ。

 

「よぉ、小豆」

「おや鶴丸さんだったか。すまない。くろいじゃーじしかみていなかった。そのじゃーじはおとうさんのもの、だよね?」

「ん!そうだぜ!光坊に借りた!」

 

 見せるように手を挙げる。余った袖がゆらゆら揺れた。大分年上の幼子の様な仕草が、子供好きの小豆は好ましくて肩を揺らす。

「鶴丸さんはげんきだな。きのうはうわさのしげんかいしゅうしゅうかいじごくだったときいたが」

「その通り!俺はあの地獄からの帰還者だ。どうだ驚いたか!」

「はっはっは!すごいなぁ、ほかのみんなはしそうをうかべてかえってきたうえにいまもいきたえだえだというのに。さすがはおとうさんのみこんだおとこだ」

「そうだろう、そうだろう」

 

 鶴丸は機嫌良く頷いている。小豆の言葉に喜んでいるとしても、やけに機嫌が良すぎる気がした。手に水を張った木桶やら手拭いやらを持ち、腕に下げている洋服籠に洋服ではなく畳掃除用のスプレー等が入っているのも謎だ。

「鶴丸さん、つかれているだろう。そうじならわたしがしよう」

「ん?ああ。これか。いや、いい。これはちょっと後始末に使うだけさ。大袈裟な掃除をするわけじゃあない」

「そうかい?てつだいならいつでもするよ」

「ありがとうな、小豆。さすがは俺の息子」

「わたしは鶴丸さんのむすこではないのだが・・・・・・」

 触られることはないが頭を撫でる仕草をされて照れてしまう。父から頭を撫でられると嬉しいだけだが、その恋刀からされるのは何とも言えない気分になる。

 

「君は?何か光坊に用事だったのかい?」

「あ、ああ。おとうさんからきいていないかい?きのう、おとうさんとすいーつをつくったんだ」

「へぇ」

「うん。鶴丸さん、しゅつじんでつかれてかえってくるだろうから、とびきりあまいのをつくるっておとうさん、すごくはりきっていてね。でも鶴丸さんがかえってきてもおとうさん、とりにこなかったからどうしたのだろうとおもって」

「そうだったのか。・・・・・・・あの子は、まったく、もう」

 

 鶴丸は、はぁ、とため息をついて見せるが唇は笑みの形を作っていた。あ、恋刀の顔をしていると、鈍い小豆でもわかるくらいに締まりのない顔だ。

 

「おや、生きてらっしゃる」

 

 肝心の父はどうしているのか聞こうとした所に爽やかな声が掛けられた。にこやかに近づいて来るのは一期一振だ。

 

「・・・いーちーごーお!」

「私に怒るのはお門違いですよ。私は嘘などついておりません。出陣だと言っただけです。内容を偽るべきだと提案したのは長谷部殿です」

「周回地獄だと知ってて黙っていたのは同罪だろ」

「言ったら駄々を捏ねるでしょうあなたは。あれは只でさえ疲れるのですから余計な手間を掛けないで頂きたかっただけです」

「ったく。ああ言えばこう言う」

 

 ふん、と納得していない風ではあったが鶴丸はそれ以上何も言わない。おや、と一期が首を傾げた。

 

「驚きの標的にしてやる!くらい言われるかと思ったのですが・・・・・・何やらかなりご機嫌の様子」

「俺は寛大だからなぁ。こんなこと位じゃ怒んないぜ?」

「変な所で短気な方が何をおっしゃる。・・・・・・ああ、成程」

 

 一期は鶴丸の全身と手に持っているものを見て一人頷いている。

 

「随分とお楽しみでしたね」

「まぁな!」

「?なにがおたのしみなんだい?」

 

 二人の会話に割り込んではいけないと思っていても、よく分からない会話の流れに疑問を投げ掛けてしまった。二人ともそんなことで気分を害する刀ではないので、小豆の疑問を受け止めてくれる。

「疲れを言い訳にとびきり甘いものを沢山強請った、と言うことですよ」

「すいーつかい?」

「はははっ!まぁ、そんなもんさ。だからな一期、また行ってやってもいいぜ?資材回収周回地獄」

「・・・あなたがそんなこと言い出すとは。一体どれほどのことを・・・、いえ、結構です。主や長谷部殿には私から進言しておきましょう。あなたを資材回収させる時はほどほどに、と。そうでなければいくら頑丈な方とはいえ体が持たない」

「余計なことするなよなー」

「あなたの浮かれ具合がえぐい」

 

 一期は王子さまらしからぬ顰め面で、鶴丸を非難しているらしいことはなんとなく分かった。

 それ以外はよく分からないが、

「わたしでよければ、あまいものたくさんつくるよ?」

「ん?」

「あまいものたくさんたべてげんきがでたのだろう?そして一期さんはつくりてのひろうをしんぱいしているのではないのかい?わたしならすいーつづくりはとくいだし、たいりょくもある。まかせてくれ」

 

 と、胸をどんと叩いて見せる。二人はぽかんと小豆を見ていたが、鶴丸は楽しそうに、一期は困ったように笑い出した。

 

「わたしはなにかおかしいことをいっただろうか?」

「いえ、こういう純粋さが魔の手に掛かるのだと世の中の不条理を噛み締めていました。うん、弟たちも純粋なだけでは身を守れないな。あの子達にも良く言っておこう。って、鶴丸殿、笑いすぎですよ」

「っいやぁ、すまんすまん!やっぱり似てるなぁと思ってな」

 

 笑い出して悪かった。馬鹿にしたわけじゃない、と鶴丸は笑いをおさめる。

 

「ありがとうな小豆。君の気持ちは嬉しい。でもな、俺、甘いものそこまで大好きって訳じゃないんだ」

「そうなのかい」

 

 では何故、鶴丸は先ほどあんな風に言ったのだろうか。ご機嫌の理由は疲れた後の甘いものではないのだろうか。

 その疑問が顔に出てたのだろう、鶴丸は優しさから、にやっとした顔に変わる。

 

「俺にとっての甘いものはひとつで十分。それを存分に味わいつくして疲れを取るのさ」

 黒いジャージを身に纏った鶴丸は、今も甘い香りに包まれているかの様に満足げに鼻を鳴らす。

 小豆もすん、と鼻を鳴らしたが本丸内の爽やかな風しか鼻腔に感じることは出来なかった。

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