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「さぁて光忠、これで君は帰れないぜ?」

 目の前で、愛しい刀が笑った。いつもの優しい笑みじゃない。愛しさを押さえきれない微笑みでもない。誰かを力で支配するような、笑顔だった。


「鶴丸さん、どうして、」


 手を伸ばせば擦り合わされた鎖がじゃらじゃらと声をあげる。


「幻滅したかい?こんなことをする俺に」


 伸ばした手を取らずに鶴丸が眉根を下げる。言うこと聞かない駄々っ子を相手にしているような表情だった。


「だが恨むなら、こんな男に愛されてしまった自分を恨んでくれ。伊達男さんよ」
「そんな、」


 開き直る笑顔に言葉が続かなかった。この刀はどうしてこんなことが言えるのだろう。恋刀を監禁しておいて見せる言動ではない。


「大丈夫だ。君に苦労はかけない。俺が面倒見てやるし、たっぷり可愛がってやるぜ?」


 いつもの快活さの欠片もなくいやらしく鶴丸は笑う。どこからどう見ても悪役そのもの。


「鶴丸さん」
「なんだい、光忠。もしかして、俺を嫌いになったか?それとも好きと言って、俺を油断させてここから逃げ出そうっていう作戦かぁ?」


 静かに名前を呼ぶ自分に、鶴丸は何倍もの言葉を返してくる、いつもはここまで多弁ではない気がする。にやにやとあまりよくない笑みを浮かべるその顔に口を開いた。


「嬉しい」


 たったそれだけの言葉だったのに鶴丸はあっさりと表情を変える。


「こらこら、陥落が早い。もうちょっと乗ってくれよ光忠。結構楽しんでたんだぜ?」
「それもわかってたけどさ」


 だって、嬉しいんだよと笑ってしまった自分に、鶴丸が困った子だなと苦笑いを返す。


「君は俺に監禁されてるんだぞ?自分の意志で居場所を決められないことは、君にとってとても辛いことだと思うんだけどな」


 鶴丸の言葉に頷く。確かに自分の居場所を、自分の意志で決められないことは辛いことだ。その経験があったからこそ、自分は今ここにいるのだとしても、当時の辛さを忘れたわけではない。鶴丸はそのことを言っているのだろう。


「辛くても仕方ないよ、刀だもの」


 刀は人の手によって振るわれる。所有者に従うしかない。


「僕は、刀。自分の意志で居場所は決められない」


 そう考えれば、自分の意志では変えられない今のこの状況は正しい刀の形であると思った。


「・・・・・・でも、今は体がある。主の、所有者の元に帰らなくちゃいけない」


 自分でも驚くほど空虚な声が出た。
 戻る場所があるならば帰らなくてはいけない、本当は。所有者の元に戻るべきと叫ぶのはそれこそ刀の性だ。人に作られた物は人に使われなくては、作られた意義がない。存在している意味がない。
 だけど今は、体がある。心がある。物だけではいられない。それが良いことなのかは分からなかった。最近この身を蝕んでいた衝動を思えば尚更そう思う。
 鶴丸が答える。自分の空っぽな言葉に肉をつけるように。


「だから、帰さない為にこうしているんだろう。確かに今の俺達には体がある。自分の“意志”で主の元に帰らなくてはいけない。だけど、こうして鎖に繋がれればそれが“出来ない”、だろ?」


 君はそれを嬉しいと笑ってしまったけど。と鶴丸がやれやれと肩をすくめる。
 監禁という異様な状況にも関わらず平生の鶴丸にふふっと笑ってしまった。そんな自分を見て鶴丸が、両肩に手を置いて顔を近づける。


「いいか、光忠。よく聞け、大事なことだ。恋に狂った俺は君を自分だけのものにしたいと考えて、君をこんな所に監禁している。俺は加害者で君は被害者。絶対に忘れるなよ」


 その瞳はとても真剣で、異を唱えることは出来ない。いつもは年の差を感じさせないおちゃめさを持っている恋刀は、ここぞというときは有無を言わせない貫禄をみせる。そうなれば自分は逆らうことが出来ない。


「いいな?」


 鶴丸がここまで真剣に言う理由はわかっている。もし、万が一この場所が仲間達や、主に見つかったときに、鶴丸が無理矢理自分を監禁していたと主張するためだろう。だからこの鎖を絶対に外さないのだ、自分もこの状況を望んでいるにも関わらず。
 

 いやむしろ、自分こそが、この状況を望んでいた。


 鶴丸は気づいていたのだろう。自分が、鶴丸を好きなあまりおかしくなってしまったことに。
 刀で在りながら、人の所有物であることを煩わしく思うようになった。愛し合う鶴丸と自分、お互いの他に所有者がいることを許せなくなってしまった。
 そんな自分がいつか衝動のままに刃を振り下ろす前に、鶴丸は先に動いた。きっと主と、そして自分の両方を守るために自らを悪として、こんな突拍子もない行動に出たのだ。
 聡明で優しい刀。だけど、馬鹿な刀。
 そんなことをするから、自分がますます鶴丸に狂ってしまうということに気付いていない。


「・・・・・・うん、わかってる」


 こくんと頷くと、首輪に繋がれていた鎖がじゃらりと鳴った。
 これが鶴丸の愛だ。この鎖が愛なのだ。切り捨てるでもなく、共に堕ちるでもなく。愛で自分を繋ぎ止めようとしてくれる。
 やっぱり嬉しい。結局その思いに辿りつく。
 それを言葉にしてしまえば、真剣な鶴丸に怒られてしまう。だから嬉しいという言葉を別の言葉にすり替えた。


「鎖が切れたら逃げちゃうからね。気を付けて?」


 自分の忠告に鶴丸が、わかってるさと苦笑いを返す。


「この鎖は切れたりしないから、安心しろ」


 そしてようやく鶴丸は自分に触れた。セットが決まっている頭のてっぺんに手を置いてわしゃわしゃとかき混ぜた。うわあと抗議の声を出す自分を余所に、鶴丸は満足げに立ち上がる。


「さてと、監禁生活であろうと腹は空く。待ってろ光忠。飯を作ってやるからな」
「うげ、」
「うげとは何だ、失礼な奴だな」
「だって鶴丸さんの料理、美味しいのと美味しくないの差が激しいんだもん」


 驚きを求めるあまり色んな物を投入してしまう鶴丸の料理は、味の差が激しい。これからの生活で安定した食生活を送れないのは、困る。


「なら、一緒に作ろうぜ?」
「え、でも。僕ここから動けないし」
「鎖、見てみろ」


 言われて鎖の先を視線で辿る。知らぬ部屋の壁に打ち付けられた鎖は思いの外長く、この部屋を行き来するにはなんの問題もなさそうだ。


「貴方って、本当、」


 溜め息と笑い声が混ぜこぜになってる吐息が出てしまった。ずいぶんと被害者に甘い加害者もいたものだ。立ち上がって鶴丸の背中に覆い被さる。重いーと言いながらも台所まで引きずってくれる鶴丸に笑い声をあげてしまった。
 幸せだ。この生活がそう長くは続かないと分っていても。

 加害者と被害者の快適な監禁生活が始まる。

 

限りある薔薇色

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