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 愚図ついた天気が続いていたのが嘘のような晴れた日だ。


 しかし雨の日であろうと風の日であろうと歌仙がここに立つことは変わらない。
 前髪を結う紐を結び直して、さて八つ時だと気合いを入れた。蛇口から流れる水で手を洗い、今日は何を作ろうかと思考を巡らす。
 餡子は作り置きしてある。白玉粉があった、薄力粉もあった。白玉と食べるのもいいが、どらやきもいい。どちらも実に捨てがたい。
 厨の窓に一羽の鳥が止まる。チチッと鳴いて、一人考え込んでいた正面の歌仙を見る。
 首を何度も傾げるのは、今日の菓子メニューを決めかねている歌仙に「どうしたの?何か悩みでもあるの?」と問いかけているみたいだ。


「いいや、なんでもないのさ。今日は遊びに来るのが遅かったね、君の愛しい彼はここにはいないよ」


 チ?とまたひとつ傾げる。どうして?と聞いたのかもしれない。こんな一匹の鳥も虜にしてしまうとはあの伊達男も恐ろしいものだ。


「今日は洗濯物日和だと短刀達が張り切ってねえ。本丸中の布団のシーツやらマットやらも全て洗ってしまって、干すのに大わらわなのさ。手の空いてる者はそれの救援に行ってるよ」


 と言っても昼餉の前には大半を終えたと言っていた。今ごろは短刀達と遊んでいるのかもしれない。
 全自動洗濯機は購入してくれるのに、自動乾燥機を渋る主ももちろん駆り出されていたので、その遊びに加わっているのだろう。「洗濯物は太陽の光でほかほかなのがいい!」と言って聞かないのだ。お陰で梅雨の時期は室内干しで本丸内は湿気だらけ。
 主の言うこともとてもわかるのだが、紙類が多い歌仙の部屋は湿気厳禁。三人と一匹でこの本丸を始めた時からいつか買ってくれと言っても聞いてくれない。今年もそうだろう。まったく今から梅雨の時期が憂鬱だ。カビもまた季節の移り変わり、風流でしょ!とは主の中でも最悪な台詞トップ5に入る。


「それにしても、餌もないのにやってくるとは健気だね。でもね、お目当ての人はいないよ。また明日おいで」
「明日じゃないと駄目なのか?」
「え?」


 首をかしげたままの鳥が歌仙を見ている。空耳だろうか。今、確かにしゃべったような?


「君、しゃべれるのかい?」
「そら話せるだろ、人の身を得たんだからな!って、どっちみて話してるんだ、歌仙」
「わっ!?」


 背中をぽんと叩かれる。
 予想しない所からの刺激に大きな声が出てしまった。驚いた歌仙の声に連鎖して、驚いた鳥が鳴き声も残さず、ばさ、と飛び立つ。
 鳥が飛び立つ姿はやけに自由で美しい。切なさも希望も背負って空に羽ばたく姿を見るのが好きだ。けれどその姿を眺めることなく、歌仙は後ろを振り向いた。


「き、君か。驚かせるんじゃないよ、鶴丸」
「いや、驚かせるつもりはこれっぽっちもなかったぞ?と言うか君から話しかけてきたんじゃないか」


 自分の意図していない驚きにはさほど心惹かれないらしい。鶴丸は腕を組んで自分の無実を主張している。歌仙も鳥と会話していたと言う気になれず、というかそう言うとまたややこしいことになりそうなので、鳥の名を持つ刀の冤罪を認めた。


「それで?」
「ん?」
「君がこの時間に来るのは珍しいじゃないか。八つ時の菓子をねだりに来たのなら、早すぎたね。今から準備する所さ。それとも燭台切に何か用かい?ご覧の通り、ここには僕しかいないが」


 ボウル、計量カップ、そして餡子などを厨の作業机に準備していく。鶴丸は歌仙から一歩下がった所でそれを見ている。


「どっちも違うぜ。光坊は外で遊んでるの知ってるしな。短刀やら打刀、太刀、大太刀槍薙刀、各種入り交じっての大盛況だぞ、今日は」


 どろけいだったか。氷鬼だったか。いや、色鬼だったかな?と鶴丸は記憶を辿っている。


「君こそ筆頭になって庭を駆け回っていそうだと思うんだけどね」
「そりゃあ、色鬼で『白!』と叫ばれる度圧死の危機があるとするなら不参加も仕方がないと思わないか?」
「大げさな物言いだ」
「いやいや、ほんとさ。洒落にならん」


 まぁ確かに。大太刀やら槍やら体格が良いもの達が、勢いつけて触れてこようとすればこの細身の白はぽっきり折れてしまうかもしれないなと、ちらりと鶴丸の体に目をやった。


「しかし、残念だったろうね」
「何がだ?」
「なんでも」


 鶴丸が参加すれば、「白!」と鬼が叫ぶのをどきどきしながら待ち続ける人物を知っていたので思わず口から出てしまった。鶴丸に不思議そうに聞かれたが、何もない振りで、ざるを取り出した。


「なぁ、今から八つ時の菓子作りだろ?」
「そうだよ」
「手伝ってもいいかい?」
「は?」


 棚から薄力粉か白玉粉か。どちらを出そうか迷っていると鶴丸から唐突な申し出。驚いて鶴丸を見る。


「なんでまた、急な申し出だね」
「たまにはいいだろ」
「君、料理なんて出来たかい?」
「まぁ、基本はな。わからない時は教えてくれ。駄目か?」
「・・・・・・手伝ってくれる分には助かるが」


 何となく納得がいかない。何故鶴丸は今日に限ってこんなことを言うのだろう。今日、燭台切はここにいないのだ。
 しかし、手伝ってくれるのは純粋にありがたい。燭台切並の戦力とまではいかないだろうが、一人で大人数の菓子作りは骨が折れる。だからと言って手抜きもしたくなかった。燭台切のことだからもうすぐこちらにやってくると思うので、それまで鶴丸に手伝ってもらうことにしよう。


「鶴丸、どら焼きと白玉どちらが食べたい」
「白玉」
「なら今日は白玉あんみつだ」


 白玉粉を手に取った。


「君は白玉係。僕は寒天と黒蜜とシロップ係」
「歌仙、バニラアイスも入れていいか。あんみつ風白玉デザート!」
「なら寒天なし。フルーツ缶詰の大量消費といこう」


 了解!と鶴丸が早速手を洗い、ボウルに白玉粉を投入していく。答える声が鶴丸のものであると言うことがとても不思議だ。いつもはオーケー。と言う穏やかな声が返ってくるものだから。
 そんなことを考えて、歌仙も器の準備とそこに砂糖付け果物を敷き詰めていく為に缶詰の用意を始めた。一杯分の可愛らしいガラスの器も、50人分以上ともなれば可愛さの欠片もない。バニラアイスだって業務用を複数使う。繊細さの欠片もないが、そこは盛り付けの技術で雅を見せる所である。


「歌仙、これ、水どれくらいだ?」
「ああ、それは、」 


 少し離れた所から指示を飛ばす。鶴丸は素直に従う。しかし、少し経つとまた、歌仙!と名を呼ばれた。


「どれくらいこねればいい?」
「耳たぶくらいの柔らかさになるまでだよ」
「耳たぶぅ?それは誰のだ?伽羅坊のか?貞坊のか?光坊のか?」
「・・・・・・何故自分のを選ばない。いや、いい。好きなのを選べばいい」


 答える歌仙の言葉に鶴丸はぶつぶつ言っている。伽羅坊寄り、いや貞坊。光坊もなかなか。と、その全員の耳たぶの柔らかさを把握しているような口ぶりだ。伊達組は耳たぶ触りっこでもしているのか。してそうだな、伊達組だしと思い直す。これは燭台切も苦労するはずだ。
 うんうん唸っていた鶴丸が途中から鼻唄を相棒にしてそのリズムと共にこね始めた。誰の耳たぶにするか決まったのかもしれない。
 しばらく鶴丸の鼻唄と、ガラスの器のかちゃかちゃという音を音楽に作業をしていたが、やがてそれもなくなった。
 鶴丸は大きな塊を千切り、小さな団子へと丸めている。歌仙も砂糖付け果物の缶詰をひたすら空け、ボウルへと一度移す作業に移っていた。こうしないと果物が均等に分けられないのだ。
静寂が降り立つ厨は、いつもと違う人物がそこにいても、いつもと同じく外の音を中へと取り込む。
 厨の入り口から、いつも光忠が餌をやる小鳥がやってくる窓から。少し遠く、けれど楽しさがすぐ近くに溢れているとわかる賑やかな声が入ってくる。


「楽しそうだな」
「そうだね」
「ここは、意外によく聞こえるんだな」
「聞こえるよ。結構色々な事が聞こえる。例えば、水鉄砲で遊んだ時集中攻撃を受けた時の平安太刀の叫び声とか、缶けりで缶を蹴られた時の白い太刀の悔しがる声とか」
「聞かなくていいことだな、それは」
「僕だってもっと別なものが聞きたいさ。ここから入る風のそよぐ音、隣の美しい包丁捌きのリズム、炎の声に、吹く鍋の蓋、そういったものの方が風情があるだろ?」


 そんな風情に入り込む、賑やかな仲間の声も悪くはない。しかし歌仙にとってその仲間達の声は、こうして今聞こえる声達は、やはりこの厨の風情に入り込んでいる好ましいものでしかないのだ。


「あ、・・・・・・っはは!光坊が捕まったな」


 団子を産み出していた鶴丸が不意に顔と声をあげ、一人で笑う。賑やかな声からひとつ、耳で拾って。


「・・・・・・そうそう、こんな感じなのさ」
「?何がだ」


 歌仙には、仲間の声の中で明確に誰かを拾えない。楽しげに遊ぶ仲間は鮮明に描いてもその中の一人を感覚で追うことはないのだ。こうして隣の人物を介さない限り。
 それは歌仙の耳が悪くて聞き取れないから、と言うわけではないだろう。例え歌仙の耳がどれだけ良くてもやはり毎日隣で聞くあの穏やかな声であっても、気づきはしない筈だ。いつも、自分がその声を反芻するくらい想っている相手でもなければ。
 そして、鶴丸は一つの声に反応した、その理由をここで聞くのは愚問だ。


「僕はもっと、風情に浸っていたいのさ。けれど、隣の伊達男がねぇ、やたらと僕に実況するものだから、その声を拾おうと耳を澄ましてしまうのさ。だからやたらと白い平安太刀の状況が知れる。まっ、そうしても僕には聞こえないことが多いけど」


 鶴丸が手を止めて歌仙を見る。珍しく目を見開いて固まる様に。
 そう、燭台切もまた、今の鶴丸の様によく実況している。あ、鶴さん負けたんだ、とか。鶴さん楽しそうとか。
 風情に浸っていたいと言いながら、本当は歌仙の隣で溢す優しい声が、厨の中の音で一番好ましいかもしれない。
 賑やかな声がない日にも、歌仙くん、聞いてくれるかな。から始まる静かな愛しさの一方通行の吐露が歌仙は好きだ。静かな厨で二人。刀である光忠の恋の欠片は、雅なものに触れた時と似たような心の震えを歌仙に与えてくれる。それは茶器であり、歌であり、景色であり、料理であり。それらと同じように心を震わせる確かなもの。


「今の言葉の理由や意味を僕に聞くのはやめてくれよ。君が今どう考えているかはわからないが、それが本当に正しいかどうかは一人の人物にしかわからないことだ」
「・・・・・・そうだな、早とちりは良くない」
「後、君が彼の実況をしなければ黙っていたことでもある。今、僕が言ったことは秘密にしてくれよ」
「ああ、もちろん」


 結局は全部知ることが出来ない人の心を、知った顔で告げ口するのは歌仙の趣味ではない。しかし鶴丸が余りにも燭台切と同じ反応をするものだから。多くの声から、ひとつだけを拾い上げ、離れている間の相手の状況を知れただけで、あんなに嬉しそうに目を細めるものだから。歌仙も自然と言ってしまったのだ。
 歌仙の隣にいる時の、鶴丸が知り得ない燭台切を。


「珍しく楽しそうに遊びに混じっていたし、俺が菓子作りを手伝っていたら驚く顔が見れるかなとか、ちょっとした気まぐれのつもりだったんだが、予想外の嬉しい事実に驚いてる」
「そうかい」
「早とちりするわけじゃない。ないんだが。・・・・・・あー、くそ。顔がにやける」
「別に咎めないよ。思う存分にやければいい」
「そうする」


 歌仙に見えないように鶴丸が腕で自分の顔を隠す。凝視するつもりもないので歌仙は自分の作業に戻った。
 一人で思うことがあったのか、それとも外の声に耳を澄ましていたのか。顔を元に戻した鶴丸はしばらくの間、また黙って団子の形を作り続けた。
 歌仙が各器に砂糖付け果物を乗せ、餡子を乗せ、数に限りがあるさくらんぼは短刀達か欲しがる者に与えようと決めた時、ようやく鶴丸が形成を終えたようだった。
 鍋に水を張り、火にかけ、そこへ鶴丸を呼んだ。


「そこに入れて、火を通す。浮かんできて少し待ったらざるに入れて、氷水で冷す。触れるくらい冷めたらここへ」


 鶴丸は素直に頷いて、歌仙の指示通りに動く。手際は悪くない。


「厨はいつも大変そうだと思っていたが、見るのとやるのではやはり大違いだな。これが三食、八つ時毎日だろ?すごいな」
「他に手伝ってくれる者もいるし、僕たちも休むことはあるけど、まぁ楽ではないね」
「だよなぁ」


 自分には到底無理だと言いたげに吐息が多めの同意が寄越される。


「それなのに光坊が毎日楽しそうに厨に向かうのは君がいるからかな」
「料理が好きだからだろう」
「それもあるが、光坊はきっとこうしてここで、君の隣に立つのが心地いいんだろうさ。伽羅坊とも、貞坊とも、違う心地よさを君から貰ってる」


 鶴丸の言葉に含んだものはない。歌仙を恋の好敵手として言っているわけではなさそうだ。だからこそ照れてしまう。燭台切を見つめ続けているだろう鶴丸の言葉はそう検討外れでもないだろうから。


「そして、ここ自体もまた不思議な空間だよな。こう、皆の命の糧になるものをひたすら作っていると、なんだか穏やかな気持ちになる。いや、大変なのももちろんなんだろうが」
「言いたいことはわかるさ」
「だからかなぁ。本当は、誰かに光坊への気持ちを悟られるようなヘマはしないと思ってたんだが、なんかこう、するっと、素直な反応が出てしまった」


 さっきのことを言っているようだ。確かに、鶴丸があんなにわかりやすいものを見せるとは歌仙も思ってはいなかった。鶴丸はいつも飄々として掴み所がないし、本当に大切なものほど他へは見せない性質だという印象を持っていた。


「・・・・・・光坊もいつもこんな気持ちなのかもしれない。厨で、君の横に立っている時は、一人で色んな事を抱えやすいあの子もきっと素直に感情を出せる」
「羨ましいかい?」


 鶴丸が持てない、燭台切の中の歌仙の立ち位置。自慢したいわけではなく、ただ聞いてみた。
 鶴丸は予想通り笑って首を振る。歌仙が余り見たことのない穏やかな笑みだった。


「俺が欲しいあの子の中の居場所はまた別な所だ。その為、だけって訳でもないが、だから俺はこうしてせっせと白玉を大量生産してるんだぜ」
「はは、確かに」


 水面に浮かんできた白玉を鶴丸が掬う。ざるに入れて水で冷やす。
 それを見ながら思い出したことを口に出す。


「ここは大変だけど、良いことも沢山あると言っていたよ」
「光坊が?」
「ああ。好きな人に自分の気持ちを込めたものを食べてもらえるのも、そのひとつだと言っていたね」


 自分の立場を利用して、こんなことを思うのはずるいかな、歌仙くん。と言葉のわりにどこか悪戯っ子の顔で、鍋をかき回していた。
 歌仙は純粋に、ああ、いい考え方をするなと関心したものだ。


「なぁ、あの子、本当、・・・・・・本当、ずるくないか」
「自惚れるのはまだ早いって言っているだろう。その大量の白玉の一部が彼の口に入るんだ。君は自分の願いが少しでも現実になるようにせいぜい心を込めて作りつづけるといい」
「厳しいなぁ、歌仙大先生」


 二人だけの厨はいつものように静かに話を積もらせていく。隣にいるのが鶴丸である違和感はまだあったが、いつもと違う相手は新鮮で、またその心の吐露も好ましいものだった。時間が流れ、鶴丸が最後の白玉勢を水に冷やしていると。


「ごめん、歌仙くん!遅くなっちゃった!」
「燭台切」
「遊びに夢中で、気づいたらもうおやつの時間だし、ってあれ?鶴さん?」
「よっ、光坊!」
「鶴さんどうしたの。どうしてここに?」


 今までずっと走り回り、そして時間に気づいた後も全速力でここまで走ってきたのだろう。息を切らした燭台切が、歌仙の隣に立っている鶴丸を見つけるとひとつの目を丸く見開いた。そして水を入れたコップを渡す歌仙と鶴丸を交互に見る。


「鶴丸は代理選手だよ。手伝ってくれているんだ」
「僕が遊び呆けてたから?ご、ごめん二人とも!!」
「いやいや、違うぞ光坊。俺はな鬼に『白!』と叫ばれる度圧死する危険性から逃げてきただけに過ぎない。君が気にすることはないさ」
「と、言うことらしいよ」


 焦って謝る燭台切に鶴丸は冗談めかして言う。歌仙も笑って付け足すと、燭台切は申し訳なさそうな顔を、二人への気遣いの為に笑顔に変えてそっか、と答えた。


「確かに、僕も『黒!』と叫ばれる度、四方八方からぎゅうぎゅう抱きつかれたから、鶴さん、避難して正解だったかもね」
「はっ!」


 しまった、その手があったか!と叫びそうな鶴丸の反応に、静かに脇腹を肘で突いた。そういう理由で色鬼をしようなど不純極まりないと言う注意である。うっ!?と今度は呻く鶴丸を燭台切は不思議そうに見る。何でもないよと歌仙が答えた。


「二人とも何かあった?」
「い、いいや、なんにも!それより、光坊、ほら口開けろ。あーん」
「え?え、あ、あーん?」


 素直に開いた口に、白い丸が落とされる。今出来たばかりの白玉。


「美味いか?」
「ん、うん。おいしい」
「ちゃんと耳たぶの柔らかさにしたんだ!」
「そうなんだ。丁度いい柔らかさだよ」


 白玉の感想をしゃべる燭台切から視線を外さず、鶴丸が後ろ手で歌仙の袴をくいくい引っ張る。なんだと思いつつ、歌仙もまた燭台切を見つめたまま鶴丸に顔を近づけさせた。


「・・・・・・なぁ、歌仙。この白玉、俺の大好きな君の耳たぶの柔らかさにしたんだ、って言う告白どう思う」
「マイナス30点。最低以下。雅の欠片もないどころか、気持ち悪さしか感じない」
「よし、やめておこう」


 歌仙の耳に小声で届けられたものは許しがたい領域の告白の打診だった為、早口で切り捨ると鶴丸はまたも素直に頷いた。厨の中では、鶴丸は歌仙に対して従順の様だ。


「やっぱり二人とも何かあったでしょう」


 会話は聞こえてないものの、距離の近い二人を見て燭台切が言う。変な誤解をされたら敵わないとすぐにお互い距離を取る。しかし燭台切は拗ねている風でも妬いている風でもなく、にこにこと歌仙たちを見ていた。


「二人が仲良くしてるのすごく新鮮だな。なんか、嬉しい」
「余りそういう機会もなかったしな」
「確かにね」
「あ、ならさ、鶴さん。厨当番ちょっとの間変わってみる?鶴さん器用だから料理もささっと出来るだろうし。歌仙くんと沢山話し出来るよ」
「「それはやめてくれ」」


 光忠の提案を、声を揃えて却下した。


「君が俺の手料理を食べたいと言うなら吝かではないし、厨当番が大変でやめたいと言うなら進んで当番を変わるが、そうでないなら遠慮する。我が儘かもしれないが俺は君の気持ちのこもった料理が食べたい」
「君の美しい包丁捌きを見る機会を僕から奪うつもりかい?君との厨での時間も?それは余りにもひどいんじゃないかな」


 二人一遍に詰め寄ると、燭台切は面食らって一歩下がる。しかしやはりいつもの笑顔を浮かべる。


「だって、僕、歌仙くんと過ごすここでの時間がすっごく好きなんだ。だから、自分の好きな場所と時間を鶴さんに好きになってもらえたら、」


 そこで言葉を切った。あれ、これ言って大丈夫な言葉だっけ?と迷った様だ。ちらっと歌仙を窺ってくる。大丈夫だよ意味を込めて、頷いた。


「えっと、うん、鶴さんに好きになって貰えたら、うれしいなと思ったんだよ」


 最後は鶴丸を見つめて。何でもない言葉を装っているが何かしらの感情がにじみ出ている微笑み。
 固まる鶴丸。まぁ、今のは仕方がない。歌仙でさえ花びらが舞いそうになった。
 燭台切の鶴丸に寄せている想いが決して小さいものではないことを歌仙は知っている。その相手に好きになってもらいたいと思うほど、燭台切が大切にしている、場所と時間。それが歌仙と共にここで過ごす時間なんだと言われれば、歌仙だって嬉しいに決まっている。


「でも、やはり却下だよ、燭台切」
「やっぱり?」
「そうさ。だって、鶴丸には別の係りがあるからね」


 きょとりと燭台切が歌仙を見る。動かない鶴丸の背を軽く叩いた。


「僕たち、味見しすぎて時々味がわからなくなるだろう?だから、鶴丸には味見係になってもらうのさ」
「「え?」」


 二人の視線を受け止めたまま冷凍庫へと向かい、業務用のバニラアイスを取り出す。そして中身が未完成の器を二つ。


「燭台切が当番の時はここに来て、味見をすること。これは重要な任務だよ」


 器へバニラアイスを一つずつ。さらに出来ている白玉を盛り付け、上から掛ける黒蜜を手に取った。


「い、いいのか歌仙?」
「別にこれは燭台切の為でもないし、君の為でもない。強いて言うなら本丸の皆の為かな」


 とろとろ、黒蜜を掛け終わり、最後にさくらんぼを天辺へ。器をぐるりと回してバランスを見る。うん、と頷く。実に美しく盛り付けが出来た。


「君が味見係になれば、ただでさえ美味しい燭台切の料理が絶品になること間違いなしだろうからね。なんとかは最高のスパイスと言うだろう?」
「か、歌仙くん!!」


 顔を青ざめ、赤らめ、混乱を顔色で表す燭台切と、きらきら歌仙を見つめてくる鶴丸へ、歌仙は完成した器を差し出した。


「慣れない手伝いをしてくれた君への感謝の印は、これを一番に、そして静かな場所で食べる権利だ。外で一生懸命遊べた僕の大切な友人へのご褒美もまた、一緒」
「歌仙、」
「さ、行った行った!ここは今から騒がしくなるんだから、そうなる前に好きな所へ。ほら、早く」


 感動したように名前を呼ばれ、なんだか照れ臭くなる。照れ隠しに、しっしっ、と手を払った。犬を追い払う様な仕草に、さすがにどうかと自分でも思う。しかし、目の前の鶴丸は、本当に、本当に嬉しそうに手にした器と匙をぎゅうと握りしめる。


「ありがとう、歌仙!よしっ、行こうぜ、光坊!」
「え、でも、」
「夕餉の時、またここに来よう。その間に君に話したいことがあるんだ、これを食べながらな!」
「・・・・・・うんっ!歌仙くん、ありがとう。いってくるね!」
「はいはい。いってらっしゃい」


 二人は並んで厨を出ていった。鶴丸は本丸の穴場を沢山知っているはずだ。きっと、静かに思いを伝えあえる場所へ落ち着けるだろう。


「さてと、僕は仕上げといこうか」


 未完成の器達。それがぼちぼち終わる頃、がやがやと賑やかな声達が近づいてくる。どうやら色鬼も完全にお開きになったらしい。
 今日のおやつはなんだろな~!と何人かが合唱しながら、厨へ入ってきて、見つけた目的のものに歓喜の声を上げる。
 歌仙は声を上げて誘導する。


「他の者にもまとめて持って行くならここに盆があるから。ほらほら、匙も忘れずにね。さくらんぼが乗っているのは数が限られているから気を付けるように。器を取ったら、こっちにおいで。欲しい者はもう一掬い、アイスを乗せてあげよう。こうなったら冷凍庫大処分セールだ」
「本当かよ!?おいおい、今日の之定めちゃくちゃ機嫌いいぜ、主!」
「いえーい!やったね兼さん!今日洗濯物干してて良かった!しばらくどしゃ降りが続くよ!」
「和泉守と主は並んでも絶対追加なしだ」
「俺、なにも悪いこと言ってねぇって!!!」


 ハイタッチする二人に宣言する。途端に必死な和泉守に吹き出して冗談だよ、主は本気でなしだけど。と言い直した。
主は半べそを掻いていたが、自業自得。だって失礼な話しではないか。歌仙にだって機嫌のいい日はあるのだ。
まして、天気がよくて、とても賑やかで。


 大切な友人と、大切な仲間が想いを通じ合わせる日となる、こんなに素敵な日なのだから。

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