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 本日土曜日。午後三時。

 ダイニングテーブルの対面する席に座り、二人して腕を組む。見つめ合うお互いの目は気迫に満ちていて、決闘を前にする好敵手の様だ。

「先手は?」

「鶴さんからどうぞ」

 問いかけると勝気な笑みが俺に先を譲る。今年はやけに自信がある様子。やはり勝負はそうでなくては。

「ならお言葉に甘えるぜ」

 俺は隣の空席に置いてある荷物に右手を軽く乗せる。今年はそこまで巨大なものはないので、廊下に隠す必要はなかった。

 姿勢を正し、深く息を吸う。そしてこの勝負の幕を上げる為に声を張り上げる。

「ホワイトデー3番勝負!スタート!」

 

 

 世にはバレンタインデーというイベントがある。女が好きな男にチョコレートを贈るのが一般的な内容だ。昨今は性別関係なく行われているが、チョコレートを贈るという基本的な部分は固まっている。

 その一ケ月後。ホワイトデーというイベントがある。チョコレートを貰った男がチョコレートをくれた女に対し返礼をし、想いを伝えるという内容だ。返礼の品はマシュマロやクッキー、キャンディなどの菓子が代表とされているが、実際の返礼品は多岐に渡っている。バレンタインデーより目立たないイベントではあるが、難易度が高いのはこちらのホワイトデーの方だと俺は考えている。

 それはさておき、俺と目の前にいる光坊こと光忠は恋人同士である。見た目でも分かる通り男同士だ。世間的にはまだ一般的とは言い難い関係である俺達だが、だからといって世間のイベントを恨めしい目で遠巻きに見るなんてことはしない。全力で楽しむカップルだ。

 バレンタイデーだってお互いに自分が思う最高のチョコレートを準備して当日贈り合う。手作りだったり、外国の高級チョコだったりはその年による。バレンタインデーの季節になると休日は別々に行動しその年のチョコレートのリサーチをする程、俺達はバレンタインデーに全力を注いでいる。

 ちなみに当日はそれまでの苦労を一切感じさせない甘々な一日を過ごす。幸せな一日の為に一ケ月かけるのは大変でもあるが楽しいものだ。

 バレンタインデーに全力を注ぐ俺達は一ケ月後のホワイトデーも同様だ。バレンタインデーと同じく準備に一ケ月をかける。ただ、ホワイトデーは一筋縄ではいかない。バレンタインデーにとってのチョコレートのような物がないのだ。ホワイトデーならこれ!と言った物が。

 俺達は考えた。ホワイトデーにもバレンタインデーの様なこれと言った物を決めようと。菓子、花、アクセサリー様々なカテゴリを上げてみたが中々決まらず、長く考えた末「白いもの」という条件が決まった。

 だから俺と光坊にとってのホワイトデーとは「白いもの」を贈り合う日。長い年月を掛けて三つまで準備して良いというルールも追加された。

 そして本日こそが待ちに待ったホワイトデーである。

 

 

「まず最初はこれだ!」

 俺は光坊から死角になっていた隣の椅子に乗せていたものを両手でがしっと掴み、それをダイニングテーブルにどん!と置いた。同じ動きを二回したからもう一度どん!地響きに似た音を立てて突如現れたのは薄茶色した物体だ。白くはない。外見はな。

 光坊は瞬時にそれが何か気付いたらしい。袋に貼ってあるラベルを見て、わあ、と瞳を輝かせた。

「北海道産ななつぼしだ!」

「この間店で食ったゆめぴりかが美味かったから同じ北海道産で評判良いのを買ってきてみたぜ!」

「いつも食べてるコシヒカリも美味しいからなかなか他のお米買うの迷っちゃうんだよね、僕。嬉しいなあ!ありがとう鶴さん。美味しく炊いてご飯の食べ比べしようね!」

 うきうきした雰囲気のまま光坊は五キロの米袋二つを軽々持ち上げた。喜んでもらえたようで何より。食べ比べも実に楽しみだ。

 光坊が米を自分の方へ引き取ってくれたのでまたスペースが出来たダイニングテーブルの上。そこに第二弾の贈り物を出す。

「続いてはこれ!」

 結構な重さがあるが精密機器なので先ほどの米とは違い慎重にテーブルの上に置く。存在感のある箱状のものはラッピングが施されていて、大きさで言えばノートパソコンの箱より一回り大きいぐらいだ。流石の光坊でもそれが一体何なのか中身を当てることは難しいだろう。

「結構大きいね、あと軽くもなさそうだった。何だろう、ゲーム機?」

「さてなんだろうな?」

「ノートパソコンじゃないよね、家電っぽいけどなあ」

 と言いながら光坊は丁寧にラッピングを解いていく。ああ、良いな。この光坊の期待でわくわくした顔を見るのは最高に楽しい。そこに僅かな不安も見えるが、それもまた今まで俺が光坊に様々な驚きを振りまいて来た何よりの証拠だ。俺はその複雑さを見ると幸せになれる。

「わあっ、これ……えっ?」

 光坊はラッピングされていた包み紙を丁寧に畳みながら俺のプレゼントを凝視する。包み紙をテーブルに置いてその箱をひょいと両手で持ち上げ360度からそれを眺めた。そして喜びよりも不思議そうな表情で俺を見る。

「鶴さん、うちにはもうルンバくんがいるよ。去年買い替えたばかりじゃないか」

 そう言って部屋の壁側に視線を落とす。そこには自らホームに帰宅し充電中の自動清掃ロボットの姿があった。我が家で活躍中の彼の存在を俺が忘れたわけではない。

「これはな光坊、自動清掃ロボットじゃなくて自動床拭きロボットm6くんだぜ!」

 箱に映っている四角めで白い機械を指さした。

「こいつはルンバくんと違って床を拭くのが仕事なのさ」

「床拭き?この子そんなことが出来るのかい」

「そうだぜ。しかもなんと!ルンバくんと連携が出来ると来たもんだ。ルンバくんがごみを吸い終わったらこいつが床拭きを始めるらしい」

「すごいね!」

「だろ?」

 光坊は科学の力はここまで来たか!と言いたげな輝いた目でパッケージを見ている。床の拭き掃除くらい俺がしても良いのだが、光坊はルンバくんを『頑張り屋さん』『かわいい』などと非常に気にいっていたのでこの床拭きロボットも喜ぶと思ったのだ。

「ルンバくんもいつも一人で頑張ってくれるし、お友達がいた方が良いもんね。ありがとう鶴さん、嬉しいよ」

 予想通り光坊は喜んでくれている。清掃ロボットを一人と勘定するかどうかは置いといて、物に対しての愛着を持つ感性豊かな男だ。

「ルンバくんが黒でこの子は白色だから僕と鶴さんみたいだね。ならお友達じゃなくて恋人かな」

 なんて言いながら立ち上がりリビングの方へ箱を持って行く成人男性。「後で一緒に開けようね、僕設定できないからお願いしてもいいかな」なんてのんきな声が聞こえてくる。

 きみ、今さりげなく俺を撃沈させていったんだぞ。メルヘンチックな発言にこっそり笑うべきか、すぐに自分達の関係を連想してくれる所にときめくべきか俺はテーブルに伏して悩んでいる最中だ。どちらにせよ可愛いという感想にはなるのだが。

「どうしたんだい。お腹でも痛い?」

「いや、何でもない」

 突っ伏していた俺を見て心配げな声がかけられるが、何でもないふりをした。天然な部分に対して言及したり、まして本人の前で笑ってはいけない。俺は光坊の『見た目も中身も最高に格好良い至高の男でありながら感受性が豊かで時々ど天然』という驚きを秘めている部分も大好きなので、率先して光坊の天然成分を育てていきたいと思っている。その天然っぷりは親しい人間にこそ発揮されるものだから周りに害はないし、可愛いから一生そのままで居てほしい。

 涼しい顔で姿勢を正すと光坊は心配を解いた。ホッと安堵した態度も隠さずまた俺の対面席に座る。俺の番は次で最後。このイベントの半分が終わろうとしている。

 俺は最後に残していたプレゼントを取り出す。何に入れるべきか悩んでいたが結局つぶれない様にハンカチに包むだけにしておいた。強い植物だと聞いたことがあるし、朝一に採ってきたものだから枯れてはいない筈だ。

 指先で摘まめる小さなものを右手で取って、それを見せないまま左手をテーブルの上に出した。

「光坊、左手貸してくれ」

「うん、分かった」

 光坊は素直に自分の甲を見せた状態の左手を俺の左手のひらへと乗せた。

「これが3つ目な」

 今更、入るだろうかという心配が顔を出してきたが一蹴して、右手に持っていたものを光坊の左手薬指に差し込んで根元まで通らせた。ぴっちりとしていたが、緑の茎が切れることなくシロツメクサの手作り指輪は光坊の指に綺麗に嵌ってくれた。

「いつもありがとうな、光坊。愛してるぜ」

 左手を引き寄せて指先に口付けた。かなりキザだと自分でも思うが、三つ目のプレゼントとしてはこれくらいのインパクトが必要だ。それにホワイトデーは返礼の日でもあるし、男から想いを伝える日でもある。プレゼントだけでなく言葉でもしっかり伝えるのが俺のホワイトデーの鉄則だ。恥ずかしくないのか?勿論、恥ずかしい。

 ただ、恥ずかしさは極力表に出さずスマートに決めてこそ。良い男である光坊に見劣りしたくはない。というわけで、今年も全力を注いだホワイトデーの俺のターンが終了したわけだが。

「うわー!被ったー!」

 左手に口づけを受けたままの格好で光坊は右手で顔を押さえ天を仰いでいる。

「被ったって……」

「3つ目のプレゼント!」

 まさか、と口が開いてしまう。一般的なプレゼントが被ることはあってもこれが被ることはあるだろうか。

 光坊はがっかりしたいのだろうが、俺からのプレゼントでがっかりすることも出来ずにとても複雑な感情を顔に乗せている。俺から自分の左手を取り返すことも忘れて、右手で自分の選んだプレゼントをテーブルの上に出していく。

「まず1つ目が、このペアのカップ&ソーサーでしょう」

 現れたのは紙袋。英国王室御用達のブランド名が記載されている。昔からコーヒー派だったのだが、最近紅茶を飲むことも増えてきた。コーヒーを飲むマグカップとは別に紅茶用のカップが欲しいと思っていた所だったのだ。光坊も同じように思っていたらしい。気が合うなぁ、流石俺達。割らない様に丁寧に扱おう。

「次にこれ、ちょっと良い白ワイン」

 続いて縦長のボトルが現れる。ワインに直接ラッピングがされておりラベルを見ることが出来た。俺も銘柄に詳しいわけじゃないが明らかに高そうなワインだ。ワインなんて自分が飲むためならそこそこの物しか買わないからかなり嬉しい。ほとんど酒なんて飲めない光坊がこれを選んだと言うことは店で店員と相談しながら選んだのだろうか。特別な人に特別なプレゼントをしたいとでも言ったのかもしれない。もうそれを考えただけで幸せを噛み締めたくなるな。飲ませ過ぎない様に気をつけつつ、光坊と一緒に大切に飲むとしよう。

 俺が感想を伝える間もなく光坊は最後に白い箱を取り出した。高級感ある指輪ケースだ。何も知らなければ給料三ケ月分の指輪が入っているのではないかと思ったことだろう。しかし俺はその中身を既に聞いている。聞いていなければその落差に驚いたに違いない。

 光坊は器用に片手で指輪ケースの蓋を開けた。そこには予想通り、シロツメクサの指輪が可愛らしく座っていた。

「今年の冬、暖かかっただろう?もうあちこちでシロツメクサの花が咲いてたんだよね。でも鶴さんはまだ気づいてないだろうなって思ってさ、これで指輪作ったら絶対驚くと思ったんだよ……」

「ははは!理由まで一緒だ!」

「なんでそこで被るかな~!」

 珍しく悔し気に声を上げる。それだけこのプレゼント選びに真剣だったという事だろう。

「絶対新しいトイレ買ってくると思ったのに!この間新型トイレみて『タンクレスかぁ』って呟いてたじゃないかー」

「いくら俺でもホワイトデーにトイレはプレゼントしないっての。腕時計か散歩用のペアシューズで悩んでた」

「だって去年は冷蔵庫買ってきたからさあ……」

 そもそも冷蔵庫を買ってきたのは、その前の年、つまり一昨年のホワイトデーに光坊が現在リビングの多面積を占拠している白いソファを買ってきたのに刺激を受け、これは負けてられないと奮起したせいだ。まあ、光坊がソファを買ってきたのは更にその前の年に俺がキングサイズのベッドを買ったせいなのだが、あれは同棲が始まったことの喜びを表現したに過ぎない。一切反省も後悔もしていないぜ。

「朝に出掛けたのも業者さんへ連絡する為かと思ってたのに」

「シロツメクサ摘みに行ってただけだって」

「うわー、やっぱり白色のドローンにすればよかった!なんで小さい春見つけちゃったかな、僕は!」

 嘆き続ける姿に笑ってしまう、光坊の気持ちが分かるだけに。このホワイトデー勝負、光坊が先手を譲ってくれなければ俺が嘆く側になっていたのだから。プレゼント被りは悪いことじゃないんだが、相手の新鮮な反応が見られないとなればやはり残念だからな。光坊はわざわざ高級そうな指輪ケースまで準備したのだから俺を驚かせる気満々だったのだろう。

「そう嘆くなって、逆に珍しくて面白いじゃないか。きみが被ってると言いだした時は驚き通り越して呆けちまったぜ」

「確かにシロツメクサの指輪なんてそうそう被ることないけど……。でも、同じことプレゼントされても嫌じゃない?」

「全然。と言うか、俺の左薬指がさっきから疼いてしかたないんだ。早く封印してもらわないと」

「っふ、なんで急に中二病みたいな台詞吐くんだい」

 ようやく態度を緩ませてくれた。今まで握っていた光坊の左手を最後にひと撫でして、持ち主へと返す。代わりに俺の左手を光坊の方へと差し出した。先ほどとは違って、手の甲を見せて。

 すると指輪ケースからゆっくり外されたシロツメクサの指輪が、待ち望んでいる俺の左薬指に恭しく嵌められていく。こちらも緑の茎が途中で切れることはなかった。

「いつもありがとう、鶴さん。愛してるよ」

 俺の目をしっかり見据えたまま両手でそっと俺の左手を握った。

 何度繰り返しても飽きない言葉と褪せることない気持ちもあるのだと光坊は毎回俺に教えてくれる。俺の言葉や態度で光坊もそう思ってくれたら、二人で行うイベントも楽しさ以上の価値があるというものだ。

 揃いのシロツメクサの指輪が並んでいる。その光景にじんわりと多幸感が広がっていった。光坊が嘆いたプレゼントの被りは、俺の多大なる感情に揺さぶりをかけている。

 悲しみや苦しみより、幸福は簡単に泣きたい気持ちにさせる。それが光坊にばれるのはかなり恥ずかしいので誤魔化すことにしよう。

「光坊、指先へのキスは?」

「そこまで一緒だとオリジナリティ皆無だからしないよ」

「本当はするつもりだったんだろ?」

「予定ではね」

 王子様感全開の光坊も見たかったので非常に残念だ。俺がキングサイズのベッドをプレゼントした時、光坊からは白薔薇99本の花束を貰った。あの時の光坊は痺れる位格好良かったなぁ。高身長の為でかい花束を抱えてもその男前が埋もれることもなく、立ち居振る舞いまで完璧だった。ストレートな格好良さというものは男の心すら簡単に射抜くものだ。

 左手を握られたまま当時の回想をしていると、向こう側からふふふ、と楽し気な声が聞こえた。

「どうした?」

「ホワイトデーが終わっても次は春分の日で、すぐにエイプリルフールが来るからまだまだ忙しいなと思ってさ」

 どうやら過去を遡っていた俺とは逆に、光坊は未来のことに想いを馳せていたらしい。

「エイプリルフールを期待しててね、鶴さん。何が真実で誰を信じればいいのか分からなくなるほど驚かせてみせるから」

「そ、そこまではいいぞ?いつも通り可愛らしい嘘で俺を驚かせてくれ」

「僕が浮気してるっていうのは可愛らしい嘘なのかい?」

「俺の事大好きな雰囲気を隠せないままそういう嘘を吐くところが可愛いのさ」

「だって完璧にし過ぎると鶴さんが傷つくじゃないか……」

 少しエイプリルフールについてああだこうだ話し合った後、光坊は米の食べ比べの準備を、俺は光坊から貰ったペアカップの開封をする流れになった。

「うーん、ワインいつ開けるかなぁ。今日開けたいが、まだ勿体ない気もする……」

「いつ開けるかは鶴さんにお任せするよ」

 光坊はテーブルに手をつきよいしょ、と立ち上がる。俺はペアカップの箱を紙袋から出し、果たしてどんな柄だろうかと想像を膨らませる。そしてそれを開けようとした時「鶴さん」と比較的小さめの声が俺を呼んだ。

「ん?」

「3つ目のプレゼントが被った分、4つ目で挽回するからね」

 勢いよく顔を上げるとにこやかな微笑みがそこにはあった。手には計十キロの米を抱えている。

「今日も明日も休みだしさ。……いっぱい頑張るから、ちょっと早く始めようね」

 そのままキッチンの方へと歩き出す。俺はそれを見ながら「ハイ」と返事をすることしか出来なかった。四つ目と言えば“あれ”だろう。毎年恒例四つ目のプレゼント交換である“あれ”しかない。

 涼しい顔で俺から離れていった光坊はキッチンに着いた途端、抱えていた米袋に顔を埋めた。耳が鮮やかな位に赤く、肩が震えている所から察するにでっかい羞恥と戦っているのだろう。

 恥ずかしいのなら今ここで言わなきゃ良いのに。対面キッチンなんだから俺の位置からだときみの一挙一動が丸見えなのは分かってるだろ!それにいっぱい頑張るってなんだよ!超期待しちゃうじゃないか!

 対面キッチン越しの真正面から大きな恥ずかしさが伝染してきて、不覚にも早々に火がついてしまった俺は開けてもいないペアカップの箱に熱い顔を伏せるしかなかった。

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