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他人の実りを羨む奴は


「光忠の胸はいいぞ」


 始まりは自分の一言だった。
 それは素直な感想であって、他意はなかった。惚気の意味もなかった・・・・・・とは言えない。ちょっとした自慢くらい許されるだろうと思ったのは事実だ。
 しかしその一言からどういう話の流れになるかというのは分からなかった。一寸先は闇。闇の中には何かが潜んでいる。
 そう考えれば自分の追い求めている驚きというものも一寸先、案外身近にあるものなのかもしれない。幸せの青い鳥みたいだ。俺は驚きの白い鳥だけれども。
 白い鳥である自分の一鳴きにそこに居た、春告げ鳥と月と龍と赤い果実が顔を向ける。

 

「あの豊満な胸は、最高だぞ」
 

 拳を静かに握って、真剣に言う。
 光忠、最愛の恋刀だ。見た目も中身もどこをとっても素晴らしい、愛おしい存在。そんな彼を愛しく思っているものはもちろん多い。その気持ちが、自分が光忠に抱いてるものとは違う愛だと分っていても、時々心配になるくらいには彼は人気者だったりするのだ。
 だから自分は牽制の意味と純粋にいいだろうと宝物を見せつける意味をもって時々こうして自分の恋刀自慢を披露する。そして今日は彼の豊満な胸を自慢したい気分だった、それだけ。

 

「・・・・・・ふん」
 

 大倶利伽羅が何を今更と言いたげに鼻を鳴らす。
 光忠大好き刀というテーマのバラエティ番組に出演することがあれば、まず間違いなく一番に紹介されるだろう大倶利伽羅は光忠の寵愛を受けている。光忠に抱きしめられ、その胸に顔を埋める率は自分と同じくらい、もしかしたらそれ以上かもしれない。大倶利伽羅にとって光忠の胸が最高なんてことは、何も知らない司会者にどや顔で言われるとそれだけでイラッとするレベルの常識なのだろう。

 

「鶴丸は今日も馬鹿言っているな」
 

 大包平のことを言ってる時とは違い、本当に馬鹿だなこいつという口調で返して来るのは光忠の祖父を自称している鶯丸だ。いつもは優しさ溢れる刀なのに、最近自分に対してはちょっと冷たい。たぶんこの間言った「大包平がこない君から光忠までもらい受けることになって、申し訳なさでいっぱいだぜ!」満面の笑みで言ってしまったのが原因だと分っている。光忠に貞ちゃん、鶯丸に大包平、蜻蛉切に村正、そして主には長曾根と不動の話題。これらは本丸内でもタブーとされている話題である。それなのに自分はそれを破ってしまった。酒の席って怖い。
 鶯丸の言葉に大倶利伽羅がうんうんと頷く。自分と光忠が恋仲になってからというもの、この二人が仲良くなっている気がする。大倶利伽羅の祖父を自称する自分からしてみれば寂しいことこの上ない。しかし理由もわかるだけに異議を唱えることも出来ない。

 

「そうか、最高か。鶴がそんなに言うんだ、光忠の胸はいいものなのだろうな。どれ、俺も触ってくるか」
「三日月、その美しいかんばせを赤で染め上げてやろうか?それとも血の気を失った白がいいか?選ばせてやる、選べ」
「国永、それには及ばない。相手が天下五剣であろうとも俺一人で十分だ」
「三日月、命は大事にしろ」
「はっはっは!冗談だ!せこむとやらは強いなぁ」

 

 楽しそうに肩を揺らす三日月。光忠の作る料理に餌付けされている美しすぎる刀。三日月もまた鶯丸と同じように、年長者として光忠を可愛がっている。美しい刀と愛らしい恋刀が仲睦まじくしている姿は自分にとっても目の保養である。
 しかし、油断ならない。自分は三日月がさりげなく光忠にセクハラ行為を働いているのを知っている。三日月本人としてはただのスキンシップに過ぎないのだろうが、さりげなく膝を撫でたり、太腿に手を置いたり、尻を触ったり、そういう姿を光忠と恋仲になる前から何度も見ている。三日月の孫的存在である師子王が甘やかした結果だ、今更何を言っても仕方がないが、それでも腹の立つものは立つのだ。冗談だと分っていても本体に手をかけてしまう。
 自分と同じような反応を返す大倶利伽羅と鶯丸。一応光忠に性的に触れていいのは自分だけと認識してくれているらしい。三日月に毛を逆立てながらもそのことにちょっとほっとした。

 

「まぁまぁ、皆さん、落ち着いて。ここで争って悲しむのは燭台切殿だと思いますよ」
 

 一期が苦笑いで場を収める。穏やかな雰囲気は殺伐としていた部屋の空気を落ち着かせる。もともと血の気の多い刀もいないこともあって、場がふっと和らいだ。常識刀が一振りいるだけでこんなにも安心できる。一期は自分にとって可愛い弟分、光忠に関しても心配していることはない。安全牌一期。いちごパイって美味そうな響きだ。
 

「元はといえば鶴丸殿がいけないのですから。いいぞ、とか最高だぞとか語彙力の低さを露呈させず、何がどういいのか、どう最高なのかと細かに言うべきではないですかな?それは鶴丸殿だけに与えられた特権であり、義務だと思いますよ」
「君は俺を貶めたいのか、光忠の胸の感想を聞きたいのかどっちなんだ」
「もちろんどちらもです」
「よしわかった、表に出なさい」

 

 安全牌だったはずの弟分はとんだ毒入りのパイだった。自分が光忠と結ばれた次の日に呟いた「人妻ですかぁ・・・・・・」の一言で魔女が作った毒入りパイに変わってしまったのだ。王子のくせに。紳士的で礼儀正しい彼の、女好きを思い出させてしまう程、その日の光忠の幸せ気だるげオーラがすごかったのは事実だが、目覚めさせてはいけない寝た子を起こしてしまったようだ。光忠に恋愛感情を持っていないこともわかっているので御しにくい。
 

「一期が言うことは間違ってない。そもそも国永がくだらないことを言いだすからいけないんだろう」
「だってな、倶利坊。光忠の胸はいいぞ、最高なんだぞ」
「語彙力がなさすぎる」

 

 つんと額を強めに突かれる。地味に痛い。
 

「仕方ありませんよ大倶利伽羅殿。鶴丸殿はご自分がこの胸でしょう?燭台切殿の豊満な胸をどう表現していいかわからないんです」
「確かに、自分が持っていないものを言葉で表すというのは難しいものだ」
「は?」

 

 一期と鶯丸の言葉を聞き返す。意味がよく分からない。何故光忠の胸の話から、自分の胸の話になったのか。
 

「そうだなぁ。鶴の胸は、光忠とは比べ物にならんな。こういうのを何というんだったかな、一期?」
「貧乳ですな」

 

 ぽかんとしている自分の胸に四振りの視線がじっと集まった。どういう状況なんだ。
 

「国永はひんにゅう」
「く、倶利坊。お前なぁ」

 

 大倶利伽羅が「貧乳、覚えた」と一振りでこくこくと頷く。可愛らしい仕草にいつもならメロメロになるが言っていることが言っていることだけに、口の端がひくひくと動くのがわかる。光忠なら大倶利伽羅のこんな姿見てもちゃんとメロメロになるのかもしれない。
 

「ひんにゅう、貧乳。貧しい乳か。うむ。というか、鶴のは、はっはっは!見事に抉れておるなぁ!」
「膨らみのない胸に意味はあるのでしょうか。もはやそれを胸と呼ぶのは胸への冒涜なのでは・・・・・・」
「俺にとって君達は、倶利坊と同列ではないといい加減気づくべきだな」

 

 男の身であれば、胸に豊かな実りがないのは当たり前なのだから、貧しい乳と言われても気にするところではない。しかしこの二振りに言われると無性に腹が立つのは何故だろう。
 自分の本体を手に取りながら片膝をたてると、茶をずずずと啜って一息ついた鶯丸がぽそりと呟いた。

 

「あの子も豊かな胸に包まれたいだろうに」
 

 しみじみと。心底しみじみと呟かれたその一言にぷちっと自分の中の何かが切れた。
 

「おうおう!なってやろうじゃねぇか!その豊満な胸ってやつに!」
 

 君たち驚くなよ!いや、驚けよ!そうびしりと指を突きつけ宣言した。
 溜め息をついた大倶利伽羅を除いたその場の刀が、三振三様にこれは面白いことになったと笑ったが、笑っているのも今のうちだと笑い返してやった。
 触らせてくれと言ったって、この胸は光忠のものだからな。泣いて悔しがるといいさ。

 

「たのもー!」
 

 鍛練場に必要ない大声を張り上げて踏み入れる。中で鍛練に励むもの達が一斉に注目してくる。しかし本体どころか木刀すら持たず、仁王立ちしている自分を見た途端。またか、という態度を隠しもせずに己の鍛練へと戻っていった。
 そういう反応が返ってくるとわかっていたので別にへこたれない。むしろ意気揚々と足を踏み入れ、目標に近づく。
 キエエエ!!と声を張り上げながら本体を振り下ろす同田貫だ。鬼気迫ることだと感心しながら、同田貫が腕を振り上げたタイミングで、手を伸ばす。

 

「ちょいと失礼」
「あ゙あ゙!?」

 

 後ろからその胸板をむんずと捕まえた。
 

「ううん、さすがの胸筋だ。だがちと固すぎる気がするな」
 

 わきわきと揉みほぐしながらそんな感想を述べる。
 

「何がしてぇんだよ、あんたは」
「理想の胸へのイメージトレーニング中なのさ、気にしないでくれ」
「気にするだろうが、普通は」

 

 そう言いつつ律儀に腕を振り上げた形で止まっているのは同田貫の優しさだろう。とは言ってももう少し警戒心を持つべきと思うのは、自分が男の身である光忠と恋仲だからだろうか。
 

「よし、だいたいわかった。次!!」
「選ぶ相手間違えんなよー、殺されんぞ」
「粟田口勢はみんな貧乳だから大丈夫だ」
「その発言も死因には十分そうだけどな」

 

 何事もなかったかのように鍛練を再開する同田貫は大変男らしい。
 くるりと身を翻して次のターゲットの胸を掴んだ。

 

「おお、なかなかいい具合だぞ?」
「・・・・・・鶴丸殿」

 

 はぁと、呆れたというよりは諦めたようなため息をつくのは赤紫の髪を揺らす蜻蛉切だ
 

「大きさも申し分ない。形、そして固さ。大分理想に近いものを持っているな!」
「それは誉められているのだろうか」
「もちろん」

 

 わしわしと後ろから揉みしだく。なかなかよい感触だ。あの女にしか興味のない主でさえ、「蜻蛉切さんにはばぶみを感じる」と言っていただけのことはある。
 気の済むまで揉んで、手を離した。蜻蛉切は同田貫同様けろりとしていて、まぁ普通はこんな感じ、もしくはくすぐったいと身を捩る程度だろうなと思う。これが光忠であれば・・・・・・と邪なことを考える。光忠は例外だ。たぶん元から素質がある上に感覚を開発されていき、また触れるのが自分だからあんなに乱れるのだろう。夜の姿を思い浮かべかけて首を振る。今ほしいのは豊かに実った光忠の胸ではなく、自分の胸に豊かな実りがほしいのだ。
 理想の胸を手に入れて光忠を包んでやりたい。そしてあの三振りの馬鹿野郎共と一振りのおちゃめさんをギャフンと言わせたい。

 

「ご協力、感謝するぜ!」
 

 そこにいた他の数名もついでに揉んどくか、くらいの考えでちょっかいを出した後その一言を残して鍛練場を後にした。最初足を踏み入れた時とほとんど変わらないままの雰囲気にさすがだなぁと笑ってしまう。
日頃の驚きの賜物だ。

「よう岩融!揉ませてもらうぜ!」
 

 鍛練場を後にしてからどこそこ回ってようやく見つけた人物は、魂の片割れと言ってもいいほどに近しい今剣と共に庭にいた。内番で行った畑の収穫、それでとれた野菜を運んでいたようだ。
 真っ赤なトマトが乗り込む竹ざるを頭上に掲げて運ぶ姿は、菜売り女を思い出させる。似ているのは格好だけだ。菜売りの女でこんなに見上げる程の女はいないだろう。そもそも体つきが女のそれではない。しかしその胸は、どうだろうか。
 返事も待たずに後ろから胸をわし掴む。蜻蛉切よりも身長が高いため、胸を揉むのも腕をあげないといけず、わずかに踵も浮かせた。

 

「おお、鶴丸どうした」
 

 やはり岩融もなんでもないように返事を返す。まったくもってこの本丸、自分と光忠以外にラブロマンスというものがないのだと改めて思い知る。かと言って、自分が揉んだとき誰かが艶めかしい声をあげたらそれはそれで気まずい訳だが。
 光忠にも気を付けるように言っておこう。と、思ったがよく考えて見れば、誰彼の胸を揉んで渡り歩くなど自分以外ないだろうと気づく。三日月であっても誰の胸も不可侵だ。
 もし誰かが冗談でそんなことをやったとして、万が一光忠の胸を触り、あまつさえあの愛らしい喘ぎ声を聞くようなものがあれば、「光忠の喘ぎ声を聞いたんだ、死んでもめでたいよな!?」と自分の真剣必殺の犠牲になること間違いなしである。
 そんなことを考えながらも手のうちは本能のように胸元をまさぐる。

 

「おお・・・・・・っ!」
 

 思わず感嘆の声が漏れる。広げた手のひらから少しばかりはみ出す大きさ、揉めばほどよい弾力で返ってくるそれは柔らかいわけではないが固いというわけではない。水がぱんぱんい入っている風船を揉んだ時の感触、瑞々しい張りがあるという感じだ。
 

「すごいぜ岩融!君がナンバー1だ!」
「がははは!よくわからんが誉められているらしいな!」

 

 理想の胸に出会えたことで興奮する自分も笑って流す。豊かな実りを胸に蓄えているものというのはその胸の内にも豊かな心を育てているようだ。ならば胸が抉れていると三日月に言わしめた自分の胸の内はさぞかし貧しいものだろう。枯れ果てた荒野。いや断崖絶壁。思い立って若干腹が立った。
 見てろよ馬鹿野郎共。今にこんな胸になってやるからな。

 

「つるまる、さっきからなにをしているのですか?」
 

 気づけば隣で今剣がじっとこちらを見ていた。胸に夢中になりすぎてその存在を忘れていたと変な汗が吹き出る。今剣だからよかったものの、これが他の短刀であれば教育に悪い!とお覚悟、お手打ち案件だったところだ。
 しかしやはり見目が幼いものの前でこれ以上するのも気が引けて手を離す。やましい気持ちなどまったくないのだが、良心とは意外と過敏に働くようだ。

 

「いや、俺もこんな胸がほしいと思ってな」
 

 相手をどうこうではなく、自分にこの実りがほしいのだと、やましさからはかけ離れているのだと正直に話す。しっかりと目線を合わせればきちんと伝わるはずだと今剣の前でしゃがみこんだ。
 

「つるまるはおむねがほしいんですか?ぼくのあげましょうか?さわりますか?」
「アウトすぎる優しさだなそれは!!」

 

 さらりと与えられた恐ろしい心遣いに戦慄を覚える。そういうんじゃなくてな、と震えながら断った。
 

「俺の胸はそんなに鍛えられてないだろ?」
「つるまるのおむねはぼくやさよとおなじくらいですものね」
「そうだよ!どうせ俺は貧乳だよ!抉れてるさ!!だから光忠を癒すことも出来ないんだと!!」

 

 ズバリと言われて、抉られてる胸が言葉でさらに抉られる。
 

「だから、この胸がほしいと?」
 

 岩融の面白がっているが馬鹿にしているわけではない表情に少し救われてこくんと素直に頷いた。
 

「理想の胸を見つけて、それを目標に鍛えようとしてたんだ。そしていつか豊かな胸に光忠の顔を埋めさせてやろうと、」
「にょにんのおむねではだめなのですか?」
「へ?」

 

 事の理由を説明している途中で今剣が心底不思議そうな声をあげる。
 

「いわとおしのおむねはたしかにすばらしいですけど、やっぱりにょにんのおむねとはちがうとおもいますよ?しょくだいきりをいやしたい、うずめさせたいとおもうのならにょにんのおむねのほうがいいとおもいます」
「おお、今剣の言う通りだな!」

 

 やはり柔らかさばかりは女人に敵うまい!と岩融もあっけらかんと笑う。
 

「俺、男の器なんだが」
「あるじさまにたのめば、ちちんぷいですよ、ちちだけに」
「マジでか!?驚きすぎるんだが!ちちんぷいすごいな、ちちだけに!」

 

 興奮して必死に詰め寄る自分の胸に今剣が手をあて、優しく撫でる。何とも慈愛に満ちた瞳で。
 

「かわいそうに。よっぽどつらいめにあったんですね」
「その者にしか分からない苦悩というものはあるだろうからな」
「つるまるのおむねに、このやさいたちのようにりっぱで、ゆたかなものがみのりますように」
「うむ。我らも祈っておるぞ」

 

 そう言って貧乳仲間と巨乳の刀は真剣に祈ってくれる。はっきり言って涙が出るほど嬉しかった。

「と、言うわけだ。乳をくれ。豊かな実りを俺の胸に」
「何、そういうの流行ってるわけ?」

 

 主の部屋に押し掛け事の経緯を説明すると主がわかんないわぁと言いたげな顔をした。
 

「まぁ良いけど。私はこの本丸でもかわいい子が見れるのは嬉しいし。増えるのは歓迎するよ。それが例え元男でも」
「君が大層可愛がってる乱は元どころか、普通におと、」
「やめて!それ以上言わないで!乱ちゃんは私のオアシスなの!乱ちゃんが乱君だったら私、審神者の仕事出来なくなっちゃう!」

 

 耳を防ぐ主は現実逃避を体全体で表している。政府に強制的に審神者に就かされている身で女が好きすぎるというのも難儀なんだなぁと哀れになるほどに。主も女ではあるが。
 しばらく、やだやだ乱ちゃんは女の子だもん。あんな可愛い子が男の娘なわけないもん。と呟いていたが、おーい主ー。と声をかければようやく自分の存在を思い出したようだ。落ち着いたように見えたところで再度お願いを繰り返す。

 

「胸をくれ!一時的でいい、女の器を!」
「わかったわかった。はい、ちちんぷい!」

 

 主がやるきのない声で指揮するように立てた人差し指をくるくると回した。
 

「・・・・・・?」
 

 しかし特に変化はない。首を傾げて困惑を表現すると、主はいつもは見せない笑顔でにこっと笑った。
 

「完了してるよ~」


 声も若干甘めである。対女人用というやつだろうか。自分の恋愛対象に入ったとたん態度をころっと変えるなんていい性格をしている。
 主の言葉にまず、服の上から股を触る。

 

「ない!!」
 

 自分の口から若干高めの、女のような声が出た。
 そこにはあるはずのものがなかった。器を得てからすっかり馴染み深いものとなった、鶴丸の一部。男の性の象徴であるそれがないということは鶴丸が今、女の器を得ているということだ。
 すごい!と目を輝かせる。本当にちちんぷいで出来るんだな!と面白くて体のあちこちをぺたぺたと触る。もちろん胸も。服の上からぺたぺたと。ぺったぺた。鶴丸の胸ぺたぺた。
つるぺた。

 

「ない!!!!!」
 

 女の悲鳴が口からあがる。
 

「主!上も下もない!俺、今なんなんだ!?え、何!?」
「女の子だよ。可愛い」
「胸がない!」
「個人差あるからねぇ。控えめなお胸は恥ずかしがり屋さんで可愛いよ」
「はあ~!!!???」

 

 どういうことだと言葉を投げつける。いつもであれば避けられて終わりのそれも、女の声で包装されていれば主は恭しく手にし、丁寧に受けとった。
 

「女の子になったからと言って、胸が大きくなる、と言うわけではないの」
「俺は、女になっても、絶壁だと、そういうことなのか・・・・・・」

 

 絶望で目の前が真っ暗になる。何度手を当ててみてもそこにあるのは二時間サスペンスドラマ終盤10分の舞台さながらの絶壁しかない。追い詰められた犯人である自分はそこから飛び降りるべきなのだろうか。
 いや、諦めるにはまだはやい。

 

「主!魔改造してくれ!」
「・・・・・・どういう意味」
「俺は柔らかな、豊満な二つの膨らみがほしいんだ!貧乳な女体になりたいわけじゃない!」

 

 その言葉に主が温度を下げた。
 

「なにそれ、鶴丸何もわかってないじゃん!貧乳には貧乳のよさがあるの!わかる!?確かにね、巨乳いいよね、最高だよね!あれでね、ぱふぱふしてもらうとね、仕事頑張ろう。明日も生きようって思うよ!?でもね、だからって貧乳が悪いわけじゃないんだよ!まだ蕾である少女のあの控えめなお胸、な!?最高だよ!私胸が小さくて・・・・・・って恥ずかしそうに俯く清楚な姿、最高かよ!?ああ!?ってなるの!!どぅーゆーあんだすたん!?」
「のーあいあむ!」
「他人を羨むなってこと!あんたは自分でいいもん持ってるんだから、自分の魅力を掻き消すなってことだよ!貧乳が巨乳を羨むってことは、自分の心の内の実りの悪さを胸で表してるってことになっちゃうの!本当は違うのに!」

 

 ぐさりと言葉が刺さる。確かにそうだ。自分にないものを持っている他人を羨むということは、自分を貧しいと認めているということ。嫉み、劣等感、本当に貧しい胸の内の実り(こころ)。
 

「それでも、俺は光忠にぱふぱふしてやりたいんだよ!!!」
 

 甲高い声で叫んだ。心の底からの叫びだった。自分の胸の内が貧しいなんてわかっている。それでも光忠を喜ばせることがあるなら、それがどんな小さなことでもしたいのだ。
 自分が大好きなあの胸に包まれた時の幸福感を少しでも光忠にも味合わせたい。光忠が癒されたがっている時に豊かな胸に顔を埋めさせてやりたいのだ。今の自分の絶壁では埋めるどころか打ち付けてお互い心と顔に大怪我を負うことになる。この体ではだめなのだ。
 あとあの馬鹿野郎共に豊満な胸を見せつけてやりたい。という気持ちもある。これは黙っておくが。
 必死な叫びに主が口を開いたが、何の言葉を発することもないまま閉じた。そして首を横に振りながらわかったよと矛盾した動きを見せる。

 

「ちちんぷい」
 

 その一言と共に自分の胸からぼんっと何かが生えた。
 

「ぐっ!?」
 

 突然感じる重力に思わず声が出る。恐る恐る下を向くと、二つの山が阻み、見えるはずの足元がみえなかった。その山を下から持ち上げて、離す。ぼいんだかぽよんだかの効果音が見えるかのように肉の山が大きく揺れた。
 今ほど地球の重力を感じたこともない。

 

「おおおお!!」
 

 その重力は実感としてこれ以上ないものだ。思わず感嘆の声もあげるのも無理ないだろう。
 

「ありがとう主!」
「戻して欲しくなったら言って、すぐ戻すから。ああ、スレンダーなのに胸だけ巨乳とか・・・・・・もったいない」

 

 私の好みじゃないのよね。やっぱり、あの子みたいにむちむちっとした上での巨乳だったらいいんだけど。ああ、一揉みしとくんだったとぶつぶつ呟きながらテンションを下げる主とは逆にテンションが上がった自分はわーい!と立ち上がってくるりと回った。胸のせいでバランスが取れずふらつくことすら嬉しくてにやにやと笑みが浮かぶ。
 

「よし、これならあいつらも俺を貧乳と馬鹿にしないだろう」
「ねぇ、あんた達いったい何処目指してるわけ?ハーレム作りたいんだったら協力するけど?」

 

 まぁその前にその胸の感触を確認しなきゃ、かしら?と主の目が本気の輝きを煌めかせてる。手をわきわきしてにじり寄ってくるのを本気の素早さで切り抜けて、ありがとう主、感謝するぜ!あでゅ~!と部屋を後にした。三十六計逃げるに如かず!
 あのまま部屋に居ては女に飢えた主の餌食になるだけだ。例え好みの体系でないとしても。この胸は光忠に捧げるためのものだ。主であろうともそれは侵させない。
 鼻歌を歌いながら自室へと滑り込む。
 いつもの衣装を着替えて、着流しに身を包む。胸以外変化がほとんどないと思っていた部分もやはり女性的になっているらしく大分着心地が違う。
 谷間が隠れきれないがそれを見せつけるためだ、問題はない。意気揚々と廊下を歩いて目的地へと向かう。
 大倶利伽羅達がいるだろう部屋をスパンと開けた。

 

「たのもー!!」
 

 声を張り上げれば、聞きなれない女の声に視線が一気に集まる。案の定自分を貧乳だと言い放ったメンバーがそこにいた。
 

「宣言通り巨乳になってやったぜ、どうだ、驚いたか!!」
 

 びしりと指を突き付けて言ってやる。
 おー!だの、わー!だの声があがると思いきや、返ってきたのは違う反応だった。

 

「「「あー」」」
「なんでそんな残念そうな声を出す」

 

 驚けよ、貧乳と言ってすみませんでしたと謝れよと言ってみても態度を改める様子はない。
 

「違うなぁ」
「違いますな」

 

 ねー?っと顔を見合わせる水色の頭と紺色の頭の太刀二振り。
 

「大方女体を手に入れても胸がなかったから主に胸だけ生やしてもらったんだろう」
「たぶんそうだろうな」

 

 今度は同じタイミングで湯飲みを置いた鶯丸と大倶利伽羅が二振りで目を合わせて頷く。
 

「「「「やはり本物とは違う」」」」
「君たち、乳ソムリエか何かか!?」

 

 鶴丸の胸に生えているものは、主の力によるものだ。性を変えられただけの体と違って、胸だけは主のイメージが具現化したものだから確かに偽物と言えば偽物。しかし感覚はある、鶴丸の体から生えていることには間違いないのだから。
 一目見て、どういう経緯でこの実りを手に入れたかさえ見破ってしまうメンバーに、もはや怒りよりも恐怖しかなかった。
 何この人たち、めっちゃ怖い。思わず後退りする自分に大倶利伽羅が目を向ける。

 

「待て、国永。自室で光忠があんたを待っている。さっきあんたを探してここに来たんだ」
「光忠が?」

 

 その名前が出れば聞き返さずにはいられない。首を傾げれば、大倶利伽羅が、あんたもあいつも、まったく。と疲れたようにため息をついた。あいつとは光忠のことだろう。こんな自分に大倶利伽羅が呆れるのはわかるがそこに光忠が含まれることが不思議だ。
 

「燭台切殿に会えば我々の反応に納得されると思いますよ」
「ほんに、お前達は見ていて飽きんなぁ」
「よかったな、鶴丸」
「???」

 

 一期がいやぁ目の保養ですなぁと上機嫌に目を細め、三日月が楽しそうにころころと笑う。最近冷ための鶯丸でさえちょっと面白そうに笑っている。一体なんだというんだ。
 それ以上突っ立っていてもなんの情報も得られそうになくて、なんとも言えない視線に見送られ、部屋を後にする。結局誰一人貧乳発言を撤回しなかった、と肩を落としながら光忠の部屋へと向かった。
 あいつらの暇つぶしに付き合うだけになってしまった、この鶴丸国永ともあろうものが。

 幾分か気落ちはしたものの、この胸を手に入れた最終目的は光忠を癒すことだったので、よしとしよう。自分のこの姿を見たら彼はどう思うだろうか。驚くは驚くだろうが、その後また馬鹿なことをしてと呆れるだろうか。いや、意外とわあ、すごいね!と目を輝かせるかもしれない。光忠は順応性が高いから。
 途中誰ともすれ違うこともないまま光忠の部屋へと辿り着く。例え誰かと会ったとしても、またおかしなことをして、と言われて終わりそうではある。胸を揉み渡り歩くことも許容されているなら、女体になって着流しで闊歩することも許されることだろう。

 

「光忠ー?俺だ」
 

 部屋に入る前に声をかける。口を開くたびに聞きなれない声が飛び出て少し驚く。今も俺だ、と言ったものの、周りに響く声は軽やかな高音だ。光忠が自分の声だと気づくのは難しいだろう。
 おそらく、誰だろう、主だろうか?と迷っているだろう光忠からの返事はない。だが、声はかけたからと障子を開ける。自分は光忠の部屋に断りなしに入れる権利があるのだ。問題はない。

 

「光忠ー」
 

 背中を向けて座る姿があった。いつもの黒の内番服。その背中に再度声をかけた。驚くだろうか、とわくわくしながら。
 声に反応してくるりと振り返る。いつもと変わらぬ姿。
では、なかった。

 

「は?」
 

 キリッとした表情はそのままに、頬は柔らかな丸みを含んでいる。いつものシャープなラインではない。自分にとっていつも魅惑的な唇も今日はより一層艶を含み、ぷるんと潤いのヴェールを纏っていた。白い肌は変わらないのに首は細く、両手をかけて少し力をこめればぽっきりと折れそうという感想が浮かぶ。そこから僅かに覗く黒い襟足がまた色香を匂わせている。そして広かった肩幅は丸みのある肩に変わり、そこから続く腕もほっそりと。強い打撃力は見込めなさそうだ。
 視線を下げれば黒のジャージ越しでもわかる腰のライン。ここは腕と違って細くなったという印象はない。しかし、きゅっとしまる腰が、性の甘さを匂わせる。
 続く太ももはふかふかと見え、縁側であの太ももに頭をのっければさぞかし、いい夢が見れるだろうと確信できた。座っているため折り畳まれた足は相変わらず長く、脚線美という言葉を欲しいままにしている。跪いて足をお舐めと言われれば喜んで従う下々の者どもは決して少なくないはずだ。
 そして、なにより、胸。

 豊かな実り。
 

 平生の光忠の胸もすばらしいが、目の前にある、"女"の胸も素晴らしかった。いつも前がしまりきらないファスナーが、今日はその諦めを早く悟り、下乳までしか踏ん張りきれていない。それがさらに胸を強調している。
 大きく開いた前から見える黒いシャツ。その襟元から見える谷間は獅子が我が子を突き落とす谷よりも深い。乳が生える前の自分の絶壁は高く平らだが、光忠の谷は深く柔らかい。山があるから谷があると始めに言った人物は、女の谷に顔を埋めながら山を弄ることで人生観を見いだしたに違いない。
 巨大な乳の山。巨乳。
 その言葉を表す肉体が目の前にある。
 こりゃ驚いた。そう言うつもりだった。

 

「ま、負けた・・・・・・」
 

 しかし、違う言葉が飛び出す。そう、完全に負けた。
 砂糖菓子で出来た、鮮やかな蝶の羽根を持つ花を目の前にして、第一の感想がまずそれだった。
 体から力が抜けて膝から崩れ落ちる。畳にへばりつかないように両手で体を支えるが、まるで許しをこう罪人のようだ。
 がくりと項垂れた首が見せる風景は自分の偽物の谷間だ。
 理由はわからないが、光忠も女の体になっている。それは今の光忠の“性”だけ変えた、ということだ。つまり、その悩ましい体は、胸は、光忠の体だとして間違いがない。
 だが自分は、性だけ変えた場合、どうしても胸がなかったため、胸だけ生やしてもらった。ぶっちゃけ偽乳だ。本物とはどうしたって違う。そういえばあの四振りも同じことを言っていたではないか。
 格差社会。なぜ神は巨乳と貧乳を作りたもうたのだ。ええい、みんな等しく貧乳になってしまえ。
 そんなことを考えていると、黙ったままの光忠が動く気配がして落ち込む自分に近寄ってくる。
 ふわりと陽射しと石鹸の香りがする。いつもの光忠の香りだ。今日はそれに加えて、甘い香りがする。気づくことはなかったが、恐らく自分も発している女の香りだろう。女は汗すらもこんなに甘い香りを放つものなのか。

 

「みつただぁ!」
 

 その香りを他の誰でもない伊達男の光忠から感じれば、ぐらぐらと思考が揺れる。一秒前まで落ち込んでいたのに単純な男の脳がたまらなくなって抱き締めようと身を起こした。
 が、するりと身をかわされる。機動力は同じはずだ。なのに避けられたということはこの行動を予想していたのかもしれない。
 客を焦らす遊女さながらの身のこなしに思わず頬をぷくぅと膨らませる。金で結ばれている遊女でなく、気持ちで結ばれている恋刀なのだから焦らさなくてもいいだろうと拗ねた心を表現したのだ。
 しかし視線の先にいる、距離を開けて向かい合ってる伊達女も似たような表情でこちらを見ていた。いつもの大人びて優しい表情の光忠も大好きだが、時々自分だけに見せる子供っぽい光忠に滅法弱い自分はそれだけでメロメロになってしまう。表情に男女差は感じなかった。とても可愛い。

 

「鶴丸さん」
 

 女の口から名前が呼ばれる。凛々しい声ではあるもののやはり高い。声から読み取れる感情は拗ねたものだった。
 

「いくら巨乳が好きだからって自分が巨乳になるって発想はなかったよ、さすがに驚いたね」
「へ」

 

 女の声に女の声で答える。よく考えて見れば、異様な状況だ。しかしそれを気にするより、彼女の口から語られた言葉の方が引っ掛かった。
 

「俺は別に巨乳が好きなわけじゃないぜ?」
「理想の胸を求めて、本丸を練り歩いたっていうのに?」
「それは、」
「僕より胸の大きい子達ばかり揉んだって話じゃないか。鶴丸さんがそんなに巨乳好きだと思わなかった」

 

 今本丸内の誰よりも巨乳を持っている光忠が、巨乳じゃなくてすまなかったね!と、つんとそっぽを向く。
 

「結局理想の胸が見つからなくてそんな姿になってるんでしょう?どれだけ巨乳が好きなの!?」
「もう一度言うが、俺は別に巨乳が好きなわけじゃない。巨乳になりたかったのは本当だけどな。俺は、・・・・・・えーっと、そう、君をこの胸で癒してやりたいな~と、」

 

 貧乳と馬鹿にされて腹が立ったから、という部分はぼかして、もうひとつの理由の方をあげた。
 

「癒すぅ?」
 

 疑わしそうな胡乱な目付きだ。
 

「君も柔らかな胸に抱かれたい日があるだろうなぁと思ったのさ。俺みたいな・・・・・・貧乳じゃなくて」
「ふっ、なんだい、それ」

 

 言い訳を募ろうとしていたのに、そこには本音も入っていて苦々しさが出てしまった。思わず言葉と共に歪めた顔に、光忠が頬を膨らませていた空気を小さい唇から吹き出す。
 そしていつもより大分隙間があるように見える革手袋を纏う拳で口許を隠してクスクスと笑い始めた。

 

「何、鶴丸さん、自分の胸嫌なの、だから貧乳、って、そんなひどい、ひどい顔、ふふ、っあはははは!!」
「君は立派なものを元から持っているから人のこと笑えるんだ」

 

 とうとう声をあげて笑い始める可憐な姿に怒るべきか悩んだが、あまりにもおかしそうに笑うものだから気持ちがしょげてしまう。
 体を揺すって笑う度に一緒に揺れる実りがまた劣等感を刺激する。

 

「ごめん、ごめん、違うんだ馬鹿にしたわけじゃないんだよ。鶴丸さんが巨乳を好きすぎてその姿になったっていうわけじゃないってわかったら、なんか安心しちゃって。ごめんね鶴丸さん、本当に馬鹿にしたわけじゃないんだ」
「わかってる」
「機嫌直して?後勘違いで怒ったことも謝らなくちゃね。ごめんなさい。それと僕の為に、巨乳を、ふっ、手に入れてくれて、ふふふ、ありがとう」

 

 笑いを含んだ声にジト目で見つめれば、空いていた距離を光忠の方から詰めてくる。自分の膝に光忠の膝が当たる。女の香りがする
 それが光忠の香りと混じっているとなれば、単純な男の脳がまたもや反応する。先程の気持ちをどこかに投げ捨てて、思わず目の前にいる女をまじまじと、舐めるように見た。主に胸を。
 実際目の前にあると、先程感じた大きさの比ではない重量感を感じる。なのにとても柔らかそう。これはまた、えらいものだ。
 食い入る様に見つめながら、はたと気づく。自分が女の姿になっている理由は話したが、光忠が女になっている理由をまだ聞いていない。
 指で突っつきたい気持ちを全力で押さえ込みながら、光忠の実りを指差して口を開いた。

 

「そういえば君は何でこんな姿をしているんだ?」
 

 こてんと首を傾げれば、うっとりしていた光忠が夢から強制的に醒まされたかのように、えっ?と声をあげる。自分が光忠の胸に夢中だった間、光忠も同じく、女の姿をしている自分に夢中だったようだ。
 

「大倶利伽羅達に聞いたんだ。どうやら俺を探していたようだが・・・・・・」
 

 よくよく考えればあの四振りは自分より先に光忠のこの姿を見たのだろう。大倶利伽羅は別として、非常に勘に障る。このむっちむちの姿を見たから自分の偽乳がバレて、かつ貧乳を撤回しなかったところも含めてすごく腹が立った。
 目の前の姿が可憐だからこそ、沸き上がる怒りに、光忠は気づかない。
 気づいていれば、火に油を注ぐような、そんな頬を赤らめて目を伏せるなんて仕草をとれるはずがなかった。平生から変わらない光忠の色っぽい表情に怒りを燃やす。劣情の炎と共に。
 あれ、ちょっと待て。俺、女同士のやり方知らない。

 

「だって、ね、鶴丸さん、巨乳が好きなのかなって思ったから。鶴丸さんが僕のこと好きでいてくれるのは知ってるけど、さっき鶴丸さんが言ってたみたいにさ、女の人の柔らかい胸に思いっきり甘えたくなる日もあるだろうし」
「つまり?」

 

 ごにょごにょと小さくなっていく言葉が聞き取れなくて、簡潔な理由を求めれば、目元を赤くして、うーっと唸った。可愛い。
 女同士って取り合えず胸を揉めばいいんだろうか。

 

「だ、だからぁ・・・・・・、鶴丸さんに我慢してほしくないけど、僕以外の胸に興味もってほしくないから、主に頼んでこんな姿になったの!!!なのに鶴丸さんもこんな姿になってくるし!可愛いし!女神様だし!僕の立つ瀬なくないかな!?胸も大きいし、僕なんの為こんな姿になったかわかんないよね!」
「よしわかった光忠、取り合えず口吸いしようぜ」

 

 余りの可愛さに真顔になりながら肩をガシッとつかんだ。こんな可愛いことを言われて何もせずにいられる男なんていない。今女だけど。
 

「やだ」
「何で」
「僕は鶴丸さんを癒したいの。そういう目的でこの体になったわけじゃないんだから」
「俺も、そうだけど。でも少しくらい・・・・・・」

 

 迫る唇にゴクンと喉を鳴らしながらも光忠が明確な拒否を見せる。
 

「やだったら、やだ」
「みーつーたーだー」

 

 せめて口吸いくらいいいじゃないかと駄々を捏ね始める自分に、光忠がああもう、と声を出す。やった!折れた!と思いきや、突如自分の後頭部ににょきっと光忠の両腕が伸びてきて、そのまま黒い山へと引き寄せられた。
 

「わぷっ」


 衝撃、というほどでもない。むしろ、ぽふん、ふかぁという音がするような感覚が顔面を包む。
 

「まったく、うるさい口は塞いじゃうからね」
 

 頭の上から声がした。口調は仕方ないといった風だったが、声自体はとても甘ったるい。その声色は光忠の要素が薄まって、女の部分が濃いように感じた。もしかしたら胸に抱くことで母性が溢れ出ているのかもしれない。
 

「みふふぁは」
「っ、そこで話してもわかんないよ」

 

 クスクスと笑う声はやはり甘い。今このまま胸を揉みしだきたくなったが、先程明確な拒否をされてしまったからには、行為に繋がる行動は安易にとれなかった。
 光忠が「だめ」と言ったらそれは拒否ではない、と今までの行為で学習している。しかし「嫌だ」といった時は本当に嫌な時だ。下手に手を出すと怒られてしまう。
 ならば顔を左右にぐりぐりとすることも出来ず、結局そのままの体制でいるしかなかった。生殺し状態ではあるが、柔らかい感触は確かに癒されるものでもある。あー、手でも触りたい。

 

「ぷはぁ」
 

 しかしさすがに息苦しくなって顔を上げる。谷間に顎を埋めて大きく深呼吸すれば、それだけの動きで、んっ、と光忠が甘い声をあげた。
 やめろ、俺を惑わすんじゃない。

 

「光忠、交代だ」
「え?わっ、」

 

 自分の理性が限界を迎える前にと慌ててがばりと身を起こし、その頭を自分の胸へと押し付ける。
 先程自分が受けた感覚を光忠が受け、逆に光忠の感覚を自分が受ける。自分の白い山、谷間に黒い頭が埋まっている。まずその光景に心底感動した。そして次に自分の胸に顔を埋める光忠がいとおしくて仕方がなくなってくる。可愛い。ややのようだ。別にややが特別好きなわけでもないがそんな感想を抱く。偽乳の自分ですらこう思うのだから、光忠が甘い声で撫でてきたのも納得がいった。

 

「ふあふあー」
「はは、柔らかいか?」

 

 光忠が声を上げる。光忠のように感覚が発達しているわけでもないので少しくすぐったい程度だ。
 

「俺も気持ちよかったし、癒されたぜ、ありがとな、光忠」
「ぷぁ、本当?」

 

 偽乳に顎を乗せて、上目遣いでこちらを見てくる。女の胸がきゅうんとなり、男の脳が視界の暴力だけしからん!と騒ぎ立てる。
 可愛い。男としても可愛がりたいが、女としても可愛がりたい。女の胸のうっとりと頬を寄せる光忠をとろっとろにとろかせて、どさくさに紛れて「おねえさま」とか呼ばせてみたい。ちょっと偏った性癖が、はじめましてこんにちわ!と礼儀正しく顔を出す。そんなに堂々と声をかけられれば無視するわけにもいかないだろう。ならば快く迎えてやらねば。
 さっきまで抱いていた母性的なものは何処へやら。光忠と違って、自分の中を占めるのは母性ではなく、どうしたって彼に対する愛と欲のようだ。やはりこういうところが胸の実りに通じてくるのかもしれない。
 女になっても変わらないぴょこんと芽を出している可愛らしい旋毛を撫で付ける。その感触と今伝えた言葉に、光忠が嬉しそうに胸に頬を寄せた。

 

「君は?どんな感じだ?」
 

 偽乳と言っても柔らかさや感触は本物と一緒なはずだ。審神者の技術はすごい。もしくは女体に執着し、その偽乳を完璧に表現できる主がすごい。
 

「気持ちいいよ、ふかふかしてる」
「そうか、そいつはよかった」

 

 頬を赤らめながらもどちらかといえば癒されている表情で光忠が言う。偽乳をつけたかいもあるというものだ。下乳を持ち上げてその頬を圧迫してやろうとすると、光忠が、でも、と口を開いた。
 

「僕はいつもの、ひん、っごほん、いつもの鶴丸さんの胸が好きだな」
「んん?なんだって?今『ひん』って言ったか?この可愛い可愛いぷるぷるの世の女が羨む魅惑的な唇は、恋刀の胸を貧乳といいかけたか?」
「ごめ、んなさいっ、んむ、胸で圧迫するの、止めてよ、もう」

 

 谷間で両頬を圧迫しながら叱れば、笑いが抜けきらない謝罪が谷間から落ちる。
 

「君がつるぺた好きとは驚きだ」
「鶴丸さん限定だよ。というか鶴丸さん以外の胸の大きさに好みも何もないから」

 

 谷間から僅かに自分の左側、光忠にとっては右側に体をずらし、光忠はそこに耳を押し当てた。
 

「それに、いつもの方が好きって言うのもすごく単純な話。この胸だと鶴丸さんの心臓の音がちょっと遠いんだ」
「心臓の音?」

 

 そうだよと、光忠は聞こえているだろう心臓の音を遮らないようにか小さな小さな声で呟く。
 

「鶴丸さんって、分かりにくいとこあるから。一定の感情振り切るといつもの表情の豊かさがなくなるしさ。二人でいる時も僕ばかりどきどきして、鶴丸さんは全然何でもない風に見える時もあるんだよ」
「表情については同意するが、君と居る時については否定するぞ?」

 

 確かに感情が高ぶりすぎると表情筋が追い付かない時があり、光忠に触れる時など逆に真顔になっている時もあるらしい。だからといって心の内まで無かと言えばそんなことは決してない。
 むしろあらゆる感情の波が荒れ狂って自分を飲み込もうとするくらいだ。

 

「見えるだけっていうのはもうわかるんだけどね。心臓の音がそれを教えてくれてるから」
 

 ね、今も。と光忠が笑う。自分の心臓のことだ、さっきからというか光忠と二人きりになった時点で早い鼓動を打ち始めているなんて、わかりきっていた。
 こんなに愛しい存在が側にいるのだから、どきどきとときめいてしまうのは仕方ない。けれどそれを指摘されてしまうのはちょっと恥ずかしいものだ。

 

「僕、この音が好きなんだ。だから、ちょっと遠いのは寂しい、かな。巨乳を手に入れて喜んでる鶴丸さんには悪いけどさ、僕が一番癒されるのは早い鼓動がよく聞こえる鶴丸さんの、いつもの胸だよ」
「光忠・・・・・・」

 

 光忠の言葉が今は大きい胸へと染み入る。実りが貧しかった自分の胸を好きだと言ってくれた。貧乳であることに意味を与えてくれた、それだけで僅かに救われた気持ちになる。
 

「でも俺はこの胸を手放す気はない」
「・・・・・・有り得ないよね」
「この巨乳だぞ、この!」

 

 座ったまま腰に手を当て、胸を張る。光忠がばいんと弾かれてしまった。光忠は畳に転がったまま、残念そうな目でこちらを見ている。
 

「恋刀が、貧乳の方がいいって言ってるのに」
「戻ろうと思えばいつでも戻れるんだ、少しばかりいいじゃないか」
「だって・・・・・・」

 

 そうもごもごと呟いて、転がったまま畳にこてんと黒い頭をつける。しどけない姿の、体の曲線が、とても扇情的に見えて誘われるままに自分も向かい合って寝ころんだ。
 胸が重力に従って横に流れる。谷間が協調されて、光忠の視線が一瞬熱い温度で注がれた。このまま煽ってしまえ。着流しの割れた裾からするりと生足を出して、黒いジャージに包まれている足へと絡める。

 

「なあ、光忠」
「な、なに」
「俺、可愛くないか?」
「・・・・・・かわいいよ。美人だよ。この世の物とは思えない程女神さまだよ」
「ふふ、ありがとな」

 

 自分の言葉以上に返ってくる麗句にゆるりと笑って見せる。光忠が顔を赤く染めた。よし、これはいける。
 畳の上に投げ出された黒い手。手袋と肌の間にはやはり隙間が出来ていた。自分の指をそこにゆったりと這わせていき、静か

に手袋を脱がしていく。
 

「っ、」
 

 光忠の目が熱に浮かび上がる陽炎のように揺れた。静かに、だけど畳みかける様に、手袋を脱がした手のひらに自分の手のひらを合わせて、指を優しく絡める。自分のより大きいはずの手は、こうして合わせると自分と同じくらいの大きさになっていることがよくわかった。
 

「みつただ、」
 

 あまあく名前を呼んで、刀が握れるのだろうかと心配になる程、細くて繊細な指にきゅうと力を込めた。
 

「・・・・・・だめか?絶対に嫌か?俺と、めくるめく未知なる、蜜なる体験、しよ?」
 

 光忠だけをただ見つめて、とろっとろの声色で、甘く煮詰めた瞳を細めて誘う。光忠が言葉を失ったように、びしりと固まった。
 決まった。完璧だ、パーフェクト。やった、光忠に「おねえさま」と呼ばせられる。光忠の谷に顔を埋めて山を弄れる、刀生観を見いだせる。生きててよかった。
 勝利を確信して、心の中でガッツポーズを決める。それだけでは足りず脳内の花畑でくるくると舞い踊りだした。もちろん、見た目には出さない。だけどそれほどはしゃいでいた。
 すると固まっていた光忠が、視線だけ畳の目に向けて、ぼそっと口を開いた。

 

「やだ」
「何・・・・・・だと・・・・・・?」

 

 花畑から一転地獄へと突き落とされる。
 

「嘘だろ、光忠。今の流れでか。信じられん。なんだ。何がだめなんだ。色仕掛けが足りなかったか?いや、この際何がだめでもいい。頼む光忠、せめてその実りを一揉みだけでも、」
「だって、」

 

 もはや形振り構わずど直球で頼み込もうとすれば、絡めていた指に今度は光忠がきゅうと力を入れた。畳から決して視線を逸らさないまま光忠が続ける。
 

「だって、女の人同士ってどうすればいいの?」
「え、は?そ、そりゃ俺もよく知りませんけれども、そこはやっぱりその場の雰囲気とか流とか、なんとなくの精神で、」
「体、繋げられる?」
「繋げ、る、とは」
「鶴丸さんが欲しくなっても、お腹に、その、熱いの、もらえないんでしょ?僕、それ、やだな」
「よし!!!今すぐ貧乳に戻ってくる!!!!」

 

 清らかな聖母が体の熱に浮かされているのを見てしまった時のような衝撃を、目の前の恋刀からダイレクトにアタックされて、顔を熱くさせながらがばりと身を起こした。つられる様に、肘をついて少しだけ上半身を起こした光忠が、そんな自分を複雑そうな顔で見ている。
 

「僕が貧乳の方が良いって言った時と大分反応違うんだけど・・・・・・。鶴丸さん、現金すぎるよ」
「すまん!!!!!!」
「ふっ、すごい勢いで潔く謝らないでよ、もう。ほんと、ふふっ」

 

 怒っているように拗ねているように嬉しそうに面白そうに、光忠が言って結局顔を綻ばせた。確かに現金な自分はその姿を見て愛情と欲を高ぶらせた。好きだなぁ、めちゃくちゃにしてやりたいなぁ。
 

「あ、こんなに喜んでるのは別に女の体が抱けるからじゃないからな?いつもと違う君が抱けるからだからな?俺は巨乳が好きなわけじゃなくて、俺は君が抱き、」
「はいはい、わかってます。そこはもう疑ってないってば」

 

 人の勘違い掘り返さないでよと言いながらも、まあここまで喜んでくれたら勘違いも悪くなかったのかなと前向きな姿勢を見せる。ううん、潔くて格好良い。中身はやっぱりいつもの光忠だ。むしろそれだから良い。
 

「じゃあ、早速主の所に行ってくる。男の俺が二度見するほどの貧乳でもがっかりしないでくれよ?」
「しないよ。僕、そっちの方が好きなんだってば。・・・・・・だから、鶴丸さん、早く、ね?」
「わかってる。あんまり煽るんじゃない」

 

 完全に身を起こした光忠が正座をして、立ち上がる自分を上目遣いで見つめている。期待を含んだ目、すり合わされた太腿に頭の容量が壊れそうになり、苦笑いをすることで少しでも熱を抑えようとした。そして少々仕返しだとばかりに、光忠の手を取って、そのまま黒いジャージの上から光忠の腹の上に自分の手ごと重ねた。
 

「良い子にして待ってたらご褒美をくれてやるさ。君が欲しいのは、」
 

 熱いの、だったよな?と耳元で囁けば、光忠があ、と声を零す。先ほどの自分自身の言葉を思い出して、意味を理解したのだろう、時間差でぶるりと体を震わせた。
 色づく頬は恥ずかしさの赤色と期待の桃色を同じ割合で混ぜた色をしている。ああ、可愛い!早く戻らなければ、繋がれる男の体万歳!
 あの四振りの言葉にまんまと踊らされて、暇つぶしに付き合わされて、散々だったが、こうして光忠のまたいつもとは違う可愛さが見れている。今からの事も考えれば、自分のあの労力や気力で対価を支払ったんだとしてもお釣りが来るくらいだ。何ならお礼として茶菓子を持参してもいいし、彼らが聞きたがっていた光忠の胸の感想も事細かに話してやろう。
 そう考えながら、見つめる光忠の顎に人差し指を添えて、くいっと更に上を向かせる。そのぷるぷるとした唇に自分の唇を重ねようと近づいた。

 


「鶴丸、燭台切、いるか」


 聞き覚えのない高い声が自分たちの名前を呼ぶ。せっかくの雰囲気がシャボン玉のように弾けてしまった。残念がる気持ちもあったがそれ以上に声の主に覚えがなくて返事をすることに一瞬の戸惑いを覚える。それは光忠も同じようだったが、自分に対してひとつ頷いた後返事を返した。
 

「いるよ」
「話がある、入っても・・・・・・大丈夫か?」
「うん?どうぞ」

 

 二振りして入ってくる謎の声の持ち主に対峙した。
 この世の聖なる光だけを集められたように輝く金色の髪、まっすぐな気性を表す澄んだ碧眼、異国の絵本に出てくるような貴き血筋を感じさせるその顔立ち。この本丸で一番の古株である彼の顔を知らぬ刀はいない。しかし、何やら何時もとは違う気がする。違和感の元を探るように視線を下げていけば、胸の膨らみが目に入った。重ね着した衣装の上からもわかるその胸の意味。つまり“彼”が女であるということ。白い布の下に隠された性は女だと、そういう意味だ。

 

「ま、まんばくん?まんばくん、だよね?」
「そうだ。俺は、俺だ」
「・・・・・・君、どうした?」
「どうしたもこうしたも。あんた達。いや、特に鶴丸、よくも主に余計なことを言ったな。おかげで本丸中が大混乱だ」
「お、俺ぇ?」

 

 美少女に突然指をびしりと突きつけられて名前を呼ばれる。その迫力にたじろいでしまった。
 

「あんた、ハーレム計画を主に勧めたらしいな。そのせいで主が暴走し、本丸内にいる刀剣男子、それどころかこんのすけ、お供の狐、五虎退の虎、ああ馬もか、この本丸内全ての生き物の性が女になってしまった」
 

 驚きのあまり言葉がでない。口を馬鹿みたいにぽかんと開けるだけだ。
 

「・・・・・・鶴丸さん?」
「ち、違う!勧めてない!!俺は何にも言ってない!」

 

 先に我に返った光忠が温度を大分下げた微笑みを向けてくる。これはまずいと気配を察知してひたすらにぶんぶんと両手と首を振って否定した。
 本当に何も言っていないのだ。ただ、主がハーレム作りたいんだったら協力するけど?と言った時却下もしなかった、が。

 

「理由はこの際どうでもいい。おかげで霊力が切れた。元に戻す力がない。だから、俺達もしばらくこのままだ」
「え?」
「ん?」

 

 危うく痴話喧嘩になりそうだった自分たちに、初期刀は結論を告げた。


「男に戻れなくて一番困るのはあんた達、らしいな。よくわからんが三日月達がそう言って譲らなかった」
 

 反論が出来ない。この本丸、自分と光忠以外にはラブロマンスは存在していない。そうじゃなくとも、今、まさに。
 

「自分たちで教えに行けばどうだと言ったら、たぶん顔を見ると可哀想になってしまうから、俺が行ってくれと。たぶん、俺が写しだから使われたんだろうが」
 

 可哀想になる?嘘つけ。今彼らが本当にこの場に居れば、きっと今の自分を見て、指を指し腹を抱えて笑うにきまってる。
 

「じゃあ、確かに伝えたからな」
 

 美少女は何時もと変わらない白い布を靡かせて去っていった。自分たちが硬直していることも気づかずに。
 

「・・・・・・光忠」
「・・・・・・何?」
「自分にない物を羨んで、欲しがるのは良くないな」
「そうだね」
「全ての物には相応の恵みが天から与えられているんだ、自分の手に収まるくらいの」
「そう思うよ」

 

 だから自分にないものを持っている他人を羨んではいけないのだ。自分には相応の物が与えられているはずなのだから、それ以上を望むのなら人から奪ったり与えられたりするのではなく、自分で育てなければならない。
 そう、全ては自分が身の丈以上の物を楽して手に入れたから。今の状況も全てはこの、胸の豊かな実りが悪いんだ!

 

「この実り、切り落としたら男に戻るかもしれないよな!!??」
「それは無理でしょ」
「嫌だあ!!!男に戻る!!!光忠を抱く!!」
「諦めよう・・・・・・鶴丸さん。どうにもならないよ」

 

 浅はかな僕らが悪いんだ。自業自得、因果応報だよ。そう言って光忠は再びその胸に自分の白い頭を引き寄せた。柔らかいのに癒されない。巨乳が恨めしい、貧乳に戻りたい。
 

「うっ、みつただあ~」
「よしよし、大丈夫。まんばくんは、しばらくって大げさに言ってたけど、どうせ明日明後日には戻るって。ね?」

 

優しい聖母の加護のような光忠の言葉に、そうだよな、そうに決まってると縋る気持ちで頷いた。

この時の自分は知る由もなかったのだ。
 

揺れる四つの豊かな実りが結局誰の手にも触れられないまま消えるのは、その日から三か月後の事になる、とは。

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