僕より6つ年上の鶴さんと出会ったのは、共通の知り合いである伽羅ちゃんがきっかけだった。
僕と伽羅ちゃんは中学1年の時に出会ったからもうすぐ6年の付き合いになる。一方、鶴さんと伽羅ちゃんはなんと16年の付き合いらしい。弟である貞ちゃんが生まれる前からの付き合いでもはや家族同然だと言っていた。
でも僕と鶴さんが出会ったのは去年。やっと1年経ったくらい。
僕が伽羅ちゃんの家に遊びに行った時、偶然鶴さんと出会った。鶴さんの実家は伽羅ちゃんの家の隣。だけど、鶴さんは自立しているので別の所に住んでいる。鶴さんは伽羅ちゃんと貞ちゃんが大好きだからよく家に来るらしいんだけどいつもいるわけじゃない。だからあの日会えたのはラッキーだったんだと思う。
鶴さんはとっても良い人だ。明るいし面白いし。一緒にいるととっても楽しい。うちの兄さん達とはタイプが違うし今もちょっと遠慮があるけど、僕にとってもお兄さんみたいな人。出会えたのは本当にラッキーなことなんだ。
「光坊ー、シートベルトしっかり締めろよ」
「うん」
今も、帰る方向が一緒だからって車で送ってくれる鶴さんの優しさを感じながらしみじみとそう思う。最近伽羅ちゃんの家でよく会う鶴さんは、毎回僕を車で送ってくれる。僕も兄さん達に迎えに来てもらえば良いものを、いつも鶴さんに言われるまま助手席に座ってしまう。
だって鶴さんと一緒の帰り道は楽しいんだ。伽羅ちゃんを通して出会った人だけど、二人きりでも全然嫌じゃない。僕は鶴さんが大好きだし、こういう大人になりたいなって思える憧れのお兄さんだ。
だけど、最近ちょっと困ったことがある。
「そういや光坊、髪切ったかい?」
「え?あ、うん。前髪切ったんだ。でもほんと少しだよ?良く気付いたね」
「そりゃあ気づくさ。きみのことだからな」
エンジンを掛けながら鶴さんは僕を見ている。僕は内心ぎょっとした顔を隠すために右を向いていた顔を正面に逃がし、言葉を頑張って探す。
「じ、自分で切るって言ってるのに兄さん達ったら誰が切るかで勝手に喧嘩し始めて大変だったんだ。結局二番目の兄さんが切ってくれたんだけどその間も他の兄さん達がああだこうだ言ってうるさかったんだよ。こんなことなら美容室行けば良かった」
「ははは、きみは可愛がられてるんだな」
朗らかな笑いに悔しくも事実を当てられて、中途半端に頷く。口から洩れた小さな呻きに似た音は遅めの反抗期がまだ終わってない証拠だ。そんなことを考えて少し気を抜いてしまったから死角からくる気配に気付けなかった。
「しかしきみの二番目の兄さんは器用なんだな。綺麗に整ってる」
気付いた時にはさらりと触れていく指先の感触。髪だけじゃなくて少し頬に触れていったのが分かった。それが意図してなのかは、助手席のグローブボックスの取っ手を凝視する僕には判別できない。
「…き、器用なんだけど料理は壊滅的なんだよ」
「だからきみは料理がうまくなったのかい?光坊は料理上手だもんなー」
言葉を絞り出す僕に気にも留めない呑気な声の主は、そいじゃあ出発ー。と何事もなかったかの様にアクセルを踏み込んだ。
僕が困っていること、それはずばり『鶴さんが僕の事を好き』ということだ。
僕から鶴さんに対しての『好き』すなわち『LIKE』とは違う。鶴さんは僕に『LOVE』だってこと。
それに気が付いたのは最近こうして車で送ってくれるようになってから。元々距離感は近い人だとは思ってたけど、それは伽羅ちゃんや貞ちゃんに対しても一緒だったから僕に好意があるなんてことには全然気が付かなかった。
でも僕は気づいてしまった。僕を家まで送ってくれる鶴さんが、帰り道をわざと遠回りしているということに。
ひとつに気づくと、そう言えば、と鶴さんが僕に接する時の言動を解析してしまう。例えば幼馴染二人に比べて付き合いが短い僕の事も『光坊』と呼んで伽羅ちゃんや貞ちゃんと同列に可愛がってくれることとか、スキンシップだって僕に対してが一番多い気がする。何度か食べてもらった僕の手料理だって美味い美味いと沢山食べる。それにとっておきの話だって、一番に聞かせてくれる。幼馴染の二人よりも。
鶴さんが伽羅ちゃんと貞ちゃんをすごく可愛がってるのを知ってる。だからその二人と同列に可愛がってくれたり、二人より優先してとっておきを聞かせてくれる理由を考えた時、鶴さんが僕のことを好きだからって考えるとすごく納得がいったんだ。帰り道の遠回りも含めて。
鶴さんは僕のことを好き。それは嬉しいことだ。
だけどそれが『LOVE』の方だとなると話は変わってくる。嬉しいことが困ったことになる。なぜなら僕は全くのストレートなのだ。僕は普通に女の子に好意を抱く。そして同性に好意を抱いたことはない。ゲイでもなければバイでもない。だからどんなに憧れているお兄さんであっても鶴さんからの気持ちには応えられない。
だから鶴さんと二人にきりになってしまうこの帰り道の車中はとっても困った状況だ。
出発した車のカーステレオから流れる曲は僕の好きなバンドの曲。出発前の会話は一区切りついたので今聞こえてくるのは力強いボーカルの歌声だけ。
このバンドだって鶴さんは知らなかった。僕が好きだと言ったら鶴さんはこのバンドの曲をダウンロードした。そして僕を家に送る時の車中ではいつもこのバンドの曲が流れてる。
「そ、そういえば今日サッカーの授業があったんだ」
好きな筈のバンドの曲を黙って聞き続けるのに耐えられなくなって曲の間に言葉を割り込ませた。鶴さんはへぇと興味深げに相槌を打ってくる。
「今日は伽羅ちゃんとチーム別れちゃった。おかげで白熱したけどね」
「きみも伽羅坊もお互いには負けん気が強いからな」
「親友は最大の好敵手だもの」
「確かにその通りだ」
ふふ、と鶴さんは嬉しそうに笑う。
「サッカーって体力使うよね。二人して汗だく。そしたら伽羅ちゃんすっごいんだよ。女子がわーって寄って来て皆我先にって言わんばかりに一斉にタオルを差し出すんだ。勿論、伽羅ちゃんはひとつも受け取らなかったけど」
「昔から伽羅坊はモテるからなー。光坊もかなりモテモテだろうが」
「僕は……、モテないよ。皆知ってるから、特定の女の子がいること」
すごく遠回しな言い方をしてしまった。素直に彼女がいるからと言った方が良いに決まってるのに。嘘を吐くのはどうも苦手だ。
鶴さんが僕の事を好きだと気づいた僕は、彼女がいることを匂わせる様になった。勿論嘘だ、彼女なんていない。だけどそう嘘を吐く必要がある。鶴さんに僕を諦めてもらうために。
流石に告白もされてないのに先に鶴さんをフることなんて出来ない。というか僕は鶴さんが友人として大大大好きだから、気まずくなりたくない。僕が気づかない振りをしている間にまったく脈なしだと察して僕のことを諦めてほしいんだ。そうしてこのまま何事もなくずっと鶴さんと一緒にいたい。
彼女がいるなんて嘘、本当は吐きたくないけど仕方ない。必要なことだと自分に言い聞かせて、僕は伽羅ちゃんがいないこの車中で何度も鶴さんに架空の彼女の話をしている。といってもはっきり人物像を話したりするんじゃなくて『いつも僕に手作りのお菓子をくれたり、体育の時間にいつも手を振り合ったり、移動教室の時一緒に行動したりする女の子がいる』と言った感じで。実際複数の女子にしてもらったことをあたかも一人の女の子の行動の様に話すんだ。だからそこまで嘘くさくもない筈だけど。
「まあ先約のある男よりフリーな男にいっちゃうよな、普通。一途が故にモテモテ体験をふいにしちまったなー、光坊」
残念残念と鶴さんは楽し気に言った。だけどその横顔に残念そうな色は一切見えない。いつもこうだ。
僕が一生懸命架空の彼女の話をしても鶴さんはいつも涼しい顔をしている。僕の事が好きならもう少しヤキモチ焼いたり、悲しそうな顔を見せたっていいのに。
もしかして大人の余裕ってやつなのかな。彼女って言ったって未成年の子供なんて敵じゃない、いつでも僕を奪えるなんて高を括ってるのだろうか。
そんなの冗談じゃない!僕は鶴さんの事を好きにならないんだから。そんな変な自信は今すぐ捨てて僕への気持ちはさっさと放り投げてくれればいいのに。
そうしてくれたら僕は鶴さんと二人で楽しいはずのこの車中の帰り道を、こんな居心地の悪い時間にしなくてすむんだ。
「いいよ、僕は一人だけで」
「まだ見ぬ美女がきみを待ってるかもしれないぜ?」
「好きな子だもの、他には何もいらない」
「そんなに思われて光坊の彼女は幸せ者だな」
鶴さんの声の調子は変わらない。僕がここまで言ってるのに。今も隣で「そのうち伽羅坊にも出来るんだろうな、彼女。二人とも結婚式には鶴さんを呼んでくれよー」なんて笑ってる。
それがどうしようもなくムッとした気分にさせる。もう知らないから、なんて自分でもよく分らない感想が湧き出る。
兄さん達と車の中で喧嘩した時みたいに僕は左側にある窓の枠に肘を乗せた。そしてそのまま頬杖をつく。完全に鶴さんからそっぽを向いて薄暗くなった町並みが後ろに流れていくのを見ていた。鶴さんは気にせず流れているバンドの曲を口ずさむ。大好きな曲の筈なのに、むかむかが大きくなる。なんで僕は急にこんな気持ちになっているんだろう。
そうだ、それは鶴さんが僕の事を諦めてくれないからだ。鶴さんが僕の気持ちを分かってくれないから。
もう、言っちゃえ。そんな考えがひらめいた。
僕は窓の外を見たまま「ずっと思ってたんだけど、この道、遠回りだよね」と、鶴さんの歌声に被せる様に言った。
「そうかい?」
「そうだよ。だってあのお寿司屋さん前の交差点をまっすぐ行った方が早いもの。何でいつも遠回りするんだい」
「……何でだと思う?」
窓の外の風景が不思議と近くになって、そしてゆっくりと止まった。路肩に車が止まったのだと分かったのは瞬きをした後だった。驚いて振り向くと、鶴さんが右手をハンドルに乗せたままの状態で僕をじっと見ていた。
「な、なんでって……」
僕のことが好きだから、少しでも長く一緒に居る為にでしょ?
そう言いたいのに、じっと見てくる鶴さんの真剣な視線に言葉が出てこない。出てこないから、鶴さんの答えを待つしかなかった。
さっきまでの『もう、言っちゃえ』なんて気持ちは萎んでしまっては口ごもる僕に、鶴さんはフッと唇と目を優しく緩める。
「あっちは飲み屋が多いから夕方から夜にかけては混みやすいのさ。タクシーが路肩に並んでいて道路も狭くなってるしな」
「え」
「信号もこっちの方が少なくて結果的には遠回りした方が早い」
鶴さんは、自分の車を次々通り過ぎていく車を眺めながら、乗せていた右手を滑らせてハンドルの下部分を握る。
「だからこっちでいいんだ。子供がガソリン代まで気にしなくていいんだぞ?」
「ガソリン代?」
「遠回りが気になったのはそのせいだろう?気遣いしいなきみらしいが、良くないぞ。大人に甘えることも大事だぜ」
貞坊はもとより、伽羅坊もああ見えて甘え上手だからなぁと、鶴さんは嬉しそうに喉の奥で笑う。僕は想像もしていなかった言葉にポカンとその顔を見る。僕の視線に気付いた鶴さんは、嬉し気だった表情を潜めてふと真剣な目を僕に向けた。そしてすぐにそれが少しだけ困った形に崩れる。
「俺はきみが甘えやすい環境を作ってきたつもりだったがまだ努力が足りなかった様だ。反省反省」
「え」
その言葉を理解するのに数秒かかった。そして理解したと同時に今までの鶴さんの行動が甦ってくる。鶴さんの僕への態度。
家族同然の深い仲である伽羅ちゃんと貞ちゃんと同列に可愛がってくれること。スキンシップが多めなのも、僕の料理をたくさん喜んでくれるのも。伽羅ちゃんや貞ちゃんより先に僕にとっておきを教えてくれるわかりやすすぎる行動も。
それは鶴さんが僕を好きだからじゃなくて、あまり子供らしくない僕を甘やかす為だったんだ。
そんなの嘘だ。と咄嗟に思ったけど、僕が可愛げない子供だと言うことは自分で証明してるじゃないか。案の定僕は子供らしからぬ発想に至っていた。それもかなり自意識過剰な。
普通に考えてみれば大人が子供に優しくするのは、子供であることを許しているという意思表示だ。子供なんだから甘えていいんだよ、と先に言ってくれているのと同じこと。
瞬間、死にたくなる程の羞恥が沸き上がり、口をぱくぱく金魚見たいに。鶴さんの顔を見られなくて勢いよく両手で顔を覆った。視界が消えるのと同時にこの場から消えてしまえればいいのに。
「ごめんなさい……」
「こらこら。きみが謝るな。俺の包容力のなさが悪いんだから」
「ち、違うんだ。僕が、僕が……」
意味のなさない呻きを両手に押し潰して、死にたい。恥ずかしさで死にたい。と心の内で悶える。今まで生きてきてこんなに恥ずかしいことはあっただろうか。この先何年生きたってこれ以上に格好悪いことは起こらない様な気がする。
黒歴史として刻まれるこの瞬間に存在している絶望で車から飛び降りたくなった時、僕の頭にぽふん、と手のひらの感触があった。そして優しく撫でられる。
おそるおそる顔から両手を外し、暗闇の車内を映すと、柔らかに目を細める鶴さんの姿が。
「鶴さん……」
「落ち着いたかい?きみは本当に何も悪くないんだからな」
「でも、僕、」
「俺はちゃらんぽらんな大人だが、きみ達に頼られるのはすごく嬉しいんだ。きみのことだって可愛くて仕方がない」
鶴さんはゆったりと撫で続けながらそんなことを言ってくる。その物言いに嘘なんて一つも聞こえない。
「だからきみは俺に対してなにも遠慮することないんだぞ。沢山俺に甘えろ。そっちの方が俺は嬉しいんだから」
頭から手が降りて、頬に添えられる。そして顔が近づいて、心からの温かい眼差しが僕の瞳を覗き込む。片方の目が塞がれてるのなんて自分でも失念するくらい、その眼差しは僕にまっすぐ入り込んでくる。
「な?」
「……うん」
「よし」
鶴さんの優しさや慈愛が伝わってきて、僕はこくんと自然に頷いていた。
勘違いしていたことは死ぬほど恥ずかしいままだけど、純粋な愛情がすごく嬉しくて鶴さんに対する慕わしい気持ちが湧き上がってきた。
嬉しい、大好きな人からこんなに大切に思ってもらえて。ただひたすらに嬉しい。
嬉しくてシートベルトを両手でぎゅうと握る。頬に添えられていた手はゆっくりと離れていった。
鶴さんは定位置に戻り、両手でハンドルを握る。そして雰囲気を切り替える様に今までと声色をがらりと変える。
「あー、腹減ったなぁ。……なぁ光坊、鶴さん今からラーメンでも食って帰ろうかと思うんだが一緒にどうだい?きみは腹減ってないか?」
「え?う、ううん。お腹空いてる。ぺこぺこ!」
「よし来た!なら、一緒に行こうぜ!家に外で夕飯食べてくるって連絡いれな。あーと、貞坊と伽羅坊にはないしょだぞー!」
ばちんとウインク一つ寄越して、鶴さんは車を発車させる。
カーステレオから流れる曲はさっきとは違う曲になっていた。鶴さんはまたもボーカルに合わせて口ずさみ始める。鶴さんは僕との共通点を一生懸命作ろうとしてくれたのだろう。だから僕が好きなバンドの曲をダウンロードして、歌詞を見なくても口ずさめるようになるくらい聞いてくれた。
単に鶴さんもこのバンドを好きになっただけかもしれないけど、僕が車に乗った時わざわざこのバンドの曲を選んで流してくれる鶴さんなら、きっとそこまでしてくれたのだろうと確信が持てた。
いつの間にか鶴さんが拳を突き上げてノリノリで熱唱している。片手運転は危ないよ、と言おうとしたけど、やめた。代わりに僕も歌を歌い始める。この行動が子供らしいかは分からないけど。
車内はボーカルの声も掻き消すくらい二人の熱唱が響いている。そういえば鶴さんとカラオケに行ったことがないなと思った所で鶴さんの行きつけたらしいラーメン屋さんに着いた。
お腹が空いてたのは嘘じゃなく、並んでカウンターに座るやいなや店内の良い匂いにつられてお腹がぐぅとなってしまった。それを聞いた鶴さんは嬉しそうにライスの大を2杯分、ラーメンと一緒に注文してくれた。
たいして時間も立たずにやって来た辛みそラーメンを啜りながら僕は今回のことを深く反省した。
今日のことを教訓として変な勘違いをしない様にもっと物事を深く観察ししっかり考えようしようとか。もっと鶴さんに素直に甘えよう、とか。
もしあの時「僕の事好きなんでしょう?」と言っていたらどうなっていたか、考えただけでもぞっとする。こうして並んでラーメンを食べることもなくなっていた。
またぶり返しそうな死にたいくらいの恥ずかしさを誤魔化すために水を一気に飲み干して、鶴さんの分と一緒にコップに水を注ぐ。そして、でも勘違いで良かった。鶴さんと気まずくなることもなく、ずっと仲良くしていけると改めて嬉しさを実感した。
僕は鶴さんが大好きだから、ずっと一緒にいたいんだ。
そう胸中で、心の底からの想いを呟くと隣でラーメンにコショウをかけていた鶴さんが、くしょんっ。とくしゃみをした。麺を啜ろうとしていた格好のまま視線を移すと、あー、鼻に入った。と鶴さんは面白そうに鼻を擦った。
僕は笑い返そうとしたのだけどその時何故かふいに、
ああ。鶴さんは僕のことを好きではなかったんだな。なぁんだ。
と不思議な感想が心の中を走り去っていって、胸がチクリと刺激された。それがそのまま表に出て、不可解そうな顔で鶴さんを見たまま麺をちゅるると啜ってしまった。
ラーメンを飲み込んだ後も喉の奥がわずかにもやっとしたまま。その理由がわからず、ハテナを頭に浮かべていると僕のどんぶりに、横からひょいっとチャーシューがやってきた。チャーシュー麺を頼んだ鶴さんが乗せてくれたのだ。
「チャーシュー、嫌いじゃないだろ?」
機嫌良さそうな声色で、鶴さんはニッと歯を見せる。本当に僕を甘やかすのが楽しいらしい。僕も素直に甘えよう。さっきそう決めたばかりだ。だから「うん、好きだよ」と言い返そうとしたけど、喉の奥をラーメンの熱さで火傷したのか、言葉が一瞬詰まってしまった。
「うん、嫌いじゃないよ」
素直に甘えを受け入れた言葉だった筈なのに、僕はまた子供らしからぬ嘘を吐いた様なそんな後ろめたさが喉の奥に落ちていった。