「君みたいだ!」
楽しそうに指で示す先には軒下に巣を作っている燕の姿。
「尻尾が君の衣装の様だろう。黒い姿がそっくりだ」
「昨日は烏を見ながら似たようなこと言ってたよね」
大きな野菜かごを持ってぼぅっとしている姿になにかと思い声をかければ、にっこりとそんなことを言われる。昨日も似たような状況で似たような事を言われただけあって、苦笑いを浮かべてしまうのもしょうがないだろう。
「ほら、野菜はもらい受けるよ。内番で疲れたでしょう。おやつ準備してるから、手を洗ってきて」
「おお!もうそんな時間か!一生懸命働いた甲斐があったってもんだ!」
お菓子という単語に目を輝かせて見上げてくる。なんだか可愛くって頭を撫でてあげたい衝動に駆られるけど、いや、いくらなんでもそれは失礼だろう。気安い人ではあるけど大分年上だ。まぁどちらにしろ野菜かごで手は塞がっているけど。
「じゃあな、俺は菓子を食ってくる。君たちもゆっくり過ごせよ」
鶴丸さんが上機嫌で、僕よりも高い所にいる燕たちに話しかけた。その優しい瞳に少し驚く。鳥の名前がつく刀だけに、鳥に対して仲間意識があるのだろうか。そういえば昨日の件の烏に対しても似たような感じだったっけ。なら、そこは僕みたいではなく、同じ鳥類の自分自身を思い浮かべるべきなのでは?黒いから、僕なんだろうか、いくら何でも単純な。
まぁ。いいけど。と深くは考えず、厨に野菜を持って行くべくその場を後にした。
「そういえば君みたいだった」
「ああ、お菓子の欠片、ぽろぽろ落ちてるよ」
受け取った野菜を厨に持っていき、お茶を入れ、おやつが準備してある部屋に足を踏み入れた途端の言葉だった。何の話と面食らう前に、口元から零れるお菓子の屑に目が行ってしまう。
「ほら、もう。床に落としたら蟻が来るんだよ。気を付けて」
「すまん」
「口元も。どんな風に食べたらこんななるの」
「むぅ」
大人しく口元を拭われている姿を見ると本当に年上なのか疑わしくなる。だからだろうか、ついついこういう風に世話を焼いてしまうのは。なんだかほっとけない。弟分の倶利伽羅にさえここまではしないのに。本人が嫌がるから、というのもあるけど。
「はい、綺麗になりました。で?何だったっけ?」
「今日、野菜の収穫してる時に、畑にな芽が生えていたんだ。ちょこんと双葉の。なんだか君の旋毛みたいだった」
「これ、時間かけてセットしてるんだよ。それを双葉って、鶴丸さんさぁ」
少し乱れただけでも7時間程手入れ部屋で整えている髪。それ位心血を注いでいるのに、それを畑に生えた双葉呼ばわりとは。ちょっとだけ拗ねてしまう。知らず頬が空気を蓄えて、口を尖らせた。
「なんの野菜か分からなかったんだが、君の双葉だと思えば何だか、かあいらしく思えてなぁ。あの子をしっかりとした野菜に育ててやらねばと思ったのさ」
だけど鶴丸さんは僕の拗ねた気持ちなんてちっとも気にしやしない。にこにこ顔でそんなことを言う。そんな風に言われてしまったら、拗ね続けることなんて出来ない。この人確信犯なんじゃないだろうか。ちょっとだけそんなことを思ってしまった。
なんの野菜だろうな~光忠みたいな野菜かぁ、きっと新種に違いないな。驚きに満ち溢れてるぜ!と一人わくわくしている鶴丸さんを見ればそうじゃないとわかっているけど。
それからしばらく鶴丸さんは「君みたいだ」と色んなものを僕に寄越してきた。
雨が降るからと傘を出せば
「光忠!この傘って黒くてすらっとしてて君みたいだ!」
ホットケーキにかけてと蜂蜜を出せば
「甘い。この濃いはちみつは君の瞳みたいだな」
短刀くん達とテレビを見れば
「このあにめのきゃらくたあの声、君の声みたいだぞ。良い声だ」
とにかく本当に色んなものが僕みたいだと感じるらしい。僕はその度そうかなぁ、僕みたいかなぁと微妙に思ったのだけど、僕に報告してくる時の鶴丸さんがとても嬉しそうに言ってくるものだから、もうやめてとは言えない。そのうち、そっかぁと笑って返してしまうのだった。
そんな感じの数日を過ごし、今日は二人で縁側に座って月見酒を楽しんでいる。
月に照らされてる鶴丸さんは綺麗だ。いつもの無邪気さがなくて、大人の人みたい。みたいというかそうなのだけど。子供みたいにはしゃぐ姿ばかり見ているせいで、なんだか妙に違和感があった。そのせいだろう、胸の奥がざわざわとするのは。
酒の泉に映し出されている月を杯で掬って、それをくいと飲む姿。格好良いと素直に思う。うん、格好良いんだよなぁ。こういう格好良い大人になりたいと思うと同時に、ずるいとも感じる。なにがどうずるいのか自分でもわからないけど、とにかくずるい。
じと目で見てしまう僕に気付かず酒を飲み干した鶴丸さんは上機嫌にぷはぁと笑った。なんだかとっても楽しそうだ。最近の鶴丸さんはずっと楽しそう。あれ、というか最近ずっと鶴丸さんといるような?
何時からだっけと思い返そうとするより先に鶴丸さんが口を開いた。
空になった杯を月でも僕にでもなく目の前に広がる闇夜に突き出す。
「良い夜だなぁ。俺はこういう夜が好きだ。こうして見る闇は暖かくて、まるで」
「君みたい、でしょ?」
「ははは!読まれてしまったか!」
「そりゃあねえ」
だって本当に何度も言われたのだ。流石に予想できる。鶴丸さんの空いた杯に酒を注ぎながら疑問を口にする。
「鶴丸さんの中の僕ってどんなイメージなんだい」
「格好良い伊達男!」
にかっと笑う顔に嘘はない。嬉しいことを言ってくれるけどその割に僕みたいだと寄越すものに格好良い伊達男要素はないように思える。この際だからそちらの疑問も聞いてみることにした。
「鶴丸さん、最近やたらと『君みたいだ』って言ってくるけど、あれ何なのって聞いていいかな?」
「んー?」
杯に満たされた酒をすぐには飲まず、持ったままの右手を揺らす。酒の中の月がゆらゆらと揺れて、ああ、お月様も酔ってしまうよ。なんて、なんとなく思った。
「俺もよくわからないんだよなぁ。ただ、見るもの聞くもの感じるもの、全てに君を思い浮かべてしまう」
今日なんか、甘い砂糖菓子と、干したての布団と、しなやかな猫、凛と咲く花。ああ数え出したらきりがない。きりがないほど
「俺が触れた全てのものに君を感じてしまったんだ。変だよなぁ」
静寂が辺りを包んだ。涼やかな虫の鳴き声が、あんぐりと口を開けている僕を、まあ滑稽だこと。と笑う気高いご婦人の声のように感じる。
何それ何それ何だそれ!
目の前の白い着流しの胸倉を掴んで、その体を揺さぶりながら問いただしたい衝動に駆られた。何に触れても僕を感じるって何?どういう心理状況なのそれ、僕があんまり構いすぎるから恐怖を感じてるの、いや、でもなんで甘い砂糖菓子、布団、猫、花ぁ?それは恐怖の対象なの?いや。むしろ。ああ、どうしてこんなに顔が熱いのかな!?僕お酒飲んでないんだけど!
一人固まって、そのくせ脳内では大混乱中の僕を見ないで、鶴丸さんは語る。僕に対してというより自分に対して。
「ああ、そうか。逆か。何を見ても君を思い出すんじゃなくて、俺がいつも君の事を考えているから、何を見ても君に結び付けてしまうのか。なるほどなぁ」
そしてのほほんと、あー今夜は特に酒が美味いなと杯を口元に運ぶ。
僕はガツンと頭を殴られたみたいだよ。あとたぶん胸を何かに貫かれた。
だけど鶴丸さんの口が止まったことには一安心する。これ以上鶴丸さんがとんでもないこというと、たぶん僕は鋼に戻ってしまう。それ位顔が熱い。今のうちに冷まさなくっちゃと手で顔を扇ぐ。
だけど突然、ん!?と鶴丸さんが杯に口を付けたまま声を上げた。つけていた唇を離して、何か思いついたように僕を見る。やめて、今やっと一呼吸置いたところなんだ。
「なぁ、光忠!わかったぞ!」
「な、なに」
これ以上何を言い出すんだと戦々恐々と聞き返す。わぁすごい、目が夜空の星より輝いている。二つの輝きを繋いで鶴丸座と名付けよう、ちょっと現実逃避。
「俺、好きな奴がいる!」
「・・・・・・わぉ」
こりゃ驚いた。そう言いたかった。茶化してしまえば、冗談になりそうな雰囲気ではある。
その先の言葉を聞いてしまったら、きっと僕が何故鶴丸さんに構ってしまうのかだとか、この顔の熱さの原因だとかそういったものがわかってしまう。わかってしまえば、わかる前には戻れない。それはものすごくリスクを伴う気がするのだ。
だけど、僕は話を促すようにゆっくりと瞬きを返してしまう。リスクを恐れて、拒絶するなんて格好悪い、なんていう理由だけでないことは自分でも認めよう。
鶴丸さんが杯を置く。そして片手を自分の口元に持って行った。内緒話をするみたいに。
「驚きだぜ?その好きって相手が、どうやら」
「どうやら?」
他に誰がいるわけでもないのにこしょこしょと話す姿に、笑ってしまった。肩に入っていた力が抜けていく。
ああ、わかるよ。鶴丸さんのその先の言葉。
きっとこう言うんでしょ?
「君みたいだ!」